1-3
「さぁてスマ○ラス○ブラ……っと。あったあった。よし起動してー」
「……はぁ、わかったよ付き合うよ。キャラはまたそれにするの?」
「もっちろん! これで勝てなきゃやる意味がないからね。ちなみに負けた方は罰ゲームだからね」
そうしてバトルが始まった。
途中でまで少年が順調にリードをしていたが、徐々に動きが悪くなってくる。
動きが悪くなるというよりも焦りが出てきているといったほうがいいのか、とうとう少年はポーズをして部屋を飛び出て行く。
「ごめんトイレ借りる!!」
「いいよー。……ちゃんとかかってるみたいだね……」
そうして再びバトルが始まるも、ものの数分としないうちに少年がまた席を立った。
「またトイレ?」
「なんかお茶飲みすぎたかも……、また借りるね」
さらに改めてバトルを再開するも、少年はずっとどこか落ち着きがなく、プレイも凡ミスが多発して遂には逆転負けしてしまった。
バトルが終わると同時に落ち着きを取り戻した彼は、どこか不思議そうな顔を浮かべていた。
「やったー!! 見たか、私の力を!! という訳で罰ゲームどうしよっかなー」
「うーん……、負けは負けだし、まぁお手柔らかにお願いします」
「それじゃあたいきくん、こっち見て?」
「なに?」
「はい! このライトの光をじーっくり見て。チカチカして眩しいねぇ……。ほらもうちょっとでおでこにあたるよー? おでこにあたるとどうなっちゃうんだったっけ? ほら、だんだん思い出してきた。深く沈んでいくあの感覚……、思い出してきたよね? ほらくっついちゃった。すごくいい気持ち……。もっともっと沈んでく、ずーんって沈んでいくよ―。すごく気持ちいい…………」
少年の首が落ちた。
少女が取り出したペンライトの光に、たった数十秒で陥落する。
「結構早くなってきたね……。でも一回起きよっか。ほらたいきくん起きてー」
「…………、ん……?」
「起きてそうそうだけど、……”ルフナの香り”、だよ?」
そう耳元で囁かれ、まぶたを擦る間もなくまたしても少年は彼女の細い腕のなかで
脱力していく。
「深く沈んでく……。なんにもわかんない……。感覚が痺れてきて、何がなんだかわからなくなってくる……」
腕の中で安らかに眠る彼の顔が、すぐ目の前にある。
自らの腕の中で自在に振り回されていく少年に、とうとう彼女の我慢は決壊した。
「ほら、なんにもわかんない。たいきくんはなんにもわかんない。深く深く、ずっと沈んでいく……。だから……私が合図するまで、絶対起きちゃダメだかんね?」
膝の上で脱力するその頭を両手で挟み込んで、ゆっくりとゆする。
「起きない……よね? 大丈夫だよ、ね? ……あれだけしっかり落としたんだもん。絶対大丈夫だって……。さっきだってあんな……、あんなになってたんだもん……。ちょっとやり過ぎちゃったけど……だから、大丈夫。……絶対に、大丈夫」
今にも心臓が弾けそうだ。
顔を近づける度、耳に届く呼吸が大きくなっていく。
指が、肩が、首が震えだして、止まらない。
「…………はぁ……、……はぁ、………………ん、……んむ…………」
唇と唇をゆっくりと合わせ、ゆっくりと離していく。
ただ当てるだけで、それ以上のことはできない。
抑えようとしても、呼吸の勢いは増すばかりだ。
顔も間近に動きを止めて恐る恐る様子を窺うも、何事もなかったかのように彼は目を開かない。
それを確認すると、再び慎重に唇を重ね合わせていく。
「……んむ…………、んぅ………………んふぅ…………」
彼の唇の間から、吐く息が吹き上げてくる。
息も絶え絶えになりながら、それでも彼女は止まらない。
いや、止まることができなかった。
「……おいしょっと、…………」
彼の頭を静かに膝から下ろしてその隣に身を添わせると、肩元に頭を預けて抱きつく。
その後また唇を重ねると、今度は彼の腕をとって抱き込んだ。
「……はぁ、…………たいきくん……、あったかい…………」
いったん腕を離して耳元へと顔を近づける。
「たいきくん……、よく聞いて? あなたはなんにもわからないまま、目を開きます。無意識のまま、ゆっくりまぶたがひらいていきます……。ほら、開いていくよ……」
そして、彼が目を開いた。
試しに半開きのすぐ前に手をかざすも、これといった反応はない。
つんと頬をつついてみるも、やはり反応はない。
「あぁ、……たいきくん。……んむぅ…………」
心臓が鳴り止まない。
彼の目が、こちらを向いている。
その目に何も見えていないのはわかっている。
「…………んっ、……んぅ……ふぅ、……んく…………」
わかっているけど、こわい。
今にも覚醒するんじゃないかと思うと、死にそうになる。
それでも、……それでも、ブレーキはきかなかった。
「……ふぅ、…………。……たいきくん、……もう、びしょびしょだよ……?」
彼の手を取ってスカートの中に運んでいく。
見なくてもわかるくらいに湿りけを帯びたそこに、……その手を、当てた。
「……はぁ……、はぁ……、たいきくん……っ! ……んっ、…………くぅ……!」
少しカサついた手のひらが、薄い布地の上から敏感な場所を覆う。
そうして芯のない指先を外から支え、花園へと押し当てる。
最初はゆっくりと圧迫し、だんだんと前後に動きをつけていく。
「……うぅっ、……たいき、くん。もっと……、触って…………」
彼の温かい手が、陰部に触れている。
その入り口をさすっている。
温もりを感じながら、胸の鼓動とともに下腹部から幸福感が溢れてくる。
「……はぁ、……こえがもれちゃ、……あっ、そこだめ……!」
下着の上からでも強めにこすれたせいで、思わず腰が浮きそうになった。
彼は天井を向いたまま微動だにはしない。
ゆっくりと胸が上下するだけで、手足はまるで人形のようだ。
ぐにゃりと力のこもらない手を股で挟み込んで、徐々にその動きを大きくしていく。
「はぁ……くぅっ、……くふぅ……。アソコが、びちゃびちゃだよぉ……」
胸が焼けそうになっている。
すぐ横にある少女の熱を、彼は一切認識していない。
開いた眼は、何も見ていない。
全身が熱い。
喉が渇く。
目がしょぼしょぼとしてくる。
背中にゾクゾクとした感覚が走る。
腰の奥が痺れる。
押さえつける力が強くなる。
太ももがどんどん強張っていく。
鳥肌が何度も立つ。
顎のあたりが浮いたような感じがする。
下腹部がさらなる熱を持つ。
「はぁっ……はぁ、んんッ―」
胸の奥から何かがせり上がってきそうな感覚がして、
彼女は目の前が真っ白になったような気がした。
「……あれ? 今……」
少し呼吸が整ってやっと、わずか数秒の間にしても意識が飛んでいたことに気づいた。
体の熱も冷めだす気配はなく、心の疼きも収まらない。
「イッた、のかな?……」
それにしては痙攣がなかったようで、なんとも不思議な感覚だった。
頭が冷めてきてなおゆるゆると手を動かし続けている自分に呆れながらも、
頭がまわるようになった分欲求は加速していく。
「たいきくん、聞こえる? たいきくんは今、なーんにもわからない無意識状態。そう、すごい心地いい状態です……。まるで人形になっちゃったみたいな、そんな状態。たいきくんのスイッチは、今オフになってるの……。だからなんにもわかんない。逆にスイッチがオンになると、今度はたいきくんにちゃんと電源が入ります」
耳元でしっとりと囁きながら、彼の首筋に手を這わせていく。
「……電源が入ると、たいきくんは起動します。たいきくんはスイッチを入れた人に命令されると、『はい、~~します』と復唱して命令に従ってしまいます。そう、たいきくんはロボットなので、スイッチが入ってから命令されると復唱してそれに従います」
ゆっくりと撫でる手が頬に届き、そのまま自然な流れで鼻に指先を乗せ、
「絶対、そうなるからね? ほら……、スイッチ、オン……」
その丸い鼻頭を、ちょこんと押した。
「だいじょうぶ……、だよね? もしもーし、…………よ、よし。両手を挙げなさい」
「……はい、両手を……挙げます」
芯のない声で復唱し、ゆっくりと、彼の両手が垂直に持ち上がっていく。
これが催眠術なのだとわかってはいるが、なんとも異様な光景だった。
「立ちなさい」
「……、はい、立ちます……」
視線もあまり定まらないまま、今度はゆっくりと立ち上がった。
それに合わせて彼女も立ち上がり、頬を撫で回したりしてみるがこれといった反応は示さない。
「目の前の人に、……キスを、しなさい」
「はい、……目の前の人に……、キスを、します」
そして少年はあろうことか無表情で目を開けたまま、ぬぅっと唇を寄せてきた。
「―うわっ」
思わずのけ反って後ろにあったベッドに倒れてしまい、結構な勢いで壁にゴンッと後頭部がぶつかった。
「……ぃいったぁ、――むぐ!!」
気を抜く暇もなく今度は前から少年が迫り来る。
少女より一回り大きい身体に覆われて、唇が押し付けられた。
「んぅー!!!!」
何がなんだかわからず、無我夢中で少年の身体を叩く。
奮闘の甲斐あってか、すぐに彼の唇から力が抜けたのを感じた。
唇はゆっくりと離れていき安堵するもつかの間。
「……ぇ、えっと…………」
「…………、やっば」
目を開けば、表情の戻った少年の顔がそこにあった。
「……ご、ごめん!! ほんとごめん!! ……、なんでこんなこと……」
「いや、違うの。たいきくん……そ、その」
「ほんとに、本当にごめん!」
「違うって、……その、私の方こそ……」
申し訳無さ気な少女の前で、彼は床に頭を下げたまま動かない。
急なことにまわらない頭を必死に動かして、彼女は彼に掛ける言葉を慎重に選んでいく。
「たいきくん……あのね、……”ルフナの香り”、だよ?」
「……え、あ……」
「ほら落ちる。意識が、ずーんと落ちていく。あの感覚を……、思い出して……深く落ちていくよ」
顔は見ずとも、明らかにくたりと脱力した様子が伺える。
それを確認すると、こちらに向いた少年の頭頂部のあたりに人差し指を当てた。
「たいきくん、……そのままね、スイッチ……オン」
脱力した状態から比べると、体に少しだけ芯が入ったような風に見える。
彼女は暴れている心臓をなだめながら、そこでやっと長い長い溜息をついた。
「あぁ死ぬかと思った! ……っはぁ、はぁ……、っふぅ……」
覚醒させてしまったのはまずかった。
多分肩の辺りを強く叩いたのがよくなかったのだろう。
「あぁもうこんな時間じゃん。何やってんだろ私……」
もうすぐ、妹が帰ってくる時間だ。
先ほどのことをどうにか思い出させないようにしなければならない。
おそらくは覚醒したてで曖昧な記憶しか残っていないはずだが、念には念を入れておくべきである。
ついでに、キスの仕方も教えてあげないとかと、ひとりごちた。
< つづく >