第2話「10月はえろえろの国」《Aパート》
ガツンが公式に認められてから、すでに何年も経つ。
だが、その発生原因やメカニズムは依然不明のままだ。有効な対策も見つかっていない。
──あまりにも常識を逸脱した超常現象であるが故に、というのが最たる理由だが、それを問題視する意見が少なかったことも、対策の遅れに繋がっていた。
ガツンにやられた直接の被害者はもちろんのこと、ただ現場にいあわせただけで、ほとんどの者がその状況を受け入れてしまう。
公衆の面前で猥褻行為が繰り広げられ、しかもそれが感染するのだから、本来なら大問題の筈だ。だが、目撃者が何かを語ることはまずない。
声高に対策を求めるのは、直接の被害者や目撃者ではない。大半がマスメディアや人づてにガツンを知った人びとだった。
対策に関して議論が交わされることも、あることにはあった。
だが、その議論はいつの間にか「猥褻表現への規制」へと変質。結局『ガツン対策』とは全く主旨の異なる法案が国会に提出され、しかも時間切れで審議が打ち切られ、それで終わりとなった。
調査・研究についても同様だ。いつの間にか、当初の目的からずれてしまう。
ある物理学者は、仮説や研究の成果を記録したノートを見つめているうちにふと我に返り、そのノートが意味不明な記述で埋め尽くされていることに気づいた。
確かに自分が書いた記憶はある。
だが、その全てが出鱈目な数式と無意味なメモ、そして欲望の赴くままに書き散らかしたエロ小説まがいの妄想だった。
──彼はその日を境に研究を断念、すべての資料を廃棄処分した。
しばらくして、今度は分子生物学を専門とする研究者が、ついにガツン遺伝子を発見したと発表した。
だが、彼が公開した大量の試験管に残されていたのは、多数の女性のバルトリン腺液だった。試験管には丁寧にラベルが貼られ、被験者とおぼしき女性たちの名前と採取日時が記されていたという。
もちろん、ガツン発症に関わる遺伝子は、確認できていない。
また別の社会学者は、さらに悲惨な運命を辿ることになる。
彼はある日突然「ユリイカ!」と叫び、服を着たまま風呂に飛び込んだ。その後、すぐに風呂から上がって服を脱ぐと、全裸で町を疾走した。
──その行く先々でガツンが発生したことは言うまでもない。
当初より、ただでさえガツン研究に真剣に取り組もうとする者は少なかった。
そこに、『研究対象にすることそれ自体がガツンを招く』という噂が流れ、関わる者はさらに減少した。
だが、政府によって『ガツン撲滅宣言』が出され、半年後に『ガツン対策基本法』が制定されたことで、状況は一変する。
ガツンへの対応は国策となり、そのための特別予算が計上された。
秘密裏に内閣直属の組織としてCGA(カウンター・ガツン・エージェンシー/ガツン対策局)も設立され、活動が開始された。
──そして、5日前。
唐突にそれは起きた。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月09日[木]17時29分、U県N市東部・飛灘(とびなだ)】
買い物を終え家に戻ると、真鍋智子(まなべともこ)はすぐにキッチンに立った。
カボチャを切り、薄く水をはった鍋に入れる。
鍋を火にかけ、ブロックの牛肉に向かう。霜降りではなく赤身だ。軽く塩胡椒を振り、250度にセットしたオーブンに肉を入れる。
カボチャは柔らかくなったところで火から降ろし、潰して裏ごしする。
智子は料理が得意だった。
もちろん食べること自体好きで、外食もよくする。だが、外で何か美味しいものを食べると、自分でも作ってみたくなる。
美味しい料理ができると、それだけで何故か勝った気がする。
単なる自己満足ではない、と思っている。家族に美味しいものを食べさせたかったし、喜んで貰うことが一番の目的だ。
家族と美味しい食事を楽しむ。彼女にとってそれは、「幸福」の条件のひとつとして外せないものだった。──たとえそれが人生のすべてではないとしても。
丁度よく肉が焼き上がった頃、携帯が鳴った。
夫の大輔(だいすけ)からだった。
『あー、これから得意先に行かなきゃならなくなった。悪いがちょっと遅くなりそうだ』
そう告げる夫の声を聞いて、それまで微かな笑みを浮かべていた智子の顔が、突然表情を失う。
「……まさか今日のこと、忘れたんじゃないでしょうね?」
『美穂(みほ)の誕生日だろ、わかってる。すまん、だけど先方で受注ミスがあって、今、大変なんだよ』
「あなたのせいじゃないんでしょ? だったら相手にやらせればいいじゃない」
『そうもいかないんだ。大きな契約だし、最終責任は俺にあるんだから』
「ケーキはどうするのよ? あなたが自分で買ってくるっていったのよ?」
『それは大丈夫だよ、予約したっていったろ? 会社出る時に寄って、ドライアイスでも入れてもらうさ。できるだけ早く済ますから、先に始めていてくれ』
「ケーキもないまま? 美穂が可哀想だと思わないの?」
『……だから、できるだけ早く済ますっていってるだろ』
電話の向こうの声が、わずかに大きくなった。すでに苛立ちを隠そうともしていない。
智子は険しい顔で、深い溜め息をついた。
「そんなこといって、どうせまた飲んでくるんでしょ」
『いい加減にしてくれよ、こっちは仕事なんだぞ? トラブルが無事解決したら、そりゃ一杯行きましょうって話になるかもしれないけど。……仕方ないだろ? それも仕事なんだから』
「ほら、やっぱり飲むんだ。責任がどうとか言って、……だったら父親としての責任はどうすんの? せめて誕生日くらいちゃんとしようって気はないわけ?」
ローストビーフの角をナイフで切って焼き具合を確かめながら、智子は思いきり嫌みに聞こえるようにそう言った。
だが、すぐに後悔した。
絶妙な色合いの肉の断面も、芳しい香りも、何もかもが滑稽に思えた。
その時突然、彼女の後頭部に衝撃が走った。
ガツンッ!
誰かに殴られたような音が響いた。
前のめりに床に崩れ、手から携帯が落ちた。
一瞬放心状態になり、どこにも焦点の合わない視線が床をさまよう。
だがすぐに、片手で頭の後ろを押さえながら彼女は身体を起こし、もう片方の手で携帯を取り上げる。
夫の声が響いていた。
『……どうしたっ? 大丈夫か?』
「ごめん。携帯落とした……」
『何があった? 大丈夫なのか?』
智子は瞬きをして、それから落ち着いた声で言った。
「ごめん。……大事な仕事の最中なのに」
『え? まあ、こっちはいいけど……』
「あなたと一緒に食事したかっただけなんだ。最初から、そう言えばよかったね」
『あ、ああ、いや、……俺もイラついて悪かった。……すまん』
「……最近一緒に食事してないじゃない? だから、ちょっと楽しみだったんだ。久しぶりだし、私も美味しいもの作ろうと張り切ってたから余計にね……。あ、でも大丈夫だから。美穂にはちゃんと話しておくし」
『あ、ああ、ごめんな。……でも、何かあったのか?』
妻の突然の変化に、不安の滲む声で大輔が謝る。
智子は小さく笑いを漏らした。
「何もないから心配しないで。ローストビーフも巧く出来たし。ゆっくり飲んできていいよ。でも、帰ってきたら味見くらいはしてよね?」
『ああ、うん、もちろん。……そういうわけだから、すまないが待たずに始めていてくれ。今日は、飲まずに帰るよ』
「ありがと。でも、本当に気にしないで。その場のノリとかも大事だろうし。お得意さんなんでしょ?」
『まあな。でも、美穂の誕生日だし、お前のいう通りミスは向こうの責任だし。そうだよ、『飲み』は別の日に設ければ済むから、ホントに飲まずに帰るわ。……だから、ちゃんと俺の分も残しといてくれよ? 腹空かして帰るからさ。味見といわず、めいっぱい食うぞ……』
夫の明るい声に、智子はくすっと笑った。
それから、そろっと低い声で言う。
「あら、めいっぱい食べられちゃうの?」
『ん?』
「ふふふ、……味見って、私のことだったのに」
『え?』
「だからほら、唇も胸も、……あそこも。あなたの好きなとこ食べて欲しい」
一瞬、沈黙が流れた。
返事を待たずに、智子が低く囁くような声を漏らした。
「ああ、なんか考えただけで、凄く食べられたくなっちゃった……」
『……あ、ああ、うん。もちろん、……俺も、楽しみにしてる』
回りを気にしているのか、大輔は慌てたように小声でそう言った。
電話を切った後、智子はまた料理に戻った。
鼻歌混じりで野菜を切るその姿に、先程までの苛立ちは片鱗もうかがえなかった。
<オープニング・タイトル>
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西暦20XX年10月、U県N市はガツンの危機に直面していた。
通常のガツンをはるかに超える超ガツンによって、市民の半分を一瞬にして発情させてしまった。モラルは大地殻変動に襲われ、常識はねじ曲がり、女たちはことごとく犯され、絶頂に達してしまった。
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<オープニング・テーマ>
GGSD[ガツン・ゴールデン・スーパー・デラックス]
第2話「10月はえろえろの国」
※『ガツン』は、ジジさんの作品です。
※この物語は、ジジさん、こばさん、みゃふさん、Panyanさん、一樹さん、パトリシアさん、bobyさん(発表順)が書かれた『ガツン』シリーズを元に書かれていますが、一部設定が異なる部分があるかもしれません。ご了承ください。
※各『ガツン』は、「E=MC^2」に収録されています。
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<CM挿入>
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「最近『ガツン』が大問題になっているようだが、これは我が国の食生活の変化が大きな要因と考えられる。我々には日本の伝統を正しく継承していく義務がある。今こそ、質素だがバランスのとれた従来の『食』を、もう一度見直すべきだ」
──本田正二(82歳、無職)『読朝新聞』への投書より
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【10月09日[木]19時31分、岐阜県・神岡鉱山跡】
ディスプレイに、白い光が見えた気がした。
だがそれは一瞬のことで、すぐに消えていた。
男は画面に目を近づけ、それから小さく首を左右に振り、椅子から立ち上がる。
大林康夫(おおばやしやすお)、──今年大学院を出て、春からこの施設で働き始めたばかりの研究員だ。
両手で目をこすり、瞬きを繰り返す。だが、すぐに小さく溜め息をつき、ぼさぼさの髪を掻いた。大きく体を反らして伸びをする。何度か首を左右に動かし、それからまた椅子に腰を下ろした。
シフトが組まれたモニタールームでの勤務は、そろそろ交代の時間が迫っている。
しかし康夫には、先程から気になっていることがあった。
気のせいかとも思うが我慢できず、再度ディスプレイを確認し、隣の席に声をかける。
「あの、また何か光ったみたいなんですけど……」
「さっきも間違いだったろ」
深々と椅子に腰かけ、手にした科学雑誌から目を離さずにそう答えたのは笹島良子(ささじまりょうこ)、康夫の先輩である。30代後半で、ノーメイクの上に分厚い眼鏡をかけている。身に付けているのは、着古して薄汚れた白衣だ。
「それはそうなんですが……」
「ったく、いつまでたっても学生気分が抜けてないなあ。そう簡単に観測できれば苦労はないぞ」
「……僕だって、簡単に検出できるとは思ってませんけど」
そう言いながら、康夫は再度データをチェックする。
今日はこれで二度目だ。だが先程と同じ様に、荷電粒子が描いた軌跡と思われる記録は残っていなかった。
真空中を進む光は速度C(約30万km/s)で一定である。そして、この宇宙に光より速い速度は存在しないことになっている。
だが、物質の内部を進む場合は光の速度が遅くなり、たとえば水の中では0.75Cまで減速してしまう。これにより、媒質内部の荷電粒子の運動が光速を上回ることになる。そして、荷電粒子によって局所的電磁場が乱されると光子が放たれる。──これをチェレンコフ放射という。
ニュートリノが電子に衝突すると、このチェレンコフ放射が起こる。その光を観測することによってニュートリノを計測するのが、この施設の目的だ。
先程、大林康夫は発光現象を目撃した。入所以来初めてのことである。
だがチェックしてみると、ニュートリノとおぼしきデータは残っていなかった。
──計器の誤作動だろう。
笹島良子はそう結論した。
念のため報告を上げ、機器の検査を行なう手配も済ませてある。
康夫はまた小さく溜め息をついた。
そもそもニュートリノの観測は根気のいる作業だ。そう簡単に成果が出ないことはよくわかっている。だが、チェレンコフ光を見たと思ったのが間違いだったことに、落胆を禁じえない。
彼はもう一度深い溜め息をつき、ディスプレイに向かって肩を竦めた。
かつては東洋一の鉱山として栄えた神岡鉱山。
だが、富山県神通川流域で発生した「イタイイタイ病」の原因であることが判明し事態は一変する。華々しい評判は地に落ち、厳しい批判にとってかわられた。
しかし、1983年に完成したニュートリノ観測装置によって、新たな脚光を浴びることになる。
鉱山内部の地下深くに存在する巨大な研究施設、それが康夫の職場だ。
スーパーカミオカンデ。
83年に稼働し96年にその役目を終えたカミオカンデの後を継ぎ、さらに大きく高性能化された観測施設である。
中心となるのは、地下1000メートルに作られた巨大なタンクだ。直径40メートル高さ40メートル、5万トンの超純水を満たし、その内部に1万本以上の光電子増倍管を擁する巨大なチェレンコフ放射検出器である。
この宇宙には四つの力が存在する。
重力、電磁気力、弱い力、強い力がそれだ。
このうち「電磁気力」と「弱い力」を統一的に理解する「統一理論」(=電弱理論)は、すでに1970年代にCERN(欧州原子核研究機構)などで実証されている。
さらに「強い力」までを含む「大統一理論」では、陽子や中性子が崩壊する現象が予言されていた。つまり、逆に陽子崩壊が観測されれば、大統一理論を実証することになるとされた。
カミオカンデが建設された当初、その大きな目的は、この陽子崩壊の際に発生するニュートリノを観測するためだった。
しかしながら、現在に至るまで陽子崩壊は観測されていない。そのことから、実際の陽子の寿命はこれまでの計算より長いという説が有力となっている。
だが、ニュートリノそれ自体はこれまで何度も検出されている。
1987年に世界で初めて、超新星爆発で生まれたニュートリノを観測したのがカミオカンデだ。このことが東大名誉教授・小柴昌俊氏のノーベル物理学賞受賞に繋がっている。
さらに1998年、ニュートリノが質量を持つ証拠をとらえたのが、後継のスーパーカミオカンデである。
ニュートリノは「電磁気力」や「強い力」の影響を受けない。しかも質量が非常に小さく「重力」の影響も少ないため、どんな物質も突き抜けてまっすぐ進む。
それ故、ニュートリノの観測それ自体が、物質や宇宙の性質を探る物理学、天文学の重要な手段のひとつであり、大統一理論の完成や宇宙論発展の足がかりになると考えられている。
ニュートリノ研究は日本のお家芸と言っていい分野だ。
それもこれも、カミオカンデからスーパーカミオカンデ、そして2025年に運用開始されるハイパーカミオカンデへと続く観測と実験、研究あってのものだった。
そんな世界的に注目を集める施設で働いていることを、康夫は誇りに思っていた。
最先端の研究に関わることが、彼の長年の夢だった。地下のモニタールームも苦にならない。かなり長い間、何の変化もない時間を過ごすことさえ、嫌ではなかった。
そして今日、青白い光を見た。
──ついに来た。
そう思った。
静かな興奮が胸のうちを駆け巡った。
だが、データを確認したところ、ニュートリノらしき軌跡は描かれておらず、ただノイズのような小さな点がいくつかと、微かな線が見られただけだった。
しばらくして、再び発光現象を目撃した。
しかし、やはり同じような記録しか残されていなかった。
先輩の笹島良子は計器の誤作動だという。だが、二度同じことが続き、康夫はその結論を疑い始めていた。
光電子増倍管を含め、設置は念入りに行なわれている。メンテナンスも、常にきちんとなされていた。
まして、重要な観測機器に細工をするような人物など思い浮かばない。
万が一そんなことが可能だとしても、それには内部の人間の関与が必要な筈だ。だが、重要なデータが盗まれたというのであればまだしも、不思議な発光現象と意味不明なデータでは、動機が不明すぎる。
何か別の現象が起きている気がした。
だがそれは、ほとんど直感にすぎない。科学的根拠はなかった。
形にならない違和感を持て余しながら、康夫はまたモニターの監視に戻った。
「さっき僕が見たあれ、たとえば他の粒子が原因で光ったとは考えられませんかね?」
「そもそもチェレンコフ放射が起きた証拠がないんだぞ?」
「でも、確かに光ってましたよ?」
「ニュートリノ以外の何かが検出されたって言いたいのか? ……ったく、わざわざ地下1000メートルに作ってあるのは何のためだよ?」
「それはわかってますが……。でも、同じように貫通力が高い未知の粒子を計測したとか、考えられませんかね?」
「お前、ホントはカムランドに行きたかったのか?」
カムランドというのは、旧カミオカンデ跡に東北大学が設置したニュートリノ観測専門の装置である。スーパーカミオカンデとは異なる設計で、反ニュートリノなど、さらにエネルギーの低い粒子の検証が期待されている。
「そうじゃありません。……でも、何かが起きてる気がして」
「お前が見たっていう光、それすら検証できないのに?」
良子は、康夫のことを疑っているようだった。あるいは目の錯覚か何かだと考えているのかもしれない。
だがその時、再びモニター内部に青白い光が瞬いた。
一瞬そちらを向き、再び良子の方へ向き直り、じっとその顔を見つめる。
囁くように尋ねた。
「今の、……見ましたか?」
「……あ、ああ」
小さく良子が頷く。今度は彼女も見ていた。
康夫が言った。
「チェレンコフ光、……のように見えますが」
「どうやら、機器の故障ではなさそうだが。まさかお前、悪ふざけしてるんじゃないだろうね?」
彼女はじっとモニターを見つめてそうつぶやいた。その顔は、どこかに不安を隠しているようでもあった。
康夫は静かに口を開く。
「してませんよ。どうやって、そんなことするんです?」
「いや、それはわからないけどさ」
「もし万が一、何か別の素粒子によるものだとしたら?」
「推測でもの言っちゃマズいだろ。それに、仮に何か意味のある光だったとして、一体どこから何が飛んでくるっていうんだ?」
「……それは解析してみないと」
康夫は小さく肩をすくめる。
何が起きているのか、皆目見当がつかない。
それは、良子も同じらしかった。
「ま、世の中の現象の多くが、実は解明されていなかったりするけどね」
どこか不貞腐れた表情で良子がそうつぶやく。
その時、再びモニターが光った。
青白い小さな点が、画面のあちこちで点滅し消える。
次の瞬間、康夫の後頭部に重い衝撃が走った。
ガツンッ!
コンソールに突っ伏した康夫は、身体の内側に熱い衝動が込み上げるのを感じていた。
今の衝撃こそが、チェレンコフ放射を起こした原因である気がした。
しかし残念なことに、今回良子は見ていないようだ。
さらに哀しいことに、今ここにいるのは彼女だけだった。
良子の薄い唇が小さく動いた。
「今の音、一体なんだ?」
彼女は、不安げに康夫を見つめている。
康夫は自分の衝動を抑えながら、しわがれた声を出した。
「あ、あの、笹島さん……」
「どうした? 大丈夫か?」
「……次の交代、20時でしたよね?」
「どうした? 顔色悪いぞ? 具合でも悪いのか?」
「あ、え、ええ、ちょっと」
そう言われ、良子は腕時計を確認する。
彼女は立ち上がり、康夫に近寄ってくる。
「だったらお前、先に上がってもいいぞ。もうすぐ交代だし」
「さ、笹島さんは、ガツンって知ってますよね?」
「はあ? 何だそれ?」
笹島良子は、どうやら知らないようだった。
いつも薄汚れた白衣を着ているような研究一筋の女だ。興味のあること以外、ニュースやネットの情報にも疎いのだろう。
そもそも年齢は一回り以上離れているし、堅そうな体つきや、きつい言葉遣いも康夫の趣味ではない。もちろん恋愛や性的な対象として見たことなど一度もなかった。
しかし今は、その良子がなんともいえない大人の色気を醸し出しているように感じられる。
「……あ、あの、お願いが、あります。笹島さんが先に行ってください。僕は、一人で大丈夫、なんで」
「はあ? 何いってんの?」
彼女は、意味がわからぬといった顔で、今にも康夫の肩に手を置こうとしていた。
康夫は藁にもすがる思いで叫んだ。
「ち、近寄らないでくださいっ!」
その異様な剣幕に驚き、良子は伸ばしかけた手を引っ込める。
微かに狼狽えたように見える彼女が、ひどく可愛らしく、魅力的に見えた。
今すぐにでもその白衣を脱がして、激しく犯したい衝動が込み上げてくる。
「ああっ、お願いですっ、笹島さん、早くっ!」
早く何をどうして欲しいのか、康夫にはすでにわからなくなっていた。
そして──。
ガツンッ!
重い衝撃音とともに、彼女の身体がふらっとよろめいた。
モニターには繰り返し青白い光が映し出されていた。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月09日[木]20時53分、U県N市・飛灘】
最寄りの停留所でバスを降りたのは、真鍋大輔(まなべだいすけ)一人だった。
腕時計を見て、顔を曇らせる。しかし、いつもに比べればかなり早い帰宅時間だ。気を取り直し、緩い傾斜の坂道を下る。
見慣れた住宅が並ぶ道を、足早に進んだ。
海が近いせいで微かに潮の匂いが漂う。濃い夜の大気には、他に金木犀の香りも混じっていた。
角を曲がると、土台にレンガが組まれた生垣が見えてくる。まだローンは残っているが、自分の力で購入したマイホームだ。
右手に鞄、左手はケーキの箱でふさがっている。
職場の近くに最近できた洋菓子店のケーキだ。
部下の女子社員たちから人気の店であると噂を聞き、初めて行った店だった。彼女らの話では、フランス帰りのパティシエがいるらしい。
娘も気に入るに違いなかった。
玄関の前で鞄を地面に置き、ドアに鍵を差し込む。
かつてはチャイムを押し、妻に出迎えてもらっていた。しかしここ何年かは帰りが深夜になる日が増え、いつの間にか自分で鍵を開けるのが習慣になっている。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら、廊下の奥にある扉が目に入る。普段は帰りが遅いためダイニングの照明は消されている。だが今日は磨りガラスが明るく光っていた。
目を細めて廊下を進み、ドアを開けた。
「ただいま。美穂、誕生日おめでとう」
そういってケーキの入った箱を差しだす。
だが、娘も妻もそれを受け取ろうとはしなかった。
「あっ、あなたっ、お帰り、なさいっっ」
ダイニングテーブルの上から、上ずった声で妻がそう答えた。
何も身にまとわない裸身が、テーブルの上でくねくねと蠕動していた。
白い肌の上には、色とりどりの野菜や肉が所狭しと並べられている。
それはまるで静物画のようだった。
だが、その一部はアブストラクトな絵画か、あるいはその絵を完成させるために使われたパレットのように、様々な色が混じりあって混沌を表現している。
テーブルの上に載った裸体が、いつもと変わらぬダイニングキッチンにあることが、逆に非現実感を際立たせ、シュールレアリズム絵画のようにも見えた。
白い裸身と頬をほんのりと赤く染めながら、興奮を隠せない潤んだ目で妻の智子が見つめてくる。
娘の美穂は、智子の乳房の上にドレッシングを垂らしながら、直に顔を押しつけ、そこに並べられたアボガドを唇で挟んでいた。
ちゅるっとアボガドを吸い込み、口のまわりについたドレッシングを手でぬぐうと、美穂がにっこりと微笑んだ。
「おかえりなさい。お腹空いちゃったから、先に始めてたよ?」
眩暈に似た感覚に襲われ、大輔は目を閉じた。微かに首を左右に振り、再び目を開く。
だが、やはり夢ではなかった。
彼は鞄を床に置き、のろのろとキッチン・カウンターにケーキを載せた。ほとんど無意識に、スーツの胸ポケットに手を伸ばしていた。
携帯を取りだす。
しかし、どこへ電話をしたらいいのかわからなかった。
「……あ、あなたもすぐに食べる? それともお風呂が先?」
羞じらいと欲望の入り交じった笑みを浮かべ、テーブルの上の妻が尋ねた。
何も答えられず大輔が黙っていると、美穂が言った。
「せっかくだから、一緒に食事しようよ……」
「あ、ああ、そうだな」
言葉だけはしごく自然な娘の提案に、何故か大輔はそう答えていた。
携帯をしまい、もう一度ゆっくりと目を閉じた。
目を見開き、テーブルの端を手で押さえた。
自分の手のすぐそばに、極彩色に彩られた妻の腹部があった。
「あ、パパ、ローストビーフはそのまま口で食べちゃ駄目だからね。このソースが美味しいんだから」
そういって娘は肉をつかみ、開かれた智子の秘所に差し込む。
「……あっ、み、美穂っ」
妻の智子が狼狽えたように、甲高い声を上げた。
娘は何度も肉を擦りつけ、ようやくそれを口へ運ぶ。
「ママのソース、最高だよ?」
そういって彼女は微笑んだ。
大輔は顔を上げると満足げに頷き、大きく開かれた妻の足下にまわった。
それからおもむろに顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「ああ、凄く美味しそうな匂いだ。……まずはソースだけ、ちょっと味見な?」
「えええっ? いきなり直接っ?」
娘が小さくそうつぶやいた。
だが、父親の特権といわんばかりに、彼はにやっと笑った。
唇を押し付け、溢れた愛液をじゅるじゅると吸い込む。
「ああああああ」
智子の声が長く尾を引いた。
熱く潤ったそこを、すくい取るように大輔が舌を動かす。
襞の奧からさらに溢れてくる。
取り憑かれたように、彼は細かく舌を動かし舐め続けた。
智子が切迫した喘ぎを漏らす。
「あああ、駄目っ、また、イっちゃう……」
「え? ママ、もう、三度目だよ?」
美穂が驚いたようにそうつぶやく。
智子の白い大腿が震え出し、足の指が何かを掴むようにくにっと曲がった。
「ああ、だってっ、あああっっ!」
びくんと、腰が跳ねた。
体の上に載った料理が、テーブルに落ちる。
だがそれでも大輔は舐めるのを止めず、智子の痙攣も収まらなかった。
「ママ、なんか、さっきより凄い……。やっぱ、私よりパパの方が上手いのかな……」
「だ、だって、パパは慣れてる、から……」
智子は荒い息をつきながら、とろんとした目で二人を見ている。
美穂はちょっと悔しそうな顔になったが、小さく頷いて大輔の方を向いた。
「ま、仕方ないか……。だけどパパ、料理は他にもあるんだし、そんなにソースばっかり舐めちゃ駄目だってば」
ようやく顔をあげた大輔は、娘の方を向いてにやっと笑った。
「そうか。これはローストビーフのソースだったんだっけ」
「そうだよ。それにちゃんと野菜も食べないと、メタボ治らないよ?」
顔じゅうを妻の体液で濡らした大輔は、やはりドレッシングでぬらぬらの顔で笑う娘と目が遭い、苦笑いを浮かべた。
「それなりに気をつけてるんだけど、な。ママの料理が美味すぎるのも、いけないんだと思うぞ?」
「そんなこといってたら、一生メタボ治んないじゃん。まあでも今日は私の誕生日だから、特別に好きなものを好きなだけ食べてもいいことにする」
そういって美穂はけらけらと笑った。
可愛らしい娘と、美しく妖艶な妻──。大輔は自分の幸福をかみしめていた。
なごやかに食事が進んだ。
時折乳首を箸でつまんだり、腋の下や腰を直接舌で舐めたりしながら、体の上に並んだ料理を親子で味わう。
父と娘は智子の料理の腕を褒め称えながら、妻であり母でもある彼女の口に二人で交互に食べ物を運んだ。
空腹が落ち着くと、大輔はまた秘所を舐め、指で奧の方を探り始めた。
「ほら、美穂はママの乳首をいじってあげて」
「パパばっかり狡いよ。アタシだってママの舐めたいもん」
「じゃあ、交代するか?」
「うんっ」
席をかわり、今度は美穂が智子の襞をまさぐる。
息も絶え絶えになった智子は、全身で快感を受け止め、ただ生々しい喘ぎを上げるだけになっていた。
「ママ、指入れるね……」
「あ、あ、あ……」
娘の細い指で粘膜を探られ、智子はびくんと体を震わせる。
大輔はちゅぱちゅぱと乳首を吸い、もう片方の胸を揉みしだきながら言った。
「爪で傷つけないように気をつけるんだぞ? 同時にクリを吸ってあげれば、多分そろそろまたイくよ」
美穂は父に言われた通りそっと指を差し込む。指が埋まった場所から、上に向かって襞の内側を舐め上げ、固く凝った部分で舌を震わせる。
「ああっ、駄目っ」
智子が大きく喘いだ。
開かれた太ももが震え、何度か閉じるように動いた。
智子が襞の合わせ目を唇で包み、きゅるっと吸いこんだ。
同時に舌の先を膨らんだ突起に絡めていく。
がくがくと腰が揺れ、足先が跳ねた。
「ああああああっ、い、イくっ」
美穂は舌の動きをゆっくりとしたものに変え、円を描くように周辺を舐め回す。
長く尾を引くように、智子の喘ぎが続いた。
ようやく痙攣が収まると、美穂も顔をあげる。
「ふふ、四回目ぇー。……ママって、こんなにイきやすいんだ?」
イったばかりで呼吸が整わない智子は、何も答えられずにテーブルの上でぐったりとしている。
かわりに大輔が言った。
「確かに元々敏感だけど、……でも今日はいつもよりイキやすいみたいだ。もしかしたら美穂の誕生日だからかもな」
「そっかな? なんか照れるし。……でも、アタシとパパと二人がかりなんだもん、そのせいだよね? あ、それともやっぱガツンだからかな?」
「ああ、確かに二人がかりだし、それにガツンもあるかもしれないけど、やっぱり美穂がいるからじゃないか?」
父と娘は笑顔を交わし、再び席に戻った。
大輔は最後に残った蟹爪のフライをとり、美穂はサラダを片づける。
体の上に載った料理が残さず消えたところで、美穂が立ち上がった。キッチンから人肌に温めたスープを運んでくる。
「コースだと順番が逆なんだけど……」
「いいだろ、別に。……お、スープも美味そうだ」
鍋を受け取り、大輔がテーブルの脇に立つ。
指先で温度を確認し、娘に小さく頷いた。
テーブルの上の智子は、余韻が冷めないらしく、ぐったりとしたままだ。
「もったいないから、すぐに舐めろよ? ……よし、じゃあ、かけるぞ」
そういって大輔が鍋を傾ける。
どろっとしたパンプキン・スープが肌の上に流れた。
父と娘はいっせいに智子の体に顔を寄せ、スープを舐め取る。
「ああああっっ」
智子の体が痙攣する。
何度もイって感度の上がった体は、体の表面を舐められるだけで、激しい快感を感じているようだった。
「やっぱママのスープはマジで美味しい」
「ああ、最高だよな」
テーブルの左右から首を伸ばし、父と娘が左右から乳房と腹を舐め、へその窪みにたまったスープを啜る。
どろっとしたかぼちゃの黄色が舐め取られ、赤く染まった肌が再び現われた頃、智子は全身を震わせて、大きな快楽の波にさらわれようとしていた。
「あ、あ、ああ駄目っ、ぁぁぁぁあああっ」
大輔は急いでベルトを外し、ズボンを脱いだ。下着を降ろすと、張りつめた男性器がひくひくと首を振る。
智子の足の間に回り込み、体液とスープでぐちゃぐちゃになった股間にあてがう。
「あっ」
智子は、それまで閉じていた目を大きく見開いた。
次の瞬間、大輔が腰を進め、深々と挿入した。
「くぁぁああっっ」
ダイニングテーブルの上で智子の体が反らされた。そこだけ汚れていない白い背中がアーチを描いて浮き上がる。
大輔はそのまま勢いよく腰を動かす。
智子の喘ぎが、すぐに切迫したものに変わった。
「ああイく、イっちゃうっっっ」
何度となく腰が跳ねた。全身がピンク色に染まり、玉となった汗が滴り落ちる。強い力でテーブルの端を掴んだ手は、指の先だけ白くなっていた。
両親の激しい交わりに言葉を失い、美穂はほとんど凍りついたようにその場に立ちつくす。その潤みきった目は二人の営みにじっと向けられ、熱のこもった視線が逸らされることはなかった。
智子が絶頂を迎えた後も大輔はしばらく腰を動かしていたが、やがて射精することなく自分のものを引きずり出した。
智子は一瞬びくんと体を震わせたが、ほとんど意識を失ったように、テーブルの上に横たわったまま動こうとしない。
父が娘に声をかける。
「お風呂でママの体洗ってくるから、すまないけどテーブル片づけといてくれ。洗いものは流しに出してくれれば後で俺がやるから」
「う、うん……」
未だに反り返った父の怒張に、美穂の視線は釘付けとなっていた。
大輔が智子の体を抱え上げる。
「あ、あなた……」
腕の中で、ようやく意識を戻した彼女が甘い声をあげる。
大輔は小さく微笑みかけ、それから娘の方を振り返った。
「じゃあ、頼むな。シャワー浴びてくる」
そういって部屋を後にする両親の後ろ姿を、美穂は不安混じりの熱い視線で見送っていた。
熱いシャワーで夫に体を洗われ、智子の意識はようやく少しはっきりとした。
だが、体の奧には未だに絶頂の余韻が色濃く残り、体に力が入らない。立っているのがやっとだ。
「恥ずかしい……。美穂もいたのに」
「いいさ、別に」
シャワーの後も、彼女はただ立っているだけでよかった。大輔がタオルで体を拭いてくれた。
洗い立てのタオルの柔らかい感触が、そのまま夫の優しさに思われた。微かに感じるくすぐったさに、未だに残る体の熱が強く意識される。
今日はまだ終わらないとわかっていた。
二人とも全裸の上にバスローブを羽織り、ダイニングに戻った。
テーブルは予想以上に奇麗に片づいている。
美穂はひとりで椅子に座って待っていた。
なぜか、ひどく心細げに見えた。
何か思い詰めたような表情で、じっと二人を見つめてくる。
智子は娘にそっと笑いかけた。
「ごめんね、片づけ全部させちゃって」
だが、美穂の固い表情は変わらない。
しばらく黙っていたが、やがて低い声でつぶやいた。
「あ、アタシだって……気持ちよくなりたいよ」
そういうと、美穂はすっと立ち上がり、自分から父親に抱きついた。
「お、おいおい、……もう子どもじゃないんだから」
「そうだよ、私もう子どもじゃない。だから、……ママと同じようにしてよ」
そう言って美穂は大輔のバスローブをはだけさせ、股間に手を伸ばした。
だが、大輔は娘の肩を掴み、自分から引きはがす。
美穂の顔をじっと見つめ、静かに尋ねる。
「お前、セックスしたことあるのか?」
「……そんなのあるわけないじゃんっ」
美穂は今にも泣きだしそうな顔で、首を横に振った。
「じゃあ、恋人はいるのか? つきあったことは?」
父親の問いに、娘はまた大きく首を横に振る。
小さく溜め息をつき、大輔は静かに言った。
「最初のセックスは、本当に好きな男にしてもらえ」
「パパのこと好きだもん」
「そうじゃない。
いいか、親子の愛と男女の愛は違うものだ。パパはお前の家族だが、恋人になる男は所詮他人だ。
……だけどその、他人を好きになるということが大事なんだよ。パパの言ってること、わかるな?」
「……だけどっ」
いつのまにか後ろに立った智子が、そっと美穂の肩に手を置く。
「それに、あなたとパパがエッチしたら、近親相姦になっちゃうじゃない。今はよくても、後からいろいろ大変よ?」
「そう、かもしれないけど……」
美穂は不服そうに、かすかに体を揺らす。
そんな娘に、大輔はひどく真面目な声で言った。
「もし万が一、妊娠でもしてみろ。お前の生む子どもは俺の子どもか? それとも俺の孫なのか? わけわからなくなっちまうぞ?」
「……あ、ホントだ」
美穂は唖然とした顔になり、そうつぶやいた。
クスっと智子が笑い声を漏らした。
大輔もニヤニヤしている。
その笑いにつられたように、美穂がぷっと吹きだした。
クスクス笑いながら、智子が言った。
「さあ、わかったら、ケーキにしましょう。それとも、もうお腹いっぱい?」
「食べるに決まってるでしょ。ケーキは別腹だもん」
そういって、美穂は笑い声をあげた。
大輔と智子は顔を見合わせ、頷きあう。
智子がにやっと笑い、美穂に言った。
「じゃあ、せっかくだから、ケーキは美穂で食べることにしましょ」
「え?」
美穂は一瞬、何を言われたのかわからず、母の顔を見つめた。
智子はにやにやしながら、娘と夫の顔を交互に見比べる。
「親としては当然エッチなんて許可するわけにいきません。でも、料理の器になるくらいなら問題ないんじゃない? ……そうよね、パパ?」
「ああ、いいんじゃないか。美穂がそうしたいなら」
「ほら、パパもこういってるし。今日の主役はあなたなんだから、……好きなとこ、食べてあげるわよお?」
ふざけた口調で智子がそう言って、娘の背中を指先でつつく。
顔を赤らめ、もじもじとする娘を見ながら、大輔は鼻の下を伸ばしていた。
だが、返事をしないまま身体を揺らす美穂の様子をしばらく眺めた後、少し意地悪な声で尋ねた。
「なんだ、美穂は食べて欲しくないのか」
「ううん。……食べて、欲しい」
慌てたように美穂は答えた。
さらに顔を赤くして、しかしその目は期待と欲情に潤んでいる。
智子が娘の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、さっさと服脱ぎなさい」
美穂は小さく頷き、困惑と羞じらいの混じった笑みを浮かべる。
静かに、服を脱いだ。
若い身体が、母と父に晒された。
大輔が小さく唾を呑み込む。
小さな胸はまだ固そうだが張りのある膨らみを形作り、その頂点で色づく小さな蕾は透き通ったピンク色だ。引き締まった腹部も、ゆるやかな曲線を描く茂みのあたりも、みずみずしい色香を放っている。
どこもかしこも、若さと清潔さに輝いていた。
だが、白い陶器のような大腿の内側が、べったりと光るもので濡れている。
突如、娘の全てを汚したい衝動が大輔の内側で弾けた。
目の奥に、激しい熱を感じた。彼は何度も咳払いをしていた。
「……ホントに、もうすっかり大人だな」
そうつぶやく声は、酷くかすれている。
しなやかな肢体を羞恥に赤く染めながら、美穂は小さく頷いた。
「恥ずかしい、よ……」
大輔は息を止めたまま、なんとか娘の裸体から目を逸らし、妻の方を向いた。
智子の優しい手が肩に載せられ、ようやく彼は大きく息を吐きだした。
「本当に、すっかり大人になっちゃって」
そう耳元で囁く妻の声が、大輔には、どこか自分の欲望を煽っているように感じられた。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月09日[木]22時28分、N市・阿武倉(あぶくら)駅】
N市の中心からやや北に位置する阿武倉は、JRと私鉄の乗り換え駅となっている。このため、乗降客の数は、県庁所在地である隣の今成(いまなり)駅よりも多い。
駅周辺には多くの店も並んでいた。
飲食店やブティック、書店やレンタルビデオショップの入った駅ビルは、さすがにこの時間だと閉まっている。
だが、北口のロータリーを囲む形で並ぶコンビニや牛丼屋は24時間営業、昨年からはハンバーガーショップも夜の10時まで店を開くようになった。
脇道を入れば、遅くまでやっている居酒屋や小さなスナックが軒を連ねている。
家路を急ぐ者、遅い晩飯をとる者、終電の時間を気にしながら酒を飲む者──。平日の阿武倉駅前は深夜まで人が絶えることがなかった。
バス乗り場にも、住宅街へ向かう最終バスを待つ人が並んでいた。
その人の列が突然乱れた。
ガツンッ!
鈍い音が響き、一人の女がふらふらとその場を離れていた。
歳は20代半ば。紺色のツーピースは会社帰りのOLだろう。おぼつかない足取りで車道の方へよろめく。白いパイプが組まれたガードレールにぶつかり、ようやく歩みを止める。
いぶかしげな視線を投げかける人びとの前で、彼女はガードレールの白い支柱に手をかける。
潤んだ瞳でパイプ状の支柱を見つめ、それから彼女は突然、自分のスカートをまくり上げた。ベージュのストッキングに包まれた大腿があらわになり、腹部に黒の下着が透けていた。
彼女は股を大きく開き、右足を振り上げる。ガードレールを乗り越えるように向こう側へ足をまわし、そのまま動きが止まった。
「どうしよう……」
ぼそっと小さくそうつぶやきながら、あたりを見回す。
だが、つきあげる衝動に耐えかねたように、彼女の膝がゆっくりと曲がっていく。じりじりと腰が下ろされる。
曲面を描くガードレールの支柱の上に、彼女の股間が押し付けられた。
バス停に並ぶ者たちが呆気にとられて見守る中、彼女はそのままゆっくりと前後に腰を動かし始める。
「ああ、い、嫌っ」
目を固く閉じそう言いながら、しかし腰の動きが少しずつ速くなっていく。
その頃になって、ようやく回りがざわつき始めた。
慌ててその場を離れる者もいるが、多くは眉を顰めながらも彼女の痴態をちらちらと見ている。
そんな中、一人の男が彼女に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
グレーのスーツに身を包んだビジネスマンだ。
何かスポーツをやっているのだろうか。大きな身体は、引き締まっているように見える。
「ああ嫌っ、お願い、見ないでっ……」
「一体どうしたんですか」
「あああ、が、ガツンなんですっ!」
彼女を囲むようにできていた人の輪が、一斉にざわめいた。
ガツンと聞いて、一番前にいた数人が慌てて後ろに下がる。何ごとかと遠くからのぞいていた者も、何人か足早に立ち去った。
それでも人の輪は消えようとしなかった。
いかがわしいものを見る目つきで、しかしどこかに下卑た好奇の色を漂わせながら、淫靡に腰を動かす彼女を遠巻きにしている。
前かがみになった彼女は、両手でしっかりガードレールを掴み、くねくねと腰を蠢めかせていた。熱い喘ぎを上げながら、自ら生みだす快感に徐々に酔いしれていく。
「くそっ、どうしたらいいんだっ」
駆け寄った男はそう毒づき、大きく身体を開いて、群衆と女の間に立ちはだかった。少しでも彼女の痴態を見えなくすること以外、他にどうすることもできなかった。
──これがガツンなら、彼女に大きな害はない。
それは男にもよくわかっていた。
身体的なトラブルだけでなく、トラウマも残らないというのが定説である。
それに、ガツンはすべてを快楽に変えるという。たとえ死にたいほど恥ずかしいことであっても、それもまた悦びになるという話だ。
「ああ、嫌ぁっ、見ないでぇっ! ごめんなさいっ、私、こうやってこすりつけてオナニーするクセがあって……、ああ嫌っ、見ちゃ駄目ぇっ」
まるで見て欲しいと言わんばかりに、彼女はそう叫んでいた。
その嬌声を背中で聞きながら、それでも正義感の強い男は苦々しい顔で立ちすくむだけだった。
その時、鈍い音がした。
ガツンッ!
女の姿を隠そうと仁王立ちしていた男が、そのままの姿勢で一瞬ぼうっとした顔になった。
何度か頭をふり、瞬きを繰り返す。
やがて後ろを振り返り、女の身体をじろじろ見ながらにやりと笑った。
「そんなにポールが好きなら、これなんかどうです?」
そう言って男はベルトを外し、ズボンと一緒に下着も脱ぎ捨てる。
それまで激しく動いていた女の腰が止まった。
「あああああ、そ、そんなの、見せたら駄目ぇっっっ」
叫びながら、女はねっとりとした眼差しを男の股間から外そうとしない。
そこはすでに固く反り返り、まっすぐ女の顔の方へ向いていた。
おずおずと、女の手が差しだされた。猛々しく怒張した男のものに、柔らかな手のひらが届きそうになる。
だがその寸前、男はひょいとガードレールをまたいで、彼女の背中にまわった。
両手を伸ばして女の腰を掴む。
「下を脱いだら、直に擦れますよ」
「……だ、だってっ」
「しっかり立って」
男の強い語気に彼女は肩を震わせ、目を閉じた。
男の手に促されながら、軽く曲げられていた膝を伸ばす。
そろそろとスカートのファスナーが降ろされ、すぐにホックも外された。自由になったスカートは音もなく滑り落ち、ガードレールにひっかかって止まった。
男が両手の指先をパンストの縁へかけて、そのままいっきにずり下げた。一緒に半分脱げかけた黒のショーツも、同じ高さまで降ろす。
白桃のような尻が露になっていた。
男が女の腰骨に指を這わし、後ろから身体を押し付ける。尻の割れ目に、男の固く怒張したものが押し当てられた。
「ああ……」
「ふふ」
男は小さく笑い、女の身体を抱え上げる。
女の背中を自分の胸で支え、そのままゆっくりと下に降ろしていく。
女の秘部が、男のものの上に重なった。
「ああっ!」
「どうです?」
にやっと笑って男が言った。
挿入はされていない。
しかし、先端の膨らんだ部分が、熱く濡れそぼった襞に触れていた。
「い、いや、いやぁっ」
男は女の身体を抱えたまま、大きく背中を反らして天を仰ぐ。鳩尾(みぞおち)のあたりに女の腰が乗ると、そのまま上体を元に戻していく。
女の尻が男の腹部を滑り落ち、反り返ったペニスが股間が密着した。
「ああっ」
その状態で、男はゆっくりと腕の力を抜いた。
前のめりになり、不安定になった身体を支えようと、女は慌てて目の前のガードレールを握りしめる。
女の背は男よりも随分低かった。ヒールの先はかろうじてアスファルトについているが、踵は浮いている。体重の半分以上が屹立した男のもので支えられていた。
挿入されたわけではない。熱く濡れた襞に、固く反り返ったものが挟み込まれている。
その長さは彼女の股間の幅を凌いだ。後ろから差し込まれているにもかかわらず、女の黒い茂みの下に、膨らんだ男の先端が顔をのぞかせていた。
まるで両性具有のごとく、女の股間から男の性器が生えているようにも見える。
いずれ奧まで迎え入れることになる予感に喘ぎながら、女の腰が揺れた。
「あああ、熱い……」
尻を突き出して、女が首を振る。全身をぶるっと震わせ、喘ぎが上がった。
女の腰が、前後に動き始めていた。
濡れた襞の内側が、男の肉で擦られる。
そこが外れないよう、動く距離は小さい。速さだけが徐々に激しさを増していく。
「あああああ、おちんちんでオナニーしてるっ」
「じゃあ俺も、おまんまんでオナニーするか」
女の身体を掴んだまま、男も腰を動かし始めた。
二人の小刻みな動きは時にひとつになり、時に位相をずらしながら、細かな快楽を積み上げていく。
やがて、男の動きが限界まで速くなり、女の身体がぶるぶると震えだした。
その時、男が一瞬、腰を離した。
「あっ、だ、めっ……」
女の尻がそれを追い、大きく後ろに突き出される。
男はガードレールぎりぎりまで腰を降ろし、女の身体を両手で持ち上げる。
そして次の瞬間、男は腕の力を抜き、大きく腰を突きだした。
「うあぁぁあああっっっ」
太い怒張が、いっきにそこを貫いていた。
溢れた体液を飛び散らせながら、女の体内で激しい快感が弾けた。
「ああああっ、イっ、ぁぁあああっっ!」
かっと見開かれた瞼の奧で、ぐるっと瞳が上に動いた。
苦悶の表情を浮かべながら、女は快楽の頂上を超えていた。
それでも男は動きを止めようとしない。
濡れそぼったシリンダーの中を、熱を帯びたピストンが激しく上下し、次々と快感が爆発した。
持てる力をすべて注ぎ込んで腰を動かしながら、男が言った。
「スポンサーから一言。イけ」
「あぁっ、い、嫌っ、……イくっ!」
女の身体に、すぐさま次の絶頂が訪れた。
がくがくと全身に激しい痙攣が走る。
滴り落ちる汗と体液が、べったりとガードレールを濡らしていた。
まわりの群衆に、言葉はなかった。激しい交わりに、魂を抜き取られたかのように、ただぼう然と二人を見守っている。
そして──。
少し離れた場所で、また鈍い打撃音が響いた。
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<CM前アイキャッチ>
<CM挿入>
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< 「10月はえろえろの国」《Bパート》へ続く >