<<第2話>>
高辻智世 15歳 中学3年生
「どうかな? …………智世さん、だいぶ暑くなってきてるんじゃない?」
トオル君に言われた智世は首をブンブンを左右に振る。その瞬間、少しだけ涼しい空気が体に当たったような気がした。今、智世の髪の毛の生え際から、首回りから脇から背中から、ジットリと汗が噴き出している。真夏のサウナルームに服を着たまま入ってしまったような熱気。目の前の視界が陽炎で揺らいでいるようだった。
「い………いや………。全然、そんな、暑くないよ………」
智世は敢えて、やせ我慢で否定をする。ここで「暑い」と認めると、つぎに幼馴染のバカ明道が何を言ってくるか、あまりにも見え透いていたからだ。
「いやいやいや、汗びっしょりかいてんじゃん。暑いんだろ? トモヨ。ここは一枚脱いで、楽になったらどうだろ? ………俺らは全然気にしないぞ」
「うっさいわね………。アンタの魂胆なんか、とっくにお見通し………」
「ふぃーっ。今日はなんか熱いな~」
いきなりガバッと明道が、着ていたTシャツを脱ぐ。ドキッとした智世は、その涼しそうな様が羨ましくて、思わずとっさに生唾を飲み込んでしまった。
「………ちょっと、アンタのその毛深くてゴッツイ体、見せられたせいで………。こっちまで暑苦しくなってきちゃったじゃない…………。もう…………」
智世は口で言い訳めいたことをボソボソと言いながら、二の腕でオデコの汗を拭って、そのままの勢いで、カーディガンを一枚、脱いだ。白いTシャツが肌に貼り付いて薄っすら透けてしまっていた。ブラジャーの柄もTシャツの布地に僅かに透けて見えている。
「もう、ほんと皆、馬鹿みたい………」
智世がうだるような暑さに首を振りながら、Tシャツの裾を少しだけ捲って、貼り付いたTシャツを体から剥がす。お腹の下から小さく手で仰いで、服の中に風を入れた。
「智世さん、これ、脱水症状にならないように」
トオル君はまるで歌でも歌うように声に高低をつけながら、智世に水の入ったグラスを渡す。
「………ん………サンキュ………」
暑さで喉がカラカラになっていた智世は、トオルから渡されたグラスのお水を両手で受け取って、口まで持っていって、ゴクゴクと飲み始める。喉が渇きすぎていたせいか、グラスの角度を傾けすぎて、口で受け止めきれない水の量が押し寄せると、アゴから胸元、そしてお腹まで、グッショリと濡れてしまった。ブラのカップを繋ぐフロント部分の布地やカップを縁取るフリルなど、白地にピンクのブラジャーがTシャツの白地に透けて、完全に見えてしまっていた。
「………トモヨって、思ったより女っぽい、下着してんのな………」
「………馬鹿っ。………あっち向いてなさいよっ」
明道に背中を向けた智世は、紳士的に着替えのシャツとハーフパンツを差し出してくれたトオル君から受け取ると、カーテンで仕切られた、試着室に入った。やっと暑さが和らぐのを感じた智世は、体に貼り付く、ズブ濡れのTシャツを剥ぎ取るようにして脱ぐと、一度、深呼吸をしてみた。大きめの胸がブラのカップごと揺れる。
『濡れたブラジャーを脱ぐと、もっとスッキリして、楽な気持ちになるよ。ここは誰も見ていない試着室だから、平気だよね?』
「…………うん………。平気……」
智世は誰に返事するともなく、独り言を口にすると、頷きながら、両手を背中に回して、ブラのホックをプチッと外した。カップがくるりと反転して、智世のCカップの胸が零れ出るようにして剥き出しになる。我ながら、形も大きさも、不足はないと思える、立派な胸だった。どこかで口笛が聞こえたような気がするけれど、無視することにする。
『試着室の鏡を見てみて。智世さん自慢のオッパイだ。見れば見るほど、自慢したくなる。惚れ惚れする。立派なバストだよね。』
「んふふ…………」
智世の頭の中に響く声に褒めちぎられて、思わず彼女は口元をほころばせた。
『弾力だって申し分ない。ほら、確かめてみよう。』
声に促されるように、智世は両手で、発育中の両胸を、すくい上げるようにして鏡の前で強調してみる。
『よく育つように、揉んでみようか。』
「………うん…………」
ムギュッと揉んでみた瞬間に、また胸の中から痛みを感じる。成長期に乳首の裏あたりにシコリのようなものが出来るのを感じた。それが少しずつ大きくなって、今、成長中の胸を膨らましているのだ。智世の場合は特に最近、発達が急ピッチで進んでいて、寝返りをうつだけでも少し痛みが出たりした。そんな発育中のデリケートな胸を、男子目線で揉まされたりすると、刺激が脳まで達する。
そこでふと、智世が違和感を覚えた。そもそも明道の部屋に、カーテンで仕切られた試着室など、あっただろうか? こんな全身を映せる立派な姿見が入った、乳白色のカーテンで囲われた試着室のような、気の利いた場所は、あの明道の部屋にある訳がないのではないか………。そう思って見まわすと、そこにはカーテンも鏡も無く、ただ上半身裸になった智世が、ニッコリ笑っているトオルと、中腰になりながら凄い形相でこちらを凝視している明道との前で、自分の胸を揉んでいるだけの状態だったことに気がついた。
「いっ…………いやぁあああっ。…………何これっ。…………トオル君の暗示のせい?」
慌てて両手を体の前にクロスするようにして肩を抱いて、自分の体を守りながらうずくまる高辻智世。その彼女に、トオルがまだ呼びかける。少しだけ、声に切迫感が感じられた。
「智世さん落ち着いて、ほら、気持ちがスーッと落ち着いてくる。なんにもない。驚いたり、焦ったりするようなことは何にもない。智世さんは何にも感じない………。何を考えるのも面倒くさいから、もう何にも思うことはない………」
「……………ん……………」
目が寝起きのようにボンヤリとしてきた智世が、うずくまって体に力を入れていた体勢から、ゆっくり起き上がって、ボーっと立ち尽くす。体を隠すことも忘れてしまった。
「僕が3つ数えると、さっきの『部屋が暑い』という暗示から今までに起きたことを、智世さんはスーッと忘れていってしまいます。3。昨日みた夢、一昨日、いや、先週見た夢の展開よりも智世さんの中では曖昧で朧げになる。2。もう曖昧過ぎて、人に説明することも、自分で実際に起きたこととして整理することも無理になる。薄れてバラバラになる。1。最後はぜーんぶ、真っ白になる。もう靄がかかってしまって見通せない。はい、ゼロッ。靄が解けた後には何にもない。すべて消えてしまいました。………………どうですか? 智世さん。さっき『部屋が暑い』という暗示を僕がかけたあと、どうなったか、覚えていますか?」
智世は立ち尽くしたまま、呆けたような視線をゆっくりとトオルのいる方角へ向ける。それでも目にはトオルの像ははっきりピントがあったかたちでは映っていないようだ。
「なんにも…………思い出せないから………、たぶん…………何も………。ありませんでした…………」
智世がそれだけ答えると、明道は深い溜息をつきながら、両手を体の前で交差させてから拡げて、「セーフ」というジェスチャーをした。その間も、彼の両目は、幼馴染、高辻智世の豊かで見事なオッパイに釘付けになっていた。
「トオルは、もう『記憶を操作する暗示』まで試してうまくいったってこと? 今さっき、『感覚の操作』まで試してたばっかりだよな? トモヨが教えてたのも、『感覚と感情の操作』だけだろ?」
感心しきったような声を出す明道に、トオルは笑って返事をする。
「記憶を操作する暗示が、先の項目であるってことを智世さんが教えてくれた時点で、だいたい想像がついたんだ。これまでの『体の動きをを操作する暗示』、『感覚、感情を操作する暗示』も、全部基本的な暗示の入れ方は何種類かで、あとは相手の想像力を利用した応用パターンの組み合わせでしょ? …………実はさっき、コップの水を渡したら、半分は自分の体に零すっていうのも『後催眠暗示』を入れたんだ。あれも行動の誘導に記憶の操作を組み合わせたものだから、もう、そっちの単元に入っていたようなもんだよ」
トオルが少し自慢げに話す。催眠術という技術がよっぽど自分の資質と合っているのか、これまで明道にも見せたことの無いほどの、快活さで自分が如何にして教えてもらったことをさらに先回りして実践しているのか。そのことを年上の友だち、兄貴分のような存在に対して、とうとうと述べていた。その様子を、高辻智世は上半身裸の姿でユラユラと立ち尽くしながら、何も思うことなく呆然と見守っていた。
トオルと明道が交代でドライヤーを使って、智世のシャツとブラジャーを乾かしていく。お互いの順番を作って交代し合いながら、1人が服を乾かしている間、もう1人が智世に暗示を入れて遊んでいた。
自分が猫になったと思いこんでいる智世は、「ふにゃぁ~」と潰れたような鳴き声を出しながら、四つん這いになって男子たちが転がすボールを追いかける。掴まえたボールを前足で、じゃれつくように押さえつけるが、弾力のあるビニールボールは、形を変形しながら智世の両手の間をすり抜けて逃げていく。そのボールをまた、興奮した智世が追い付いて、「ふにゃっ、ふにゃっ、にゃぁおおおお~」と飛び掛かってボールと格闘する。『動きやすいから』と言われて黒いプリーツスカートも脱いだあとの智世は、生まれたままの体にショーツを1枚だけまとった無防備な姿で、懸命にボールとじゃれ合っている。その様子を、明道やトオルが微笑んで見守っていた。
サルだと言い聞かされて、信じこんでしまった智世は、パンツ1枚の姿でしゃがみこんでは飛び跳ねて、曝け出されたオッパイをブルンブルンと揺すっては、明道を喜ばせた。トオルは智世が時々オッパイに痛みを感じることを察したのか、注意を払うようになっている。小袋に包まれたチョコレートクッキーを智世の近くに優しく投げてやると、最初は警戒していた様子の智世は好奇心に負けて手を伸ばす。下唇を突き出して、クッキーの小袋を色んな角度から眺めていた智世は、やがて器用にプラスチックの小袋を切れ目から破って、クッキーを口にする。とても美味しかったので、おサルの智世は明道のベッドの上で、両手を頭の上で叩いて打ち鳴らしながら、喜んだ。
アイドルになったよ、と言われた智世が、何もない空間に手を伸ばして、マイクを握りしめるように空気を握る。智世だけに聞こえてくるBGMに乗りながら、智世は目一杯可愛らし声を出して、ステージから見える満員のお客様に手を振って応える。お尻を振り振り、肩を揺らして、キュートな振り付けをこなしながら、ラブリーでフェミニンなアイドルソングを歌う。司会者の人(トオル君?)がとても愛おしそうな目をして、笑いながら手拍子をしていたのが、印象的だった。そして最前列でお腹が捩れるほど笑い転げていたコアなファン(明道?)も少し邪魔だったが、印象的だった。
トオル君が指を鳴らす音がすると、智世はすぐに我に返る。マイクもステージも消えてしまう。明道の部屋のベッドの上で、パンツ1枚の恥ずかしい姿で調子っぱずれな歌を熱唱していた自分に気がつく。当然、今度は地声で絶叫した。そしてさらにもう一度、トオルが指を鳴らすのを見ると、智世の意識はそのまま暗転してしまうのだった。
。。
和泉明道 15歳 中学3年生
「はい、じゃあ、今日はここまでね。思ったよりも進まなかったかな? 一生懸命教えてると、本当に時間がたつのが早いよね」
高辻智世が自分の髪の毛を撫でつけながら、催眠誘導法の教本のページを捲って確認している。彼女の想定では、今日、トオルに『記憶を操作する暗示』までか、あるいはもっと習得が早ければ、『人格を操作する暗示』まで進めるくらいのつもりだった。ところがその手前の『感覚・感情の操作』までしか進んでいないと思っている。正気の彼女がそこまでしか覚えていないのだから仕方がない。しかし、目の前で起こっていることであっても、あまりにも智世が自然な様子で、トオルに言われた通りのことを言われたようにしか覚えていないことが、明道にとってはなかなか信じられない。
「なぁ、トモヨって、本当にトオルに、『感覚の操作』を教えたところまでしか、覚えてないんだよな?」
明道が念のために聞いても、智世はキョトンとした顔を返すだけだ。
「アンタはそのもっと手前の、『腕の硬直』までしか出来てないでしょ。中1のトオル君よりもずっと覚えが悪くて、恥かしくないの? …………それと比べて、トオル君は、本当に私の思った通り、催眠術の才能あると思うよ」
智世は自分の目論見通りの状況に、胸を張って小鼻を膨らませた。
「だから、最初に思ったよりも進みが遅いところがあっても、そこは丁寧に習得すれば良いんだから、心配しないでね。トオル君は私の思った通り………っていうか、私が思った以上に、催眠術の才能あるかもしれないくらいだから………。ね?」
智世は自信満々な様子で、ヒョロッと背の高い、トオルの肩をポンポンと叩いた。
「最近はほんっと、日が落ちるのが早いわね。じゃ、私は今日は帰るけど、また明日、同じ時間に遊びに来るからね。それじゃっ」
よく乾いているシャツの上にカーディガンを羽織って、高辻智世が颯爽と帰っていく。その後ろ姿を、明道とトオルが見送った。
「トモヨが思ってるよりも、………ずっとずっと、才能ありそうだよな、トオル。…………あの様子だと、トモヨの記憶も性格も、自由自在に弄れちゃうって感じじゃないか?」
明道が、年下の友だちを見る。その目には、数日前よりもずっと、畏敬の念がこもっていた。
「まぁ、それは………。どれくらいの期間、効果があるものなのかも、見極めないといけないし、油断は禁物だと思うよ………。それより、アキミチさん、智世さんのパンツも脱がせろって、言わなかったね。…………てっきり、リクエストしてくるかと思った」
トオルが明道と顔を会わせる。その目には、明道の、まるで心の奥底まで見透かそうとするような、純粋な好奇心の光が灯っていた。
「いや…………俺は別に、トモヨにそういう………、オンナとしての魅力は感じてないし………。腐れ縁の幼馴染で、ガキのころは一緒に風呂入ったことだってあんだし………。だいたいアイツ、男っぽい性格だろ? ………そういう対象としてなんて………」
明道が言い訳がましく説明するのを、トオルが珍しく途中で遮った。
「でも、智世さんのオッパイ、さっきはずっと見てたじゃん………。お尻も、ジーっと見てたよね。………ほら、僕と話しながらも、さっきの智世さんの裸のこと、思い出してるんでしょ?」
「………そっ…………そんな訳、ねぇだろっ。ちゃんとお前と話してる時は、俺はお前と………」
「じゃぁ僕の目を見て…………。そう、ジーっと見つめて。両目で僕の黒目の中に映っている自分を見る感じでジーっと………。そうそう………。だんだん僕の眼の中に明道さんの意識が吸い込まれていくよ。体の力を抜いて。ふーぅぅううっと楽になる。そう、もう深い催眠状態。明道さんの心は僕の言う通りになったよ。なんでも正直に、隠さずに質問に答えるようになる」
「ふぁ? ………ぁぁ…………。……ぉぉ………」
明道は気がつくと、口を半開きにして、ボンヤリと三雲亨の言葉に聞き入っていた。トオルは笑いを噛み殺すようにして質問する。
「明道さんが好きな女の人は誰ですか?」
「………トモヨです。………ずっと好きです」
トオルが満足げに、ウンウンと頷く。
「前から、彼女が男っぽいって言っているのは、自分の気持ちを誤魔化すためですか?」
「………はい…………。でも………去年、出来るだけさり気ない感じで、トモヨに好きな人がいるかって聞いたら、生徒会長の滝田のことを好きかもって言ってたから、………俺は、トモヨを好きにならないようにするしかなくて………」
「でも、やっぱり智世さんのことが好きですよね? ………もっと裸の全身とか全部見たいし、エッチなこともしたい………。そうですよね?」
「………う……………は…………いや………その………」
「明道さんは智世さんとエッチがしたい。付き合いたい。そうですよね? 僕の声は明道さんの心の声の代理です。嘘をついたり、隠し事をすることは絶対にできませんよ」
トオルが明道の遠い目を射通すように真っ直ぐ見据えて話しかける。明道は目を反らすことも出来ずに、ゆっくりと頭を縦に振った。
「………はい………。トモヨの裸が見たいし………触りたいし…………。エッチがしたいです…………。俺の…………子供を、生んで欲しいし………。子供と夫婦で遊園地にも行きたいです。………あと………」
「ちょっ、ちょっと待ってね。明道さん。急ぎ過ぎると、智世さんにも怖がられちゃうと思うから、………じゃぁ、1個ずつ。1ステップずつ進めていこう。………せっかく僕がこうやって、催眠術を得意になりそうなんだから、明道さんにもいいことを味わってもらいたいからね………」
トオルは、願望を垂れ流し始めたら止まらなくなりそうだった明道を堰き止めるように、背中を撫でて落ち着かせる。
「大丈夫………。明道さんの心に、もう一度だけ、フタを被せておきましょう。でもフタの下、心の奥深くでは智世さんへの気持ちがどんどん溢れて、激流の渦を巻いていきますよ。明日まで、明日までその気持ちを抑えて、フタしておきましょうね。僕が明日、明道さんの気持ちを実らせてあげますから、楽しみに取っておいてください。さぁ、今日は早く寝るようにしましょう。明日は色々と体力使うと思いますから………」
トオルはそれだけ明道の耳元で囁くと、今度は記憶にもフタをして、自分の家へと帰っていった。
。。
「さっきから、何? …………その目…………。なんか怖いんだけど………」
次の日、明道の家に、トオルに教えるための催眠誘導法教本を持ってやってきた智世は、あからさまに明道の目つきを怖がっていた。なんだか本能的に危険を察知したかのようだった。トオルは明道と智世の、妙にギコチない関係性も楽しむようにしてニコニコしながら、智世の催眠術に関するレクチャーを聞いた。最近、トオルは屈託のない笑顔を見せたりすることが増えている。智世に教えてもらう、催眠術の世界がよほど面白くて居心地の良いものに感じられるようだった。
今日のトオルはジックリと智世のレクチャーを聞く。理論編。模範的な暗示文。瞬間催眠から集団催眠、ショー催眠や催眠療法といった、教本の後半部分を、口を挟むこともなく、じっくり聞いた。そして智世が教本の最後のページまで読み終えると、「ウン」と大きく頷くと、立ち上がって、太腿をポンポンと両手で叩いた。
「ありがとう。智世さん。読んでて疲れたでしょ。今度はリラックスして楽になってもらって良いよ」
「いや、せっかく最後の単元まで説明したんだから、忘れないうちに試してみた方が………」
智世が言い終わらないうちに、両手で彼女の頭を包み込む。そして彼女の眼をジーっと見通した。すでに智世は抵抗しようとしてもトオルの眼に吸い込まれるような表情で、肩の力を抜きつつある。
「眠って~」
トオルが歌うように言うと、智世は頭をガクッと前に倒して、そのままトオルの体に寄りかかった。
2脚の椅子を横に並べて、そこに智世と明道を座らせると、トオルは鼻歌交じりに2人の催眠状態を深めていく。
「今から2人に僕が質問をしていきます。2人は一切の隠しごとをせずに、正直に答えますよ。質問に答えるたびに、気持ちがすがすがしく、軽くなっていきます。それに合わせて、着ている服も1枚ずつ、脱いでいきましょう。質問に答える時も、僕の言葉を聞いて、『はい』と答えるだけでも、どちらもそれは答えです。心も体も、僕たち3人の間で隠しごとを無くしていくんです。それはとっても素敵なことですよ。……………ではまずは智世さん。…………貴方は今も、生徒会長の滝田さんが好きですか?」
「…………はい………。滝田君…………好きです………」
智世は目を閉じたまま頷くと、そう答えた。それと同時に来ていた紺色のパーカーを捲り上げて、薄手のTシャツ姿になった。
「智世さんが好きなのは、本当は和泉明道さんだったりはしませんか? …………自分を誤魔化すために、滝田君への想いでフタをしているとか………。明道さんは自分の心にフタをしていたんですよね?」
「はい」
先に答えたのは、明道だった。暑がりの体質なので、1枚脱ぐと、もう上半身が裸になっている。
「…………明道は…………。大切な友達だけど………。恋愛対象ではないです」
中腰になった智世が、モゾモゾとズボンを脱いでいく。Tシャツ以外には下着しか着ていない状態になった。
「智世さん、貴方はもう一度、青い小鳥になって、木の中にある、お部屋の中に戻っていきます。そこは人間のお部屋のように、家具もしっかり入っているお部屋です。………あ、生徒会長の滝田さんの写真が床に落ちていますよ。貴方が好きな人の写真を飾る、大切な場所に、大事な写真を持っていってあげてください」
両手の指先を、翼の先のように揃えて伸ばした智世が、A4くらいの大きさの額縁のようなものを両手で懸命に持って、鳥が歩くような足取りでヒョコヒョコと部屋の隅へと持っていく。大切そうに写真を立てかけている。
「好きな人の写真を、大事な場所に置くことが出来ましたか?」
「………ピーッ」
智世が嬉しそうに頷くと、小鳥の鳴き声を出した。そしていそいそと、Tシャツを脱いでいく。クリーム色の下着姿になっていた。
「あれっ? ………智世さん、写真をよく見てください。貴方の好きな人の写真。ちゃんと見ると、これは滝田さんの写真ではなくて、貴方の幼馴染、明道さんの写真ですよね。よーく見てみましょう………。ほら、明道さんです。…………あれ? ………智世さんの体が、急にムズムズしてきました。羽毛の生え変りの時期みたいです。激しく、羽毛が抜けていきますよ。ムズムズする。体をブルブルっと震えさせるだけで、智世さんの古い羽が抜けていって、小鳥さんの肌が、剥き出しになっていきます。ちょうど鳥さんとして、生まれ変わりの時期なんです」
目を丸くして、『写真があるはず』の場所を覗きこんでいた智世が、突然、両手を後ろにして前傾姿勢という、「鳥のポーズ」をしたままで、体をブルブルっと震わせる。少し寒そうに、「翼」で体を覆った。
「古い羽毛があらかた抜けて、小鳥の智世さんはとっても無防備な裸の状態になりました。そうですね? ………今から、鳥さんとして生まれ変わっていきます。そうですよね?」
「………ピー………。……………ピー……………」
2回、弱々しく返事をすると、智世はブラジャーとショーツを脱いで、完全な全裸になった。「翼」で自分の体を温めるように隠しながら、不安そうに周りをキョロキョロと見まわしている。
「とっても不安で弱々しい気持ちになっている智世さんを、白くて頼もしい、卵の殻が覆ってくれますよ。本当の生まれ変わりの時です。この殻が破られた時、貴方の目の前にいるのが、貴方が本当に愛している、貴方の運命の人です。貴方はその人のために生まれてきた。その人を愛するために、貴方の一生を捧げます。それはとっても幸せなことです。もう、滝田さんという心のフタは簡単に吹き飛んで、消えてなくなってしまいます。智世さんの本当の愛は、滝田さんへの片想いなんかの何倍も、何十倍も、何百倍も強いものだからです。貴方は今、卵の中で何の不安も無く、眠ります。貴方は起きた時には人間に戻っていますが、愛する人に身を投げ出そうとする健気な小鳥さんの魂は、ずっと智世さんの心の奥に同居します。さぁ、殻が割れた時には貴方を最愛の人との出会いが待っています。そのことを楽しみに、今は安らかに眠りましょう」
翼(両手のひら)を拝むように合わせて、顔の横に置くと、智世は寝そべってスヤスヤと眠り始める。両膝を曲げて、狭いスペースで寝ているような姿勢になったが、その表情は穏やかで、何の心配もないというような寝顔だった。
「明道さん、立ちなさい。………これから目の前にある大きな卵の殻を、ノックして割ってもらいます。その中には、貴方が大好きな、高辻智世さんが眠っています。その顔を見た瞬間に、貴方が心にしていたフタが消えて無くなります。貴方は生まれ変わった智世さんを大切に抱きます。良いですね? …………これまで、智世さんの胸が乱暴に触られるたびに、彼女の催眠が解けてしまっていました。今日はとっても大事に優しく触れることで、智世さんを痛がらせないようにしましょう。智世さんは明道さんにとってとても大切な存在だから、壊さないよう、痛がらせないように、大事に扱う。わかりましたね?」
頷く明道の頭上に、ポンポンとズボンとトランクスが放り投げられる。この部屋の中に、服を着たトオルの他には、明道と智世、2人の年上の友人たちが全裸の状態でいた。
「明道さん、智世さん。白い卵の殻が割れたら、2人はお互いの顔を見つめ合います。それは貴方たちが一生をかけて愛し尽くす、最愛の恋人の顔です。もう言葉も要りません。僕に遠慮する必要もありません。2人で熱烈に愛し合いましょう。良いですね?」
明道と智世はそれぞれの姿勢を維持しながら、トオルの言葉に深く頷いた。2人とも目を閉じたまま、もう1枚脱ぐものを、手で体をさすりながら探したが、もう脱ぐものが無いことに気がついたようで、やがて手の動きを落ち着かせた。
「さぁ、明道さん。卵の殻を外側からノックしてください。智世さんも内側からノックしてみましょうか? ………2人の息が合えば、殻は簡単に壊れてしまいますよ。それは貴方たちの心の殻が完全に壊れてなくなる瞬間でもあります。その時には、この部屋にいる3人はお互いの全てを受け入れ合うことが出来るようになります。はい、コン、コン、コン……」
トオルの言葉に誘われるようにして、明道と智世は向かい合って何もない空間をノックした。智世は寝そべった体勢から体を起こして、明道は屈みこんで………。そしてノックしあっている拳がコツリと軽くぶつかったところで、2人はほとんど同時に両目を開けて、お互いの顔をマジマジと見つめた。ぶつかったはずの拳はいつの間にか解れて、指を絡め合うようにして手を繋いだ状態になっていた。
「………ぁ………きみち…………。…………好き…………。大好き………。愛してるっ」
素っ裸の自分たちを全く気にせず、智世が繋いでいない方の手を大きく広げ、明道の胸に飛び込むようにして抱きついた。明道もその体を引っ張り上げるようにして立ち上がる。抱き合った2人は、二度と離れないというような勢いで体を密着させて、唇を重ねた。そこから長いキスが始まった。智世は両足を明道の腰の後ろに巻きつけるようにして、しがみついている。明道は彼女の体重を軽々と支えながら、抱きかかえてキスを続ける。2人で、顔の角度や向きを少しずつ変えながら、お互いを吸い取ってしまうような勢いで、いつまでもキスをしていた。
「…………いい?」
キスの合間、息を継ぐために口を離した瞬間に、明道が質問する。頭の中には『智世を大事に扱う』という、トオルの言葉があった。
「………ん………」
智世はまだ貪欲にキスを求めながら、小さく頷いて、さらにギュッと明道の体を抱きしめる。オッパイが押しつけられるかたちなった。そしてそれが智世の答えだと、トオルにも、明道にも明確になっていた。
明道が智世を抱きかかえたまま、ベッドにドサッと倒れこむ。2人で絡み合ったまま、ベッドの上をゴロゴロと壁まで転がった。その間も、キスと愛撫を止めない2人。まるで心のストッパーが完全に壊れて、湧き出る愛が暴走しているようだった。
「胸………痛くない? ………これくらいは大丈夫?」
智世を下から支えるようにして、オッパイを包みこんで押し上げる明道。これまで見せたことのないようなデリカシーと心配りを表に出す。智世はその明道の両手をさらに包み込むようにして、自分の胸をギュッと寄せ上げた。両肩をすくめて、上を向く。
「………もっと………大丈夫…………。もうちょっとは…………痛みも……………感じたいの………」
明道の体に馬乗りになっている智世は、胸を揉みしだかれて体を捩って悶えながら、自分の腰を動かして明道のモノを刺激し始めた。まるでオネダリしているような、はしたない腰の動き。少しだけ悪戯っぽい笑顔を見せると、「チッ、チッ、チッ」と口ずさみながら、首と腰を前後に振った。まるで雛鳥が親鳥にジャレついているようだった。
「トモヨ、もうちょっと腰上げて…………。入れるよ………」
明道がグッと腰を押し上げる。彼のモノがズルっと智世の内部に入っていくと、途中で彼女が「ウッ」と顔をしかめた。けれど、決意を見せるかのように、さらに明道と指を絡めて繋いだ手に力をこめる。智世の方からも腰を動かして、痛みに耐えながら明道との結合を深めようとしていた。
いつの間にか、智世の背中もベッドで弾んでいる。正常位の体勢になっていた。
「………ちょっと…………。笑っちゃ駄目だよ…………。あの………あのね………。私、今、ちょっと………。飛びたい感じなの…………」
「笑わないよ………。俺たちの心の殻は全部壊れたんだから、全部曝け出してよ」
性器で繋がったまま、上ずる声で2人で囁き合う。正常位の体勢で結合したまま、智世は少し恥ずかしそうに、両手を肩の高さまで持ち上げて、手首からパタパタと小鳥が羽ばたくかのように動かした。
「……………ピー…………、ピー…………、ピー、ピー…………、あんっ……………気持ちいい……………。ピー、ピーッ」
下から突き上げられながら、性行為の最中に智世が両眼を薄っすらと閉じて、小鳥の真似を始める。するとさらに心が解放されたかのように、エクスタシーの渦が彼女を飲み込む。明道はよくわからないけれどとにかく懸命に腰を振る。智世は最後にオルガスムの予感を本能的に感じ取って、腹筋に力を入れて上体を起こすと、必死に両手を羽ばたかせて喘いだ。
「ピィィイイッ、ピィイイイッ」
明道が射精したのと同時に、智世も昇天していたのだった。
明道と智世の初体験は、こうしてトオルの目の前で始まって終わった。
。。。
和泉亨 27歳 会社員
娘の優芽に遅寝の習慣がついてしまったのは、父親の亨の帰宅が遅いからかもしれない。夜の9時も過ぎると、2歳の子供が見るようなTV番組など放送されていないのだが、今の時代はレコーダーのハードディスク内にいくらでも、昼の子供番組が録画されている。亨が帰宅すると、まだ優芽はお気に入りの録画された番組を見て、キャッキャとはしゃいでいた。妻の智世が申し訳なさそうに、夕飯の支度をする。
晩酌をしている途中で、智世が亨にだけ悪戯っぽい笑みを見せると、アイランド型のキッチンの、リビングから見えにくい場所へと夫の手を引いて行く。
「トオルさん…………。最近、私が相手を出来てないから、ちょっと欲求不満が溜まってるんじゃないかと思って…………。駄目だよ、会社の女の子にセクハラとかしちゃ………」
エプロンをしたままの美人妻、智世が腕で夫の頭を包み込むようにすると、両目を薄っすらと閉じて、顔と唇を突き出した。まるで小鳥のような、可愛らしいキスの仕方だ。彼女はもう10年以上も、亨への甘え方が全く変わらない。
「………おい、………優芽が気づくんじゃないか?」
亨が言うと、智世はクスっと笑いながらキッチンの床に両膝をついた。夫の顔を見上げながら言う。
「大丈夫………。あの子は『おサルのジョージ』を見てる間は、すっごく集中してるから………。私が子供ばかり見てる間、ほったらかしでゴメンね。ちゃんと、トオルさんの相手も、してあげないと…………ね………。………私も、自分のライフワークが滞ってるみたいで、ちょっと寂しかったし………」
スーツのトラウザーのチャックを下ろすと、智世は細い指で外へと導きだした夫のモノを愛おしそうに撫でる。そして躊躇なく口に入れた。頬をすぼめて、夫のいちもつを丁寧に吸い上げる。舌を這わせて裏筋を刺激した。勝手知ったる、自分の夫のオチンチンだ。結婚前から数えると、彼女が上の口、舌の口を駆使して喜ばすようになって、もう12年も過ぎようとしている。こうなると亨にとっては、自分の手でしごくよりも、気楽で、心の行き届いた、安らぎのような甘い刺激を与えてくれる、もう1つのオナニーのようだった。
「…………手…………。また、羽ばたいてる………」
亨が溜息を漏らすように笑いかける。智世は亨とエッチなことをしていて夢中になっていたり、気持ちよくウットリしている時など、今でも両手が手首からパタパタと羽ばたいていたりする。彼女の癖なのだ。亨と愛し合っている時の彼女はよく、自分が小さくてか弱い、青い小鳥になっているところを思い浮かべている。そうすると幸せな気持ちと亨への愛情が何倍にもなって彼女に多幸感を与えてくれるのだそうだ。
「……あ…………、ゴメン………。手が………サボったね………」
智世は申し訳なさそうに謝ると、両手を使って亨のタマや太腿を撫でたりして、夫の気持ちをより高ぶらせようと、懸命に愛撫する。けれどまた、気持ちが最高潮に乗ってくると、唇をすぼめて、小鳥のように亨のタマをくちばしで突っつくような愛撫になる。
「……………チッ、チッ、チッ………、チッ………」
顔は大真面目な美人妻だが、その仕草は鳥そのものといった様子で、夫のタマをついばんでいた。
「ママ~。見て~。ジョージ、イタズラしてるよ~」
ソファーでお気に入りのクマのヌイグルミを抱きしめながら、テレビを指さして優芽がママを呼ぶ。智世は素早く口元を拭ったあとで、キッチンカウンターから顔を出して、優しく愛娘の相手をする。
「あら~。悪戯は困るわね~。黄色い麦わら帽子のお兄さんも、怒っちゃうかな~?」
「むぎわらのお兄さんは優しいから、だいじょうぶ~」
優芽はそれだけ言うと、手に持ったクマのヌイグルミの足を掴みながら、またテレビ画面の動きに集中し始める。智世は愛に満ち溢れたような笑顔を亨に見せて、また、丹念なフェラチオに戻る。夜遅くまでなかなか寝付かないことを除いては、和泉家の親子関係、夫婦関係は、円満そのものだった。
けれど亨は時々、愛妻の健気で献身的な夜の勤め方を見ていて、昔の友人のことを思い出す。トオルは………、いや、今の「アキミチ」は、あの時、彼の刷り込んだ暗示が、10年以上後まで、智世の心を縛り続けるということを、想定していたのだろうか? そう思うと、亨はまた少しだけ、射精の前から賢者モードが訪れてきたような心境になるのだった。
。。。
高辻智世 15歳 中学3年生
学校が終わって帰宅後しばらくして、明道の部屋へやってきた智世は、図書館で借りてきた、新しい催眠術の本を、机の上にドカッと置いた。今日から新しいレクチャーを始めるのだ。………そしてその前に、やるべきことがあることに気がついて、智世は服を脱いでいく。シャツを捲り、スカートを降ろすと、上下を揃えた青い下着姿になっていた。それを見て、トオル君がガッツポーズを見せる。智世の彼氏である明道は、悔しそうに床を叩いた。
「ほら。僕の暗示の方が、やっぱり何倍も強力だよ。見てよ、智世さん、青を選んだでしょ?」
「くっそーっ。愛の力でトオルの暗示を超えると思ったのに………。白じゃねぇのかよっ」
地団太を踏む彼氏を見て、智世はだいたい、何が起こっているのか、想像出来つつあった。
「…………ふーん………。どおりで、今朝は下着選ぶのが時間かかりすぎて、遅刻しそうになっちゃったけど………。これもアンタたちの仕業? …………私を玩具にしないでもらって良いかな? ………そのうち、はったおすよ………」
智世は今朝のことを思い出す。ただでさえ女子の登校前はやることが山ほどあって、目が回るほど忙しいのに、今朝はクローゼットの前で立ち往生してしまったのだ。『私は今日、青い下着をつけて行かなければならない』という思いと、『今日は白い下着をつけて行きたい』という思いが頭の中でぶつかって、どちらも切り捨てる訳にはいかなくなっていたのだ。頭を抱えて唸ってしまった智世は、一度は青のブラの上に白のブラを身に着けて、この上にキャミや制服を着ようとしたほどだった。さすがに思い直しして深呼吸し、やっと決心を固めた彼女は、白の下着を脱いで、ワードローブにしまったのだった。
その、今朝の苦渋の決断が、トオル君と明道のイタズラ合戦だったことに気がつくと、顔が赤くなって、怒りがふつふつと沸き立って来る。それでも、トオルが手のひらを床に向けて右手を突き出し、そのまま手をスーッと下へさげていくと、その動きと同期化されるように、智世の怒りもシュルシュルと収まっていくのだった。
「…………ま………。その………、そうやって、イタズラしながらでも、催眠術の練習に繋がってるっていうんだったら、私に文句言う筋合いは、あんまりないんだけど………。貴方たちが催眠術、上達するのは、嬉しいし………」
催眠術は、これまでなかなか自分の気持ちに素直になれなかった智世と、最愛の恋人、明道とを結びつけてくれた、とても大切な存在だ。智世は一生をかけて明道を愛し続けていくこととあわせて、トオルや明道がこの催眠術を上達してくれるなら、何でもしようと、秘かに心に決めている。結果として、トオルは日々、目を見張るスピードでこの技術を究めようとしているし、彼氏の明道にいたっても、智世のレクチャーとトオルの手ほどきのおかげで、少しずつ上達しつつある。もっとも、明道にとっては「彼女の智世にしかけるエッチなイタズラ」というものも、重要なニンジンになっているようなのだから、あまり文句も言えない状況ではある。だから智世は、ただ溜息をついて、青いブラとショーツを脱いで、『勝者』のトオル君に渡す。全裸になって彼氏以外の男子の目の前に立つのは恥ずかしかったが、相手がトオル君の場合は、抵抗する気もあまり起きない。なにしろ、高辻智世と和泉明道、そして三雲亨の3人は、心の殻を完全に取り払った、一心同体のような関係なのだ。隠し立てするようなことは何もないし、年頃の男子のうち、どちらかが性欲を持て余すようなことがあれば、それを受け止めるのは智世の大事な役割だからだ。もちろん、年頃の女子として、智世の中に恥ずかしい願望や欲求が生まれた時も、それを2人に隠したりすることは出来ない。
「智世さん。………昨日は、オナニーをした?」
年下の男子であるトオル君に聞かれて、智世は黙ったまま、顔を赤くして頷いた。
「………はい………しました………」
耳から胸元まで赤く上気させて、智世は消え入りそうな声を出すと、モジモジと右手と左腕を背中の後ろに隠す。はしたなくてお行儀の悪い手を、男子たちの目から隠したかった。口元をモゾモゾさせて、恥ずかしさと罪悪感とに苛まれている智世の肩に、トオルの手が触れる。
「智世さん、僕の目を見て。………貴方の心の殻は僕たちの間では全て取り払われているよね。貴方はどんなに恥ずかしい自分の姿でも、僕たちからそれを隠すことは出来ないよ。僕たちが知りたいことは何でも正直に教えないといけない。…………そうだよね?」
智世がトオル君の目を見ると、もう自分からは目を離せない。彼の言葉が頭に響き渡って心に染みこんでくると、智世は自分が今、また催眠術にかかっていくのだと、理解する。頭の奥、後頭部のあたりがジンジンと痺れを増していくと、智世は心にも体にも力を入れられなくなる。ただただ、気持ち良さの波に、プカプカと浮かんで、クルクルと流されていくだけのか弱く、儚い存在になっている。けれどその無力感は圧倒的な多幸感と結びついている。全ての抵抗を放棄して、心を差し出すと、智世は全ての悩みや不安からも解放され、自由な存在となって飛び立つのだ。本能のままに空で遊ぶ、青い小鳥さんのように………。いつのまにか、智世の半開きになった口から、涎が垂れてしまっていた。それを拭う気力も無くして、ただただトオルの言葉を心身に染み渡らせるだけの存在になる。
「智世さんは、昨日の夜のオナニーの様子を僕と明道さんに再現して見せましょう。ただ、昨日の夜に戻って繰り返すだけじゃ駄目だよ。………僕たちの目を意識して、ちゃんと説明も入れながら、自分のオナニーを表現してください。………わかりましたね? ……ほら、ティック」
トオルが指を鳴らすと、それが智世の背中を押す合図になる。智世は明道のベッドにのっかって、全裸のまま足を広げながら膝立ちになる。
「私は…………こうやって、自分のオッパイを触りながら、こう………内腿のあたりをくすぐるみたいに擦って………。ちょっとずつ自分の体を興奮させていきます。………この、まだ本格的に燃え上がってないくらいの、自分の体をちょっとずつ刺激して、焦らしながら、盛り上がっていくのが、気持ち良くて………好きです。…………はぁ…………」
左手で自分のオッパイを揉みながら、内股を、股間に指を近づけたり遠ざけたりしながら、円を描くように擦っていく。左手に力が入ると、少し顔をしかめた智世が首を傾げる。
「………トモヨはオッパイを強く刺激すると痛がるってイメージだったけど、………意外と自分で触る時は強めにいくんだ………」
明道が、朴訥と独り言のように漏らす。………大切な自分の彼女のことだけあって、真剣に興味を持っている。
「………なんか、オッパイも、気持ちいいっていうモードになると、切り替わるっていうか………、ちょっとくらいの痛みは、イタ気持ち良くなるっていうか、痒みと痛みと気持ち良さのミックスみたいになるから………。それまでは、優しく、やんわりとこねるみたいに、可愛がるの………。こうやって。………そうすると、ちょっと痛いのも、…………良くなる…………の………」
呼吸を荒くしながら、潤んだ目で、智世が一生懸命、自分のオナニーのこと、オッパイの感じ方のことなど、彼氏と男友達に説明する。そうする間に、指を股間に入れるとピチャピチャと音がしはじめる。
「智世さんは何を考えて、オナニーしているの? ………何か、想像したりする?」
トオルが冷静に、いつもと変わらない、歌うようなトーンで、踏み込んだ質問をする。智世は自分の体を慰めながら、いじくりながら、正直に答える。
「…………催眠術をかけられて、恥かしいことをされている自分を、想像しながら…………、気持ち良く………なっています………。恥ずかしくて…………情けないけれど…………、言われたままに…………操られていく自分…………。玩具みたいに…………遊ばれて………。でも…………言われたことに…………逆らえなくて……………………。もし…………そうなっちゃったら………どうしようって、思うと…………。お腹の下の方がキューッってなって、気持ち良くて…………。あぁっ……………。はぁあんっ………」
今度は左手の指をアソコに入れて、クチュクチュと強めにアソコを責める智世。右手はオッパイを、ギュッと握りながら、器用に親指と人差し指とで乳首を摘まんで捻っていた。背中がアーチを作って、天井を仰ぎながら悶える智世。そんな、彼女の乱れる姿を、明道は横で、息を吐くのも忘れたように見つめている。
「そんなふうに…………催眠術で弄ばれちゃったら……………。うん………大変だよね?」
トオルは思わせぶりな笑顔を浮かべながら、明道にウインクをしてみせる。智世はトオルと明道がそんな風に視線を交わし合っていることも全く気にせずに、激しいオナニーに没頭する。彼氏の家のベッドの上で、汗を飛ばしながら全裸でひたすら自分の性感帯を刺激して、貪欲に快感を貪っていた。
「………ぁあっ………。イクッ…………もうすぐっ…………イキそうですっ…………」
「智世さんは、オナニーでイクときは、何って言うんだっけ?」
「はぁああっ…………。智世は…………エッチで………いやらしいオナニーが…………大好きですっ…………。催眠術もっ…………大好きですっ………。操られるのが………大好きですっ………………無茶苦茶にされたいぃぃいいいっ……………ですっ………あっ…………ひっ……………イックぅうううううっ」
頭を支点にブリッジのような体勢になって、智世が激しく股間を突き上げる。ズボズボと性器の内側へ指を出し入れしていた左手の、手首までびっしょり濡れるほど、愛液を出して、絶頂に達する。網で陸に揚げられた魚が跳ねるように、ビクンビクンと腰を前後させて、胸を張ったりうずくまったりしながら、ベッドの上を転がって、何度も潮を噴く。彼氏の明道もちょっと引くほどの狂態。快感に溺れきったその表情は、完全にいつもの智世の理性が蒸発して無くなってしまったようだった。暴力的なまでのエクスタシーが去っていくと、智世は呆けたように天井を眺めたまま、全身の力を抜いてベッドに沈みこむ。涙と鼻水と涎で、くちゃくちゃになったその顔に、トオルがキスをした。とても長いキス。心をこめて、彼女を抱きしめながら何度も唇を重ねた。
「なんか…………。やっと明道さんの、智世さんが好きって気持ちが、ちょっとわかったような気がするよ」
トオルが明道を見て、ニッコリと笑う。その屈託のない笑顔を見ても、明道は少し共感出来ないと思った。
「………それ、今、言うか?」
「…………智世さんって優しくて真っすぐで、とっても素敵な人だよね。それは、前から、わかってた。…………でも、やっぱり壊し方がわかるまでは………ちょっと怖かったんだよね。智世さんだけじゃなくて、明道さんも、周りの人、みんな…………。それが、壊し方がわかってくると、直し方もわかるし、なんか、こっちも、そんなに警戒しないで接することが出来ると思って………。そうやって、壊し方も確認して、ふと、改めて見ると………。智世さん、美人だし、性格も良いし…………。やっぱり、素敵だよね。……………好きになった」
そう言ったあとでトオルは、無造作に投げ出された智世の両足の間に手を伸ばすと、人差し指の爪で、彼女のクリトリスをビンッと弾いた。智世は「ウッ」と声を出して、両膝を閉じたけれど、しばらくするとまた呆けたようにベッドに体を預けた。
「ほ~ら、いつまで休んでるのかな? 智世さんは昨日の夜も今も、オナニーで最高の快感を味わったんだよね? ここにいる貴方の大切な仲間には、それ以上の快感を、今度は自分の体を使って味わわせてあげないといけません。セックスで僕と明道さんを喜ばせること。それが智世さんの使命。それが智世さんの特技。智世さんのライフワーク。最大の趣味。僕が指を鳴らすと、それが貴方にとっての絶対の真実になります。…………ティック………。はい、智世さん。全身に力が漲ってきた。まずは僕からお願いしますね」
「お…………おぉ…………、トオルが先か………」
お預けを食らった彼氏が、少し戸惑いながらも、自分に言い聞かせるように頷いている。それを脇目に、両目をパチッと開いた智世が喜びを爆発させるように、両手を広げてトオルの体に飛びついた。
「トオル君、大好きっ。………私が気持ち良くさせてあげるから、何でも言ってね。私、トオル君のためなら、何でもしちゃうっ」
まるで横で見守る彼氏を嫉妬で狂わせるのが目的であるかのように、全裸の高辻智世は精一杯の愛情をこめてトオルに密着する。イチャイチャしながら彼が服を脱ぐのを手伝って、オッパイを触らせたり、オッパイにキスをねだったりしながら、彼を誘い、興奮させる。若い性器を両手で大事そうに撫でた後で両目を閉じて、お祈りするように顔を近づけると、心を込めたキスを、亀頭の当たりに丹念にする。彼のヒョロッと痩せた体をベッドに上がらせると、太腿を開いて、さっきの激しいオナニーの余韻がまだ残る、熱くてヒクヒクしている粘膜を見せてそこへトオルの性器を導いた。智世の方から腰を動かす。
「………んんっ…………。気持ちいいね………。これも、明道さんが好きな理由が、ちょっとわかってきた。………セックスは……………。気持ちがいい…………。ハハハッ………それはそうか………」
トオルが自分で面白そうに独り言を喋る。こんなに饒舌な彼は珍しかった。智世はとりあえず、大切なトオル君が上機嫌そうなことを嬉しがって、さらに腰の動きを色々と試す。繋がったまま四つん這いに体勢を変えて、ワンちゃんの交尾みたいに腰を突き上げてみる。首を限界までねじって、顔を後ろに向けて、トオルの反応を注意深く伺いながら、少しでも彼が気持ち良さそうな角度、締めつけ、グラインドの勢いなどを色々と調整して試す。全てはトオルを少しでも高いエクスタシーに導くために。そして智世の使命を全うするために。特技をより研ぎ澄ますために。趣味を充実させるために。ライフワークを究めるために、智世は自分の体を使ってトオルに奉仕することに、全神経を集中させて性行為に勤しんでいた。
「ふー。お先に失礼。今度は明道さん、どうぞ」
まるで風呂上りに声をかけるような口調で、トオルが明道に言う。明道が目を移すと、裸で汗だくの智世は、もう明道に抱きつこうと、目の前まで迫っていた。足の間からは智世のエキスとトオルの精液の混ざったものがタラタラ零れているが、智世にはもう、気にならない。目の前の使命のことで頭が一杯なのだった。
「明道。遅くなってゴメンなさい。なんでもするから許して。………私を、好きにして良いんだよ。私は明道のものだから」
抱きつかれて、そう耳元で囁かれるだけで、単純な明道は顔からは嫉妬も、彼女への複雑な思いも、全部蕩けてしまったようだった。体力が有り余っている明道は、それから智世と3回セックスをした。
。。。
「あのさ~。もう2週間も、僕ら催眠術の訓練が進んでないんだよね。…………気がつくと、ずっとセックスばっかりしてる………。さすがに飽きない?」
トオルがポテトチップスを食べながら、年上の友人2人に問いかける。ベッドにもたれかかるようにして床で抱き合っていた明道と智世は、トオルの方を向く。2人は全身を密着させるように抱き合ったままの体勢。こめかみからアゴまで、顔の横も頬ずりするように密着させたまま、トオルを見ている。ベタベタもここまでくると、馬鹿ップルを通り越して、見事な熱愛に見えてくる。
「俺はまだ………全然、飽きる感じでもないけど………。トモヨはどうなの?」
喋る途中でベロを横に伸ばし、智世の顔をペロンと舐めながら明道が聞いた。
「わはひも………ほれ………ライフワーフらひ………」
智世も下を横に伸ばして、明道の舌と絡めながら、真顔でトオルに答える。一秒たりとも、お互いの体から離れたくないという、強い意志のようなものを感じさせた。
「………まぁ、2人は大人になって、結婚して。一生ラブラブって決まってるから、今から飽きてたら困る訳だけど…………。僕はもうちょっと、変化が欲しいなぁ~。催眠術って、もうちょっと応用とか、聞きそうだし」
「えっ? …………わはひはひ、へっほんふるの?」
ディープキスをしながら、智世がトオルに聞く。まだ智世も明道も15歳。お互いのことが大好きなのは間違いないけれど、結婚までは(少なくとも表面的には)考えに至っていなかったので、一瞬顔を赤らめて、舌をひっこめる。
「………うん………。あれ? ………言ってなかったっけ? ………2人は24歳の時に、森の小さな教会で結婚式を挙げるんだよ。智世さんが手作りのケーキを皆に振舞って、明道さんが元柔道部の仲間と一緒に出し物をするの。最後はキャンドルサービスの代わりに2人でファイアーダンスを披露して、笑いもバッチリとって、ささやかだけど盛り上がる、アットホームな結婚式にするの。…………前に言ったんじゃないかな? ………2人がセックスに夢中になりすぎてて、覚えてないのかも………」
トオルがあまりにも当たり前のように話すので、明道が少し唖然としてキスを中断して、彼を見る。智世も頬っぺたをくっつけながら、年下の催眠術師を見た。
「それって、…………お前が決めることか?」
トオルは明道がなぜ質問してくるのか、その背景もわからないと言った表情で、歌うようなトーンで答えた。
「……………そうだけど………知らなかった? …………まぁ、いいや。………一旦、2人とも眠ろう。セックスは後にして、2人のこれからの話を、もう少しちゃんとしてあげよっか………。それが良いね」
抱き合ったまま、明道と智世は深い眠りに落ちる。それはそこが見通せないくらい深いけれど、温かみもある、心地の良い眠りの神様の抱擁だった。
<第3話に続く>
読ませていただきましたでよ~。
催眠術で色々とネジ曲がっていくのは素晴らしいでぅね。
27歳の智世さんがライフワークって言ってたのがなんなんだろうとか思ってたら、中学の時にその場限りのように入れた暗示がずっと残っているとか、インプリンティングを応用したような卵の殻の暗示とか最高でぅ。
ただ、最後の結婚式の予定とか若干の不穏さが見え隠れしてきましたね。
トオルくんはそれを見届けて消えるのか、消えた後にやるのか。後者っぽいけど、それだとほぼ最初から離れることを前提とした付き合いになるんじゃないかって思ってしまうのでぅ。
トオルくんの考えてることがなかなか見えてこない。
セックスの気持ちよさを覚えたことといい優芽ちゃんの父親が亨(明道)ではない説も出てきてる気もする。
であ、次回も楽しみにしていますでよ~。
先は気になるけど、NTRこわい・・・w
ああ……すごくいい!
催眠術で(性的な意味でなく)オモチャにされてそれを忘れさせられてしまったりする展開、大好きです。
平然と脱いで下着姿になっておきながら、脱がされたことに怒らず下着を指定されていたことに怒ったり、
その怒りの感情すらもあっさり制御されてしまったり……
ジェリー・フィッシュでもありましたが、遠い将来の人生の一大イベントである結婚式の内容を決められてしまったり、そこで自分の意志で恥をかくことを決められちゃうのも最高……たまらない……
とてもツボな描写がたっぷりの展開、ラストがどうなるかも楽しみです!
>みゃふさん
ありがとうございます!
>中学の時にその場限りのように入れた暗示がずっと残っているとか
あの時の暗示がまさか今も。。。とかいう繋がりを感じて、改めてその時の暗示の刺さり具合を感じるっていうのが、
回想ものMC話の醍醐味の1つだと思いますので、
こういう目配せも入れてみました。お楽しみ頂けていたら幸いです!
そろそろ冬の投稿も終わりです。
毎度毎度、ありがとうございます!
>ティーカさん
弄び系の暗示、好きです(笑)。
このあたりもワインや日本酒など、醸造酒の楽しみを思い浮かべます。
アルコール(性的描写)と風味や芳香(悪戯成分?)がバランスよく結びついていると、
長く語り合えって楽しめるというか。。。
性的描写という意味のエロに、近づきすぎても遠ざかりすぎても、興が冷めてしまう部分があるので、
デリケートな味わい。。。でも、うまくムズムズさせられると、楽しいですよね!