「――メールを確認させてください。……はい、OKです。では好きなクジを引いてください。……はい、17番ですね。それが席の番号になるんで、座ってお待ちください」
年の瀬も押し迫る冬のある日。
数年ぶりとなる喫茶ヒプノに人を招いてのショー形式かつ、今年の仕事納めの特別営業。エントランスでミナモが来客を捌く。
自由に来店してもらうわけではなく、ネット上で参加申請してからの抽選。その中からランダムに10人ほどを選んで招待という形式。そして先着順でクジを引いて、席を決めるという流れになっている。
余計なトラブルを避けるために、広めにソーシャルディスタンスを取った席の配置。そして用意されている20脚の椅子のうち、10脚――ネットからの参加者分はすべて埋まった。開演時間にはまだ余裕があるのに誰一人と遅刻はなかった。当然と言うべきか、やってきたのはすべて男性だった。
椅子は20脚。ステージに向かって扇形に広がる前後列の2列、各列に10脚ずつで、前列の10の席はまるごと空席のまま。
当然ただの空席ではなくて、
「お、最前列だ。ニナは?」
「私は……私も最前列だけど、少し離れてるっぽい」
そして予定していた入場時間が過ぎたところで、次々と女性が入ってくる。朝霞が用意していた『嬢』たちで最前列に座っていく。席はすべて最前列。
全員が席についてすぐ、照明がステージだけを照らして朝霞が仰々しく入場してくる。
「みなさま、本日は催眠ショーにようこそお越しくださいました。最初に注意事項ですが、撮影、録音は厳禁です。また――」
わかりきった注意事項をひとしきり説明してから、本編に入る。
「では最初は、最前列に座っている女性の方にお手伝いしていただきましょうか」
最前列に座っているふたりを指名して、ステージに上がらせる。
『嬢』たちには全員、『朝霞の言うことには従う』『どんな催眠でも楽しい』といった内容の催眠があらかじめ仕込まれている。
今回、観客兼コンパニオンとして呼んだ『嬢』は10人。それぞれ友人同士の2人ペアが5組が集められた。
朝霞は早速、無作為に二人を指名してステージ上に招いた。ペアではなく別の組からひとりずつ。
「では、名前を教えていただけますか? もちろん偽名でも構いませんので」
「えっと……アヤノで」
「ヒマリ、でお願いします」
「アヤノさんとヒマリさんですね。ではまず最初に、両手を出していただけますか? そうです、両手を組んで、人差し指だけ立ててください――」
既に催眠は仕込んであるので導入などしなくとも問題ないのだが、『ぽく』舞台を進めていく。
「その状態で、私が両手を上からグッ……と押すと、もう手がくっついて、固まって開かなくなりますよ。はい、グッ……」
「えっ……あれ? ウソ?」
「そのまま、両腕まで固まって行きますよ。ほら――」
流れでふたりの全身を硬直させて、「催眠術にかかっている」ということを実感させる。
「両手は動かせますか?」
「えっと……ダメです」
「動きません……」
「ですよね。でも……これを見てください」
両手を伸ばしたままの二人の目の前で、赤い付箋をひらひらと見せつける。
「この付箋を貼ると、張られた場所同士が磁石の同じ極になったみたいに、勝手に離れていくんです。私が両手を握ると、手は元通りになりますよ」
アヤノの手を軽く叩くように握りながら、その両手の甲に赤い付箋をペタリと貼り付ける。
「これで両手はぐぐーっと開いて行っちゃいますよ、ほら」
「えっあっ」
さっきまで握ったまま動かせなかった両手が、今度は大きく離れていく。
胸を大きく開いているアヤノから、今度は、ヒマリの両手に、
「じゃぁヒマリさんにも同じように、付箋を貼ってしまいましょうね」
アヤノと同じように、ヒマリの両手の甲に付箋を貼る。今度は青い付箋。
「ほら、両手がぐーっと勝手に離れていく。近づけようとしても磁石みたいに離れてどうしようもない」
並んで座っている二人の間にそこまで広い空間はない。同時に両手を大きく開いていくと、お互いの片手がぶつかってしまう。
「でも磁石って、同じ極だと離れちゃいますけど、違う極だとくっつきますよね?」
ぶつかっている手を取って、お互いの手を握らせる。
「ほら、それぞれ赤い付箋と青い付箋ですよね? もう手が離れなくなりますよ」
繋がれている二人の手を、上から軽くグッと押し付ける
「えっと……すいません! 手が離れなくて……!」
「あっ……私もなんでお互い様……なんですけど……」
初対面のアヤノとヒマリは少しぎこちなく謝りながらも、なんとかできないかとお互いの手を握ったり離したりしている。でも手そのものはくっついたまま離れない。
「でも付箋をはがすと元に戻りますよ」
ふたりの付箋をはがすと、お互いにすぐ手を引っ込める。
そして苦笑いしながら顔を見合わせている。
「折角なんで、もう少し別のものとくっつけてみましょうか。アヤノさんとヒマリさんのご友人の方、前に来ていただけますか?」
客席に座っていた女性二人がステージに向かってくる。ひとりはいわゆるロリ巨乳体型。もうひとりはその逆で、日本人女性には珍しいくらいの高身長、それと日本人離れしたプロポーション。
「お友達の隣に立ってもらって……客席の方を向いて。そう、そして、少し失礼しますね」
そしてふたりの豊かな胸元に赤い付箋を貼る。
「おふたりの胸に赤い付箋を貼らせていただいて、こっちの青い付箋を――」
アヤノとヒマリの前でひらひらと見せつけてから、
「ここに貼ってしまいましょう」
ふたりの鼻の頭に張り付ける。
「そして付箋を貼られちゃうとどうなるんでしたっけ。そうですよね、違う色の付箋に引き寄せられてしまうんですよね」
「えっ……あぁっ……」
「待ってそうじゃなくて……んむむむっ」
ふたりともゆっくり立ち上がって、それぞれの友人の胸に頭をうずめる。
「アヤノ、そんなにおっぱい好きだったの?」
「違うくて!離れないんだよぉ!」
「でもこんなにがっついちゃってるじゃん」
思い切り友人の胸に飛び込んでいるアヤノと、
「うぅん……」
「ヒマリ……辛くない? 姿勢低くしようか?」
身長の低いヒマリは、背の高い友人に抱き着くのに苦戦している。ただ催眠には抗うことができずに背伸びして顔を相手の胸に押し付けている。
「さて、付箋を外してしまいましょう」
付箋の使い方を見せたところで、ひとまず切り上げることにする。
催眠そのものは解かず、後で客に遊んでもらうためにそのままに。付箋のデモンストレーションが終わったところで、アヤノとヒマリの出番は終了。客席にお戻りいただく。
「では今度はアヤノさんとヒマリさんのご友人にお手伝いいただきましょう。名前を教えていただけますか?」
次はそのままふたりの友人を相手にする。
「えっと……まぁいいか。ニナ、です」
「アズサでお願いします」
低身長巨乳の方がニナ、そして長身の方がアズサ。
まずは椅子に座ってもらって、
「今度はニナさんとアズサさん、そしてこちらの方に手伝っていただきましょう」
朝霞は小さなテディベアを取り出す。
「こちら、熊さんのぬいぐるみです。なんの仕掛けも変哲もない、可愛いテディベア。少し持っててくれますか?」
テディベアをふたりに手渡す。
別に手品をするわけではないが、普通のテディベアであることを確認してもらって、
「普通のテディベアですよね?」
「はい、特に何もない……」
「そうです……ね」
「じゃぁこのテディベアを顔の前に持ってきてください。そう、見つめあう感じで、テディベアの目をじーっと見ててくださいね。そのままテディベアの目をじーっと見てると、不思議と目が離せなくなってくる。テディベアの目に吸い込まれるように、もう視線が逸らせない。意識がどんどん吸い込まれていく。意識が吸い込まれて、何もわからなくなっていく」
テディベアの目を見つめたままの二人の瞳から、次第に光が消えていく。
もう少し追い込んだ後で、
「私がテディベアを貴女のおでこにコツン、と当てると、テディベアに吸い込まれていた意識が戻ってきますよ。だけど戻ってきた貴女たちの意識は、すこーしだけ変わっています。意識が戻ってくると、テディベアが、クマさんが大好きになっています。意識がテディベアの中に入ってしまったのだから、仕方のないことです。テディベアがおでこに当たると意識が戻ってきますが、何よりも、誰よりもクマさんのことが大好きになって戻ってきますよ。はい」
ふたり同時に、テディベアを額に当てる。
その瞳には光が戻ってくるが、『目が離せない』暗示はもう切れているはずなのに、テディベアから目を離さないでいる。
「クマさんのぬいぐるみ、とっても可愛いですよね。見てるだけで幸せ、とっても癒される。ほら、そのまま抱きしめてしまいましょう」
朝霞が煽ってやると、二人ともその大きな胸に小さなテディベアを埋もれるくらいに強く抱きしめる。
「ほら、とっても幸せ。大好きなクマさんに触れてると、ぎゅーって抱きしめると心が満たされますよ」
思い切り抱きしめられたテディベアは、身体の半分くらいが胸に埋もれて見えなくなっている。ギャラリーの男からはテディベアへ向けての嫉妬の目線を感じた。
うっとりした目でテディベアを抱いている二人だが、ロリ体型のニナの場合は微笑ましく、逆に長身でスタイル抜群のアズサの場合は強烈なギャップがある。
「貴女たちはクマさんが大好き。大好きなんですけど、不思議なことに視界から消えるとその熱はスーッと冷めて行ってしまいます。まるで最初からなにもなかったかのように、いつも通りの自分に戻ります」
ふたりとも大事そうにテディベアを抱えているけれど、優しく抱いているので力は入っていない。朝霞はヒョイと取り上げて、二人の視界から外す。
その直後、
「……あれ?」
「何してたんだろ、私」
さっきまでの愛情が嘘のように、きょとんとした表情に変わる。
「でもまた視界に入ってくると、またクマさんへの愛情が一気に燃え上がりますよ」
今度はさっきのテディベアとは違う、有名な黄色いクマのぬいぐるみ。
さっきから『クマさん』を条件に設定されていた二人は、朝霞が持ってきたそれを奪い取る。そしてさっきと変わらない愛情を、胸に抱えているそれに注ぎ始める。
朝霞はそれを見てから、別の女性をステージに呼ぶ。
クマを抱えてそれに気付けない二人の横に立たせて、デフォルメされたクマがプリントされた、大きなTシャツを手渡す。
男性用のXLなので、女性が着るとかなり大きい。女性なら今着ている服の上からでも着れるくらいの大きさ。そしてその大きな布に、でかでかとプリントされたクマのイラスト。それをそれぞれ着てもらって、
そしてニナから、さっきと同じようにクマのぬいぐるみを取り上げる。そしてすぐに、
「ニナさん、ちょっと向こうを見てもらえます?」
隣に立っている、別の『嬢』に視線を向けさせる。
「貴女はクマさんが大好きですよね。でもクマさんだけじゃなくて、クマさんを好きな人も大好きでしたよね。自分と同じものが好きな人を好きになるのはとても自然なことですから。そこにいる人みたいに、あんなに大きくクマさんがプリントされてるTシャツを着てるなんて、クマさんのことが大好きに決まってますよね」
プリントされたクマに向けられていた視線が徐々に上に、クマではなく嬢の顔に向けられていく。
「男性も女性も関係ない。ほら、好きで好きでたまらない」
煽ってやると、ニナはゆっくり立ち上がって、初対面の嬢の手を優しく取って、
「あの……唐突で恐縮なんですけど……ごめんなさい、貴女のことが好きで好きで仕方がなくて……」
少し俯きながら、ストレートに好意を伝え始める。
伝えられた側は、笑いながら「どうしよう」といった様子でギャラリーの方をキョロキョロとみ線を迷わせる。
今度は同じようにアズサからもぬいぐるみを取り上げる。ふたりとも優しく抱えててくれたので回収は素直にできた。
「ほら、アズサさん。横にいる人、とっても可愛いシャツを着てますよね――」
アズサにも同じように。
彼女の場合はやっぱり新しい嬢より背が高く、上から美人の熱視線を向けられて、嬢の方がドギマギしてしまっている。
この辺でデモンストレーションとしてはひとまずヨシ。
一度ふたりに席に戻ってくれるようにお願いをする。
か、しかし、相手にガチ恋してしまってるふたりは聞いてくれない。それくらいの強度の方がありがたいのだが、次に進めなくなってしまうので「客席の皆さんに挨拶するだけでいいですので」と頼み倒して、一瞬だけ嬢のふたりをフリーにする。その一瞬にクマさんプリントTシャツを脱いでもらって、
「ありがとうございます。後は愛しの相手に戻っていただいて大丈夫ですよ」
ニナとアズサをさっきの嬢にまた向かわせる。しかしもうクマのシャツを着ていないわけで、
「えっと……いや、もう大丈夫ですので」
「席に戻ればいいんですよね?」
さっきまでのことが何もなかったかのように、無関心になってそれぞれの席に戻っていく。
後ろでアズサに見つめられてた嬢が「勝手に恋されて勝手にフラれた……」と悲しそうにボヤいてるのが耳に届いた。
次は先ほどシャツを着てもらった女性ふたりを座らせる。
名前はそれぞれユミとハルカ。
「さきほどの女性方はクマのぬいぐるみにに意識が吸い込まれてしまいましたが、今度は別のものを移動させてみましょう。次に使うのはこちら」
次に使うのは、プラスチック製のコップ。ドリンクバーに置いてあるくらいのサイズのもの。
「なにも入っていない空のコップなんですが、これを持ってもらいまして……中は空なんですけど、なにか飲み物を飲む時のように、口に付けてもらえますか?」
朝霞の指示で、空のコップを自身の唇に付けている二人の後ろに回って、
「これから貴女方の頭を後ろからポン、と叩きます。叩くと、貴女方の唇の感覚がコップに移動してしまいますよ。はい」
軽く合図をして、ふたりの後頭部を軽く叩く。
「コップはもう離して大丈夫ですよ。胸の前くらいで持ってもらって……このコップ……いえ、ユミさんとハルカさんの唇ですね。これの縁を優しく撫でてあげると……」
朝霞はふたりのコップの縁を指で優しくなぞると、すぐにユミとハルカはぴくっと身体を震わせて反応してくれる。
「ユミさん、どうかされましたか?」
「えっと……唇に変な感じが……」
「不思議ですか?」
「だって触られてないのに……」
「でも今このコップに唇の感覚が移っているのですから、とても自然、普通なことですよ」
「普通……ですか? んんっ……」
「そして唇を上からこうやって、手で塞いであげると」
今度はハルカのコップを、上から手のひらで蓋をする。
「唇が手で塞がれてしまっているので、当然……どうなります? ハルカさん」
「……! ……!!!!」
唇を噤んだまま、なにかの意思表示をしようとしているハルカ。
「口を塞がれちゃってるんですから、もう喋れませんよね」
「……!」
朝霞の言葉に必死で頷くハルカ。
蓋を外してやると、「ぷはぁ」と言わんばかりの大きな呼吸で息を吸う。
「こういう風に、後ろから叩かれると、感覚って簡単に移動してしまうものなんですよ。もう一度口に当てていただいて……そう。今度は逆に、コップを後ろから叩くと、元通りになりますからね。
最初と逆、コップ側を軽く叩いて、改めてコップの縁を撫でる。
「どうです? 変な感じしますか?」
「いえ、何も……」
「……。……なにも、ないです」
コップに何か仕掛けがあったのかと、上下左右いろんなアングルから凝視するユミと、自分の唇に手を当てて、さっきの感覚の確認をするハルカ。
「では今度はコップを、コップ口の方をギャラリーに向けて、腰の前に持ってきてくれますか? そうそう、そういう感じです」
ユミとハルカで三組目なので、そろそろ直接的な内容に移る。
「そして、さっきは唇に直接触れてましたけど、直接じゃなくても感覚って移動するんですよ。私が腰を叩くと、貴女たちの性器の感覚がコップに移動しますよ。はいっ」
パイプ椅子の空いている空間から、ユミとハルカの腰を軽くトン、と叩く。
「さて、さっきと同じようにまたコップの縁を撫でてあげますね」
ふたりのコップを、さっきと同じように優しくなぞる。そしてさっきと同じようにふたり同時に反応が返ってくるが、その反応はさっきと別のもの。
「んっ」
「ひゃっ!?」
さっきとは違う、声が漏れる反応。
そのまましばらく縁を撫でていると、二人とも次第に内股になってくる。
ふたりにとってはずっと性器を撫でられているようなもので、ハルカは片手を口に持って行って声を抑えるモードに入っている。
「コップから手を離してはダメですからね。さて、私はただコップを撫でてるだけなのに、どうしてそんなビクビクしているんでしょうかね? ……縁だから良くないのでしょうか。では中を撫でてみましょう」
「えっあっ中は……ぁぁっ!」
縁を撫でていた手をコップの中に入れる。
ユミは嬌声を上げながら腰をビクンと跳ね上げて、ハルカは逆に思い切り腰を引いた。さっきよりもはっきりといい反応が返ってくる。
このまま絶頂まで持っていってもいいのだが、とりあえず暗示の使い方紹介だけが目的なので、
「中もダメなのですね。ではひとまずここまでにしましょうか。私がコップを上から叩くと、感覚はもとに戻りますよ。はい」
上からトン、とコップを叩く。
ユミもハルカも身体の震えは止まって、ふたりともから「これで終わり?」という目線が飛んでくる。中途半端に触られて終わりになってしまって不完全燃焼なのだろう。ギャラリーに見られているはずなのに羞恥心もなく最後まで持って行って欲しいというのは、『どんな内容でも楽しむ』というのが効いているのだろう。
自分で口を塞いでまで声を抑えようとしていたハルカは、自分でコップの内側を撫でている。もちろん快感も何もないので、すこしもどかしそうな表情だ。
「というわけで、ユミさんとハルカさんでしたー。あっ、コップは回収しますね」
ふたりに客席に戻るように促す。
ユミもハルカもコップを名残惜しそうに視線を向けながらも、自分の席に戻っていった。
「では次はすこし人数を増やしましょう。少々お待ちください」
朝霞はステージ上にもう2脚、パイプ椅子を追加する。
「では……最前列にいる女性の方で、今日まだステージに上がっていない方。ステージへどうぞ」
残りの4人を纏めてステージにあげる。
二人ペアを二組。それぞれが友人ではないペアになるように座ってもらう。
順にアオイ、ミツキ、カリン、ノアと自己紹介をしてもらってから、
「さて、これまで3組分の催眠を見ていただきましたけど……もし皆さんも催眠が自由に使えると考えたら面白くありませんか?」
「まぁ……そうですけど」
「楽しそうですね」
概ね肯定的な反応が返ってくる。
「ではそれを現実にしてみましょう。少し顔に失礼しますね。目を覆って――」
四人全員を一度催眠状態に堕として、また裏から新しい小道具を持ってくる。
次の小道具は、スマホとタブレット。それぞれギャラリーに画面を向ける。
スマホの方は、表示されているのはただのロック画面。そのロック画面だが、ビビットなピンク色の壁紙だけ。時計もアイコンも通知もない、ピンク一色。
タブレットの方の画面は真っ白。というのもメモ帳アプリであって、付属のペンでなぞるとピンク色の線が引かれる設定。
そして催眠に堕とした4人の元に戻って、『スマホでピンク色の画面を見せられると、意識も記憶も正常だけれど、その人の言うことに逆らえなくなる』ことと、『ピンク色の文字を見せられると、意識することはできないけどそこに書かれているのが当然のことになる』ということ。最後に『この暗示のことは覚えていない』という暗示を仕込んでおく。
覚醒させて、
「いわゆる『催眠アプリ』というものをご存じですか?」
「そりゃ概念としては知ってますけど」
「それが実在することはご存じです?」
「実ざ……え?」
「はい、ここに用意してあります」
朝霞はピンク色の画面を片側の二人、アオイとミツキの顔の前で見せつける。
この二人にとっては、催眠アプリのイメージは『画面を見るとどうにかなる』というものだったらしく、
「……えっと、何もありませんけど?」
自分たちに何も異変が起きていないのできょとんとしている。
「では実演といきましょう。アオイさん、ミツキさん、服を脱いで下着を見せてください」
「えっ、それはちょっと……えっ?」
「あれ、なんで……?」
朝霞の指示に困惑している自分を他所に、自分の手は勝手に上着のボタンを外し始める。
言葉では抵抗するもそれは虚しく、しばらくもせずに豊かな胸と下着が露わになる。
「というわけで、こちらが催眠アプリです。実在を信じていただけましたか?」
「信じるから!信じるから服を着させてくださいぃ!」
折角脱がしたのに、身体を丸めてギャラリーの視線から守ろうとするアオイとミツキ。
「あぁ、そんなことしてはいけません。アオイさん、ミツキさん、立ち上がって『気を付け』の姿勢をして前を見ててください」
「したくないのに……なんでぇー!」
『どんな内容でも楽しむ』状態になっている二人は、半笑いしながら悲鳴を上げる。
上半身だけ下着まで露出させて、気を付けの状態で動けなくなっているアオイとミツキ。
「という感じですね。意識までは操作できないんですけど、身体は思うがまま、という感じです」
と説明しながら、今度はタブレットの出番。
タブレットの画面に、『ステージにいる間は、観客を楽しませるために女性は服を脱ぐのが常識』と書いてカリンとノアの顔の前へ。
そうするとふたりは横で『気を付け』をしているふたりとは対照的に、さも当然というふうに自分の上着を脱ぎ始める。
客席にもタブレットの画面を見せて、何をしたかを伝える。蛍光色だから見にくいだろうけど、まぁ何が起こってるかで伝わるだろう。
「横でお二方がずっと立たされちゃってますけど、なにか変なことはあります?」
「……えっと、特に?」
「そもそも催眠アプリでずっと立ってることが変っちゃ変ではあるんですけど……」
『ステージ上では服を着ない』ことが当然のカリンとノアにとっては、ブラジャーだけで立たされているアオイとミツキもいたって自然の服装に見えている。
「いや待ってって! どう考えてもおかしいでしょノアぁ!」
「確かに催眠アプリはおかしいけどさぁ」
「それもだけど! この格好!」
ミツキは今の自分の状態を『当然』と言ったノアに抗議の声を上げる。真正面しか見えてないミツキは、横で友人が自分で脱いでいるということに気付けない。
その抗議についても、ノアの方は何が何だかという感じで小首を傾げる。
「では催眠アプリの実演はこれにて終了でございます。アオイさん、ミツキさん、自由に動いていいですよ。カリンさん、ノアさん、ありがとうございました。客席へお戻りください」
アオイとミツキは動けるようになるとすぐに床に落ちてる自分の服を引っ掴んで抱えるようにして肌を隠す。
ミツキとノアは『ステージから降りるから服を脱がなくてもいい』という状態になって、こっちは落ち着いた様子で服を着なおしていく。「私たちだけは何もされなかったなぁ」というカリンの呟きが耳に届いた。
4人とも自分の席に戻ったのを確認して、終幕にする。
「皆々様、お疲れ様でございました。催眠術ショーは楽しんでいただけましたでしょうか。これからしばらく、ご歓談の時間としたいと思います。ぜひごゆるりとお過ごしください。あと、よろしければぜひこちらもお使いください」
ギャラリーの男性陣に、さっき使った小物を渡していく。付箋、クマのTシャツ、コップ、そしてスマホとタブレット。
それぞれの催眠を仕込んだ女性の後ろに座っている男性に、適切な小道具を手渡して、
「では残りのお時間、存分にお楽しみください」
朝霞の仕事はこれにて終了。
後は、参加している男性陣が自由に楽しめる時間である。
この時間の意味は参加者には伝えてある。自分が相手にしていいのは、目の前に座っている嬢ひとり。また嬢に危害を与えるものと、男女での体液の接触、また男女問わず下半身の露出は禁止している。それ以外であれば基本なんでもアリだ。
合図と一緒に、嬢にちょっかいをかけ始める者もいれば、ぎこちない会話をしながら何をするか考え始める男もいる。
一度ミナモを呼んで、
「お疲れ様です。撮影はどうでしたか?」
「良くも悪くもいつも通りですよ。いつも通り『なんであそこで脱がさないのか』『なんでオナらせないのか』って疑問しかないです」
「いつも通りならよかったです」
「あー愚痴もスルーですかーそうですかー」
直接的な行為を求めてるミナモにとっては確かに退屈なショーだったかもしれない。
「では次も予定通りお願いできますか?」
「はいはい、行ってきます」
次の予定に向けて、ミナモは喫茶店側へと入っていく。
それだけのやり取りをして戻ると、何をするか迷っていた客も含めて、全員が各々のプレイに入っていた。
ステージでやったものと同じ、自分の胸に赤い付箋、男の鼻先に青い付箋を貼られ、胸を男の顔に押し付けるアヤノ。
両方の胸の先に青い付箋を貼られて、両方の手のひらに赤い付箋を貼った男の手に、自分から揉まれに行くように胸を差し出していくヒマリ。
Tシャツを着たり脱いだりを繰り返してアズサの反応を楽しむ男に、蕩けた顔と無表情をせわしなく切り替えるアズサ。
クマのシャツを着た自分に抱き着いてくるニナの身体を撫でまわしている男と、その愛撫を気持ちよさそうに受け入れるニナ。
コップに自分の胸の感覚を移されて、コップの底を舐めまわされて、恐らく乳首の快感に悶えているユミ。
性器ではなくお尻の穴の感覚をコップに移されて、中に指が挿れられて異物の感覚に顔をしかめるハルカ。
アオイは催眠アプリを見せつけられ、同じく催眠アプリの暗示を仕込まれたニナとディープキスをさせられている。
男女の体液接触は禁止したけど、女性同士は特に禁止していない。お互い初対面である彼女らは、相手に謝りながらも催眠には抗えず舌を絡めている。
その横では「催眠アプリなんて本当にあるんだね」と平然とした表情で、胸をはだけて目の前の男に揉ませるノア。
男と向かい合いながら、椅子の上でM字開脚をしてショーツを相手に見せつけながら、ごく普通の世間話に花を咲かせるカリン。
それぞれの暗示でそれぞれ遊んでいる男たち。
朝霞の映像販売から集まった参加者たちだ。直接的な性的暗示じゃなくても理解して、さらに一癖ある遊び方をしている男もいる。朝霞は今回の参加者にそれなりの満足をしていた。
そのまま、数十分遊ばせた後、
「皆々様、本日のショーはこれにて閉演といたします。お付き合い誠にありがとうございました」
店仕舞いにする。
名残惜しそうにする男性陣と、それぞれの催眠から解放されて身なりを整えなおす女性陣。
「ではお帰りの際は女性の方はこちらから、男性の方は後ろの出入り口からお帰りください。お渡しした道具は椅子の上に置いてお帰りください」
嬢たちはこのまま帰らせず、いったん喫茶店側へ。男性陣はもう終了なのでそのまま外へ。
社交辞令の挨拶と一緒に客を全員追い出してから、朝霞も喫茶店側へ。
そこではミナモと嬢たちが待機していた。
「仕込みはうまくいったようですね。映像は撮れてます?」
「はい、心配しなくとも」
カメラを構えているミナモと、棒立ちになっている10人の美女と、ほのかに香る甘いアロマの香り。
「いい香りですね。……ただやっぱり、半日前のと同じ匂いかと言われると私にはわかりません」
今日の嬢たちには、ショーステージに行く前に喫茶店側で色々仕込んでおいてある。『何をしても楽しく感じる』なんてのもそうだが、そのうちのひとつに特定の香りで立ったままトランス状態に入るようにトリガーを仕込んでおいていた。
「前も言った気がしますけど、人間の鼻ってかなり高性能なんですよ。似たような香りを嗅ぎ比べるとかだとそれなりに訓練と才能が要りますけど、日常で触れない香りなら誰だってすぐ気付けるものなんです」
「これだけの香りで……ねぇ」
朝霞はその辺のノウハウを持っていないのでミナモに一任することにしているし、ミナモはこれで失敗したことはない。
虚ろな目で、その場で呆然と立っているだけの10人の嬢。
朝霞はそれだけでも満足できる状況なのだが、ミナモはまったく興味がないと言わんばかりに炊いていたアロマの始末を始める。
いくらそれが仕事といえ、普段の撮影や催眠の下準備の他にも客を捌いたりと普段と違う業務もしてくれたんだ。少しばかりサービスしてやろうと思った。
「仕事とはいえ、今日のショーはミナモさんにはつまらないものだったのは確かでしょうし……うん、どちらかひとつ選んでください。多くはないですけど金銭的な手当か、あるいはこの嬢から、この状態で2人ほど、片付けが終わるまで自由に弄んでいい休憩時間。どっちがいいです?」
「え? えぇ~~~~っとぉぉおおおおお」
片付ける手を止め、大きく唸りながら悩むミナモ。
「……嬢で!」
嬢を選んだ。
突っ立ってる嬢のうちから2人、好みの嬢を選んでもらって、
「では私は『これ』らとステージの片付けをしてますので、後は自由に楽しんでてください」
「はーい」
ミナモは嬢をどう弄ろうかと、周囲をぐるぐる回り始めた。
朝霞は残りの嬢を引き連れて再びステージの方へ。
そのまま、意識のないお人形状態の8人に、ステージと客席の片づけを命じる。
体型も性格も、着ている私服もそれぞれ違うが、全てが朝霞の支配下にある8体の人形。それらが機械的に片づけをしてくれている。それをただ眺めている至福の時間。
に、想定外の乱入者。
「飽きました」
「はい? ……はい?」
いつの間にかミナモが背後に来ていた。そして耳に届いた言葉が信じられなかった。
「飽きた? え、あれだけの上玉の嬢なのに?」
「はい。飽きました。……だって人形じゃないですか!ラブドールと大差ないですよあんなんじゃ!」
「人形だからいいんじゃないですか!これみたいに!」
思わず大声で、掃除してくれてる嬢の方を指さしながら熱弁するも、
「まーーーーったくわかりません!」
全否定されてしまう。
なかなか朝霞の性癖を理解してくれないミナモに大きなため息をつく。
機械になってる嬢たちは、朝霞とミナモの言い合いを他所に自分の仕事を続けている。
「はぁ……わかりました。じゃぁ今月のお給料には気持ち付けときますよ」
「あっそれはいいです。金ではなく嬢を取ったのは私なんで」
「じゃぁなんで私に言いに来たんですか」
「飽きたからですって。手持ち無沙汰で暇なんですよ。それにまだ勤務時間内ですし」
嬢が片付けたばかりのパイプ椅子を一脚持ってきて、横に広げて座るミナモ。
「メイドみたいに『ご主人様の為だと思って楽しく甲斐甲斐しく~』みたいな感じにはしないんですか? ただの機械みたいで私には面白さが理解できません」
「……まぁそれくらいならいいでしょう。あれ、喫茶店側のふたりはどうしてるんです?」
「どうすればいいかわからなかったんで放置してます」
「わかりました。では少し待っててください」
律儀に、かつ甲斐甲斐しく働いてくれたミナモの為に、改めて少しサービスすることにした。
喫茶店側に嬢を放置しておくわけにはいかないので、10人総出で片付けしてもらうことにしよう。
ミナモが放置してきた嬢を一度回収するために、一度喫茶店側に向かうのだった。
<完>
予想外の更新で嬉しいです。
Rubbyさんの表現が刺さるのとショー催眠が好きなのとの相乗効果で相当ありがたい作品でした。
特にピンクの画面に書いてあることを当たり前のように実行するとかは相当ツボでした。
この暗示ってショー催眠で行ってオーディエンスがいるからこそ余計映えますよね。
次の更新も気長に期待してます!
読ませていただきましたでよ~。
素晴らしくショー催眠。
仕込み済みの女性を催眠術が使えないギャラリーにも遊べるようにアイテムで発動するようにしてるのもいいでぅ。
というかどのアイテムもよくて一つに選べないので一人に集約させて遊び倒したいところでぅね。
なぜ、他の人に見せなければならないのか・・・(ショー催眠全否定w)
であ、次回も楽しみにしていますでよ~。
やったーショー催眠だー!
王道系シチュや、よし。
磁石暗示、素敵ですよねえ。
やっぱり、胸と掌を逆の極にしてたのしみたい。わかる。女の子から押し付けてきてるだけなので私は悪くない。
ギャラリーに見せつけて喜ばせる系シチュ最高です。ええ。
最後のシーンは私はミナモちゃんと同じで人形化よりも反応欲しい派ですねー。人形化フェチの人の気持ちも分かるのですけど。
>くーが様
ショー催眠におけるオーディエンスって最高の舞台装置ですよねぇ……わかる、わかるよぉ……
相手が無意識にやってることの異常さをより引き立たせてくれるんだよねぇ観客って……
書き終わった後に気付いたのは、「ピンク色、蛍光色のカンペってクソ見難いよな……」って思うなどした。
次はちょっと別パターンで小ネタを小出ししていく感じのを投稿させていただいたのでそちらも何卒!
>みゃふ様
わっかるよショー催眠って被験者を共有物にする必要あるんだよねぇ。
だからこそ映える面もあるんだけど独占欲と喧嘩するんだよ……
次は自分の性癖一直線の、小ネタちまちま出していくのを投稿させていただいたのでそちらもぜひ……お口に合えば幸い。
>ティーカ様
磁石系は王道ですよねぇ。足(膝)の反発と、手と胸の吸引は王道。そして王道こそ素晴らしい。
リアクションも取りやすくて「映え」ますよねぇ……
人形化か制御下に置いてリアクションを楽しむか……催眠時の目のハイライト問題と同じで永遠に答えが出ない、人の数だけ答えがある問題だ……