若奥様と予備校生 後編

後編

(それじゃ、そろそろ締めに持ってくかな?その前に、メンテナンスも兼ねて、もうちょっとだけ、催眠状態を深めておくとしますか。)

 小林礼二は、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、裸にエプロン一枚で料理にいそしんでいる若奥様、中沢遥の額に、後ろから手を当てる。

「遥、目を閉じて。そのまま気持ちいい~世界に降りていく。いつも君を待ってくれている、暗くて暖かくて、柔らかい、遥と僕だけが知ってる小部屋。遥が、一番素直になって安らぐことが出来る。大切な場所に降りていけるよ。」

 右手のオタマがするりと鍋に落ちる。遥は後ろから抱きかかえる礼二の体に、なんの躊躇もなく身を預けて、深い眠りに落ちていく。

「体中が気持ちよくほぐれていくね・・・。こうしてほぐれて、初めてわかるでしょ? 自分がどれだけいつも強張った体と心でガチガチになっているか。今だけはそんな毎日の緊張が嘘みたいに、体のネジを全部緩めちゃって、休むことが出来る。僕の手が当たっているところ、オデコと、そう、オナカが、ポカポカと温かくなっていくね。僕の・・・、優しい旦那様の礼二の力で温かくなってるんだね。」

 寝入りばなのような快感に頭を痺れさせながら、遥は目を閉じたまま緩んだ笑顔になって、コクリと頷いた。まるで小学生の女の子が、幸せな夢を見ているような、無防備であどけない表情だ。

「この暖かい力が遥の体をどんどんきれいにしてくれるよ。ほら、オデコとオナカから、遥の命を保つ大切な血液と一緒に、体中をあったか~い力が巡っていくね。これは、僕の言葉なんだよ。僕の言葉が、僕の手から遥のオデコとオナカを通して体中に温かい熱になって回っているのがわかる? この熱が、遥の体の中、頭の中を巡って、遥をどんどん美しく、若々しく、瑞々しく、ちょっとエッチに、活動的に、魅力的に、最高にイヤラしく、変えていってくれるんだよ。体も頭も、全部この熱が、僕の言葉が、全部知り尽くしちゃう。体の中を全部回ってるんだから、当たり前だよね。頭の中の隅々まで、脳天から足の爪先まで、全部僕に知られて、全部僕の言葉に身を任せて、どんどん遥は幸せになっていくんだよね。遥もよくわからない、遥の体の中の奥深くのこと。全部わかっているのは遥じゃくて、僕の言葉だよね。遥はだから、自分の言葉よりも僕の言葉に全てを任せるんだよね。僕がいうことが遥の本当。僕の言葉通りに遥は感じて、考えて、行動するんだ。そうだよね。」

 ムチムチと弾力のある、人妻の体を抱えてソファーの上に寝かせながら、礼二は遥の耳元で囁き続ける。ソファーに体を預けた遥は、体中に新しい血が巡っていくのを少しむずがるように、くすぐったがるように、手足をモゾモゾと動かす。エプロンの裾がめくれ上がって、陰毛に守られた、女性の大切な部分が見えてしまうが、彼女は膝を下ろそうとしない。完全に、礼二の誘導に身も心も委ねきって、退行的な快感に浸かっていた。

「この暗い小部屋は僕と遥だけが知っている部屋。ここで何が起きても、他の誰にも知られることはないんだよ。だから、ここに入ると、いつものように、普段は抑えつけられている、別の遥を出しちゃおう。ここでいつもは抑圧された、鬱屈としている遥の別の顔を発散しきっちゃうことで、普段の遥は前以上に、爽やかで、貞淑で、みんなに愛される奥様でいられるよね。だから、ここでだけは、遥はとーぉってもイヤラしい、道徳もなにも気にしない、変態的なことだってしちゃう、何にも縛られない遥になれる。そうだよね? ほら、こんなチャンスに、何がしたい?」

 モゾモゾとソファーの上で手足を動かしたり擦り合わせたりしていた中沢遥は、いつの間にか薄っすらと目を開けて、自分の体を意識的に手で触れ始めている。気だるい表情で、動きがままならない両手をなんとか駆使してエプロンを体からはずすと、柔らかくて肉感的な遥の体が、再び全て、礼二の目に晒される。恥らう様子もなく左足を上げ、踵をソファーの背もたれにかけると、右手を股間に埋めて、ピチャピチャと音を立て始めた。左手は無遠慮に、豊満な乳房を揉みしだいている。

「あっ・・・はぁっ・・・・イイッ、・・・気持ちいいこと・・・したい・・・ヤンッ・・・。」

 色っぽい吐息を漏らしながら、全裸で自慰行為に没頭する自分の姿を、赤の他人の予備校生の前で晒してしまう遥。その潤んで呆けたような目には、何も映っていないようだった。

(そこまで誘導も示唆もしてないのに、解放してあげるとさっそくオナニーか。暇を見つけてこまめにエロイことさせてるだけあって、本性もどんどんスケベ奥さんになってきたね。このままだと、普段の生活にもちょっとずつ影響出ちゃいそうで、ちょっとだけ心配なんだけど・・・。)

 礼二が遥の髪を撫でる。汗ばんだ額に、何本かの髪の毛が張りついてしまっている姿も、なんとも言えず艶っぽい。

(でも、この顔・・・。ほんっとうに気持ちよさそうに感じちゃってるんだもんなぁ・・・。こんな幸せそうな遥さん見ちゃうと、セーブできないよね。)

 礼二がからかうように、遥の頬っぺたを摘む。気にせずオナニーに励む遥。
 ソファーに涎が糸を引いている。中沢遥は、人目をまったく憚らない喘ぎ声をあげながら、蕩けきったような表情で、悦楽の境地を彷徨っている。

「ふふふっ、ちょっと変化つけてあげよっかね?遥さん、よく聞きなさい。オナニーをすると、クリトリスも割れ目も、その奥も、とっても気持ちいいでしょ?」

「は・・・はひぃぃ・・・気持ち・・・ひいです・・・。」

 半開きの口と目で、舌ったらずな口調で答える遥。まるで寝言を喋っているようだ。

「それは体の粘膜だからだよ。そしてこれから遥は、僕が3つ数えると、体中が粘膜みたいな、軟体動物になっちゃうんだよ。遥は蛸。全身が異常に敏感な性感帯で覆われた、ドスケベで感度抜群な、淫乱蛸になるんだよ。人間でいたくても、もうなっちゃう。ほら、3、2、1。ハイッ。」

 礼二の手拍子で、遥のオナニーがピタリと止まった。両手両足も放り出して、ソファーにうつむいた姿勢で突っ伏してしまう。
 そのまま眠りに落ちたのかと思いきや、ゆっくりと彼女の体が動き出す。
 モゾモゾ、グニャグニャと、手足をまるで関節がないかのように、四方に動かし始める。
 やがてベッドからずり落ちて、カーペットの上でクネクネと、のたうつ。
 良識ある人妻には全く見えない、全裸の情けない醜態を、礼二は優しい目で見守っている。
 カーペットに体が擦れるのが気持ちいいらしく、両手両足を投げ出して、体を回転させながら、クニャクニャと高級カーペットを泳ぐ。顔がはっきり見える角度になった時に、さすがの礼二も思わず噴き出してしまった。

 唇をを筒のように丸めて限界まで突き出して、両目が完全に寄り目になっている遥なりの「タコ顔」は、お祭りなどで見る、「ひょっとこ」のお面にそっくりだった。
 全身性感帯になって、快楽の海を泳いでいる遥は、股間からは止めどもなく、恥ずかしい粘液を垂らしながら、前衛舞踏のような不思議な動きを続けているのだが、彼女の顔だけは、顔中の筋肉を酷使して漫画に出てくるようなタコ親父になりきっている。
 礼二は遥のイマジネーションの律儀さと可愛らしさに、思わず噴いてしまったのだった。

(この姿・・・、旦那が見たら、泣くだろうなぁ・・・。)

 礼二はそんなことを思いながら、性的快楽を貪っているこの、軟体動物にデジカメを向けてシャッターを切った。

「気持ちよさそうなタコが・・・、あっ・・・、漁師さんに捕まっちゃった! ・・・あっという間に料理されて・・・。タコ焼きになっちゃったーぁ。あーぁあ。」

 一瞬、泣きそうな顔になって、体を強張らせた遥が、礼二の言葉に合わせて身を丸める。

(体全部、丸ごと入った、たこ焼きなんて、ありえないでしょうが・・・。)

 笑いをこらえながら、遥の周りを回ってみる。体操座りの縮こまったような姿勢の彼女を、手で軽く押してみると、コロリと簡単に転がった。

「そうそう。まん丸の、本当にまん丸のたこ焼きさん。おいしそうだね。」

 2回転目でまた見える彼女の表情は、礼二の言葉にビビッドに反応していた。
 今度はホッペタをパンパンに膨らませて、顔までまん丸を表現しているようだった。

「どのたこ焼きから食べよっかなー。」

 遥の脇腹あたりを人差し指でツンツンと押してみると、遥はその度に、悲しい表情になる。
 そのまま赤ん坊のように大泣きし始めそうな表情だったので、礼二はそれ以上、意地悪するのは止めることにした。

。。。

 トントコトコトコ、トントコトコトコ、トントコトコトコ、トントコトコトコ、

 礼二が木の食卓を両手で叩いて、気分を出す。
 あまりリズム感がよいわけでもない、気合の入ったドラムロールでもない、申し訳程度の伴奏だが、遥の耳には血沸き肉踊る、祝祭の調べに聞こえている。
 さっきまでたこ焼きになっていたような気がする遥だが、目が覚めると、未開の部族の女シャーマンになっていた。大地と熱帯雨林に祝福された、誇り高き裸族を代表して、名誉ある『求愛ダンス』を舞っているのだ。

「ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ」

 野生を呼び覚ますような激しいダンスを踊って、男たちを勃起させ、子種を手に入れなければならない。
 精液を降らせるための雨乞いのように神聖なダンスだった。
 遥は今、前にいてドラムを叩いている男に目をつけた。自分の全身で肉欲を表現して、男をいきり立たせ、飛びつかせる。これが超未開の原初的裸族、「ハルカ族」の生態なのだ。

「ウホーホホホホッ」

 高い声を出して、突き出した尻を左右に、前後に、今度は弧をかくように、激しくシェイク、グラインドさせて求愛する。

「ウホホッ、ウホホッ、ウホホッ!」

 今度は乳房を四方八方に揺すって、暴れさせてみる。
 そのまま胸をそらせてリンボーダンスのような体勢になると、両足同時に跳ねながら、股間を突き上げ、アピールしながら礼二に近づいていく。

(うわー、これ、いい画なんだけどなー。今日は、ビデオカメラ持ってこなくて失敗しちゃった。)

 野生の発情。それを隠そうともしない遥の顔を見ていると、なんだか本当に違う文化文明の人のように思えてくる。

(こんなメスゴリラみたいな顔、本気でされて、迫られたら・・・、やっぱり起たないもんだね・・・。やっぱり、王道で締めますか?)

 熱狂の極みまでいきそうになるその直前で、ドラムの音が止んでしまい、礼二が指を鳴らす音が聞こえる。途端に遥の周りから、うっそうとした夜のジャングルも、たいまつに囲まれた聖域も、裸族の同胞たちも、消え去ってしまい、遥の全身の力も抜けていった。

(ん?・・・裸族の、同胞・・・・?・・・・なんで?)

。。。

「やっぱり、王道はこれだね? 遥。」

 ソファーの礼二が問いかけると、遥は嬉しそうに振り向いて頷く。肯定の言葉の代わりに、遥は子供のように両方のコブシを振って元気よく歌いだす。

「パーン、パーン、パ、パンッパンッパンッパンッ、パーンパパパーン、パパパーン!」

 ソファーの正面にあるテレビからは、遥と洋介の結婚披露宴のビデオが流されている。
 この家にお客さんが来ると、ヘビーローテーションで流される、二人の宝物の映像だ。
 そのビデオから聞こえてくる、結婚行進曲に合わせて、遥が両手を振り回しながら歌う。
 その度にちゃんと腰を上下させたりグラインドさせたりと、結合している礼二のペニスへの奉仕を忘れないのが、立派な花嫁だ。

「おめでとー、おめでとーっ。」

 新郎新婦の友人やその他の来客たちが、拍手しながらかけている声がビデオに入っている。

「やーんっ、嬉しい~。みんな、ありがと~。ヨッコもミキちゃんも、遠くからありがとー。・・はんっ。」

 礼二の上で、遥が興奮して跳ねる。挿入されているペニスが膣の襞を擦るのに反応して喘ぐ。
 それでも彼女は、映像の中のことが、今起こっているように感じているのだ。
 嬉しそうに、左右に両手を振る遥。会場の唯一無二のヒロイン。女性の晴れの舞台だ。
 そこに再び立っている自分と、同時に洋介以外の男に、下半身で必死に奉仕している自分がいる。
 よく考えるとわからなくなりそうだが、遥は全身で感じる幸せな気持ちと、こめかみが弾けそうなほどの快感に、身を委ねることにした。
 とにかく今、幸せなんだから、他のことはすべて忘れていいのだ。

「・・・そんな訳でして、わたくしからのご挨拶に代えさせて頂きます。洋介さん、遥君、お幸せに。」

「はいっ、先生。ありがとうございますっ。遥は洋介さんと・・・・、あと、礼二さんと、幸せになりますっ。」

 恩師らしき人のお祝いの挨拶に、生真面目に挙手をして答える、ハイテンションな遥。
 頭のブレーカーを礼二が一つ、二つ、外してみたせいで、押しよせる多幸感ですっかりハイになっているようだ。

 いつもながら、ビデオに写る結婚披露宴は、みんなに祝福されているのが画面からもよく伝わってくる、とてもいい式だ。
 礼二は感心しながら、遥の乳房に手を回して、両手でギュウギュウと、強めに揉みしだく。

「あっ、ふぁぁあああっ、気持ちいいっ。礼二さんっ。遥、すっごく気持ちいいですっ。」

 映像の中で、友人たちがパフォーマンスで歌を歌っていたと思ったら、みんなで囃し立てて、いつの間にか洋介と遥に、キスをするように仕向けている。
 洋介が「どうする?」という表情で遥に問いかけるも、遥は恥ずかしそうに、洋介の額に可愛いキスをして済ました。

 その映像が流される前で、礼二は遥とハードなディープキスをしてみせる。
 舌をわざわざ下品に絡ませて、唾液をダラダラと流し込む。
 遥は懸命に全てを受け入れようとするが、口の端から二人の涎が垂れた。

「遥?洋介さんは、こんな風に乳首を摘んだりする?」

「そっ・・・、そんなに強くはっ・・・・しないですぅっ。」

 ちょっと意地悪に、遥の両乳首を、後ろから手を回して強めに上に引っ張ってやる。

「で、どうなの?洋介さんとの時より、ヤな感じ?」

 言葉にならない悲鳴を上げながら、目を強く瞑ってこらえる遥。

「いっ・・・、痛いけど、気持ちいいっ・・・。洋介さんよりっ・・・十倍、気持ちいいのっ。!」

(そりゃまぁ、感度も何倍も上げてるから・・・、ねっ。)

 人妻に催眠術をかけて玩具にする。その醍醐味をストレートに味わおうとすると、結婚式のビデオを流しながら、旦那の留守に奥さんと新居でセックス。これが一番だろう。

 何より、当の遥が、抜群に気持ちよさそうな表情になる。
 こんな素直で貞淑な遥ですら、背徳的な刺激を、深層意識のどこかで感じ取って、密かに興奮を倍化させたりしているのだろうか?

「ほらっ、披露宴のお客さんがみんな、遥のこと見てるよ。洋介さんも、すぐ隣にいるよね。そろそろフィニッシュまでいっちゃおうか?みんなに遥がイヤラしく、イッちゃって、マンコから愛液ジョボジョボ噴き出しちゃうところ、しっかり見てもらおう。」

「あっ・・・、あぁあああっ・・・・。お父さんも、お母さんも・・・・、みんな見てる・・・。どうしようっ・・・・、気持ちいいっ。・・・・どうしよーーぉぉっ!」

 礼二がピストンをどんどん激しくしていくと、遥の締め付けはこれまでにないほどキツくなってくる。
 体は完全に受け入れている。そのくせ、顔は、周りをキョロキョロと見ながら、うろたえる。
 ついには恥ずかしそうに両手で顔を覆い隠してしまう。

「手で隠しちゃ駄目。気をつけっ!みんなにイヤラしく、イッちゃう遥の顔を見てもらおうよ。洋介さんにも、仲人さんにも、親戚一同に淫乱な遥を見てもらっちゃおうよ。」

 両手をビシッと体の横に伸ばした遥。礼二に突き上げられるままに、昇天への階段を昇っていく。

「あぁっ。アアアアアーーーーッ。みんな、遥を、見てくださーいっ。
 せっかく、お祝い、してくれたのにぃっ、もう一人、旦那さんを持っちゃって、ゴメンなさいぃぃーーーっ。」

 体を激しく痙攣させて、エクスタシーに達した遥。少し遅れて、慌てて礼二も放出させた。
 ソファーにドスンと寝かせた遥の体。視点が天井をフワフワと彷徨っていた。

「気持ちよかった?」

「は・・・はひ・・・。」

 緩んだ笑みを浮かべる、蕩けきったような遥。
 テレビに映る、披露宴会場での彼女の表情と見比べると、どう見ても今の方が幸せそうだ。
 礼二はそう思った。

。。。

「もう、午後の講義が始まっちゃってるよ。また遅刻だ・・・、行ってくるね。」

 慌ただしく、玄関を出ようと、スニーカーに強引に足を押し込んでいる礼二。

「あっ、ちょっと待って・・・、礼二君。あの・・・、今日のこと、洋介さんには・・・。あっ、でも、やっぱり・・・こういうの・・・どうしたらいいの?」

 礼二を呼び止めたはいいが、何を言えばよいのか、迷っている様子だ。
 気まずそうに、エプロンの裾を弄びながら、礼二のことを上目遣いに見る遥。
 極端に罪悪感に弱い、旦那には嘘一つつけないタイプの奥さんだ。
 暗示の力がなかったら、明後日にでも浮気を旦那に懺悔してしまうだろう。

「ふうっ、・・・もう心配するなって。全部『もう一人の旦那様』に任せときなよ。」

「もう一人の・・・・だ、ん、な、・・さま」

 語尾と一緒に、首がカクリと左側に傾く遥。目がガラス玉のように虚ろに、顔からも表情が抜けてしまった彼女は、プラスチックの人形のように玄関先で立ち尽くしている。
 ワンピースの上に可愛らしいエプロンを着た、若奥様の等身大フィギュアのようだ。

「遥は、僕と遊んだあとで、僕がお別れを言ってドアを閉めると、どうなるんだっけ?」

「はるかは、・・・礼二さんがドアを閉めたあと、礼二さんに遊んでもらっていたことを、すっかり忘れてしまいます。」

「そうだね。もう一度、僕がキーワードを言うまで、君は僕との関係についてはすっかり忘れてしまって、普段の洋介さんとの幸せな新婚生活を謳歌するんだ。」

 そこで礼二がニヤリと薄笑いを浮かべる。

「・・・でも、今日僕があげた、遥の秘密の楽しみは、なんだったっけ?おさらいできるかな?」

「はい・・・。はるかは、礼二さんがドアを出た後は、礼二さんとのことは忘れて、普通の生活に戻ります。でも、今日から遥は、家で一人でいる時に尿意を感じたら、おトイレには行きません。洋介さんの愛用しているビアマグを持ってベランダに出て、お外でマグカップにオシッコをするようにします。これは、はるかが自分で思いついた、秘密の楽しみです。」

「はい、オッケー。よく出来ました。でも洋介さんが可哀相だから、マグカップはその後、ちゃんと洗ってあげてね。じゃ、またねっ。」

 礼二は慌ただしく、玄関を出て、アパートの階段を降りていった。
 遥と遊んでいると、いつも早く切り上げるつもりが、その後の用事に、遅刻してしまう。
 もしも志望校の試験科目に「催眠術」があったら、余裕でパス出来るのに・・・。
 そんなことを考えながら、礼二は先を急いだ。

 バタンと閉じたアパートのドア。
 首を不自然なほどに傾げて無表情に前を向いていた中沢遥が、急に生気を取り戻す。

(あ・・・あれ?私、・・・・何してたんだっけ?)

 目をパチクリさせながら、リビングに戻る遥。

(あっ・・・。そうだ、多分、お掃除の途中だったんだ。どおりでお部屋が、汚れてるわね。ソファーもなんだかグチョグチョしてるし、カーペットも皴が・・・。おかたづけしなきゃ・・・。)

 テキパキと掃除に移ろうとした彼女だったが、ふと立ち止まる。

(お掃除に、入る前に・・・・。まずは・・・、洋介さんの、ビアマグね。)

 少し頬を赤らめながら、そそくさとキッチンの食器棚に向かう中沢遥。
 幸せな新婚生活。
 しかしこれまでと、ほんの少しだけ、遥の生活の景色が変わった、火曜日のお昼のことだった。

< おわり >

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