生徒会ゲーム 第10話

第10話

「沙耶っ、またボヤッとしてるの? 本番始まるわよっ」

 栞さんの眼鏡がキラッと光る。沙耶はビクッと肩をすくめて、気を付けの姿勢をとった。周りを見回して、自分の置かれている状況を理解する。

「あっ、はいっ。ゴメンなさい。栞さんっ。」

 気を付けの姿勢からそのまま、腰から上を深々と下げる。沙耶は叱られてばかりの新人AD。そしてここはアダルトビデオの撮影現場だったことを思い出した。自分の自信の無さが、オロオロとした仕草に現れる。沙耶は小走りに現場の周囲をウロチョロしながら、スタッフさん、そして演者さんからの指示をもらって小間使いを始めた。

「沙耶ちゃん。また叱られちゃったんだね。元気出しなよ。」

「はっ・・・はい。キャッ、あっ・・・ありがとうございます。」

 隙を見つけては、フォローの振りをして沙耶の体にタッチしてくるのは、ナンパ師の倫太郎さん。胸を触られるのは恥ずかしいし、嫌なのだが、ド新人のADとしてはこの世界のベテランを怒らせるわけにはいかない。心なしか、スクリプター兼女優である栞さんの、沙耶を見る視線が、さらに厳しくなったような気がした。

「沙耶坊、嫌なら嫌って言わないと、倫太郎は調子に乗るぞ。」

「あ・・・ありがとうございます。」

 折り畳みチェアーに腰かけて、腕組みしているのは男優の駿斗さん。無口だが優しいマッチョ男優だ。今も本番前で黒ブリーフ一丁の男姿。まだ現場に慣れていない沙耶は、手の甲を目の前に当てて、駿斗をあまり見つめないようにしながらお礼を言った。

「沙耶ー。ちょっと肩がこってんだけど。」

「はいっ。只今っ。」

 バスローブから豊満なバストをチラ見せして、堂々と足を組んでいるのは、本職AV女優の澪さん。顎で指図しては沙耶をコキ使うけれど、実は度量の大きなアネゴ肌だ。沙耶はカメラの写している範囲に入ってしまって問題ないか、カメラマンの陸さんの様子を伺いながら、遠慮がちに澪さんの背後に回った。

「失礼します。」

 肘を張り、力を入れて澪さんの肩を揉む沙耶。アスリートのようなしなやかで強い筋肉が沙耶の親指を押し返してくる。

「沙耶。それ終わったら、私のふくらはぎも揉んで。撮影準備でバタバタして、疲れちゃった。」

「はっ、はいっ。かしこまりましたっ!」

 栞さんにペコペコとお辞儀する沙耶。お辞儀に集中していて手の力が抜けていたのか、澪さんにペチンとお尻をはたかれた。すぐ謝って、肩揉みに身を入れる沙耶坊。そんな、騒々しいながらも活気ある撮影現場に、ボスたちが顔を出す。

「み、みんな、おはようさん。」

「あ、オーナー! 監督っ。おはようございますっ。」

 栞が目ざとく、上司の入室に気がついて、偉そうだった態度を瞬時に改める。カメラマンの陸、ナンパ師兼男優の倫太郎。そして本職の女優、男優である澪と駿斗まで、姿勢を改めてお辞儀した。澪はこのレーベルの専属女優。駿斗はフリーの男優だが、オーナーに長年の恩があるという関係らしい。こうした情報は、さっきまで真っ白だった沙耶の頭に、スラスラと浮かび上がってくる。まるで誰かに教えてもらったかのような、まとまった情報。

 入室してきたのは可児田樹オーナー。喋りはじめにはまだ吃音が残るが、最近はメキメキと自分の行動に自信をつけつつある。このレーベルの絶対的な存在だ。みんながオーナーの命令には絶対に従う。スクリプターや監督の演出を飛び越えて、撮影内容や台本そのものがオーナーの一言で一変することもレーベル内では常識だ。ましてや駆け出しのド新人AD、沙耶坊にとっては、神様そのものといった存在。先輩たちが深々とお辞儀しているのをみて、沙耶は自発的に土下座をして、オーナーへの忠誠を見せてみた。

「みんな、準備はいいかしら? あら、駿ちゃん。今日もよろしくね~。」

 オーナーの肩にしなだれかかって入ってきたかと思うと、急にお尻をプリプリ振って男優の駿斗さんとイチャつこうと駆け寄るのは、優奈監督。令嬢系ロリカワ女優から叩き上げて監督にまでなった業界の星だ。いつもシースルーのネグリジェから過激なランジェリーを透けさせている。唇の端に残っている白い粘液は、オーナーご寵愛の証。このレーベルに置いては、勲章のようなものだ。男性経験が少ない沙耶坊にとってはまだよくわからない世界だが、もしオーナーに奉仕を求められたら、沙耶はどんな風に振舞えば良いだろう? そんな妄想を考えるだけで、沙耶は耳まで赤くなって密かに呼吸を荒げていた。

「じゃあみんな。今日も張り切っていくわよ。いつも言ってるけど、うちみたいな小所帯で分業とか考えてたら、ダイナミックなものなんか撮れないんだからね。必要があったら全員参加。一人一人が演出家で女優、男優なの。エッチな画を撮るために、何でもしてね。」

「はいっ。エロいAV撮るためなら、人間捨ててでも頑張りますっ」

 オーナーと監督以外、全員の声が揃う。沙耶も胸を張って大きな声を上げた。この、掛け声が揃った時の一体感。沙耶坊が毎日コキ使われながらも、この現場を離れられないのは、全員参加でモノを作る時のこの勢い。この高揚感が、彼女を掴んで離さないからだ。学生時代は生徒会長を長く務めた、真面目で清楚な高倉沙耶が、AV業界などという職場に身を置いているのも、この高揚感から逃れられないからだ。ネグリジェの優奈監督とバスローブ姿の澪嬢以外、スタッフ全員が高校生の制服のコスプレで統一しているのも、一体感を醸成するためだ(・・・だったはずだ、たしか・・・)。

「はい、カメラOKっ。」

 冷静な陸さんが準備完了を告げると、団結力ある撮影現場にピーンと緊張の糸が張り詰める。

「それでは、淫乱女、澪さんの3Pシーンです。よろしいですか?」

 栞さんが落ち着いた声を出す。

「はいっ、行ってみよう~。」

 天才肌の優奈監督はクルクル回ってネグリジェの裾を浮き上がらせてポーズを決める。ピタッと指差しポーズで止まった監督の合図とともに、撮影が始まる。

「ねぇ・・・・君・・・。画面の前の、エッチなビデオ好きな君に言ってるの。お姉さんが今から、イヤラし~い絡みを見せるから、しっかり見て、一杯出してね。ウフッ。」

 ウェーブのかかった、茶色の入った髪をゴージャスに振りながら、上目遣いの澪さんが悪戯っぽく微笑む。胸の谷間を強調しながら、白いバスローブをゆっくり、焦らしながらずらしていく。カメラマンの陸さんが、息を止めながら澪さんの若くて健康的なお肌に近づいて接写。どアップのまま舐めるようにその肩から背中、そして前に回ってロケット型の見事なオッパイを写す。

「ウフフッ。まだ駄目。」

 バスローブの袖を指で掴んで、乳首をギリギリのところで隠してしまう澪さん。この焦らしのテクニックも名人芸級だ。女性の沙耶も、思わず息をのんで、引き込まれてしまう。

「イタッ・・・、あ・・・、ごめんなさいっ。」

 小声で悲鳴を上げた沙耶坊が、囁くようにペコペコと謝る。今、お尻に受けた衝撃は、陸さんのキックだろう。アシスタントを務めるはずの沙耶が、澪に見とれている間に、照明でカメラを追いかけることを忘れてしまっていたのだ。

「澪ちゃん。今日は僕たちとイイことしない?」

「よろしくお頼み申します。」

 軽薄そうなヤサ男が蛍光グリーンのブリーフで、色黒のマッチョが黒いブリーフで、ベッドでバスローブを脱いでいる澪嬢を挟み込むようにカメラに収まる。

「あっら~、今日はお2人? まとめてお相手しちゃうわ~。」

 クスクス笑いながら、お姉さん口調の澪さんが2人の胸元に長い指を這わせる。そして忘れずに、視聴者に向けて、カメラ目線でウインクをしてみせた。駿斗さんが武骨なまでにストレートに澪さんに顔を近づけて、唇を強引に奪う。澪さんはひるまずに受け入れて、セクシーなベロを駿斗さんと絡ませる。その澪さんの体を労わるように、倫太郎さんがサワサワと指先で愛撫し始める。いきなり迫力のバストに向かうかと思わせておいて、丁寧に耳やお腹、オヘソや脇を撫でつつ体中にキッス。剛の駿斗さん、柔の倫太郎さんといった感じの、見事な男優コンビネーションだ。

 沙耶坊はいつの間にか、制服のジャケットから腕を抜いていた。仕事をする上で、体を楽に動かしやすくするためだ、自分にそう言い聞かせていたが、すでに若干、汗ばんでいた。照明器具が熱を持っているからだろうか? 懸命に陸の撮影をアシストしようと立ち回る。足にプリーツスカートの裾が当たるたびに、鬱陶しくなった沙耶は、思いきって裾をグッとまくりあげると、両足をガバッと開いて働いた。

「ジュルジュルジュルッ」

 沙耶坊にとっては、聞いているだけでも恥ずかしくなるような音を立てて、澪嬢が駿斗さんとのディープキスを続けつつ、唾液をすする。その動きに負けないように、倫太郎さんは爪を器用に立てて、その素肌が傷つかないように女の体の敏感な部分を、一つ一つ、澪嬢にそこが性感帯であることを思い出させるようにして掻き立てる。いつの間にか倫太郎さんの舌は澪さんの乳首を転がすように舐めている。その動きに連れられて、澪さんの乳首が、左、右、とそれぞれ固く起き上がっていく。

「ちょっ、ちょっと暑くない?」

「そ、・・・そうですね・・・監督。」

 優奈監督と栞さんが、何度も生唾を飲み込みながら、制服のジャケットを脱いで、シャツのボタンを外していく。2人とも、手はボタンを外しながら、目はベッド上のペッティングから一時も外れない。動き回っている沙耶坊などは、2人に先行するかたちで袖口のボタンも外し切って、腕まくり。スカートは思い切って、クルクルとまくって腰もとにインしている。普段だったら、恥ずかしがって、とてもそんな恰好をしたりしないのが高倉沙耶なのだが、仕事に熱中するがあまり、自分の恰好になんて思いがいたらない。

「・・・おい、沙耶。見切れてる。」

 バシッ

「キャッ、・・・・ごめんなさいっ。」

 シャツはオヘソを出したかたちで裾を結んで、スカートは巻き上げて腰にインという、ラフにも程がある服装で、時々、アシスタントの沙耶坊がカメラに見切れてくる。その度に、真面目なカメラマンの陸さんが舌打ちをして沙耶のお尻を蹴る。スカートがまくれ上がり、薄桃色のショーツ一枚にしか守られていない、沙耶の丸いお尻を、職人カメラマンがボカスカ蹴る。それでも、沙耶は息を荒げながら、形のいい足を、無駄な肉のついていないお腹を、そして肩まで袖をまくり上げて晒された柔らかそうな二の腕を、カメラの中に入れてくる。その頻度はさっきよりもずっと上がっている。わざとだろうか? 無意識なのだろうか? 片手をカメラから離した陸が、沙耶に離れていろとばかりに手を「シッシ」と振る。

 ペコペコとお辞儀をした沙耶。しばらくモジモジしていたようだが、またおずおずと、我慢できなくなってきたかのように、カメラの近くにそろそろと忍び寄る。

「おい、沙耶坊。俺、本気で怒るぞ。」

 もう一度舌打ちした陸さん。サラサラヘアーを左右に振って、カメラから顔を外して、ドジ新人ADを叱りつけた。

「ごっ・・・ごめんなさい。・・・私も、邪魔したくないのに・・・。その・・・体が・・・・我慢できなくて・・・。」

 栞は始め、沙耶が叱られて涙目になっているのかと思った。しかしよく観察すると、ションボリと謝りながらも、美しい素人アシスタントは、目を潤ませて呼吸を荒げている。頬から目元まで、ピンク色に上気している。まるで・・・発情しているようだった。

「監督・・・。ちょっと中断させてもらってもいいですか?」

 栞が提案すると、優奈監督はその案に飛び乗るように、前のめりに中断を告げた。

「はいっ。みんなストップ~。いったん、休憩しましょー!」

 ベッドに飛び乗るように突っ込んできて、まだ舌を絡ませあっていた澪嬢と駿斗さんとの間に、無理やり体をねじ込ませる優奈監督。2人に割り込んでその体を引っぺがすようにして、駿斗さんの厚い胸板にしがみついた。

「駿ちゃ~ん。休憩時間なんだから、これ以上、エッチは駄目~。」

 駿斗さんにしがみついて、駄々をこねるようにイヤイヤと首を振る監督。栞さんも倫太郎さんに厳しい言葉を投げかけた。

「監督の言う通り。いつまでも澪のオッパイ舐めてんじゃないわよ、倫太郎!」

「おー、こわっ。ちゃんと後で、栞のオッパイも可愛がってあげるってば。俺、巨乳派って訳でもないよ。」

「馬鹿っ。」

 このレーベルは団結力は抜群だが、中の人間関係は意外と複雑なものがあるらしい。その様子を、まだ新人ADの沙耶坊は把握しきれないでいる。それどころか、思考がぶつ切りになってしまうほど、興奮して、体の疼きに耐えていた。

 カメラに見切れてしまった。それもただのカメラではない。不特定多数の男性が欲望を丸出しにして食い入るように見つめる、アダルトビデオの画面に・・・。自分の肌がわずかでも映ってしまっていたら・・・。もしもそのまま編集でカットされずに販売などされてしまったら。一体、自分の体は、一部とはいえ、何人の男性に見られることになってしまうのだろう。・・・仕事中にそう考えた途端、沙耶の体温は3度も上がってしまったような気がする。その熱に浮かされたように、集中力が落ちてしまって、まともに考えることも出来なくなっていた。体は自分の意図に反して、何度でも、画面の端に自分の素肌が写りこむように、足を伸ばしたり肩を入れたり、カメラから逃げるのが一瞬遅れたりした。その結果、陸さんに怒られてしまった。必死に謝る沙耶の肩に、栞が手を伸ばした。

「ヤンッ・・・。あ・・・、あの、・・・栞さん。・・・さ、撮影のお邪魔をしてしまって、申し訳ございませんでした。」

 栞の鋭い視線が、沙耶の体を上から下まで、ジロジロと舐めまわす。沙耶はうつむいて初めて、自分が仕事に熱中するあまり、どんな恥ずかしい恰好になっていたのか、やっと気がついた。帯のようにまくれ上がったスカート。オヘソを出して胸元で縛られたシャツ。そして肩までまくられたシャツの袖。上品で清純そうな学生服の柄が、余計に品のない着こなしを際立ててしまっているようだった。また一つ、顔の色彩が真紅に近づく沙耶。熱に浮かされたように視点が定まらない。

「アンタって・・・もしかして今、ヤラシい気持になってる?」

「い・・・いえ・・・そんな・・・・・、でも・・・。」

「ADは何でも正直に答えなさい。」

「はい・・・・、エッチな気持ちには、・・・ちょっと・・・・いえ、・・・・凄く・・・、火照ってるんです・・・。でも、それはエッチなビデオの撮影現場だから、・・・仕方ないと・・・。」

「私の目を見てはっきりと、正直に言うの。沙耶は、ヤラシイ撮影現場の雰囲気で興奮してたんじゃないでしょう? 貴方、自分自身がビデオに出て、男優とヤラシイことしてるところを想像して、感じてたんじゃないの? だから我慢しても、何度も何度も、カメラに写りこんじゃったんじゃないの?」

「はうっ・・・そ・・・・そうです・・・。ごめんなさい。・・・わたし、その、・・・男優さんと、エッチなことすることよりも・・・、その、自分の恥ずかしいところが・・・見られちゃうことを想像しちゃって・・・。そうしたら、止まらなくなっちゃったんです。・・・許してください。」

 ペコペコとお辞儀を繰り返しながら、自分の服装の乱れを戻そうとする沙耶。その沙耶の顎をクイッと自分の方へ向けさせて、栞が眼鏡を光らせた。

「こうやって改めて見てみると、アンタって、なかなかの美形よね・・・。普段は大ボケのドジADだから、なかなか気がつかないけど、もっと落ち着いて、シュッとしてたら、相当モテるんじゃない? 意外と美人オーラも出してるし・・・。」

「そっ、そんなことないですっ。ごめんなさいっ。陸さんのお手伝いが・・・。」

 かぶりを振って栞の品定めから逃げようとした沙耶だったが、冷徹な栞は逃がしてくれない。

「陸の機材のことは陸に任せておいて、それより・・・。澪嬢が汗かいてるわよ。」

「あっ・・・はい。澪さん、タオル出しますね。」

「ウォッホン。」

 十代の男の子のような、意外と若い声で咳払いが聞こえる。オーナーだ。全員が気をつけの姿勢になる。

「沙耶君だったかな。今日はタオルじゃなくて君の服を渡してあげたらどうかな? 栞君のお眼鏡にかなうかどうかも、そっちの方が良くわかるんじゃないかい?」

 ニヤニヤしながら樹オーナーが提案する。オーナーの提案は、社員全員への絶対的な命令と同じ。このレーベル全員の骨身にまで染みついた鉄則だった。

「はっ、はいっ。今日、私の服はタオルですっ。澪さん、こちらでよろしいでしょうか?」

「おうっ。オーナーが仰ることだから、絶対だよ。そのスカートで汗拭くわ。」

 テキパキと、少し皺の入ってしまったプリーツスカートを脱いでいく沙耶。澪嬢のもとに駆け寄って、恭しく両手で、脱いだばかりのスカートを差し出した。

「サンキュッ」

 試合が中断している間の、運動部の先輩のような口ぶりで、澪嬢が沙耶のスカートを受け取り、自分の顔を拭く。シャツとショーツという姿になった沙耶はまだ、気を付けの姿勢で次の澪からの指示を待つ。

「沙耶坊。私もタオルもらおっかな。そのシャツ、いい?」

「はっ、はいっ。もちろんです。栞さん。」

 少しはにかみながらも、沙耶は緊張した笑顔で応じて、シャツを脱いでいく。残りはブラジャーとショーツ。

「俺、ブラを頼んじゃおっかな?」

「倫太郎は靴下で充分よ。ブラは陸に、ショーツを駿斗に渡しなさい。その後、もう一度ここで気をつけ。」

「はっ、はひっ・・・只今っ。」

 顔を真っ赤にしながら、沙耶が大慌てで、靴下を脱ぎ、ブラジャーのホックを外し、ショーツをスルスルと下ろして、スタッフ一人一人に「タオル」として手渡していく。倫太郎は若干不満そうに靴下のペアを受け取ったが、目ざとく、受け取る瞬間にもう片方の手で、沙耶のオッパイを直にムギュっと揉んでみた。

「ひゃんっ。」

 飛び上がる沙耶。また一段、栞さんの沙耶を見る目が厳しくなったような気がして、沙耶は倫太郎に抗議する気も失せて慌てて立ち去る。駿斗さんにショーツを渡す時は優奈監督に少しだけ睨まれた。そして、撮影が乗ってきたところで邪魔をされて、不機嫌がまだ直っていない陸さんは、沙耶のブラを奪い取ると、もう一度、素っ裸のお尻に軽いキックを入れた。

 お尻を押さえながら、栞さんの前に戻ってきた沙耶。栞は腕組みをして、沙耶の頭の先から、足先まで、何度も何度も見返す。その視線を感じて、また何故か、沙耶の下腹部がジクジクと疼いてしまう。

「沙耶坊、気をつけの姿勢のままで、ゆっくりその場で回転しなさい。みんな、ちょっといいかな? この沙耶、AV女優の素材としてはどう思う?」

「そっ・・・そんなことっ! ・・・私、ただのアシスタントですっ!」

 悲鳴に近い抗議をしながら、沙耶が栞の命令通り、気をつけのままで体をゆっくりと回転させていく。スタッフ全員と顔が合う。耳まで赤黒くなるほど赤面する沙耶。上司、先輩たちの目が沙耶の顔、裸の体を舐めまわすように吟味しているのがわかる。駿斗はストレートに下腹部を、陸が横からお尻のフォルムを、倫太郎は悪戯っぽく、右のオッパイ、左のオッパイ、右のオッパイと見比べているのが、はっきりとわかる。沙耶はその場で身長5センチくらいまで小さくなっていって、最後にはそのまま消えていってしまいたい気持になった。

「まぁ、綺麗だし。顔可愛いし、オッパイもお尻も形がいいから、いけそうだよね。」

「肌、綺麗だよね~。」

「清純派って感じかな? でも逆に、このノーブルな顔立ちで、やり始めたらド淫乱っていうのも、ギャップがあって受けるかも。」

 みんなが、口々、好き勝手に品評する。沙耶はもはや、股間から内股を伝って垂れていく自分の分泌物を隠せなくなっていた。呼吸をするたびに、胸が揺れる。その真ん中で、乳首がツンッと上を向いている。それを見られていると思うだけで、恥ずかしさと疼きがさらに一段増していく。

「私・・・見習いADなので・・・、その、女優は・・・・。出来れば・・・。・・・あの、やり方もわからないし・・・。男性の経験も、ほとんどないので・・・・。教えてもらわないと・・だし・・・。」

 お断りの言葉を述べているつもりなのだが、思考がうまくまとまらない。先ほど先輩スタッフの栞さんから「正直に答えなさい」と命令されてしまっているので、混乱する胸の内を、そのまま口から垂れ流してしまっている。

「沙耶ちゃ~ん。言ったでしょ。うちのレーベルは分業なし。必要あれば、全員参加。何でもするの。そうでしょ?」

 優しい声で、監督がそう呼びかけてくれる。沙耶に拒絶という選択肢などなかった。

「私も・・・何でもやる気なのですが・・・、どうしたら、いいか・・・わからなくて・・・。」

「沙耶君。何だったら、僕がハメ撮りしてあげようか? 勢い余って、新人ADがハメ撮りで中出しされて感涙にむせぶっていう展開もなかなか面白いと思うんだが。」

「お願いしますっ! こいつみたいなバカADで恐縮ですが、オーナーに中出ししてもらえると、最高に光栄ですっ!」

 栞が深々と頭を下げる。横で聞いていて、沙耶は耳を疑った。今から、ここでオーナーとする? みんなの前で? 口をパクパクさせるのだが、言葉が出てこなかった。後頭部をはたかれるようにして、栞さんにお辞儀を強要される。沙耶も仕方なくお辞儀をした。

「・・・沙耶君の気持も聞いておこう。・・・本当にハメ撮りをして、AV女優としてデビューするのでいいんだね?」

 頭を上げた沙耶は、先輩スタッフたちの顔を、助けを求めるように見回すが、みんな晴れやかな顔をしている。全員、沙耶が了承することしか予期していないという顔だ。オーナーの提案は絶対。それは沙耶の身にも深く染み込んだ鉄則だ。沙耶はモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、ベソをかきそうな顔のままで頷いて見せた。

「そっか・・・。でも本当にいいの? AV女優デビュー。やる以上は、手加減なしだよ。NGも無しだよ。顔出しも本名出しも無修正も、どんな相手とのどんなプレイでだって、喜んで受けて立たなきゃいけないんだよ。」

 コクリ。オーナーに訊かれ、もう一度頷いて見せる沙耶。なんだか、確かめられているのだか、条件を追加されているのだか、わからない状況だが、沙耶には頷くことしか出来ない。

「自分の口ではっきりと言いなさい。沙耶君がAV女優になりたいこと。監督やスタッフさんの言うことを何でも聞いて、カメラの回っている間も止まっている時も、なんでもすること。あと、参考までに自分の秘密の性感帯。はまっているオナニーくらいかな。今ここで、全部はっきりと言いなさい。」

 ゴクリ。唾をのんで、かすれる喉から、震える声を出す。

「私、高倉沙耶は、・・・AV女優に・・・なりたいです。その・・・何でもします。沙耶をAV女優にしてください。・・・あと、その、・・・私の秘密の性感帯は・・・お、お尻の穴です。・・・・高校時代に、気がついちゃったんです・・・。それからはずっと、私のオナニーは、お尻の穴に、魚肉ソーセージを押し込んだり、お尻の力でそれを押し出したり、またねじ入れたりを繰り返すことです。高校時代に生徒会をしていたので、朝礼台の上で全校生徒の前で、四つん這いになってお尻を突き出して、ソーセージを穴から出している自分を想像して、今でも毎晩、サラダ油を塗った魚肉ソーセージで、お尻オナニーです。」

 いきがかり上のこととはいえ、オーナーに乗せられて、言う必要のないことまで次から次へと言わされてしまっているのでは・・・。そんな釈然としない思いを抱えながらも、絶対的オーナーの前では忠実に従うしかない。沙耶は羞恥で失神しそうになる自分自身を必死の思いで支えながら、恥ずかしいというよりも情けないプライベートを仲間の前で曝け出してしまった。

 パチ・・・パチ、パチ、パチパチパチパチ。

 ゆっくりと、だんだん大きく。拍手の輪が出来ていく。厳しい中にも温かみのある職場。アダルトビデオという世間からは白い目で見られる仕事だが、プロたちの繋がりは強固なものだった。その上司、先輩スタッフさんたちに受け入れられた瞬間。沙耶坊は気をつけの姿勢のまま、全裸で感動の涙を目にためていた。

。。。

「は・・・・恥ずかしい・・・。私・・・やっぱり・・・、オーナー・・・・。」

 下半身を裸にした、尊敬するオーナーが、ビデオカメラを構えながら沙耶の体に圧し掛かる。ベッドに背中を預けたまま、体操座りのように膝をあげさせられ、足を割られた新人AV女優、高倉沙耶。赤面したまま、はにかんで顔を隠した。

「顔隠しちゃ駄目だよ。沙耶坊。両手を開いて、・・・どうせならヤラシく脇の下を曝け出して見せて。」

「うぅ・・・。こう・・ですか?」

「横向いちゃ駄目。恥かしかったら、恥ずかしさをしっかり見せて、カメラを見て。」

「は・・・はい・・・・。」

「髪の毛が顔にかかってるっ。お客さんからヤラシイ表情が見えないでしょ。きちんと髪も意識して、ちょっとだけ顔にかかる程度になるように、気をつけて。」

「はい・・・。」

 コーチとなった監督、スクリプター、先輩女優の助言は、沙耶の体の動きを一つ一つ、まるで支配するかのように自在に操る。沙耶は自分が沸騰してしまうような恥ずかしさに耐え忍びながら、オーナーの体重を支えて両膝を割って、「M字」に開脚する。顔も隠せない。絶対に秘密にしておくべき大切な場所が、パックリと開かれてレンズに接写されている。私は本当は、こうした活動を撮影するのをお手伝いする立場だったはずなのに・・・。沙耶は恨みがましく、黒光りするカメラのレンズを潤んだ目で覗き込んだ。

「じゃあ、そろそろ入れようか?」

 オーナーが尋ねる。

「はいっ。お願い致しますっ。」

 質問の内容もきちんと吟味できないうちから、沙耶の口は条件反射的にオーナーを受け入れる。

「ほらっ、沙耶坊、もうちょっと色っぽい言い方、あるでしょうが・・・。」

「そうそう、近頃はぶっちゃける女の子も人気だからね。性欲は出して、積極的に誘ってみよっか?」

「ごっ、ごめんなさい・・・。あの・・・、オーナー・・・、いえ、樹さん・・・・。その、来てください・・・。沙耶の中に・・・樹さんのモノを入れてください・・。」

 精一杯、媚びた声で、おねだりをしてみる。その恥じらいでわずかに掠れた、自分の声が、驚くほどハスキーで大人びたものに聞こえて、沙耶は自分の耳を疑った。死にたいほど恥ずかしい。しかしこのレンズに写った自分の破廉恥な姿を、何千人もの下卑たAVマニアの目に晒すということを考えると、沙耶の陶酔は、恥じらいを数パーセントだけ上回って、彼女の心身から溢れ出ていく。

「沙耶ちゃんは見られてサカる変態ムスメなんだから、しょうもないプライドとか捨てちゃって、思いっきり乱れちゃえば良いのよ。」

 柔和そうな声は優奈監督のものだっただろうか? 栞さんのような鋭い指摘や、澪さんのような力強いコーチングではない。ポロッと天然で漏らしたような、優奈さんの恐ろしい独り言。その言葉が、なぜか優奈のリミッターを、不意に解除してしまった。

「あぁっ・・・・オーナー・・・、樹さんっ・・・沙耶の、もっと奥まで来て。もっと沙耶をヤラシク、気持良くさせてぇぇえええっ。もっと深く、もっと乱暴にっ・・・・。沙耶を犯してっ。」

 膝に力を入れて沙耶の腰を持ち上げ、グッと樹さんが挿入してきたと同時に、沙耶の腰が迎えに行った。まるで鯉が餌をパクつくようにして腰がぶつかり合い、2人が結合する。これまで毎日、お尻を蹴られながら小間使いに右往左往していたドジな見習いADと、絶対的なカリスマ性を持った独裁オーナーの結合。腰を持ち上げられた沙耶がそのままブリッジのように背中まで浮かせて、胸を突き出して喘いだ。

「はぁあああ、いぃぃいいいいいっ。お・・・おチンチンが、すごく、奥まで、沙耶の奥まで入ってるぅぅううううううぅぅ。いつもの、・・・ソーセージより、・・・おチンチンいいのぉぉぉおおっ! おチンチンがいぃいのぉぉおおおっ。」

「プッ。」

 第2カメラを構えている陸が、一瞬吹き出して、慌てて笑いをかみ殺す。この新人AV嬢は、見るからに清純派で美形。プロポーションも良いが肌の美しさがそれ以上に際立つ、如何にも育ちの良さそうなお嬢様だ。それなのに、最初のデビュー作品で、ソーセージがどうの言いながら悶え狂っていて、大丈夫だろうか? 商業的には、デビュー後5、6本はアイドルAV嬢として清楚な雰囲気で穏やかな単体作品を出せそうなものだが・・・。

「いいっ、いいっ、・・・あぁっ・・・あぁあああっ、深い・・・。い、樹さんっ、沙耶のオッパイも揉んで。さっきの倫太郎さんみたいに・・・・、澪さんがされたみたいに、優しく苛めて・・・。うそっ・・・。乱暴に苛めてっ! ・・・・お願いっ。・・・いいのぉっ。」

 樹オーナーは、カメラを扱いながらセックスをするという二重のタスクのせいか、それとも素の性格なのか、いざ、ことの最中となると、無口になっている。それと比べて高倉沙耶の暴れっぷり、乱れっぷりが際立っていく。ピストン運動にしても、より激しく腰を振っているのは沙耶の方だ。髪を振り乱して、オッパイを突き出して、ブリッジをより急角度にさせて必死にまぐわう。表情も美少女を取り繕う気すらない。発情した自分を逆に表現しながら、欲情を顔に出してカメラに迫る。レンズを舐める。勃起した乳首を押しつける。その間も、一瞬たりとも膣からは樹のペニスを離そうとしない。亀頭のかり首が見えるほどまで離したかと思うと、再びバクッと根本まで咥えこむ。その摩擦のなかで、膣の内壁のブツブツした突起が、まるで樹の男性性を全て吸い尽くそうというばかりにまとわりつき、ズブズブと擦れ、絞めつける。その濃厚なピストン運動の合間に、沙耶がさらなる愛撫を求め、乱暴を求めて喘ぎ狂う。樹は、他の男優よりはずいぶん早いタイミングで果ててしまった。彼が早いのか、それとも沙耶の女の体が、魔性というべきほど男を簡単に天国に導くことの出来る性具となっているのか。

 朦朧とした様子で、カメラを横に置いた樹が、まだフラフラと揺れながら周りのスタッフさんに指示を出す。

「カメラマンの陸君の他は、みんなで参加しようか。沙耶君のココにチ○コ入れていいのは僕だけ。でも、それ以外は何でもしていいよ。僕の邪魔をしないように気をつけながら、みんなで一緒に気持ち良くなろうか。複数プレイ、レズプレイ、大いに結構。沙耶君のデビュー祝いで派手にまぐわっちゃおう。沙耶ちゃんは前から一発入ったから、後ろからも三発は受け入れてもいいよね?」

「はいっ。かしこまりましたっ!」

 オーナーの一声で、レーベルの活動内容は確定する。みんな、喜び勇んで服を脱ぎ捨てる。シャツのボタンがいくつも弾け飛ぶ。待ちきれないといった様子で、佐倉陸以外のスタッフ、演者、全員が衣服をすべて剥ぎ取って、カメラの写す画角のなかに飛び込んでいく。大きなベッドの中央では、まだ樹が沙耶から、濃厚そのものの後戯を受けている。その斜め後ろで、澪と栞がお互いの鼻の頭に交互にソフトなキッスを始める。両手は遠慮無く、お互いのオッパイをワシ掴みにして揉みしだく。駿斗の頑強な体が揺さぶられるほど、強烈にタックルのような抱きつきを見せ、体をまさぐり始めたのは優奈。監督業をほっぽり出しての乱交も、オーナーの許可があればこそ。その優奈監督のお尻を、駿斗が左右交互にペンペンとスパンキングしながら、オッパイにしゃぶりつく。倫太郎はオーナーに手招きされて、沙耶の体に近づくと、沙耶と樹のペッティングの邪魔にならないように細心の注意を払いながら、沙耶の敏感であろう部分を丹念に愛撫する。喘ぎ声の合唱が始まる。裏声で悶え、卑猥な液体の音を立てながら、レーベル総出の乱交シーン撮影が始められた。

 AV女優デビュー記念として、沙耶はもう一度、樹オーナーの精をもらう。今度は整った顔に、眉間から頬まで、ベットリと顔射して頂いた。倫太郎、駿斗、そして最後はカメラマンの陸から、それぞれ1回ずつ、お尻の穴におチンチンを入れてもらい、中で出してもらった。澪さんと栞さんが両脇で四つん這いになり、3人揃って優奈監督の「太鼓の達人」ごっこでお尻が真っ赤になるまで引っぱたかれたあと、監督特注のペニスバンドで、気絶するほど犯された。一番小柄で幼い顔立ちの柔和なお嬢様。清橋優奈監督に、沙耶も澪も、栞も気を失うまで偽ペニスを突き立てられた。泣き叫んだあとでベッドにつっぷした3人のAV女優は、仰向けにされると、放心したまま快感に溺れきっている、弛緩しきったアへ顔をカメラにどアップで押さえられた。最後には優奈監督も4人目の女優としてオーナーからご褒美を頂いた。

。。。

 モニターが3人の美少女のアへ顔がかわるがわるアップで映ると、ブツッと画面が暗転する。

 パチ・・・パチ、パチ、パチ。

「そ、そ、そんなわけで、沙耶ちゃん、デビューおめでとう。み、皆さんも、いい顔してたよね。栞ちゃんの台本もなかなか。佐倉君がこんなに撮影上手だとは思わなかったよ。秀泉学園高校、生徒会プレゼンツの、記念すべきアダルトビデオ第1弾が、完成しました。」

 試写会を締めくくるべく、可児田樹が拍手しながら立ち上がって、モニターの横で話す。彼が見回すと、横一列に並んで正座をさせられていた生徒会役員たちは、みんなゲッソリ、グッタリしている。

「ラストの絡みも迫力あったけど、僕が意外とそそられたのは、冒頭の撮影本番前シーンかな? みんな、『沙耶ちゃんが一番格下の存在』っていう暗示をあげると、予想外に遠慮なくコキ使うよね。実はいつも沙耶ちゃんが絶対的リーダーっていう関係性が、深層意識では小さなストレスとして蓄積されてたりするのかな?」

 荒い呼吸音の合間に流れる、沈黙と気まずい空気。体の動きは支配されているが、今の意識は全員解放されている。自分たちが熱烈にまぐわいあっているビデオを改めてタップリと見せられて、恥ずかしさに全身を苛まれていた。樹の指摘が的を射ているのかどうか、明晰な考えもまとまらない。意識が朦朧とするほどの気まずさ、気恥ずかしさの中、目は一瞬も画面から離すことが出来なかった。意識だけは解放されているが体は樹の支配下。そのせいで、「視聴の途中でも、興奮して来たら自由にオナニーしていいんだよ。その方がビデオ本来の目的の達成度合いもわかりやすいしね。」という樹の注文通りに、全員あられもない嬌声を上げながら、正座のままオナニーをさせられてしまっていた。ここ数か月、自慰行為が日課となっているせいで、性感帯を自分で刺激する技術はどんどん高まっている。ほぼ全員が、3回以上はオルガスムに達していた。高倉沙耶に至っては、昇天5回。途中、失神してしまったために、ビデオを止めて、栞や澪に介抱される羽目になっていた。

「こんな、イヤラシイもの作って、一体どうするつもり? 流出でもしたら、私たち、学校来れなくなっちゃうんだけど・・・。」

 栞が冷めた目で樹に質問する。いつもだったら、リーダーの沙耶が代表して樹に聞くことが多いのだが、沙耶はまだ、涎を垂らしながら緩んだ笑顔で放心しているため、栞が代行したのだった。

「し、心配しなくたって、流出なんてさせないように、扱いには気をつけるよ・・・。み、みんなが僕のセットする次のゲームに、本気で参加してくれたらね。」

「・・・・何させんだよ。」

 澪がダルそうにウェーブのかかった髪に指を入れながら、ふてくされて訊く。

「ビデオ感想文コンペ。みんな明日までに今日のビデオ、『沙耶嬢デビューをみんなでお祝いの巻』を鑑賞しての、感想と、『次はもっとこうしたら、さらにエロくなる』とか、『こういう企画は誰々ちゃんのヤラしさをもっと引き出してくれると思う』といった、企画を盛り込んで作文してきて欲しいんだ。明後日、みんなでコンペしよう。一番退屈な感想やアイディアだった作文をみんなで投票して、最下位が罰ゲーム。」

「作文・・・・苦手だ・・・。」

 床に手をついて、小峰駿斗がうなだれた。心配そうに優奈が左手で駿斗の肘に手を添え、寄り添う。ただし清橋優奈の右手は、まだ自分の股間をこねくりまわしていた。

「じゃ、生徒会長さんも潮を噴きすぎてダウンみたいだし、鑑賞会はこれまで。みんな、おうちに帰って作文頑張ってね。ちゃんと自分の裸を映像で見た時に他の人と比べてどうだと感じたとか、おチンチン咥えた時にどん見えたとか、正直に赤裸々に、腕を振るって書いてきてね。楽しみにしてるよ。」

 満足げに樹が試写会を閉める。全員解散。そしてPCを使いこなせる陸だけは、追加で挿入する編集について樹から指示を受けた。ビデオの最後に、改めて生徒会メンバー全員の学生証のアップと、その学生証を掲げながら笑顔で全裸になって、エアロビクスを披露しながらユーモラスに自己紹介するという、ボーナストラックの撮影が明後日、追加で行われることになったのだ。演者の了解など、取る必要もない。樹がキーワードやある仕草を見せれば、生徒会メンバーはどんな演出にでもノリノリで協力してくれる。樹にとっては、玩具を使って新しい遊び道具を作るという、無限ループなのだった。

。。。

 職員室から生徒会室のある棟をつなぐ、渡り廊下を歩きながら、生徒会長の高倉沙耶は思案をしている。先ほど、生活指導担当の藤里先生から、「ここ数か月、風紀の乱れが高等部で散見されることについて」ご指摘を受けた。生徒会のリーダーシップが期待されている。夏休みが終わり、秋が近づいても、どうしても高校生は休みの間に緩んだ気持ちを引きずってしまう。男女交際などにも、積極的な態度を引っ張ってしまう。誘惑の多い年頃なのだ。生徒会としても、何か対策は打たなければならないだろう。

 思案しながら生徒会室の扉を開き、誰もいない部屋の中に足を踏み入れる。如何にして歴史と伝統ある秀泉学園高等学校の名を落とさないように、一部生徒の風紀の乱れを正すか。沙耶は自問自答を続けながら、シャツの襟元のボタンを一つ一つ、外していく。皺の入らないようにジャケットと冬服のシャツを机の上に畳んだ後で、スカートのホックを外す。布が足を撫でながら下りていく、ゾクゾクするような感触に密かに微笑む。上履き、靴下を脱いで、純白のショーツのゴムに指をかけ、またソロソロと下す。両足を肩幅に開くと、腰をわずかに下して膝に力を入れる。両手を背中に回してブラジャーを外しながら、下腹部にグッと力を入れる。お尻に感じる、退行的で生理的な快感。生徒会長のお尻の穴からは、今日の午後の間、お世話になった魚肉ソーセージが顔を出した。

(プリントを配布して、生徒たちの自覚を促す・・・。だけじゃ、効果も弱いよね・・・。どうやったら、大人の世界に興味を持ってしまった生徒に、学生の本分を思い出してもらえるのかな?)

 お昼休みから放課後まで、たっぷり沙耶を楽しませてくれた、ソーセージをティッシュペーパーに包んでビニール袋に入れ、ゴミ箱に捨てる。スッキリした表情で、沙耶は生徒会室後方の、施錠ロッカーに向かう。開錠してロッカーの扉を開くと、木の匂いに交じって、仄かに香ばしい匂いが漂う。沙耶たち生徒会役員と、生徒会の真の支配者、可児田樹様とのゲームの歴史がロッカーの中には詰まっていた。

 清橋家の豊富な財産のほんの一部を使わせてもらった、大人の玩具の数々。ディルドー、ローター、アナルパールはきちんと長さや大きさの順番に並べられている。沙耶たちの几帳面な性格がこんなところにまで表れていた。

 コスチュームやランジェリーが並べて吊られているところは、うっかり手で触れてしまわないように、細心の注意が必要だ。その気がなくても、ワンタッチで暗示が作動してしまう。メイド服に触れれば今が授業の合間の短い放課時間であろうと、沙耶たちはメイドになりきって丁寧な仕草でメイド服を着込み、ご主人様の到着を待ってしまう。くのいちの衣装に触れれば樹侍に成敗されるまで壁に張り付いてしまうし、ピンクのナース服に触れれば、可児田院長の特別診察を頂くまで、生徒会室から出られなくなってしまう。先々週、沙耶は罰ゲーム中だったために疲労困憊で手許が狂ってしまい、うっかりヒーローコスチュームに触れてしまった。栞が入室して助けてくれるまでの2時間半、沙耶はパイオツ戦隊チチレンジャーに変身して、一人で殺陣を繰り広げていた。

 色とりどりのランジェリーが吊られている後ろには、DVDが立てかけられて並んでいる。生徒会レーベルの自主製作アダルトビデオは、様々な役柄、ストーリー、ジャンル、シチュエーションを織り込んで、26弾まで作られていた。

 まだ風紀を正す対策のことを考えながら、沙耶は衣装棚を慎重に避けて、右脇の小棚に手を伸ばす。赤い首輪を両手で引っ張り出す。『サヤ 飼い主:イツキ』と記された名札を確認して、革の首輪をスルスルと首に巻く。パチンと金具を留めると、全裸に首輪だけ巻いた、美少女ペットが完成した。

 首輪から繋がる細いチェーンを持って、チェーンの端にはる「持ち手」の部分を長机の上に置くと、沙耶はその脇に膝を下し、床に四つん這いになって、ご主人様の到着を笑顔で待った。

 ガラガラガラ。

「・・・き、今日は、さ、沙耶ちゃん一人?」

 ご主人様が到着すると、沙耶は四つ足で駆け寄り、ハッ、ハッと息を弾ませながらご主人様の足許にすがりつく。生徒の風紀対策のことは意識の外に跳んで行っていた。

「ご主人様、今日は今のところ、沙耶一人でございます。どうか可愛がってくださいませ。部活が早く終われば、後から澪も立ち寄るかもしれませんが、今日はきっと沙耶一人でご主人様を満足させられると思います。お昼からお尻にソーセージを入れて、ずっと気持ちを高めてご奉仕の準備をしてきたんですから。」

 沙耶が何の暗示の力も必要とせずに、自ら笑顔で舌を突き出し、犬のチンチンのポーズを取って樹に媚びる。ここまでくるのには時間も手間もかかったが、清楚な美少女の屈託のない笑顔とこの服従ポーズを見ていると、これまでの樹の苦労も報われたような気がした。

「そっか・・・。最近、沙耶も吹っ切れたのかな? どんどんフェラもパイズリも上手くなってきてるから、マ○コに辿り着く頃には、僕もだいぶん満足してるかもね。」

「よろしくお願いいたしますっ。高倉沙耶はご主人様、可児田樹様の、お股の宝刀を納めるためのサヤでございます。サヤが空っぽの間、とても満たされない思いをしておりました。」

 子犬がジャレつくように、樹の足元をグルグル回っていた沙耶は、笑顔で恭しく額を擦り付けた。様々な手を使って、樹を満足させる。支配欲を満たす。性的刺激を与える。そうすることで、自分の心身を守ることが出来ることを、沙耶は身を以って学んでいた。可児田は体力がないせいか、それほど精力も強くはない。うまく奉仕をすれば、自分の性器に負担をかけずに、帰宅出来る日もあった。

「だけど・・・、今日は本当は優奈ちゃんとも遊びたかったんだけどな。優奈がドSの女王様になって、沙耶がドM奴隷。僕は自由に2人のレズSMプレイに割り込んでセックス・・・。昼からそんなこと考えてたんだけど、優奈ちゃんは呼べないの?」

「もっ・・・、申し訳ございません。ご主人様。優奈は今日、親族の大事な行事で早く帰りました。ご主人様とのゲームをみんなで円滑に末永く続けさせるためにも、今日は私と遊んでください。レズSMプレイは今度たっぷり、お楽しみ頂ければ・・・。」

 腕組みをした樹が、沙耶の顔をマジマジと見下ろしながら、「フーン」と鼻息を漏らした。

「ま・・・いいか。沙耶の奉仕次第だね。」

 長机から床に落ちそうになっているチェーンの先の取っ手を、樹が握る。四つん這いのままの沙耶は、まるで尻尾を振るようにお尻を左右に振ると、ご主人様の機嫌を取りながら、部屋の真ん中まで這っていって、そこに座りなおした。

「ありがとうございます。ご主人様。沙耶は幸せ者です。」

 目鼻立ちの整った美少女が見せる、少しはにかんだ笑顔。全裸に首輪だけつけた生徒会長は、お座りのポーズから膝を割って股関節を開いていき、M字開脚のポーズに変わった。

「それではご奉仕を始めさせて頂き・・・」

「ちょっと待って。・・・沙耶ちゃん。やっぱり、最近、何か、隠してる? ・・・・優奈ちゃんを庇おうとかしてない? ・・・駿人と変態デートにでも行ってるの?」

 思春期の長い間、人を疑って過ごしてきた、可児田樹が何かを嗅ぎつけた。開脚したまま大事な場所を指で開いて、湿り度合いを見せようとしていた沙耶の動きが止まる。媚びるような笑顔が、一瞬だけ強張った。

「そんなこと、ございません。沙耶はご主人様を裏切りません。」

 取り繕うとする沙耶を見下ろす樹の表情はもう、さっきまでのようにニヤニヤ笑いを噛み殺してはいなかった。

「正直者、出ておいで。」

 パチンと指を弾く樹。床に尻をつけていた沙耶が、バネ仕掛けの玩具のように、急に弾かれて直立する。右手を斜め上に上げて、選手宣誓のようなポーズを取った。

「はいっ。村一番の正直者。オーネスト高倉でゴザイマスッ。」

 沙耶の意識が頭の中で悲鳴を上げている。いつの間にか刷り込まれていた別人格のうちの一つが、急に起こされた。沙耶本人は自分が何をしているのかわかっていても、まるで体と記憶が乗っ取られてしまったかのように、別人格に蹂躙されてしまう。

「沙耶は僕に何か隠してない?」

「はいっ。正直に申し上げマスッ。高倉沙耶は不届き者。ご主人様に隠れて、生徒会の女子を守るためのフォーメーションとローテーションを鶴見栞と共謀して組んでおりマシタ。目的は、いつも自由気侭に生で中出ししてくるご主人様から全員の妊娠リスクを減らすため。生理リズムを把握して、排卵日前後の役員をご主人様から遠ざけるように取り計らっておりマシタ。ご主人様に内緒の企みでゴザイマスッ。なんということでしょう。沙耶はご主人様へのご奉仕生活に慣れきってしまったような装いで、自分たちの身を守ることを考えていたのデスッ。」

 まるでバラエティ番組のナレーターか、講談師が畳み掛けるように、「正直者の」沙耶はご主人様へのご注進を行う。その頭の中で、沙耶本人の人格が悲痛な涙を流していた。

 樹が「ご苦労様、正直者。帰っていいよ」と言いながら指を弾くと、背筋を伸ばして挙手していた沙耶の体から力が抜ける。フラフラと膝から床に崩れ落ちた。体が解放されたのにも関わらず、沙耶はこれから起きることを想像しただけで眩暈を感じ、床に手をついてうなだれるのだった。

「さすがは知性派生徒会長。みんなを守るために、いつまでたっても、あの手、この手で僕に歯向かってくるね。最近、急に女の子たちが交互に僕に媚びてくると思ったら。・・・そうだったんだねぇ・・・・。どうする? どんな罰ゲームが、相応しいと思う?」

 悪戯っぽい笑みを口元に浮かべていることを期待して、沙耶は樹の顔を仰ぎ見る。しかし、彼女を見下ろす支配者の顔は、本気で悪意を表していた。

「許してください。ご主人様。・・・せめて、私の友人たちは、許してあげてください。私はどうなってもいいんです。みんなまだ十代で、学生で、未来があって・・・。」

「未来・・・・。何度も言うけど、君たちの未来は、僕が好きにするんだ。・・・はやく・・・。優奈を呼べよ。・・・今日が危険日なら、今日孕ませてやる。・・・君たちの未来を教えてあげようか? 高校生の間に、みんなで仲良く僕の子供を生んで、仲良しママ友として卒業するのはどう? 卒業式では沙耶ちゃんが僕の子供に授乳をしながら答辞を読むんだ。澪、優奈、栞と横一列に舞台上で並んで、全員で子供に授乳しながら、もう片方の乳から母乳垂らしながら、この高校とお別れするんだ。最高の学生生活じゃない?」

 沙耶が、おぞましい光景を思い浮かべさせられて、本気で体をブルブルと震わせる。樹の力をこれまで嫌というほど実感させられている沙耶には、卒業式で満面の笑みで授乳しつつ答辞を読む自分を、ありありと想像出来てしまう。

「そんなこと・・・許されるわけが・・・。みんな、卒業までに、退学になっちゃう。」

「だったら、学校全体を僕の支配下に置けばいい。次の朝礼時に生徒会長からの提案で、僕のスピーチをみんなで聞くって言うのはどう? 先生も、生徒も、トランス導入の効果が薄い奴がいたら、何度でも何度でも繰り返してやってやるよ。この学校は全て僕の遊び場になる。ここにいる全員が僕の玩具だ。」

 樹の目は、沙耶を見ているようで、見ていなかった。沙耶を見透かして、その先、校舎と運動場の教員、生徒たちを見ているようだった。

 泣き濡れる沙耶に、可児田樹がもう一度指示を出す。

「優奈に電話しなよ。ご主人様がお呼びだ、って。」

 ゆっくり立ち上がった高倉沙耶生徒会長は、夢遊病のようにユラユラと、机に置かれた鞄に向かう。鞄から携帯電話を取り出そうとしたところで、俯いていた沙耶が、不意に笑い出した。

「フフッ・・・・、ウフフフフッ・・・・・・アハハハハハハハハハハハハハハハッ。」

 最初は俯いて笑っていた沙耶。全裸のままで、お腹を抱えて、髪を振り乱して笑い始める。樹が小さく舌打ちした。

「これが、生徒会長様の限界かい? ・・・ゲームオーバーってところかな?」

「アハハハハハハハハハハハハ、苦しい。お腹イタイっ・・・。本当に、私もう、限界かもしれない。これ以上、我慢できないっ。こんな面白い話、こんな滑稽で可哀想な話っ・・・。もう可哀想で、見てられないっ・・・。ほんっとうに、樹君って可哀想・・・・。ウフフフフッ。」

 見ていると、沙耶の目には正気が戻っているように見える。樹は何か自分の意図と違っていることが起こりつつあるような、不快な予感をわずかに感じた。

「何か、言いたいことがあるなら、聞いてやろうか。その馬鹿笑いを止めろよ。変態会長。」

「ふぅー、苦しい。・・・ほんっとうに可笑しいの。・・・可児田君、・・・・・ゲームが好きなんだよね? ・・・・だったら、『裏設定』って、聞いたことがあるかしら?」

 眉をひそめたまま、可児田樹が視線で沙耶を貫き通す。沙耶は涙を拭いて、笑いを押さえ込みながら、少しずつ話す。焦らすように、わざとゆっくりと。

「知ってるよね? 『裏設定』。・・・本当のストーリーとは間逆のトーンだったり、プレイヤーや視聴者が知らされていない、別のストーリー。製作者が明かすものもあれば、ただのファンの間の噂がまことしやかに語られてる裏設定もあるみたいね。」

「何が言いたい? は、早く本題を言えよ、雌豚にしてから孕ませるぞ。」

 苛立つ樹を見返す沙耶の目は、完全に正気を取り戻しているように見えた。

「可児田君。私たちが、引きこもり生徒だった貴方を学校に連れ出して、何度もお話させてもらった頃のこと、まだ覚えてる? もうイジメは撲滅した。誰も貴方を見下さない。新しい校風を私たちが徹底させるから、安心して授業に参加して欲しい・・・。何度も、私たちが説得したけれど、貴方は心をなかなか開かなかった。中学の頃に酷い目にあったせいで、どれだけ安心していいと後押しされても、誰か一人の視線が冷たいように感じるだけで、足が動かなくなる。上手く喋れなくなるって。・・・本当に辛い目に会ってきたのよね。私たちが力不足だった。ごめんなさい。」

「も、もう、む、昔の話だ。」

 かつてのことを思い出すだけで、樹の胃のあたりが締め付けられるような気がした。

「ぼ、僕は催眠術を会得して、君たちリーダーを支配する存在になったんだ。」

「その、催眠術なの。おかしな『裏設定』の鍵は・・・。でもその前に聞いてね。貴方、ほんっとうに本気で、自分だけが世界で唯一、悩みを持った学生だと思ってたのかしら? ・・・私たちにだって悩みはあったわ。自分でも意識していない、けれどその分、深くて暗い悩み。・・・エリートだとかリア充だとか、色々言われてきたけれど、私たちにだって、深層意識のレベルで苦しみはあったんだと思う・・・。分かりにくいかしら? 具体的に言うね。」

 沙耶は本当に悲しそうに微笑んだ。

「陸は・・・たぶん、私のことを長い間、好きでいてくれたと思う。恋人にしたいっていう思いを、とても長い間、持ってくれていた。・・・でもそれを、生徒会の友人同士っていう関係を維持するために、押し殺して、いつか無くしていた。彼に大学生の彼女がいたっていう噂は知ってるかしら? 本当よ。別に、陸は私のことを忘れるためにお付き合いを始めたんじゃない。本当に思いを押し殺して、殺しきってくれたの。優奈は駿人君への思いを、倫太郎は栞への思いを、それぞれ抑えたり、歪めたりして、みんなが平等に助け合う、絵に描いたような理想の生徒会を維持してきたの。それがもう3年目よ。13歳の仲良し7人組が16歳まで3年。みんな、心の底まで良い子でなんていられない、性欲だってある年齢になっているっていうのに・・・。歪だと思わない? そして、みんなが押し殺した気持ちは、どこへ行ったんでしょうか? 完全に死んじゃっていたのでしょうか?」

「お、お、俺に・・・、き、き、聞くなよ。」

「じゃあ私の仮説を言うわね。みんなが善意で維持してきた生徒会メンバーの鉄の団結は、いつか自分たちを思い切って断ち切り、壊したいという、暗い自己破壊願望になって、私たちの深層心理で息づいていた。・・・可児田君が、最初に『催眠療法』っていう言葉を聞いたのはいつ? 自分で一から探し出して興味を持ったの? ・・・誰かに吹き込まれたことじゃない? 囁かれて、誰かに操られて興味を持たされたことだったりしないかしら。」

「お・・・おぼ・・・・お、おぼえて、・・・おぼえて、ないっ!」

「可児田君は良くご存知よね。貴方の催眠術の力。私たちの記憶を一瞬にして煙のように消してみせたり、自由自在に書き換えてくれたわよね。不思議な技術よね。催眠術。でも、これって、掛けている方が全て仕組んでいるの? 掛けられている方が『掛けられている』っていう自己暗示で成り立っているの? それを証明する方法はあるの? 催眠術師が掛けている方で、被験者は掛けられている方。お互いがそういう記憶を持っているけれど、その記憶は誰が本物だって、証明してくれるの?」

「そ、そ、そんな、こと、は、か、簡単で、・・・お、お、俺が。」

「落ち着いて話してくれるかしら? 可児田君。私は貴方の答えを待ってるわ。」

 沙耶は慈愛すら感じさせる声色で、樹に呼びかける。しかしその、微笑む口元の上には、冷たい両目がのっていた。

「お、俺が、お前らオモチャの、い、いないところで、関係ない、別人にも、催眠術をかけられたら、この力は、本物だろうが。」

「えぇ、そうね。私たちが影響を及ぼせない、赤の他人。一般人に貴方が催眠術をかけられれば、その力は本物ね。そして貴方が私たち生徒会メンバーにしか催眠術がかけられなければ、それは貴方の催眠術ではないのかもしれない。私たちの、自己暗示。自己破壊願望が貴方をイタコ代わりにして自分たち自身を苛んでいるだけかもしれないわね。・・・だから、是非、私たちの影響のない相手に、ゆっくりと貴方のお話を聞かせてあげて欲しいの。誰か、聞く耳を持つ人が、どこかにいるはずよね? お友達でも、家族でも、これまで貴方が大切にしてきた誰か、本音をぶつけ合ってきた相手なら、きっと私たちのようにいつまでも貴方の話を聞いてくれるはずよね。そこで催眠導入を成功させて、この地獄が、私たち生徒会メンバーが招いたものではないってことを証明して欲しいわ。・・・もし貴方に、そんな聞き手がいるならね。」

「おっ、お、お前は、お、お、お、おっ、俺をっ・・・ば、馬鹿にっ。」

 樹は自分の声が、オットセイの鳴き声のようだと、自分で感じていた。激しい怒りがはらわたを煮え繰り返すなかで、心臓がシンシンと冷えていく。過呼吸の発作の予感がして、手のひらが汗を噴き出した。

「これが、私の考える『裏設定』。本当かどうかかなんて、どうでもいいの。私は貴方が見つけ出した通り、露出して感じる、お尻で感じる、変態生徒会長。そうよ。最初からそうだったの。私の殻を壊して、生まれ変わらせてくれて本当にありがとう。貴方は品行方正な中学生だった私たちが、3年間で蓄積させた、屈折した欲望を、具現化してくれたハンマー。いえ、鎖鎌かもしれないわね。分胴でブチ壊して、鎌で断ち切って、鎖で縛ってくれた。これがおそらく、絵に描いたような優等生たちが行き着いた、地獄で・・・そして天国なの。もしかしたら私の深層意識が、信頼する友人たちに伝播しただけなのかもしれないけれど、そんな絡み合った歪な自我も含めて、私たちの生徒会だったの。ありがとう。ゲームマスター。でも本当の貴方は、プレイヤーではなかったわ。プログラムされたノンプレーヤーキャラクター。最後まで、ごめんなさいね。」

 寂しそうに言い終えた沙耶は。口をつぐんで頭を下げた。可児田樹が言い返そうとする。何か、口にしようとする。その前に、少しでも呼吸を整えようとする。しかし口からは、ピーピーというかすかな空気のすり抜ける音しか出てこなかった。鬱血したコメカミが痙攣していた。必死で息を吐き出そうとすると、わずかに泡が吹き出た。高倉沙耶が、一文字に結んだ唇を、ゆっくりと緩めて、微笑む。それは憐れみをたたえた、凍りつくような笑みだった。

「信じなくていいのよ。都市伝説みたいな裏設定だもの。だけど、1%でもそんな可能性があるってことを考えながら、貴方に、赤の他人に長話を聞かせる勇気はあるの? ・・・・無いわよね。あれだけ私たちが友人として安心させようとしても、私たち以外には心を開けなかった貴方だもの。支配者だと思っていた道具だったなんて可能性を知りながら、他人を支配する闘争をしかけられる勇気があったら、貴方はもっと早く学校に戻れていた。「正直者」でも呼び出してみる勇気すらないんじゃないかしら? 限定された場所でも、自分が絶対的な支配者であることが、脅かされているのよ。・・・・今の貴方を支える、唯一で絶対の力だと思っていたでしょうに。・・・本当にごめんなさい。これは全て、自虐的な倒錯を抱えた私と、その影響下にある友人たちとの間だけの、自己暗示。本当に、本当に可哀想な可児田君。もし良ければ、私たちと一緒に壊れていかない? ・・・コンテニューする?」

 息苦しさが我慢の限界を超えた可児田樹が、全裸の高倉沙耶に背を向けて、生徒会室から飛び出る。外気に触れるためか、沙耶から逃げるためか、扉を開け放つと、振り返りもせずに廊下を駆けていく。階段を上っていく足音が響きながら小さくなる。沙耶は、しばらく樹のいた場所から、視線を1ミリも動かさなかった。

 何分たっただろうか、高倉沙耶が膝を再び床につける。ゆっくり目を閉じると、大粒の涙をボロボロと零した。ぬぐう素振りも見せず、迷子の子供のように慟哭した。

 やがて沙耶は、両手を首の後ろに回す。パチリと金具を外すと、赤い革の首輪が取れる。

 深呼吸する。
 まるで半年振りに吸い込んだような、冷たく新鮮な空気が、沙耶の胸を満たした。

「・・・・って、終わったと思った?」

 開け放たれた扉の、反対側の扉が僅かに開いて、隙間から顔の半分が覗き込んだ。可児田樹だった。

 高倉沙耶は、弛緩した表情から、一瞬にして人形のような無表情になる。その沙耶から目を離さずに、樹が扉をガラガラと開いて、再び生徒会室に足を入れた。

「さ、最高のお芝居だったよ。沙耶ちゃん。じ、人生を賭けたんだね、さっきの瞬間。さっきの言葉、さっきの演技に。・・・・僕はもう少し、もうあと、ほんの少しのところで、階段を上りきったところから外へ飛ぶつもりだった。・・・だけど走っている間にわかったんだ。突きつけられて、ようやく本当の自分に気がついた。」

 沙耶が樹を真正面に見据える。樹も視線から逃げなかった。

「僕のここ半年の拠り所は、支配者だっていうことなんかじゃ、なかった・・・。支配者じゃなくたって、良かったんだ。僕は、ただ、みんなと・・・・・・。」

 さっきまでと比べて格段に顔色の良くなった樹は、クスリと小さく笑った。

「誰が支配者でも、誰が玩具でも、どうでもいいよ。沙耶。ゲームを続けるよ。」

 すでに樹の言葉の途中から、高倉沙耶は床の上に正座をしていた。

「畏まりました。ご主人様。」

 人生で初めての、完全なる敗北を経験したこの時、高倉沙耶は不思議なほど、晴れ晴れとした表情をしていた。

。。。

 秀泉学園高等学校の校門の前で、沙耶がふと足を止める。青春時代を過ごした学び舎は、塗装の塗り替えの他は、おおむねあの頃の面影を保っていた。沙耶が一世一代の大博打、催眠術師の可児田樹に仕掛けた芝居が失敗したのは高校1年の時だから、すでに6年以上前のことになる。時が過ぎるのは本当に早いもので、沙耶はあの頃の悔しさ、恥ずかしさ、いろんな感情に引き裂かれた思いを、昨日のことのように思い返すことが出来る。

(それでも・・・。自宅に引きこもっていたのを学校に引っ張り出したと思っていたら、まさか樹君がその、学校に引きこもってしまうなんていうことは、想像もしていなかったわ。)

 淡々と、しかし強い意志で、高倉教諭は生徒会室のある当たりを見据える。きっと今も、可児田樹はあそこに居座って、この学園全体を支配しているはずなのだ。

 高校1年生で生徒会長を務めていた、高倉沙耶が樹への敗北を認めた秋。秀泉学園高校は朝礼やお昼の放送を通じて、可児田樹の催眠術の支配下に置かれた。沙耶との魂を削り合うような死闘の後で、一皮向けたのだろうか、それとも自分というものを、はっきりと自覚したのだろうか。樹のその後の「ゲーム」や暗示は、それほど過酷なものや破滅的なものではなくなっていた。

 皮肉なもので、校内外での生徒の非行や問題行為はそれ以前よりも減り、高校全体の偏差値は上昇した。樹が目をつけた美人教師や美少女は彼のモノとなった。生徒会はその手引きまでさせられた。しかし、妊娠や性病の蔓延、誰かの人生を決定的に損ねてしまうような事件や事故は、あれから7年近く経っても起こっていない。もちろん、弄ばれた人々の被害を過小評価することは許されないが、少なくとも表向きは(そして被害者たちの記憶の上では)、「大過なし」という判定で通っており、今日もこの学園は、富裕層子息、令嬢のためのブランド私立校という定評を保っている。

 高倉沙耶は、大学で教員免許を取って、自分の母校でこの春から教壇に上がることとなった。それ以上のキャリアも狙える成績。そしてミス秀泉学院大学にも選ばれた彼女には、他の選択肢もあったのかもしれない。それでも、学業以上に可児田樹のシモのお世話に専念したかったこともあり、結局この仕事についた。そして彼女は今、新たな野望を持って、母校に戻ってきた。

 高校時代の親友だった芹沢澪と、鶴見栞も、偶然と言うべきか、同じタイミングで、同僚と言っていい間柄となった。澪は体育大学で教員免許を取得してこの高校の体育教師になった。そして栞は、大学院で応用数学の研究を続けながら、この春から短期契約で秀泉学園高校の図書館司書となった。

 3人が狭き門を通って、母校に職を得たのは、偶然ではないだろう。沙耶たちは、この学校、創設以来と謳われた、伝説の生徒会メンバーだった。そして、沙耶が想像するに、現在もこの高校に巣食っている、影の支配者の意向も働いたのだろう。

 影の支配者の意向。沙耶は先週、澪や栞とともに、配属手続きの説明を職員室で受けた際に、それをありありと感じ取った。

「あれ? 機械の故障かな? 手続きミスかな? ・・・お三方とも、日本の方ですよね? 別に通称とか、申請されていませんよね?」

 戸惑いながら、今年庶務係を担当している中年のオジサン先生が手渡してきた、新しい名刺の束には、「司書 鶴見チョモランマ栞」、「教諭 芹沢ポチョムキン澪」、「教諭、高倉イツキノオチンチンノ沙耶」と明記されていた。

「始業式以降に登録担当の先生とお話ししないと、こりゃ直らないな。・・・どうも印刷ミスじゃなくて、公式の登録になっちゃってます。教育委員会への登録からロッカーのネームプレート、保護者会への連絡通知まで、全部この名前が入っちゃってる・・・。なんでかねぇ?」

 PCのモニターを見ながら、首をかしげている中年教諭を尻目に、沙耶と澪、栞は目配せをした。樹が、くだらない悪戯で、自分の存在をアピールしてきている。沙耶たちの後輩を囲って遊び暮らしながら、沙耶たちのカムバックを歓迎しているのだろう。

 同僚となった澪、栞の話ばかりになってしまったが、沙耶はそれ以外の、元生徒会役員たちとも連絡を取り合っている。清橋優奈は学生結婚をして、先日出産した。ちゃんと旦那様の小峰駿斗そっくりの眉毛を持った男の子で、顔を見た時に沙耶は心底ホッとした。新たにパパになった駿斗は、意外なことに大学時代に写真の世界に目覚めて、若手で注目を集める、写真作家になりつつある。日本古来のストイックな美と、少しビザールで危ない官能性が入り混じったような世界観が、海外からも注目を集めているらしい。

 佐倉陸は航空学校で、国際線パイロットへの道を歩んでいる。湯川倫太郎はお医者様の卵。それでも栞に言わせると、ずいぶん軽薄な研修医として看護士さんや患者さんたちと浮名を流しているらしい。

 沙耶の見立てでは、陸、駿斗、倫太郎は、今でも可児田樹から、密かな使命を与えられているようだ。それは高校の外の世界から、魅力的な女性や有力者を樹の許へと連れてきて、樹の催眠術の支配下に置くこと。だから可児田樹は、自宅と高校の間を7年も往復するだけ・・・、いや時には高校に何週間も泊まり続けながら、常に外の世界の刺激も取り込んで、今もこの地に安住している。

「樹君の世界が、この場所でどんどん拡張、深化されていく・・・。そのサイクルを断ち切るのが、私の使命。10年かかってでも、必ずやり遂げるわ。・・・樹君。意外な展開と、鮮やかな逆転劇こそがゲームの最大の醍醐味でしょ?」

 沙耶は校舎を見据えながら、いつの間にか、しなやかな微笑みを顔に浮かべ、拳を握りしめていた。

< The story ends and games continue >

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