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「……あ、唯香さん。いらっしゃい」
北岡唯香が3度目のチャイムを鳴らした時、ドアを開けてくれたのは吉浜秀輔君だった。唯香は、出迎えてくれたのが、恋人の孝輔ではなくて、その弟だったことに少しだけガッカリしつつも、それを悟られないように笑顔を見せた。
「シュー君。こんにちは。………コー君はまだ、帰ってないみたいだね」
「どうぞ………、上がって、待ってて………」
孝輔や唯香より4歳年下の秀輔は、なんの部活にも属していないので、だいたい吉浜家の自宅にいる。唯香が微笑みかけても、伏し目がちに目線を反らす。愛想のない弟くんだが、それでも玄関先まで顔を出してくれるようになっただけ、最近はマシになったと言っていいだろう。唯香が初めてこの家に招かれた時には、2階にある自分の部屋に閉じこもったまま、一度も顔を見せてくれなかったのだから。
「じゃぁ、ごめんなさい。お邪魔します」
ペコリと頭を下げて、唯香は吉浜家に上げてもらう。孝輔と秀輔の両親は、今はお父様の仕事の都合で、広島に住んでいる。週末だけ持ち家のある神奈川県に戻って来るのだ。両親が留守の間、この家は大学生の孝輔と、中学生の秀輔の2人だけが住んでいる。孝輔と唯香が付き合い始めて4ヶ月になるが、先月からは唯香は週に2、3日、吉浜家にお邪魔して、孝輔たちに夕食を作ってあげるようになっていた。
闊達でスポーツ万能な兄の孝輔に比べると、秀輔はどちらかというと根暗な雰囲気で、少し何を考えているのかわからないところがある。それでも、唯香が秀輔に対していつも優しく接しているのには、訳がある。もちろん彼女の生来の柔和な性格も影響しているが、真面目な彼女にとって、秀輔の存在は、恋人の家に上がり込んで一緒に夜まで過ごすことの、免罪符のようなものになっていた。もしここが、孝輔の一人暮らしの家だったなら、頻繁に上がり込むことには気が咎めていただろう。半同棲のような振舞いは、彼女の家庭だって許さなかったに違いない。それが、「中学生の弟と2人で暮らしている彼氏に、夕食を振舞ってあげて帰って来る」という説明は、いくらか彼女と彼女の家庭にとってのハードルを下げてくれていた。
リビングのソファーに座って、スカートの裾を伸ばす唯香。メイクは薄めだが、女優のように整った顔立ちは人目を引く。自然な眉毛とパッチリとした目が、育ちの良さと性格の良さを現わしているようだった。
本当は孝輔の部屋に上がって、愛おしい彼氏の帰りを待っていたかったが、さすがに弟くんの前でそこまで大胆な行動は憚られる。服と前髪を整えてから、少し手持ち無沙汰になった両手を、内股に合わせた膝の上に添わす。とっくに自分の部屋に上がったかと思った秀輔が、ダイニングから顔を出した。
「唯香さん、麦茶でいい? ………って言っても、他に飲み物とか無いんだけど」
言葉が少ない秀輔が、頑張って言葉を繋いでくれている。唯香は、数か月前には挨拶もろくに出来なかった、自分の彼氏の弟の成長を思って、嬉しそうな笑顔を見せる。
「ごめんね。お構いなく。………って言っても、私が勝手にお台所に上がって、お飲み物とか準備するのも、変か………。あ、でも、本当に気を遣わないでね」
少し顔を赤らめながら、あれこれ取り繕おうとする唯香。秀輔は彼女に目を合わせないまま、ローテーブルに麦茶の入ったグラスを置いた。唯香も少し気まずそうに、リビングルームの中をキョロキョロと見回す。サイドボードに置いてある、ファンシーなスノードームが目についたので、言葉を取り次いでみた。
「……あ………。そう言えば、シュー君。催眠術ってまだやってるの?」
麦茶を置いてから、自分の部屋に戻ろうとしていた秀輔は、ピタリと動きを止めた。振り返ると、唯香は少しだけ、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「………催眠術って、‥例の催眠リラクゼーションね」
「あ、リラクゼーションね………。そうそう………。シュー君は今も、腕を磨いてるのかな?」
秀輔は、溜息をついて、唯香の視線の先を追う。サイドボードの上にある、スノードームに行きついた。両親の北欧旅行土産の、ガラスの球体が台座に乗っている置物だ。ガラスの中には白い雪に覆われた、古いお城が鎮座している。秀輔はそのドームを手に取ると、手首を捻って上下をひっくりかえした。白い雪を模した粉が、球体の中の水をかき混ぜるように舞い上がる。
秀輔がドームを唯香の前、ローテーブルに置くと、スノードームの中で、小さなお城に白い雪が、ゆっくりと舞い落ちていく。
「腕を磨いてるっていうほどでもないけど………。唯香さん、試してみる? ………ほら、雪のかかっていくお城をしっかり見て。………唯香さんの体が小さくなっていくみたいに、お城の中にどんどん入っていく。じーっと雪のお城を見て。塔の中に、唯香さんがどんどん入っていく」
唯香は含み笑いを噛み殺して、秀輔の言葉に身を委ねるようにして、目の前に置かれたスノードームを見つめる。4つ下の、彼氏の弟。まるで自分の親戚の男の子と遊んであげているような、優しい気持ちに浸る。秀輔が今うちこんでいる、「催眠リラクゼーション」は、本当のところは、一度も唯香では成功していないのだが、彼の話に乗ってあげていると、とても長閑でくつろいだ気持ちになれる。出来の悪い弟のことを大事にして、「催眠術の天才だ」と本気の顔で褒めている、孝輔のことも思い出して、また胸が温かくなる。みんなで、引っ込み思案な秀輔君が、何か誇れるものを持てるように、手伝ってあげている。その画の中に、自分もいることが、幸せに思える。なんだか、唯香は指先、つま先、胸の奥から、ジンワリと温かい痺れを感じてきたような気がした。まるで、本当に秀輔の、催眠術の世界に誘われていくような感覚。それは決して悪い感覚ではなかった。
。。
「唯香さんの右手に、風船を結ぶよ。ほら、右手がどんどん上に引っ張られる。抵抗しないで、風船の力に身を任せていると、とーっても楽だ」
秀輔がそう言うと、唯香の右手の手首のあたりが震える。やがて膝に置かれていた手が、ゆっくりと浮き上がる。そして胸元から肩の高さまで上がると、今度はどんどんとスピードを上げて頭の上までピンと伸ばされた。
「左の手首にもほら、風船を括りつけるよ。どんどん上に上がっていく」
ゆらゆらと宙を彷徨う唯香の左手は、さっきの右手よりもスムーズに上に伸びていこうとしていた。その手を、秀輔が掴んで、唯香の頭の後ろに回す。彼女の左の手のひらが後頭部に付くようにして押さえると、ギュッと力を入れた。
「左手に結ばれていた風船は、糸が解けて、飛んで行ってしまいました。でも、ほら。今度は左手が強力な接着剤で頭にくっついちゃいました。力を入れても取れないよ。試してみて?」
目を閉じたまま、唯香が左手の肘に力を入れる。手は頭から離れそうにない。今度はうっすらと目を開けて、唯香が左手の肘から手首までをプルプルと震わせる。白い腕に腱が浮き出て、肌が少し赤くなる。それでも、左手はまるで、唯香の後頭部と一体化してしまったかのように、1ミリも離すことが出来なかった。
(唯香さん、ちょっと目を開けてるけど、催眠状態から覚める様子がないな。………これは、どんどん唯香さんの意識が深いトランス状態で安定しつつあるってことかも。今日はもう少し、進めてみようかな。)
「唯香さん、今度はお膝の間に風船が入りこんで、どんどん膨らんでいきますよ。とても大きな風船になる。強い力で膨らんでくるから、膝をくっつけていられない。でも、とっても面白いですね。まるで生きてる風船とじゃれてるみたいで、楽しい気持ちですよ」
「………あ………、やだ………。…………もぅぅ………。ふふっ………」
唯香が鼻から息を吐くように、クスリと笑う。彼女の白い膝小僧が、ゆっくりと開いていく。上品な小豆色のスカートがわずかにめくれて、いかにもスベスベしていそうな、内腿が見えた。ソファーに深く沈み込んだ唯香は、右手は手首を頂点にピンと天井に伸ばしていて、左手は後頭部にくっつけたまま、転ばないように必死でバランスを取っている。両足はどんどん開いていく。スカートの裾から、チラチラと白いものが覗いていた。
「………駄目…………。………やっ…………」
唯香の、くすぐったがるような笑顔が、不意に辛そうな表情に変わる。体を捻るようにして、開いていく両足に抗う。天井に向かって伸びていた右手が、ガクガクと上下に揺れた。
「唯香さん、もう大丈夫。力を抜いて、深―い眠りに落ちる。足の間の風船は飛んで行ってしまったよ。もう何も心配いらない。もっと力を抜いて」
秀輔が唯香の両肩に手を当てて、彼女を落ち着かせる。強ばっていた唯香の全身から、まるで空気が抜けるように、力みが消えていく。唯香はさっきまでよりも深く、ソファーに沈み込んだ。
(眠ってるように見えるけど、スカートの捲れ具合とか、自分の状況のことを、やっぱり分かってるんだな。無理はしないようにしないと……。)
秀輔にとって、唯香の右手は催眠状態の深さを表す、目印のようなものだ。彼女の右手が勝手に降りてくる時、唯香さんの意識は覚醒に近づいている。浅い催眠状態で普段の彼女が嫌がるような暗示を無理強いすると、解けやすいということは、早くからわかっていた。それでも、秀輔は彼女に施術するたびに、これまでよりも少しだけ攻めてみるということを、辛抱強く続けている。
「この左手も、僕が言うと簡単に取れるよ。さっき唯香さんがどれだけ力を入れても、接着剤でギューッとくっついて離れなかった手が、ほら、簡単に外れる。とっても楽になった」
唯香を安心させるために、左手の固着暗示も解いてあげる。しかし、ただ解くだけではない。唯香の力よりも秀輔の暗示の方が強い。秀輔の言葉で唯香は楽になると、いうメッセージを、色んな形で送り続ける。この繰り返しが、徐々に彼女の被暗示性を高めていく。本にはそう書いてあった。
「唯香さん、貴方の体がゆーっくりと、渦を巻くように回転するよ。とーっても気持ちいい。最高にリラックス出来る。貴方の体が1回転する度に、螺旋階段を降りるみたいにして、唯香さんの意識が深―い催眠状態に降りていく。とっても素直な気持ちになる。ほら、もう1回、もう1回」
ソファーに沈み込んでいた体を両手で抱え起こして、秀輔は唯香の上半身をゆっくりと、前を向かせたまま腰から回転させる。華奢な体にも関わらず、柔らかい肉がついていることが良くわかる。以前は催眠状態の彼女に触れるだけのことに、恐ろしく躊躇していた自分を思い出す。わずか1か月ほど前のことだった。
「ほら、僕が手伝わなくても、この気持ちいい回転を、貴方の体が続けていきますよ。唯香さんはとってもピュアで、穢れの無い、正直な心になる。この催眠状態のなかでは貴方は、何でも包み隠さず、正直に僕の質問に答えますよ。いいですね?」
「…………………はぃ…………」
ただ一方的に弛緩させるだけでは、被験者が本当の睡眠に移行してしまう時があるらしい。だから時々、暗示を使って、彼女に体を動かさせたり、言葉を出させたりする。催眠状態を深めるには、メリハリも必要なようだ。
「今日は、唯香さんは、僕のうちに、何をしに来ましたか?」
「………コー君と、お話して………。ご飯も作ってあげたくて…………」
「コー君は、貴方の大事な彼氏ですよね。2人はラブラブなんですよね」
「…………うふふふ」
唯香さんはボンヤリとした眼差しのまま微笑んで、俯き加減に顔を赤らめた。いつもよりも緩んだ、忘我の極致にいるようなあどけない笑顔を見せる。秀輔の胸がキュッと締めつけられたような気がした。
「孝輔さんの部屋で、貴方たちは何をすると思いますか?」
「………大学の講義の話をしたり、友達の話をしたりします。コー君の好きな音楽も聞かせてもらいます」
「ラブラブなカップルですよね? ………その後、どんなことをするのでしょうか?」
「………………………す…………」
唯香さんが耳まで赤くなっている。大きな目と柔和な美貌。整った顔立ちが恥ずかしさで捩れているようだった。
「もっと大きな声で答えましょう。とっても正直な気持ちになりますよ。ほら」
「………キスをします………。その、………私たちは、コー君の部屋で、何回もキスをします」
右手は見えない風船に、釣り上げられたまま、左手で顔を覆おうとする唯香。
「それだけですか? ここは唯香さんの真実を決める部屋です。ここで言わないことは、あとでコー君と2人っきりになっても、出来ないんですよ」
サラリと、出来るだけ当たり前のような口調で、これまでと少し違う暗示も入れてみる。唯香さんは恥ずかしさに身悶えしていて、新しい暗示に対して引っかかりを覚える様子も見せなかった。
「抱き合って、ベッドでごろんとします。キスをしながら………。多分、コー君は、私の体を、触ったりすると思います。………恥ずかしい…………」
「唯香さんは服は脱ぎますか? 裸を孝輔さんに見せたりするんですか?」
「………し、………しません」
気が抜けたようなため息をつく自分に気がついて、秀輔が手の力を抜く。いつの間にか、手のひらに沢山汗をかいていた。
「裸は見せないんですか?」
「………はい………。まだ…………。駄目です」
「まだ? …………どうしてですか?」
「‥‥この前のことから、まだ1週間もたっていないし………。あんまり多いと…………、そればっかりになっちゃうかもしれないのが、………やなんです」
秀輔は自分より4歳も年上の女性の、赤裸々な気持ちを聞きながら、不思議な気持ちになっていた。秀輔の中学にも、マセているカップルがいて、すでに初体験を済ませているという噂を聞いたことがある。そうした大人ぶった女子たちと比べても、目の前にいる美人のお姉さんは、とても清楚で恥ずかしがり屋な人だと感じられた。それでも、そんな彼女なりにも、無意識のうちに精一杯、駆け引きをしているのかもしれない女性の心は複雑だと、改めて思い知らされる。
「唯香さんは、大好きな彼氏と、エッチなことをするのは、嫌なんですか?」
「………嫌じゃ………、ないです」
唇を噛むようにして、つっかえながら、唯香が答える。右腕がプルプルと震えている。
「エッチな気持ちにはなりますか?」
「…………ぃ…………」
「はっきり答えましょう。唯香さんはエッチな気持ちになったりしますか?」
ボンヤリと遠くを眺めるように彷徨っていた黒目が小さく震える。泣きそうな表情になっていた。
「………はい………。私は…………、時々………、エッチな気持ちになります」
手首を支点に、右手がブランブランと激しく揺れる。肘が少しずつ曲がっていく。
「唯香さんは何も隠し立て出来ません。正直にはっきりと、答えます。貴方は、孝輔さんがいない間、エッチな気持ちになった時、どうしますか?」
「……………。す……………」
「隠そうとするとどんどん苦しくなる。我慢できなくなって、本当の言葉が出て来る。ほらっ」
「…………ひ、………1人で……………。………やっ…………。いやっ…………」
唯香のあまりの苦しそうな表情に、秀輔が耐え切れなくなる。慌てて自分の兄の恋人の体を抱き寄せた。唯香の右手が肩より下に降りていこうとする。眉間にしわが寄っていた。
「唯香さん、もういいです。何も答えないでいい。そのままもっと深ーい眠りに入りましょう。もう誰も質問しませんよ。貴方はとってもリラックスした、気持ちの良い深い部屋に降りていく。誰の邪魔も入らない。全身が温かい安心に包まれる。もう大丈夫ですよ」
強ばっていた体から、力が抜ける。右手がユラユラとまた上に上がっていった。うっすらと開けていた両目を閉じた唯香さんは、吊られた右手以外は、ソファーの上で安眠状態に入ったように見えた。
(ガード固いな………。無理に最後まで言わせてたら、目が覚めちゃってたかもしれない。)
秀輔は、焦って先を急ごうとし過ぎた自分を反省した。それでも、喉がカラカラになっていた。こめかみが脈打つほど、鼓動が激しくなっていた。
(やっぱり、女の人も、自分でするんだ。…………唯香さんの口から、オナニーって言って欲しかったな………。)
母性さえ感じさせるような優しい微笑みが印象的な美人女子大生。彼女の清純な口から、あけすけなエロ単語を言わせることが出来たら、秀輔はしばらくの間はオカズに困らなかっただろう。………それでも、もう少し無理をしていたら、全てを崩壊させてしまっていたかもしれないと思うと、身が引き締まる。秀輔は今、もっと大きな獲物を追っている。小さなオカズのために、躓いている場合ではないのだった。
「唯香さん。………今日の催眠術の時間はここまでです。貴方は僕が合図をすると、とてもスッキリとした気持ちで目が覚めます。催眠状態の間に起きたこと、自分がしたこと、言ったことは全て思い出すことが出来ません。貴方は僕の催眠術ごっこに、お付き合いしてあげただけです。かかったふりをしていただけなのです。いいですね?」
目を閉じたまま、唯香がコクリと頷く。右手はまっすぐ、天井に向かって伸びていた。
「貴方はこの、スノードームを見つめてから、目が覚めるまでのことを全く思い出せない。それでも、僕がこれから言う3つのことには、必ず僕が言った通りに反応します。なぜだか自分でよくわからなくても、いつでも、どこにいても、必ず僕の合図に、僕の暗示通りに反応するんです」
秀輔は今日も、本にあった「後催眠暗示」を複数、唯香の深層意識に刷り込む。覚醒状態でも暗示に従って反応するという、後催眠暗示は、秀輔にとって、セッション後の宿題のようなものだった。覚醒した正常の意識下でも深層心理に刷り込んだ暗示を発現させるということを繰り返すことで、唯香の被暗示性は一層高まる。術師と被験者という催眠術に特有の「ラポール」という関係性がより強化されるのだと、記されていた。
「1つめの約束です。貴方は目が覚めた後、僕が手のひらを見せてハイタッチをしようとすると、必ず応じます。パチンとハイタッチをします。そうすることに何の意味も無いように思える時でも、必ずそうします」
軽い暗示で良い。秀輔にとっては、暗示が発現していることを確認できれば、それで良かった。それに、軽い挨拶とはいえ、スキンシップには違いない。
「2つめの約束です。貴方は目が覚めたあと、僕が『むず痒い』と言うのを聞くと、ブラジャーの中が痒くなって、下着を少しずらしたり戻したりします。異性の目があると恥ずかしいかもしれませんが、そうしないと痒みが収まらないので、必ずブラの位置を直します」
2つめの暗示も、他愛の無い悪戯とも言える。………それでも、少しだけでも性的な要素を盛り込んでおくことが、秀輔の遠大な計画にとっての重要なステップだった。秀輔が肩に手を置いている唯香は、幸せそうにスヤスヤと寝顔を見せている。この清純なお姉さんに、小さな悪戯を仕込んでいくドキドキが、根暗な中学生の胸を高鳴らせた。
「3つめの約束です。貴方は今夜、僕と孝輔さんに夕飯を作ってくれます。その時、あることが起きます。それは…………」
秀輔は唯香の耳元で、小声で囁く。耳をくすぐるような息を吹きかけられて、少しだけ仰け反った唯香が、ゆっくりと頷いた。
。。
「さて、僕が5つ逆から数えると、唯香さんはスッキリとした気持ちで目が覚めます。5、4、3、2、1。………どうですか?」
瞼を開けた唯香が、目をパチクリさせながらリビングルームを見回す。前にいる秀輔と目が合うと、首を傾げるようにして笑顔になった。
「………うふふ。すごーい。秀輔君。本物の催眠術師の先生みたい」
手をパチパチさせて、芝居がかった褒め方をする唯香。気分はさながら、年下の男の子の『被験者役』を見事に演じきった女優のようだった。
(やっぱりスノードームが綺麗だから、ずっと見つめてると、それだけで時間を忘れちゃうみたいな気がするな。………これって、自己暗示っていうものなのかな?)
唯香は少し体温が上がっていることに気がついて、ローテーブルに置かれていた麦茶のグラスに手を伸ばす。飲んだ麦茶は妙に味が薄かった。
(氷がこんなに溶けちゃってる………。)
冷たい麦茶が喉を通ると、唯香はスッキリとした気持ちで、秀輔と向かい合う。
「シュー君、声も低くて安心感があるから、人と話すお仕事とか向いてると思うな。カウンセラーとか、興味ないかしら?」
「いや、僕。コミュ・リョク、ゲキヒクなんで、無理ですよ。そんなに褒められると、………なんだかムズ痒いですよ」
唯香が気がついた時にはもう、彼女の両手は脇に手を伸ばして、服の上からブラの位置を直していた。人差し指の腹をブラのサイドベルトに差し込んで、少し位置をズラす。そうした一連の動きが無意識のうちに出てしまうほど、瞬間的に、我慢できない痒みがインナーの中で発火したのだ。ブラの位置をずらし直すと、すぐに痒みは消えていった。ただ唯香だけが、秀輔の目の前で見せた自分の仕草を意識して、少し赤くなる。当の秀輔は、何も気がつかなかったように、ソファーから離れていく。唯香は心の中でホッと安堵した。4つも下とはいえ、男性の前でブラジャーをずらしたり触れたりしている様は、見せられたものではない。
ドアの前まで行くと、秀輔は振り返り、口を開いた。
「じゃ、兄貴も、もうすぐ帰って来ると思うから、ごゆっくりどうぞ。なんなら、兄貴の部屋で待っててくれてもいいと思いますよ」
「えっ………。それはいいよ。ここで待たせてもらうね。お茶とか、………色々ありがとう」
唯香がペコリと頭を下げる。年下の秀輔に対しても礼儀正しい。それでもよそよそしい感じにはならないのは、育ちの良さと性格の良さが調和しているからだろう。
「それじゃっ」
秀輔が右手を胸元まで上げて、手のひらを唯香に見せる。とっさに唯香はソファーから立ち上がって、秀輔の前まで足早にやってくると、左手を出して秀輔の右手に合わせてパチンと音を立てた。ハイタッチ。その後で唯香は、自分の左手を不思議そうに、まじまじと見つめた。
「………あ、………じゃあね。………あはは」
取り繕うような唯香の笑い声を背に、秀輔は階段を上がる。口元では笑みを噛み殺していた。
(そこそこの距離を、向こうから来てハイタッチしてくれたな………。これって、どれくらいまで離れてても、ハイタッチしてくれるんだろう? 後で試してみよう。)
。。。
フットサルの練習を終えた孝輔が帰ってきた時には、唯香は夕食の下準備を終えていた。孝輔がシャワーを浴びている間に、サラダを盛りつけた唯香は、鍋で煮立てていたロールキャベツの出来栄えを確認して、2階の秀輔を呼んだ。兄弟がダイニングテーブルに並んで着席すると、エプロンを身に着けたままの唯香は、鍋つかみを両手につけて、鍋をテーブルに持ってきて、3人分の小皿にロールキャベツを寄り分けてくれる。
「唯香さん、いつも料理上手だよね。そんなに沢山のレパートリー、いつ覚えるの?」
「うふふ。料理が好きだから、自然に覚えていくのよ…………、て、いうのは、嘘。本当はネットで調べて、すぐに試しちゃうの。君たちは実験台かな」
褒められた唯香は、悪戯っぽく笑う。孝輔の目から見ても、唯香と秀輔は短期間で随分距離を縮めてくれている。特に人見知りしがちな秀輔が、唯香には懐いてくれているのがありがたい。こうしていると、2人は仲の良い姉弟のようにも見えなくもない。
「なんか、お前ら、ずいぶん仲良さそうだな」
孝輔がいつもの率直さで、思ったことをそのまま口に出すと、秀輔は片手を小さく上げる。すると、オタマを持っていた唯香が慌ててオタマを鍋に置き、わざわざ秀輔の席まで駆け寄って、2人でハイタッチする。
「ノリも軽いな、なんか」
孝輔に言われると、唯香は少し顔を赤くした。普段の自分の振舞いとは少し違うことを、理解はしているようだった。
「だって、私たちの、友情の印だもん。コー君がサッカーばっかりやってるから、私とシュー君が、どんどん仲良くなっちゃうんだよね」
小首を傾げながら、秀輔に同意を求める唯香。秀輔は、兄が少しだけ嫉妬したのを気配で感じて、秘かに誇らしい気持ちになった。2人の間を右往左往している唯香さんがまた、可愛らしく、愛おしく感じる。
ご飯をよそってもらって、3人で手を合わせて「いただきます」をする。唯香がいない時は、秀輔も孝輔も、適当な時間に、作り置きされている料理をレンジで温めて食べているので、こうした団らんは、唯香がいてこそのものだ。男兄弟なんて、そんなものだろう。
「このロールキャベツ、唯香ホントにネットで調べただけなの? ………なかなか、本格的じゃん」
孝輔が素直に彼女の料理の腕を褒める。普段は味より量をモットーにしている孝輔が褒めるのだから、本当に美味しいのだろう。秀輔はついつい箸を伸ばしたくなる自分を、注意深く律していた。まだみんな、食べ始めたばかりだ。楽しみは、もう少し後に取っておきたい。
紫蘇の味のドレッシングがかかったトマトを食べて、レタスも箸で巻くようにして口に入れる。ご飯を食べて、兄とその彼女の様子を伺っていた。
「………シュー君、ロールキャベツ、苦手だった? ………あんまり、箸が進んでないみたいだけど」
心配そうに、唯香が秀輔の顔を覗き込む。孝輔はご飯のお代わりをしたところだった。
「いや………、好きですよ。………好物は、後に取っておこうと思って」
「そ………、こいつ、こういうこと出来んだよね。俺なんか、一番好きなものから順番に食べちゃうんだけど………。なんつーか、………戦略家なんだよ」
「コー君が単純なだけだよ。辛抱強いんだよね、シュー君は」
カップルの気の置けないやり取りの間にも、秀輔は少しだけ、ロールキャベツの入った、底の深い小皿を、少しだけ唯香の座っている、斜め前の席の近くへ動かした。
「だって………、こんなに上手に出来ている料理、一気に食べちゃったら、もったいないでしょ? ほら、ちょっと行儀悪いけれど、キャベツを全部、剥いじゃいますね」
秀輔が箸で器用にキャベツを剥こうとすると、唯香の手が止まった。
「………え? ………それ………取っちゃうの? ………全部?」
秀輔が顔を上げて伺うと、唯香は耳まで真っ赤になって、プルプルと震えていた。
「ほら、全部綺麗に取れた。お肉を包んでるものは、何にも無い。ほら、ほら」
箸で摘まみ上げた、合い挽き肉の塊を、いろんな角度から見回す秀輔。唯香はいつの間にか、両手を自分の体の前で交差させるようにして、自分の肩を抱いていた。
「そ………そんなに、見ないで…………。恥ずかしい…………。その、………形もそんなに良くないかもしれないし………」
「お前、昔からそんな食い方だったっけ? ………完全に俺の理解の枠外だわ」
兄の孝輔が能天気なコメントをして、ご飯をかきこんでいる間、秀輔は肉を色んな角度から、ペロッと舐めたり、甘噛みしてみたりする。孝輔は全く気がついていないようだ。自分の体を抱きしめて、身を捩らせている、恋人の唯香。彼女が時々ビクッと体を震わせていることに。
『3つめの約束です。貴方は今夜、僕と孝輔さんに夕飯を作ってくれます。その時、あることが起きます。それは……、貴方が心をこめて作った、愛情いっぱいの料理には、貴方の魂が一部分、入りこんでしまいます。それを僕、秀輔が食べると、貴方は自分の体が、食べられているような気持になるのです。痛みはありませんよ。怖くもないです。ただ何となく、エッチな気持ちだけが、膨らんで来ますよ。唯香さんは目を覚ましてから、このことを思い出すことは出来ないけれど、心の奥深くで、はっきりと覚えています。そして必ず僕の言ったような反応をします。約束ですからね。』
秀輔は、先ほどの後催眠暗示の内容を思い返す。「暗示」と呼んでも「僕の言うこと」と言っても良いのだが、唯香の場合、「約束」という言い方をすると、一番効果が長持ちで、はっきりとした反応を返してくれる。とても几帳面な性格なのだろう。別に彼女の自由な意志で合意した訳でもないのに、「約束なんですよ」と暗示をかけられると、律義に健気に、秀輔の言葉に忠実に反応を返してくれる。
エプロンをした可愛らしいコックさんは今、秀輔の箸さばきと口元を凝視したまま、赤面して、息を荒げている。目が潤んでいるのが少し色っぽい。時々、肩を震わせて背筋を伸ばすような仕草を見せる。秀輔に対して何か言いたそうだったが、美味しそうに自分の手料理を食べてくれているというだけなので、何と言っていいのか、わからないといった表情をしていた。
(1つめの後催眠暗示は、単純に指示された行動をとるもの。2つめは、五感に影響を与えるもの。3つめは五感だけじゃなくて、彼女のイマジネーションもフル動員する。少しずつ趣向を変えてみたけれど、どれも上手く効果が出ているな…………。この調子でいけば、次には大きな山を越えられるかもしれない……。)
「うん。美味しい。全部食べちゃったよ。じっくり時間をかけて味わったから、遅くなっちゃってゴメンね。ほら、全部残さず、食べきりました」
秀輔がしつこく繰り返して、真っ白になった小皿を見せた時には、唯香はボンヤリと潤んだ目を彷徨わせながら、放心したように椅子の背もたれに体を預けていた。
「そ………う。………あの、………ありがとう。…………全部………、食べて………くれて」
熱い吐息を漏らしながら、唯香が礼を述べる。秀輔を見つめる目には、少しこれまでとは違う眼差しが混ざっているように思えた。
「唯香の力作料理だったのかな? ちょっと疲れてるみたいだけど、後片づけは俺がやろっか?」
気の良い兄が、何も気がつかないうちに、唯香と秀輔は複雑な視線を交わし合っていた。
台所の後片付けは結局、秀輔が買って出た。それでも唯香は申し訳なさそうに、食事の終わったお皿をシンクに置くところまでやってくれる。足元が少しおぼつかないようなフラフラとした歩き方で、お皿を下げてくれた。
「旨かった」
満足そうに孝輔が言うと、唯香は照れたように両肩をすくめる。
「2人とも、好き嫌いがあまりないみたいだから助かるわ」
どこまでも優しい、兄貴の彼女だ。秀輔は少しまた、意地悪をしたくなってしまう。
「好き嫌いもそうだけど、食べ物のアレルギーとか無いのもありがたいよね。アレルギーあると、ムズ痒くて、ムズ痒くて、もうこれ以上ないっていうほど、ムズ痒くなったりするみたいしだし」
ガチャン。
少し乱暴にお皿がシンクに置かれた音がする。割れたりはしなかったようだが、秀輔が首を伸ばして、キッチンを覗き込む。唯香の後ろ姿からも困った様子が見て取れた。彼女は脇の下から指を伸ばして、服の上からブラジャーを何度も何度もズラし直ししている。痒みと格闘しているのか、シンクの前でピョンピョンと小刻みに飛び跳ねていた。
「ん………もう…………。急に………なんだか……………。………やだなぁ………」
困ったようにくぐもった声を漏らす唯香さん。美人は痒みと戦っている姿さえ、色っぽい。その後ろ姿に気がつくこともなく、食後の兄貴はテレビをつけて、スポーツ中継に見入っていた。
。。
その夜は、いつもよりも遅くまで、唯香さんは孝輔の部屋にいた。秀輔にはだいたい2人が何をやっているか、想像がつく。孝輔の好きな洋楽の音量が大きくなる。きっと今、2人はベッドでゴロゴロしながら、抱き合って、キスをしているのだろう。体力の有り余っている孝輔は、可愛い彼女とキスをしながら、きっと唯香さんの色んなところを触っているのだろう。唯香さんも大好きな彼氏のタッチは拒まないはずだ。それでも、服を脱がされそうになると、最後のところで唯香さんは恥ずかしがって、孝輔に背を向ける。今日、彼女は最後までや許さないつもりのようだ。そんな2人が、なかなか部屋から出てこない。孝輔と唯香は、よほどペッティングに熱中しているようだ。もしかしたら、唯香の体が熱くなっているせいで、予期せず盛り上がってしまっているのかもしれない。
秀輔は洗い物が終わってからも、テレビを見て時間を潰したりして、1階のリビングルームにいた。やがて唯香さんと兄貴が、階段を降りて来る。2人とも、ボーっとした顔つきだった。
「私、そろそろ帰らないと。………すっかり長居しちゃって、ゴメンね。シュー君」
小さく頭を下げて、入れ替わりに、2階に上がろうとする秀輔。ふと思い出したように階段の途中まで登ったところで振り返った。
「唯香さん、………それじゃっ」
手をパーの形にして、肩の高さまで上げて、挨拶する秀輔。すると北岡唯香さんは、履きかけだった靴を投げ出して、わざわざ玄関先から階段の真ん中まで上がってきて、秀輔とハイタッチを交わした。
「あ………、おやすみなさい。シュー君」
元気なハイタッチの後で、少し気まずそうな挨拶をして、唯香さんは玄関に戻ると靴を履く。ハンドバッグを手にして、孝輔と秀輔に対して、ペコリとお辞儀をした。
(夕方から3時間は過ぎてると思うけど、まだ「ハイタッチ」の暗示も効果が残っていた。唯香さんはもう、充分に被暗示性も、僕の催眠誘導法との相性も高まっているはずだ。次の機会は絶対に逃さない。必ず一歩、大きな前進をしてみせるよ。)
秀輔は心に固く誓って、彼女を見送っている兄貴に視線を送る。そこには、なんの警戒もしていないような、兄の大きな背中があった。
。。
「ごめんね、シュー君。しょっちゅうお邪魔しちゃってて。………その、コー君、まだだよね。………待たせてもらってもいいかな?」
今日は水色のワンピースを清楚に着こなしている唯香さんが、吉浜家の玄関に現れる。秀輔があまり目を合わさずに応対する。リビングに唯香さんが、遠慮がちに入る。秀輔が飲み物を出す。唯香さんが話題を探して、土産物のスノードームに気がつく。唯香さんが秀輔の勉強中の、「催眠リラクゼーション」のことに触れる。スノードームがひっくりかえされる。雪の積もる、古城の模型に唯香さんが見入る。何度となく繰り返された、ルーティーンが行われる。そして気がつくと、催眠術に掛かった振りをしているはずの唯香さんは、本当に虚ろな目をして表情を失っている。これも最近ではお馴染みの光景だった。しかし今日は、これまでよりももっと大胆に、計画を進展させる。秀輔はそう決めていた。
「僕が手を叩くと、唯香さんは可愛い、可愛い、子猫ちゃんになっています。ご主人様にじゃれつきましょう。とっても幸せな気持ちになりますよ。はいっ」
秀輔がパチンと手を鳴らすと、目を開けた唯香さんは、いつもよりも機敏な動きで周りを見回す。
「…………フニャァァ………」
目を真ん丸に見開いた唯香さんが、甘えたような鳴き声を喉から出す。両手をソファーの座面について、四つん這いのような姿勢になると、秀輔の体に飛びついてきた。甘い匂いが秀輔の鼻をくすぐる。香水だろうか、シャンプーの匂いだろうか。唯香さんはいつも、大学の講義が終わった後、一度家に帰ってシャワーを浴びてから、孝輔の家に遊びに来ているようだ。
「わぁ、可愛い子猫ちゃんだ。撫でてあげるよ。とっても嬉しいでしょう?」
「グルグルルルル」
蕩けるような表情で、秀輔の膝に頭を乗せた唯香が、両手をグーにして鎖骨の辺りに据えながら、喉を鳴らして、自分の顔を秀輔の体にこすりつける。唯香は自分の家か親戚の家で、実際に猫を飼っていたことがあるのだろうか? その仕草は、とてもリアルなものに見えた。お腹から顎まで撫でてあげると、気持ち良さそうにまた、喉を鳴らす。唯香さんの体を撫でている途中で、胸元の柔らかい膨らみにも少し触れてしまった、秀輔は、慌てて唯香さんの様子を伺う。当の唯香は、グーのままにしている手の甲をペロペロと舐めて、毛づくろいを始めていた。ご主人様に胸元を撫でられても、心地良いくらいにしか、感じていないようだった。
「いいね。唯香さん。貴方はご主人様が大好きな子猫ちゃん。とっても可愛い子猫ちゃんだから、ご主人様は唯香ちゃんをすっごく可愛がってくれるよ。貴方はご主人様に撫でられているのがとっても幸せ。出来るなら永遠に、ご主人様に可愛がってもらいたい。そうだよね」
唯香の耳元に口を近づけて、何度も繰り返し、子猫になった心地良さと、ご主人様に可愛がられる喜びについて暗示を刷り込む。こうした地道な努力が、いつか唯香さんの心を芯からふやけさせていくはずだ。
「さあ、唯香さん。貴方の大好きな、可愛い子猫ちゃんになれて、とっても幸せだったね。今度は、もっと貴方が好きなものに変身できるよ。僕の言葉の通りになる。唯香さんは僕が言う通りに、どんなものにでも変身できるんだ。唯香さんは………、僕が手を叩くと、世にも美しい、お花に生まれ変わります。僕がジョウロでお水を上げると、ぐんぐん成長して、最高に綺麗なお花を咲かせますよ。ほら」
両手のひらを、拝むように合わせた唯香さんが、天に向かって伸びるように、合わせた両手を突き上げる。植物が成長しようとしているところを、精一杯、演じているようだ。とても感受性の高い知的な女性だから、秀輔の言葉からイマジネーションを膨らませて、体を動かしてくれる。
「これまでの唯香さんは、芽が出たところで悪い虫がつかないように、カバーがされていたみたいだね。でも、もう育って花を咲かせるところまで成長した唯香さんには、一切の覆いは要らないよね。全身でお日様の光を浴びて、元気に光合成しよう。とっても自由な気持ちになるよ」
秀輔が思っていたよりも、暗示をかける自分の声は小刻みに震えて、うわずっていた。それでも、恥ずかしそうに微笑んだ唯香は、無邪気な仕草でワンピースの背中に手を回して、ゆっくりとファスナーを下ろしていく。スルスルと衣擦れの音がする。柔らかそうな白い肩を、水色のワンピースから抜き取った唯香さん。胸元には白地にチャコール色の縁取りがされた、生地の柔らかそうなブラジャーが顔を出す。秀輔はいつの間にか、呼吸をすることも忘れて、見入っていた。唯香さんは気持ち良さそうに、独特のリズムで体を揺らしたりねじったりしながら、ワンピースを下ろしていく。自分は成長中の、生命力に満ち溢れた植物だと信じきっているようだ。しかしその手は、きちんと人間の衣服を脱ぐ動きを進めている。催眠状態にある被験者は、白昼夢の中にいるように、色んな要素を都合良く飲み込んでくれる時がある。秀輔の、これまでの地道な暗示の繰り返しが刷り込まれてきたことで、唯香さんの深層意識と、うまくリズムが合っているから、こういうことが可能になるのだろう。緩やかに体を揺らしたり伸びをしたりしながら、唯香さんはワンピースを足元に下ろす。まるで前衛的な、創作ダンスのような動きだ。
「とても綺麗なお花です。どんなカバーも包装も、邪魔なだけですよね。全部、取ってしまいましょう。貴方はどんどん気持ち良くなります」
うっとりとした表情で、背中に手を回して、ブラジャーのホックを外す唯香さん。ストラップも肩から抜き取ると、カップがゆっくりと裏返り、丸くて形の良い、オッパイが2つ、重力を受けて少しだけ下に揺れた。柔らかそうなオッパイの真ん中に、小さな乳輪と、行儀の良さそうな小粒の乳首が収まっていた。心地良さそうに、唯香さんが胸を反らして大きく伸びをする。オッパイはプルプルと揺れた。
秀輔は必至の思いで、柔らかそうな2つのオッパイのかたち、重量感、そして慎ましげな乳首の色を目に焼きつける。母親以外の女性の本物のオッパイを、こんなに間近に見るのは初めてだった。心なしか、いい匂いが漂ってくるような気がする。ブラジャーの跡が少し赤くなっている、白い肌と肉の芸術は、優しい曲線、丸みを描いて、秀輔の前に曝け出されていた。
唯香さんが花が好きだということは、服の柄やハンカチの柄、エプロンの柄を見て、わかっていた。だから秀輔は、唯香さんに自分の目の前で初めて裸になってもらう時の暗示は、「花になる」という暗示が一番効果的だろうと、ずっと考えてきた。その考えが、正しかったことを実感しながら、目の前の光景を必死に脳裏に焼きつける。昨日までは「オナニーの話」をさせようとしただけで、催眠から覚醒しそうになっていた恥ずかしがり屋のお姉さんが、今は恍惚の表情で服を脱ぎ、ブラを外して、スローなリズムでステップを踏んでいる。草木なりの躍動を見せてくれている。そして唯香さんは、両手のすらりと長い指を伸ばして、腰骨の横に添わせると、ゆっくりとショーツのゴムに指をかけ、下ろしていく。縦に長い楕円形の綺麗なおヘソの下に、淡く生え揃った黒い茂みが顔を出す。膝まで下りたショーツから足を抜こうと膝を上げると、アンダーヘアーの下から、わずかに小豆色になっている、彼女の秘密の部分が見えた。今すぐ押し倒したくなる欲求と戦いながら、秀輔は自分の目に映るもの全てを、永久保存するほどの集中力で凝視していた。
「さあ唯香さん。全身で大きく成長して、蕾から花を咲かせましょう。貴方の頭、茎の色んな部分に、最高に綺麗な、お花が咲いていきますよ。世界にアピールしてあげましょう。この草原で一番美しいお花が咲き乱れていきます。………飛び回っている蝶々さんたちに呼びかけてあげましょう。一番魅力的な、お花です。ほら、お花の世界の言葉で、蝶々さんたちを呼んでみて」
「………ふ、………ふらわぁあ。ふらぁぁわぁあぁ」
秀輔に誘導されるままに、唯香さんが自作の「お花語」で蝶々に呼びかける。そのあまりにも素直な行動に、秀輔は思わず吹き出してしまった。完全に秀輔の作った世界に、唯香が入りこんでいてくれる。いや、秀輔の世界を、彼女が補完してより可愛らしく作り変えてくれているようだった。
「蝶々さんはどのお花に止まろうか、迷って、行ったり来たりしているようですよ。とっても綺麗な蝶々さん。お花に生まれた唯香さんなのだから、蝶々さんに選んで欲しいですよね」
囁きながら、秀輔は指先で、ツンツンと、唯香の裸の体を触れてみる。唯香さんは、お花になりきって、両手を「Yの字」に斜め外側に伸ばしながら、触れられた胸元を、さらに蝶々に差し出すようにして反らしてきた。まるで、どうぞオッパイに触ってください。吸ってくださいと、言わんばかりのポーズになっている。
若々しくて女性らしい曲線の裸を見ながら、秀輔はそこに花が咲いている様子を想像する。頭に大きなお花が一輪。豊かなバストの双方に一輪ずつ。そして下腹部の、大切な場所に一輪。所詮は唯香の想像の中だけにあるものなのだから、秀輔がそこまで具体的なイメージをする必要は無いのかもしれない。しかし、これまでの経験から、彼は体感していた。こうした具体的なイメージをシンクロさせることが、被験者をより深い催眠状態に誘うのに、大切なことなのだ。
「蝶々さんに触れられると、お花として生まれた幸せが全身を貫きます。蝶々さんに蜜を吸ってもらうことは、最高の幸せです。ものすごい快感ですよ。………ほら」
ツンツンと触れていた、唯香さんの柔らかくて丸いオッパイに、秀輔は思い切って口をつける。乳首を舌で転がした後で、頬をすぼめて吸い上げる。
「はぁ……………ぁあんっ…………」
唯香さんが、我慢できずに声を上げる。口の中で、小粒だった乳首がみるみる固く大きくなってきたことが舌の感触でわかる。口を開くと、もう片方のオッパイにも吸いついてみる。乳首を吸うと、唯香さんはさっきまでよりも顎を上げて、切なそうな声を漏らした。両方のオッパイを手のひらでこねるように揉みまわしながら、乳首を交互に吸う。吸いながら、舌で乳首の先端を強めに擦った。
「あんっ………あぁんっ………。あんっ」
身を捩らせて、唯香さんが悶える。人間の慎みは無くしてしまっているようだ。お花になりきっている唯香さんには、繁殖の本能的な喜びを何のてらいも無く、受け入れているようだ。
「吸われれば吸われるほど、唯香さんのエッチなお花からは甘い蜜が溢れ出すよ。蝶々さんを次々と誘う、エッチな蜜だ。もう止まらない。どんどん溢れて来る」
「んふっ…………んんんん」
唯香さんの腰が引ける。内膝を擦り合わせるような仕草をした時に、股間がクチュっと、粘着質の音を出した。
「…………じゃ、そろそろ、こっちのお花に、蝶々さんが蜜をチューチュー吸い出しに来たよ。お花の唯香さんは、全部を受け入れる。これがお花の本能だからね。蝶々である僕を、………吉浜秀輔を全部受け入れる。それが唯香さんの本能なんだ。ほら、ここを少し開こうか」
足を、と言いかけて、「ここを」と言い換えた秀輔が、唯香さんの両足を肩幅に広げさせる。顔を近づけただけで、むせかえる程の甘酸っぱい、エッチな匂いが漂っていた。唯香さんの大切な割れ目は、ふやけたようになって、愛液をタラタラとこぼし続けていた。まだ、触れもしないうちから、だ。「蜜が溢れ出す」と暗示をかけたら、こんなに清楚で恥ずかしがり屋の唯香さんが、愛液を足首まで垂らすほど、唯香さんはどっぷりと、秀輔の作り出した催眠の世界に、浸りきっているのだった。
鼻先で湿った茂みを掻き分けるようにして、秀輔が口を近づける。甘酸っぱい匂いと、しょっぱい味。唯香さんのメスの匂い………、いや、「雌花の匂い」をクンクンと嗅ぎながら、秀輔は舌を伸ばして、花弁の周りを寄り分けるように丁寧に舐めていった。そのたびに、唯香さんがガクガクと、上体をひくつかせる。やがて秀輔の舌が、襞の重なり合う、割れ目の上の結合部分に隠れていた、小さな豆のような肉の粒をみつけだす。
「くひっ…………ひぅううっ…………」
唯香さんの下半身に緊張が走る。急に彼女の両手が、秀輔の後頭部、髪の毛をギュッと掴む。
(覚醒したっ? …………ヤバいっ………。)
一瞬、凍りつくような緊張感に覆われた秀輔だったが、彼女の両手は秀輔の頭を、抱き抱えるようにして自分の下腹部に押しつける。腰も力強く、クリトリスを舐めている秀輔の顔に、グリグリと押しつけていた。圧迫された秀輔は、必死に唯香のクリトリスを強く吸い上げる。ピュッと音を立てて、唯香さんの温かいヴァギナはさらに愛液を噴き出した。ゆっくりと唯香さんの体が崩れ落ちる。どうやら彼女は、催眠状態のまま、オルガスムに達していたようだった。
。。
本当は今日、おチンチンを挿入させてもらうところまで、辿り着ければ、と思っていた。それでも、唯香さんの様子を見ると、クンニで絶頂に達しただけでも、体は疲れ切っているように見える。挿入は次回に延期することにした。その代わりと言ってはなんだが、指を2本。人差し指と中指を根元まで、彼女の温かくてヌルヌルとした膣に入れさせてもらった。「唯香さんはとても可愛らしいヌイグルミだよ。持ち主の秀輔に色々と触られて遊ばれるのが、とっても幸せなんだ」と暗示をかけると、唯香は無機質だが大きな笑みを顔に浮かべたまま、秀輔のされるがままになった。カーペットの上に大の字に寝そべらせて、大股開きの体勢で指を2本。ツルリと咥えこんでくれた。秀輔は時間の許す限り、気の向くままに唯香さんの裸に触れたり、感触を楽しんだり、舐めたり、穴を指で開いたりして観察することが出来た。自分のことをヌイグルミだと思いこんでいる唯香さんは、乳首を摘ままれて引っ張られても、オッパイが変形するほど揉みつぶされても、ヴァギナを目一杯開かれても、丸いお尻の肉にうっすらと歯形をつけられても、ただただ無機質で大きな笑顔を顔に浮かべたまま、一切、抵抗も反応もしない。自分のことを爪先から脳天まで、棉が詰まっているだけの玩具だと信じ込んでいるからこその、完全な無反応だった。目と手と鼻と舌とで、唯香さんの体を調べつくした秀輔は、今度はスマホを持ち出して、色んな角度や色んな姿勢を取らせたところで写真を何枚も撮る。秀輔の趣味とは違うのだが、こんな機会も希少かもしれないので、念のために鼻の穴やお尻の穴、うなじの産毛やカカト周りで皮膚が少しだけカサついている部分なども、接写させてもらった。
心ゆくまで撮影を終えると、最後は唯香さんの体を、お湯を含んだタオルで、丁寧に拭いてあげる。今夜も彼氏とペッティングに勤しむのだろう。せめて、愛液でドロドロの下半身は、綺麗にしてあげたかった。
「さてと、………唯香さん、お疲れ様。これから貴方は、僕が5から1まで逆に数えると、スッキリとした気持ちで目を覚まします。いつも通り、催眠状態だった時の自分がしたこと、されたことは一切思い出せませんし、あまり気にすることもしません。服は一応きちんと着れているように見えるけど、もし何か、自分でいつもの服の感じと違うところなどに気がついても、そのことについて深く考えたりはしません。けれど、僕がこれから言うことは心の底でしっかりと覚えていて、合図に気がついたら必ず僕の言う通りの反応をします。今日の約束は…………」
思いついた暗示を3つ、唯香の深層意識に刷り込んでいくと、秀輔はいつもと同じように、彼女をトランス状態から抜け出させて、覚醒させる。ちょうどその時、家の門を開ける、兄貴の物音が聞こえてきた。ベストタイミングだった。
「…………あ………。コー君、帰ってきたみたい。…………シュー君、ゴメンね。私、行ってくる」
恋人の帰宅に胸を躍らせるように、そそくさと玄関に迎えに行く美人女子大生は、一瞬だけ、置いていく秀輔に、申し訳なさそうな顔を見せた。秀輔は余裕の表情で見送ってあげる。
(唯香さんが謝る必要なんて、全然無いよ。今日はなかなか大きな山を越えさせてもらったんだから。………また次もよろしくね。兄貴の可愛い彼女さん。)
秀輔は愛おしそうに唯香の後ろ姿を見送ったあとで、お宝の詰まった大事なスマホをポケットにしまいこんだ。
< つづく >