目盛り有るサマー 3

「……あんっ……………」

 

 結衣理先生は、達都の手が自分のオッパイに触れた瞬間に声を漏らして、弾かれたようにあごを上げる。両肩がビクンッとすくんだ。けれど彼の手を拒むような動きは見せない。達都はその様子を確認しながら、慎重に、彼女のオッパイを揉んでいく。ブラのカップから顔を覗かせる乳首は、すでにピンッと固く立っていた。

 

「先生…………。僕のこと、どう思いますか?」

 

 綺麗な先生の顔を覗き込みながら、達都が聞いてみると、結衣理先生は切なそうに一瞬、顔を背けたあとで、ゆっくりと口を開く。達都を見る目は潤んで充血していた。

 

「…………大好き…………。世界で一番…………。………先生ね………。町村君が望むなら、何でもあげちゃう…………」

 

 先生は心の葛藤から屈服するように、深い溜息と一緒に、そう答えた。

 

「じゃ………、キスします?」

 

「はい………」

 

 今度は間を空けずに答えると、先生は達都に顔を近づけてくる。先生のプルプルする桃色の唇が、達都の口につく。その柔らかくて弾力のある感触をしっかり記憶しておこうと考えているうちに、先生の舌が、達都の口の中に入ってくる。達都も反射的に舌を伸ばす。お互いのベロで、相手の口の中を舐めあう。大人のキスだ。達都はそのディープキスの間にも、先生のオッパイを両手で揉む。その無遠慮な手つきに反応するように、先生の口もアグレッシブに達都の口を吸いあげる。彼女が口をつける角度や位置を少しずつ変えながら、貪るように達都の口に吸いつくたびに、結衣理先生の鼻息が達都の鼻や頬、あごにかかる。その息は熱かった。達都は片手を先生のオッパイから離して、お尻を触ろうとする。先生の丸く柔らかいお尻を守っていたはずの、ピンクのパンツの感触が無い。気がつくと、先生は自分からショーツを降ろして、足を交互に前後させながら足首のあたりまで落ちるのに任せていたのだった。口が離れた瞬間に、達都は先生の体をまた、見ようとする。なおもキスを求めてくる先生に、達都が囁く。

 

「先生の裸を、僕にきちんと見せて」

 

「…………はい………。…………ん…………恥ずかしい…………」

 

 ようやく、しがみつくような体勢から、結衣理先が少し、達都から距離を置くと、両手を体の横に重力に任せるように伸ばして、達都から自分の体が真正面に向くように立つ。恥ずかしそうに顔を横に向けたけれど、時々、体をビクビクッと痙攣させる。

 

「き…………気持ちいい…………。達都君に…………見られてるって…………感じるだけで、……………頭が………痺れてくる…………。んっ……………はぁんっ……………」

 

 先生の裸は昨日も見た。けれど、昨日とくらべて、今は、形は同じでも、ヤラシイ雰囲気が倍増している。白い肌がところどころ赤く染まって、呼吸のたびに体が揺れる。達都の視線を感じるだけで、身を捩り、内膝を擦り合わせるようにお尻を振る。オッパイが弾む。その光景は、奥手なはずの町村達都を、いてもたってもいられなくするほど、煽情的で刺激が強いものだった。今度は達都の方から近づいていって、またオッパイをつかまえると舌をつけて、乳首を舐めたり吸ったりする。固くなった結衣理先生の乳首を唇で咥えると、その乳首から脈動が伝わってくるようだった。キツめに吸い上げると先生は、音にならない叫び声をあげるように、天井に顔を向けて喘いだ。先生の両手が達都の後頭部を撫でさすって包み込む。まるでもっとオッパイを吸って、と求めるかのように、達都の頭を抱き寄せる。その誘導に逆らうかのように、達都は頭を沈めていき、胸元からみぞおち、お腹からヘソへと、上から順番に確認するようにキスしていく。達都が吸いつくたびに、結衣理先生が身をくねらせ、達都の後頭部の髪を握りしめてよがった。そして達都の頭が、美人の先生のアンダーヘアーの前に来る。達都は鼻先を強く押し付け、顔を先生の股間に埋めると、肺が一杯になるくらいに深呼吸した。彼の全身に結衣理先生のオンナの匂いが充満していくような気がした。

 

「ああっ……………恥ずかしい…………………。町村君…………。先生のこと………、こんなに、エッチな先生のこと、嫌いにならないで…………」

 

 腰を捩らせ、太腿で達都の頭を抱え込むような体勢になりながら、結衣理先生が切なそうにお願いする。前のめりになる達都の勢いで、一歩ずつ後ずさりながら、先生が上半身を波打たせて悶える。股間にある秘密の女性のくに達都が舌を伸ばすたびに、雷に打たれたように痙攣して、よがりながらよろける結衣理先生は、気がついたら背中から腰が会議室にある机に当たっていた。そのまま足を伸ばし、背伸びするようにして裸のお尻を机の天板に乗せる結衣理先生。会議机の上に座って両足を開いて達都のクンニリングスを受け入れるような体勢になっていた。両手を机の天板につけて、上体を弓なりに反らして、オッパイを突き上げるようにしてよがる、倉崎結衣理先生。達都は無我夢中になって、先生の股間を、舌先で探検するかのように舐め回していた。達都は本で読んだ知識を総動員して、舌と指先とで女性の股間を確認していく。このあたりが大陰唇。ここが多分、小陰唇。このあたりからどんどん濡れてくるから膣口があって、ここ…………、ここから舌も指も、奥に入る。ちょっと奥に入れただけで、ヌルッと熱い、ナカの様子がわかる。そしてここの上に、ツンッて立っているのが、クリトリスだ。クリトリスをちょっと舌先で舐めるだけで、先生の体が、まるで電流が走ったみたいに痙攣する。両方の太腿が達都の頭を締め付ける圧力が、まるでプロレス技をかけられているみたいに上がる。その反応が嬉しくて、達都は先生のクリトリスを躍起になって舐めまわして、吸い上げる。先生の体が、会議机の上で、魚が跳ねるみたいに爆ぜる。

 

「………お~い………。達都、次もあるからな…………。お前にあんまり全身舐め回されると、次の人が困るぞ~………」

 

 修介の声が、柔らかい太腿にヘッドロックをかけられている達都の耳にも、かすかに聞こえてくる。けれど、達都は先生のクリトリスを、ヴァギナを舐める舌の動きを休めない。それどころか、お尻の穴の近くまで舌を伸ばしてやった。先生の喘ぎ声が、うわずって裏返る。達都の憧れの、綺麗で可愛くて魅力溢れる結衣理先生だと思うと、お尻の穴まで舐めても、汚いと思わなかった。

 

「ぁああああんっ…………達都君……………。入れて………。先生のそこに…………、達都君のおチンチンを、入れてちょうだいっ……………。もう…………、我慢できないの………。こんな…………先生で、ごめんなさい…………」

 

 達都が何分間か、エンドレスでクン二を続けているうちに、倉敷結衣理先生は、確かにそう言った。ついさっきまで、生徒たちに授業をしていた、その口で、英会話の綺麗な発音を教えていた、その唇で、生徒のペニスを、自分の膣の中に入れてほしいと、そうお願いしている。今、誰もナノウイルスに、先生の発言を操るように指示したりはしていない。達都への愛情と性欲と性感の目盛りを最大値近くまで回されてしまってはいるけれど、そのセリフ自体は、誰にも強要されているわけではない。先生が自分で考えて発言した言葉だった。それを聞いて、達都の我慢も限界を超える。先生の体をさらに会議机の奥へと押しやるようにして、両足を限界まで開かせながら、立ち上がった達都が自分のモノを先生の股間に押しつける。場所と角度を何回か確認したり試したりしたあとで、達都はパンパンに勃起したペニスを、担任の美人教師の熱く腫れあがって濡れながら開かれた口に押し入れ、根元まで押し込んだ。先生がひきつけを起こすように息を吸うと、ボリュームあるオッパイが躍る。こんなにヤラシイ、成熟した女性の体を晒しながら、先生はまるで赤ちゃんのように弱々しい声で喘ぐ。膣を貫いた達都の男性器を、先生のヌルヌルした温かい膣壁が絞めつけて受け入れて咥えこむ。達都が若干ギコチなく、腰を動かし始めると、先生も無意識のうちに腰をグライドさせて、もっと深くまでペニスを咥えこもう埋めようと、ヤラシク貪ってくる。達都の亀頭や裏筋あたりと先生のヒダヒダが擦れあうたびに、達都の視界が狭く白くなるくらい、快感が脊椎を昇って体を突き抜けてくる。

 

「先生っ…………好きだっ…………。先生っ」

 

 達都ははっきりと、そう口にして、腰を振った。結衣理先生のヴァギナの締めつけが強くて、気持ち良すぎて、何かを声にしていないと、すぐにでも射精してしまいそうな感触があった。

 

「わたしもっ。達都君が大好きっ………。愛してる………………。もうっ…………どうなっても良いから、もっと奥まで入れて………。お願いっ」

 

 結衣理先生が切なそうな、裏返りそうな細い声で、喘ぎながら懇願する。先生はまだ何か言おうとして口を開いた。けれどきちんとした言葉は出てこない。達都がきちんと聞き取ろうと、腰のグラインドは休めずに背を曲げて顔を寄せる。

 

「ぁああああ、ぃいいいいいいいいいいのぉぉおおおおお」

 

 肺を絞り出すかのようにして、先生の口から出されるのは、女の人のよがり声だった。その先生の息に顔を包まれるようになった達都が、先生の体の中から出てきた空気を鼻から自分の体の中に吸い込む。かぐわしい匂いの奥に、生き物の、発情した生き物の匂いと思えるようなものを感じ取って、達都のモノがさらに固くたぎる。もういつでもイってしまっても後悔しないで良いように、必死になって腰を振って、性器全体で先生の性器のナカと擦りあい、その感触を全身で受け止めようとした。そして達都が想像、あるいは道程時代を通して希望していたよりもずっと早いタイミングで、射精がやってくる。それは漫画や小説などで描かれるような激しい発射などではなく、まるで漏れ出てしまうようにして、彼のペニスの先端から噴き出ていく。そして達都はその、射精に抗うように、精液を出しながらも腰を振り続けて、少しでも長く、この行為を続けようと全身を突っ張りながら汗を振り乱した。

 

「いっ……………くぅううううううううっ」

 

 結衣理先生の体は、性感も最大値近くまで目盛りを上げられているせいか、達都の射精を感じ取りながら、それに付き添うようにして、一緒に絶頂まで駆け上がってくれる。背中を反らし、2つの見事なオッパイを突き出して強調するかのように仰け反る。圧力で性器同士が一体化してしまうのではないかと思えるほどに、膣圧が高まって、達都の断続的な射精から、さらに貪欲に精を搾り取る。いつの間にか達都の背中に回していた両腕で、きつく達都の体を抱き寄せて、しがみつきながら、先生は達都よりもずいぶんと長い時間をかけて、ゆっくりとオルガズムを味わった。その間、達都の振り乱す汗と、先生の汗とが混ざり合って机に、床に垂れ落ちたり、巻き散らかされたりしたのだった。

 

 

。。。

 

 

 初体験を、好きな人、それも自分の担任である美人教師と済ませたということは、達都にとっては衝撃だった。もちろん嬉しいことではあったけれど、喜び以上に衝撃が勝ったという気分だった。自分のようなタイプの男子が中学1年で童貞を卒業することになるなんて、思ってもいなかったし、倉崎結衣理という人については、性的な興味の対象という以上に、どことなく神聖な存在、憧れのような対象だと考えようとしてきたからだった。当然のように性の対象としても見て、妄想もして自分を慰めてきたりはしてきた。しかし、それが当たり前の行為になってしまうことを、同時に恐れてもきた。だから達都はいつも、結衣理先生のことを妄想した時、後から、そのことへの罪悪感にも苛まれたりしてきた。

 

 それが数日前、偶然が重なった結果、怪しげなナノウイルスを手にすることになった。そして先生にその、デイジー09というナノウイルスを投与させてもらい、アプリで操作する、ということを試し始めてから、事態は加速度的に変化しつつある。わずか2日目で、すでに達都が重ねてきたシュールな妄想を、超える展開になってしまったのだ。そのことに、達都は衝撃と不安を覚えてもいた。それはさっきのセックスの余韻に浸る、恍惚の感覚に入り混じる、複雑な感情だった。

 

 複雑な感情を喚起させているものとしては、今、町村達都の目の前で繰り広げられている光景もそうだ。今、彼のクラスメイトで自由研究班のメンバーである塚田修介が、結衣理先生とセックスをしている。先生は両手を机の上について、背を反らすようにして背後から修介に犯されている。達都よりも体格が良く、筋肉質な修介が腰を振り、後ろからペニスを突き立てるたびに、先生は体をくねらせて、悶え、よがりながら、さらに上体を反らして、オッパイを突き出す。それを目の前に、達都は、自分がどう感じれば良いのかすら言葉に出来ないほど、混乱していた。こんな魅力的な女性が、全裸で喘ぎ乱れるところを間近で見られていることは、嬉しく思って良いはずだ。けれど、ついさっきまで、達都と体を繋げて、愛の言葉を語ってくれていた相手、達都の片思いの相手にして、初体験の相手である結衣理先生が、他の男子に犯されている。犯されながら、それを受け入れて、よがり狂っている。そのことを考えると、自分は不快に感じるべきだとも思えた。

 

 混乱する達都の頭の中と比べて、彼の下半身は本当にシンプルな反応を見せていた。ついさっき、ありったけの精液を出し切ったはずの彼のペニスは今、さっきと変わらないほどの固さと角度で、ギンギンに勃起していたのだった。

 

「修介君、好き~っいいいいっ」

 

 悲鳴に近いような喘ぎ声の合間に、修介への愛を語っている結衣理先生。その言葉を聞くと頭ではさらに微妙な思いがざわめく達都。それなのに、彼のモノの勃起はいっこうに鎮まる様子がない。これが、小説や漫画に出てくる、「男の上半身と下半身との葛藤」なのだろうか。あるいは達都が普通の男子と違う反応をしているのだろうか。それすらもわからないほど、達都は混乱していた。

 

 

。。

 

 

 おそらく達都のセックスよりも激しかったであろう修介との、バックでの行為が、修介と結衣理先生、両方がイッたうえで終わる。先生は裸のまま机に倒れこむように突っ伏して、肩で息をしながら、しばらくは能動的な動きを見せずにいた。快感の余韻に浸っているのだろうか。今、この時、結衣理先生は達都とのセックスについては、忘れてしまっていたりはしないだろうか。そう思うと、急激に嫉妬と悔しい思いが達都の胸に突きあがってくる。

 

「…………あの、もう1回、僕の番っていう訳には、いかないかな?」

 

 達都が少しだけ震えの入った、かすれ声で、修介と知絵に質問する。

 

「今日、3回目までさせるって言うこと? ………今、愛情も性欲も性感もマックス近くまで振り切っちゃってるんだから、これ以上続けたら、先生、壊れちゃうかもよ? ……………達都の大事な結衣理先生。壊れちゃっても良いの?」

 

「い………いや、…………そんなつもりじゃ…………」

 

 いつもだったら3人の間で、知絵が過激な提案をして、達都がブレーキ役になっているところを、今日は、いつもの自分と違う言動をしている。そのことを、女子の知絵から指摘されたような気がして、達都は自然に顔が赤くなった。

 

「コホンッ………。うん、知絵の言うとおりだね………。先生には体を休めてもらいながら、僕らの下校までの時間で、出来る範囲で、まだ使ったことのないモードとかコマンドとか、色々と試しておこうか」

 

 達都は咳ばらいをした後、まだ少し赤い顔で精いっぱい冷静な様子を装いながら、出来るだけ合理的に聞こえる提案をする。この、デイジー09というナノウイルスの威力を改めて実感させられた、初体験の後でも、達都、修介、知絵という自由研究班の中で、少しでも達都がリーダーのように振舞うことを認めてもらうことが、とても大切なことだと思えた。まず、ナノウイルスの入手をしたのは達都だ。そのサンプルを先生に服用させたのは、実質的には知絵だということは認める。けれど、先生の体内に浸透したデイジー09とインターフェイスする端末である、スマホの持ち主も達都だ。

 

 修介は裏表のない、素直ないい奴だと思う。けれど自分の欲求にとても忠実に動く。結衣理先生と今、激しいセックスをしたばかりだけれど、彼には達都ほどの先生への思い入れはないはずだ。単純に、綺麗な女性とエッチなことを出来た、ということを、素直に喜んでいるように見える。彼が自由研究の主導権を握ったら、皆の夏は、セックス三昧の日々で終わってしまうかもしれない。

 

 知絵は勉強には興味も意欲も示さないけれど、頭はなかなか良いようだ。デイジー09の効果的な扱い方も、習得するだろう。そして、彼女は男子たちが尻込みするような行動も、割とズケズケと推し進めようとする。結衣理先生の扱い方は、ちょっとしたSっ気すら感じられる。担任の先生に対して、まるでイジメっ子のような笑顔で、操って遊ぼうとする。そんな知絵がいたから、今日、達都が初体験まで辿りつけたことは認めるけれど、先生に対しての優しさや配慮が、少し足りないような気がしていた(だからこそ、さっき、知絵が、もう1回結衣理先生とシタイと言った達都をたしなめた、その冷静さに驚いたのだ)。

 

「これ以上、先生に負担をかけないように気をつけながら、色々、試してみよっか?」

 

 達都は知絵からスマホを受け取って、知絵と修介に呼びかける。先生を労わることと、先生の心身に入りこんだナノウイルスを扱う、リーダーは自分だと、徐々にでも認めてもらう。そのことを意識しながら、達都は提案した。知絵は無表情で小さく頷く。修介は心底スッキリした、といった無邪気な表情で、鷹揚に頷いた。

 

 先生に上体を起こしてもらう。彼女の感情を、スマホの目盛りをスワイプして制御させてもらう。同時に、先生の意識を、周りで起きていることを理解出来るレベルまで正気に戻してあげる。

 

「…………え? ……………なんで………私……………裸……………。イヤッ………」

 

 夢から覚めたというような表情で、左右を見回した後で、自分の体を抱きかかえるように身を縮める先生。けれど、その先生の、困り切った表情が、少しずつ、変化する。口の口角が上がっていって、やがて唇が開いていく。

 

「………ふ…………。うふふふっ。…………こんな…………学校で………………。ありえないんですけど………………。アハハハハハハッ…………何これ……………」

 

 身を亀のように縮めたまま、笑う先生の声は、クスクス笑いから、だんだん大きな笑いに変化していく。顔を赤くして、目尻を下げて、さもおかしそうに笑い転げる先生。裸なので、お腹が痙攣するように波打つのが良く見える。合わせて胸の豊かな膨らみも、ユッサユッサと揺れる。やがて結衣理先生は、床に寝そべって胎児の画みたいなポーズのままで、右に左に、ゴロゴロと転がり始める。比喩ではなく、実際に笑い転げている大人を見るのは、達都にとっては初めての経験だった。

 

「アハハハ……………ヤハハハハハ……………。苦しいぃ………………………。……………クスンッ……………クスンッ……………もう……………何なのよ……………。どうなってるの? ………………私…………こんなの…………やなのに……………。ウエェェエエエエエエエエエエエ」

 

 達都の指先のスワイプ操作一つで、今度は先生が泣き始める。まるで子供に返ってしまったかのように、混じりっ気のない大泣きを見せる。泣き顔を隠そうという素振りすらみせずに、ただただ、息継ぎのように呼吸をつないで涙をボロボロこぼし、泣くこと以外の全てがどうでもよくなったかのような様子で号泣。慟哭する。

 

「ウェェェェェエエエエ、エ? へヘヘへへッ。キャハハハハハッ。やっぱり…………ウケる………………」

 

 結衣理先生が号泣からシームレスに爆笑に戻る。両手を叩いて、肩を震わして笑う。

 

「……………これ………絶対に、貴方たちが何か変なことをしてるせいでしょ…………許せないっ…………絶対に…………」

 

 達都が怒りの目盛りを少し上げる方向に回しただけで、勢いがついたかのように目盛りはスルスルと増加へ回る。さっきまでの笑いの目盛りよりも、回転に抵抗がないような感触。もしかしたら今、先生は本来の感情として、怒っているから、この方向への感情目盛りの変化が簡単で自然なのかもしれない。達都はもう少し観察して、この構造をより深く理解したいようにも思ったけれど、途中で思いとどまって、先生の怒りの感情を抑えることにした。あまりにも、先生の表情の変化が恐ろしくて、まるで鬼の出現でも見ているような恐怖を感じたからだ。ふだん生徒を叱ることはあっても、感情的に激高するようなことはない、冷静な先生だからこそ、その珍しい激怒の表情は、鬼気迫るものを感じてしまったのだった。その証拠に、達都の隣に立っている北岡知絵も、二歩ほど、無意識のうちに後ずさりしていた。

 

「……………はぁ……………。まぁ……………起きちゃったことは、…………何て言うか、仕方がない………か……………。でも、…………せめて、何が起こっているのか、教えて欲しいな…………。それと………服………」

 

 大魔神の憤怒の表情みたいになりかけていた先生の口と両肩から、溜息と力が急にプシューっと抜けていく。先生は、まるで、他愛のないイタズラをする生徒に閉口させられている、くらいの表情で、なぜかアッサリと、この状況を受け入れてしまった。怒りの目盛りを3まで落とすと、こうなるようだ。怒りの増加方向へのスワイプよりも、ずいぶんと目盛りの動きに抵抗があったように感じられたが、あくまでもモニターに映っている平面上の目盛りなので、はっきりとした意志で逆回転させれば、目盛りの操作は先生の意志に反する方向でも、充分可能ということだ。

 

「…………ね………、感情目盛りの上に出てくる、このちっちゃい図形は何?」

 

 結衣理先生の色んな感情操作に夢中になっていた達都は、モニターを覗きこんでいた知絵の指摘で、確かに小さな図形が6つ並んで表示されていることに気がつく。それぞれに指を当てると、小さな文字が現れる。これは感情の目盛り操作以外の、追加コマンドなのだろう。

 

 小さい四角は、「固定」という補足説明が出る(初回使用の時だけ、補足が出たが、これもどこかの設定画面から、毎回表示されるようにも変更できるかもしれない…………)。そのボタンを押すと、今の時点での感情のレベルが固定されるようだ。最新の感情の状態を頻繁に確認する、という必要が無くなる、便利機能なのだろう。

 

 縦に伸びた菱形………、いや、これはクサビ型というのが、正解かもしれない。こちらは「範囲限定」という説明が出る。試してみると、指でドラッグすることで目盛りの円にクサビを打てることがわかる。これで『先生に、ある程度までは自由に怒ってもらっても構わないけれど、目盛り6以上には怒れないようにする』といった、感情のレベルを限定させることが出来るということだ。クサビは2個まで使えて、特定の感情の最大値と最小値を指定することも出来る。これはナノウイルスの宿主を、安定して制御するには、いかにも役に立ちそうな機能だと、達都は感じた。

 

 点線で書かれた2つの四角から矢印が示され、中央上に実線で書かれた四角がある。この図形に指を当てると「統合操作」と説明される。試してみると、2つ以上の感情目盛りを同時に操作出来る、ということがわかった。達都が実験している前で、結衣理先生は珍しいほどの「泣き笑い」を見せてくれていた。

 

「これなら、私がさっきやった、性感と性欲と愛情を3つ同時にマックス近くまで上げるっていうのも、もっと簡単に出来るじゃん。…………ふーん………」

 

 知絵が興味深々といった表情で呟く。

 

「ってことはさ、愛しさと切なさと心強さを同時にブチ上げることも出来るってこと?」

 

「出来ると思うけど、それして、何か意味あんの?」

 

「…………いや………、言ってみただけ………」

 

 修介と知絵の会話は出来るだけ無視しながら、達都は他の補助ツールを確認する。豆電球のマークは、「新規目盛り作成」と表示される。ここを選択すると、タイトルがついていない目盛りが新たに表れて、さっきまで映っていた「喜と哀の統合目盛り」が左側に押し出されるかたちで非表示になった。タイトルのところにカーソルが点滅している。ここにフリック入力でも音声入力でも、タイトルを指定すると、新しい感情操作が可能になるようだった。

 

「『達都と知絵と修介への服従心』って入れてみてよ」

 

 こういうことには、知絵のアンテナがビビッドに反応する。確かに、安全に自由研究を進めようとすると、そういった感情制御も、出来るようになっていた方が、後々、便利になるような気がした。達都が音声入力で新しく目盛りを作成し、1になっているその『服従心』の目盛りを4まで上げると、泣き笑いの途中だった結衣理先生は、その不思議な感情の発露を止めて、穏やかな真顔になると、達都たちの方を向く。やや冷静さを取り戻したのか、無防備な全裸の自分を両腕でそっと隠しながら、口を開いた。

 

「町村君、塚田君、………北岡さん………。あの、…………何か、困ったことがあったら、………すぐに先生に言ってね。……………今日のことも、貴方たちにとって、都合が悪いようには、先生、しないでおいてあげるから」

 

 裸の先生が、自分の身を隠しながら捩りながら、優しい言葉をかけてくれる。その光景を見ているだけで、達都はまた、下半身がムズムズしてくる。けれど、隣の知絵は、まだ満足していないらしい。

 

「は? …………倉崎先生、『しないでおいてあげる』って、ちょっと生意気な言い方じゃないですか? ………あと、勝手に自分の体、隠したりして、良いんですか? 私、先生の濃いめの陰毛を今、見てたんですけど………」

 

「…………そ…………、それは……………。あの、私たちは、教師と生徒なんだし、先生の方が大人だから…………」

 

 結衣理先生は、迷いながら、少しだけ股間に当てた手をずらして、まだ湿っているアンダーヘアーを、再び知絵たちの目に曝け出してしまうけれど、すぐにまた、震える手で覆い隠そうとする。

 

 フッと鼻息を漏らした知絵は、達都がもつスマホに手を伸ばしてきて、勝手に指で目盛りをさらにスワイプした。8まで目盛りがあがる。

 

「ご………ごめんなさいっ……………。北岡さんの、言う通りです………。先生が、生意気でした。………許してください」

 

 結衣理先生は髪の毛が顔にかかるほど深々とお辞儀をすると、きをつけの姿勢で生徒3人の前に、全裸のまま直立した。心なしか、アンダーヘアーを突き出すようにして、背筋を反らしている。

 

「うんうん…………。最低限、それだよね……………。いや、…………『北岡さん』はまだ、生意気かな? …………ここは『知絵様』じゃない?」

 

 言いながら、知絵がまた、達都のスマホをスワイプする。もう先生の服従心の目盛りは最大の12まで上げきられていた。

 

「おっ…………仰る通りですっ。知絵様に対して、私は本当に生意気でしたっ。私みたいな馬鹿な女がっ……………。本当に申し訳ございませんっ」

 

 悲鳴のような声を上げて、結衣理先生は裸のまま、知絵の足元の床に這いつくばって、土下座しながら自分のオデコを床にグリグリと押しつける。ご機嫌を伺うかのように、知絵

 を見上げた結衣理先生の表情には、教師の威厳というか尊厳も、大人のプライドもすべてなくなっていて、ただただ知絵の許しを請う、みじめな使用人のような顔になっていた。心から知絵の機嫌をとるために、怯えたような笑顔さえ見せて、媚びへつらっている。

 

「…………ん…………」

 

 知絵がその一言だけ喉から音を出して、右足を前へ伸ばす。何となく、あうんの呼吸で感じ取ったようにして、結衣理先生は四つ足で3歩前に出ると、知絵の上履きのつま先に顔を寄せてキスをした。怯えたように媚びるように顔を上げる先生。知絵が頷いたのを見た先生は、心の底から安心したような表情になってベロを口から伸ばすと、小型犬がするように、夢中で知絵の上履きを舐め始めた。

 

 ピチャピチャピチャピチャ、ピチャピチャピチャピチャ。

 

「ふふっ…………出来るじゃん。さすがは先生。初めてなのに、察しが良いね」

 

 知絵が小声で呟く。

 

「………俺、もういっぺん、あとで結衣理先生とキスしたかったのに……………」

 

 修介が残念そうに口に出した。達都も内心少し修介に同意だったが、それ以上に、自分の担任の先生に、アドリブでこんなことを指示出来てしまう知絵の性格と、それを喜び勇んで受け入れているように見える結衣理先生………、いや、そこまで、先生の服従心を無理矢理引き出し、引き上げてしまえるデイジー09の威力に、恐怖さえ感じていた。

 

 

 そして最後、6つめの追加コマンドアイコンは、文房具のクリップの形をした絵だった。そこに指を当てると、「リンク/条件指定」という説明が表示された。最初はこのアイコンの2つ左にある、「統合」のコマンドとの違いがわからなかった達都だが、先生に色々と試させてもらっているうちに、このコマンドの正確な機能を理解していくことが出来た。これはどうやら、ある感情制御のあとに続く感情を連動』ことも出来るし、それ以外にも達都たちがスマホというインターフェイスを経由してデイジー09に指示を与えなくても、特定の条件が整うと、先生の感情を予め指定しておいたように制御出来る、という機能のようだ。

 

「結衣理先生が『ラブラブせんせい』という言葉を聞くと、『生徒への恋愛感情が目盛り10』になる」

 

 と、クリップのアイコンの下に出たマイクのアイコンを押しながら、音声入力する。まだ全裸で四つん這いになっていた先生は、ピクッと両肩をすくめて、背筋を伸ばした。

 

「おっ…………、それ、面白そうじゃんっ。……………『ラブラブせんせい』っ」

 

 修介は、面白そうと思ったことに対して、すぐに反応する。先を越されてしまった達都も、先生の様子を伺った。顔を上げた先生の表情は、さっき達都に見せてくれたものを思い出させる、『恋するオンナ』の顔になっていた。潤んだ目、赤い顔、物欲しそうにわずかに開いた口。心なしか唇がツヤツヤと潤んでいるようにさえ見えてくる。

 

「塚田君……………。大好きっ………………。ごめんなさいっ。私、教師なのに……………。…………我慢できないのっ……………」

 

 上体を跳ね上げるような勢いで、両手で床を弾いた先生は、運動神経抜群の修介がおののくくらいのスピードで、彼に跳びついて、強引にキスをした。両頬とオデコ、そして修介の唇に吸いついて、激しく吸い上げる」

 

「むーーーーぅううううっ!」

 

 さっき、知絵の上履きの甲を結衣理先生がベロベロと舐めていたのを見た時は、「キス出来なくなった」と言っていたはずの修介が、儚い抵抗を試みるのも押しのけて、キスの嵐を見舞う、倉崎結衣理先生。いつもの清楚な雰囲気が吹き飛んでしまうほどの、熱烈な愛情を見せてくれた。

 

「結衣理先生が『狼だ』という言葉を聞くと、『遠吠えをしたい感情が目盛り6』になる。短いタイムラグで2回以上『狼だ』という言葉を聞くと、『四つん這いになってから遠吠えしたい感情が目盛り10』になる」

 

 新規に作成した感情目盛りを統合しながら条件指定する、という合わせ技も試してみる。クリップする感情と条件も一度に2つ設定してみる」

 

「おっ………『狼だ』」

 

「……………わ………………わぉ~ん…………」

 

 先生は、少し恥ずかしそうに、達都や知絵を見回しながら、狼の鳴き真似を見せてくれる。

 

「もう一回。『狼だっ』」

 

「あおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」

 

 床にダイブするように伏せた先生は、背筋を限界まで反らして、仰け反って大きな遠吠えを会議室中に響かせる。さっき見せた戸惑いも遠慮も、恥ずかしそうな素振りというものが全く無い。野生動物そのものになりきったような遠吠えだった。

 

 

「先生は『ノリノリ』という言葉を聞くたびに、『楽しい感情が目盛り3つぶん』上がる」

 

 条件と感情をそのようにクリップする。さっきの遠吠えのことをまだ恥ずかしそうにジモジしている結衣理先生に声をかけてみる。

 

「先生、『ノリノリ』ですね。狼の真似とか、格好良いじゃないですか」

 

「………え? …………ウフフ………。そう…………よね……。ちょっと、すっきりした。…………大きな声を出すと、元気が出るのかもね…………。貴方たちに、変なことされてるのはわかるけれど、先生は、負けないからね。…………さっきの鳴き声は、その、………宣戦布告みたいなものよ。………覚悟しておきなさい」

 

 胸と股間を腕で隠しながらも、先生の態度が少し強くなる。冗談めかして話しているあたり、少し気分が高揚しているようだ。

 

「へーっ。宣戦布告? …………先生、ほんと『ノリノリ』じゃないっすか。僕らもじゃあ、受けて立とうかなー?」

 

「フフフフフッ。そんなこと言って、塚田君、あとから泣いて謝ってきても、許さないんだから。大人を馬鹿にしちゃ駄目よ。……………どうやって仕返ししてやろうかって考えると、先生、もうワクワクしてきちゃったわ」

 

 珍しく空気を読んで達都に続いた修介。それに対して結衣理先生はさらに上機嫌そうに対応する。さっきまで必死に左腕で隠していたオッパイを、今は無防備にさらしていても、平気な様だ。両手を腰に当てて、威張るようなポーズをとって鼻歌を歌っている。クネクネと腰を振ったりまでしてみせる。よほどこの状況を楽しんでくれているようだった。

 

「良いですね。結衣理先生が『ノリノリ』だと、僕らも自由研究に『ノリノリ』で取り組めますよ」

 

「うん……………。うんっ……………。イェイ……」

 

 達都が話している途中から、先生は、気分良さそうに両目をうっすら閉じて、リズミカルに頷きながら両手の指を弾いている。頭の中にアッパーなリズムとメロディでも流れているのだろうか。結衣理先生は両肩をすくめたり腰でリズムに乗ったりしながら、笑顔で会議室の中を闊歩し始める。やがて足取りは軽やかなスキップに変わり、先生は両手を頭上でクラップさせたり片手ずつ指を鳴らしたりしながら、最高に楽しそうに跳ねまわり始めた。

 

「フォーッ………。ワーオッ。……………オー、イェーッ」

 

 クルクルと回転しながら満面の笑顔で踊り出す結衣理先生。いつもは実際の年齢よりも落ち着いて見えるオトナの先生が、担任の生徒たちの前で、全裸で踊り狂う。その異常事態が、それほど深刻なものに見えないくらい、結衣理先生の表情は屈託のない笑顔で弾けていた。『楽しさ』の感情が上限まで振り切れると、美人教師でも奇声を上げながら全裸ダンスに興じてしまうのだと思うと、人間の脆さを感じるような気もする。あるいは同時に、そんな結衣理先生をこれまで以上に愛おしく、可愛らしく感じられるような気もする。達都としては、(最大値まで引き上げるかどうかは別としても)こうやって、楽しいという感情を増幅して、踊り出すほど楽しませてあげる方が、服従心に囚われてかしずく先生を見ているよりも、気分が良いものだった。

 

 

。。

 

 

 上に列記されているサブコマンドは、感情を制御するコマンド以外にも、行動制御でも生理現象制御でも、出てくる。コマンドによって若干、サブコマンドのレパートリーは変わるが、似たような、よりきめの細かい制御が、各コマンドで出来るようになっているらしい。左斜め上にある矢印アイコンを押して、コマンド間を跨いだ条件設定やクリップを作ることも可能なようだ。

 

『結衣理先生は生徒にキスを求められていると理解すると、必ずそれに応じる。生徒とキスしている間、幸せな気分と性的興奮が目盛り7まで上がる。キスが終わると冷静さを取り戻すが、怒りや拒絶の気持ちは目盛り3より上にはいかない。』

 

『結衣理先生は生徒に、今、身に着けている下着について聞かれると、自分から下着を見せたり、手渡したりする。オープンで正直になりたい気持ち、生徒たちに協力的でありたい気持ちが目盛り6まで上がる。冷静な理解力は失わないが、怒りや自己嫌悪は目盛り3より上にはいかない。』

 

 1つの連結された制御を作るために、8つも9つもコマンド、サブコマンドをクリップしていかなければならないが、これも音声入力を使うと、思ったほど大変なことではない。指示の出し方の定型に慣れてくると、それを組み合わせるだけのことだ。

 

「ね、これだとどんな生徒が声かけても、設定どおりの行動や感情が発動しちゃうよね? 私たちの名前を入れて限定しておいた方が良いんじゃない?」

 

「あ…………、確かに、ふざけて先生に投げキッスとかする上級生とかいるから、偶然、条件が合っちゃったりすると、僕らのいないところで、先生がキス魔に変身しちゃったりするかもしれないね。…………ありがとう。気をつけないと」

 

「まぁ、あたしは別に、そうなったって、良いんだけど…………。ねぇ、結衣理先生? どうせ明後日からは夏休みなんだから、そもそも他の生徒から声かけられるリスクとか少ないだろうし、………それに、ちょっとした刺激とかスリルがあった方が、夏を楽しめるかもしれないじゃんねぇ………。結衣理ちゃん」

 

 知絵がニンマリと笑みを浮かべながら、服を着ていく作業途中の結衣理先生に話を振る。ゾッとした表情の結衣理先生は、許しを乞うような弱々しい表情を作ってから、頭を左右に振る。さっき知絵たちへの服従心を強制的に限界まで上げられた時の自分の感情の動きと、その後の自分の行為を覚えている先生は、知絵に対してもあまり強い態度で拒絶出来ずにいる。達都の目から見た先生はそんな様子に見えた。

 

 

 。。

 

 

 倉崎結衣理はまさに今、達都が見抜いた通りの混乱状態の中にいた。本当だったら、大声で叫んで助けを呼ぶなり、彼らの悪事を厳しく追及して「もう二度としない」という反省の言葉を取るなり、しなければならない。自分ではそのように冷静に状況を把握できている。それなのに、毅然とした行動の源泉となるべき、怒りや危機感といった感情が、一定以上、湧き上がってこないのだ。まるで、2日連続で宿題をやってくるのを忘れた生徒の前に立っているような。その程度の怒りしか湧かない。うっかりすると「やってしまったことは仕方がないから、次から気をつけてね」とでも言って、許してしまいそうな程度にしか、怒れない。結衣理はこの自由研究班の子たちに、学校の中で裸にされたり、体の中に得体のしれないウイルスを埋め込まれてしまったり、感情も行動も弄ばれた。教師の、いや、人間の尊厳まで危うくなるような状況に落とし込まれたというのに、その程度の拒否反応しか、出せずにいるのだ。

 

(私…………、この子たちに、夏休みを通してオモチャにされちゃうの? …………困るよ…………。この子たちは知らないかもしれないけど、先生は夏休みの間も学校に出勤して、色々とお仕事がるっていうのに…………。まぁ、勤務時間はフレックスになるから、多少の融通は効くんだけど…………。)

 

 これまでに起きたことだけではない、これからのことを心配に思っても、この状況を抜け出す方法を何とかして導き出そうというほどまでには、危機感が噴き出してきてくれない。どこかに、抵抗を諦めているような自分。折り合いをつけながら受け入れようとさえしている自分がいるのだ。そんな感情に流されてしまいそうな自分を、理性で縛り、この危険な状況を逃れようと必死で考える、そんな自分もいる。けれど、理性で引っ張っていこうとしても、感情がうまく同調できなければ、なかなか行動には移れない。そんな葛藤のなか、結衣理の深層意識には、けっして認めたくない、悪魔のような囁きまで現れる。

 

(…………さっき、すっごく気持ち良かった…………。それに、また裸も、私のはしたない姿も、さんざん見られちゃったけど、何も着ないでこの部屋を飛び回ってる時、すっごく楽しかった…………。あんなに楽しい気持ちになったのって………、大人になってから、あったかな? ……………………………あんな…………ワクワクした気分に、また、なれるんだったら………………。この自由研究も、もしかしたらそんなに悪いものじゃないのかも……………………。って、そんな訳、絶対に無いよね………。駄目、結衣理。しっかりしなきゃいけない…………のに…………。)

 

 混乱しながらも、自分の考えとは思えないような、不吉で不穏な思いつきを、必死に覆い隠して否定する結衣理。そんな思いが渦巻くなかで、不意に知絵に話を振られても、結衣理は弱々しく首を横に振ることくらいしか出来ないのだった。

 

 

。。。

 

 

「それでは皆さん、成績表も受け取ったところで、午後から夏休みとなります。ここ2週間くらい、ずっと言い続けてきたことですが、中学1年生の夏をどのように過ごすかが、その後の中学生活、そして当然のように高校生活にまで影響すると言われています。夏休みの宿題をきちんとすることは当然のこととして、1学期の復習、そして自由研究課題など、それぞれ目的意識を持って取り組んでください」

 

「はー………い」

「おれ、塾もガッツリだよ………」

「部活も頑張りまーす」

 

 倉崎結衣理先生の話を受けて、生徒たちは口々に、思ったことを呟く。

 

「はーいっ。自由研究、頑張りますっ」

 

 珍しく先生の言葉に前向きに発言したのは、北岡知絵。いつもは不貞腐れたような表情でそっぽを向いて授業をやり過ごしている彼女が、今日に限っては随分と真面目な発言をした、とクラスメイトたちは意外そうなリアクションを見せる。その発言に対して、もっと感動して見せるなり、ポジティブな反応を見せても良いはずの倉崎先生は、固まったような笑顔を小さく浮かべるだけで、知絵から目を逸らした。

 

「はい、そんな訳で、皆さん、頑張ってください。生活の乱れも、夏休みから、とよく言われます。この学校の生徒であることを意識して、自覚を持った生活、行動を心がけて…………」

 

 そこまで言ったところで、結衣理の言葉が止まる。不意に、どうしようもなく、強い衝動が突き上げてくるのを感じて、次に述べるべき言葉を失ってしまったのだ。

 

(…………わたし…………、どうしよう……………。お堅いことばかり、言ってないで…………。何か、ギャグとかやって、皆を笑わせたいっ。…………でも、どうやって……………。)

 

 普段、生徒の前で冗談を言うことも少ない、真面目な結衣理は、急いで頭の中を急回転させても、即座に面白いことなど、出てこない。………それでも、衝動は強まるばかり。ついに我慢できなくなって、結衣理は大きな声で生徒たちの注目を改めて集めた。

 

「ということで、節度のある行動は心がけつつも、せ、せっかくの夏休みなので、皆、出来るところでしっかり楽しみましょう………。こ………ここで、先生の夏、楽しみなこと、トップ3を再現しますっ」

 

 先生の声のトーンが変わったことで、生徒たちが一斉に注目する。本当だったら、もっとスマートで上品で知的に教え子たちを笑顔にさせたいところなのだが、思いついたのが、これしかなかったから、仕方がない。そして、嫌でもやるしかない………。

 

「第三位は、涼しい高原に行って、動物さんたちと触れ合うことですっ。乗馬です。ほら、お馬さんをやりますっ。パカラッ、パカラッ、パカラッ。ヒヒーーーーーンッ」

 

 生徒たちの不審そうな目、リアクションに困ったような視線を感じて、顔を真っ赤にしつつも、結衣理は黒板の前を馬の真似をしながら往復する。

 

「第二位は、海ですっ。青い海で、ノンビリと泳ぎます。ほらっ、平泳ぎ。………スーイ、スーイ、スーイ、スーイ」

 

 先生の突然の変貌に、戸惑っていた生徒たちも、これは笑っていいパフォーマンスなのだと理解して、少しずつ笑い始める。生徒たちの新鮮な笑い声を受けながら、結衣理は一体、なぜホームルームの時間がこのように推移しているのか、自分でもよく理解できずにいた。それでも、彼女を突き動かす、何か強力な力にはどうしても抗えない。

 

「そしてお待ちかねの第一位は、花火大会です。…………先生、打ち上げ花火を見るのが大好きなのっ。…………ヒュゥゥウウウウウウ、………ドーーーーンッ…………。ヒュー……、ドーンッ。パラ、パラパラパラパラ、ドンッ、ドーーーーン」

 

 両手両足を限界まで伸ばして、教室で思い切り跳び跳ね、体で花火を表現しようとする結衣理。両目が寄り目になるほど、懸命に集中して、花火の形態模写をしつこいくらい全力で続ける。ギャグとしては、中学生の目で見ても稚拙なものだが、美人と評判の先生が、全力で行うパフォーマンスに、生徒たちは大きな声で笑う。普段の結衣理先生の振舞いとのギャップが、より笑いを誘っているのだった。

 

「先生………全力っすね………」

「アハハハ、結衣理先生、カワイイ~」

 

 生徒たちは、夏休みを前にして、体を張って皆を笑顔にして送り出そうと、真面目な結衣理先生なりに勇気を振り絞ってギャグを披露してくれたのだと、肯定的に受け止めてくれたようだった。笑い声が教室中に響く中、ようやくパフォーマンスを終えた結衣理先生は、切れ切れの呼吸を整えようと肩を上下させながら、顔を真っ赤にして髪の毛を整えていた。小声で独り言のように、何か言い訳めいたことを呟いていたが、生徒たちの笑い声にかき消されて、誰にも聞こえていなかった。

 

 先生はハンカチを取り出して額の汗を拭く。そして内腿を擦り合わせるように、内股になって下半身をモゾモゾとさせた。自分が体内の、ナノウイルスとかいうものに、操られた。そう理解した途端に、結衣理は不可解な快感を感じていたのだ。その様子を確認して、視線を交し合う生徒たちがいた。達都と修介と知絵だ。なかでも塚田修介は、ハッキリと2人に対して、親指を立てて頷いていた。

 

 結衣理は、照れ笑いを浮かべて生徒たちの笑いに答えつつ、内心では恥ずかしさと不安と、そして得体のしれない快感に苛まれていた。

 

 そして夏休みが始まった。

 

 

<第4話につづく>

1件のコメント

  1. 読ませていただきましたでよ~。

    愛しさと切なさと心強さを同時にぶち上げたら一体どんな感じになるんだ・・・?
    めっちゃ想ってる遠恋的な感じ・・・でぅかね?
    っていうか修介はどこで篠原涼子とか聞いてるんだw

    直接の指定だけではなく、条件指定での発動とかいろいろ遊べそうなところがいい感じでぅが、社会的に結衣理先生が死なないように祈りたいところでぅ。特に知絵ちゃんがあまり過激なことをしないように知絵ちゃんにもナノマシンを飲ませることが肝要ではないかと思いますでよw

    であ、夏休みに入って先生がどれだけいじられるのか楽しみにしていますでよ~。

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