妹のように、恋人のように Vol.2

― プロローグ ―

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。

「もすこし寝るー」

 半分寝ぼけたような、お兄ちゃんの声。

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。

「ね、もう起きないと、がっこう遅刻しちゃうよ」

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。

「むー」

 いつもはかっこいいお兄ちゃんも、寝起きは冬眠から目覚めたばかりのクマさんみたいだ。もぞもぞと上半身を起こして、ほとんど閉じた目を指先でこしこしとこすってる。

「おあよ」
「お早う、お兄ちゃん。ごあんできてるよ」

 言葉に反応して、お兄ちゃんの鼻がすん、と匂いを嗅いだ。かすかな匂いがお兄ちゃんの好みだったのか、いつもは意地悪気味に歪めている口元を、笑みの形に綻ばせた。

「うー、おきるぞー」

 のそのそとベッドから降りるお兄ちゃんの手をひっぱって、一緒に部屋を出る。
 また、わたしとお兄ちゃんの一日が始まる。

― 1 ―

「だからね、私達には恋愛が必要不可欠にして不可分なのっ」

 ふふ、今日も秋子ちゃんはハイテンションです。
 学校帰りにいつものメンバーで連れ立って歩いてる途中でも、秋子ちゃんは秋子ちゃんらしく、言いたい事を言葉にしてくれる。
 図書委員みたいに少し大人しそうな外見なのに、いつもこんなに元気でいられるなんて、すごい不思議だと思うの。ちなみにお兄ちゃんも同意見でした。

「時間なんて有限だし、お肌の艶だってだんだん劣化していくんだからっ!」

 握り拳を震わせて、遠くを睨みながら。
 でも秋子ちゃん、そう言う割には夏の海とか好きなのよね。微妙に矛盾してる気がする。

「だから、私達は恋愛しなきゃなのっ!判るわよね!?」

 わたしの両手をがしっと掴みながら、秋子ちゃんは吐息が掛かりそうなぐらいに顔を寄せてくる。なんだかわたしが恋愛の対象みたいだよ?

「あ、あの・・・道の真ん中だし、あまりそういうのは・・・」

 裕さんが、気が気でないという感じの声を掛けてきた。だいじょうぶ、裕さんから秋子ちゃんを取ったりしないから。それにわたしには・・・。

「そうそう、オレのかぁいい妹を、倒錯の道に誘っちゃダメだぞぉ」

 言葉と同時に、わたしの肩をふわりと抱き締める、男の人の腕。大きくて、力強くて、わたしを陶然とさせる優しさを持った、腕。
 顔が熱くて、心臓がどきどきして、すごく恥ずかしくて、でも逃げ出そうなんて考えられない。訝しげにわたしを見詰める秋子ちゃんの視線を避けるみたいに、下を向くのが精一杯。
 どうしよう。変だと思われたら、やだ。
 どうしよう。笑い飛ばせるタイミング、外しちゃった。
 どうしよう。こんなに固まってたら、嫌がってると思われないかな。
 どうしよう。どうしよう。どうしよう。
 意味の無い言葉だけが、頭の中でぐるぐるとしてる。

「隆宏さん、葉月が怯えてるんですけど?だめですよぉ、過度のスキンシップは」

 その口調だけで、秋子ちゃんがにんまりと人の悪い笑みを浮かべてるのが見えるよう。ますますわたしはどうしていいか、判らなくなる。

「これぐらいは普通だろ?過度のスキンシップってのはもっとこぉ、密着具合が違うんじゃないの?だいじょぶだいじょぶ。な、葉月?」

 いつもと変わらない、お兄ちゃんの能天気さが羨ましいやら恨めしいやら。
 だって、こんなにも心臓がばくばくしてるわたし一人がばかみたいなんだもの。
 それに、こんなに密着してるのに、お兄ちゃんは平気なの?
 わたしはだめ。ぜったい。どうにかなっちゃう。

「ほら、葉月もだいじょうぶだってさ」

 わたしの頭を強引にこくんと頷かせて、おにいちゃんがいつものちょっとだけ意地悪な笑みを見せたのが、なんとなく感じられた。それを見せた相手が秋子ちゃんっていうのが、なんとなくイヤだと思っちゃうわたしは、本当に悪い子だと思う。
 そんな事、誰にも言えないけど・・・。

 家にお兄ちゃんと帰ると、誰もいない事が判るほどの寂寥感が漂ってる。
 それだけみても、お母さんがいるだけで暖かく感じるって事の凄さが判ると思う。
 そんなお母さんも、お父さんと一緒に今は遠い外国の空の下。単身赴任は可哀想って言って、あっさり付いていってしまったから。でも、今度お父さんに1週間程度の休みが貰えたらしくて、帰ってくるって言ってた。
 だから、こんな淋しさを家に帰るごとに感じるのは、あともう少しだけ。
 だから、お兄ちゃんと二人っきりでの生活は、あともう少しだけ。

「すぐごあんの用意しちゃうから、テレビでも見てまっててね」

 ごあんがすぐ出来るのは本当。
 でも、テレビを見て待っている必要なんてない。
 ただ、そばにいて欲しかっただけ。
 わたしが、お兄ちゃんにそばにいて欲しかった、だけ。

「なんか、てつだおーかー?」
「いーよぉ、だいじょうぶー。座って待っててねー」

 お決まりの質問に、お決まりの返事。いつも、なんだか新婚さんっぽいってお気に入りの会話。なんだか幸せで、でもきゅっと胸が切なくなる会話。
 本当の奥さんにはなれないんだから、せめて今だけ・・・そう思ってしまう。酷く浅ましいと判っているのに、止める事が出来ない思い。それは、夜の秘め事にも似てる気がする。

「あ、今日はパスタなんだ?って、なんか顔が赤いけど、風邪か?」
「な、なんでもないっ。もう少しで出来るから、そっちで待っててってば!」

 えっちな事を思い出してる顔を、お兄ちゃんにみられちゃった。
 恥ずかしさで余計顔が赤く染まるの、押さえ切れないよ。うぅ。

― 2 ―

 夜中の1時過ぎ。子供達だけの夜。
 わたしはベッドの上に座って、コツン、と後頭部を背後の壁に当てた。この向こうはお兄ちゃんの部屋で、壁のすぐ向こうにお兄ちゃんのベッドがある。だから、今は壁一枚を挟んで、お兄ちゃんがすぐ傍にいるはず。そう考えただけで、味気ない壁も暖かさを感じさせてくれる気がする。

「ふぅ・・・」

 昼間の秋子ちゃんの言葉を思い出す。
 恋愛なんて、とっくにしてる。大好きで、大好きで、大好きで、でもどうしようもない恋。自分の全てを差し出してもいいくらいなのに、そうしてはいけない恋。
 いつから、こんなにお兄ちゃんの事が好きになったんだろ。
 一足先に高校生になったお兄ちゃんが、急にオトナになったように感じた時かな。
 ヒゲが生え始めたと、ぼやいてたのを聞いた時かな。
 それとも、中学の時に足を怪我して、おんぶして家に連れて帰ってもらった時かも。
 ああ、違うんだ。
 いつからかなんて、判るはずがない。
 だって、その感情は当たり前のようにいつもわたしの中にあって、はじめからお兄ちゃんとは切り離せないものだったんだから。
 あの、少しだらしないところも。
 なにも考えてなさそうな飄々とした態度も。
 少しだけ、意地の悪いとこも。
 ちょっとえっちなところだって。
 全部、大好き。
 まるでそれは、不治の病のようで。

「ん・・・」

 自然と、両手がパジャマの上から胸を押さえてた。
 動悸を確認するには強くて、けど愛撫というには少し弱い、そんな力で。

「ふ、あ・・・」

 ブラをしていない胸は、わたしの小さな手でも押さえ切れるほどに慎ましやかだ。お兄ちゃんって、胸の大きな子が好みなんだよね・・・なんて、少しだけ切ない。

「んぅ、ふ・・・はぁ・・・」

 手のひらの真ん中に、ツンと押し返す感触があった。乳首が、固くとがってきてる。さっきよりも胸に張りがあるように感じられる。熱も持っているみたいだ。
 頭がなんだかぽぉっとして、身体がふわふわと頼りなくて、それなのに気持ちいい。きっと、壁の向こうにお兄ちゃんがいるから・・・そう、思った。

「あ・・・ぬがなきゃ・・・」

 恥ずかしい所が、かなり熱を持ってる。このままだと、パンツが濡れて、すごいことになっちゃう。壁に背中を預けて横になると、わたしはもぞもぞと下のパジャマごとパンツを脱いだ。それをベッドの下に落とすと、そっと手を下半身に伸ばした。

「ん、ふっ・・・」

 押さえ切れない喘ぎが、口から漏れる。
 お兄ちゃんに聞かれたくない、けど聞いて欲しい、そんな相反する思いが心を乱す。お兄ちゃんの事を考えれば考えるほど、身体が熱く、頭の中が真っ白になるみたい。枕の端を噛んで声を抑えながら、わたしは人差し指の第一関節までを中に沈めた。

「んっ!」

 ぬめぬめとして、ひくつく肉。口の中を狭くして、いやらしい感触に変えたらこんな感じかも。でも、口の中に指を入れたって、こんな感覚は感じない。
 爪で傷つけないように。あまり奥まで入れないように。
 そう上手く動かない頭で考えながら、自分が一番気持ち良くなれる所を探っていく。
 指がどこかを擦る度に、からだが勝手にひくっ、と震える。
 入り口をマッサージするような動きに、勝手に腰が突き出される。
 頭の中は、おにいちゃんだけ。
 こんなことして欲しいのは、おにいちゃんにだけ。
 こんなわたしを見てもいいのは、おにいちゃんだけ。
 壁いちまいが、ひどく切ない。

『おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃんっ!』

 からだじゅうがびんかんになって、どこをどうしても気持ちいい。まるであらしにさらされてるみたいに、ぐちゃぐちゃになったみたいで。この感じは、声を張り上げないと、からだから出せないみたいな気がして。
 わたしは、それがイクってことだって、知ってる。

「あっ、ひぃん、はっ、アーっ!」

 一番すごい快感の波に意識が飛びそうになりながら、どこかでだれかがいやらしい悲鳴をあげているのが聞こえた。ああ、すごく気持ち良さそう・・・。
 頭の片隅でそんな事をぼんやりと思いながら、わたしはいつまでも、ひくひくと快感の余韻に酔い痴れてた。

― 3 ―

「なっ!!」

 お兄ちゃんが本気で驚いた声を上げたのは、週末の夜の事。
 見るともなしに見ていたニュースで、何か驚くような事があったみたい。でも、お兄ちゃんがこんなに驚くなんて、めったにある事じゃない。わたしはざわざわと胸が落ち着かないまま、お兄ちゃんの横顔を見詰めた。

「どうしたの、おにいちゃん?」

 テレビを食い入るように見詰めるお兄ちゃんに近付くと、わたしもテレビを見た。そこには、飛行機の墜落事故のテロップと、人の名前が羅列されてる。その意味が頭に入ってきたのは、たっぷり10秒は見詰めてからだった。

「おとうさん、おかあさんっ!!」

 それは、お父さんとお母さんが乗ってくる予定の、飛行機の名前。もしかしたら、別の便かも知れない。ううん、きっと違う便なんだけど、けど今は確認出来ない。頭が真っ白で、どうしたらいいのかも判らない。

「うそ・・・」

 酷く興奮した様子で、アナウンサーがしゃべり続ける。
 今までに無いほどの大惨事だとか。
 テロの可能性だとか。
 生存者は期待出来ないとか。
 言葉は聞こえるのに、頭に入ってこない。それはどこか別の国の言葉のようで、わたしはただ茫然とアナウンサーの口の動きだけを見ていた。

「おい、しっかりしろ、葉月っ」

 あれ・・・?
 なんでこんなに見えるもの全てが歪んでるんだろう?
 おにいちゃんの顔も、なんでかぐにゃぐにゃに見える。
 テレビも、ソファーも、かべも、てんじょうも、ぐにゃぐにゃ。

「葉月っ!」

 あ。
 今にも泣きそうなお兄ちゃんの顔で、少しだけ現実感が戻ってきた。

「あぁ・・・よかった・・・葉月・・・」

 そう言って、優しくわたしの頬を拭ってくれた。
 それではじめて、わたしは泣いていた事に気が付いた。
 大丈夫。絶対大丈夫。
 そう心の中で唱えても、まるで心がきゅーっと締め付けられるような心細さが消えてくれない。
 お兄ちゃんがこんなに近くにいるのに。
 もうどうしていいか判らなくて、頬をお兄ちゃんの掌に擦り付けた。目を閉じて、触れた頬から伝わってくる温もりだけを感じて。

「もう、今日はお風呂に入って寝ちゃえよ。ニュースはオレが見とくからさ。親父たちが帰って来た時、葉月が疲労で倒れてたら、返って心配させちゃうぞ」

 酷く優しい目で。
 酷く静かな声で。
 酷く切ない顔で。
 お兄ちゃんは、笑みをわたしに向けた。
 きっと、お兄ちゃんも気付いてるんだと思う。

「ん。お風呂・・・もらうね」

 だから、わたしも笑みを浮かべた。それが全然笑みになってないって、自分でも判ってたけど。

― 4 ―

 わたしがお風呂から上がると、お兄ちゃんはまるで疲れきった大人の人みたいに、背中をソファーの背もたれにあずけて、首をかくんって仰け反らせて、力無く座ってた。
 わたしは不思議と静かに落ち着いた気持ちで、お兄ちゃんに寄り添うようにソファーに腰を下ろした。冷え切ったお兄ちゃんの心が、わたしの身体で暖まればいいのに、なんて思いながら。

「どうだったの?」

 搾り出したわたしの声は、掠れて、震えて、今にも死にそうな人の声みたい。
 結果が判ってるのに、やっぱり聞くのは怖かったから。
 わたしがお風呂に入ってる間、お兄ちゃんはずっといろんな所に電話してたのが、扉越しに聞こえてたから。
 その声がだんだん抑えきれずに、怒鳴るような声に変わっていったのも。
 最後には嗚咽交じりの声だったのも。
 全部聞こえてたから。

「あー。・・・やっぱ、ダメみたいだわ・・・。親父とお袋が乗ってたってのは乗客名簿から確定らしいし、なんでも大量のダイナマイトが使われたみたいで、墜落する前から飛行機がバラバラになってたらしいし。なんでこんなタイミングでテロるかなぁ・・・」

 なんだか独り言みたいに呟くお兄ちゃんは、まるで自分が死んじゃったみたいにぴくりとも動かなくて。
 もう、これからは二人だけで生きてかなきゃいけないんだ、とか。
 お兄ちゃんが本当に傷付いて、泣きたいのに泣けないんだろうな、とか。
 そんな気持ちがわたしの中でわーっと膨らんで。
 気が付いたら、わたしからお兄ちゃんにキスしてた。
 目を瞑って、ぎゅっとお兄ちゃんに抱きついて。
 ただ、唇を重ねるだけのキス。
 でも、それでさっきまではぴくりともしなかったお兄ちゃんが、びっくりして身動ぎしたのが、密着した身体から伝わってきた。
 まるで、キスで石化の呪いが解ける、おとぎばなしの王子様みたいだって、思った。
 触れたお兄ちゃんの唇が、何かを伝えたいみたいに動いた。それがちょっとくすぐったくて、でも離したくなくて、わたしはそっと目を開けた。驚くほどの至近距離に、驚きで眼を瞠ったお兄ちゃんの顔。

「ん・・・」

 ゆっくりと、唇を離した。もっとしたいけど、間近で見たお兄ちゃんの顔に、急に恥ずかしさが湧き上がってきたから。それなのに、いつまでもお兄ちゃんの唇の熱がわたしの唇に残ってるみたいになって、それが余計に恥ずかしい。
 けど、胸が温かくなるような恥ずかしさ。
 恥ずかしいけど、イヤじゃない。
 そんな矛盾した、恥ずかしさだった。

「なんで・・・?」

 茫然と、お兄ちゃんが呟いた。
 そうだよね。お兄ちゃんにとって、わたしは妹なんだし。
 けど、ごめん。
 もう、止まれないよ。
 あんな、悲しみで崩れそうなお兄ちゃんを見ちゃったから。
 お兄ちゃんを元気付ける方法、他に思い浮かばないし。
 わたしにあげられるものがあるなら、全部あげるよ。

「お兄ちゃんが、今にも消えちゃいそうで・・・元気にしてあげたかったから・・・いや、だった?」

 今度のキスは、お兄ちゃんからだった。
 さっきよりも、甘くて、濃密なキス。
 さっきよりも、少しだけ長く。
 まさかお兄ちゃんからしてくれるなんて思ってもみなかったから、一瞬驚いて・・・それから身体の力を抜いて、目を閉じて受け入れる。
 お兄ちゃんのほうからキスしてくれるって事は、わたしの事がきらいじゃないって思っても・・・いいよね?

「ばか・・・こんな事されたら、止まれなくなっちゃうだろ?」
「いいよ・・・止まらなくて・・・」

 次のキスはわたしから。
 その次のキスはお兄ちゃんから。
 そうして数え切れないほどのキスを交わすうちに、わたしは身体が熱くて、幸せで、ぽーっと何も考えられなくなって――。

― 5 ―

 何度もキスを繰り返してるうちに、記憶が途切れてた。
 さっきまでお兄ちゃんにしがみついてキスしてたはずなのに、いまは・・・。

「え?あ、きゃあっ」

 半裸に剥かれてました。
 身に着けてるのは下着だけ。寝巻きはソファーの下に、くしゃって感じに落ちてた。

「なんでそこで悲鳴を上げるかなぁ。『脱がすぞ』って言ったら、『うん』って答えただろ?しかも、万歳したり、腰を浮かせたりして脱がすのを手伝ってくれたのに、いまさら身体を隠して縮こまっても・・・ねぇ」

 どこか呆れたようなお兄ちゃんの声に、わたしはますます小さくなった。

「うゆぅ・・・」

 止まらなかったら何をするかは、さすがにわたしだって知ってるけど、覚悟を決めて自分で脱ぐのと、気が付いたら脱がされてたのとでは、恥ずかしさの度合いが違う気がする。しかも、なんだかショーツのボトムがその・・・濡れてる気が・・・。

「ほらほら、もうこうなったら止める気なんてないんだから、葉月も覚悟を決める!」

 そう急かすように言いながら、お兄ちゃんもいつの間にか服を脱いでいて、パンツだけしか身に着けてなかった。わたしの視線は誘われるようにお兄ちゃんの下半身に吸い寄せられて・・・。

「きゃっ!や、やだぁ」

 アレが大きくなってパンツを押し上げてるのを、直接見ちゃいました。恥ずかしくて目を手で塞いだけど、お兄ちゃんは堂々としてます。

「悲鳴を上げながら、指の間から覗き見るっていうの、やっぱりお約束なわけ?」
「・・・恥ずかしいけど、見たいんだもん」
「・・・そうか・・・」

 なんだかテンションの低い会話を交わすと、お兄ちゃんが『イイコトを思い付いた!』みたいな笑みを浮かべた。お兄ちゃんのこんな顔は、きっとろくでもない事を考え付いたに違いないと、少しだけ警戒しながら思う。

「まずは、慣れが必要だよな。だから、直に触ってみようか。とりあえずステップ1って事で」

 そんな事を自信ありげに言いながら、両手を腰に当てて、軽く突き出すような素振を見せる。あまりに普通にそんな事をするから、つい恥ずかしい事じゃないのかな?なんて思ってしまう。

「さ・・・触ればいいの?」

 わたしは手を伸ばしながら、許可をもらうみたいにお兄ちゃんを見上げた。だって、結局はわたしも興味があったし、それに何よりもお兄ちゃんのだし。

「パンツ、脱ごうか?」

 にやにやと笑うお兄ちゃんから目を逸らしながら、パンツの上からソレを握った。触れた瞬間にビクっと動いたのと、思ってた以上に熱かったから、一瞬手を引っ込めそうになっちゃったけど、勇気を出してそのまま手を伸ばしてみる。

「んっ」
「あ、お兄ちゃん痛かった?」

 鋭く呻いたお兄ちゃんの声に、またわたしはビクっとした。そういえば、男の人のここって、強すぎてもダメって聞いた事があった。
 オロオロと見上げると、お兄ちゃんが苦笑を浮かべてた。

「あぁ、痛くてじゃなくてさ。葉月の手が気持ち良かったからだよ」
「ほんとう?」
「ウソを言ってもしょうがないだろ?でも、出来たら直接してほしいな」
「・・・」

 今でもとっても恥ずかしいけど、お兄ちゃんが喜んでくれるなら・・・。そう思って、わたしはお兄ちゃんのパンツを下ろした。アレの先端が引っ掛かったんだけど、お兄ちゃんが苦笑しながら手伝ってくれた。

「きゃっ」

 本当に不思議な形。どこか凶悪で、でもつるりとした先端は可愛らしくもあるし。もしかしたら、それはお兄ちゃんのだからかも。
 指先でちょん、と先端に触れてみた。とたんにピクンとソレが動く。なんだか首を動かす牛の置物みたい。調子にのって、何度もつんつんする。

「おいおい、人の大事なので遊ばないでくれないか」

 お兄ちゃんが苦笑しながら言うけど、これで結構怖いとか恥ずかしいとかいう気持ちが薄れたんだから、良かったと思う。
 だから、今度は直接ソレを掌で包んだ。右手だけだと手に余るから、先端部分は左手で。つるつるした感じの先端は、やっぱり触ってもそういう感触だった。でも、普通の肌とはまた手触りが違って、不思議に思いながら擦ったりしてみる。

「くっ」

 また、お兄ちゃんが小さく呻いた。表情を覗い見ると、目を閉じて気持ち良さそうにしてる。なんだか嬉しくなって、両手でやわやわと触った。棒の部分を上下に擦ったり、先端の穴の部分を指先で刺激したり。時々お兄ちゃんが「う」とか「んっ」とか呻く所がきっと気持ちいいところなんだと思って、これはおぼえておこうと思った。

「あ、なにか出てきたよ」

 トロリとした、白っぽい液体。樹液にも似た匂いがする。

「ああ、それは気持ちいいと出るんだ。取り合えずは気にしなくていいから」

 お兄ちゃんの説明になってない言葉を聴きながら、指先でソレを掬ってみる。人差し指と親指で感触を試してみると、くちゅって音を立てて糸を引いた。そういえば、男の人のコレを、舐めたり飲んだりするんだって、秋子ちゃんが言ってた。いまはまだちょっと抵抗があるけど、そのうちお兄ちゃんにしてあげよう。

「これ以上すると出ちゃうから、今度はオレの番な」

 ぼんやりと自分の指先を見てたわたしを、お兄ちゃんがソファーに優しく押し倒した。
 間近にあるお兄ちゃんの顔に、胸がとくんと高鳴る。まるで夢の中みたいにふわふわと、現実味が感じられなかった。

「脱がすぞ」

 まるで静かに宣言するみたいに言うと、お兄ちゃんの手がわたしの背中に回されて、驚くほど簡単にホックを外した。型紐の無いタイプだったから、それだけで胸が顕わになってしまう。

「え、え、え?」

 なんか慣れてる?とか驚いていると、その隙を狙ったみたいにショーツも下ろされて、わたしは生まれたままの姿をお兄ちゃんの前に晒してた。

「きゃっ」

 さすがに恥ずかしくて、身体を丸めて自分を抱き締めるようにして、大事な所を隠した。なにしろ、わたしの胸は奥床しすぎて、見せられるほどにはボリュームが無いし。

「却下」

 苦笑するように言うと、お兄ちゃんがわたしに覆い被さるようにのしかかってきた。ただ、片手と両足で身体を支えていて、まったくわたしに負担が掛からないようにしてくれてる。嬉しかったけど、でもちょっぴり寂しい気もした。お兄ちゃんの重さも、受け止めたいと思うし。
 そんな事を考えていると、お兄ちゃんの手がわき腹を優しくさすった。それだけでゾクゾクとした感じがして、思わず「んっ!」と声が漏れた。

「そうやって丸まってると、いろんなことしちゃうゾ☆」

 お兄ちゃんがふざけた口調で言うと、今度は手だけじゃなくて、唇がわたしの首筋に寄せられた。キスというより、唇で首筋を辿るような、どこか乾いてかさかさとした感触が耳の下から首、そして肩へと移動する。

「ぁ・・・」

 は、という呼気にも似た声が、わたしの唇を割って漏れる。静電気に身体が勝手に反応するみたいな、そんな無意識な反応。気持ち良いのかは判らないけど、なんだかこの感覚は嫌いじゃないと思う。
 すると、少し緊張気味のわたしを安心させるみたいな優しいキスが、わたしの唇に柔らかく触れた。ちゅっと音を立てて、口を吸われる。

「っ!」

 ただ、さっきまでのキスと違うのは、わたしの唇を割ってお兄ちゃんの舌がはいってきた事。唾液交じりでにゅるりとした感触で、嫌っていう訳じゃないけど、一瞬頭の中がパニックで真っ白に染まった。ただ、お兄ちゃんの舌でわたしの舌をつん、て突かれると、またゾクゾクするような感じがしたのは確かだった。
 間近でお兄ちゃんの笑みを湛えた目と見詰め合って、わたしはなんとかパニックから回復した。

「ん、ふうぅ」

 わたしが落ち着いたのが判ったのか、それまでわたしの口の中であまり動かなかったお兄ちゃんの舌が、口の中の全てを味わうみたいに動き始めた。
 わたしの舌の付け根。
 歯茎の裏。
 舌の表裏。
 口の中の天井部分。
 わたしの唾液を啜られてると気が付いた時、また訳が判らなくなってわたしからお兄ちゃんに抱きついてた。舌だって、わたしから追いかけてお兄ちゃんの舌に絡めたり、逆にお兄ちゃんの口の中に入れたり、それは酷く猥褻で生々しい行為に思えた。興奮で、頭がくらくらする。

「んくぁっ!」

 胸の先端から生まれた電気が、わたしの身体を貫いた。それは、さっきまでのゾクゾクとした感じと違って、本当に気持ち良かった。
 いつの間にか、お兄ちゃんの手がわたしの胸の先端・・・乳首に触れていた。摘むのでも、潰すのでもなく、指先で固くなった乳首の形を探るように、緩やかに優しく指が動く。それが、まるで神経に直接触れるみたいに、すごく気持ちが良かった。

「葉月の乳首、おっきくなってきたな。もしかして、感じてる?」
「ああっ!」

 お兄ちゃんの笑みを含んだ声にも、答えることが出来ない。恥ずかしいけど、もっともっと触って欲しい。身体中から力が抜けて、ただお兄ちゃんだけを感じるようになっていくみたい。体温。匂い。声。手の感触。触れ合う肌の感触。全てが気持ちよくて、嬉しくて、涙が出そうだった。

「じゃあ、今度は・・・」

 お兄ちゃんの手が、胸からお腹へ、おへそを軽くくすぐるようにしてからさらに下へ。
 恥ずかしいのに、わたしの足は力が入らなくて、開かれたままになってる。このままだと、お兄ちゃんの指があそこに辿り着いちゃう・・・。
 恥ずかしいのと、自分のってヘンなんじゃないかって不安と、もし触られたら、どんなに気持ち良いんだろうっていう期待がぐちゃぐちゃに混ざり合って、どうしていいか判らなかった。
 でも、お兄ちゃんが触りたいのなら、触らせてあげたい・・・。

「痛く、しないから」

 誓いをたてるように口にすると、お兄ちゃんはわたしのあそこに指で触れた。
 まるで傷口に触るように、優しく、慎重に。
 少しだけ固くなったクリトリスの包皮も、まだ閉じているそこも、お兄ちゃんの指に敏感に反応して、わたしの身体に快感の電気を走らせるみたいだった。抑え切れない細切れの喘ぎがもれて、身体も感電したみたいに勝手にひくひくと痙攣して、頭の中だけじゃなくて、身体までおかしくなったみたいだった。

「ん、ぁ、は、はひっ、くぅ、あ、お、おにぃ、ちゃ、や、へんっ、へん、だよぉ、からだ、ひくっ、ひく、て、な、ああっ」

 触れているのは指だけなのに、触れた場所から身体中に気持ち良い感じが伝わって、鼓動はどきどきが止まらないし、まるでお風呂に入りすぎたみたいに熱い。
 こんなすごいの、続けたら死んじゃう。
 すごくいいのに、止められたら死んじゃう。
 ほら、もう止めて欲しいのか、続けて欲しいのかも判らない。
 ただ、こんなに近くにお兄ちゃんがいるのが、泣きそうになるほど嬉しくて。

「少しだけ、ゆび・・・入れるぞ」

 興奮して、少しだけうわずったお兄ちゃんの声に、わたしは何度も頷いた。
 もっと、いろんな事、してもいいんだよ。
 わたし、お兄ちゃんのだから。
 何をしても、おこらないよ。

「ふ、ぅっ」

 わたしの身体の中に、わたし以外のものがある感覚。
 閉じていたそこを、押し開く感覚。
 乾燥してる指が敏感な粘膜にこすれて、少しだけ痛い。
 そして、その全てを圧倒的に押しのける、快感。

「はぁ、あっ」

 おなかの奥がきゅっとなると、指がまるで大きくなったみたいに、その存在感が増す。あ、でもそれは錯覚で、きっとわたしのあそこが指を締めてるんだと思う。けど結果は同じで、締めたその分だけ、指でこすられる感じが強くなる。それだけで頭の中が真っ白になりそうなほど、気持ち良い。

「ひうっ!ひゃふ、あ、ああっ!」

 浅くしか入っていないはずなのに、お兄ちゃんが指を動かす度に沸きあがる快感は、信じられないほどに鋭くて、指の一擦り、浅い抜き差し、ぐりっと回す動き、その全てが気持ち良い。わたしの目は開かれているのに、チカチカと光が瞬いて、もう何も見えないくらい。身体も勝手にひくついて、それがさっきよりも激しい感じがした。

「あ、あ、あ、あああーっ!」

 ビクン。
 身体が凄い大波に攫われたみたいになって。
 上も下もわからなくなって。
 ぜんぜん何も考えられなくなって。
 わたしは、初めての絶頂に達してた。

― 6 ―

「ふわ・・・」

 意識が戻って、さっきまで自分がナニをしてたかを思い出して。

「あっ・・・」

 恥ずかしさと嬉しさと残念な気持ちがいっぺんに押し寄せてきて、わたしはほにゃんと笑み崩れる頬を両手で押さえた。掌に伝わる頬の熱が、いつもよりも熱い。きっと、真っ赤な顔をしてると思うけど、でもなんだかそれも幸せに感じて。
 わたし、最後までじゃないけど、お兄ちゃんとしちゃったんだ。

「葉月はなにを思い出し笑いしてるのかな?えっちだなー」
「きゃっ」

 お兄ちゃんの声に驚いて見上げると、わたしはお兄ちゃんの膝枕で寝てたんだって気が付いた。ついでにお兄ちゃんが裸のまんまって事と、わたしも裸だって事にも。

「あ、あ、あ・・・やぁ・・・」

 急いで自分の身体を隠すみたいに抱き締めると、お兄ちゃんが何かイイコト思い付いたって顔でにやっと笑った。

「今更隠しても、もぉ遅いな、ふふふ。葉月の綺麗な裸は、オレの脳にしっかと焼き付け済みっ!削除要求には一切応えない、オレ専用のココロのアルバムだぞ」

 自慢げに胸を張ってそういうお兄ちゃんに、思わずくすりと笑いが漏れた。お兄ちゃんの意地悪っぽく作った顔が、今度は本当に優しそうに微笑んだ。きっとわたしをリラックスさせるために、馬鹿な事を言ってくれたんだってわかって、それだけで嬉しい。それに、綺麗って誉めてくれたし。

「いいよ。わたしのぜんぶ、お兄ちゃんにあげる。さっき、そう決めたの」

 恥ずかしかったけど、丸めてた身体を起こして、お兄ちゃんの方に向いて全部を晒した。お兄ちゃんを誘うように、両手を広げる。
 お兄ちゃんは珍しくぼぉっとした顔で、わたしを見詰めたまま、なんだか固まったみたいに動かない。「お兄ちゃん?」とわたしが呟くと、まるで今目が覚めたという風にはっと目を見張ると、照れ隠しみたいに頭をがしがしと掻いた。

「痛かったら、言えよ」
「うん」

 わたしは、覆い被さってくるお兄ちゃんの背中に手を回して、静かに目を閉じた。
 お兄ちゃんの事、信じてるから。
 お兄ちゃんの事、愛してるから。

 だから、このの身体を切り裂く痛みの中に、わたしは微かに甘い快感を感じる事ができた。
 思わず呻いちゃうような痛みも、それをくれたのがお兄ちゃんだと思うだけで、胸が熱くなるくらいに幸せ。
 痛いのに、止めて欲しくないなんて、初めての経験だった。

「少し、慣れてきたか?」

 お兄ちゃんにそう聞かれて、初めてお兄ちゃんがずっと動かないで待っていてくれた事に気が付いた。確かに身体の奥がジンジンとしてイタイけど、それでもさっきよりは痛くないと思う。それに、本当は動きたいはずなのに、わたしのためにじっとしていてくれたお兄ちゃんに何かを返したくて、わたしはそっと頷いた。表情も、涙は隠せないけど、微笑みにも似たものは浮かべられたと思う。

「辛かったら、ちゃんと言うんだぞ。何回もやって、そのうち慣れればいいんだからさ」

 いつもはどこか意地悪なお兄ちゃんなのに、今は本当に優しい。
 いっぱい、甘えちゃおう。
 お兄ちゃんにぎゅっと抱き付いて。
 キスだって、わたしからしちゃう。
 お兄ちゃんに頭を撫でられたり。
 優しいキスを返してもらったり。

「ね、うごいても・・・いいよ」

 わたしから言うと、お兄ちゃんは驚いた様子でわたしを見詰めて、それから小さく頷いた。右手でわたしの頬を撫でてくれる。それだけで嬉しいという気持ちが膨れ上がって、どんな事だって許して上げられそうな気分だった。

「んっ」

 お兄ちゃんのが、身体の中でゆっくりと動き出すのが感じられた。
 ずるずると引き抜かれていく。
 わたしの中の粘膜が、まるでお兄ちゃんのに吸い付いてるみたいに引っ張られて、擦られて、痛いというよりも息苦しさとか、圧迫感を感じる。
 お兄ちゃんの一番太い部分が外に出るぎりぎりまで引かれると、今度は逆にじりじりと入ってくる。狭い体内を、奥の方まで押し広げて。そうするとやっぱり、息苦しさと、内側を擦られる感触がある。痛さは、さっきよりも薄れた気がした。

「ふあっ」

 それをどれくらい続けたのか、気が付くと受ける感覚が変わってた。
 最初は痛いか痛くないかだけしか感じてなかったんだけど、知らない間に少しずつ、ソレは生まれて強くなっていったんだと思う。
 アソコが焼けるような、快感。
 頭の中が焼けるような、快感。
 身体中が焼けるような、快感。
 お兄ちゃんの動きで勝手にわたしの口から喘ぎ声が漏れて、恥ずかしいのに堪えられない。わたしは目をぎゅっとつむって、口を両手で押さえた。

「声、聞かせてよ」

 お兄ちゃんが、なんか嬉しそうな声で囁いた。
 わたしは目をつむったまま、頭を左右に振る。

「なら・・・こうだっ」

 お兄ちゃんがふざけた口調で言うと、次の瞬間わたしの胸の先端・・・痛いほどに固くなった乳首から、信じられないほどの快感が生まれた。

「ひゃ、ああっ!」

 突然の快感に、身体が仰け反る。そうするとわたしの中のお兄ちゃんのがぐりってなって、胸とアソコの快感が混ざりあって、響きあって、堪えられる限界をあっさりと超えた。閉じた目の前がチカチカと輝いて、大きな波に身体が攫われる。ビクビクと身体中が震えて、また何も判らなくなった。
 多分、このままだと気絶しちゃうんじゃないかっていうわたしの心を繋ぎとめたのは、手に当たった固い感触と、ガシャンっていう何かが割れる音だった。

「え・・・あれ・・・?」

 なんだか上手く動かない身体と、寝起きみたいに茫とした頭で、わたしは何を落としたのかを確認した。

「あ・・・ああ・・・」

 ソファーの向こうに落ちていたのは、家族で撮った写真を入れた、写真立てだった。ガラスが割れて、キラキラと床に飛散している。

「ああ・・・う、ああっ・・・」

 身体の震えが止まらなかった。割れたガラスの向こうから、お父さんとお母さんの顔が微笑んでいる。それなのに、その笑顔はわたしを責めているように感じるのは、どうしてなんだろう。
 どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。
 どうして、お父さん達が生死不明だって事を、一時でも忘れていたんだろう。

「ごめんなさい・・・っ」

 意識が、暗闇に吸い込まれていった。
 胸を切り裂くような痛みを抱えたまま、わたしは・・・。

― 7 ―

 わたしが全部悪いの。
 わたしがお兄ちゃんを好きになったから。
 わたしがお兄ちゃんを誘惑したから。
 わたしがお兄ちゃんと、えっち、したから。
 だから、おとうさんとおかあさんが帰って来ないんだ。

「葉月・・・葉月っ・・・」

 お兄ちゃんの声が聞こえる。
 すごく心配してる、声が聞こえる。
 わたしを心配してる声だ。
 あぁ、お兄ちゃんを心配させちゃいけないのに。
 お兄ちゃんを悲しませたくないのに。

「葉月、しっかりしろ、はづきっ!」

 酷く心を締め付けられるような、お兄ちゃんの声。
 返事・・・返事を返さなきゃ。

「・・・あ、・・・だいじょうぶだよ・・・おにいちゃん・・・」

 安堵の表情を浮かべるお兄ちゃんに、罪悪感がちくりと疼いた。
 ごめん、うそなの。

「なぁ、オレに任せてくれないか?」

 お兄ちゃんがそう言ってきたのは、あの日から数日後のこと。いつものお兄ちゃんからは想像もできないくらい、真面目な表情を浮かべてる。

「ううん、だめ・・・だめだよ、お兄ちゃん」

 お兄ちゃんが言ってるのは、わたしの心を、催眠術で癒したいって事なんだけど。
 この痛みは、わたしの罪の痛みだから。
 忘れるなんて、できない。
 何度もお兄ちゃんに言われてるけど、楽になんて、なれない。なっちゃいけない。

「でも、こんなに痩せて・・・。このままだと、身体が先に壊れちまう!」

 お兄ちゃんはわたしの頬をそっと撫でて、切なそうな表情を浮かべた。
 ひどく頬がこけてるから、触り心地、良くないだろうな。
 ごめんね、お兄ちゃん。
 ごあんが食べられなくなったのも。
 学校に行けなくなったのも。
 ぜんぶわたしが悪いだけなのにね。
 ほんとうに、お兄ちゃんには心配を掛けたくないのに。

「でも、わたしに与えられている罰なんだから、しょうがないの」

 お兄ちゃんに元気になって欲しくて、わたしの方から触れるだけのキスを送る。あ、でも唇がかさかさだから、気持ち良く無いよね。ごめんなさい。

「・・・」

 お兄ちゃんが、また真剣な表情で黙り込んだ。

「じゃあ、せめて一日だけ・・・週に一日だけは全部を忘れてられる日を作ろう。それならいいだろう?」

 お兄ちゃんはわたしよりもずっと背が高いのに、どこか縋り付くような目で、わたしを見詰めている。
 この切なそうな目はわたしの事を本当に思ってくれているから。
 このお願いする口調は、わたしの意志を尊重してくれているから。
 ごめんなさい。わたし、ほんとうにわがままだよね。

「それなら・・・いいよ。でも、まったく別の人格にして欲しいな。兄妹じゃなくて、ただ普通の恋人で、ばかみたいに明るくて、お兄ちゃんの事がだぁい好きなの」

 あ、ちょっと失言だったかも。
 お兄ちゃんの顔が少しだけ、傷付いたような表情を浮かべたみたいな気がした。ほんの一瞬ですぐに戻ったから、本当に傷付いたのかは判らなかったけど。
 もしかしたら、わたしを憐れんだのかも知れないって、ふと思った。

「わかった」

 さっきの表情なんてまるで無かったみたいに表情を切り替えて、お兄ちゃんは微笑を浮かべた。

「じゃあ、このメトロノームを見て・・・そう、これだけを・・・」

 かっちこっちかっちこっち。
 かっちこっちかっちこっち。

 茫っと見ていると、頭の中でその音だけがいつまでも響いているようで。

 かっちこっちかっちこっち。
 かっちこっちかっちこっち。

「ほら、だんだん考えるのが億劫になってきた。でも、なんだか眠りにつく直前みたいで、ふわふわして気持ち良い。もっとメトロノームを見て、ふわふわと気持ち良くなろう・・・」

 お兄ちゃんの抑揚を付けた声とメトロノームのリズムが、混ざってわたしの頭に染みこんでくるみたい。それが気持ちよくて、ゆったりとした気分で、すっと身を任せる感じ。深く腰掛けたソファーが、わたしの全身を受け止めて、ますますふわふわするようで。

「さぁ、目を閉じて・・・。もう、何も考えられない。気持ち良い闇の中で、聞こえてくるのはオレの声だけ。さぁ、もっともっと深いところに行くよ・・・」

 目を閉じるとまっくらだけど、お兄ちゃんの声が聞こえてくるからだいじょうぶ。
 お兄ちゃんが言うままに、ふかく・・・ふかく・・・。

「・・・ぁ・・・で・・・」

 お兄ちゃんの声は聞こえるけど、何をいっているのかよくわからない。ううん、わかってるんだけど、それは直接からだに染みこんでくるようで。
 もう、かんがえるのもおっくう。
 ただ、あたたかい闇の中で、どこまでもふかく・・・ふかく・・・。

 ・
 ・
 ・

 そうして、わたしの中に別のわたしが生まれて、すこしだけ、心が軽くなったような気がする。けど、それはいけない事なんじゃないかって不安が、いつでも澱のように心の片隅にある。
 きっと、お兄ちゃんがいなかったら、お兄ちゃんが辛そうな顔をしなかったら、催眠術を受け入れはしなかった、と思う。
 わたしはもっと罰を受けなければならないと思うから。きっと、どんなに苦しくても、贖えないほどの罪を犯してしまったから。

 ・・・でも、お兄ちゃんとずっと一緒にいたい、そう思う自分がいる。
 隠し切れないほどの強さで。
 目を逸らせないほどの吸引力で。
 いつか、この二つの思いに耐え切れなくて、わたしは壊れてしまうかも知れない。
 それでもいい・・・。
 わたしは傍らで寝ているお兄ちゃんの横顔を見詰めながら、そう思った。

― エピローグ ―

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。
 力を入れすぎないように、身体を揺する。
 起こしたいのか、今のまま寝ていて欲しいのか、自分でも判断に迷ってしまう。

「もすこし寝るー」

 半分寝ぼけたような、お兄ちゃんの声。
 何よりも、誰よりも大切な人の、声。

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。
 この一瞬を大切に感じながら、それを壊す為にお兄ちゃんを揺すり続ける。

「ね、もう起きないと、がっこう遅刻しちゃうよ」

 ゆさゆさ。
 ゆさゆさ。
 このままずっと、お兄ちゃんの寝顔を見詰めていたいのに。
 時が、止まってしまえばいいと・・・いつも、そう、思う。
 なんて浅ましい願いだと、判っていても。

「むー」

 いつもはかっこいいお兄ちゃんも、寝起きは冬眠から目覚めたばかりのクマさんみたいだ。もぞもぞと上半身を起こして、ほとんど閉じた目を指先でこしこしとこすってる。
 それはどこか子供っぽくて、可愛らしい仕草だと思う。
 きっと、こんなお兄ちゃんを知ってるのは、わたしだけ。なんとなく・・・少しだけ誇らしく、思えた。そう思う事が罪だと判っているのに。

「おあよ」
「お早う、お兄ちゃん。ごあんできてるよ」

 わたしの言葉に反応して、お兄ちゃんの鼻がすん、と匂いを嗅いだ。かすかな匂いはお兄ちゃんの好みだったのか、いつもは意地悪気味に歪めている口元を、笑みの形に綻ばせた。
 それは本当に不純物の混ざっていない笑みで、わたしもつい笑みを浮かべてしまう。いじめっ子のお兄ちゃんもいいけど、こういうお兄ちゃんもいいなぁ、とか。

「うー、おきるぞー」

 のそのそとベッドから降りるお兄ちゃんの手をひっぱって、一緒に部屋を出る。
 また、わたしとお兄ちゃんの一日が始まる。
 繋いだ手が、すごく熱い気がした。

< おわり >

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