わたしのごしゅじんさま 第2話

第2話 ~はじめての・・・~

・Master-01

 男が出す匂いとは、どこかが決定的に違う汗の匂い。ちょっと嗅いだだけで汗の匂いと判るのに、不愉快な感じのしない・・・それどころか、もっと深く嗅ぎたくなるような、匂い。
 そんな綾峰さんの匂いが、まだぼくを優しく抱き締めている・・・不思議とそんな感じが残ってた。
 あの時・・・ぼくの指の動きに悶えていた綾峰さんの姿が、頭から離れない。確かにぼくは男で、えっちな事にだって興味がばりばりな訳だけど、でも・・・えっちな事をしたからじゃなくて、それが綾峰さんだから・・・そんな気がする。つまりはぼくは、綾峰さんを壊滅的なほどに好きだから・・・そう思う。
 ぼくは目の前で板書する先生の書く内容をノートに写しながら、それでも気を抜くと斜め前の方向・・・綾峰さんの方に視線が行ってしまうという、困った状況になっていた。それどころか、ぼくのあそこはいまだに臨戦態勢で、まだまだ落ち着くまで時間が必要みたいだった。

「はぁ・・・」

 悩ましい溜息が、つい口から漏れた。
 ぼくは右手を目の前で開いて、なんとなく見詰めた。特に中指。この指が、第一間接まで綾峰さんの中に潜り込んで、快感を与えたんだって考えると、なんだか不思議な気がした。

「ん?」

 右手の中指から、何かの匂いが漂ってきている。
 さっきは綾峰さんと急いで教室に戻る事しか考えてなかったから気付かなかったけど・・・うあ。
 ぼくは、声にならない声で、小さく呻いた。
 さっきよりも、右手の中指が気になってしょうがない。
 この指の匂いの原因を、思い出してしまったから。
 多分・・・うん、間違い無いと思う。これはきっと、綾峰さんの愛液の匂いだ。だってあの時、綾峰さんは凄いたくさん濡らしてたし、ぼくはあの後、手は洗わなかったし。
 急にドキドキとし始めた胸に困ったままで、ぼくは周りをそっと窺がった。きっとぼくは真っ赤な顔をしてるはずで、おまけに下半身は爆発寸前。誰かに気付かれたら、『えろえろ大王』とか不名誉なあだ名を付けられて、ずっと日陰者として生きていかなくちゃいけなくなっちゃう。今がまさしく人生の岐路って感じかも。
 幸い誰も気付いていないみたいで、先生が前で教科書を読んでいるのを、さも詰まらなそうに聞いている。中には豪快に机に突っ伏して惰眠を貪る勇者もいたりして、誰もぼくの方を見ていないと判って、やっとぼくは少しだけ落ち着けた。

「・・・綾峰さんの・・・」

 また中指に視線を戻して、そっと口の中で転がすように、呟いてみる。それだけで胸のどきどきが高まるような気がするから不思議だ。
 それだけじゃない。もっと、良く知りたい。その欲求に、ぼくは逆らえない・・・というか、逆らうなんて思い付きもしなかった。
 まずは匂いを嗅いでみる。乾いてしまったからだろうか、少しだけツンとするような匂いだ。でも、嫌な匂いじゃないと思う。うん。
 でも、それだけじゃぼくの知的好奇心は止まらない。だって、匂いだけ確認するなんて、片手落ちもいい所だ。みんなもそう思うだろ?
 ぼくの脳内で湧き上がる喝采に背を押されて、ぼくはゆっくりと中指を口に近付けた。それさえも待ち遠しくて、舌だって伸ばしてみる。あと数センチ・・・期待で心臓がばくばくいってる。あと数ミリ・・・ああ、めくるめく神秘が、今!

「?」

 誰かの視線を感じて、ぼくは無意識のうちにそちらへと目を向けた。そこには顔を真っ赤に染めて、焦りまくってるのが判る表情を浮かべた綾峰さんがいた。周りなどまったく見えていない様子で、身体を捻って必死にぼくのほうを向いている。
 あ”。
 唐突に、今の状況を理解してしまった。
 ぼくは好きなコに、自分の指についた愛液を舐めようとしている所を見られた訳で。客観的に、それはかなり変態ちっくな行動な訳で。ついでに綾峰さんはかなりそれを嫌がってる訳で。
 えーと。
 えーと。
 えーと。
 ぼくは舌を出した恥ずかしいポーズのまま、綾峰さんは後ろを振り返ったままの姿勢で、しばらく見詰め合ってた。ただ、カツカツという板書の音だけが二人の間を通り過ぎていく。校庭からは体育の授業だろう、どこか投げやりな掛け声が聞こえてくる。とても平和な午後の授業だった。・・・ぼくたち二人を除いて。

「ご・・・ごめっ」

 ぼくは、石化の呪文の効果から解放されると、小声で謝って手を引っ込めた。多分、今のぼくの顔は、綾峰さんと同じくらい赤面してると思う。なんだかみっともない所を見られたのと、綾峰さんが半分泣きそうになっているのとで、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、頭の中がパニックしまくってる。
 ぼくが悪いと思ってる事が伝わったのか、綾峰さんはほわんとした笑みを浮かべて、小さく左右に首を振った。それが、『気にしなくてもいいよ』って言ってるように思えて、やっとぼくも落ち着くことが出来た。まだ綾峰さんの頬が赤かったり、眼の端に涙が浮かんでたりもするけど、それでも微笑みを浮かべて貰えたからだ。

「なぁ佐原ぁ。もう授業続けてもいいかぁ?」
「あ」

 気が付くと、ぼくはクラス中のみんなから注目を浴びていた。
 教壇の上では、今まで板書をしていた久谷先生が、にやにやとチェシャ猫のような笑みを浮かべてぼくを見ている。いつもは間延びした口調とか、先生らしくない親しげな話し方で結構生徒に人気のある先生なんだけど、さすがに今だけはそういうのは止めて欲しい。

「別に可愛いコと目と目でコミュニケートするのは構わないんだけどなぁ、TPOはわきまえなきゃなぁ、TPOはぁ」

 やばい。久谷先生は実は35歳独身で、いつもはとっても面白い先生なのに、生徒同士の恋愛には私情をバリバリにはさんでくる事で有名なんだった。いや、人はそれをヒガミというのだけど。

「すみませんでした」
「済みません、先生」

 ぼくの声と、綾峰さんの声が重なった。今怒られてるのはぼくのはずなんだけど、責任を感じて一緒に謝ってくれたらしい。でも、多分この場合は激しく逆効果だと思う。だって、久谷先生のおでこに、でっかい+(怒りマークともいう)が見えるし。しかもそれが、ひくひくとしている様子は、漫画でよく表現される、爆発寸前の爆弾って感じ。

「じゃあ、佐原ぁ。バケツに水を汲んで、校庭10周なぁ」
「ええっ!」

 センセイそれ、なんだかヘンなのが混ざってます。
 はっきり言って、ありえないです。
 ・・・なんて、言えない。
 私怨で凝り固まった久谷先生相手にちょっとでも反抗したら、どんな弾け方をするか判らないし。
 ぼくは世の中ってこんなもんだよね的なシニカルな笑みを浮かべて、出来るだけ虚勢を張って教室を出ようとした。だって、綾峰さんが申し訳なさそうにぼくを見てるし。

「ああ、佐原ぁ、ちょっと待ったぁ」

 久谷先生がぼくを引き止める声に、「やっぱり冗談だよぉ」なんて甘い台詞を期待しなかったと言えば嘘になる。後で春雄が教えてくれたんだけど、出入り口で振り返ったぼくの顔は、期待と安堵に輝いていた、らしい。

「はい」

 白状しよう。この時確かにぼくは、助かったという思いが強かった。・・・後で自分が悲しくなるくらいに。

「バケツは、二つなぁ」
「・・・はい」

 後で春雄が教えてくれたんだけど、この時のぼくはまるでどこかに連れ去られる子牛ぐらいに可哀想な顔をしてたらしい。「お前のあだな、『どなどな』にしようかと思ったよ」なんて笑いながら言う春雄に、ぼくは友情の証の右ストレートを叩き込んだ。

 ・
 ・
 ・

「はぁ、今日は酷い目にあったよ」

 夕日が世界を紅く染め上げる中、ぼくは綾峰さんと二人歩いていた。ぼくの斜め後ろを静かに、けれどどこか弾んだ歩調でついて来る綾峰さんのことを、なぜだか凄く意識してしまう。だから、ぼくは今の時間に感謝した。だって、少しぐらい顔が赤くたって、それを気にされる事はないだろうから。

「私のせいよね。本当にごめんなさい」

 申し訳なさそうな顔で頭を下げる綾峰さんに、ぼくは手をわたふたと振った。少なくとも、一番最初に原因を作ったのは自分だっていう自覚はあるし。

「ち、違うよ。もとはと言えば、ぼくが・・・」

 ぼくの言葉の途中で、綾峰さんが顔を真っ赤に染めて俯いた。残照に照らされて、なお赤いと判るほどに紅潮している。でも、その恥らう様子はとても可愛らしくて・・・多分ぼくも同じくらい顔が赤くなってると思う。

「あのね・・・」

 す、とぼくに心持ち近付いて、綾峰さんがぼくの制服の裾を指先でつまんだ。顔を伏せたままでもじもじして、ぼくにナニカを言おうとしているのが判った。

「もし、時間が大丈夫だったら・・・私の家に・・・来て、くれる?」

 上目遣いにぼくを見上げて(ぼくよりも背が高いのに、ほんとうに見上げるような感じだった)、そうお願いなんてされたら、どんな愚か者だって断れる訳がない。ましてやぼくは、綾峰さんにぞっこんなんだから。

「家には・・・だれも、いないから・・・ね?」

 ぼくは、コワレタ人形みたいに、カクカクと頷く事しかできなかった。

・Master-02

 ほんとに綾峰さんの家には、他に誰もいなかった。
 ただ、言葉は正しく使わなくちゃいけないと思う。
 ぼくはこの『豪邸』を見た瞬間の驚きを思い出しながら、そう思った。
 普通『家』って言ったら、まぁ2階建てで部屋数が5つにキッチンとリビング、そんな感じのを思い浮かべると思う。実際ぼくの家がそうだし。ところが、この『豪邸』ときたら、部屋数は不明。敷地面積も不明。ついでに言えば、評価額も不明。どれもスケールが大き過ぎるのが原因だったりする。
 はっきりと言おう。これを『家』なんて言ったら、普通の『家』が可哀想だ。
 そう、この部屋だってそうだ。
 ぼくの部屋が4つも入りそうな空間の、一部屋。アメリカ人が日本人の家をうさぎ小屋って言う気持ちがなんとなく判っちゃったかも。・・・上を向こう。涙がこぼれないように。・・・というか、綾峰さんに勧められたベッドの上に腰掛けてるんだけど、それがまた酷く高級感が漂うベッドで、涙なんかこぼしたらクリーニング代がどれほど掛かるかも判らないから。

「佐原くん、どうしたの?」
「・・・うん、世界的な経済格差と富の集中の仕組みに思いを馳せてたんだ」
「?」
「いいよ、忘れてくれても」

 というか、忘れて欲しい。積極的に。
 ぼくの横に座って、なお釈然としないという顔の綾峰さんに、ぼくはなんとか笑みに見えるだろうものを向ける事ができた。たぶん、トホホな感じの微笑みなんだろうけど。

「でも、凄い家だね。お父さんが会社の社長さんとか?」

 強引に変えようとした話題は、見事に失敗だったらしい。綾峰さんの楽しそうだった顔が、途端に曇ったからだ。多分、聞いちゃいけない類の話題だったんだ。

「あ、ごめん!ヘンに詮索するつもりじゃなかったんだ」
「ううん」

 綾峰さんは慌てて謝るぼくにふるふると首を振ると、少しだけ上の方に視線を泳がせた。それは、誤魔化そうとか話を打ち切ろうというよりは、どう話そうかと自分の中でまとめているような感じだった。

「あのね」

 綾峰さんは寂しそうな笑みを浮かべて、ぼくに向き直ると話し始めた。

「あのね、うちって両親がいないの。車の事故で私が子供の頃に・・・ね。それからは、年の離れた兄と二人きりで生きてきたの。この家は、ご先祖さまから続いてきた遺産・・・って言ったらいいのかな。でも、兄妹の二人だけで暮らすのは、ちょっと広すぎるよね」

 今は何とも思っていないのだと、綾峰さんは明るい口調でそう言った。でも、直前に浮かべた寂しそうな表情が、それを裏切ってた。

「それは・・・寂しいよね」

 ぼくに言えたのは、その程度の事だけだった。普通の家に生まれて、普通の両親に育てられたぼくには、綾峰さんの寂しさや悲しさの100分の1だって判ってやしないのだから。

「ううん。とっても素敵な兄がいたから」

 寂しかったけど、とっても楽しい事もあったのだと、だから大丈夫なのだと、ぼくにはそう言っているように聞こえた。きっとそれは本当の事だと思ったから、ぼくは「・・・うん」と頷いた。

「あ、でもね・・・」

 思いついたように付け足すと、綾峰さんはコトンとぼくの肩に頭を乗せた。ふわっと漂ってくる綾峰さんの髪の香りに、ぼくは陶然とする。だから、もう少しで綾峰さんが呟くように言った言葉を聞き逃す所だった。

「もう・・・さみしいのは、やだな・・・。佐原くんと・・・いっしょがいいの」

 ぼくのココロの中を、不思議な衝動が走り抜けた。
 それはもしかしたら、綾峰さんへの愛おしさかも知れないし。
 そうでなければ、綾峰さんを守りたいという欲求なのかも知れなかった。
 それとも・・・もっと単純に、ぼくも綾峰さんと一緒がいい、それだけの事なのかも知れない。

・Master-03

 それからどれくらいの時が過ぎたんだろうか。
 窓から差し込んでくる夕陽は力を失い、遥か遠くの民家では電灯を点けている所もあるぐらいだ。
 綾峰さんは、あの灯りの暖かさを感じないままに生きてきた──そう考えるだけで、ぼくの胸がざわざわとざわついた。

「ね・・・」

 まるで空気に溶けてしまいそうな小さな声で、綾峰さんがぼくの耳元で囁いた。
 それはまるで耳を指先で撫でるような感覚で、そうと意識しないままにぼくの身体が震えた。ぞくりと、背中をなにかが走る。

「私の『はじめて』・・・もらって欲しいの・・・」

 驚いて見下ろすと、濡れたように光る綾峰さんの瞳と目があった。
 まるで強い磁力で引き付けられたように、ぼくは目を逸らすことが出来なくなる。

「わたしを・・・佐原くんの・・・ううん、ごしゅじんさまのモノに、して・・・」

 だんだんとぼくの視界の中が、綾峰さんでいっぱいになっていく。
 その瞳に吸い込まれてしまうのではないか・・・そんな甘美な怖さすら感じてしまう。怖いのに、そうなりたい。矛盾するような、それでいて当たり前のような、きもち。
 だから・・・。

「うん・・・」

 だから・・・ぼくは無意識のうちに、頷いていた。

「うれしい・・・」

 そっと微笑んで、綾峰さんがぼくから身体を離した。窓際まで歩くと、薄手のレース地のカーテンを引いて、外から見えないようにした。それからぼくの正面に戻ると、力を失い始めた夕陽──暖かくて、それなのにどこか寂しさを感じさせる──を背にする。
 くるりと夕陽に背を向けた瞬間、スカートの裾がふわりと踊ったのが印象的だった。

「ぜんぶ、見て・・・ください・・・」

 少しだけ照れて、でもとても嬉しそうな表情で、綾峰さんが言った。逆光だったけど、とても小さな声だったけど、でも・・・そこに含まれる歓喜を間違えようが無い。言われたぼくの胸が瞬間的に高まるような、それほどの情感が込められた声で、表情だ。
 しゅる。
 ネクタイがほどかれ、スカートが綾峰さんの足元に落ち・・・そうしてぼくが息を呑んで見つめている間に、綾峰さんは何も身に纏わない、完全な裸をぼくの目に晒していた。
 夕焼けの中に溶けそうな、細くて柔らかそうな身体。
 出るところとひっこむところがバランス良く美しい曲線を描いている。それはまるで、芸術の授業で見た裸婦像を、さらに洗練した姿のように思えた。優れた芸術が人を引き付けて止まないように、綾峰さんの身体はぼくを魅了した。

「ああ・・・」

 きれいだ・・・。
 たったそれだけの言葉さえ、口にする事が出来なかった。
 抱き締めたい・・・けれど、乱暴にしたら壊れてしまう・・・、そうした葛藤がぼくの心と身体を縛った。
 綾峰さんはそんなぼくに微笑むと、自分からぼくのほうへと近付いてきた。まるで臆病なケモノを怯えさせないようにするみたいに、静かに、ゆっくりと、笑みを浮かべて。
 そうしてぼくの足元に膝を突くと、濡れた瞳でぼくを見上げた。

「ごしゅじんさま、ご奉仕させて頂きますね」

 ご胞子。ご法師。ごホウシ。
 頭の中を、誤変換された言葉が飛び交う。
 判ってるハズなのに、途中の道を一本曲がり間違えたみたいにその答えに辿り着けない。酷くもどかしい気分でいると、綾峰さんがそっと白くて柔らかそうな手をぼくのズボンへとのばした。

「えっ、えっ?」

 ぼくが惑乱した声を上げている間に、綾峰さんはぼくのズボンのチャックを開いて、その・・・少し元気になっちゃった・・・アレを取り出した。ただ触られただけだっていうのに、出す寸前にまで追い込まれた。キモチイイっていうのもあるけど、グロテスクなぼくのアレに、綾峰さんの綺麗な指が絡みつく、その視覚的なインパクトだけできちゃうっていうのもあった。それに、綾峰さんはいま全裸なんだし。

「う、わああああっ!」

 自分でも、一瞬何がどうなっているのか判らなくなった。
 だから、白濁した粘液質の精液が、綾峰さんの呆然とした顔を汚していくのを、ただ馬鹿になったみたいに見ているしかなかった。
 でちゃったんだ・・・。
 そんな事が考えられるようになるまで、少しの間ぼうっとしてた。
 だから、我に返った時には瞬間的に顔が沸騰するんじゃないかってぐらい、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

「ごめっ!ティッシュ、ティッシュはどこっ?」
「・・・」

 綾峰さんは呆然とした表情のまま、顔についた精液を指でこそげ落とした。それを指先で捏ねたり、匂いを嗅いだり、舌で舐めたりした。あまりの行動に、今度はぼくが絶句してしまう。

「だめだめっ、そんなのキタないんだからっ!」

 ぼくがとっさに綾峰さんの腕を押さえると、綾峰さんはどこか意地悪い笑顔をぼくに向けた。いつものおしとやかな雰囲気とは違う、にっという笑い方だ。

「でも、これでアイコだよね」

 一瞬、言われた内容がわからなくて、ぼくは綾峰さんの顔を見詰めた。

「だって、さは・・・ごしゅじんさまだって、私の蜜を舐めようとしたもの」
「あ・・・」

 綾峰さんが言ってるのが授業中の事だと気が付いて、ぼくは思わず綾峰さんの手を放してしまった。すかさず指先に付着した精液を口に運ぶ綾峰さん。
 白いものを指ごと咥える姿は、凄くいやらしくて、可愛い仕草だった。

「ん・・・不思議な味・・・んふ・・・あむ・・・ん、なんだか・・・興奮しちゃう・・・」

 綾峰さんはそう言って、まるで顔を洗う猫のように、顔にこびり付いた精液を指で落として舐め取る。その顔は自分でも言っている通り、興奮に頬を染めて、目はとろんとしていた。

 だめだと思う。
 もう、ほんとにだめだ。
 綾峰さんはその綺麗な身体を隠す事なく晒してて。
 ぼくはチャックを開けて下半身だけ曝け出してて。
 綾峰さんは精液を舐めて興奮してて。
 ぼくはそんな綾峰さんに興奮してて。
 大量に出して縮んでいたぼくのアレは、もう破裂しそうなくらいに復活してた。
 ビキビキと音がしそうなくらいに固くなって、先端からは半透明な液が滴ってる。
 時折かってにピク、ピクッとするあたり、ぼくよりもアレのほうが素直らしい。
 したい。
 ぼくも、素直になろう。
 大好きなコとこんな状況になって、したくないなんて、絶対にウソだ。
 ぼくの思いを読み取ったのか、綾峰さんは微笑を浮かべて立ち上がると、ベッドに四つんばいで上った。ぼくがしやすいようにだろう、お尻を高く掲げるようなポーズをとった。

「どうぞ、ごしゅじんさま。十分に濡れてますから、入れて・・・下さい・・・」

 ふるふると揺れる白いお尻。ココア色のすぼまりも、その下の複雑な形をした大事な所も、全てがぼくの目の前に晒されている。振り返ってぼくを見上げる綾峰さんの表情は、好きにしていいのだと、そう言っているように期待に満ちた笑みを浮かべている。
 ぼくは急いで残りの服を脱いだ。焦り過ぎてて、制服のボタンが一つ飛んじゃったみたいだけど、それだって気にする余裕なんて無い。
 ぼくは全裸でベッドに上がると、綾峰さんのお尻を震える両手で触れた。大き過ぎず、小さ過ぎず。人類の理想の形なんじゃないかと思えるお尻は、まるで手に吸い付くような感触だった。

「ンっ」

 綾峰さんが鼻から抜けるような声を出したけど、ぼくの手は止まらない。これが、苦痛の声で無い事を知っているから。それどころかもっと力を込めて、指の形にお尻の肉が歪むほどに揉む。すべすべとしっとりの混ざり合った感触に、ぼくの頭が加熱されたように何も考えられなくなっていく。

「んぅ、んっ!」

 綾峰さんの声が、さっきよりも熱を持ってきたように思う。そう言えば全身も少し汗ばんで、アソコから滴る愛液が腿を伝うほどになってる。つまりは・・・感じているんじゃないだろうか。
 ぼくは吸い寄せられるように綾峰さんのアソコに顔を近付けて、鮮やかな色のソコを右手の人指し指で触れた。愛液でぬらぬらと濡れた粘膜が、ひくんと反応した。

「あっ!」

 一際大きい声で喘ぐと、綾峰さんは顔をベッドに押し当てた。見れば両手も苦痛を堪えるように握り締められている。昼休みに触った時には大丈夫だと思ったのに、痛くなるような触り方をしてしまったんだろうか。

「あ・・・だ、だいじょうぶ?」

 ぼくが謝ると、綾峰さんが泣き笑いのような顔をぼくに向けた。いや、目の端には実際涙が珠になっている。

「ちがうの・・・あんまり気持ち良かったから、イっちゃいそうになっちゃって・・・。でも、ごしゅじんさまのでイキたかったから・・・」
「あ・・・」

 我慢出来ないのは、ぼくだけじゃなかった。
 それなのに、ぼくは自分の事だけしか考えられなくて、綾峰さんの気持ちなんて気にもしなくて。
 なんて酷い──

「ご、ごめん・・・入れるね」
「はい、わたしを・・・ごしゅじんさまのモノにして下さい・・・」
「うん・・・」

 それは、まるで求婚にも似た懇願。
 でも、ぼくは躊躇わなかった。綾峰さんの事が、好きだから。
 いきり立つ先端を、ぼくを心から待ち望んでいる場所に押し当てた。綾峰さんがぶるっと震えるのを感じながら、ゆっくりとキツキツのその中に入れていく。ソコは痛いぐらいに狭かったけど、興奮でガチガチになったぼくのものは、愛液のぬめりに助けられながら奥へと進む。
 ここまでキツイと、それが気持ちいいのか痛いだけなのかも判らなくなってくる。ただ、何か判らない衝動に抗するように、奥歯を噛み締める。

「ふくっ、あ・・・はぁあああ」

 綾峰さんの声に、さっきまでとは違う色が混ざる。ある事に思い至って、ぼくは腰を止めた。最初が強烈な始まりだったから考えもしなかったけど、もしかしたら──

「綾峰さん・・・もしかして・・・」
「うん・・・でも、途中でやめたりしないで・・・。うれしいのも痛いのも、ぜんぶ感じたいの・・・。だって・・・ごしゅじんさまからの贈り物、なんだもの・・・」

 苦痛のあまり時々呻きながら、それでもぼくを安心させるように、それだけ言ってのけた。それどころか、微笑みをぼくに向けさえした。
 男のぼくには判らない『はじめて』の痛み。だけど、綾峰さんはそんなものだってぼくからの贈り物って言って、喜んで受け止めようとしてる。
 こころが・・・からだが、綾峰さんへの愛しさで弾けそうだった。

「じゃあ、ゆっくりと・・・続けるから。耐え切れなくなったら、ちゃんと教えてね」
「はいっ」

 その健気さに応えようと、なるべくゆっくりと腰を前へ突き出した。途中で一回抵抗を感じたけど、ぷつっという感触とともに、さえぎるものは無くなった。多分、これが『はじめて』の証だったんだと思う。

「くうっ、あ、はぁ・・・はぁ・・・」

 一番奥まで行くと、綾峰さんもそれが判ったのか、おおきく息を吐いた。顔は苦痛に引きつってたけど、それだけではなくて喜びも感じているようだった。例えはヘンだけど、子供を無事に産み終えた母親みたいな、苦痛すら無視できるほどの喜びというか。

「あの・・・動いて、ください・・・」

 ぼくがじっとしていると、綾峰さんの方からそうおねだりしてきた。動いたら痛くしてしまうんじゃないかと思ってたんだけど、もう大丈夫なんだろうか。ただ、じっとしているというのもぼくにとっては辛いので、綾峰さんの言葉はありがたいのだけど。

「いいの?」

 溶けて無くなりそうな最後の理性で、ぼくは綾峰さんに確認した。今までは痛いほどだった締め付けが、だんだんと気持ちいい感じになってきたからだ。もしかしたら、綾峰さんも痛いだけの状態から抜け出しつつあるのかも知れない。だとしたら嬉しいんだけど・・・。

「はい。だいぶ慣れましたから。あの・・・乱暴にしてもいいですから、好きなように動いてください」
「・・・うん」

 濡れた目で見上げられて、ぼくは頷いた。綾峰さんのお尻を両手で押さえて、ゆっくりと力強く、前後に動かし始める。一度道が出来たからか、驚くほどスムーズに動かす事が出来た。けど、それは擦れあう感触がより激しくなるってことで、数回前後しただけでぼくは我慢の限界を迎えてしまった。
 まずい!
 頭の中に、妊娠とか危険日だとか、コンドーさんとかナマとかの不穏な単語が乱舞して、ぼくは必死で綾峰さんの中から自分のアレを抜いた。
 それが、最後の一撃だった。
 抜いた瞬間の勢いで上を向いたアレの先端か、本日2度目の精液が放たれた。驚くほどに大量に、びゅっ、びゅくっと撃ち出される。そのたびに腰が砕けるんじゃないかってぐらいの気持ち良さの波が来て、頭の中が真っ白に塗り込められた。自分の手でしたって、こんなに気持ち良くなったことはなかった。それに、白濁した精液が綾峰さんの背中に飛び散る様子が、その綺麗な肌を汚す光景が、なんとも言えないほどにぼくを興奮させる。

「はぁあ・・・」

 ぼくは力尽きて、情けない声を漏らすと綾峰さんの隣に倒れこんだ。恥ずかしい話だけど、全身がくらげになったみたいに力が入らなくて、座ってる事さえ出来そうになかった。
 同じく力尽きたようにくたっとなってた綾峰さんが、ぼくのほうに顔を向けて、くすくすと笑った。ヒミツを共有するような、ワクワクとした気持ちを含んだ笑いで、それはすぐにぼくにも感染した。ぼくたちはそれから暫くの間、ばかみたいに笑ってた。

「ん・・・」

 綾峰さんは甘えるような声を出すと、ぼくの胸に顔を寄せて、きゅっと抱きついた。ぼくは汗をかいていたから恥ずかしかったんだけど、綾峰さんは気にしないようで、ぐりぐりと頬を擦り付けていた。まるで、子猫みたいだ。

「子猫みたいだね」

 ぼくが思ったままを口にすると、綾峰さんはに、と笑顔浮かべた。あまり学校では見せない笑みで、酷く新鮮な感じがした。

「うふ、ごしゅじんさまだけのにゃんこなの。にゃん♪」
「あははっ」

 ぼくは笑って、ぐしぐしと綾峰さんの頭を撫でた。綾峰さんが嬉しそうに目を細めるのをみて、ぼくもすごく嬉しくなった。
 くだらない事で、笑い合える。
 今、ぼく達はやっと恋人同士になれたんだ。
 そう、実感した。

 それがぼくのイメージと違うものだと判るまで、そう時間は掛からなかったのだけど──

< つづく >

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