おやぢ 侵食

侵食

「おねぇちゃん? ねぇ、おねぇちゃんってば!」
 美しい女性が言った。
「…………」
 返事がない。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ? おねぇちゃん!」
 今度は目の前の少女に手をかけて、揺り動かしながら叫ぶようにいってみる。
「……あら? ゆみかちゃんどうしたの?」
 少しぽーっとした、それでも美しい顔に?マークをいっぱい浮かべて、その少女がいった。
「どうしたぁーじゃないわよ、まったく!」
 愛らしく美しい顔をふくらませてそうブーたれる女性。
 名を弓佳(ゆみか)といった。
「おねぇちゃんてば、電話の後づーっと受話器持ったままで固まってたんだからぁ。ゆみか心配したんだからぁ」
「あらいけない。もうこんな時間。ごめんね、ゆみかちゃん。おねぇちゃんなんだかボーっとしてたみたいねぇ。……でも、へんねぇ? わたしどこに電話してたのかしら? う~ん……。ま、いいわ。思い出せないってことは、たいした用事じゃないってことよね」
 そういって一人でなっとくしてしまった、とても綺麗だけどどこかボケの入っている少女。
 名前を椎奈(しいな)という。
「じゃゆみかちゃん、お風呂入れててね。おねぇちゃんご飯作るから」
 そう言って椎奈はぱたぱたと台所の方へ歩いていった。
「う~~~っ。なんか、今日のおねぇちゃんってば、へん……」
 なにも不安そうな表情を浮かべることもなく、この場を離れた椎奈を弓佳が不安そうに見送る。
 ふと気づくと電話の受話器が上がっていた。
 弓佳はそれを取り上げて、耳にあててみる。
 すると……。
“つーつーつー”
 という音が聞こえてきた。
 やっぱり、もうとっくに切れている。
 いったい、どこに電話を掛けようとしてたんだろ?
 弓佳は少し不思議そうに頭をひねりながら受話器を置いた。
「さて、と。おふろ入れなくっちゃ」
 そう言って、弓佳はてけてけと風呂場に向かってかけてゆく。
 湯船をぴっかぴっかに磨き上げて、お湯をだす。
 いっぱいになるまではまだちょっとかかるから、それまでのあいだおねぇちゃんのお手伝いをしようと弓佳は台所へ向かった。

「お、おねぇちゃん? 一体どうしたの?」
 驚く弓佳。
 流し台の前で包丁とジャガイモを手にした椎奈が泣いている。
「うっぐっ。ゆみかちゃん……どうしよう、ごはんの作り方がわかんないよう!」
 そういうと椎奈は弓佳の前で声をあげて泣き始めた。
「うぁぁぁっん」
 どうしたのだろう?
 ほんとうに、おねぇちゃんってばどうしちったのだろう?
 おかしい、これっていつものおねぇちゃんじゃない。
 どこか具合でも悪いのだろうか?
 とても不吉な予感が頭をよぎる。
“たった二人っきりの姉妹なんだ。ゆみかがおねぇちゃんを助けないと!”
 弓佳は一瞬でそう決心する。
「だいじょうぶだよ、おねぇちゃん。少し休めばすぐ良くなるってば!」
 なるだけ明るく弓佳がいうと。
「えっ、えぐっ。で、でもごはんを作らないと……。ぐすっ」
 椎奈が泣きながらそういった。
「ゆみかがいるから大丈夫だって、まかせてよ!」
 自信ありげに弓佳がいった。
「ぐすっ。でも、ゆみかちゃん、作ったことないから……。えぐっ」
 心配そうに椎奈がいうと。
「ほんっと、だいじょうぶだって。まかせてよ、おねぇちゃんの妹なんだからさ。ちょっとは信じてよ!」
 胸を張って弓佳がいう。
 りっぱなおっぱいが、ほこらしげに揺れていた。
 たしかにおねぇちゃんのいうとうり、弓佳には料理の経験がほとんどない。
 いままでずっとおねぇちゃんがやってくれたから。
 でも、不思議とやれそうな気がしてた。
「ううっ……。そこまでいうんなら……。お願いね、ゆみかちゃん」
 少し不安そうにしてたけど、それでもジャガイモと包丁を弓佳に渡す椎奈。
「だから、そんな顔しないのおねぇちゃん。大丈夫、ちゃんとやるからさ!」
 そういうと、弓佳はジャガイモの皮をむき始めた。
 それでわかったのだけど、弓佳の手はまるで初めてとは思えないくらい手際よく動いた。
 調理をしてるときもとくに考えることなく、次どうすればいいのかまるで体が知ってるみたいに動いてくれる。
「おねぇちゃんごめん。ちょとおふろのお湯見てきてくれる? 今手が離せないんだ」
 それはいつも自分が言われてるセリフだった。
「あら、ゆみかちゃんがおねぇちゃんみたいね!」
 たぶん椎奈も同じようなことを考えたのだろう。
 やっと泣きやんで、そんな冗談をいった。
「えへっ。ゆみかもいっかい言ってみたかったんだ、このセリフ!」
 ちよっぴり舌を出してテレっと笑う。
「じゃあ見てくるね、おふろ」
 椎奈はそういっておふろに向かった。
 それを見た弓佳は調理を続ける。
 つくっているのはクリームシチュー。
 でもそれは時間がかかるし、それだけではちょっとものたりないので余った野菜を使って、サラダも作ってみる。
 ちょっと夢中になってたのだろう、気が付くと30分くらい過ぎていた。
「あれ?」
 弓佳は椎奈がおふろ場から戻ってこないことに気づく。
「どうしたのかな?」
 本当なら、気にするほどのことでもないのだけど……。
「なんか今日、おねぇちゃん変だから……」
 ちょっと迷って、なべの火をとめる。
「うん、これでよし!」
 そういって、ふろ場へぱたぱたと駆けだした。

「あれぇ?」
 おふろ場に椎奈の姿はなかった。
 おまけにお湯が出しっぱなしになってて、いっぱいあふれてしまっている。
 とりあえずお湯の栓を閉める。
「おねぇちゃん、どうしたんだろ?」
 シチューは食べる前にもう一度暖めればいいし、他に気にすることなどないので弓佳は椎奈をさがしてみることにした。
 最初にさがす場所としたらお部屋だろう。
 二人の部屋がある2階に上がる。
「おねぇちゃん!」
 “椎奈の部屋”という板がかけられた扉の前に立ち、おおきな声で読んで見る。
 返事はなかった。
 だから、
 かちゃっ。
「おねぇちゃん?」
 そういいながら、おそるおそるドアをあける。
 おねぇちゃんがいなくなるのが悪いんだから……。
 しかたないよ、ね……。
 そう自分にいいわけしながら。
「いない……」
 かわいらしいお人形がいっぱい置いてある、とってもファンシーな部屋だった。
 とても、看護婦として第一線で働いてる女の人の部屋とは思えない。
「ふふっ、おねぇちゃんってば……」
 なんかうれしくなって、弓佳はちいさく笑った。
 でもおねぇちゃんがいないのなら、今は関係ない。
 そう考えてドア閉めようとした、その時。
「……?」
 椎奈の机の上に置いてあるものに目が止まった。
 それは日記帳。
 いたって、普通の日記帳。
 でも……。
「なんで、ゆみかの日記がおねぇちゃんの部屋に?」
 そう、その表紙には弓佳と書かれていた。
 とりあえず、持っていくことにする。
 このままここに置いておくのもまずいだろうと思った。
 いくら大好きなおねぇちゃんだからって、やっぱし見られるのははずかしいし……。
「あれ? ゆみかって、日記なんて書いてたっけ?」
 突然そのことに気づく。
 記憶にないのだ。日記をつけてたっていう。
 しかし、その字体は間違いなく弓佳のものだった。
「な、なんで? どうして?」
 存在しないはずの日記。
 なのに現実にそれは弓佳の手の中にある。
 弓佳はなんだか急に恐ろしくなってきた。
 何かか起こっている。
 自分たち姉妹の周りで。
 自分たちが知らない間に。
 おねぇちゃんの様子がおかしいのも、それと何か関係があるのかも知れない。
 怖かった。
 でも知らなければならない。
 逃げるわけにはいかないのだから。
 自分の部屋に入ると少し落ち着く。
 よく整った部屋。
 椎奈の部屋と違ってほとんど小物の類は置かれていない。
 その代わりにいくつかの鉢植えの植物が置いてあった。
 この部屋なら、弓佳だけでなく他の人間だって心落ち着くことは間違いないはず。
 でも、今は落ち着いていられない。
 これを見るのなら急がないと。
 おねぇちゃんが心配だから。
 自分の机の前で少しだけとまどったものの決意をかためる。
 そして、開いた。

××年10月11日。
 今日は橋倉さんの体調がよかった。
 もうあまり長くはない。だから彼女にはあまり苦しまないで安らかにいってほしい。
 あとまた佐々木先生にお尻をさわられてしまった。
 あきらかにセクハラなんだけど、あの先生の場合なぜか憎めない。
 他の看護婦もそうらしい。でもいくらそうだといっても、このままじゃまずい。
 なんとかやめさせないと。

「なに? この日記って、おねぇちゃんの?」
 その日記はほぼ1年前の日付からはじまっていた。
 さらに何枚かめくってみる。
 内容はほとんどが仕事に関するものだった。
 それ以外では同僚の看護や、非番の日に会った友人のこととが書いてあった。
 見ていくにつれて、この日記の異常さに気づく。
 何一つ……そう何一つとして、今のこの暮らしとの接点がないのだ。
 もしかりにおねぇちゃんが書いたものだとしてもへんだ。
 弓佳のことにふれているとこがない。
 でもそれだけでなく、いもしない父や母のことが時々でてくる。
 どういうことなのか?
 みればみるほど、これを書いたのはあかの他人だとしか思えない。
 なんだってそれが、弓佳の名前がつけられ、弓佳の字体で書かれた日記帳がおねぇちゃんの部屋にあったのか?
 弓佳は混乱していた。
 でもひとつ気付いたことがある。
 両親の記憶がないこと。
 何という名前でどこに住んでて、そして生きているのかあるいは死んでいるのか?
 それすらもわからない。
 その部々に関する記憶がきれいさっぱり技けおちている。
 わからない。
 考えれば考えるほどわからなくってくる。
 でもまだ続きはある。読んでみることにする。
 何か大切なことが書かれているかもしれない。
 それからしばらくは急がしそうではあるけど、だいたい同じような日常が書かれていた。
 けれど……。

××年6月5日。
 伊集院先生が失踪した。
 院内はそのことでもちきりだ。
 様々な憶測がみだれとんでいる。
 どこかよその大病院に引き抜かれたのだとか、新しい男が出きて入れ込んでいるのだとか。
 他にも誘拐されたのだとかいうのもあった。
 気にはなるけど、どれもいまいち信頼性にかける。
 しばらくは様子を見るしかないだろう。

 それからしばらくいつもと変わらない日常が続いて。

××年6月12日。
 伊集院先生から連絡があったそうだ。
 だけど自身の失踪の理由に関しては、一切ふれていなかったらしい。
 そのことがいっそう噂に拍車をかけることになった。
 中にはどこかの秘密組織が、彼らの野望を達成するための道具としさらい、洗脳をほどこした……などというふざけてるとしか思えないものもあった。
 正直、真相からはどんどん遠のいているという気がする。

 またいつもの日常に戻る。

××年7月3日。
 今日突然伊集院先生がもどってきた。
 婚約者であり直接の上司である相良先生と何時間か話してたみたいだけど、それがすんでからは以前となんら変ることなく働いていらした。
 結局突然の失踪に関する説明がなされることはなかった。
 せめてそのくらいのことはあってもよさそうなものだけど……。

××年7月8日。
 弥生の様子がおかしい。
 昨日、伊集院先生に呼ばれてからだ。
 患者さんの傷ロのガーゼを取り替えるとき、いたがっているのをまるっきり無視していた。
 伊集院先生の呼びかけにはすぐに反応するのに、他の人間が呼んでも……それがたとえ患者さんであっても、それが急ぎでないかぎり、反応しようとはしなくなった。
 すべてにおいて、効率優先で動いてるって感じだ。
 でもおかしいっていってもそれくらいのことで、他には特に変わったところはない。
 わたしが気にしすぎるのだろうか?
 でも、やっぱり気になる。

××年7月15日。
 これまでに、祥子、真奈美、郁子が伊集院先生に呼ばれていって変ってしまった。
 わたしも呼ばれるかも知れない。
 怖い。

××年7月19日。
 わからない。
 どうしても思い出せない。
 今日院で何があったのだろう?
 ついに伊集院先生から呼び出しを受けた、そのことまではおぼえている。
 でもそこから先がどうしても思い出せない。
 気が付いたら自分の部屋にいた。
 自分が何をしたのか思い出せないのが、こんなに不安なものだとは思わなかった。

 それから何日か書き込みのない日が続く。

××年7月23日。
 ひさしぶりに日記を書く。
 ここ何日間は頭の中に霧がかかったようになっていた。
 自分がその霧の中に溶けてゆくような感覚だ。
 その霧の中でとても気待ちのいいことがあったような気がするけど、よく覚えていない。
 もうちょっと書きたいことがあったような気がするけど、どうもはっきりしなくなってきた。
 それにさっきから体がほてってたまらない。
 乳首が立ってるし、くりとりすだって充血してる。
 もうだめ、はやくベッドに

 その日の日記はそこで唐突に終っていた。
 いやらしいことなんてしたことのないはずの弓佳の脳裏には、不思議なことにその続きの光景がはっきと写し出されていた。
 淫らなひとりえっちをしている自分の姿が……。

××年7月26日。
 やっと霧が晴れた。
 怖い、怖い、怖い。
 わたしはなんだってあんなことをしたのだろう?
 あんなに淫らでおぞましいことを……。
 あの男だ。
 あの男のせいだ。
 あの男がみんなをおかしくしたのだ。
 そしてあたしも……。
 どんどんみんな、おかしくなってゆく。
 一番おかしいのは伊集院先生だ。
 あの男のためだったら、どんなことでもする。
 あの男の欲求を満たすためだけに生きている。
 そんなことを言っていた。
 その言葉は、間違いなく本心からだった。
 わたしはそう断言できる。
 なぜなら、その時のあたしもそうすることで喜びをかんじたから。
 おぞましい、なんておぞましい。
 あんな男のものを舐めるだけで、イッてしまうなんて。
 あの時のあたしは、確かにあの男に奉仕するためにならどんなことだってしただろう。
 ……怖い。
 どんどん、あたしがあたしでなくなってゆく。
 助けて……。
 誰か助けて。
 あの男から。
 ああ、また霧がでてきた……。
 考えがまとまらない。
 もう、何も考えたくない……。
 また、体がほてってきた。
 今夜は一人でなぐさめなくっちゃ。
 ……でも、一人でいくことできるかな?
 ご主人様のあのすばらしいものがなっくっても、一人でイけるのかな?
 そういえば、ご主人様に言われてたんだ。
 一人でもイけるようになるように、訓練しろって……。
 どうして忘れてたんだろう?
 今晩は徹夜になるかも知れない……。

 その日の日記はそこで締めくくられていた。
 そして、弓佳はその日記を読みながら自分の左手が自分のスリットまさぐり、淫やらしく蠢いていることに気づいてなかった。

××年7月27日。
 もう、ほとんど霧が晴れることがなくなってきた。
 これを書いてるのも、たぶん奇跡だろう。
 じきにあたしは消えてしまう。
 少なくとも元々の中森弓佳っていう人格はなくなってしまうはずだ。
 ……。
 いや、もうすでに消えてしまっているのかも知れない。
 ……だってこうやって日記を書きながら、左手で自分のスリットをいじくっている。
 あの男のせいだ!
 あの男のせいだ!
 あの男のせいだ!
 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 ……でも、きもちいい。

「う、あんっ」
 押し殺してはいるけど、もはや止めようのないくらいはっきりと弓佳は淫やらしい声をあげながら、自分の体をなぐさめていた。
 日記を読むという行為も、すでに当初の目的をからはずれようとしている。

××年7月28日。
 昨日、一昨日の日記を読み返す。
 実に不思議だ。
 なんで? どういう気持ちでこんなことを書いたのだろう?
 まったく、ご主人様をあの男呼ばわりするなんて。
 破り捨ててやろうと思ったけど、これは自分自身への戒めとして残しておくことにした。
 ご主人様なしでは、一日だって生きてゆけない身でありながら、こんなことを書くなんて。
 ご主人様にお仕えすることが、ご主人様の命令に無条件で従うことはどれほどすばらしいことなのか!
 それこそ、書くに値することなのに。
 そう、ご主人様はすばらしい。
 あの野菜の腐敗したような香りが、垢だらけのお体が、そして黒々とした凶悪なちんぽ様が。
 そう、たとえ汗のひとしずくだって、あたしにとって最高の宝物なのだから。
 ああ、早くご主人様のことを考えただけでもイけるようになりたい。
 あこがれの舞華おねぇさまのように。
 今日はもうベッドにはいらなくては。
 いっぱいオナニーして、ご主人様のために淫やらしくならないといけない。

××年7月31日。
 明日は、ご主人様があたしを使って実験されると言っていた。
 一体なんなのだろう?
 ちょっと不安だけど、とっても楽しみ。
 だって、ご主人様のためにモルモットになれるのだから。
 それと、今日はオナニーをしてはいけない。
 これも、ご主人様の命令だ。
 でもこれは、正直ちょっとつらい。
 ああ、ご主人様ごめんなさい。
 弓佳はそんなことを考える悪い女です。
 なかなか、舞華おねぇさまみたくなれない。
 実験が成功すればそうなれるのだろうか?
 そうなれれば、とっても幸せなのだけど……。

 そして、日記はそこから先は書かれていなかった。
 なぜなのかわかからない。
 でも、もう弓佳にはそんなことなど、どうでも良くなりかけていた。
 そう、椎奈のことも……。
 しいな……おねぇちゃん?
 ハッ!
 弓佳は、どうにか自分を取り戻した。
「ううん! どうでもなんか、よくない!」
 おねぇちゃんだ!
 おねぇちゃんをさがさないと!
 弓佳はとりあえず、その日記のことは忘れることにした。
 その日記が何を意味するのかはともかく、あまりに危険すぎる。
 次はどうなるかわからない。
 ふと時計に目をやると、あれから一時間ほどがたっていた。
「なんて……」
 弓佳は激しく後悔する。
 もし、椎奈になにかあったのだとしたら、一時間はあまりに長すぎる時間だった。
 でも、それでも何もしないよりは遥かにましだ。
 だから、とりあえずもう一度家の中を捜すことにした。
 1階のリビング。
 いない。
 キッチン。
 いない。
 お風呂場。
 いない。
 誰も使ってない、6畳間。
 いない。
 もう一度、椎奈の部屋。
 いない。
 当然、弓佳の部屋にもいない。
 ……。
 やっぱり、家の中にはいないのか?
 そのときだった。
 声が聞こえてくる。
「ふあぁぁぁ! あんっ、ぁあああんっぅ!」
 はっきりと少女の喘ぎ声とわかる、はっきりと大きな淫声だった。
「お、おねぇちゃん?」
 その声は、いま初めて聞こえたわけではなかった。
 さっきから聞こえていた。
 なのに、う・か・つ・にも弓佳は気づかなかったのだ。
 なぜ?
 どうして?
 とても、不思議だった。
 でも、今は考えているときではない。
 うかつにも、もう一つ探してない部屋が2階にあったのだ。
 2階には全部で3部屋ある。
 そのうちの1部屋のことを、なぜだか忘れていた。
 そして、声はその部屋から聞こえている。
 でも聞こえるのは弓佳の声だけではない。
 もうひとつ、べつの声。
 それは、男のものらしかった。
 一体何がおこっているの?
 弓佳は怖くなったけど、でもほうっておくことは絶対にできない。
 大切なおねぇちゃんがいるのだから。
 ぎぃ。
 あんまし使われていないドアが、きしみをあげながら開いた。

 それは、弓佳にとってまさに運命の扉のように思えた。
 事実、そのとうりだったのだけど……。

「ようやく来やがったなぁ」
 便三がいった。
「だれ? あなたは?」
 女が誰何する。
 中森弓佳という相良総合病院に勤める若手看護婦だった。
 確か21才だったはずだ。
「うっ、うっ、ふぁんっ」
 便三の上では、まだあそこに毛が生えて間もない年頃の少女があえいでいる。
 腰のあたりまで届くような漆黒の髪が、汗をいっぱい吸い込んできらきらと輝いている。
 とても美しい少女。
 名を相良椎奈といった。
 相良晶吾の姉の子供……。
 つまり晶吾にとっては姪にあたる。
 一目見て気に入ったから、モルモットにした。
「おねぇちゃんを放せ!」
 弓佳が怒りをあらわにしてそう叫んだ。
 でも、本人がそう意識してるだけで、本当は普通に話すのとあまり大差ない大きさの声だった。
「くくっ。おいおい、ちゃんとみてるのかよぅ? おれの上に勝手に乗っかってるのは、このお嬢ちゃんなんだぜぇ?」
 あいかわらず不快な笑みをうかべながら、便三がいうと。
「そんなことはない! おねぇちゃんは、そんなことしない! おまえがやらせてるんだ!」
 あくまで、弓佳は強気で言い張る。
 でも、それは自分の体を抑えるためでもあった。
 男の不潔きわまりない、やせ細りあばらの浮き出した脆弱な肉体を見ているだけで、弓佳の股間からは熱いしたたりが溢れ、太ももを伝い落ちてこようとしている。
 まだ幼さを残した肉体を弄ばれているおねぇちゃん。
 わたしが助けないと……。
 その想いだけで……。
 でも、いまだに弓佳は自分より明らかに年下のおねぇちゃんという存在の矛盾に、まだ気づいていなかった。
 いや、気づくことができなくさせられていた、というのが正しい。
 便三によって。
「いつまで、そんなとこにつったってんだ? 早ぇとこ中に入って着てるものぬがねぇか! そんなカッコいつまでもされてちゃ、いい加減俺様のものが萎えちまうぜぇ」
 それは命令だった。
「な、なにをいってんの? あんた……」
 弓佳が言い返そうとしたとき。
「いや? な、なんで? どうしてあたし……」
 弓佳の体は便三の命令にかってに従っていた。
 後ろでにドアを閉めると、着ている服を脱ぎだす。
 抵抗なんてできない。
 自分の体が、まるでストリッパーにでもなったかのように、なにかのリズムにでも併せるように踊りながら、明らかに便三の視線を意識して脱いでゆくのをただ感じていることしかできなかった。
 一枚服を脱いでゆくごとに、自分の体が変化してゆくのを感じている。
 まるで蛹の殻を脱ぎ捨てる蝶みたいに。
 妖しく美しく、そして淫らになってゆくのを。
 体中どこでも感じた。
 どこかに何かが触れるだけでもイッてしまいそうだ。
「ま、まけるもんか……」
 それでも、必死で戦おうとする弓佳。
「ふひひひっ、くうくっくっ」
 その様子を見て、いかにもたまらないという感じで便三が嗤い声をたてる。
「まだ気づかねぇのかよぅ? 日記読んだんだろうがよう?」
 そういいながら、便三の右手が思いっきり椎奈のお尻をたたく。
 ピシャッッッ!
「ふあぅぅぅぅ!」
 その一撃で幼い椎奈はイッてしまう。
「おねぇちゃん!」
 その様子を見た弓佳が心配そうに声をかける。
「くくっ! しんぱいかぁ? だったらよぅ、てめぇで、しばらくこいつのめんどう見てやるんだなぁ!」
 そういって便三は、自分の上でぐったりしている椎奈を床の上に転がした。
「おねぇちゃん! だいじょうぶ? おねぇちゃん!」
 心配そうにしてるのは弓佳の声だけで、体はまるで反応しなかった。
 いまだにストリップの続きの踊りをおどっている。
 ときおり自分の股間を大きく広げでは、指で大きくスリットを広げて便三の目を楽しまそうとしていた。
 特に命令されたわけでもないのに、まるでそうすることが当然とでもいうように。
「ほらよ! こいつを使ってやってやるぜぇ!」
 そういって便三が枕の下から取り出したのは、黒々とした双頭バイブ。
「ひぃっ! そ、そんな!」
 弓佳の体はまるでためらうことなく片方の頭を、自分の股間の奥の方へと突き入れる。
「うあんっっっ!」
 強烈な快感がきた。
 でも、当然そこで終わりではない。
 このバイブにはもう一つの頭があった。
「おねぇちゃん、ごめんね!」
 あやまりながら、それでも弓佳の体はためらうことなく動き、椎奈の小さなあそこにバイブの頭を突き入れる。
「ふあぅ!」
「ひいぃっ!」
 二人は強烈な快感に囚われた。
「おねぇちゃん!」
 弓佳がいうと。
「ゆみかちゃん!」
 椎奈が答える。
 二人はどちらからともなく、お互いの口を吸いあった。
 ぺちゅ、にちゅ。
 そんな音をたてて舌を絡め合い、互いの唾液をすすり合う。
 もう止められなかった。
「きもちいいよう、ゆみかちゃん、もっとしてぇ」
 椎奈が言うと。
「かわいいわぁ、おねぇちゃん! してあげるぅ、もっと気持ちよくしてあげるぅ!」
 そう弓佳が答える。
 二人の腰は激しく動き続け、両手はお互いの体を隅々まで刺激する。
 とどめはお尻の穴。
 アナル。
 指を突き入れた。
「ふいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「きうぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
 二人はイった。
 強烈な絶頂だった。
 まるでレズみたいに、女同士で気持ちよくなっていた。
 でも……。
 たりない……。
 決定的に足りないものがあった。
 そして、それは奇しくもイったことでなおさら鮮明になってしまった。
 だけど……。
「どうしたぁ? 何かいいたそうじゃねぇかよぅ?」
 便三が聞くと……。
「な、なん……でも……ない……」
 一体なんでそうなことをいうのだろう?
 半ば朦朧とした意識の中で、弓佳は思っていた。
 楽になりたかった。
 最高の快感はすぐそこ、ほんの目の前にあるのに。
「お、ねぇ、ちゃんを、はな、せ……」
 本当に、何を言っているのだろう?
 苦しかった。
 辛かった。
 このままでは、自分は壊れてしまう。
 そう思った。
「は、な、せ……。か、え、せ……。お、ねぇちゃ……ん。はな、せ………………」
 弓佳の口からは、もはや意味のない言葉が繰り返されているだけになった。
「ちっ、ここまでだな……。もういいぜ、てめぇら、“俺様の奴隷にもどるんだ”」
 便三が言った言葉。
 それこそは、開放の言葉だった。
 すべてを思い出していた。
 あの日。
 ご主人様に言われたのだ。
 てめぇら二人を使って実験をしてやる、と。
 だから、明日はオナニー抜きでこい……と。
 その次の日に椎奈と初めて合った。
 椎奈も便三の奴隷だった。
 モルモットは二人いて、これから二人は姉妹となるのだと言われた。
 普通にしたんじゃ面白くないから、7歳以上も年下の椎奈を姉にしてやると言われた。
 そしてその日3人でセックスをした。
 頭の中が真っ白になるようなすさまじいセックスを。
 前日オナニーをしてこなかったのがさらにそれに輪をかけた。
 やってる間は、もう何も考えることはできなくなった。
 その間便三が強力な暗示を刷り込んでいった。
 すでに散々暗示をかけて続けていたから、普通の暗示はすんなりと刷り込めた。
 でも、今度の場合、それとはわけが違う。
 もう一つ別の人格を作り上げる。
 それも短時間に。
 便三はそのための実験を、この二人でやっていたのだ。
 そして二人がめを覚ましたとき、この家(本当の持ち主は便三が追い出した)にいた。
 便三のことも忘れて(別の人格は覚えているけど)いたって普通の家族みたいに暮らしていたのだ。
 でも、すべてを思い出した今となっては。
「ああ、ご主人さまぁ!」
「うぁぁん! ごしゅじんさまぁ!」
 二人は口々にそういって、便三のきたない体を舌でぺろぺろ舐め始めた。
 まるで親愛の情を示そうとする雌犬のように。

 結局実験は半分は成功半分は失敗だった。
 便三は自分の気が向いた時だけ、自分のことを求める都合のいいメス奴隷を作りたかったのだ。
 でも欲望の無意識下での働きかけを過小評価し過ぎていた。
 意識も記憶も完璧に作り変えたはずなのに、椎奈は再三にわたって便三の携帯に電話をしてきた。
 本人はまったく気づいてないようだが、弓佳も一度だけ便三の携帯に電話をしてきている。
 でも、表層の人格を破るようなことはなかった。
 だから、圧倒的な欲望はしだいに精神活動自体を破壊し始めたのである。
 それが、まだ小さな椎奈だった。
 せっかくのメスをみすみす壊してしまうのはもったいないので、こうして便三がわざわざ出向いてきた。
 そしてついでに弓佳を追い込んだらどうなるのかを、試してみることにしたのだ。
 出た結論は……。
 やはり椎奈と一緒。
 時期の差はあるにせよ、欲望を満たさないままほっておいたらやがて壊れてしまう。
 それでも新しい人格を植え込む前より、はるかにその期間は延びていた。
 だから半分成功で半分失敗ってことだったのだ。

「ふぁん!」
「ひゃうっん!」
 弓佳と椎奈がそれぞれ楽しそうに、そして幸せそうに声をあげた。
 便三が指を二人のスリットとアナルに同時に突き入れたからだ。
 二人の溢れつづける蜜は熱く、そして尽きることのない泉のようにわきだしてくる。
 今までどれほどイキ続けようと、けして満たされることのなかった欲望。
 それがいよいよ満たされようとしている。
 二人の頭の中には、もう一本の凶悪そうな形をした肉棒のことしかなかった。
 どちらからともなく、二人はお互いの唇を求め合っていた。
 まちどうしいその時がくるまで耐えるために。
 二人で、ご主人さまに一生お仕えするのだと誓いながら。

< つづく >

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