ニャルフェス 第1話 ニャルフェス降臨

第一話 ニャルフェス降臨

 華美かびたは朝から思いっきし暗かった。
 梅雨の明けた空はめいっぱい澄み渡り、これ以上ないっていうくらい世界は輝いているのに、なんだかかびたの回りだけどんよりと暗かった。
「はひっ~~」
 気の抜けたコーラのような溜め息をつく。
 これで何度目だろうか?
 まぁかびたの溜め息なんぞ数えてるような物好きがいるわけないから、わかりゃしないが……。
 でも、溜め息のわけならかびた本人にはよっくわかってた。
 あこがれのさやかが、最近ある男子生徒としょっちゅう一緒にいる。それが学校中のうわさになっていた。
 持手杉カオル。
 成績は常に学年トップ。スポーツもサッカー部、野球部、バスケ部などに助っ人として出場するくらいにみごとにこなす。
 顔立ちも美形で笑顔を振り撒くだけで、女達ばかりでなく男だってゾクッくるほど。もちろん背も高く体のバランスは絶妙といっていいくらいにととのっていた。
 そのうえになんと性格まで極上で口数は少ないのに人当たりが良く、自分のことをけしてひけらかすことはなく、男子生徒の友人も多い。
……いや実際ほとんどの女子生徒は彼のことを遠巻きにして眺めているだけで、彼の周りいるのはほとんど男子生徒だったのだけど。
 それに対してかびたはといえば、成績は常に最下位争いを繰り広げていたし(まぁだいたいはブッチ切りの最下位だったけど)、スポーツで一番得意なのはイメージ=トレーニングだった。
 真ん丸いビン底めがねを掛けていて美形からは程遠かったし、体格も150センチどうにかあるくらいのチビ太君だった。
 さらに性格はウジウジとしてる上にすけべ。どうにか変態のレッテルをまぬがけているのは、唯一といっていい一人の親友のおかげだった。
 その親友が持手杉カオルだった。
 かびたが一人でいると何処からともなくよってきて、なにかと話し掛けてくる。他人はかびたのことをカオルにできたおできだと言っていた。学校の七不思議にも数えられた。かびたからしたら、カオルのほうが勝手に近づいてきてたのだけど、だれもそんなことなんか信じちゃくれなかった。
 しかしまぁかびたにしてもカオルと色々話すのは楽しかったし、なんといってもかびたはイジメには馴れていた。小、中の間ずっとなんらかのイジメを受けつづけてきてて、イジメがなくなったのはカオルとつきあいだしてからのことだった。
 だから、そんな噂話なんてかびたにとってイジメと言えるほどのことではなく、たいして気にもなりはしなかったのだけれど。
 でも、問題はさやかの存在だった。
 源さやか。
 かびたの同級生。
 成績は常に学年のトップクラスを維持していたし、スポーツも優秀。特に彼女が所属する新体操部は何度も全国大会に出場しその度に上位入賞をはたしている。その中でさやかはエースと呼ばれる存在だったのだ。
 顔立ちは間違いなく美形。美しい顔には常に明るく元気そうな笑みが浮かび、見るものを虜にしてしまう。
 実際彼女が競技している所がテレビで放映されたとき、さやか宛のファンレターが放送局にさっとうしたらしい。
 そういう女の子だったから、学校内で彼女に対して片思いをする野朗は後をたたなかった。
 もちろんかびたもその一人だったのだけれど。
 でも、それも事情がかわった。
 急にさやかがかびたの近くによってくるようになった。
 もちろん、かびた目当てであるはずがない。
 カオル。
 そう、彼女はカオルに対してかなり積極的なアプローチを仕掛けてきたのだ。
 どちらも甲乙つけがたいくらいの美形同士。
 学内の誰もがこういった。
 お似合い……だと。
 もちろんかびたもそう思う。でも近くでその様子を見ているだけになんとも複雑な割り切れない気持ちだった。
 どうなるにしても、彼女の気持ち次第なんだと頭では思っているのだけれど、心がそれをこばんでしまう。
 だからそれが気の抜けたコーラの溜め息となってしまったりするのだ。
「一緒に帰ろうよ」っていうカオルの誘いを、ひどく迷惑そうな……ありていにいって“じゃまよ!”って訴えてるさやかの視線に脅されるようにして断り、一人さびしくかびたは帰宅する。
「ただいまぁ」
 誰もいない自宅の玄関で形だけの挨拶をして、二階にある自分の部屋へ向かう。
 もちろんその途中、気の抜けた溜め息をつくのをわすれずに。
「ふへ~~っ」
 部屋に入るなり、気の抜けた声を上げでベッドにひっくり返るかびた。
 なんだか、すべてが虚しく感じられる。
 こんなときは……。
「ういっ、とっと」
 へんな掛け声をかけながら、かびたが立ち上がり向かった場所は自分の机。
 もちろん勉強なんてするためじゃない。
 机の上のパソコンのスイッチをポチッと押すと、立ち上がるまでボーッとする。
 ちなみにボーッとするのはかびたの得意技だった。
 起動が終わるとすぐにホームページをめくり始める。
 もちろんかびたが見てるのは、H画像の一杯つまったサイトばっかし。それも、ノーマルなHじゃなく器具やロープで女の人を拘束してるような写真ばかりを集めたサイトがメイン。
 チビで気の小さいかびたの心の中は、Sの気がたぁっぷりの変態さんだったのだ。
 夢中になってモニターを見つづけいたかびた。
 いつの間にか時刻は夜の9時をまわっている。
 かびたは、モニターにメールが届いたことを知らせるアイコンが表示されてるのに気づく。
「だれからかなぁ……」
 一応つぶやいてみるけど、かびたにメールを送ってくれるような相手はほとんどいない。
 っていうか一人っきりきゃいない。
 持手杉カオル。
 かびたにとって唯一の親友。
 んで、そのメールもとーぜんカオルからだった。
“やぁかびた君。最近元気ないね。今日も一人で帰っちゃうし、とても気になってたんだ。だからちょっとしたプログラムを作って添付しといたから動かしてみてね。きっとかびた君の役にたつとおもうよ。 一番の親友、カオルより”
 確かに添付ファイルがあった。
 かびたがファイル名を見ると、“異界神ニャルフェス召喚プログラム”とある。
 もっちろん、かびたのからからな頭では理解不可能だった。
「なんだろう?」
 そんなこと言いながらすでにファイルを実行してるのは、やっぱりかびただった。
「うひゃっ!!」
 かびたがのけぞった。
 モニターいっぱいになにやらわけのわからない紋章がうきだしてる。
 その紋章に次々とかびたが見たこともないような文字が描かれてゆき、それにあわせるようにスピーカーから声が聞こえてくる。
 なんて言ってるのかはぜんぜんわからないけど、間違いなくそれはカオルの声だった。
 それが10分以上続いた後、今度はモニターから強烈な光があふれだす。
 光は部屋中をまばゆく照らし、かびたは眩しくて目を開いてられなくなった。
 少しして光が収まったのを確認するように、かびたかそろそろと目を開けるととんでもないものが部屋の中にいた。
 一言で言えば“翼を持ったネコ”。
 ふわふわの体毛に包まれた、人型のネコ。
 おっきなお目々と、誇らしげにピンと張ったおひげ。
 ちなみに頭にはちゃんと三角形の耳が二つある。
 どうやら、ねずみにかじられてはいないようだった。
「おまえはだれニャ? ニャーニャになんのようニャ?」
 かびたが足りない脳みそを一生懸命かき集めて、
「あ、あ、あ、あ、あの……」
 ってなにか言いかけたとき。
「わかったニャ。とりあえず、おまえの望みをかなえてやるニャ。でもこれは試験だニャ。ニャーニャをめいっぱい楽しませるようにグッチュングッチュンでエロエロなことをするニャ。合格すればニャーニャが飽きるまでおまえに付き合ってやるにゃ。不合格だったらバイバイだニャ」
 って一方的にそのネコは言い放つ。
「……あの、どちらさまでしょう?」
 かびたがようやくそういうと、
「……おまえ、バカだニャ。ニャーニャはニャーニャにきまってるニャ!!」
 そう言われてかびたの頭は混乱する。
 でもそのとき天の啓示か、それとも奇跡が起きたのか、なんとかびたはさっき見たファイル名を思い出した!
“異界神ニャルフェス召喚プログラム”
「あ、あの……もしかして……神さま?」
 おそるおそるかびたがたずねる、
「あたりまえニャ!!」
 怒ったようにそのネコは答える。
「……ニャルフェスさまとおっしゃる……」
「さっきからそう言ってるニャ! 少しは神(ひと)の話も聞いた方がいいニャ! ただでさえおまえは馬鹿なんだニャ! 神(ひと)の話を聞かなきゃ馬鹿の限界を超えたスーパー馬鹿になるニャ!」
 かびたは言われ放題言われていた。
 でもなんだってカオル君はこんなのをよこしたんだろう、できれば美人の優しそうな女神様のほうが……。
 かびたがそこまで考えたとき、
ゴンッ!!
 あたまがものすごい音をたてた。
「うぃ~~ん……」
 かびたはそううめくと床の上にパタッと倒れる。
 かびたの頭を襲ったのは、肉球のたっぷりつまったネコパンチだった。
「馬鹿者ニャ! まったく、失礼なやつニャ! こうなったらもう、試験は関係ないニャ! おまえにずっとついててニャーニャ直々に教育してやるニャ! 覚悟するニャ!」
 そのネコ、異界神ニャルフェスはそう勝手に宣言した。
 もちろん、そこにかびたの意志なんて微塵も関係してない。
 かびたの頭が痛いのは、はたしてどんな理由からなのだろう……。
 ドガッ。
「いつまでも寝てるんじゃないニャ!」
 かびたはネコキックで無理やり起こされる。
「い、いたい……」
 かびたがうめきながらどうにか起き上がると。
「とりあえず、レッスン1ニャ!」
 かびたにあるものを見せて、楽しそうにそういった。
「……こ、これって……」
 かびたが言葉をつまらせたのも無理はない。
 なにせ、実際に見るのは生まれて初めてだったから。
 でも、画像でならよっく見かけるもの。
 つい今まで見てた画像にも、それは登場してきてた。
「おまえは、やっぱり馬鹿ニャ。見てわかんないのかニャ? これは鞭っていうんニャ」
 鼻先で笑いながら、異界神ニャルフェスがいう。
 かびたは思いっきり馬鹿にされてた。
 ネコに馬鹿にされたかびた。けっこうショックだった。
「……それをどうしろと?」
 気を取り直してかびたがたずねる。
「調教に使うにきまってるニャ。こんなもん食べたらいくらニャーニャでもお腹こわすニャ」
 なんで鞭が食欲に結びつくのかよくわからなかったけど、一応かびたはうなずいておく。
 ネコに馬鹿にされるのもいやだったし、ネコパンチやネコキックはもっといやだったけど……。
「……あの~、それで一体何を調教するんです?」
 恐る恐るかびたがたずねると、
「ふんっ。そんなこともわからないかニャ? 女の子を調教するにきまってるニャ。 ほかに何に使うつもりだったかニャ?」
 やっぱり馬鹿にされるかびた。
「……馬、とか……」
 弱々しくかびたが答えると。
「……」
 ニャルフェスは両手を広げて、ダメダこりゃって感じで首をふってみせる。
「馬なんてどこにいるのニャ? それに馬なんて調教して一体何するつもりなのニャ? まったく、おまえの頭の中には何が詰まってるのかニァ~~っ」
 ふか~いため息とともに、ニャルフェスがいった。
 かびたは、心底落ち込んでしまう。
 なんだって、今始めて会ったばかりのネコにここまで馬鹿にされなきゃならないのか……。
 生きてくのがいやになりそうだった。
 でも……。
「まぁ、そう落ち込むなニャ。生きてればいいこともあるニャ」
 かびたの肩に手を置いて、ニャルフェスが慰める。
 かびたは、よりいっそう複雑な心境に陥った。
 ネコに同情される自分って一体……。
「それじゃ、とりあえず使い方の説明をするのニャ。おまえの頭では一度にはむりニャのは分かってるから、取り合えず基本操作を教えるニャ」
 ニャルフェスが鞭をかびたに手渡しながらそういうと、
「……あの~、その前にちょっといいですか? ニャルフェスさま」
 おずおずとかびたが話し掛ける。
「なんだニャ。ニャーニャは慈悲深い神様ニャ。気が向けば聞いてやらんこともないニャ。取り合えず言ってみるニャ」
 ニャルフェスのその言葉に勇気づけられて、
「ぼくの名前は華美かびたっていいます。できればおまえじゃなくて、かびたって呼んでほしいんですけど……」
 思いきっていってみた。
 そのとたん……。
 ゴウィン!!
 その音とともにかびたは再び床の上にパタッとたおれる。
 ニャルフェスのネコパンチがみごとに決った瞬間だった。
「そんなことくらいで、いちいちもったいをつけるなニャ!」
 どうやら、ニャルフェスは細かいことにはあんまし気を払いたくない性質(たち)らしい。
「取り合えずそう呼んでやるから、それを見るのニャ」
 まだダメージは残ってたけど、かびたは懸命に起き上がり(ネコキックがとんでくるまえに)言われるままに手にした鞭を見る。
 色は黒。長さは1メートルくらいの棒状で、先にいくほど細く良くしなう。ただし、一番先端は丸い球状になっていた。
「それが“支配の跳鞭(ちょうべん)”だニャ!」
 ピンとたったおひげをなでながら、ニャルフェスが得意そうにいった。
「しはいのしょうべん?」かびたは、自分に聞こえたままをくちにする。
 ゴキュッ! ドゴッッッ!!
 今度はかびたにネコパンチとネコキックのコンボがきまった。
「馬鹿だニャ! とんでもない馬鹿だニャ! “しょうべん”じゃないニャ! “ちょうべん”だニャ!!」
 ひっくりかえるかびた。
 目がかすみ、ものが何十にもだぶって見える。
 かびたは、もうほとんど真っ白に燃え尽きかけていた。
「もう、よけいなことは言わなくてもいいニャ。だまって説明を聞いてるニャ」
 さすがにこのままでは本当に燃え尽きてしまう。
 かびたは黙って何度もうなづいた。
 それを見たニャルフェスは、かびたを睨み付けながら話を続ける。
「それは神器ニャ。ニャーニャが造った道具ニャ。それで他人を打つと、その相手の心に好きな命令を刷り込むことができるニャ」
 その言葉を聞いたかびたは手にした鞭をしげしげと眺める。
「いっとくけど、それでニャーニャを打っても無駄ニャ。ニャーニャは神様だニャ。神様にはきかないんだニャ」
 読まれていた。これを使えばサヨナラできるんじゃないかと一瞬考えていた。
「そんなことを考えるやつには、一生つきまとってやるニャ。人間の一生なんてニャーニャには一瞬ニャ。だからかびたも、安心してつきまとわれるんだニャ!」
 ニャルフェスがなんだか怖いことを言ってるような気がする。
 かびたはたぶん気のせいだと思うことにした。
「それじゃ続きだニャ。“支配の跳鞭(ちょうべん)”の効果は強く打てば打つほど強力になるニャ。でも、安心するニャ。それで打たれた相手は痛くもかゆくもないニャ。変わりに痛くなるのは打った本人なんだニャ」
 それを聞いたかびたは、すぐにもそれを捨ててしまいたくなった。
「だめだニャ。これは、ニャーニャがやる教育的指導ニャ。それを使ってニャーニャが気に入るくらいのエロエロンなことができなければ、できるまでパンチとキックをお見舞いするニャ!」
 もうかびたに引くべき道は残されてはいなかったのである。
 死して屍拾うもの無し……。
 という感じのノリだろうか……。
「ということで、とっとと寝るニャ。ニャーニャはもうお休みの時間だニャ」
 ニャルフェスが宣言する。
「おふとん、用意しましょうか?」
 かびたが言うと。
「そう思うんなら、とっととベッドになるニャ」
「えっ?」
 かびたにはその言葉の意味がよくわからなかった。
「いちいちうっとうしいやつニャ。とにかくニャーニャはもう寝るんニャ。だから、かびたはニャーニャのベッドなるんだニャ」
 いうなりかびたの頭にネコパンチが炸裂した。
 痛恨の一撃となった。
 かびたはついに燃え尽きた。

…………

 翌朝かびたが起きたとき、自分の体の上で丸ぁるくなってなているネコを発見した。
 それだけなら別にどうということもなかったのだけど、問題はこのネコが、かびたよりもだいぶでかかったっていうことだろう。
 だから、かびたが起きたときかびたの体中の間接が悲鳴をあげていたのも無理ないかもしれない。
 そのうえかびたが起きようとして、このネコ……ニャルフェスを起こしたとたんに殴られてしまった。
 なんでももうすこしでお腹一杯になるまで大トロを食べられたのだと言っていた。
 聞けばそんな夢は毎日見ているそうだ。
 かびたは、毎朝起こすたびに殴られなければならないのか、と憂鬱になった。
 なぜなら夢でお腹一杯になることなんてないことは、かびたの頭でさえ容易に理解できたから……。
 でも、かびたは学校に行けば開放されるんじゃないかって考えてた。
 まさか、ついてくるはずないって……。
 かびたの勝手な妄想だった。
 現実はネコの形をとって、しっかりとかびたにひっついてきた。
「なにしてるニャ。こんなとこで訳のわからない話なんて聞いてないで、さっさと行動するのニャ!」
 ニャルフェスが横に立って騒いでいる。
「でも、授業中なんだってば……」
 できるだけ小さな声でかびたが言い訳する。
 どうもニャルフェスの姿も声も他人には分からないようだから、まわりにはアブナイやつが一人でブツブツなにやらいってるように見えてるはずだった。
「そんなの、ニャーニャには関係ないニャ。ニャーニャは退屈なのニャ。面白いこと今すぐするのニャ」
 ニャルフェスがだだをこね始める。
「か、かんけいないって……。勝手についてきといて……」
 そういったとたん、かびたの体が宙を舞った。
 周りにはそうみえていた。
「やっぱり、かびたアホニャ。何度ニャーニャのパンチを受けても全然こりてないニャ」
 ゆっくりとネコパンチの残心を解きながら、ニャルフェスが完全に見下したようにそう言った。
「華美! 一体ひとりでなにやってんだ! そんなに騒ぎたいなら廊下でやっていろ!!」
 数学教師の鶴田に室外退去を命ぜられてしまう。
「ギャハハハ!」
「バッカみたい!」
「ニャハハハ!」
 一斉に教室中が爆笑の渦に包まれた。
 その笑い中にはニャルフェスも含まれている。
 完全にひとごととしか思ってないのだろう。
 さやかもまた、笑っていた。
 さすがに声はたてていなかったけど……。
 かびたはさらに落ち込んでしまう。
「アホのかびた。これはチャンスニャ。あの娘を“支配の跳鞭(ちょうべん)”で叩くのニャ」
 のろのろと、かびたが立ち上がるとニャルフェスがけしかけてくる。
「えっ? でも……」
 かびたはためらう。こんなとこでそなんもん見せたら、間違いなく変態のホーリーネームをさずかってしまいそうだ。
「大丈夫ニャ。それは神器ニャ。かびたとニャーニャ以外には見えないのニャ」
 自信一杯にそういった。
 かびたは曲げて無理やり押し込んでいた鞄の中から鞭を取り出す。
 もちろん信じたからではなく、ここで逆らったらまたネコパンチを喰らう事になりそうだとそう判断したからだった。
 すると、まわりはほんとに鞭は見えてないようだった。
 みんなの視線を集めながら、さやかの関の横を通り過ぎようとしたとき。
「今だニャ。“支配の跳鞭(ちょうべん)”を使うニャ」
 言われてかびたは鞭を振るう。
「あたっっ」
 小さくうめいてしまうかびた。
 叩かれたさやかの方はどうもなってない。
 その上なんの変化もなかった。
「とことんかびたは馬鹿者ニャ。命令しなきゃただ痛いだけニャ。もう一度やるニャ」
 もちろん、かびたはやりたくなかった。
 痛かったから。
 でも……。
 でも、逆らえばネコパンチが飛んでくる。あるいはネコキックかもしれない。それは、もっと痛かった。
 選択の道は一つしかない。
 鞭を振り上げる。
「……」
 かびたは凍りついた。
 なんて言えばいいのか、わからなかった……。
「……わかったニャ。かびたの頭では、それが限界なのニャ。取りあえず、ニャーニャのいうとおりにするニャ」
 かびたが言われたのは、ひとつの命令と命令を伝えるのは口にする必要はないってこと。
 それを聞いて再び鞭を振るう。
“ついて来い”
「いたっっ」
 うめいてその場にうずくまるかびた。
 教室中の注目がかびたに集まっていた。
 ただ、みんな笑ってない。
 なにか奇妙なものでも見るようにかびたの方を見ている。
「華美。おまえ、どうやら保健室に行って来たほうがいいようだな。……まぁなんだ、ゆっくりと休むことだ。それと、できれば病院に行ったほうがいいと先生は思うぞ」
 なんだか鶴田教諭も複雑な表情を浮かべてそう言った。
 一体かびたのことをどう思ったのかは、聞かない方いいような気がする。
 かびたは鶴田教諭に頭を下げた後、黙って教室をでてゆこうとする。
 ガタッ!
 いきなり立ち上がったものがいた。
 源さやか。
「どうしたんだ? 源?」
 不思議そうに、鶴田教諭がたずねる。
 あまりに唐突に思えたからだ。
「えっ?」
 立ち上がったさやかも驚いているみたいだった、けど……。
「あ、あたし、華美君を保健室まで送ってきます」
 すぐに、そう答えていた。
 なぜかは分からないけど、そうしなければならなかった。
“華美君についてゆく”
 その考えに逆らうことができない……。
 だから、そう答えるしかなかった。
 鶴田教諭は唐突な申しでで少しとまどったけれど。
「わかった。そうしてやってくれ。確かに華美だけじゃ、あれだからなぁ」
 そううなずいた。
「はい……」
 そうして、かびたとさやかは保健室へと向かった。
 二人の後姿を呪い殺すような男子の視線と、好奇心に満ちた女子の視線が追っていたのはいうまでもない。

…………

「じゃああたし帰るね」
 とさやかは言うつもりだった。
 保険室に二人して入ったときに。
 でも、なぜか言い出すことができないでいた。
 くる途中もずっとなんでこの人の後をついてゆきたくなったのか考えていた。
 でも、わからない。
 保険室に入ったとき、中には保険の先生がいた。
 後は彼女にまかせて帰ろうと思った。
 でも、どうしてもそうすることができない。
 かびたが彼女にむかって何やら手をふる。するとさっきみたいになにやら悲鳴をあげて、うずくまってしまう。
 そんなかびたを置いて、保険の先生はさやかに一言残して部屋をでていってしまった。
「あと、よろしくね」
 冗談ではない。なんだってこんなのと一緒にいなければならないのか?
 何か言い返そうと思ったけど、保険の先生はさっさとでていってしまう。
 カチャ。
 ご丁寧に鍵まで閉めたようだ。
 まったく、今日は一体何ていう日なのだろう。
 これが、こんな貧相なチビ男じゃなくて、カオル君だったらどれほどいいことか……。
「やぁ、ふ、ふたりっきりに、なっちゃったね……」
 なんだか恐る恐るって感じでかびたが話し掛ける。
 まったく、何が怖いというのだろう?
 さやかが身の危険を感じるのならわかるのだけど……。
 まぁ、さやかより10センチ近くも背が低いこんな貧相な男が襲ってきたところで、さやかにとって大した危険にはならないはずだ。
 だから今の問題は別のところにあった。
 自分がなんで、ここから立ち去ることができないのかっていうこと。
 でも、いくら考えても答えはみつからない。
「どうしても、しなくちゃだめ? ……だって痛いんだよ。……わ、わかった、するよ。すればいいんでしょ?」
 かびたがなにかと話している。
 視線の先には誰もいない。
 その光景を見ていたさやかは、初めてこの状況ってヤバイんじゃないのかって思いはじめる。
 なんだかひどくいやそうな表情をしながら、かびたがさやかのほうに向かって手を振った。まるで、鞭かなんかを動かすみたいに。
 その直後かびたはまた床の上にうずくまり、うめき声をあげる。
 その様子を見ながらさやかは、自分の心の中のどこかが変化したような気がした。
 でも、それがなんなのかはさやにはわからなかった。
 ちょっとふらつきながらかびたが立ち上がると、いきなりさやかに向かってとんでもないことを言ってきた。
「制服をぬいでみてよ」
 さやかは、何バカなこといってんの、と言い返そうとしたが、
「はい……」
 と返事をかえしていた。
 もちろん、さやかはそんな言葉に従うつもりなんて微塵もなかったのに……。
 さやかの体が動いていた。ゆっくりとだけど制服のボタンをはずそうとしている。
“な、なんでこんな……”
 さやかはとまどっていた。
 必死で抵抗する。
 体の動きが少しゆるやかになった。
 それをみはからったようにふたたびかびたの手が動き、かびたは床の上にうずくまった。もちろん奇妙なうめき声をあげながら。
 さやかは、その瞬間自分が服を脱ぐのを全然いやがってないことに気付く。
 それどころか、一枚脱ぐたびにどんどん気持ちよくなる。
 それは命令に従ったから……。
 心の中で誰かがいった。
 かびた君の命令に従うのは気持ちいいのだと。
「ま、まだやるの? ……わ、わかりましたよ、やりますよ。やればいいんでしょ?」
 かびたがまた何かと話しているようだったけど、今度はあんまり気にならなかった。さやかはまだ最後の一枚、パンティを脱いでいる最中だったから。
 かびたがまたさっきと同じことをしながら、床にうずくまる。
 そのとたん、さやかはある真実に目覚めた。
 自分はなんでさっきから華美君などと気安く考えていたのだろう?
 ご主人様をつかまえて、どうしてそんな無礼なことをかんがえられたのか?
 どう考えても理解できなかった。
 では、どう呼べばいい?
 ご主人さまか? それとも華美さまか? かびたさまってお呼びしていいんだったなら最高なんだけれど……。
 迷うさやか。
 でも、すぐに結論はでた。
 ご主人さまである方にお尋ねすればいいのだ。
「あのぅ。わたしご主人さまのこと、なんとお呼びすればよいのでしょう?」
 それがさやかの保健室での第一声だった。
 当初さやかが考えていたものとは、だいぶ変わってしまってる。
 なにやら、今度は頭をおさえてうめいていたかびたが驚いたようにさやかを見た。
 まるで、別人を見るような目で……。
「あのぅ?」
 ちょっとさやかは不安になっていた。
 なにか、失礼でもあったのではないか、と。
 するとかびたは、空中に向けて何やらまた話始めた。
「えっ? もう変更できないって? やり過ぎたって……。 一生飼うしかない? だってニャルフェスさまがやれっていうから……。 あぐぅ! いっいたい……。 手加減しろって……いわなかった……。 うぎゅうっ………………」
 何かに弾き飛ばされたようにかびたがベッドの上に飛んでゆき、そのままのびてしまう。
「あっ! か、かびたさまっ!!」
 あわててさやかが追いすがる。
 いつのまにか呼び名がかびたさまになってた。
 そのことに、さやかは気付いてなかった。
 今はかびたさまの身だけが心配だった。
 何が起きたのかは分からない。
 でも、かびたさまの身に何かあれば自分も後を追わなくてはならない。
 自分はその身も心もかびたさまに捧げた性奴なのだから……。
 自分が全裸であることもかまわず、さやかはかびたの体に取りすがる。
「かびたさま! かびたさま! ご無事ですかかびたさま! どうか、目を開けてください! かびたさまにもし何かあれば、さやかは、さやかは、生きてゆくことなんてできません!」
 それは、血の出るような叫び。
「う、う~ん。……さやかちゃん? ……あっあっあ~~っ。は、はだか……」
 裸体を惜しげもなくかびたに押し当ててくるさやかに、かびたはあわてている。
 まぁ、気の弱い童貞男にとって当然の反応だろう。
「よ、よかったぁ。ふぅ~っ。かびたさま、ご無事だったんですね!!!!!」
 本当にさやかがほっとしたようにそう言った。
 さっきまで、まるで世界が終わってしまう、そんな気持ちを味わっていたのだけど、一気にさやかの心は落ち着きを取り戻した。
 それと同時に、とても大切なことに気が付いた。
 それは、身も心もまだ捧げてないってこと。
 心はもう捧げてしまっている。
 だけど、肉体のほうはまだ捧げてない。
 まだ処女のままの体。それをお捧げして、初めて自分はかびたさま(いゃぁかびたさまだなんて)の性奴と呼ばれるにふさわしくなれる。
 だいたい、なんで今までそうしなかったのか?
 そのことが、さやかには不思議でならなかった。
 だけど、あやまちは早急に正さなくてはならない。もちろん、かびたさまがそれを望めばの話だけど……。
「あのぅ、かびたさま……ってお呼びしてよろしいですよね?」
 そう言って、かびたがうなずくのを見た後、
「かびたさま。さやかの処女を奪ってください。かびたさまの尊いモノで、さやかの膜をぶち破ってください。……お願いします」
 さやかが頭をベッドの上にこすりつける。
 本気で言った、それこそ今生の思いで言った願いだった。
 本来なら、性奴の自分からこんなことなど言っていいはずがない。だから、断られればいっそひとおもいに命を絶つ。そんな覚悟を秘めた言葉だった。
「わ、わかったよ、さやかちゃん……」
 明らかに、押されるようにしてかびたがうなずくと。
「よかったぁ。……それでは、お洋服をお脱がせしますね、かびたさま!」
 さやかは、胸をなでおろした後、ほんとにうれしそうにそう言った。
「……えっ? 服を脱がすって……」
 かびたが回らない頭で、その意味を必死で考えているうちにさやかは、かびたを自分と同じように生まれたままの姿にしてしまった。
「次は、おたたせしますね!」
 さやかはまるでためらうことなく、かびたのいちもつを口に含んだ。
 それだけで気持ちよくなれた。
 なんという快感なのだろう。
 この匂いも、味も、舌触りも、すべてが快感にむすびつく。
 すばらしい。
 ほんとにすばらしい。
 これが、かびたさまのものなのだ。夢にまで見た……。
 そこまで考えてさやかはふと思う。
 夢にまでみたって?
 いつ?
 でも、すぐにそんなことなどどうでもよくなる。
 だって今はこんなにも気持ち良いのだ。
 それに、こうやってかびたさまにご奉仕できているのだから、何を悩むことがある?
「いい……。きもちいいよ、さやかちゃん。で、でちゃうよ!」
 かびたがうめきながら精を放つ。
 さやかが舐めはじめてから、ものの3分とたっていない。
 童貞にしても早すぎるのではないだろうか?
 でも……。
「おいひぃれすぅ! かびたさまぁ! さやかわ、とても幸せモノれすぅ」
 さやかは完全に喜びに浸りきっていた。
 けれど、まだ終わりじゃない。
 これからが本番なのだ。
 本当の意味でかびたにその穢れのない身体を捧げねばならなかった。
 ぴちゃ。ぷちゅっ。
 いやらしい音をたてながら、かびたのものを丹念にねぶっていき、再び立ち上がらせると、さやかはかびたの頭の上に自分の股間をまたがらせる。
「さやかの淫やらしいものですぅ。どうか、お好きなように扱ってくださいぃ」
 そこから滴ったしずくがかびたの頬を濡らした。
「さ、さやかちゃんのアソコ……」
 そういうなりかびたは、さやかのそこにむしゃぶりついた。
「あっ、うぅぅん。ひ、ひもち、いいれすぅ」
 さやかが半分正気を失った快感の声を上げていた。
 かびたのほうは、何回か嘗め回すとすぐにそこに自分のを突っ込みたい衝動を抑えきれなくなってしまう。
 まぁ、童貞だし、無理ないけど……。
 たっぷりと濡れていたさやかのアソコは、けっこうすんなりとかびたの一物を受け入れる。
 さやかは、破瓜の痛みを感じていた。
 とても痛かった。
 でも、それはさやかにとんでもないくらい……、なにものにも換えがたいくらいの喜びをもたらしていた。
「い、いたいの? や、やめようか?」
 いつしか涙を流していたさやか。
 それを見たかびたが心配そうにそう言った。
「ち、ちがいます!! うれしいんです! とってもうれしいんです! だから、やめるだなんて言わないでください。そんなことされたら、さやかは性奴失格になってしまう。それでは、さやかに生きてる意味なんてなくなってしまいます!!」
 さやかは、必死になってそういった。
「わ、わかったよ……」
 当然かびたは、そう答えるしかなかった。
「よかった……。さやかになんて、気を使う必要なんてないんですよ。さやかはご主人さまの性奴にしか過ぎないいんですから。思うように扱っていただくのがさやかの一番の幸せなんです」
 そう言われて再びかびたは腰を動かし始めるが、だからといって激しくなんて動かせなかった。
 インターネットを見てるときは、幾らでも残酷になれたのだけどやっぱりそれはイメージ=トレーニングでしかなかった。
 実際のところかびたが完全なS男となるには、かなりの修行が必要のようだった。
 まぁ、なんにしてもそういう男なのだけど、かびたは……。

………………

「まだまだだニャ」
 ニャルフェスの評価だった。
「ぜんぜんエロくないのニャ。いいとこ22点ニャ」
 どうやって付けた点数なのか……。
「で、でも初めてだし……」
 かびたが反論をこころみる。
「そんなこと、ニャーニャにはぜんぜん関係ないのニャ」
 かびたの反論はその一言で片付けられてしまった。
「まぁ、次は頑張るのニャ」
 それを聞いたかびたは、なんだかいやな予感がして……。
「つ、次って……」
「もちろん、次の女の子のことニャ。今回はイマイチでも次頑張ればいいのニャ!」
 かびたは、なぐられてもいないのに頭を抑えたくなった。
「それって、もしかして……」
「そうニャ! この学校にはまだまだきれいな女の子がい~っぱいいるニャ。そして世界にはも~~~っといっぱい女の人がいるニャ」
 かびたはほんとに頭を抱え込んでいた。
「なぐってもいないのに頭を抱えてどうしたのニャ? ……かびたはやっぱりへんなやつニャ!」
 ニャルフェスが勝手なことを言っている。
……そして。
「あっ。かびたさまぁ。さやかを置いていかないでください。さやかは、さやかは、かびたさまなしでは生きてられません!」
 ここにもかびたの頭を痛くする問題が、美しい裸体をさらしていた。

…………

「ふふっ。かびたくん、さっそくあの女を虜にしたみたいだね……」
 そういって美しい顔に、どことなく淫らな笑みを浮かべている少年がいた。
 持手杉カオルだった。
 その手元にはペンダントがあった。
 その中には一枚の写真が収められている。
 華美かびたの写真。
 それも、かびたが眼鏡をはずしたときの写真が、カオルに向けて微笑んでいた。

< つづく >

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