外仙 章之弐「虎口」 2

章 之 弐 「虎口」 2

 母がみつづけた夢があった。
 つらい修行の後、妖げつとの死闘を乗り切ったとき、仙道どものはりめぐらした方陣うちやぶったとき。
 母が語った夢。
 あの方に”囲”われること……。
 それはさちの夢でもあった。
 その血に刻まれた夢。親から子へと受け継がれる想い。
 外仙の剣となること。それこそが”攻人”として生まれてきたもののつとめであり願い。”守人”と違ってその傍らにしたがうことはゆるされていない。それがかなうのは”囲”われたときだけ。”囲”われて初めて、外仙の剣たるをみとめられるのだ。
 だけど、母はその夢をはたすことなく逝った。その母も同じだった。
 そう、闘うことを生まれてきたときから宿命づけられた”攻人”にとって、死は常に身近かにあるものだった。
 だけど”攻人”の血は絶やすわけにはいかない。だから母は剛き血を求めて、父、神野との間にさちを作った。
 もちろんそこに愛などなかった。たださちを生むために利用しただけのはずだった。
 だけど誤算が生じた。父が母を愛してしまった。”攻人”たる母を、それこそ全霊をかたむけるようにして。
 妻子があり社会的にもかなりの地位にまで上り詰めた男なら、自分におぼれることはないだろう、とそう考えての選択だったのだけれど……。
 母は父がさしだした、すべてのものを拒み通した。住む場所すら父の世話になることはなかった。
”攻人”は人を愛することはできない。それは血に刻み込まれた刻印。
 だから父がどれほど努力をはらおうとも、母がそれに応えることはできない。だけど父は母が死ぬまでその無意味な挑戦をやめようとはしなかった。ただ、娘に神野の姓を与えたのは、そんな父にたいするせめてものつぐないのつもり、だったのかもしれない。
 その父は母と同じ……いやそれ以上にさちを愛してくれた。会いにくるたびにいろいろなものを、さちのために持ってきてくれるが、それをうけとることはできない。……母とおなじ理由から。
 こばんだときに見せる、父の顔を見るのはつらかった。だけど、会いにきてくれるのは本当にうれしかった。
 だからさちにできる範囲で、精一杯もてなしたつもりだった。すこしでも喜んでもらえるならと願いつつ。
 でも結局さちも、その父を利用することになってしまった。死したのち蘇るために。あの方に”囲”われるために……。

…………

 青木葉子が英語の教科書を読み上げている。それはいつもの光景、なんの変哲もない風景だった。
 ……そこにひとつの影がすべりこむまでは。
 いつのまにか彼女はそこにいた。
 教壇に立つ葉子のかたわらに、まるでそこにいるのが当たりまえのように。
 そのとき教室には35人の女生徒がいた。教師である葉子をあわせると、36人の人間がいたことになる。
 彼女たちの運命は、そのときに決められてしまった。
 彼女らの日常に割り込んだものによって。
 それは本来彼女たちの日常の一部だったはずのものだった。そう、彼女らの前から姿を消してしまったあの日まで。
 誰が最初に気づいたのだろう。
「せ、せんぱい!」
 その声と同時にみんなの視線がそこにあつまる。
「雨宮さん!! あ、あなた一体どうして……」
 葉子の言葉は途中で遮られる。
 雨宮悠子の言葉によって。
「おまえたち喜びなさい。おまえたちをこれから、黄さまのための道具にする」
 その意味を理解できたのは、おそらく皆無だったろう。
「……一体あなた何を言ってるの?」
 それまで行方不明だった人間が突然現れて、こんな訳の分からないことを言っているのだ、これくらいは言いたくなる。
 だけど、
「あんたうるさいな」
 少しうざったそうに悠子はそういうと、
「とりあえず、着てるもの脱ぎな」
 そう命じる。
「えっ?」
 葉子はとまどったような表情をみせる。なにを言っているのか、理解できなかったから。
 でも彼女の体の方は、その言葉に従っていた。
「な、なにこれ? あたし何でこんなことをしてるの?」
 自分の体が勝手に動き出し、着ているものを脱ぎすてる。
「あたしがそう命じたからにきまってるじゃない」
 道化でも見るかのような視線を送りながら、悠子が教えてあげる。
 葉子はここにいたって、初めて事態の異常さに気が付いた。
「悠子さん! あなたがこれをやってるのね? やめなさい、今すぐこれをやめさせなさい!!」
 叫ぶように葉子がいったとき、彼女の両手はブラをはずし終えパンティーにかかろうとしているところだった。
 そんな葉子のことは完全に無視して、目の前で起きている異常な事態にざわつきだした教室をみわたすと、悠子は女生徒たちにむかって一言命じる。
「だまりな」
 その瞬間、話声がぴったりとやんでしまう。話すことをやめたからではない、話すことができなくなったからだ。
「さあ、とりあえずあんたには教師として生徒の指導をやってもらう。……さあ、教卓の上に座りな」
 そう悠子が命じると、
「悠子さんやめなさい! あたしに一体何をさせるつもり? あなたはこんなことをするような娘(こ)じゃなかったはずよ! 今すぐこれをやめなさい」
 そう抗議しながら、教卓の上に全裸のまま腰をおろした。
「残念ね、先生。あたしはもう黄さまの命令を遂行するための人形にすぎない。以前のあたしだったら助けてあげただろうに、ねぇ先生。……ほんっと残念ね」
 そんなことを話しながら悠子は葉子の股間に手を伸ばし、黒々としたいやらしいしげみの奥にゆびを差し込む。
「さあ、生徒たちにお手本をみせてあげな。ここに自分の指をつっこんでこねくりまわし、胸も力いっぱいイヤらしくもみあげるんだ」
「いやっ! たすけてお願い!」
 葉子は助けを求めながら、言われるままに激しくオナニーをはじめる。
 その姿を見ていた、教室内の女生徒たちはおびえきっていた。
 声をだすことができなくなっていた。それだけではなく、席を立つこともできない。もうすでに彼女たちに自由はなくなっていた。
 その上で彼女たちの目の前でおこなわれている光景が、心底彼女たちをおびえさせてしまっていた。
「あら? センセ、あんた感じてるね? まったく教師のくせに、人前でオナニーなんかして感じるなんてとんだ変態だね。アハハハ!」
 葉子が股間から熱い蜜をしたたらせているのを、めざとく見つけた悠子がそういって派手にあざ笑う。
「ち、ちがう、わ……ンッ! か、感じてなんか……、ウッ。ないッ」
 そういう葉子の声には、明らかに甘いものが混じっていたのだけれど、決してそんなことをみとめるわけにはいかなかった。彼女は教師なのだから。
「アハハハ! たのしいねぇ。こんな状況でも、まだそんなこといえるんだぁ。もうちょっと悶えさせときたいきもするけどさぁ。後が詰まってるから、もう”呪種”入れさせてもらうよ」
 そう言いながら、悠子は教卓の上で激しく悶えている葉子に近づくと、その顔を両手でつかんで上向かせる。
「いや、やめて、んッ、これ以上、ウンッ! おかしなこと、アウッ! しないで……」
 自身のするオナニーによって、言葉を途切れさせながらも必死に哀願する葉子に、
「ダメ。あんたは生まれ変わるんだ。黄さまのためだけに存在するモノに、ね」
 冷たくそう告げると、自分の唇を葉子の唇に押し当てる。
「アグッ。グウッ、ウッグウッ!」
 何かが悠子の口の中かから、葉子の口の中へと滑り込んできた。
 ちょうど卵くらいの大きさで、ぬらぬらとした舌触りと、やわらかな感触をもっていた。
 それは自らの意志をもつもののように蠢くと、葉子喉へとすべりこみ食道を通って胃へと降りてゆく。
 そこで胃に張り付くように広がってゆき、そのまま体内に吸収されてしまう。
 葉子の心を恐怖がわしづかみにしていた。自分が中から作り替えられてゆく。なにか柔らかくうねるものが、お腹の中心から全身にひろがってゆく。
「Gi,Gi,Gi,Giiiiiiiiiii」
 まともに言葉にならない声をあげて葉子がうめく。
 その声を上げているのが元の葉子なのか、それともすでに作りかえられてしまっている葉子なのか誰にもわからない。おそらく本人にだってわからないだろう。でも、その声がやんだとき教卓の上にいたのは元の葉子とは、明らかに別のモノだった。
「うっ……ん。う、あんっ。いい、いいわぁ。きもちいいのぉ。みてるぅ、みんなが見てるぅ。きもち……いいのぉ。うあんっ、あああ……」
 その目はうつろに見開かれ、そこには理性を示す光は微塵もなかった。
「まったく、いつまでもよがってないであんたも”呪種”を植え付けるんだよ」
 自分でそうするように言っときながら、勝手に決めつける悠子。
「はい……」
 うつろな返事をかえす葉子。どうもあんまり気にしてはいないようだった。
「さあ、あんたはあっちからやるんだよ」
 そういって悠子が示したのは廊下側の席。自分は窓側の方に向かう。
 おびえる女生徒たちにやったのは、悠子が葉子やったのと同じこと。
 むりやり仰向かせると、ディープキスとともに”呪種”を送り込む。
「Gi,Gi,Gi,Giiiiiiiiiii」
 処理がすむたびに少女たちの口々からその声があがってゆく。
 ”呪種”が悠子の術をうちやぶり、出せるようになった声がそれだったのだ。
 ほどなく全員に”呪種”が植え付けられた。
 彼女らの瞳からは意志の光は消え、そこに映るものに何も反応を示そうとはしない。
「みんな校内に散って”呪種”をひろめるんだ……。いいね?」
 最後の一人が奇怪な声を上げ終えたとき、悠子がそう指示をだす。
それから校内のいたるところで、女生徒たちの逃げまどう声と、”呪種”を植え付けられたものたちがあげる奇声が聞こえ始める。
 外へ逃げ出そうとしたものは、開かなくなったドアをむなしくたたきながら、外へ助けを求めているところを捕まった。またあるものは廊下を逃げまわったが、あっさりつかまった。なかには闘いをいどむものもいたが、”呪種”を植え付けられたものの力とスピードは、共に常人それを遙かにしのいでおり、彼女らの技では抗すべくもなかった。
 でもすべてのものが”呪種”を植え付けられたわけではなかった。そうされたのは女性たちだけで、わずかばかりいた男性職員はみつかるとすぐにくびり殺された。
 ある男性教員は女生徒たちに襲われている女性教員を助けようとして、すでに”呪種”を植え付けられていた女性教員から頸骨をへし折られてしまう。その女性教員は男性教員の婚約者で、一月後に式を上げる予定だった……。
 そういった悲劇を生みながら”呪種”は学園じゅうにまかれ、じきに校内に自分自身の意志で行動できるものは、悠子をのぞいて一人もいなくなった。
”講堂へ!”
 なにも考えることのできなくなった彼女たちの頭に、そんな思念が届いてくる。もちろん思念の主は悠子で、彼女はすでに講堂にいた。
 悠子は舞台の上に立ち女たちが集まってくるのを、おもいっきりいやらしそうな笑みを満面に浮かべて見ている。
 今回は本当に楽な命令だった。簡単なきっかけを作るだけで、後は”呪種”がやってくれた。悠子はただ思念を使って指示を出すだけでよかった。
 でもあの女が自分の婚約者をくびり殺すところは傑作だった、考えるたびに笑いが止まらなくなる。特に、ろくにものを考えられないくせに、なみだを流しながらその男の頭をねじってゆくところなどは最高だった。思わず自分のヴァギナに指を突っ込んでかき回したくなるくらいに。
 でも悠子はその様子を視ているときに、自分の頬を一筋のなみだがつたったことに気づいてはいない……。
 全員がそろうのを待って、悠子が指示をだす。
”脱げ”と。
 講堂を埋めつくす少女たちが虚ろな目を見開いたまま、いっせいにその指示にしたがう。
”さあ股をひらけ。そこに指を突っ込んで、力いっぱいかきまわせ。おもいっきりよがりつづけるんだよ”
 その命令に講堂を埋め尽くした少女たちが激しいオナニーを始める。立ったままでよがり声を上げていたけど、すぐに立っていられなくなったものがでてきて床の上に倒れこみそのままそこでよがり始める。
 じきに講堂じゅうが少女たちの放つ淫臭によって充たされた。
「そろそろ頃合だね」
 少女たちの痴態を見ながら、悠子がつぶやく。
”黄さま! あたしの御主人さま!”
 その思念を発したとき、悠子の顔には恍惚の表情が浮かんでいた。
 それは他人から与えられた喜びであり感情だったけど、でも今の悠子にはそんなことなど関係ない。御主人さまに仕えること、それこそが彼女にとって最高の喜びとなっていたのだから。
「ごくろう……」
 声が聞こえた。でも姿は見えない。
 悠子はその場にひざまずき、額を床の上に擦りつけてその言葉を聞いていた。
「わしはまだ、そこには行けん。商品の加工はお前にまかせる。たのんだぞ……」
 その声に、悠子はよりいっそう額を強く床にこすりつける。
”我が身の続く限り!!”
 悠子は思念で返事をかえした。
 あたしはなんて幸せものなのだろう。また御主人さまから、果たすべき使命をさずかった。
 悠子は新たなる喜びを感じていた。
「さぁて、この娘(こ)らを何にしようか……」
 立ち上がり、講堂じゅうを見渡しながらそういった悠子の顔にはふたたび淫ら極まりない笑みが浮かんでいた。

…………

 なぜ勝てたのか不思議に思うような、そんな闘いだった。
 八尾を持った妖狐で、後百年もしないうちに残りの一尾を手に入れて、妖げつから妖仙へと進化をとげるはずだった。
 だけど、ゴルフ場の建設がそれをはばんだ。
 二千年もの練気が水泡に帰したのだ。
 妖狐は怒り狂った。
 森を引き裂き山を砕き、人間を手あたりしだいに喰らった。
 完全に手におえなくなってしまった関係者は、その妖狐を始末してほしいとさちに泣きついてきたのである。
 本来ならば引き受けるようなタイプの仕事ではなかった。でもほっておけば被害は甚大なものとなってしまう。
 引き受けるしかなかたのである。
 そして行ってみてわかったことだけど、彼らはさちに話しを持ち込む前に有名な祈祷師や退魔師などに依頼をしていた。
 そこらの悪霊や邪鬼程度を相手ににしている連中に、妖仙に匹敵するほどの力を持った妖げつと闘うことなどできようはずもないのに……。
 仙人と呼ばれる存在。
その本性は人間ばかりではない。狐、狸、狼などの獣や人が長年に渡り使われてきた道具なども仙人となることがある。そういったものどもは、人と同じ知能をもった妖げつと呼ばれる存在となり、さらに力をたくわえることで仙人か妖仙となる。
 仙人と妖仙の違いは人の姿をとるかどうかで決まり、そこに上下の差異はない。
 これが人間の場合なら導師から仙人となり妖仙となることはまずなかった。
 気を付けなければならないのは、仙人や妖仙を妖げつや導師などと同列にあつかってはならないってこと。
 不老不死。
 それを文字どおりに体現しているのが仙人であり妖仙なのだ。
 たとえ戦術核を使おうと魂珀になんのダメージもあたえられない兵器では、けして仙人や妖仙をたおすことなどできない。
 そのかれらをたおすために作られたのが”宝貝”なのだ。
 不死であるはずの仙人をたおすための武器、それが宝貝だった。
 でも宝貝を使えるのは仙骨を持ったものたちだけで、普通の人間があつかうことはできない。ただし死んでもかまはなければ、一度だけ発動させることができる可能性もあるにはあった。
 宝くじで一等を当てるのと同じくらいの確率で……。
 だけど唯一の例外がある。宝貝を使うことなく仙人をたおすことのできる存在。
 それが、外仙。外仙に”囲”われて剣となった”攻人”。
 さちは”攻人”ではあったけど”囲”われてはいなかったから、仙人をたおすことはできない。
 だけどその妖狐がどれほど妖仙に近い力をもっていようと、妖げつに過ぎない。さちにだって倒すことは可能だった。
 三昼夜にわたる死闘のすえ、辛くも妖狐をたをすことはできた。でもそのためにさちは、三ヶ月間学校をやすまねばならなかった。
 三ヶ月たった今日ですら、完全に復活したとはとても言いがたい状態なのだけど。でも登校はしなくてはならない。昨日学校に異変があった。それを感じたから。
 その日のうちに登校しなかったのは、あるものをとるために母の里へ行ってきたから。
 黒い輝きを放つ真珠のようなモノ。
”珀璃”と呼ばれる宝貝。
 唯一さちが使うこのできる宝貝。
 これは作られてから何千年にもわたって発動し続けているから、ただ身につけているだけですむ。
 これを身に付けているものが死んだとき、そのものの魂珀は”珀璃”の中に取りこまれる。とりこまれた魂珀を”囲”うことで復活することができるのだ。
 さちのように、まだ子をなさない”攻人”のためにつくられた宝貝で、昔はいくつかあったらしいのだけど、長い年月が経つうちに失われてしまい、今はさちが取ってきたものが最後の一つとなってしまっていた。
 さちは短刀を使い自分の胸を切り開く。ちょうど心臓の上辺りを。そこに”珀璃”を埋め込み糸と針で閉じる。
 それは持っているだけでよいのだけれど、まず勝てないような闘いに挑むときにそれでは不用心に過ぎる。仮に飲み込んだとしても時間がくれば排泄されてしまうし、生きてとらえられれば当然陵辱を受けるだろうし、その中で排泄を強要されることもあるだろう。
 だけどこうやっておけば、簡単には失うことはない。
 さちにとってこういった考え方や行為は、しごくあたりまえで特に悩むほどのことでもなかった。ひとからはどれほど痛々しく見えようとも……。
 さちの感じた異変。
 それは宝貝の匂い。
 強大な力を秘めた宝貝が出現した。
 それを感じた。
 仙人がいる、それも強力な宝貝をもった。
 敵になるかどうかはわからない、そうなれば絶対に勝てない。逃げきれるかどうかも怪しいとこだろう。
 だけどさちはまだ死ぬわけにはいかない。だからできるだけのことはする。
”支法昆”を持ちだしたのもそのためだ。
 これは正真証明の宝貝で、”囲”われて外仙の剣となれた”攻人”が使うための武具だった。
”囲”われていない今のさちが、その力を発動させれば死ぬことになるだろうけど、でもたぶんこれが必要になるはずだ。
 さちは三ヶ月ぶりになる学園へと向かった。

…………

「やはり結界が張られてる……」
 校庭に足を踏み込んださちがつぶやいた。
「それにしても……」
 なんて強力な結界なんだろう。
 それにこの中には淫気が満ちている。何も知らない人間が備えもなしに足を踏みこんだら、確実にとりこまれてしまうだろう。
 さちは淫気の漂う中心部に向けて歩を進める。
 これだけの結界を張ることのできる相手に、小細工など通用しないだろう。
 だから正面から行くことにした。
 目指すのは講堂、そこにいるはずのものに会いにゆく。
 扉を開けるとき、さすがに少し躊躇した。でもそれはほんとに少しの間だった。
 扉はすぐに開かれる。
 強烈な淫臭が吹き付けてくる。
 中で繰り広げられている光景は、さちが想像していたとおりのものであり、覚悟はしていたとはいえ処女の彼女にとっては刺激の強すぎる光景だった。
 講堂を埋め尽くす少女たち。
 まるで淫らなオブジェのように、いやらしいポーズをとったまま微動だにしない少女。獣のように四つ足で床の上を歩きまわっている少女。
 いずれにしても一人でいる少女はほとんどいず、最低二人、たいがい何人もの少女たちが絡み合っている。
 彫像にされた少女のいやらしい部分を、懸命になめている獣にされた少女。さらにその少女の陰部に別の獣少女が張り付き、その少女には左右から別の少女たちがからんでいる。
 たぶん彼女らはそのことしか考えられないようにさせれているはずだ。
 悦び感じあえいでいる少女たち。それは彫像の少女も例外ではなく、その少女の股間からは熱くいやらしい汁があふれ続けている。
 動くことができなくても、あえぎ声をたてることができなくても、悦がっていることは間違いなさそうだった。
 彼女たちのたてる淫気は、さちの体にも影響をあたえている。
 さっきからパンティの中にあふれていたものが、ついにこらえきれなくなって太ももへと流れだしてきだした。
 でもそれがさちの行動を制限することはない。
 淫気をたてる相手と闘ったのは始めてではなかったし、その少女たちの体内に感じられる宝貝の存在がさちの頭を冷まさせていた。
 それになによりさちは今、恐怖を感じていた。
 あるていどは覚悟していたけど、ここまで強大な力をもった宝貝など想像していなかった。外に張られた結界の他に、ここに満ちた淫気がさらに強力な結界となってその宝貝の存在をとらえることができなかったのだ。
 まるで3千年まえにあったと伝えられる、仙人同士でおきた伝説の対戦で使われていたような宝貝を思わせる。
 ただ、仙人の気配が感じられないのが救いか。どんな強力な宝貝だろうと、それを使う者がいなくては役にたたないはず……。
「へぇー、あんただったんだ」
 声がする。聞き覚えのある声だった。
「せんぱい……」
 さちがつぶやくようにいった。
「”攻人”がくるからって言われて待ってたら……。あんただったなんてねぇ」
 その声に応じるように中央付近に集まっていた少女たちが左右に分かれる。
 そこにいたのは他を圧倒する美貌をもった少女。そして、強烈な宝貝の匂いをさせている少女。
 さちが所属する剣道部の主将をつとめ、圧倒的な実力とバランス感覚にとんだ指導力をもったひとだった。
 そのひとはいま5人の全裸の少女を床に横たわらせてベッド替わりにして、そのうえで3人の少女たちに奉仕をさせていた。
「おひさしぶりです。雨宮先輩。まさか先輩がこんなことなさってるなんて、想像もしていませんでした。一体どういう心境の変化ですの?」
 さちはゆっくりと近づきながら、まるで世間話しでもするみたいにそうたずねる。
「まあ、たいしたことじゃない。ちょっとした気分転換ってところだね。それよっか、あんたの方は大丈夫かい? 顔色よくないよ」
 本気で心配しているみたいに、さちの先輩……雨宮悠子がいう。
「ありがとうございます。でも心配いりませんわ。先輩とあそぶのには、なんの支障もありませんから」
 さちはいたってにこやかに答える。
「そりゃよかった。それを聞いてほんとに安心したよ。あんたとは一度思っきりあそんでみたかったんだ。最後の機会だっていうのに、あっさりゲームオーバーじゃ興ざめってもんだからねぇ」
 かつてけして見せたことがないような淫らしい、そして凄絶な笑みを見せながら悠子がそういった。
「最後に一つ聞いていいですか? 先輩?」
「もちろん、可愛い後輩の最後の言葉だもの、ことわるはずなんてないだろ?」
「先輩の頭にはめられた宝貝が、先輩を操っているんじゃないのですか?」
 さちの言葉に少し驚いたような様子をみせる悠子。
「へぇー。やっぱり”攻人”っていうのはだてじゃないってことかい……。これが見えるなんて、正直おどろいたよ。……そうさ、これがあたしを操ってるのさ。これがあたしを黄さまに絶対忠実な僕にしてくれてるんだよ」
 そう話す悠子の顔には、恍惚の表情が浮かんでいた。
「かわいそう。他人の言いなりになるくらいなら、死んだ方がましだっていうひとだったのに……。好きに操られる人形にされてしまったのですね。わたし、できる限りのことをやってみます。先輩もそれと闘ってみてください」
 さちのその言葉に、
「あんた、なに勝手なこといってんだい。あたしの幸せは、黄さまの命令をはたすことだけなんだ。あんたなかに同情されることなんてなにもないさ。……まったくムカつく娘だよ、あんたは!」
 それまで冷静だった悠子の心が泡立っていた。それがなぜなのかも解らずに、やたらと怒りが沸きだしてくる。
 その怒りは、本当にさちへと向けられたものだったのか……。
「どきな!!」
 自分にまとわりつく少女たちを、手荒く払いのけながら悠子が牙を剥く。
 その手には一振りの木刀が握られていた。
 目の前のめざわりなものを排除する。
 そうすれば再び心は平安なものとなり、自分は黄さまの単なる操り人形に戻れるはずだ。
 それが悠子のだした結論だった。
 それを本当に自分が望んでいるかどうかはべつにして。
「さあ外に行きましょう、先輩。ここでは狭すぎます」
 言うなりさちは悠子に背を向けて歩き出す。
「さそってるつもりかよ!」
 言葉が先か攻撃が先か……。
 いきなりさちの背後から悠子が襲いかかる。
 むろんこれはさそい。
 手にした尺杖”支法昆”を背後に回しうける。
 強烈な攻撃だった。
 体ごと吹き飛ばされるが、さちはそれに乗る。
 吹き飛ばされる力に合わせて跳ねたのだ。
 一気に入り口を抜けて外へ飛び出す。
 でたと同時に、さちは地面に向けて”支法昆”を放つ。
 さちの体が向きをかえ、宙へと舞う。
 たった今さちの体があったところを、強烈な攻撃がすり抜ける。
「まだっ!」
 宙に逃れたさちへ向けて悠子が跳ねる。
”支法昆”を引き戻し、さちがそれを迎え討つ。
「いぃやっ!」
「てい!」
 二人の気合いが重なって空中ではぜた。
 さちはさらなる高みへとおしあげられ、悠子はふたたび地面へおしもどされる。
「しぶとい!」
 うめくように悠子。
 そのセリフが終わらぬうちに今度はさちがしかけてきた。
 空中に思念で足がかりを作り、下にいる悠子に向かって跳ねたのだ。
 二人がふたたびこうさくする。
 ガッッッ!!
 木と木のぶつかり合う乾いた音が辺りに響き、2つの影は左右に別れた。
「やるじゃない。やっぱ三条流の技だけじゃ決着はつきそうもないねぇ。悪いけど”双崩”を使わせてもらう」
 悠子の両手に光りの帯が現れる。
 さちは”支法昆”でさっと地面に円を描き、結界を作った。
 その直後2条の光りが弧を描きながらさちに襲いかかる。
 わずかに左の方が早く結界にふれる。さちは全力でそっちを攻撃し、光を打ち砕き、その反動を利用して背後の光に”支法昆”を合わせてその軌道をそらした。
「かかった!」
 いつのまにか悠子がさちの懐にもぐりこんでいた。
 距離で言えば数センチ。
 完全に三条流の間合いだった。
 もはやかわすすべは残されていない。
 さちの心臓の上に、悠子の愛刀がつきたてられる。
 だけど驚いたのは悠子。
 さちが笑っていたから。
 ”支法昆”を悠子の頭にはめられた宝貝にあててさちがいう。
「いまその呪縛から解放してさしあげます。”疾(ジャイ)”!!」
 ”支法昆”の力が発動する。
 他の宝貝を打ち砕く力が……。
 さちに残された、ほとんどの生命力と引き替えに……。
「うぐっ!!!」
 悠子の口からうめくような声が漏れる。
 その体から力が抜けた。
同時に支えを失ったさちの体が地ではずむ。
「………………………………あ、あたしはなんてことを……。か、神野さん! 神野さん大丈夫!? お願いしっかりして!」
 悠子はさちの体にとりすがり、急速にあふれだし続ける血をなんとかして止めようと、自分で開けた胸の穴を懸命に押さえつける。
 するとさちがかすかに目を開いた。
「……よかった。自分を取り戻せたんですね……」
 さちの言葉はもう声にはならなかったが、悠子はわずかに動く唇からそれを読みとっていた。
「ええ。大丈夫、もうあんなやつのいいなりになんてならない。……あなたのおかげで……」
 悠子の瞳から涙がとめどなく流れだす。
 自分がやったこと、あの男の命じるままにおこなったこと。その記憶が悠子にの中にまざまざとのこっている。それが悠子をせめさいなむ。
 せめて、せめてこの娘(こ)だけは助けたい。
 その願いはむなしく、さちの体からは急速に体温が失われてゆく。悠子にはその様子を見ていることしかできなかった。
 そのとき。
”よくやった、わしの可愛い人形よ”
 声が聞こえた。悠子の頭のなかに。
「もうあたしは、あんたの人形なんかじゃない!!!」
 悠子は怒りを込めて言い放つ。
”くくっ。’繰考冠’を破壊したくらいで自由になれたつもりでいたのか? 忘れたのか? おまえの体にはわしの精がたっぷりとそそぎこまれておるのを? さあ命令だ、その女にとどめをさしてしまえ”
 悠子はさちの体を放し立ち上がる。
 その美しい顔は苦悶の表情で歪められていた。心の中で熾烈な闘いが繰り広げられていたのだけど……。
 すぐに苦悶の表情は歓喜のそれへとって変わられる。
 悠子の中には後悔も怒りもなかった。あるのは悦びだけ。
 ふたたび悠子は人形に戻る。
 エクスタシーを全身で感じながら、悠子はためらうことなくさちに向かって三条流の技を使う。
 さちの胸に大きな穴が空き、いのち火は消え去った。
 その瞬間だった。さちの胸から黒い光が放たれる。すぐにそれはさちの体全体を包み込み、消え去った。
 さちの死体ごと……。
 でも悠子はその異変に気づいているのかどうか……。
 右手で胸を揉みしだき、左手で熱く濡れた陰部をかきまわしながら歓喜の声をあげつづけていた……。
 
…………

 小百合とゆきは……。静理を担いで、なんとか学園からの脱出に成功する。
 校門を飛び出したとき気を失ったままの静理はともかく、小百合とゆきは心臓が破裂しそうな気分だった。
 恐怖。
 一言でいえばその理由から。
 小百合たちを助けてくれた少女。
 彼女のことを思えば胸が痛くなるけど、もう一度あそこに戻るだけの勇気は正直小百合にもゆきにもない。
 ……まあ、行ったにしてもじゃまになるだけだろうけど。
 それに小百合とゆきは、この後誰に助けを求めればいいのか解っていた。……もっとも、その人物以外に浮かばなかったということもあるけれど。
 むかうべき場所を定め、静理を担ぎなおして歩きだしたときだった。
 3人のゆくてをさえぎるものがあらわれた。
 男のくせに妙にきれいな顔をしていた。
 純白に金で竜の縫い取りのしてあるチャイナ服を着込んでいる。
 漆黒の長い髪を先の方で三つ編みにしてまとめ、肩から正面に垂らしている。
「ほう? 外仙の守りを受けし女か……。少し遅れたが、おかげでよいものをみつけたぞ」
 3人の目の前でその男は、なんとも淫やらしい笑みを浮かべていた。

< つづく >

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