生徒指導室の人形

 コンコン
 廊下と中に響く音。
 男子生徒は生徒達の間でもっとも敬遠される場所――生徒指導室の前に立っていた。

「入りなさい」

 叩いたとの内側から声をかけられる。
 男子生徒がガラリと開いて中にはいると、二人の女性が男子生徒を見ていた。
 一人は奥に座り、机を挟んで反対側――入り口側にもう一人は座っている。
 奥に座っている女性――金子 純子(かねこ じゅんこ)は睨むように、手前に座っている生徒――天音 霞は申し訳なさそうにこっちを見ていた。

「失礼します」

 男子生徒は緊張で声を固くし、生徒指導室へと入っていく。その部屋はそこ以外に外と通じている所がなく、戸を閉めると密室ができあがった。
 霞の隣へと歩を進め、男子生徒は並んで座る。
 拡がる沈黙。その沈黙を破ったのは純子だった。

「何で呼び出されたか分かってる?」
「いえ。僕は何で呼び出されたんですか?」

 純子の問いに答える男子生徒。真実、男子生徒は呼び出された理由に思い至らなかった。

「本当に?」

 その言葉に隣にいる生徒会長をちらりと見る。
 霞は申し訳なさそうにうつむき、その表情は見えないが何か失敗したというのは読み取れた。

「ええ、僕には何で呼び出されたのか。その理由は思いつきません」
「そう。そうかもね。君には何の落ち度はないわ。でも――」

 そう言って純子は男子生徒の隣に座っている霞を見る。
 霞はその視線を感じたのか、それとも男子生徒に言われるのが恐ろしいのか、ビクッと体を震わせた。

「天音さんには落ち度があるの」

 その言葉に男子生徒はやっぱりかといった感じで霞を見た。

「天音さんは私に催眠術をかけようとしたわ。しかも、素人にはそれと分からない方法で。明らかに悪意があったというのは分かった。だけど、理由は幾ら聞いても話してくれないのよ」

 だから、と言って純子は再び男子生徒を見る。

「あなた、何か知らない?」
「何で僕なんですか?」

 純子の問いに答える男子生徒。その答えにふうと純子はため息を吐いた。

「そりゃあ・・・・ね」

 言って、ぱちんと指を鳴らす。男子生徒の隣で霞がびくんと震えた。

「私は・・・・永遠の愛と服従を誓う・・・・私は・・・・・永遠の・・・・愛と服従を・・・・誓う・・・・私は・・・・」

 霞は壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返す。その表情に力はなく、その瞳は焦点が定かではない。

「こんなやり方嫌いなんだけれど。天音さんの様子があまりにも変だったからね・・・」

 はあとため息を吐いて純子は男子生徒を見る。

「別に恋愛云々に口出しする気はないんだけど、コレはないんじゃない?」

 その瞳からは敵意がにじみ出し、男子生徒を貫く。
 だが、そんな純子の視線を意に介することもなく、男子生徒は純子を見返す。

「ったく。迷惑をかけるなっていったろうに・・・・」

 男子生徒の口から零れた言葉に霞の体がビクッと震える。だが、それは一瞬のことですぐに何事もなかったかのように同じ言葉を繰り返し始めた。

「で、俺をどうするってんですか? 退学ですか?」
「確かに、最終的にはそうなるわ。でも、その前に天音さんを元に戻しなさい。今ならまだ警察沙汰にはしないわ」
「と言うことは、まだ警察には言ってないと言うことですね。どこまで行っているのか。教えて欲しいですね」

 じっと男子生徒は純子を見つめる。純子も負けるものかと男子生徒の目を見つめていた。

「私にも催眠をかける気? これでも心理学専攻だったからそう簡単にはかからないわよ」
「そうですか? でも・・・・目。逸らせないんじゃないんですか?」
「誘導しようとしたって、そうはいかないわ。目なんて簡単に逸らせるわよ」

 そうはいいながら、純子は目を逸らさない。

「じゃあ何で視線を外さないんですか? 本当は逸らせないんじゃないんですか?」
「何でも何も逸らしたら隙ができるでしょう?」

 何でもないことのように純子は答える。その態度には隙がなく、純子の答えを裏付けている。

「流石に、霞達とは違うようですね。でも辛くないですか? 瞬きが多くなってきてる気がしますよ。ほら、また」

 男子生徒は何事もないように言い、純子へ声をかける。
 純子はキッと男子生徒を睨みながらも、事実、純子の瞬きの回数は増えていた。

「ほら、どんどん瞬きが増えていってますよ。目が疲れてるんじゃないですか? ほら、また」

 純子が瞬きをする度に男子生徒が「ほら」という。

「ほら」
「ほら」
「ほら」

 男子生徒が「ほら」と言う度に純子が瞬きをする。既に純子は男子生徒の術中に半ば絡め取られていた。

「もう瞼が重いでしょう? 目を開けているのが辛いでしょう? 辛かったら閉じても良いんですよ」
「何言ってる・・・のよ。辛くなんか・・・ない・・・」

 気を抜くと閉じそうになる瞼を無理矢理押し上げる純子。その声音は先程までの苛烈さはなく、既に弱々しい物になっているのを純子は気付いていない。
 そんな純子の姿を見て、男子生徒はにやりとする。

「さあ、もう瞼を持ち上げていられない。どんどん瞼が閉じていきますよ。ほら」

 男子生徒の断定する言葉。その言葉に導かれ、純子の瞼は徐々に閉じていく。

「抵抗しても抑えられない。先生がどんな風に思っていても、先生の瞼は閉じてしまいますよ。ほら」
「な・・・なんで・・・・」

 純子の意志に反し、男子生徒の言葉に促され、純子の瞼は閉じていく。

「ほら、先生の瞼はしっかりと閉じてしまいました」

 男子生徒が断定をすると、純子の瞳は瞼に塞がれた。
 純子の瞼がぴくぴくと震える。男子生徒はすっと純子へと近づき、その耳へと囁きかける。

「さて、先生はまだ僕のことを警戒してますね」
「はい・・・・」
「そう、僕に何をされるか分からない。だから僕に後ろに立たれるのは怖くて仕方ない。先生は僕から逃げるように立ってしまいますよ。はいっ」

 そう言って、男子生徒は背もたれを叩く。その瞬間、純子は弾かれたように立ち上がる。男子生徒は立ち上がった純子にそっと囁く。

「さあ、先生は立ちました。でもよく見てください。先生の立っている所を。周りは何もない、足場もない。先生の立っている所だけの絶壁です。ほら、とても不安定で先生は何とかバランスを取らないといけませんよ。ほら、左に傾いてきた」

 男子生徒の言うとおりに純子の体が左に傾く。それに耐えるように純子は右へと体を起こす。

「今度は右へと傾いてきます。ほら」

 起こした分だけ右に傾く純子。それを今度は左へと持ち上げる。それを繰り返し、何度もバランスを取ろうとする純子をそのまま放っておき、未だ言葉を垂れ流している霞を見る。

「・・愛と服従を誓う・・・・私は・・・・・永遠の・・・・愛と服従を・・・・誓う・・・・私は・・・・誓う・・・・」
「はあ・・・・」

 ため息を吐きつつも、男子生徒はポケットから自転車の鍵を取り出すと霞へと突き出す。そして、家の鍵を開けるようにくいっとひねると霞の口から声が止まる。

「霞は俺が声をかけるまでそのままの状態でいる。いいね」

 そして男子生徒は霞の返事を聞かずにぐらぐらと揺れている純子に向き直る。
 純子は右に左に、前に後ろに、四方八方不規則に揺れている。

「先生。揺れているのは怖いですね。いつ落ちるか分からない。怖くて怖くて仕方ない。僕に捕まればそんな恐怖はなくなってしまいますよ」

 そう言って手をさしのべるが、純子はぶるぶると拒否をする。その間もぐらぐらと純子の体は揺れていく。

「そうですか。でも、このまま人間でいると、いつ落ちるか分かりません。怖いですね。人形になれば怖いと感じることはありませんよ。人形は何も感じることはない。だから、僕に捕まりたくないのならば人形になりましょう。ほら、人形になってしまいますよ。先生は人形になってしまう。ほら、先生は人形になってしまった」

 そこまで断定して、男子生徒は純子の後ろへと回り、先程まで純子が座っていた椅子を支える。

「人形が一人で立っているのはおかしいですね。先生はもう立っていられない。椅子にストンと座ってしまいますよ。ほら」

 男子生徒が言うと、純子は支えられた椅子に勢いよく座る。そして、腕や足をだらんと伸ばし、糸の切れた操り人形さながらの姿だった。
 力無く開かれた口元に妖しさが漂う。

「先生は人形になってしまった。もう何も考えることができない。霞のこと、僕のこと、そして自分のこと。何もかも考えることができません。人形なんですから。人形は操られるだけですね。ほら、何も考えられない」

 そして、男子生徒は先程霞に使った物と同じ鍵を純子へと見せる。

「いいですか。これは先生の鍵です。先生の心の扉は普段は閉まっていますが、これであけると先生はいつでもどこでも今の状態、人形へと戻っていきます。では、一度先生の心の扉を閉じますね」

 言って、くいっとひねるように鍵を動かす。次の瞬間、純子の瞳に生気が戻った。

「あなた、なにをっ・・・・」

 反応は早かったが、純子はそれ以上反応することができなかった。
 再び男子生徒がくいっとひねると、純子の体から力が抜けて、がくっと椅子にもたれかける。

「先生は人形です。人形には所有者が必要ですね。所有者がない人形は捨てられてしまう。いやですね。だから、僕が所有者になってあげましょう」

 男子生徒は一旦離れ、ドアの鍵をかけると、純子へと向かい合う。
 おもむろに男子生徒は純子へと口吻をする。舌を伸ばし、純子の舌を絡め取る。チュプチュプと音を立て、溜め込んだ唾液を純子へと流し込む。
 そして、唇を放すと男子生徒は純子に言う。

「さあ、その口に溜まった唾液を飲み込むんだ。そうすれば所有者の登録は完了する」

 こく、こくと純子の喉が動く。純子が唾液を飲み干したのを確認すると男子生徒は断定する。

「ほら、これで僕が先生の所有者となりました。当然、人形である先生は所有者である僕に逆らうことはできませんよ。先生。霞のこと、僕のことはほかに誰が知っているのですか?」
「私しかまだ知りません。今日、天音さんを催眠状態にしたあとにあなたを呼び出しました」
「そうですか。それはよかった」

 言って、男子生徒は改めて純子を見る。普段から恐怖の生徒指導として、生徒達に怖れられている純子の無防備な姿、力無い表情に男子生徒はごくんと喉を鳴らす。
 にやり。男子生徒の口に笑みが浮かんだ。

「先生。さあ立って」

 男子生徒の声に導かれ、純子は椅子から体を起こす。変わりに男子生徒がその椅子へと座った。

「先生。フェラチオってしってますか?」

 その問いに純子は背中を向けたままコクンと頷く。

「じゃあ、先生。僕の物にフェラチオをしてください」

 純子はくるりと振り返り、男子生徒の足下へと跪く。そのまま一言も喋らずに男子生徒のズボンとパンツを下ろし、中から出てきた性器をくわえる。
 下から上へ丹念に舐め清めていく。口内に唾液を溜め、棒に絡みつけるように舌を這わす。手を使い、玉をころころと転がすように刺激を与える。
 雁首まで浅くくわえると口をキュッと締め、掃除機の様に一気に吸い込む。

「・・・・っ!」

 息もつかせぬ純子の動き、そして、あの純子が黙々と奉仕をする姿に男子生徒の性器はたちまちに堅くなる。
 じゅっ、じゅっと音をさせながら、純子は頭を前後に動かす。その動きは自動人形の様にためらいも容赦もない。
 ギリと歯を噛みしめる男子生徒。その表情は射精が間近だというのを示していた。
 びくん、びくんと棒が震え、足の付け根当たりにぴりぴりとした感覚が走る。

「くぅっ」

 男子生徒は純子の頭を引き離す。次の瞬間、純子の顔中に男子生徒の精液がふりかかった。
 男子生徒が射精したことにより命令の達成と考えたのか、純子は男子生徒の性器を追わず、ぴたりとその動きを止める。
 精液のかかったその姿には鬼の生徒指導の姿はどこにもない。
 男子生徒はそんな純子から体を離し、ズボンを元に戻すと霞へと向き直る。

「さあ、霞。先生をみるんだ。ほら、そこに霞の大好きな精液がある。さあ、それが欲しくて仕方ない。先生から舐め取るんだ」

 その言葉に霞はゆらりと立ち上がる。ふらふらと覚束ないように見えて、その実しっかりとした足取りで純子へと向かう。
 純子の前に立った霞は膝を曲げ、目の高さを同じにする。そして、舌を伸ばし純子の顔にかかった精液をぺろぺろと舐め取っていった。
 顎、鼻、髪、頬、そして唇と純子にかかった精液を丹念に拾い上げる霞。そして、そんな霞の舌を身じろぎ一つすることなく受け入れていく純子。二人の姿はとても淫靡な物に見えた。
 そして、霞が全ての精液を処理したのを確認すると、男子生徒は霞に『鍵』をかける。
 元に戻った霞をそのまま控えさせ、純子へと向いた。

「先生、今から先生の心の扉を閉じます。先生の心の扉を閉じても、先生の心の奥底では僕が先生の所有者だということを覚えています。だから、先生は心の扉が閉まっている時でも僕の命令には逆らえないし、僕に被害が出ることをすることはできません。では、先生の心の扉をとじますよ」

 先程にやったように鍵を突き出し、純子の前でくいっとひねる。
 それだけで純子の瞳に光がもどった。

 ぱちぱちと目を開閉させる純子。そして、先程までのことを思い出す。

「あなた。天音さんを元に戻しなさいっ」
「先生はそんなこと気にしなくていいんですよ」

 じろりと男子生徒は純子を見る。その言葉に純子は声を詰まらせ、二の句を継ぐことができなかった。

「先生は僕に関して、先生方の間で何か言われてないかを調べてください。何かまずいことになりそうでしたら、先生の方で処理をお願いします」

 男子生徒はそれだけ言うと、霞を伴い指導室を出て行く。

「では、後の処理はお願いします」

 言って、指導室の戸を閉めた。

< 了 >

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