澱 ~公彦の場合~

~ 公彦の場合・桜舞い散る時 ~

 ある冬の日の晩、夜空には大きな丸い月が煌々と輝いていた。
 雲一つなく、空気も澄み切ったこの夜、月の光は星々の光を打ち消すほどだった。
 そんな強い月の下、二つの存在がにらみ合っていた。
 その存在はそれぞれ自然の中では突出していて、その存在がその場に存在しているだけで木々はざわめきをやめ、動物達も恐怖に戦いていた。

「”姫”か・・・・ということはこの我も滅ぶときが来たと言うことか・・・」

 片方の存在がかろうじて声を出す。
 落ち着いてこそいるが、額からにじむ汗をごまかすことなど出来なかった。

「カメ・・・・リエ・・・・うぐぁうあぁぁぁ~~~~!!!」

 カメリエと呼ばれた存在と違い、”姫”と呼ばれた存在は低いうなり声を上げて応えた。
 ”姫”と呼ばれた存在は自分の周りにポウッと光る珠を5つ浮かべていた。
 ”姫”を眼前にし、カメリエと呼ばれた存在は必死になっていた。
 先程から頭からは同じ命令が下されている。
 ”逃げろ”と。
 しかし、それを実行するには”姫”に見つけられないことが条件だった。見つかってしまってからでは”姫”から逃げられる生物など、生物である限り存在しない。
 故に狩りの標的である”獲物”は”狩人”に見つかる前に逃げなければならなかったのだ。だが、カメリエは見つかってしまった。カメリエはこの時点で狩られてしまっていたのだ。
 全ての能力が上である”狩人”に対して”獲物”が出来ることは”狩人”に気付かれないようにするだけなのだ。
 カメリエは見つかった時点で半分諦めていた。
 後は不意打ちで相手に隙を作り、そのまま一気に逃げるしかない。
 こうなったら、それに賭けるしかなかった。
 カメリエは呼吸もなしに一直線に突っ込んだ。
 全身全霊を込めて、一瞬にして”姫”の目の前にくる。
 踏み込んだ足は大地を砕き、速度、鋭さ、その一撃は”槍”と呼ぶに相応しい。
 最高の速度と体重を乗せたその一撃に砕けぬものはない。

 だが、”姫”はその速度を上回る。

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ビュン!

 カメリエの突きを身体をかがめて避け、”姫”は上から被せるように腕を振るう。
 それはあまりにも無造作でカメリエは避ける暇もない。

 ドガァッ

 コンクリートに亀裂が走る。
 カメリエは地面に叩きつけられ、その衝撃で上に5メートルは吹っ飛ぶ。
 大地に叩きつけられたカメリエはよろよろと起きあがる。
 ”姫”はカメリエが起きあがるのを見るや否や、一気にカメリエへと走った。
 その速度は先ほどのカメリエと同等だった。
 体勢が不十分なカメリエは避けきれない一撃のはずだった。
 カメリエの瞳の色が変わる。
 次の瞬間、”姫”の攻撃は空を斬った。
 カメリエは一瞬の間にさっきの場所からゆうに20メートルは離れたところに立っていた。
 如何に人外の力をもっているとて、体勢が不十分な状態から一瞬で20メートルは動けない。
 ましてや彼ら”ブラッツェ”の長たる”姫”こと桜月姫の攻撃を避ける事など不可能だ。
 それが彼らの固有能力の力だ。
 カメリエの力は”加速する時間”。
 1の時間をカメリエは10の時間として動く事ができる。
 カメリエはその能力を使って、この窮地から脱出した。
 しかし、その動きも”姫”にはとらえられていた。
 ”姫”はすぐにカメリエの方を見る。
 その時点でカメリエは構えていた。
 左手を引き、右手を突き出す。右足を前に出して左足を後に下げ、腰を沈めて重心を低くする。顔は右手に近づけて標的を注視する。
 カメリエの必殺の構えだ。

 そして、そのまま固まっている。
 ”姫”は相変わらず低いうなり声を上げている。

 風が吹いた。

 ”姫”の長い髪が風に揺れ、”姫”の眼に被さる。
 その瞬間を見逃さず、カメリエは”姫”へと突っ込んでいった。
 拍子無く、その動きはまさに風だった。
 その速さから繰り出される一撃はまさに必殺で、故にカメリエは”槍”とも呼ばれている。
 さらにカメリエは能力を使い、加速する。
 そして、左足で踏み込んだ。踏み込んだ足下の大地が割れる。
 すべての勢いを左手に込め、カメリエは最高の一撃を繰り出した。

 はずだった。

 だが、”姫”はその攻撃を避けていたのである。
 カメリエと同じく身体を半身にして。
 そして、カメリエは気がついた。
 自分の能力が発動していなかった事に。そして、思い出した。”姫”の能力を。
 能力の発動を抑える能力。
 カメリエが気づいた時にはもう遅い。下から上がってきた”姫”の腕がカメリエを真っ二つに切り裂いた。

 ”姫”にまっぷたつに裂かれたカメリエの肉体は椿の花びらへと変わり、あたりに散らばった。

 ”姫”の回りには5つの光が漂っていて、”姫”を幻想的に照らし出す。
 ”姫”は荒い呼吸を繰り返しながら、よろよろとその場から離れていった。
 桜の花びらをかすかに落としながら。

 ジュッポ、ジュッポ、ジュッポ・・・

 水っぽい音が響く中、丹々宜 公彦(ににぎ きみひこ)は眼を覚ました。
 下を見ると、布団がこんもりと盛り上がっている。
 布団をめくると、裸の女性が公彦のモノをくわえていた。
 褐色の肌に神々しい白銀の長髪。豊満な胸に男を誘う様な尻。どんな男でも見ただけで勃起してしまうような淫靡な顔。
 その女性―――ランタンの魔神サリアは公彦の顔を蕩けるような顔で見る。

「おはようございます。ご主人様」

 その顔が決め手になった。
 公彦はサリアに向かって放出する、褐色の地肌に白い装飾ができる。そのコントラストは非常に綺麗で倒錯した美を感じさせる。
 嬉しそうに白いモノを薄くのばしているサリアを後ろ向きにさせ、公彦は後からサリアの中に突っ込んだ。
 すでにサリアの中はびちゃびちゃに濡れていて、簡単に公彦のモノをくわえこむ。サリアの中は男を誘い込む事に長けていて、やわやわとそれでいてきゅっと公彦のモノを締め付ける。
 公彦はそそるようなサリアの尻をそっと撫で上げる。

「はあぁぁっ」

 サリアはびくんっと震える。
 公彦はサリアに覆い被さるように身体を曲げて、両手でサリアの胸を揉み、サリアの背中をつっと舐めあげる。そして、勢いよく、サリアの中を突いた。

「ああんっ、はあっ、ぁっああっあっ、ああっ」

 気持ちよすぎて身体の力が抜けてしまったサリアは両手で身体を支える事ができず、お尻だけあげて突っ伏す。
 あまりの気持ちよさにいろいろなところから液体を垂れ流す、双眸からは涙、口からは涎、汗腺からは汗、そして、その秘裂からはびちゃびちゃの液が流れ出している。
 ビクンビクンと痙攣し、開きっぱなしのサリアの口からは意味不明な言葉が流れ出す。

「ああああっ、あああっ、うああぁっ、ああん」

 すでにサリアの瞳には何も映っておらず、意識があるかどうかも分からない。

「さあイケッ!!」

 公彦が深々とサリアの中に突っ込むと勢いよく白濁液を吐き出した。

「あああああああああああああーーーーーーっ!!!」

 サリアは力の限り叫ぶと、ぱったりとベッドの上に倒れ込んだ。
 公彦はベッドから下りると着替えて、サリアをほっといたまま台所へと向かう。

 台所ではひとりの女性が食事の支度をしていた。
 赤茶けた髪。顔にはそばかすがあり、お世辞にも綺麗とは言えない。貧相な体つきで首には真っ赤な宝石のついたペンダントがぶら下がっている。
 その女性―――岩長 比売子は公彦を見るとにっこりとした笑顔を見せた。。

「おはようございます。ご主人様」

 てきぱきと朝食の用意をすませ、公彦の前へと持って行く。
 その胸にぶら下がっているペンダントの赤い宝石は妖しげに輝いていた。
 朝食をすませ、新聞を読む公彦の目にある記事が飛び込んできた。

『異常気象!? 散った椿の謎』

 という見出しを銘打たれた記事の内容はまだ咲いている時期の椿の花びらが公園に大量に散らばっていたという事で、その量は公園の椿を全部あわせても足らない数だった。

「・・・・」

 公彦は新聞を閉じると、外へ出た。
 記事に書かれていた公園は公彦の住んでいる家から近い。
 公彦が公園へ着くと、そこには無数の報道陣がいた。ワイドショーもネタに困ってきているのだ。
 すでに椿の花びらは清掃されているようで全然無かった。

「怖いわねぇ~。異常気象ってやつかしら?」
「聞いた話なんですけどね、桜の花びらもちょっと混ざってたらしいですよ」

 近所の主婦の雑談が聞こえる。
 公彦はその場でしばらく惚けていた。
 変わらない毎日。
 それはどこまでも退屈で、公彦はそれに飽きていた。
 何でもできる。
 それは人の追い求める夢であるが、辿り着いてしまったらつまらなくなる。追い求めるからこそ楽しい。公彦はそのことを実感していた。

 昼食を外で済ませ、家に帰る。
 公彦は部屋に入った。
 部屋には誰もおらず、公彦はどさっとベッドの上に座り込んだ。

「そろそろ、あいつが来る頃か」

 公彦がそう呟くとドアがノックされる。

「ご主人様。美姫様が参られました」
「入れ」

 比売子の声に公彦が答える。その直後、ドアが開いてスーツに身を包んだ女性が入ってきた。
 その髪はおかっぱで茶色がかっている。肢体を覆っているスーツはぴっちりとしていて、美姫の真面目な性格をよく表していた。
 だが、その顔は快楽に負け、今にもとろけそうである。

「・・・・」

 しかし、美姫は黙ったままそのばに立っていた。

「何のようだ?」

 用事を分かっているくせに公彦は美姫に聞く。
 公彦と美姫が最後にやってから今日でちょうど一月だったのだ。
 美姫の呼吸はハアハアと荒く、上下両方の口から涎を垂らしている。
 ちょっと触れれば倒れてしまいそうなくらいにゆらゆらと揺れて、物欲しげな眼で公彦の下半身を凝視している。

「もう・・・だめ・・・我慢できないよ・・・・やって、やってくださいっ」

 そう言いながら、すでに美姫は服を脱ぎ始めている。
 そして、公彦の返事を待たずに公彦の前に跪いた。

「待て」

 その言葉で美姫の動きが止まる。
 それは絶対の強制力を持った言葉だった。
 美姫は身体を動かせないまま、身体の疼きに耐える。
 だが、そんなものはすぐに耐えられなくなる。
 だらだらと流れ出す涎の量が増える。身体を動かせないはずなのに、びくびくと痙攣を始める。もう少し放っておけば確実に狂うだろう。

 公彦は美姫の鞄をまさぐると中から茶封筒をとりだした。その中には大量の万札が入っている。
 それをサイドテーブルの上に置くと、美姫の服を脱がした。

「いいぞ」

 簡単に言って、美姫の身体に自由を返すとすぐに美姫へとつっこむ。

「ああああああああああああああああああああっ!!!」

 それだけで美姫はイッてしまい、その場に突っ伏した。
 公彦は美姫から自らのモノを引き抜くと、美姫を一瞥し、ベッドに横になる。
 そして、そのまま睡眠をとった。

 それから十数日たったある夜。
 公彦は公園にたっていた。
 今日は新月で常夜灯の明かりのみがあたりを照らす。
 公園に植えられている桜の木は葉も枯れ落ちて、春に向かって準備をしている。
 その桜は9年前、ある人の両親が植えた桜だ
 その人は車にはねられて死んでしまった。
 そして、公彦はその場面を目撃してしまった。
 初恋の人だった。
 その人の両親がこの公園に一本の桜を植え替えて以来、桜の様子を見る事は公彦の日課になっていた。
 そんな事をしても、その人がよみがえる訳ではないのに。
 時間は午前2時。
 あたりには誰もいない。
 先ほど日が変わり、新しい年になったのだが、そんな事は公彦には関係なかった。
 何となく、空を見上げる。
 10年前、初めて見つけた時のように、空を淡い光が通った後、桜の花びらが舞い降りてきた。
 あの時と同じ、白いマント、回りに漂う光の珠。ただ、あの時とは髪の色が違っていた。
 金色にも銀色にも白にも桃色にも見えるその髪。
 それをみた公彦は慌てて、その光の後を追っていった。

 ザザザザザッ!!
 公彦は山の中を疾走する。
 ぽっかりと開けた広場には淡い光の懐かしい姿ともう一つ、異形の姿があった。
 そんなところまであの日と全く同じだ。
 解き放たれる敵意。それは異形のモノと懐かしい姿の両方からでていた。
 一瞬にして、異形の前に懐かしい姿が表れる。
 いつの間に移動したのか。それは公彦にも異形のモノにも分からなかった。
 次の瞬間、異形のモノは引き裂かれ、何かの花びらになって散っていった。
 そして、それを見た公彦は確信した。
 アレはあの人なんかじゃない。だが、アレは同じモノだ。
 公彦は懐かしい姿の前に飛び出していた。

「・・・・・なんで、お前がここにいる」

 懐かしい姿―――キルシェ・ブリューテは無言で公彦をにらめつける。
 それに応えるように公彦もキルシェ・ブリューテをにらみつける。
 あの人―――染井 吉乃は死んでしまったのに、キルシェ・ブリューテがここにいるのはおかしい。

「うう・・・・きみ・・・ひこ・・・・」

 かろうじて呟いたものの、キルシェ・ブリューテの瞳には狂気が浮かんでいた。
 その言葉に公彦は動揺する。
 死んだはずのあの人を思い出してしまった。
 その一瞬が命取りだ。
 いきなり目の前にキルシェ・ブリューテが表れる。
 音もさせず、腕を振るう。かろうじて、避けるが、その腕が取り巻いていた風圧は避けられなかった。
 急激な風圧に吹っ飛ばされ、木にぶつかる。

「げほっげほっ」
「があああぁぁぁぁっ」

 咳き込んでいる公彦に向かうキルシェ・ブリューテ。
 だが、その攻撃は公彦に届く事はなかった。
 公彦の直前で手が止まっている。そしてその手はブルブルと震えていた。
 ぎりぎりと歯を噛みしめているが、手はキルシェの思い通りには動かない。
 それで思い出した。
 公彦はそっと、キルシェの額に手を添えると、絶対の一言を口にした。

「キルシェ・ブリューテ」

 ふっとキルシェの身体から力が抜けて公彦へと倒れ込んだ。
 公彦はキルシェを木にもたれかけさせて、もう一度よく見る。
 あの人と全く同じ顔。違うのは髪の色だけ。
 それを見た公彦は怒りを感じた。
 あの人は死んでいるのに、なぜこいつはここにいるのか。
 そんなのは間違いだ。そんな間違いはあってはならない。
 だが、それとは別の思いも公彦の頭に浮かんでいた。
 二度と会えないあの人。それが、目の前にいる。

 たとえ偽者であろうとも。
 目の前にいるのだ。

 ドクン、ドクンと胸が高鳴る。
 公彦は脱力して木にもたれかけているあの人の姿を幻視する。そんな姿を見た事なんて無かったはずなのに。
 ゴクン。
 公彦はつばを飲み込んだ。
 いつか感じた背徳感が公彦の背中を通った。

 ドクンドクンドクン

 鼓動が強くなる。
 公彦がキルシェへと手をさしのべた瞬間。
 公彦の腕が無くなっていた。

「-----っ!!!!」

 こみ上げる痛み。
 その場に崩れ落ちた公彦が見上げると、そこには妖艶な笑みを浮かべた美しい桜の姫の姿があった。
 キルシェはしゃがみ込むと公彦を押し倒し、ズボンを脱がす。そして、公彦のモノをみると喜び勇んでくわえこんだ。
 顔を前後させ、公彦に快楽を与える。それは圧倒的な気持ちよさだった。なにより、公彦がいつまでも求めた人と同じ顔だ。公彦のモノはすぐに元気になっていった。
 先ほどもがれた腕が何故か痛まない。
 見るとぽうとした光の珠が傷口に集まっていた。
 痛むどころか傷口からも快感が叩き込まれる。流れてくる風すらも快感に変わる。全身が性感帯にでもなったかのようだ。
 我慢なんてできなかった。
 公彦はすぐに昇りつめ、白濁液をキルシェへとかける。

「あははははっ、あはははははははははっ!!」

 顔にこびりついた白濁液を薄く延ばしてキルシェは嬉しそうに、そして狂ったように笑い続ける。
 その姿に吉乃の姿が重なった。
 キルシェを蹴り飛ばし、ズボンを直すと公彦は立ち上がる。
 そして、キルシェ・ブリューテをにらみつけた。

 敵意を感じたのか、キルシェも公彦をにらむ。それとともに、公彦の肩に集まっていた光の珠はキルシェへと戻っていく。
 公彦の肩に痛みが戻る。
 だが、公彦はそれに耐え、キルシェをにらみつけた。

「場所を変えるぞ、ついてこい」

 公彦は走り出した。
 言葉が通じているかは分からない。だが、キルシェは公彦についていった。
 山を下り、街を走る。
 公園に入り、ある場所で公彦は止まった。
 そして振り返る。キルシェも一歩遅れて立ち止まった。
 そこにあるのは桜の木だった。
 ”姫”の依り代だった人。そして、公彦の初恋の人。染井 吉乃の両親が植えた木。
 決着をつけるために公彦が選んだ場所がそこだった。
 その桜に異変が起きていた。
 冬にも関わらず花が開き、一本だけ美しく咲き誇っている。
 まるで、二人を祝福するかのように。

 月の隠った夜。公園の常夜灯に照らされて、桜の花が乱れる中、殺し合いをするために二人は向き合った。
 風が吹く。

 それが合図となった。

 風を身に纏い、キルシェは突っ込む。
 それは人間には、いや、たとえキルシェやカメリエと同じ存在でも反応できるか分からない。カメリエの踏み込みに匹敵する速さだった。
 だが、そんな事は公彦には関係なかった。
 キルシェほどの力があれば、人間なんて一撃で殺せるだろう。
 だが、キルシェは二度も攻撃したのに公彦は生きている。
 二度目の攻撃は隙だらけだったにも関わらず。
 公彦は避ける必要がなかった。
 キルシェには公彦を攻撃する事はできないのだから。

 キルシェの手は公彦のの直前で止まっていた。
 それ以上前には動かない。

「ううううう、うううあうああうあ、うぐぁぁぁあ!!」

 だだをこねる子供のように叫ぶキルシェ。自分の身体に何が起こっているのか分からないようだ。
 公彦はそんなキルシェを蔑んだ眼で見つめる。

「死ね」

 公彦がいうと、キルシェの胸から血が吹き出た。
 キルシェの身体が後に流れる。その身体はぼうとした光に包まれ、無数の桜の花びらへと変わっていった。
 風が吹き、あたりに花びらが舞い散る。
 キルシェの光る珠もあたりを漂い、幻想的な光景に包まれた。
 公彦はその光景を眺めながら、吉乃の木へともたれかかる。
 そして、呆然と上を見上げた。

「・・・つまんねぇ」

 吉乃の桜のその花びらは全部散っていた。
 先ほどの光景が夢幻の如く。

 何でもできる。
 それは辿り着かないから夢なのである。
 追い求めているから楽しいのである。
 辿り着いてしまったら退屈になる。

 辿り着いてしまった公彦に残された興味はたった一つだけだった。
 数分後、そこには公彦だった物が座っていた。

 不意に、あたりに舞っている桜の花びらが光り始めた。光は花びらから離れ、上空へと昇っていく。上空で集まった光は流星雨の如く、町中へと散らばっていった。

< 了 >

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