03:はま
ノックの音が小さな部屋に響き渡る。
「どうぞー」
あたしが返事をすると一つしかないドアが開かれ、おずおずと波多野先生が入ってきた。
「失礼します……」
ちょっと見るだけでわかる自信喪失ぶりに軽くため息を吐いた。椅子ごと体を波多野先生へと向き直り、来客用に置いてある簡素なパイプ椅子に波多野先生を座らせる。
「ちょっと、また何かやらかしたの?」
「やらかしたって訳じゃないんですけどぉ……私ってそんなに子供っぽいですかねぇ……」
「何? また葉月ちゃんとか呼ばれてるのを凹んでるの?」
「だって、そんな風に呼ばれてるのって、私が先生っぽくないって事じゃないですかぁ……」
彼女は去年教師になったばかりの新人で、この学校では一番年若い教師になる。それ故、生徒達には友達感覚といえば聞こえは良いが、要は舐められていて、すぐに落ち込んでは年の近いあたしの所へと転がり込んでくる。
「確かに威厳って物は感じないわね。結局、生徒達に媚びているのを見透かされてるから舐められるのよ。もっと毅然に接することはできないの?」
「できたらやってますよぉ……」
「ま、それだけじゃないしね」
「あぅぅ……」
波多野先生はあたしの言葉に更に小さくなっていく。そう、二年目の彼女はまだまだ余裕のない状態で、やる気だけは人一倍あるものの、設問の間違い、答え合わせの間違い、授業内容の重複、そして慌てて転んだり、授業時間、教室を間違えたりと細かいミスを毎日何かしら起こしていた。まあ、最近はその頻度も減って来ているように見えるが、この様子を見ると今日もなにかやらかして教頭に怒られたんだと思う。
「松来先生はいいですよね。生徒達に恐れられていて」
「ちょっと、何よその言い方は。人聞き悪いわね、恐れられてるんじゃなくて敬われているのよ」
とは言ったものの、実際には恐れられているのは自分でもわかっている。生徒達はびくびくとあたしの顔色を伺いながら接してくるし。あ、そう言えば一人だけ気にせずに突っ込んできた奴が居たな……
「そう言えば、松来先生にも怯えずに接してきた生徒がいましたね。彼女、今年は担当されてないんですか?」
丁度考えていた事が同じだったらしい。けど、自分の担当してるクラスの生徒を把握していないのか?
「加山は去年の冬から入院中でしょ。一応それまでの出席日数が足りてるから進級して今年はあたしのクラスよ。っていうか、波多野先生も担当してるクラスでしょ」
「えっ、嘘っ!?」
慌てて手に持っていた名簿を確認する波多野先生。該当のクラス、該当の生徒を発見して顔を青くした。
「す、すみませんっ!?」
波多野先生は椅子から立ち上がって何度も頭を下げる。
「あー、謝らなくてもいいから。これから少しずつ覚えていけばいい。でも、あれだけ目立ってた生徒印象に残らない?」
一応、担任になったので親御さんには連絡させて頂いたが、それがなくても彼女の事を忘れる事は難しい。それ程に目立っていた生徒だった。いや、目立っていたって取り繕う事もない。はっきり言って学年一の問題児だった。プールでの騒動、名瀬との喧嘩、大きい事件はこれくらいだが、小さい事件は枚挙に暇がない。
「もうその日の事でいっぱいいっぱいで……」
ただ、そんな問題児の事すら覚えていられない程に目の前の彼女に余裕がないのだろうか?
というか、こっちも彼女の事を言えない程度には余裕がない。なんせ初めての担任なのに長期入院者のいるクラスだ。しかもその生徒は学年一の問題児だったりする訳でどういう風に接していいのか毎日が手探りだ。幸いといっては申し訳ないが、その生徒――加山 和海はある日自室で倒れてる所を救急搬送されたので学校として問題があった訳ではない。倒れた原因としては不明だが、いじめとかでの自殺という訳ではなさそうだった。そもそも、いじめられていると言うには加山 和海はという生徒は目立ちすぎている。良くも悪くも話題の中心になるような生徒だった。そのせいでよく授業を脱線させられていたが。
「あれだね、波多野先生はいつも余裕がないから慌てずに一度深呼吸をして落ち着くところから始めるといい」
ペコペコと未だに頭を下げ続ける波多野先生に声をかける。
「……深呼吸、ですか?」
キョトンと波多野先生はあたしを見る。多分何度もやってるんだろう。今更何を言ってるんだろうという感じの表情だ。
「そう、深呼吸。基本的な事かもしれないけど、やっぱり深呼吸って落ち着くんだよ。波多野先生はまず落ち着こう。いつも失敗しないように失敗しないようにって考えて必死に慌ててるから失敗するの。緊張しすぎ」
「あぅぅ……」
波多野先生は顔を真っ赤にして縮こまる。思い当たる節しかないのか、どんどん泣きそうになっていく。
「まあ、それは自分でもわかってて色々やってるんだろうけど」
「はい、そうなんです……深呼吸も人を飲むのも生徒達をじゃが芋だと思ってみようともしました! でもやっぱり緊張するんです! どうしても失敗しちゃだめだって考えちゃうんです!」
波多野先生の語気が強くなり、早口になっていく。そして、それに呼応して波多野先生が前のめりになって勢い込んできた。
「うん、ちょっと落ち着こうか」
「あっ……すみません」
自分がどれだけ迫っているのか気づいたのか波多野先生はまた顔を真っ赤にして椅子へと戻る。
「それで……ですね、私も色々とやってるんですよ。でもやっぱり焦ってばかりで」
「人を呑むとかじゃが芋だと思うとかは置いといても深呼吸で落ち着けないのはやり方を間違えてるんじゃないかな? ちょっとやってみ」
「はい……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
「うん、深呼吸はね、まず吐くんだよ」
「吐く……んですか?」
「そう、まず吐いて息を出し切る。そしたら鼻で吸って息を止める。そしたらまた息を吐いて鼻で吸う」
「吸って、止める!? 止めるんですか?」
「うん、息を止める。息を止めれば慌ててすーはーしなくなるでしょ? ゆっくり吐いて、ゆっくり吸って、そして止める。これを繰り返せば落ち着けるよ」
「吐いて……吸って……止める」
早速あたしの言った通りに深呼吸を始める波多野先生。何度か呼吸を繰り返し、傍目には落ち着いてきたように見える。
「どう? 落ち着いた?」
「はい、落ち着いてきました。深呼吸ってこういう風にするんですね、不勉強でした」
「まあ、あたしは教科が保体だからね。深呼吸の方法は間違って覚えてる人の方が多いから気にしないでいいよ」
「はい、ありがとうございます。松来先生」
「そういえばさ、プールの件聞いた?」
頭を下げてる波多野先生に話を振る。突然の話題の転換に波多野先生はキョトンとした顔を返してきた。
「プールの件って誰かが勝手に使ってたってあれですか?」
「そう、水泳の授業は当分先だし、水泳部もまだグラウンドを走ってる時期なのにプールで人影が目撃されたって奴」
そう、先日プールで人影を見たという話を生徒から受けている。見たという生徒は別の校舎からちらっと見ただけなので距離もあったし誰がいたかというのまではわからないという。しかも、すぐに見えなくなったから気のせいかとも思ったらしい。
「プールって管理責任者松来先生ですよね?」
「そうなのよ。それで見に行ったんだけど誰もいなかった」
それでも一応話してくれた真面目な生徒の報告を無下にすることはできず、一応見に行った結果、その場に誰もいなかったが、確かに誰かが使った跡が残っていた。正しくは全体が水に流されて証拠を隠滅した跡が残っていた。なので、そこで何が行われていたかは正確にはわからない。ただ、使われていない所で行われていた何かなんて性的な事か犯罪的な事かのどちらかだろう。水で流したという事はその場に証拠が残ってしまうような事を行っていたはずだ。煙草を吸っていたとかならまだ可愛い方で警察沙汰になるような事じゃなければいいんだけど。
「でさ波多野先生。その辺の事、噂とか聞いてないかな?」
「すいません……そんな事気にする余裕ないです」
「あはは、だよねー」
ダメ元だったが、やはりダメだったらしい。まあ、彼女は周りを気にする余裕なんてないから仕方ない。
「まあ、もしもそんな話を聞いたなら教えてくれると嬉しい。で、それはそうと波多野先生は時間いいの? あたしはこの後授業無いけど」
そう言って、波多野先生を促す。壁にかけられている時計に目を向けた波多野先生はその時刻を見て目を見開いた。
「えっ、もうこんな時間!? すみません、私行きますね!」
そう言って波多野先生は慌てて席を立つ。部屋を出ていくその後姿を見送って、はぁと息を漏らした。
「本当にやる気だけはあるんだけどねぇ……」
彼女の場合はそのやる気をもっと気を配る方向に回せれば、怒られる回数がぐっと減ると思う。
「さて、あたしも……」
「きゃぁっ!?」
やりかけの仕事に戻ろうとした時、廊下からたった今出ていった波多野先生の悲鳴が聞こえてきた。
慌てて廊下へ出たら波多野先生が一人の生徒と折り重なっていた。その生徒を見てまた加山の関係者かと言いたくなるような心境だった。
「だ、大丈夫?」
「は、はい……」
「あんたら何やってんの? っていうか秋津、何の用?」
秋津 敦。加山の被害者の一人にして幼馴染。去年は加山と名瀬の喧嘩に巻き込まれて頭を盛大に割った生徒だ。佐藤とどっちが最大の被害者なのかは悩む所だが、佐藤と違って加山とは割と対等に接してたように見えたので一方的に押し切られてた佐藤のほうが被害者としては上なのだろうか?
ただ、問題はそんな所ではなく、帰宅部で何か委員会に入っているわけでもない秋津が体育教官室のある格技棟にいると言う事実だ。この先には体育教官室しかなく、そうなると必然的に用があるのは担任のあたしということになる。
「え、えーっと……探検?」
「お前は一年か」
波多野先生に折り重なったままあたしを見上げて頓珍漢な言い訳をする秋津をじろりと睨み一言に切って捨てる。仮入部期間も終わり一学期の中間も近いこの時期、一年ならその言い訳もまだ理解できるが、二年の秋津が言っても通る訳がない。中間について質問に来たの方がまだ言い訳として立つレベルだ。中間に保体はないけどな。
ひょっとして加山に何かがあったのかとも思ったけど、見当違いだったようだ。親御さんからの連絡もないし、緊急の事ではないだろう。
「あ、あの……秋津君?」
「はい?」
「その……あのね……」
秋津に押し倒されてる形の波多野先生が下から声を出す。言い辛そうに言葉を選ぶ波多野先生と何を言いたいのかわかっていなさそうな秋津の姿にため息をつく。
「お前はいつまで波多野先生を押し倒してるつもりだ?」
「は、はいっ、すみません!」
あたしの声に波多野先生から飛び退く秋津。秋津が退いた事で波多野先生は恥ずかしそうに立ち上がった。それと同時に予鈴が鳴り響く。
「わぁっ、これじゃ遅刻! ほら、秋津君も!」
「は、はい」
波多野先生に促されて、秋津も一緒に出入り口へと向かっていく。その後ろ姿を今度こそ見送って体育教官室に戻ろうとした時だった。
「『放課後、教室で待ってて。行くから』」
そんな声が聞こえた気がした。反射的に振り向いたがそこには既に波多野先生と秋津の姿はなく実際に誰が言った言葉なのかわからなかった。
「………」
放課後、ホームルームも掃除も終わり生徒達は部活に帰宅にとそれぞれの用事へと散っている時間帯。だからこそ教室は人目につかない空間へと変わっていく。
あの後、波多野先生に放課後の事を聞いてみようかと思っていたが、間が悪く波多野先生と話ができないままこの時間になってしまった。最終下校まではまだ時間があり見回りの必要のない時間なのだがあたしは生徒棟へと足を踏み入れていた。
どうしても昼休みの時の言葉が頭から離れない。プールの件も誰が鍵を開けたのかという問題に行き着く。プールの鍵は壊されていないので鍵は合鍵を使って開けられた。生徒達だけでプールの鍵を開けたのだろうか? しかし、プールの鍵は職員室と体育教官室で管理していて、生徒が使ったとしたら誰かしらに見られているはずだ。そんな話は聞いてないし、あたしも見ていない。となると、教師の誰かが開けたという事になる。
同僚を疑うのは気が引けるが、この事件を解決しないと更なる不祥事が起こらないとも限らない。何もなければそれで良し、何かあったらその時は色々と処理をしなければならない。
「気のせいだといいんだけど」
一人呟き校舎の中を進んでいく。
さて、どこだろう? 波多野先生は教室で待っててと言っていた。どこの教室とは言ってないから一つ一つ確認していかなければいけない。
「とりあえず自分の教室からかな?」
生徒に対し教室と言うならおそらくはその生徒の所属する教室、秋津ならあたしの教室だろう。まずはそこを見てなかったら虱潰しに全教室を見て回ればいい。教室を見るだけなら一分とかからない。最悪全部回る羽目になっても三十分くらいあれば回りきれるはずだ。
「何も無いのが一番良いんだけどね」
「いきなりビンゴかぁ……」
本当に何も無いと良かったんだけど。どうにもそうはいかないようだ。
教室に近づくにつれて聞こえてくる微かな声。それが嬌声だと確信に変わったのは隣の教室の前だった。すぐに駆け出し教室のドアを開ける。そこには机を寄せて作ったベッドの上で生徒に跨っている波多野先生の姿があった。
「波多野! あんた何やってんの!」
あたしの叫び声が合図になったのかビクビクと絶頂した波多野先生はガクッと脱力した後にゆらりとあたしを見た。
「あはぁ、まつきせんせぇだー」
顔を快楽に蕩かせ、はぁと熱い吐息を漏らす波多野先生に普段の小動物の様なおどおどとした姿はどこにもなかった。
「あんた何やってんのかわかってんの!?」
「なにって、せっくすですよぉ……知ってますかぁ? 『あつしのちんちんってぇ、入れられるとやみつきになってあつしにさからえなくなっちゃうんですよぉ』」
「はぁ?」
だめだ。完全にいっちゃってる。まさかこんな本性を隠し持ってたなんて。逆らえなくなるってどう聞いても襲ってる側のセリフじゃない。
まあ、昼休みの口ぶりから考えると秋津も合意の上って可能性もあるけど、どっちにしても生徒に手を出している時点でアウトだ。
「いい加減にしろ! あんた、これは免職ものよ!」
不祥事は学校として避けたい所だろうけど、このまま放置はあり得ない。
とにかく、二人を引き剥がさないと。
「え?」
教室にポツリと零れる困惑の声。それはさっきまで生徒に跨り腰を振っていた者が発したものだった。
「え、なんで!? 私、なにやってるの!?」
波多野先生は自分の状況に驚いた様子でキョロキョロとあたりを見回す。そして、あたしと目が合い、慌てて首を振った。
「ちが、違うんです! 気づいたらこんな事になってて私にも何が何だかぁっん!? ちょっ、秋津くんぅっ!? や、めぇ……っ!」
波多野先生の体が跳ねる。上に乗っているから分かりにくいがどうやら下から秋津が突き上げているらしい。定期的にビクンビクンと体を震わせいやいやと首を振る。
「え?」
今度はあたしが声を出す番だった。
どういう事? 波多野先生の反応があまりにもおかしい。あれだけイッてたのに急に素に戻ったみたいだ。いくらなんでもあれだけイキ狂ってたのに次の瞬間に素に戻ってるってあり得るのか?
「先生、自分から動いてくださいよ。気持ちいいでしょ? 素直に感じていいですよ?」
「え? あっ、ちょ、なんでっ!? あんっ、やぁっんぅ、きもっ、いいっ!」
秋津の声を聞いた途端に波多野先生の動きが変わった。あたしが教室に来た頃と同じ様に自分から腰を振り出した。気持ち良くなっていくのが貌に表れ、腰の動きが徐々に早くなっていく。
「あっ、すごっ、いいっ! もっと! もっとうごいて! あああっ!」
「ほら、先生。胸を出して」
「はいっ、あんっ、これでっ、いいっ、ですかぁっんんぅ!?」
秋津の言葉を聞いた瞬間に波多野先生はブラウスのボタンを外した。そしてそのままブラのストラップをずらして胸を曝け出す。そんな波多野先生の形の良い胸を秋津は下からすくい上げ、そして無遠慮に鷲掴みにし、好き勝手揉み始めた。
「あっ、あああっ、気持ちいいいいいいいっ!」
反応は劇的だった。校舎中に響くかの様な声を上げ、波多野先生は体を反らせる。ビクンビクンと電流を通されたカエルの様に跳ねながら、しかしこっちを見た顔は完全に蕩けていた。
「秋津……あんた何したの?」
何が起こっているのかわからない。だけど、秋津が何かをしてるのは明白だ。そうでなければ波多野先生の変化は説明がつかない。そして、こじつけかもしれないけど、プールの件にも秋津が関わっているに違いない。証拠はどこにもないけど、絶対そうだとあたしの勘が告げている。
「いやいや、俺は何もしてないですよ」
「んなわけ無いだろ? あんたの言葉で波多野先生が変な風になってるみたいだし」
じっと秋津を注視する。一挙手一投足も見逃さないように。そっと携帯に手をかけ通話をできるようにする。何があってもすぐに対処できるように。
「本当に俺は何もしてないですよ。なにかするのは松来先生ですし。なあ、和海?」
「『そうだね、あたしは今はあたしが何をしていてもなんとも思わないし、敦の言うことに従ってしまうからね』って、和海? 加山がどうかしたのか?」
なんでここで加山の名前が出てくる? 加山が昏睡してることとなにか関係があるのか?
「いやいや、なんでもないですよ。そうですね、とりあえず松来先生の裸を見せてもらっていいですか?」
「はぁ? 何言ってんだお前! 裸なんて勝手に見ればいいだろ! 脱げばいいのか?」
「ええ、先生の裸見せてください」
「ったく、しょうがないな。ってそんな事より、あんた波多野先生になにしたのよ!」
体育教師は他の先生と比べて当然運動着である事が多い。人によっては通勤時もジャージで来る。流石にあたしは行き帰りはスーツにしてるけど、今はまだジャージだ。それが都合良かった。一々外すのが面倒なボタンもなく、チャックを下ろせばすぐに上が、ゴムなのでホックを外さなくてもすぐに下も脱ぐ事が出来る。更にその下に来ている服も学校指定の体操服……は生徒だけだけどあたしはTシャツとレギンスだからどちらもすぐに脱げる。
そうしてインナーを脱いだら残るは下着だ。ホックを外しブラを緩めるとストラップから腕を抜き、続けてショーツも足を抜く。
正直あまり自身のない体ではあるけど、秋津が見せろっていうんだから仕方がない。
「っておい、見てないじゃないか!」
「あ、すいません。波多野先生が気持ちよくて」
見せろって言ったくせに秋津は波多野先生の体に夢中でこっちを碌に見やしない。確かにあたしなんかより波多野先生の方が可愛いしスタイルいいけど、だからといって全く見ないのは頭にくる。
「いいからあんたら離れなさい。教室でなんて事してるの」
服をその場においたまま二人の元へと駆け寄り、波多野先生を引き剥がそうとする。絶頂して全身から力の抜けている波多野先生を引き剥がすのは容易だが、その前に秋津から声をかけられた。
「ああ、松来先生。ちょっと待って」
「? なにさ」
「まだ波多野先生にはやってもらいたい事があるから、その間松来先生はオナニーしててくれないかな?」
「はあ!? いい加減にしなさいよね! あんたらが今どれだけやばい事してんのかわかってんの!? これでいいの!?」
仕方がないので胸と膣を弄り始める。そこまで大きいとは言えない胸だがそれなりに感度は良く、すぐにピリピリと快感が走り始めた。
「んっ……あっ……」
自分の手で変形していく乳房。指の間で膨らんできた乳首をキュッと摘み、関節の太い部分でコリコリと刺激する。快感が胸から全身に広がり徐々に膣が濡れていく。
「ほらっ…あっ、早く波多野先生にやってもらいたい事っての、ぉっ……やりなっ、さい、よぉっ」
「う~ん、それなんですけど、その前に松来先生。角オナってわかります?」
「はぁっんぅ」
秋津の突拍子のない言葉と体を奔る快感が重なり、変な声がでた。
角オナ。要は何かの角で膣やクリトリスを刺激するオナニーだ。なんだかんだ言って所詮は学生。エロい事には興味津々なんだな。
「なにっ、言ってんの……んぅ。そんな……っ、あほっなぁっ、ことぉっ言ってないでぇっ……、勉強っ……しろぉっ」
「まあ、流石に知ってますよね。じゃあ、松来先生。角オナでイッてください」
「わかっ……、たぁっ」
近くの机に近寄って片足を乗せる。机の合板は面取りがされてるので言うほど角ではないが秋津もそこまでは求めてないだろう。胸を揉みながらも腰を机に擦り付け、クリトリスを刺激する。胸からとは比べ物にならない刺激が股間から込み上げ全身を震わせていく。
「あっ……んんっ、はぁっん、あぁぁっ」
漏れ出る声が止められない。快感が全身を支配して快感に動かされている様だ。
「ああっ、あっ、ああああっ」
チカチカと目の前が明滅する。グリグリとクリトリスを角に押し付け激しい快感を貪っていく。
もっと、もっとだ。もっと気持ちよくならないとイクには足らない。角オナでイカなければならないから直接クリトリスを弄るのは不可能だ。ならもっとクリトリスに刺激が来るようにすればいい。
腰を押し出すように、そして体を前傾して角の当たる割合を膣からクリトリスへと変えていく。それに比例して快感が増えていく。
「はっ………あんっ、ああっ、すごっいいっ」
とろとろに溢れた愛液が滑りを良くする。腰の動きが早くなり、快感が思考を塗りつぶしていく。
イカないと、イカないと、イカないと。
余計な思考は削ぎ落ち、ただそれだけが頭の中に残る。どうしてかはわからない。ただ、角オナでイカないといけないという思いだけが体に動けと命令をしていく。
「っ、あああっ、んんぅっ」
「敦ぃ、松来先生すごい事になってるよー。きちくだなぁ」
「お前が言う事かよ。そもそも松来先生呼んだのお前だろ?」
「ちゅっ……だって、波多野先生も良さそうだけど、松来先生の体も良いんだもん」
そんな声が聞こえてくるが頭に全く入って来ない。腰が前後に動く度に視界にフラッシュが焚かれ、意識が飛び飛びになっていく。もはや全身が敏感になり腰だけではなく胸からの刺激も意識を白く塗りつぶしていく。
「はっ、あ、あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
腰を打ち付けるようにして滑らせクリトリスを押しつぶす。
瞬間、今までとは比べ物にならない程の快感が視界を覆い尽くし、意識を全て持っていった。
「ちゅっ、んんぅ、はぅ……ん」
「良いですよ先生。もっと舌を這わせて」
「はい、ぇろ……んぅ。こう……れろ……ですか?」
「そうそう、胸を中心にして、乳首を舌の先でつついてください」
「んっ、んっ、ふぅっ」
遠くからの声と水っぽい音があたしの意識を覚醒させていく。
目を開けるとビルのようにそびえ立つ机と長い蛍光灯が目に入った。
「教……室……?」
寝起きの半覚醒な意識の中、首を横に向けるとずらりと机が並んでいる。そうして、ここがどこかの教室だと把握するのに数秒かかった。
あたし……なんで教室に……? ここ、何年何組……って、秋津!
さっきまでの事を思い出し、あたしは跳ね起きる。そして、窓の方を見ると秋津と波多野先生が後戯のつもりか二人は未だに絡み合い、しかし互いの性器は外して触れ合っていた。
「あんたら!」
「あ、起きましたか松来先生」
「えっ、松来先生っ!?」
あたしの声にそれぞれの反応を返す二人。秋津は余裕たっぷりに、波多野先生はどこかあたしに怯えたように反応する。しかし、二人に共通するのはそんな反応を返しておきながら互いの体を弄り合うのをやめないという事だった。
「あんたら、何やったのかわかってるの!? っていうか今も何やってるのよ!」
「何って。見ればわかるじゃないですか? ほら、波多野先生。ビビってないで動いてくださいよ」
「あっ、はい。んんぅっ……」
あたしの怒鳴り声に止まっていた波多野先生は秋津に促され再び舌を動かす。その姿は権力者に傅く奴隷か何かのようだった。
「波多野! あんた何やってるのかわかってるの!?」
「っ……!? れろ……んぅ……」
一瞬だけ波多野先生は止まったが、すぐにこれが自分の仕事とばかりに動き出す。
「波多野!」
再三の怒声。ついに波多野先生は止まらなくなった。あたしを向きもせず、一心不乱に秋津へと奉仕する。
「まあまあ、松来先生落ち着いて」
「……っ」
秋津が声をかけてきたので更に波多野先生へと向けようとしていた矛を収める。代わりにじろりと秋津を睨むとニヤニヤとした笑みを返してきた。
「波多野先生も頑張ってるんだから、そんなに責めないでくださいよ」
「頑張ってるじゃない、『あたしも欲しいって言ってんのよ!』……っ!?」
あたし、今何言った……?
欲しいって言った? 何を?
「松来先生も欲しいんですか? 良いですよ? 波多野先生と仲良くしてくださいね」
秋津の声にちらりと意識を向けるとドクンと胸が高鳴った。
何……これ……?
突然、呼吸が乱れる。
それまでなんとも思ってなかった秋津の体から目が離せなくなる。
「波多野先生。じゃあ、また入れてください」
「んぁ……はいぃ……」
秋津に言われ、波多野先生が秋津の上に跨る。とろりと白濁液が零れる膣を広げ、秋津の肉棒を受け入れるように自分から飲み込んだ。
それだけで快感を感じるのかビクビクと体を震わせ、とても幸せそうな声を上げる。
その姿はとても気持ち良さそうで羨ましかった。
羨ましい?
湧き上がった感情を理解する事ができない。あたしは二人を止めに来たはずなのに何故羨ましいと思ってしまうのだろうか?
しかし、二人を止める所か静止の声を上げる事もできない。
腰を振る波多野先生の姿。いや、その中に出入りする秋津の肉棒を見る度にあたしの心臓は鼓動を早くし、体が疼きを上げていく。
欲しい……欲しい……?
気づくと足が一歩前に出ていた。その事実に愕然とする。
あたしは何を考えてるんだ!? 他の生徒に気付かれない内に止めなくてはならないのに。放課後と言っても最終下校までまだ時間はある。部活で残っている生徒もいれば、委員会活動や図書室で自習している生徒もいる。そんな生徒たちがこの騒ぎに気付いたら学校は終わりだ。人の口に戸は立てられない、すぐにPTA、教育委員会、そしてマスコミにまで話は広がるだろう。
だから、何が何でも二人を止めなくてはならない。だって言うのにあたしは秋津の体を魅入ってしまい、前に進む事しか考えられなくなっていた。
「ああああああぁっ」
波多野先生の喘ぎ声があたしを思考の海から引き戻す。見ると波多野先生は大きく背をのけぞらせビクビクと絶頂していた。
「『羨ましいなぁ……あたしも入れて欲しいのに』」
呟いた言葉に戦慄する。あたしは何を言っている?
羨ましい? 誰が?
入れて欲しい? 何を?
決まっている……って何を考えてるんだ!
頭にこびりついた考えを振り払う様に頭を振る。そして気を引き締める様に目の前の二人を睨みつけた。
「あ……」
しかし、それがいけなかった。イッた波多野先生の中から引き抜かれた秋津の肉棒が目に入ってしまった。
その瞬間、心臓が大きく跳ねる。視界はそれを外す事ができなくなり、呼吸がどんどん荒くなる。上下の口から涎が溢れ、刺激が欲しいと訴えていた。
欲しい……誰かに、欲しい…知らせなきゃ……欲しい……見たら、欲しい……駄目だ……ここから……欲しい……欲しい……離れ……たくない……欲しい欲しい欲しい……ここに……欲しい欲しい欲しい欲しい………秋津の………欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい……入れて………欲しい!
「入れて! あたしにも入れて! 秋津のそれ! あたしに入れて!!!」
教室を出て行くどころかあたしは秋津の下へと走り寄る。そして、秋津へと縋り付いていた。
「入れて欲しいんですか? でも、良いんですか松来先生? 先生って俺と波多野先生の行為を止めに来たんですよね?」
「そんな事はどうでもいい! 波多野とどれだけやってもいいからあたしにも入れてぇ! 秋津のそれが欲しいの! それがぁ!」
頭の中には欲望のみが渦まき、秋津に入れてもらう事以外どうでも良くなっていた。
我慢できなくなったあたしは秋津の返事を聞かずに押し倒す。
これ、これが! これが欲しいの!
荒い呼吸を垂れ流したまま秋津の肉棒を自身の膣へと宛てがう。そして一息に奥まで突っ込んだ。
「ひぃぅっ!?」
瞬間、頭が真っ白になった。体は痙攣し、呼吸も止まる。噴水のように途切れなく溢れ出る快感は幸福感へと変わりあたしの意識を押し流していく。
「あ……ああ……」
圧倒的な幸福感。入れただけ、ただそれだけで動いてすらいないのにあたしはイッてしまった。いや、ずっとイッたままだった。全身の穴という穴が開いてあたしというあたしが抜け出していく錯覚に陥る。
「先生、気持ちいいですか?」
下から聞こえる秋津の問い。答えなければという思いが心の底から湧き出てくるものの、幸福感に圧倒されて何も考えることができない。
「敦、先生イッちゃってるよ。答えるの無理っぽい」
口が勝手に動き言葉を紡ぐ。あたしの口から出てる言葉なのに誰か別の声のような気もする。
「マジで? 入れただけでイッちゃったか。まー、先生の体はもう落ちきってるからなぁ」
「まったく、んぁっ、敦がやりすぎるから、あんっ」
「ちょっと待て、やりすぎたのは和海だろ。感度100倍とか動く度にイクとか出してもらうまでイケないとかやってたじゃねーか」
「あれ、そうだっけ? っっ!」
「そうだっけじゃねーよ。 体育教官室がひでー事になって後片付け大変だったの忘れたとは言わせねーぞ」
「んんぅっ!! あれねー。こっちも松来先生の後始末で大変だったからセーフ、みたいな?」
「セーフじゃねーよ、お茶飲んでたくせに! にしてもお前全然イカないのな?」
「先生はイッてるよ? イキまくってる。あたしはまあ、入っててもそこまで同調しなければ大丈夫だしっ……ちょっと喋りにくいけど」
「なんだそれ、ずっりぃなぁっ!」
なにか話し声が聞こえる様な気もするけど、内容が全く頭に入ってこない。その間にも下から突き上げられ真っ白な奔流にどんどん押し流されていく。
息も出来ない様な快感のはずなのに脳のリミッターは動作せず、倍々に増えていく快感が意識をどんどん塗りつぶしていく。そしてあたしは全てを流され塗りつぶされた。 息もできないような快感のはずなのに脳のリミッターは動作せず、倍々に増えていく快感が意識をどんどん塗りつぶしていく。そしてあたしはすべてを流され塗りつぶされた。
「あーあ、また先生が壊れちゃったよ。戻すのめんどいんだよねぇ」
「だからそれは和海の自業自得だろ。っていうか、今日は波多野先生でやりたかったんじゃなかったのかよ」
「ほら、あれよ。松来先生とは相性がいいみたいな? 似た者同士だし」
「そのセリフ、先生が聞いたらブチ切れそうだから言うなよ? というか何が似た者同士なんだよ?」
「もちろん、体よ、体。先生細いし薄いし、ホント似た者同士」
「わかった、聞いた俺が悪かった。もう言わないでおいてあげろ。っていうかこの会話の記憶も消しておいてあげろ」
「だけど、松来先生も不憫だよねー。プールの更衣室がちょうど人がいなさそうだから鍵が欲しかっただけなのにこんなにされちゃってねー」
「プールを提案したのも松来先生をぶっ壊したのも和海だろ! 俺が悪いみたいに言うな!」
「敦だってノリノリだったくせにー」
「いいから、さっさと後始末しろよ。俺も後始末しておくから」
「はいはい、『あたしは――』」
目を覚ますとそこは教室だった。
まるで森の木の様にそびえ立つ机や椅子の足の間に横たわっていた体を起き上がらせる。そして、隣に寝ていた波多野先生の寝顔を認識すると同時にここで何をしていたのか『思い出した』。途端に顔が熱くなる。
「先生、波多野先生」
多分顔は真っ赤なんだろうなと自覚しながら波多野先生を揺り起こす。
「ん……あれ……松来先生……っ!?」
寝ぼけ眼であたしを見た波多野先生もここで何が起こったのかを『思い出した』のか、瞬間的に茹でダコになった。
「あ、あ、ま、ま、松来せんしぇっ!?」
「落ち着け」
人間、気が動転していても、それ以上に動転している相手がいると冷静になれる。そんな話を実感しながら目に見えて狼狽している波多野先生を落ち着かせた。
まだ自分の中で整理がつかないのか、顔を真っ赤にしたまま唸る波多野先生。彼女をそのままに周囲を確認して溜息を吐く。そして波多野先生を正面に見据えた。
「波多野先生」
「はいっ!?」
波多野先生の両肩に手を置くと、びくっと波多野先生の体が震える。伝わって来る体の震えはどちらの意味のものだろう? 怒られる事を恐怖してのものか、それとも先程の続きを期待してのものか。それを確定させるためにも話を続ける事にした。
「あたしたちはここで許されないことをした。それは理解してる?」
「は、はい。いくら好き同士だからって私達は教師で、ここは学校のしかも教室です。生徒達が学ぶ場所で性行為なんて許されないと思います」
波多野先生の返答に首肯する。あたし達は初めて見た時から互いを運命の相手だと本能的に理解していたが、だからといって教室で性行為をして良い訳ではない。あたし達は教師だ。生徒の模範となる存在は少なくとも教育の場では模範にならなければならない。
「幸い、まだ誰にも気付かれてはいない。だから、今あった事はなかった事にしよう」
「っ!?」
瞬間、波多野先生の顔が絶望に染まり、体の震えも増大する。おそらく、先程の震えはどちらでもあったのだろう。期待は絶望に変わり、恐怖からの震えも増大した。あたしだって名残惜しい。だけど、ここは心を鬼にして告げなければならない。あたしの方が年上で先輩なのだから。
「あたしだって辛い。だけど、学校では必要以上に関わらないようにしよう。この事が誰かに知られたら、最低でもどちらか、下手すると二人共辞めざるを得なくなるかもしれない。わかるよね?」
「……はい」
真っ青に変わった顔のまま、力なく頷く波多野先生。そんな波多野先生の顔を見るのは辛く、心が引きちぎられる思いだった。だからか、頭に浮かんできたその考えにあたしは一にも二にもなく飛びついた。
「でもね」
「?」
「生徒の前じゃなかったら、プライベートなら何も問題ないよね。いくら教師だからってプライベートまで拘束される謂れはないし。だから、一緒に暮らさない?」
「松来先生……!」
あたしの提案に波多野先生の顔が希望に染まる。そして、ものすごい勢いで頭を縦に振ってきた。
「はい、はい! とてもいい考えだと思います! 私も松来先生と一緒に暮らしたいです!」
「うん、あたしも」
そしてあたし達はしっかりと抱き合い、数十秒後、ここが教室だという事を思い出し、恥ずかしくなってそっと離れた。
「え……っと、あはは」
「………だめ、ですね。ここ教室なんですから」
「まったくだ。っと、そうそう、ここをちゃんと掃除しないとだね」
「あ、はい。そうですね。流石にこれこのままにしていけないですからね」
あたし達は汁まみれの周囲を見回して呆れ返った。
自分達の事ながら、よくもまあこんなに乱れたなぁ、と。
そして、掃除用具入れからバケツと雑巾を取り出すと床や机などを水拭きを始める。
「え……っと、あたしがそうだし、波多野先生もワンルーム……だよね?」
「あ……はい、二人で住むにはちょっと狭いかもしれないです」
「うん……じゃあ、しばらく週末はデートを兼ねて部屋探しだね、葉月お姉さま」
「そうね、真里っ」
最近、めっきり伸びてきた夕日の中でニッコリと笑った葉月お姉さまの顔はとても可愛らしかった。
頭のどこかで何かを忘れているような気がしなくもないが、そんなものは葉月お姉さまの笑顔の前にはどうでもいい事だった。
<続く>