幼馴染は性浮霊4

04:やら

「あつーい!」

 秋津 敦の隣で一人の少女が叫ぶ。その少女は自身の体を包み込む清楚な白いワンピースに似合わない言葉遣いや所作で敦の隣を歩く。そんな少女のギャップに満ちた姿を行き交う人々は奇異の目で眺め、隣を歩く敦も少女の姿を呆れた目で見た。

「あつーい、じゃねえよ和海。もうちょっとその子に配慮してやれよ」

「だって暑いんだもん。今日何度だか知ってる? 三十度超えよ? 真夏日よ? まだ梅雨にも入ってないのにこんな気温とかやってられないわよ」

「じゃあ、抜けてればいいじゃねえか。抜けてれば温度とか感じないんだろ?」

「確かにそうなんだけど、それじゃ横入りと一緒じゃない。こういうのはちゃんと並ばないとだめに決まってるでしょ」

「妙な所で律儀だな。パン屋の看板娘としての性分か?」

「そうよ。あたしが見てる限り、横入りは許さないんだから」

 ふんと誇らしげにあまり無い胸を張る少女。その姿を見て敦は苦笑する。

「横入りは駄目でも持ってるチケットを奪うのは良いのかよ」

「まあ、それはそれ。この子大ファンみたいで握手券いっぱい持ってるんだからその中の一つ二つくらいは大丈夫でしょ」

「なにそのダブルスタンダード……まあいいけどさ。俺もやくもん見たいし」

 二人が目指すのはご当地アイドルながら去年紅白にも初出場をした新進気鋭のアイドルグループ8OG40、その握手会だった。

 事の始まりは朝。ベッドの上で惰眠を貪っていた敦の下へいつもの如く和海が押しかけてきた事から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やくもんが見たい」

「は?」

「だーかーらー、やくもんが見たいって言ってんの!」

 ベッドの上の敦に跨り和海が言う。その姿にまたかと呆れながら敦は視線を返した。

「テレビでも見ろよ。確か、今日の音楽特番に出てただろ?」

「生で見たいに決まってるでしょ!」

「じゃあ、一人で行ってくればいいじゃん。お前なら誰にも気づかれずに入れるだろ」

「それが駄目なんだなぁ。だから敦なんだよ」

 やれやれと言いたそうに肩を竦める和海。その仕草に敦ははあ、と溜息を吐く

「だから敦ってなんだよ。意味わかんねえ。つーか、一人で行くの駄目なん?」

「うん、なんか消費してるみたいでさ。あまり体から出てると疲れるんだよね」

「んな事言ってる割には四六時中出てんじゃん。お前が来てない日なんかねえぞ。何なら夜も帰らずにいたりするくせに」

「なんかねぇ、敦は大丈夫みたい。敦と一緒にいるとむしろ元気になるんだよね。なんで?」

「俺が知るか」

「きっと敦からマイナスイオン的な何かが出てるんだよ。そうじゃなかったらエネループとか? だから一緒に握手会行こうよ」

「俺は滝でも充電器でもねぇ……なんて?」

「敦は大丈夫みたい」

「そこじゃねえ、もっと後」

「敦からマイナスイオン的な」

「もっと後」

「エネループとか?」

「その後」

「だから」

「お前わざとやってんだろ」

「わかってんなら聞き返さないでよ。どうせちゃんと聞いてるでしょ?」

「聞いてるけど聞き返したくなるんだよ突拍子もない事を言われると。握手会って、あの握手会だろ」

「そりゃそうよ。だってやくもんに会うには握手会が一番手っ取り早いし」

 はあ、と溜息を吐き、軽く頭を押さえる敦。大して多くない知識で想像する握手会に参加する自分の姿を想像して少し絶望した。

「握手会ってチケットが必要なはずだろ? CDの特典の。俺、そんなもの持ってねーぞ」

「大丈夫、まーかせて!」

「本当に大丈夫かよ……」

 不安を覚える敦の声は和美の勢いに掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、和海が取った手段は単純だった。

 公式サイトで握手会の予定を確認して予定時間より多少前、会場近くまで移動して集まってくるファンの中に入るというものだ。入っては握手券の量を確認し、出るを繰り返し、最終的に和海が入るのを決めたのが頼城 蘭子だった。彼女は女性でありながらも重度の8OGのファンでついに来た近くの握手会という事でこれまで溜め込んだお小遣いを奮発して握手券付きCDを購入していたのだった。

「そうして、お母さんの小言をスルーしてここまで来たんだって」

「そしてお前にいいところを奪われるんだな。かわいそうに」

 蘭子の記憶を読み取ってここまでの経緯を説明する和海。その言葉を聞いて敦はうんうんと頷いた。

「ちょっとー、あたしが悪いみたいに言わないでよ。敦だって共犯なんだからね」

「なんで俺も共犯なんだよ。全部お前の単独犯だろ」

「そりゃ、あたしを止めなかったじゃない。だから共犯」

「ふざけんな。お前、止めたって聞かねえだろ。そんな事言ってるなら帰るぞ」

「いいよー。そうしたら泣き喚いて敦に嬲られたって警察に駆け込んであげるから」

「それはやめろ……やめてください」

「よし、じゃあ話も決まったところでレッツラゴー」

 がっくりと力なく懇願する敦とその姿を見て満足気に胸を張る和海は周囲の目を気にせずに既に結構できていた行列へと並んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、今日は来てくれてありがとー!」

 敦と和海が外の列に並んで二時間。握手会は簡単なミニライブから始まった。歌唱楽曲は数曲、時間にして二十分。ファン達は熱狂も冷めやらぬまま本来の目的の握手の列を形成していく。

 結成以来誰にもセンターを譲った事のない通称絶対センターのやくもんこと八神 八雲の列はいつも周りのメンバーと比べて長い。その長さを見て八雲は人知れず溜息を吐いた。

(今日も長いなぁ。まあ、人気がある事はいいんだけど、私だけ残るの嫌なのよねぇ)

 他のメンバーよりも列が長い八雲はチケット一枚あたりの時間は周りと比べて短くなるが、それでも必然的に一人だけ残ることが多い。もちろん顔には出さないが他のメンバーが残らされてただ立っている中、ひたすらに握手をしなければならないのはメンバーに悪い事をしてるんじゃないかという気持ちにさせられる。それが八雲の悩みの一つだった。

「それでは握手会を始めまーす。係員の支持に従って順番に進んでくださーい」

 スタッフの号令に従って列が進み始める。

「ありがとう」

「うん、これからも頑張るね」

「あ、また来てくれたんだ。嬉しいな」

「あなたははじめましてだね、来てくれてありがとう」

 一人一人とにこやかに握手して八雲は人を捌いていく。絶対センターの名は伊達ではなく、笑顔、握手、会話と周りのメンバーとは一段違う対応を披露していた。

 そうして順繰りにファンと握手していた八雲の下に少女の順番が回って来る。その少女は清楚な白いワンピースに自分の顎くらいまでしかない身長。女性のファンは男性ファンに比べて多くはないもののそれなりにいるが、その中でも珍しい少女に八雲は内心驚いた。

「あなたもはじめましてだね。はじめまして、やくもんだよー」

「はじめまして、やくもん、好きですっ!」

「うん、ありがとう。これからもよろしくね」

「はいっ」

 ぎゅっと両手で握手する。少女は嬉しそうにブンブンと手を振り、そして離れていった。

 その姿を微笑ましく眺めていたら、続いて来た少年に唐突に謝られる。

「どうもすみません、あいつ、やくもん見るの楽しみだったんです」

「いいえ、とても可愛らしい子ね。妹さん?」

「そんなもんですね」

 謝罪の内容からして少女の関係者だと判断した八雲は身長差や話の内容から少女の兄だと判断した。それを曖昧に濁して敦は八雲と握手をしてすぐに離れる。

 そんな敦の後ろ姿を見て、八雲は小さく呟いた。

「『素敵』……えっ!?」

 今しがた自分が零した言葉に八雲は驚いた。

 今まで8OGの絶対センターとして、いやそれ以前、アイドルになると必死に頑張っていた子供の頃から。八雲は幼稚園の頃からアイドルになると言い張って、歌にダンスにひたすらアイドルに打ち込んできた。

 恋なんて知らない。恋人なんていらない。アイドルはスキャンダルなんて以ての外。子供の頃から言い聞かせてきた少女の誓いは、この先年齢制限が来るまでは続くと思っていたアイドルの呪いは、誰かの一言で崩れ去った。

 トクントクンと小さいながらもしっかりとした心音が八雲の体に響く。

 初恋は人並みにあるが、それを自身で抑制していた八雲はその胸の高鳴りが何なのかその時は気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、八雲はそれをすぐ知る事になる。

「またきちゃった」

 握手会の第二部。八雲の目の前には先程見た少女の姿があった。そしてその隣には少年の姿。

 トクンと八雲の胸が鳴る。

「やくもん?」

 少女――蘭子の言葉で八雲は目の前の少女を、そして今の自分の状況を思い出した。

「あ、ごめんね。お嬢ちゃんいっぱい買ってくれたんだね。ありがとう」

「うん、やくもんに会えるって聞いたから貯めてたお小遣い全部使っちゃった」

「わぁ、凄いね。ありがとうお嬢ちゃん」

「あたし、蘭子。また来るね」

「うん、待ってるね蘭子ちゃん」

 ギュッと握手をして蘭子は離れる。そして、少年の番が来た。

 トクン、トクンと胸が鳴る。その音を紛らわすかのように八雲は頬を膨らませ、眉をちょっと上げた。

「駄目だよお兄ちゃん。あんな子にお小遣い全部使わせちゃ」

「あはは、すみません。なんせ思いついたら一直線なもので、気がついたらCDが積み上がってました」

(なに? この感じ……)

 少年の姿、声、手の感触、匂い。それらを認識する度になんとも言えない思いが八雲の心に湧き上がる。そしてその思いを認識すると、八雲は自身の頬が熱くなるのを感じた。

 そんな自身の変化に戸惑いながらもそれを表に出さずに仕事を遂行する。

「もぉ、私達は買ってもらって嬉しいけど、あんな子供のお小遣いを巻き上げたなんて流石にいい気持ちしないよ。ちゃんと妹の面倒を見てあげてね、お・に・い・ちゃ・ん♪」

 少年――敦に向かってウインクをして、握手していた手を放した。

 本当はもっと話していたい。もっと触っていたい。もっと側にいて欲しい。そんな思いが次から次へと湧いてくる。

(ううん、だめだめ)

 しかし、今は仕事でここは仕事場だ。アイドルは一人に思いを寄せてはならない。偶像は皆の偶像だから偶像足り得るのであって、たった一人にのみ見せる姿は偶像ではなく、それはもはや恋人だ。アイドルにはそれは許されない。

 湧き上がってくる思いを必死に押し留め、八雲はその放し難い手を放した。もちろん、そんな内心の葛藤は微塵も表に出さずに。

 そして、敦の後ろ姿を見送る。そんな彼女の口から再び小さな声が零れた。

「『あ……あたし、あの人の事大好きなんだ』」

 ドクン!

 その事を認識した瞬間、八雲の心臓が大きく高鳴った。

 心の底から湧き上がってくる思い。

(これが……好き?)

 それが恋、そして愛だと自覚し、八雲の頭は真っ白になった。

 そこからの記憶は八雲にはあまり残っていない。湧いて出てくる思いに戸惑い、翻弄され、しかし、今までのアイドルの仕草が染み付いた体は混乱の極みにある意識をよそにルーチンワークのように握手、そしてライブをこなしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーくもんっ」

 そうして三回目。八雲の目の前には見慣れた少女の姿があった。

「蘭子ちゃん! ……と」

 そしてその隣りにいる敦の姿。その姿を認識しただけで、八雲は言葉を紡げなくなった。

「やくもん?」

 どくどくと八雲の心臓が早鐘を鳴らす。血液がすごい勢いで体をめぐり、八雲の顔が真っ赤に染まる。

「やーくもーん」

「ら、蘭子ちゃんっ!? ちが、違うの! これは!?」

 下から見上げてくる蘭子に言い訳をしながらブンブンと手をふる。

 何が違うのか、それは言われた蘭子は当然として、言っている八雲にもわからない。

 蘭子――和海はそんな八雲の姿にニヤニヤとしながらその手をとった。

「やくもん! ほら、握手!」

「あ、うん……ありがと」

「こっちこそありがとう、敦をよろしくね」

 ちらりと八雲の視線をとなりにいる少年へと誘導して、八雲は離れた。

「もう一枚チケットあるからー」

 そう言って離れていく蘭子を見送り、八雲は次の少年へと対面する。その瞳で見られている事を意識しただけで八雲は何もできなくなった。顔を真っ赤に染めて下を向く。さっきまでできていたはずの相手の目を見る事すらできず、石になったかの様に固まっていた。

 そんな八雲の頭の中は暴風――まるで台風か竜巻かの様に混沌とした考えが駆け巡る。

(待って待って! 見てる見てる! なにこれなにこれ! 私大丈夫!? 変な顔してないかな? 変な声あげてないかな? 変な態度とってないかな? 服、ちゃんとしてるかな? 化粧大丈夫かな? 準備する時間が欲しい~)

”彼に嫌われないだろうか?”

 八雲の頭を駆け巡る全ての考えはその一点に集約する。

 しかし、八雲はその事に気が付かず、ドキドキと高鳴る鼓動を感じながらチラチラと目の前でにこやかに微笑む敦の姿を見ていた。

「あの、握手……良いですか?」

 八雲の耳に届くその声。いつまでも聞いていたいと思ってしまうその声。しかし、その内容に今の自分の状況を思い出した。

「あ、あ、す、すみませんっ!?」

 自分はアイドルで、今は握手会の真っ最中。そして、あろうことか目の前の少年に見とれてその進行を滞らせてしまっている。

 八雲は困った顔で差し出している敦の手を慌てて掴み精一杯の笑みを浮かべた。

 八雲としては笑みを浮かべたつもりで自分がちゃんと笑えているか不安でいっぱいだったが、その笑みはファンの中で語り種になる程の極上の笑みだった。

「あの、その、ありがとうございました……」

 どんどん小さくなっていく八雲の声。掠れて消えてしまいそうな声で敦を送り出すと、八雲は意識せずにその後姿を追っていた。そして、その口が三度勝手に動き出す。

「『会いたいなぁ。握手会だけじゃなくて、プライベートでも……』」

 ドクン、ドクンと高鳴る鼓動。その音、その意味を自覚しながら八雲は握手会の第三部を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして四周目。八雲はそこで絶望を知る事になる。

 八雲は並んでいるファンをにこやかに捌きながらも心の底ではこの人じゃないと思っていた。

 先ほど感じた心の高鳴り、見てしまうだけで何も考えられなくなるあの姿。耳にするりと入り込み何でも従ってしまいそうになるあの声。いつまでも隣りにいて嗅いでいたいあの匂い。それら全てを兼ね備えた一人の少年を八雲は心待ちにしていた。

 蘭子は言った「チケットはもう一枚ある」と。

 つまり、もう一回彼と会うチャンスが有る。握手会はファンから何かを贈るのは禁止されているがアイドルの側から何かを渡すのは禁止されていない――否、アイドルが特定の誰かに肩入れするなんて許されないからそもそも何かを渡す者なんていないだけだ。

 八雲は三部が終わってからの短い休憩時間で書き上げた小さな手紙をスタッフに知られないようにブースへと持ち込んでいた。もちろん、ファンにもメンバーにも知られないように隠している。八雲だけの秘密。八雲は無意識に手紙に指を触れ、その存在に顔を綻ばせる。これを彼に渡したい。そうすれば彼も自分に連絡してくれるはずだ。結成以降誰にも渡した事のない絶対センターとしての自信は自分に興味がないという選択肢を考慮もしなかった。

「やーくもんっ」

 今日一日で何度か聞いた声。見ると、今までの男性達と一回り以上小さい体の少女がそこにいた。

「蘭子ちゃん!」

 にこやかに笑みを浮かべる蘭子。その手を取ってきゅっと握りしめる八雲は瞬間、違和感を覚えた。

「すっごーい、やくもんなんでわたしの名前知ってるの!?」

「え……っと、さっき蘭子ちゃんが教えてくれたよね?」

 戸惑いながら聞き返す八雲。その言葉にキョトンとしながら蘭子は返答する。

「え? わたし今初めてやくもんと会ったけど?」

「え?」

 八雲はその言葉を理解できなかった。今日一日で既に三度、顔を合わせて握手と言葉を交わしたというのに目の前の少女は今が初めてだという。双子という可能性もちらりと頭を掠めたが名前が同じだという事は蘭子が認めているのであり得ない。

 訳もわからず混乱している八雲は先程自分の覚えた違和感の正体に気づいた。

「あれ、最後?」

 思わず声が出る。そう、列は蘭子が最後でその後ろに並んでいるはずだった少年の姿はなかった。その事実は八雲に説明ができない衝撃を与えた。もう一枚とはあと一枚という意味だったと理解した八雲の気分は天上から地下へと一気に下落する。

「うん、私で最後。やくもん大好きだから話せるの楽しみだったんだ」

「う、ん……ありがとう。お兄ちゃんにもよろしくね」

 声が震えそうになるのを押し隠し、せめてもの思いを伝える。しかし、その思いへの返答は更に残酷なものだった。

「? わたし、一人っ子だよ?」

「―――っ!? いたでしょ! 一緒に! さっきまで三回も来てたでしょ!」

 ギュッと繋がった手をきつく握り、八雲は蘭子へと食いかかる。なんの事かわからない『蘭子』は八雲の剣幕に逃れようと身を離した。

「痛い痛い! 怖いよやくもん!」

 その声に我に返った八雲はスタッフに静止される前に蘭子の手を放した。

「ごめん……なさい……蘭子ちゃん。今日はありがとう……」

 そう言ってブースから離れていく蘭子の姿を見送る八雲。その口が自覚なく開かれた。

「会いたい……あの人に……」

 そんな八雲の呟きは幸いにも辺りの誰にも聞かれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 八雲は溜息を吐きながら握手会の会場から出てきた。本当は握手会の打ち上げがあったのだが、そんな気分ではなかった八雲は打ち上げを辞して一人家路についていた。

 八雲の頭の中には蘭子、そして彼女と一緒にいた少年の事が渦巻いていた。

(蘭子ちゃん……なんで初めてなんて……『あ、ここ右』)

(もしかして、本当にあの時初めてでその前の蘭子ちゃん達は夢でも見てたの? 『ここも右』)

 頭の中に湧いてくる嫌な想像を振り払うかの様に八雲はブンブンと頭を振る。

(そんなはずない。だって、彼の顔も声も匂いも感触も覚えてる! 『っと、赤信号』)

(でも、じゃあなんで蘭子ちゃんは初めてなんて言ったの? 『信号変わった』)

 動き出す人の流れに乗りながら八雲の思案は続いていく。如何に人気アイドルグループのセンターとして有名な彼女でも夜の町中でメガネや帽子をつけているので誰かに気づかれる事はなかった。

(本当は双子だったのかなぁ? 最初の蘭子ちゃんが本当は違う名前で蘭子ちゃんの名前を使ってたとか? 『ここの路地を入って』)

(でも、そうだとして双子だったら一人っ子って言わないよね……『ここを左』)

「って、ここ何処……?」

 八雲が思案から戻ってきた時、目の前は見た事もない場所だった。いつもはタクシーで帰るはずなのに何故か歩いていた八雲は見知らぬ公園にいた。深夜とは言わないまでも夜に入っている今の時間に明かりの乏しい公園にいる人はほとんどいない。八雲も夜に公園に来た事もなければ来たいと思った事もなく、その不気味さに怖くなって早々に出ようと思っていた時だった。

「やーくもん」

 聞き覚えのある声が八雲の耳に届いた。八雲が振り向くと、そこには八雲よりも一回りは小さい、今日の握手会で何度も見た白いワンピースの少女の姿があった。

「蘭子ちゃん!?」

 その少女の姿に八雲は非常に驚いた。まだ浅い時間とは言え、小さな少女が一人でいていい時間でもない。八雲だってこのくらいの頃は親に送り迎えをしてもらってレッスンに行っていたものだ。

「どうしたの蘭子ちゃん! っていうか、一人でこんな所に居ちゃ駄目だよ!? 私もついていってあげるから一緒に駅まで行こ?」

 蘭子に駆け寄り、軽く腰をかがめて蘭子と目線を合わせる八雲。そんな八雲の慌てぶりに蘭子はニコニコと笑いながらするりと八雲の腕から離れた。

「大丈夫だよ、やくもん。あたし、一人じゃないし」

 そう言って蘭子は近くにいる誰かの下へと駆け寄る。そして、そこにいる誰かの手を取ったかと思ったら飛び跳ねて誰かの体を軸に回った。

「うおっとぉ」

 そんな誰かの声が聞こえる。その声に八雲は立っていられなくなりそうな衝撃を受けた。

(嘘……ホント……?)

「危ねえな! いきなり何すんだよ和海ぃ!」

 突然の行動に怒る声。その声が耳に届いて、八雲の疑惑が確信へと変わっていく。

(この声……やっぱり……)

「いいじゃん、倒れなかったんだし。ちょうどちっちゃくなったんだからこういうのやってみたかったんだよね」

「おじさんとやれよ!」

(あ……ああ……)

 一歩、また一歩と八雲の足が前に進む。心の底から湧いてくる歓喜が体を震えさせていく。

「お父さんはほら、お店で忙しいし、元の体でやったら流石に支えられないでしょ。ほら、そんな事より」

「お、おう」

 蘭子に促され敦が街灯の下に姿を表す。明かりに照らされたその姿を見て取った八雲は弾かれた様に駆け出して敦へと抱きついた。

「うわぁっ!?」

 勢いのまま公園に倒れ込む二人。

「やっと……やっと会えた……! 会いたかったよ! もう離したくない……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 敦を強く抱きしめたまま大声で泣き出す八雲。そこには8OG40の絶対センターの姿はなく、ただ愛しい人に会えたという歓喜に涙する乙女がいるだけだった。

「俺も会いたかったよ。やくもん」

「やだぁ、やぐもんじゃなぐでやぐもって呼んでぇ~」

 地面に寝そべったまま抱きしめかえる敦。その言葉に八雲は力強く抱きしめたまま首を振った。そんな八雲の頭を幼子を落ち着かせるように撫でる。

「どうして? やくもんはいや?」

 優しく諭すように敦は八雲に問う。ひっくひっくと肩を震わせながら八雲は涙声でその問いに答えた。

「だっでぇ……やぐもんはばぢおーじのゼンダーだもん……アイドルは恋愛ぎんじなのぉ……うぇぇぇぇん、あなだどあえなぐなるなんでやだよぉ……」

 敦の体を決して離すまいと必死に抱きしめる八雲。その頭を丁寧に撫でながら敦は八雲が泣くのに任せたままでいた。

(和海、これ効きすぎじゃねぇ?)

『いいじゃん、敦。あのやくもんにそこまで想われるなんて男冥利に尽きるってものでしょ』

(お前、女だろ……まあ、悪い気はしないんだけどさ。こんな所を誰かに見られたらスキャンダル待った無しだろ)

『う~ん。スキャンダルでやくもんが潰れるのは確かに嫌だね。やくもんはやくもんのまま楽しみたいしね。ちょっと誰も来ないようにしてくる』

「『あたしは敦が人形解除っていうまで何も考えずに敦の言う通りに行動する』」

 そう言って和海は蘭子から飛び出すとぐるりと周囲を回っていった。そうして辺りにいる人に手当たり次第に入り込むとこの場から離れるように、ここで見た事は忘れるようにと指示して辺り一帯の人払いを済ませると敦と八雲の下へと戻っていく。その頃には八雲の嗚咽も弱まって声が小さくなっていた。

 ゆっくりと八雲の頭を撫でている敦がそろそろだなと声をかける。

「落ち着いた? やくもん」

「……っ!?」

 今しがたの自分の痴態を冷静に鑑みた八雲は瞬間的に顔を赤くし、飛び込んだ時と同じような勢いで敦から離れた。

「ちょっ、えっ、やくもん!?」

 敦が止める間もなく八雲は逃げ出して、近くの木へと姿を隠した。ガクガクと震える体を抱きしめるようにして、背中の木を頼りに崩れ落ちる。

(やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった……あの人の前であんな事……絶対嫌われた……もうやだ……今日は仕事でもやらかしちゃったし、穴があったら入りたいよぉ……)

「顔もぐちゃぐちゃだし、こんなのが8OGのセンターなんて笑えるよね……あは、あはは……ひっく」

 八雲は自身の現状を思い返し、自嘲するとともに涙を浮かべる。先程の号泣で出し切ったと思われた涙は次から次へと溢れ出し、その涙に八雲はさらに自らを卑下していく。

(惨めだなぁ……私。もうこのまま帰っちゃおうかなぁ……きっとお兄さんも呆れてるだろうし……蘭子ちゃんには悪いけど)

「別に悪くないよ?」

「っ!?」

 突然かけられた声に驚いて振り向いた八雲の視線の先で白いワンピースが揺らめいた。

「ら、蘭子ちゃん……?」

「だって悪いのはあたしだもん」

「悪いってどういう……」

「ほら、やくもん」

 突然の言葉に理解が及ばない八雲。そんな八雲に蘭子は手を伸ばす。そして、八雲を立たせるとそのまま手を引き歩きだした。

「ちょ、蘭子ちゃん!? どこ行くの?」

「秘密♪」

 八雲の質問に楽しそうに和海はウインクして答える。そして、直後にクスリと蠱惑的な笑みを浮かべ、逆に質問を返した。

「でもいいの? 悪いあたしについてきて。あたしは悪い子だからやくもんは逃げられなくなっちゃうよ?」

「『一緒に行くと逃げられなくなる』……?」

(蘭子ちゃんが何を言ってるのかよくわからないんだけど……? 逃げられなくなるってどういう事なんだろう? まさか誘拐とか? でも蘭子ちゃんがそんな事するなんて思えないし……それに多分お兄さんがいるだろうし、どうしよう……)

「ま、一緒に来ないと敦には二度と会えなくなるんだけどね」

「行く」

 頭の中の逡巡は蘭子の口からその言葉が出た瞬間すべて吹き飛んだ。

(お兄さんの前に出るのは恥ずかしいけど……あの人と二度と会えなくなるなんてヤダ。あんな思いをずっと抱いてくなんて無理)

 四回目の握手会。あの時『蘭子』から一人っ子だと言われた時の絶望が八雲の頭を掠める。きっとあの絶望を抱き続けたら八雲の輝きは失われるだろう。それこそ同等の思いを持てる相手を見つけるまで。

 先程、敦と再会した時の喜びは絶望の大きさの裏返しだった。

「とーちゃーくっ」

 そうして公園内を歩く事数分、ある場所についた蘭子が自信満々に振り向いた。

 しかし、その建物を見た八雲は開いた口を閉じる事ができなかった。知らない場所ではない、むしろよく知っている場所だった。しかし、そこは八雲の予想だにしなかった場所だった。

 蘭子――和海が連れてきたのはある程度の大きさ以上の公園にはかならずある、生理的な排泄のために作られた場所――お手洗いだった。

「え、ここ?」

「うんそうだよ」

(蘭子ちゃん、お手洗いに来たかったの?)

 八雲の疑問をよそに蘭子はお手洗いの中央に位置する大きな扉をノックし、中へと声をかける。

「連れてきたよー」

 その声に応えて開かれたドア。

「やくもん、行くよ」

 八雲は蘭子に手を引かれ、そのまま多目的トイレの中へと入っていく。そこに敦の姿があった。

「えっ」

 敦の姿を認めた瞬間、八雲の顔が真っ赤に染まり、握手会の時と同じに何も言えなくなる。ドキドキと八雲の心臓が早鐘のように鳴り、敦の姿をまともに見れなくなった。

(え、なんでお兄さんがここにいるの!? 確かに蘭子ちゃんの行く所にお兄さんなはいると思ってたけど、まさかこんな所だなんて……!! どうしよう、凄い不意打ち。早くここから出たい)

「えっ!?」

 そうして、八雲は自身の体が動かない事に気付いた。慌ててワタワタと体を動かす分には動く。しかし、トイレから外に出ようとする行為に関してはまったく体が反応しなくなっていた。

「なんっ……で!?」

 体を退く事もドアに体を預ける事もできず、困惑した声を上げる八雲。その声を聞いて蘭子がくすりと笑った。

「やくもん、言ったでしょ。逃げられなくなるって」

「蘭子ちゃん……? って、なにやってるの!?」

 その言葉に八雲は蘭子を見る。自分よりも小さいはずの少女が醸し出している妖艶な雰囲気に八雲は困惑した。しかし、それ以上に蘭子の行動に驚いた。蘭子は敦を前に跪き、ズボンへと手をかけたのだ。

 八雲の声に蘭子は唇に指を当て、目を細めて笑う。

「何って、見てわかるでしょやくもん。それにこんな所でやるのなんてたった一つだよ?」

 そう言って蘭子はいそいそと敦のズボンを下ろしていく。その手際はまさしく慣れたもので、一切の淀みもなくズボンとその下のパンツも下ろして、包み隠されている性器を取り出していた。

「そんな訳ないでしょっ、ここトイレだよっ。そういう事する場所じゃないよぉっ」

 突然取り出された敦の性器に吃驚して八雲は顔を手で覆う。そんな八雲の姿をクスリと嗤い、蘭子はぺろりと敦の性器を舐め上げた。

「でも、楽しくおしゃべりする場所でもないよね? ほらやくもん、こっち見てよ。敦、気持ちよさそうだよ?」

「そう、下から舐めあげて……咥えて。そう、ゆっくりと舐めながら動いて……」

「うそ……そんな事……」

 八雲は無いとは言えなかった。指示通りに動く蘭子は的確に敦の性感帯を刺激する。そして敦はその気持ちよさを素直に顔に出していた。その様を八雲は開いた指の間から見ていた。

「『本当だ……敦気持ちよさそう』」

 八雲はそう言うとゴクンと唾を飲み込んだ。どうしてだかは自分ではわからない。しかし、目の前で繰り広げられる奉仕に目が引き寄せられ、静止する事もできず食い入るように見つめてしまう。

「『凄い、蘭子ちゃん……あんな風に敦を悦ばせる事ができるんだ……』」

 トイレの中に蘭子が奉仕する音が響き渡る。淡々と動く蘭子は口を窄めて敦の肉棒をしごくと一度口から離した。

「どうしたのやくもん? ずっとそこで見てるつもり?」

「え?」

 突然の言葉に八雲は困惑の声を上げる。蘭子は舌なめずりをした後、八雲の目の前でゆっくりと敦の肉棒を舐め上げた。

「言ったでしょ? あたしは一人っ子だって。敦はお兄ちゃんじゃなくて、隣に住んでる幼馴染なの。知ってるよ? やくもん、敦の事好きなんでしょ? いいの? このまま見てるだけで。あたしが敦の事奪っちゃうよ」

 そう言って再び敦の肉棒を咥える蘭子。その言葉に八雲は激しい衝撃を受けた。

(そういう事だったの!? じゃあ、蘭子ちゃんと敦君って恋人なの……?)

 八雲は改めて二人を見る。その姿はそういった経験のない八雲にとって仲睦まじい恋人にしか見えなかった。八雲の中に黒い想いが積み上がっていく。それは今まで向けられた事はあっても今まで考えた事もない想いで八雲はその気持ちがなんなのかわからなかった。

「『ヤダ……取られたくないよ……敦がだれかに取られるのなんて、そんなのヤダ……』」

(ヤダ……ヤダよ……でも、どうしたらいいの……?)

 湧き出してくる想いに否応なく突き動かされる八雲はしかしなにをどうしたらいいのかわからないままゆっくりと足を踏み出す。

(どうしたら敦君に見てもらえるの? どうしたら……?)

 アイドル一筋で生きてきたとは言え、八雲も年頃の女性である。学生時代の保健体育やメンバーや友達の話で多少は性的な事も理解している。しかし、実践した事はないのでどうする事が正解なのかがわからない。

 そんな八雲はとりあえず目の前の答えを真似する事にした。

「え、やくもん!?」

 困惑する敦の前に八雲は跪く。そして、先走り液と蘭子の唾液で光る敦の肉棒へと恐る恐る舌を伸ばした。

(うぇ、なにこの味……これってこんな味するの? でも蘭子ちゃんもやってたんだし、負けたくない)

 舌に感じる味。今まで感じた事のない苦味のある味に顔を顰めながらも八雲はたどたどしく舌を動かしていく。

(こう……かな? これで……いいのかな?)

 ちらちらと敦の顔色を伺いながら舌を動かす八雲。その様は敦から見ると上目遣いで肉棒に奉仕する様に見えて、敦の興奮はそれだけで跳ね上がる。そして、敦の興奮に比例して肉棒は固く、大きくなっていった。

「わっ」

 突然力が入った肉棒に八雲は驚く。しかし、隣の蘭子はにやにやと笑いながらぺろりと肉棒を舐め上げた。

「やくもんそんなんで驚いてたら、敦はあたしが貰っちゃうよ。ほら、ここはもうあたしのものー」

「あっ……うー」

 そう言ってぱくりと敦の肉棒を咥える。そんな蘭子を八雲は呆然と見て、そしてすぐに頬を膨らませた。

 それを見て蘭子は八雲に見せつける様に大きく頭を動かす。ぐちゅぐちゅと粘液を撹拌する音が鳴り、息をつくために口を放した。

「どうしたのやくもん? 敦あたしに取られちゃっていいの? まあ、あたしはそれでもいいんだけどねー」

「うぅー」

 そう言ってもう一度敦の肉棒を深く咥える。その姿を見て八雲は悔しそうに唸り声を上げるだけだった。

(よくない、よくないよ! 蘭子ちゃんにだって敦君を取られたくない……でも私どうしたら良いのかわかんない。おちんちんは蘭子ちゃんに取られちゃったし、他に蘭子ちゃんに取られてない所……あっ)

 そうして八雲は気付く。下は蘭子に取られているけれど、上が空いている事に。

(どうしよう……嫌われないかな? 私、顔ぐちゃぐちゃなままだし……でも、このままだと蘭子ちゃんにそっちも取られちゃう……それはイヤ。敦君を誰にも渡したくない。やっぱり、やるしか……ない!)

 八雲は意を決して立ち上がると敦の顔を両手で掴んだ。

「やくもん?」

 戸惑いの声を上げる敦、敦の顔を見て真っ赤になりながらも手を放す事も顔を背ける事もしない八雲、そしてそんな二人を見上げながら満足そうに笑う蘭子。

「んぅっ」

 涙でぐちゃぐちゃになったとは言え、もともとが美女、アイドルグループの中で常にセンターの座を守り続けている女性の唇――ファーストキスが敦へと捧げられる。その事実に敦の興奮もどんどん跳ね上がっていく。

 ビクンビクンと敦の体が震え、蘭子の口内に熱い液体が吐き出された。

「んんっ!? ん、んぅ……」

 突然の事に目を白黒させるものの、落ち着いて白濁液を受け止めた蘭子はゆっくりと飲み込んでいく。そしてこくりこくりと何度かに分けて飲み込んだ。

 ふぅと呼吸を整えた蘭子と苦しくなった八雲は奇しくも同時に口を離す。そして、ちょっと怒り気味に蘭子は敦を睨んだ。

「ちょっとー、出すなら出すって言ってよ。びっくりするじゃない。危うく吐き出すとこだったわよ。ま、でもやくもんにキスされたならそれも仕方ないか」

 しかし、すぐにニヤニヤとした笑みに変わり二人を見上げる。その視線を受けた八雲はもはや茹でダコと言えそうなくらいに顔が真っ赤になり、本当に自分からキスした人物かわからなくなるほどだった。

「ほら、敦。せっかくやくもんが勇気を出してくれたんだから、今度はあんたからもやってあげなさいよ」

「うっせーなー、わかってるよ……やくもん」

「ぁっ……」

 今度は敦が八雲へと手を伸ばす。八雲は赤い顔で呆然としたままそれを受け入れ、この先に起こる事を連想しゆっくりと目を瞑る。しかし、知識の乏しい八雲には予想のできない行動を敦はした。

「んっ、んんっ!?」

(え、なに、舌!? 敦君の舌が入ってくる!? こんなの知らない! なにこれ!?)

 八雲の唇を割って敦の舌が侵入する。突然の事に目を白黒させ、反射的に逃げようとしたが後頭部を敦に押さえられ、口内を蹂躙される。

「んーっ!? んんぅっ! んっ」

(すご、キスってこんなに気持ちいいの……? もう何も考えられない……)

 歯茎を、舌を、口腔を敦の舌が這っていく。その度に八雲は快感に体を震わせ、頭を白く塗りつぶされていく。

 敦とキスをしているせいか、八雲は気付かない。蘭子が何も喋らない事を、八雲の体が勝手に動き、自身の胸や股間を弄っている事を。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 器用に鼻で呼吸をして八雲はいつの間にか敦と舌を絡ませ唾液を交換するようになっていた。左手は慣れた動きで胸をこねくり回し、右手は膣を優しく撫で回す。左手が乳首を抓る度、右手がトロトロに蕩けた膣の中に指を入れる度八雲の体は震え、快感に高ぶらせていく。

(これがキス……本当の……)

「んんんんんっ!?」

 敦の舌が口腔を、八雲の左手が乳首を、そして右手がクリトリスを同時に刺激する。敦と和海の息のあったコンビネーションが快感を重ね、八雲を絶頂へと導いた。

 ビクンビクンと八雲の体が震え、敦の手の中で脱力する。力の抜けた八雲の重みを手で感じ、敦はようやく唇を放した。

「すご……い……」

 荒い呼吸のまま八雲が呆然と呟く。そうして、八雲の意識は白い闇へと落ちていった。

「とまあ、やくもんは落ちちゃったわけだけど」

「え? まだ終わりじゃないでしょ? 敦も満足してないし」

 一応とばかりに聞いてみた敦の質問に八雲がさらりと返答する。その状況を敦は気にせず会話を続けた。

「だよなぁ。知ってた。で、どうすんだよ? このままやくもんに入りっぱなしなのか?」

「んーん、やくもんは自分から落ちる姿みたいしね」

 八雲はそう言うと脱力し、貯水タンクへと体をもたれかける。そして、次の瞬間には敦の足元で呆然としていた蘭子が動き出した。

「だから、やくもんが起きるまで蘭子ちゃんが相手してあ、げ、る♪」

 そう言って着ていた白いワンピースを脱ぎ、下着姿を披露する。クラスの中でも前から数えたほうが早い小さな体。その未成熟な体で誘うようなポーズをする蘭子を見たが、敦は気のない返事をする。

「はいはい」

「何その返事ー。いくらやくもんがそこにいるからってこんな美少女が誘惑してるっていうのに」

「確かに蘭子ちゃんは美少女だけど、中の人は和海だし」

「中の人などいない!」

「いやいるだろ」

「えー、いいじゃんよー。あたしと敦の仲だろー。っていうか、あたしほど敦の事知ってる相手はいないよー」

「んなことは言われなくてもわかってるよ。俺だって和海の事なら誰よりも知ってるって思ってるし。まあ、だからこそ興奮しないというかなんというか」

「ウソつけー。ここまだこんななくせしてー」

「わっ、ばかっこれはやくもんのために取っておいてぇっ」

 つつつと蘭子の指が這い、敦の肉棒を刺激する。びくっびくっと敦の体が震え、一瞬にして敦は射精しそうになった。それを必死に堪え、ぎりぎりと歯を噛みしめるとギロリと蘭子を睨む。

「ほら、もうそんなになってるじゃん。せっとくりょくがないぃん」

 仕返しとばかりに敦は蘭子の体を刺激する。突然の刺激に体を震わせ、蘭子は瞳をうるませながら敦を睨んだ。

「くぅ、やるわね。敦のくせに」

「これでもお前のせいで色んな人とやってるからな。お前以外の体も性感帯がなんとなくわかるようになってきた。っていうか大体みんな同じような場所が性感帯だし。一人一人の一番の弱点は違うけど、時間をかけていいなら大体の場所を弄ってやれば問題ない」

「ほほう、それはこのあたしを満足させてくれるという事かな? 敦千人斬りと呼ばれたこのあたしを」

「誰が呼んだんだよそれ。俺は呼んだ事ねーぞ」

「え? あたしだけど?」

「自称じゃねーか! つーか、俺千人もいねーよ!」

 ツッコミを入れて敦は蘭子へと向かう。八雲と二周り近くは違う小さな体を引き寄せ、八雲とはできなかったキスをする。舌を入れて一方的に蹂躙するだけでなく、互いに攻めて攻められる綱引きのような主導権の奪い合い。それは敦と和海の関係性を表しているようだった。

 どちらが上でも下でもない、対等な関係。それが今まで、そしてこれからも変わらない二人の関係だった。

 呼吸をするために一旦口を離す。そして、示し合わせたかのように二人は同時に互いの乳首を、股間を弄り始める。螺旋のように点対称の姿勢で交わる二人。ぞくぞくと互いの体が震え、その動きは徐々に激しくなっていく。

 蘭子がきゅっと肉棒を締めるように擦ったら、敦はぎりっとイキそうになるのを我慢して蘭子の乳首を摘み上げる。その快感に体を震わせて、蘭子は敦の乳首を甘噛する。

「くうっ」

「んんっ」

 二人共ギリギリのラインでイキそうになるのを必死に我慢する。その上で互いを攻めて、先にイッた方が負けという子供のような喧嘩意識でいやらしい行為を交えていた。

「んんんぅ、あっ、んぅっ、このぉっ」

「あ、こらっ、くぅ」

 いつの間にか全裸になった二人は愛撫から素股へと移行し、対面になって腰を擦り合わせる。未成熟な蘭子の体は肉棒を跨いだ状態では足が届かず、その分敦が持ち上げ支えていた。重力が敦の肉棒を蘭子の膣へと食い込ませ、その感触が快感となって二人に反映されていく。

「あっ、んん、あつしぃっ」

「かずみぃっ」

「んぅ……蘭子……ちゃん? えっ、蘭子ちゃん!?」

 二人の声が大きかったからか、時間が経って落ち着いたからか、八雲が意識を取り戻す。そして、裸で交わり合う二人の姿に戸惑いの声をあげる。

 それに気付いた蘭子は瞬間的に敦と視線を交わし、くすりと笑みを浮かべた。

「あーあ、起きちゃった。もうちょっとで敦を奪えたのになぁ……まあ、やくもんがそこで見てる間に奪っちゃえるんだけど」

 びくっびくっと体を震わせながら、強がりのように蘭子は言う。しかし、知識の乏しい八雲はその言葉を真に受け、顔を蒼くした。

(どうしよう、どうしよう、このままじゃ敦君が取られちゃう。っていうかもうセックスしてる!? どうすれば、どうすればいいの!? 敦君を誘惑しなきゃ、私だけを見てもらえるように。でもどうすれば!? 敦君に見てもらえるの? セックスしてもらえるの!?)

 頭の中で思考が纏まらない内に八雲はゆらりと立ち上がる。そしてそのまま二人へと駆け寄ると敦の唇を奪った。恐る恐る舌を伸ばし敦の唇を割っていくが、敦はキスを受けながらも腰の動きを止めず、蘭子もにやにやとした笑みを崩さない。

「やくもんの武器はそれだけ? それだけじゃ敦はあたしから奪えないよ。もっと体張らないと」

(か、体!? 体ってどうすればいいの!? キスじゃなくて私をもっと見てもらわないと駄目なの!? 蘭子ちゃんみたいにセックスすればいいの!?)

 八雲は戸惑いながらも目の前の答えに近づけるように慌てて服を脱ぎだした。

(どうしてこんな時に限ってこんなに脱ぎにくい服……!)

 八雲は今日のコーデを考えた朝の自分を憎く思う。可愛いけど着るのにも脱ぐのにも手間がかかる服をなんとか脱ぎ捨て、八雲は下着姿を披露した。

「あ……つし、くん」

 なけなしの声で敦を呼ぶ。既に敦に見られた時の事を想像したのか、白い肌は全身が桃色に染まり、恥ずかしさで耳が熱くなっていることを自分で感じた。

「敦……君……見て……」

 しかし、敦は反応しない。本当はちらりと横目で見てかなり興奮しているのだが、八雲はそれに気付かない。もちろん、無視しているのは和海と敦で咄嗟に決めた作戦だった。

「まだまだ。敦はあたしで色々見慣れているからね、それくらいじゃ敦は靡かないよ~」

 蘭子は煽るが、敦としてはこのまま襲ってもいいと思っていた。当然、和海もそれに気付いているので、目で敦を牽制して、腿で肉棒を締め付ける。そんな水面下の争いに気付かずに八雲は泣きそうになる。

(これでも駄目なの……!? 水着グラビアはやったことあるけど下着は無いのに……これ以上ってなるともうっ……でも、そうしないと敦君取られちゃうし……どうしたらいいの!?)

 それ以上を想像して八雲は激しく葛藤する。そんな八雲を見て、蘭子は更に煽りだす。

「あっ、敦、そこぉっ、そこをもっとぉ! 入れていいからぁ! あたしの初めて奪ってぇ!」

(初めて!? 蘭子ちゃん初めてであんなになれるの!? 私と同じ初めてなのに……? 凄い……)

「う、うう……」

(だけど蘭子ちゃんに負けたくない。敦君取られたくない!!)

 葛藤を越えて八雲は下着を脱ぎ、秘密の場所を露わにする。そうして敦に抱きつくと、その耳元で精一杯の勇気を込めて囁いた。

「あ、敦……君。私の……初めて、貰って……くだ、さい。蘭子ちゃん、より……私を選んで……んぅっ」

 敦は返事の代わりに八雲の唇を奪う。そうして蘭子の体を下ろすと、今度は八雲へと向かい合った。ギンギンに屹立したままの肉棒を八雲の膣へと宛てがう。それを感じた八雲はキスされたまま喜びに体を震わせた。

「良いんだよね? やくもん」

「……ぅん」

 唇を離した後に問われる最後の確認。真正面から見つめられる敦の視線を恥ずかしそうに受けながら静かに頷く。それを確認して敦は八雲の中へと押し入った。トイレに入ってから散々に蕩けさせられた八雲の秘裂はドロドロに濡れていて入れるのに支障はない。メリメリと閉じられていたドアが抉じ開けられ、八雲は今まで感じた事のない痛みに体を硬直させた。

「~~~っ!?」

 痛みを紛らわすように敦の体を強く抱きしめる。その強さに敦は動きを止め八雲に声をかけた。

「大丈夫、やくもん?」

「だ、だいっ、丈夫ぅ……痛い……けどぉ、この……痛み、をっ、感じっ、たいのぉ」

「わかった。じゃあゆっくり動くね」

「う、ん……んんっ、んんんっ! くぅぅっ!!」

「やっぱりやめようか? やくもん」

「だめぇっ! やめ、ないでぇっ!!」

 敦の言葉に八雲は腕の力を強くする。八雲は敦を抱きしめたまま首をブンブンと振る。そして、八雲の口から想いが溢れ出る。

「今やめたら、敦君に捨て、られちゃう! 敦君を満足、させられない私より、蘭子ちゃんを選ん、じゃう! そんなの、ヤダぁ! そんなの耐え、られない! 敦君、には私、だけ……見て、もらいたいのぉ!」

「やくもん……」

「やくもんやだぁ! やくもんじゃなくて、八雲って呼んでぇ!」

 八雲の叫びを聞き、敦はゆっくりと八雲の頭を撫でる。そして優しい声で八雲へと語りかけた。

「わかったよ、八雲。ちゃんと八雲で気持ちよくなってあげる。大丈夫、痛いだけじゃないから。愛し合う二人のセックスは最高に気持ちいいんだよ」

 そう言って、敦はにやにやと二人を見ている蘭子へと視線を送る。その視線に蘭子は親指を立て、ポーズを取ると呆然とした。

「『愛し合う二人のセックスは最高に気持ちいい』……」

「そう、最高に気持ちいい。二人の心が通じ合ってるから何されても気持ちいいんだよ」

「知らなかった。『二人の心が通じ合ってると何をされても気持ちいいんだ』」

「そう、じゃあ行くよ」

 八雲はそう言うと、中から和海が飛び出し両手で大きく丸を作る。それを確認した後、敦は腰を動かし始めた。

「ああああっ!?」

 瞬間、八雲の体が硬直する。正直、八雲は敦の言葉を気休めだと思っていた。友達もメンバーもマネージャーもそういう話になった時口を揃えて「初めては痛い」と言っていたし、実際さっきまではそうだった。だから、これほどまでにぜんぜん違う感覚が来るとは思っていなかった。

「なにっ、これぇっ!? あっ、ああっ、声、我慢っ、でき、ないぃっ!」

 一突き、また一突きと敦の腰が上がる度に八雲の体が跳ねる。八雲の体を走る快感は絶叫へと変換され、八雲の口から迸る。先程まで敦を必死に抱きしめていた体は大きく反り、後ろに倒れてしまわないかという不安を敦に抱かせた。

「あーっ、ああーっ! すごっ、いいぃーーーっ!」

 敦は八雲の体を抱き寄せて、腰を突き上げる。八雲の豊かな胸が敦の体へ押し付けられ、その形を変えていく。八雲の絶叫に合わせてきつい秘裂がさらに締め付けを強くする。ぎゅうぎゅうに締めてくる八雲の感触を感じながら、敦も必死に腰を動かした。

「は、あ、あ、ん、あ、う、ん、あ、あっ、あっ!」

 大きく突く一撃から、小さく細かい連打へと腰使いを変える。それでも一撃は重い衝撃を八雲に与え、それが間断なく来る事で八雲を落ちる事のない快楽の高みへと加速度的に持ち上げていく。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ、っ、っ、っ、っ、っ、っ、っ」

 限界以上に持ち上げられた八雲は過剰すぎる快感に意識を落とす。しかし、体は押し寄せてくる快感を律儀に受け止め、呼気と共にビクビクと体を震わせた。

 本能的に八雲の秘裂が敦の肉棒を締め付け、快感と共に敦へとご褒美をねだってくる。

「やくもん! 気持ちいいよ! やくもん! 出るっ!」

 まだ熟れていない八雲の秘裂のきつさが敦に早く早くと促してくる。アイドルを犯しているという事実、アイドルの初めてを貰ったという優越感、処女のきつさが与えてくる快感。それらの要素がこれまで耐えてきた敦の我慢をついに越えた。

「っーーーーーーーーーーー!!」

 勢いよく八雲の中へと白濁液を放出する。八雲は意識のないままそれを受け止め、その衝撃で絶頂した。力の入ってない体とは裏腹に秘裂は力いっぱいに締め付け、本能で子種を求めていく。次から次へとと敦の中から白濁液が吐き出され、八雲の中へと飲み込まれていった。

「………はぁ、はぁ……はぁ~」

 長い長い射精の後、敦は抱いたままの八雲の頭が当たらないように注意して壁により掛かる。心地良い脱力感。全身がだるいと訴えかけると同時に心からの満足感が敦を包んでいた。

『気持ちよかったぁ~』

 八雲の体から和海が現れて体を伸ばす。それは敦と八雲の代弁でもあった。

 そんな欄子の姿を疲れた目で見て、はあと敦はため息を付いた。

「お前は元気だなぁ……俺ちょっと休むから、後始末よろしくな……」

『え~、めんどー。っていうか寝るな、寝たら死ぬぞーっ!』

「うるせぇ、疲れたんだよ。死なねーし、そもそも後始末で俺ができる事ほぼ無いだろ……」

「まあ、敦ができるのは自分の服着るくらいだね」

 八雲の体に入った和海がそう言うと、敦の肉棒を体の中から抜き出した。栓を失った秘裂からとろとろとピンク色に色づいた粘液が流れ出し、八雲の腿へと伝っていく。

「うわぁ……凄い出てくる。敦出しすぎー、今までで一番じゃない?」

「そりゃ、やくもん相手なんだから当たり前だろ……お前とは違うんだよ」

「は? なにそれ? あたしへの挑戦? わかった、今度敦を干涸らびさせてやる」

「いいから後始末しろよ……」

「へいへい」

 敦に言われ八雲は辺りに放り捨てられた衣服を拾い集めていった。

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃ、二人共お疲れ様ー』

 そう言って和海はトイレから抜け出してくる。敦は既に外にいて誰も来ないのを見張っていた。

「終わったのか?」

 抜け出した和海を見て敦は問いかける。その問いに対して和海はぐっと親指を立てて答えた。

『おうよ、完璧。まず敦の精子は拭き取って、その上でやくもんと蘭子ちゃんの服を微妙に乱れさせて、やくもんが蘭子ちゃんに一目惚れして誘惑して盛り上がったって改変してやったぜ。もちろん、連絡先交換もしてあるからやくもんはいつでも蘭子ちゃんを呼び出して犯せ――』

「詳しい内容なんて聞いてねえ! っていうか、お前ひでえな。やくもんノンケだったろうに……」

『あ、もちろん敦やあたしの連絡先も普段気づかないようにしてるけど登録してあるからやくもんや蘭子ちゃんを呼び出す事も――』

「だから聞いてねえ! ……やくもん呼び出せるのか?」

『あ、食いついた。敦の変態ー、おまわりさーん、ここに性犯罪者がいますよーっ!』

「うるせえっ!」

 トイレを離れて公園を出ていく敦と和海。そんな『二人』の後ろ姿を一人の少女が見つめていた。

「見つけた――!」

<続く>

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