姉はツンデレメイド奴隷 中編

~中編~

 これは夢です、ええ、夢なんですとも。
 僕はただ、果物ナイフを使ってぶちスライムを殺しただけなんです。
 ええ、欲しかったのは経験値じゃなくて、1ゴールド硬貨でおやつの飴玉を買おうと思っただけなんです。
 なのに。
 レベルが上がってしまいました。

『スキルを選んでください』

 レベルアップしたのでスキル選択画面です。
 夢の中で杏奈お姉ちゃんの姿をした人が、僕に問いかけている。
 タロット風の絵柄のカードが3つ、僕に差し出されています。どれか1つを選べとのこと。

 改ざんレベル1
 捏造レベル1
 危険回避レベル2

 カードには大きくそんな文字がかかれてます。
 ええと、ごめんなさい。
 説明している僕も何がなにやら。
 スライムとかゴールドとかレベルとか、前後のつながりがカオスに満ち溢れてます。
 だからこれは夢なんです、ええ、夢だから何でもありなんですとも。

「スキルを選んで決定してください」

 杏奈お姉ちゃん、に似た人が僕に尋ねます。僕が応えるまでエンドレスみたい。
 その人の表情は能面、声は抑揚なし。
 まるで出来のいいマリオネットみたいだった。
 それを見ている僕は、夢の中なので何もかもがどうでもいいです。
 かなりの間、面食らった後に、僕は適当に話をあわせることにしました。
 提示された選択肢を考えます。
 1は意味不明。2も同じ。3はどうだろう。
 危険回避スキルなんて身につけたら柚子姉さんにお小言を言われたり前のエロ小説暴露事件も起こらなかっただろうな、なんて考えた僕は、3番を選ぶことにした。

「じゃあ危険回避を」

 そういってカードに手を伸ばす僕。すると次の瞬間、さっとお姉ちゃんの手が動きました。

「改ざんレベル1を取得します」
「えっ!?」

 選択肢はどれを選んでも同じだったのかもしれない。
 僕は抗議しようとしたけど、すでに杏奈お姉ちゃんの顔をした人は消えていた。
 その代わり、僕の周囲を蛍みたいな綺麗な光が取り巻いた。軽くびびる僕。
 一方でとっさに、神々のトライフォースなんて言葉が浮かんだおめでたい僕、in 脳内よりこんにちは。

『ご利用ありがとうございます。本サービス”改ざんレベル1”は、現実化する直前の妄想を改ざんし、修正を加えることができる能力です。レベル1では対象の衣装や外見などが、レベル2からは行動様式や習慣に変更を加えることができます。尚、使用回数限度および対象範囲、改ざんできる内容はレベルが増加するごとに増えます。レベル1では1日に3回のみ発動できます。また、対象は1名のみです。有効時間は改ざん内容によって変化します』

 脳内に響く杏奈お姉ちゃんの声。
 ただし相変わらず抑揚がなく、まるで留守番録音を聞かされているみたいだった。
 お姉ちゃんの解説がひとしきり終わると、具体的な使用方法と使用例が頭に入ってきた。

 改ざん系のスキルは、あの不思議なエロ小説と併用することで効果を発揮する。
 小説の最新更新部分に手を加え、もともととは別な記述をする。するとその記述が現実となる。
 例えば、登場人物の服装がセーラー服と描写されていたとする。
 そこに僕が鉛筆を取り、”セーラー服”の部分を鉛筆で塗りつぶして横に”裸Yシャツ”と書く。
 セーラー服で出てきたはずの人物は、改ざんを行ったとおり裸にYシャツのみという格好で登場する。
 そしてその人にとっては、以降裸Yシャツがセーラー服と同じ認識になる。
 嗚呼、なんて素晴らしい。
 これでレベルが上がれば、まるで月光蝶の世界。

「弟に対する朝の起こし方は、勃起したち○ちんをフェラチオすること」とか。
「おはようとおやすみの挨拶はディープキスをするのが常識、ただし弟限定」とか。
「お風呂に入るときは弟と一緒でなければならない」とか。
「夜に眠るときは裸で弟と添い寝すること」とか。

 フルコースではござんせんか、だんさん。
 ああでも、柚子姉さんがそんなことをするなんてあり得ない。
 杏奈お姉ちゃんなら添い寝くらいはしてくれそうだけど。
 そんなくだらないことを考えているうち、水面の波紋が消えるように、夢のこともおぼろげになってゆく。
 ぶにゃぶにゃと妄想しながら、夢の中での意識も朦朧として。
 僕は夢のない眠りに落ちた。

***

 泣く子も黙る丑三つ時。
 目が覚めました。そして少し困っています。
 何故って、この状況。

 おっぱいの谷間に、鼻先を突っ込んでいます。

 場所は僕の部屋、ベッドの上。
 僕一人で眠っていたはずなのに、いつの間にか杏奈お姉ちゃんに抱きしめられてました。
 まだ成長期の僕の身長は150センチと少し。杏奈お姉ちゃんの方が背が高い。そのせいではないだろうけれど、杏奈お姉ちゃんは僕の頭に手を回して胸にかき抱いている。
 お姉ちゃんが身に着けているのはTシャツ一枚だけで、下の方は分からないけれど僕の脚に触れている生地の感触から、たぶんスパッツだと思う。
 そして、ノーブラ。

 ええ、おっぱいなんです。

 ふにん、としたおっぱいの柔らかさが布地一枚を隔てて僕の頬に当たってる。しかも胸の先っちょのあの魅惑的な桜色が、ときどき僕の頬をこすってる。
 成長途上のお姉ちゃんの胸は形が良くて張りがあって、柚子姉さんほどじゃないけれど結構大きい。
 胸に僕の頬が接しているので、とくん、とくんって心臓の音が聞こえる。すこぶる健康な音。
 僕は不能ではないので、当然のことながら僕の将軍様はギンギンに覚醒なされていらっしゃるわけで。
 困った。
 息苦しいというのもあるけど、理性がどこかへお散歩してしまいそうだ。

「ん……たくやぁ……」

 お姉ちゃんが寝言をほざいた。この場合比喩ではないな。
 無意識の動作で優しく、僕の頭をすりすりと撫でてくれる。ああ……心地いい……。
 少し寝汗をかいたのだろうか、杏奈お姉ちゃんの匂いが絶えず僕の鼻腔をくすぐっていた。甘くて、すごくいい匂い。
 僕はお姉ちゃんの胸にうずめた、というかうずめられかけた鼻からお姉ちゃんの匂いを存分に味わう。
 僕はいけないとは思いつつも、おそるおそる手を動かした。
 眠っているお姉ちゃんの脚に、お姉ちゃんを起こさないようにとゆっくり手を伸ばす。
 あと、ちょっと。
 もう少し。
 触った。
 残念、もとい好都合なことにお姉ちゃんは本当に眠っているらしく何も反応しない。
 僕の頬に触れる胸から聞こえる心臓の音も、変わらないリズムで鼓動を打っていた。
 だから僕は調子に乗って、お姉ちゃんの太股を手でさすってみた。バレてもきっと怒られないという打算と共に。

「ん、ぅ……」
 お姉ちゃんが身じろぎした。Tシャツごしのおっぱいの柔らかさがふにふにと僕を圧迫する。
 手のひらからはスパッツの滑らかさと、その下にあるお姉ちゃんの柔らかい太股……。
 すべすべです。
 ともあれそんな状況だから当然、僕の中心部やや下にある将軍様がおっきしてしまったわけで。
 しかもソレは、僕を抱きしめているお姉ちゃんの脚に、ちょうどぴったりあたっているわけで。
 少し補足するとお姉ちゃんの胸はE以上あります。しかもまだ発育途上。若いので張りがあって形が良い。ああ、ビバ高○生。だからお姉ちゃんにはくっきりはっきりと胸の谷間があるわけで。頭を抱え抱きしめられている僕は、半ば必然的に顔をお姉ちゃんのうずめる形。
 なので、逃れられません。
 だからこれは仕方ないことなんです。
 脳内で自分を正当化しつつ、僕はお姉ちゃんの太股に自分のおっきしたそれをこすりつけた。
 僕のパジャマ、そしてお姉ちゃんのスパッツごしに分かる太股の味わい。
 嗚呼……。
 かのこん、でございます。
 至福の味わいでございます。
 僕はぷふぅ、と至福の吐息をつきました。むろんまだお姉ちゃんに抱きしめられたまま。
 吐息は至近距離にあるお姉ちゃんの胸にあたって。

「ぁんっ……」

 お姉ちゃんが、なまめかしい声を出して身じろぎした。
 やばい。
 びくっ、と僕は驚いて身をすくませた。心臓がどくどくと早鐘を打つ。
 いきなりベッドに入り込んでいたお姉ちゃんと、そんなお姉ちゃんにセクハラした僕。
 車の事故でいったらこの過失割合は何対何で僕が悪いだろうか、なんてくだらないことを考えている間に、お姉ちゃんが僕の頭に回した手で僕の髪の毛を撫でた。

「……。ぅん~、卓也、起きてるの?」

 寝言なのか目覚めてるのかわからないぽしょぽしょとした声で、お姉ちゃんが言った。
 僕はなんとなく後ろめたくなり、狸寝入りを決め込んで嵐が過ぎ去るのを待つことにした。

「そっか、寝てるのか」

 確認するように言うお姉ちゃんと、それに乗じて規則正しく静かに寝息を立てる僕。
 目を閉じてたからわからなかったけど、そのときのお姉ちゃんはたぶんかなり人の悪い笑いを浮かべていたと思う。
 それからお姉ちゃんは僕との密着姿勢からほんの少しだけ距離をとった。お姉ちゃんの胸の柔らかさが消えて、ちょっと残念な僕。
 お姉ちゃんが手を伸ばし、僕の頭に触れた。
 髪を撫でられる。気持ちいいけどちょっとこそばゆい。
 お姉ちゃんの手が止まった。
 お姉ちゃんが動き、ベッドのシーツがこすれる音がする。
 お姉ちゃんが、身を寄せてきていた。
 近い。
 息遣いを感じた。蜜柑のような、柑橘系の甘い匂い。
 何事か、と薄目を開ける。
 するとそこには、お姉ちゃんの顔が間近にあって。

 ちゅっ……

 唇の端に、キスをされた。

「おやすみ」

 お姉ちゃんはそう言うと僕の腕を手繰り寄せ、その柔らかい胸の中に抱きしめた。

***

 と、まあ。
 それが対人地雷だったわけでございます。
 因果応報というか何というか。
 前述の通りお姉ちゃんと同じベッドで眠った僕。
 寝相があまりよろしくなかったらしく、朝起きたらお姉ちゃんを抱き枕にしている僕。
 僕はお姉ちゃんのそこそこあるおっぱいに顔をうずめてます。
 加えて股間の方は、男の生理現象でおっきしてます。
 すやすやと眠っているお姉ちゃんは、上はノーブラでTシャツ1枚、下はスパッツというかなりきわどい格好。
 で。
 朝起きたら。
 僕らを阿修羅の如きお顔で見下ろす柚子姉さんのお姿が。
 朝ごはんを作ったのにいくら呼んでも起きないし、遅刻しそうだったから部屋に入った、とのこと。

 じぇのさいど。

 いきなり身体が浮きました。
 小手返しって言うんですか、あの投げ技。
 こう、体勢を崩されたと思ったらふわっと一回転しましてね。
 ええ、一気にでした。
 仰向けの体勢で布団に投げ出されてマウントポジション。
 はい、叩かれました。
 スナップを効かせた手のひらで、ぱしんっと。
 いーい音がしましたね。
 ちなみに柚子姉さん、薙刀初段、合気道3段です。
 中学生の頃から綺麗で目立ってた姉さん、その美貌が災いして何度か痴漢されかけ、対策として近場の道場に通ったとか。
 で、対する僕は帰宅部でプチエロゲヲタクのひよわ君です。
 如何ともしがたい戦力差……!
 ナイフや拳銃では埋まりません。
 僕が姉さんに勝てるとしたら、30まで童貞を守って魔法使いになった時でしょう。
 傍らでは杏奈お姉ちゃんが止めようとして、逆にぶっ飛ばされてます。
 流石の柚子姉さんも、妹を殴ったり叩いたりという暴挙はしませんでしたが。
 でも弟の僕に対しては、まるで容赦ない無呼吸連打。
 ええ、一方的でしたね。
 僕の顔が当社費1.5倍くらいに腫れ上がっていたらしいと証言者の杏奈お姉ちゃん談。
 近親相姦なんていうエロゲちっくな言葉が、そのときの柚子姉さんの脳裏にはあったんでしょうねぇ。
 半狂乱でした。
 ふと、サイヤ人の出来損ないでも血は赤いんだな、とかいう言葉が頭に浮かびまして。
 そこで戦意喪失ですわ。
 うーん、……死を覚悟したかって?
 ふぅ……(ため息をつく僕)
 あなた方は、椎名 柚子という女性を分かっていない。
 え?
 いや、逆です。
 あの目はマジでした。

***

 世界はなんと理不尽にできているのだろう。
 もはや心身ともに消耗した僕は自室のベッドに寝転がり、ぼうっとしていた。
 散々叩かれた顔が、痛いとかいうか熱い。
 杏奈お姉ちゃんが必死に柚子姉さんを止めていたのを横目に、僕は気絶してしまったらしい。
 学校は休ませてもらった。
 まぁ、姉さんの気持ちも分からなくはない。
 僕の両親は仕事の都合で、海外にいる。子供だけ取り残された姉弟。
 姉さんなりに、自分の妹や弟に対する躾をせねばならないってのがあるんだろう。
 毎日朝晩のご飯を作り、洗濯物を干すのにも愚痴ひとついわずこなす姉さん。
 僕も杏奈お姉ちゃんもかなり適当な性格だから、必然的に長女でしっかりした姉さんにしわ寄せが行く。苦労もストレスも相当なものだろう。
 ええ、でももちろん、僕はかなりムカついているわけですが。

「ひりひりする……」

 幸いにして歯は無事だったし固形物を食べられないほどではないが、十分に虐待のカテゴリーに入るんじゃないだろうか、コレは。
 手持ち無沙汰な僕は、ごろごろとカーペットを転がった。
 漫画でも読もうかと本棚に目を向ける。
 そこには僕のコレクションと共に、杏奈お姉ちゃんに借りたままのあの本があった。
 おかしいな、奥の方に隠したはずなのに。杏奈お姉ちゃんが忍び込んで、”更新”したのだろうか。
 僕はのっそりと立ち上がって、その本を手に取った。
 案の定というべきか、白紙だったページに新しい文章が出来上がっていた。
 驚いたことに今朝の添い寝のシーンもあった。

 確信犯だったのか、杏奈お姉ちゃん……。

 それはともかく。
 小説の毛並みが、いつもとは違っていた。
 延々とほのぼのとした場面が続いている。
 濡れ場がない。
 僕はパラパラとページをめくる。やっぱり濡れ場がない。物足りん。
 そこでふと、昨日の夢を思い出した。
 鉛筆を取る。姉さんに軽く復讐してやろうなんて考えるチキンな僕。もちろん妄想で現実がどうにかなったら苦労はしない。
 嗚呼、なるほど。
 ネコ型ロボットにすがるかびた君の心情はこれか。
 分かった、やってやろう。
 本を何度か斜め読みし、都合のよい記述を探す。

『姉が風邪の弟のためにおかゆを用意し、食べさせる』

 この箇所がよさそうだった。小説の方では時刻が夕方だということと、風邪ということを除けばまさに今に似た状況。
 僕は鉛筆で、食べさせる、の箇所を消して色々と付け加えることにした。
 鉛筆で、元あった部分に斜線を引く。
 するとどんな仕組みか、印刷されていたはずの文字が消えた。
 ありえないことだったが、そのときは、さしたる疑問には思わなかった僕。
 調子に乗りすぎて、後々大変なことになるのだけれど。その時は欲望に突き動かされて行動する。
 空白になった箇所に、鉛筆で僕の思いついたことを書き加える。
 …………かきかき。
 ……かきかき。
 途中で良くお世話になっているエロ小説サイトを見て表現の参考にした。Kの人の戦隊モノとかKの人のらぶらぶモノとかPの人の双子とか、あとDさんのハーレムモノとかMさんの指輪モノとか、M猫さんのきてぃく小説とか、先の尖った人とかその他いっぱい上手くて抜ける小説がある。
 適当にコピペしてつなげて改ざんして原形を留めない形に誤魔化す。
 文章校正、日本語ちぇっく。
 うむ、これでよし。
 そんなこんなで、お昼の時間になって。
 柚子姉さんが、ドアをノックした。
 ちなみに柚子姉さんは僕と同じく学校を休んだ。表向きは体調不良という名目で、本当の理由はぶっ飛ばした僕の手当てその他のため。
 一方、杏奈お姉ちゃんは諸悪の根源ということで、罰を兼ねて学校に行かされた。帰宅後にきちんとしたご沙汰が下されるらしい。

「卓也、いい?」
「まだ殴り足りないの?」

 ドア越しに姉さんが聞いた。
 僕はふてくされた声で言い返す。事実無根なのにあんなジェノサイドを受けたらむかつくのも当然だろう。
 しばしの無言。でもドアの先に、姉さんの気配は残ったまま。

「ごめんなさい」
「顔が痛い」
「ごめんなさい」
「何の用事?」
「お昼ごはんを作ったから」
「おかずは?」
「おかゆと漬物と肉じゃが。遅くなると冷えるから……」
「分かった」

 僕はドアを開ける。そこにはお姉ちゃんがいた。
 濃紺のワンピースに、エプロンを身に着けた姿で。
 ええ、似非ですがメイド服です。
 僕が改ざんした通りの姿。とはいえその手のゲームにあるようなぶっ飛んだ姿ではない。第一、姉さんはそんな変なコスプレ服は持っていない。
 姉さんは申し訳なさそうな顔をしていた。ちょっと良心が痛む。
 僕の頬が痛いうちは許さないけど。
 姉さんと僕は居間へ移動する。
 僕は椅子に座る。姉さんは当然のように隣に座る。

「卓也、何から食べる?」
「おかゆから」
「ん」

 姉さんがれんげを取る。僕が改ざんした、本の内容の通りに。
 そして、おかゆを掬って自分の口に含み――
 僕に、キスをした。
 僕は唇を開けて、姉さんの口から流し込まれるおかゆをほおばる。
 親鳥から餌を与えられる小鳥のように。

 ちゅ、ちゅじゅ……ちゅく………。

 僕の口端から、つばが垂れる。
 姉さんが唇をつけ、それを吸う。
 おかゆは、塩と昆布だしと梅干しとで味付けしてあった。
 姉さんの唾液が混じり、少し甘い。
 姉さんがまた、れんげでおかゆをすくう。
 長い、長いキス。
 何度かそういうことをするうちにお互いに慣れてきて、唾をこぼさずに唇を合わせるようになっていた。
 代わりに、行為がより深く、食事とは別なところへとシフトした。
 お互いの口からおかゆがなくなっても、僕らは舌を絡めあう。
 姉さんが、僕の腕に手を回した。
 僕も姉さんの胸に、手を伸ばした。
 まだ、唇を重ねあったまま。
 目は開けている。至近距離に姉さんの顔がある。
 精巧に作られた西洋人形を思わせる整った目鼻。冷たい印象を与える、凛、とした顔。
 異性も同性すらも魅了して、けれど誰も陥落させられない孤高の女王様。
 その顔が、ふにゃりと気持ちよさそうに崩れていて。
 瞳が、どろりとした欲情に濡れていた。
 僕は姉さんの胸をまさぐる。姉さんは嫌がるどころか、僕の手にあわせるように胸を張った。
 柔らかく、弾力に跳んだ膨らみを撫で回す。

「ん……ぁ……」

 鼻にかかった声が、断続的に漏れる。
 僕は指を姉さんのワンピースの中に入れる。唇は姉さんと合わせたまま。
 姉さんのつけている下着は、フロントホックブラだった。指先を動かし、何度か外そうと試す。4回目で外れた。
 するりと、抜き取る。これで服の下には姉さんの素肌しかない。
 姉さんが唇を離して、困ったような顔をした。
 僕は物欲しそうな顔を作って、姉さんを見返した。
 普段、同じことをしていたら、僕はきっと殺されている。

「しょうがないわね」

 見詰め合うこと数秒。姉さんが言った。

「ありがと」

 もう、食事なんてどうでもよかった。
 僕らはまたキスをする。僕の舌が柚子姉さんの舌を撫で、姉さんが僕の舌を撫でる。
 感じているのだろう。
 姉さんの鼻から、んっ、とかふっ、とかの短い息が漏れていた。
 僕がワンピースの中に手を入れ、直接その美乳を愛撫していたから。
 大きくて柔らかい。若くて弾力に富んだその膨らみは、僕が押すのと同じ強さで押し返してくる。
 僕は唇を離す。姉さんが物惜しそうな顔をした。

「姉さん、ちょいと聞きたいことがあるのですが」

 胸を撫でながら聞く。

「んっ、ふ……なに?」
「胸のサイズ、いくつなの?」
「っぁ…バカ……」

 もみもみもみ。
 ふにふにふに。
 とがった先っちょをかりかりと爪先で撫でる。姉さんはとめず、なすがまま僕に身を任せている。
 唇を吸い、離す。頬についばむようにキスし、相変わらず姉さんの胸をいじめる。

「教えて欲しいな」
「92の……F、よ……これで満足?」
「うん……いつの間にそんなに大きくなったの?」
「オヤジ臭い発言は慎みな……あんっ」

 指で、姉さんの尖った乳首をつまむ。

「ごめんなさい」

 謝りながら胸の先っちょをいじくる僕。ええ、ぢつはまったく反省しておりません。
 姉さんは怒ったように眉を上げて、僕に何か言おうとして口を開く。その口を僕は自分の口で開く。
 するとすぐに怒った顔が崩れ、頬が緩んで。
 再び瞳は潤み、欲情に染まる。
 姉さんの手が、僕の頭の後ろに回される。
 髪を撫でるように優しく手のひらを寄せ、目を開けたままでキスを続ける。

 ちゅ……じゅく……ちゅ………
 ちゅる……ちゅ、ちゅるる………

 姉さんの方から舌を伸ばし、情熱的に僕の舌と絡める。重ね合わせた唇の間から唾液がこぼれるのにもかまわず、僕らは貪りあった。

「姉さん」
「ん……?」
「このまま最後までしたいって言ったら、どうする?」
「さぁ、どうしようか?」

 まずい。
 姉さんの目が、正気を取り戻した……わけではないけれど。
 僕を虐めるスイッチが入ったみたい。
 悪戯っぽく笑う、でも怒っているわけじゃない。
 獲物見つけた、ぬこのような笑み。

「卓也」

 姉さんが腕を取る。ぐるりと僕の身体がひねられる。間接を極められた。

「い、いたいいたいいたいって!」
「そんなに痛くしてないわよ」

 くすくすと笑いながら言う。勘弁してくださいお姉さま。
 でもノーブラでワンピースごしに触れるおっぱいの感触が気持ちよくて、ちょっと嬉しいと思う僕はマゾだろうか。

「何でこんなことをするのさ」
「馬鹿がナマ言ってるから」
「そんな殺生な」
「ごめんね」

 姉さんが手を放した。痛みが引く。ほっと一息つく僕。
 次の瞬間、僕の後頭部に姉さんの手のひらが置かれた。
 ぐい、と引き寄せられる。気づくと姉さんの大きな胸に抱きしめられていた。
 細く、しなやかな指が、優しく僕の髪を撫でる。

 ああ……

 僕はため息をついて、姉さんのなすがままにされた。
 撫でられる。
 暖かい。
 胸が柔らかい。
 とくん、とくんと姉さんの心臓の音が聞こえてくる。
 僕は目を閉じて、その鼓動に耳を澄ませた。

「ごめんね」

 静かに、姉さんが言った。
 本当に申し訳なさそうに。

「操は結婚する人のためにとっているの。卓也とは結婚できないから……」
「……結婚しよう」
「バカ……」

 さらに強く、胸に押し付けられる。口調がいつもよりも優しいのは僕の気のせいだろうか。

「出来ないことは言わないの。次に言ったら、間接極めるくらいじゃ済まさないから」

 弾んだ声で姉さんは言う。僕はそれ以上何も言わず、姉さんの背中に手を回した。
 しばらく、抱きしめあっていた。

***

 時間はあっという間に過ぎる。
 姉さんといちゃいちゃして、漫画を読んでゲームをして宿題を片付けるといつの間にか夜になっていた。
 僕は部屋に引き篭もっている。というか、戒厳令が敷かれましてしばらく怖くて出て行けません。
 居間では杏奈お姉ちゃんと柚子姉さんが何か真剣に話し合ってる。朝のことが原因だろう。
 そりゃ、誰だって微妙な年頃の妹が微妙な年頃の弟に抱きついて眠っている現場を発見されたら危機感は抱く。
 杏奈お姉ちゃん、大丈夫だろうか。
 流石に殴られたりはしないだろうけれど。
 ついさっきまでは聞き耳を立てると怒鳴り声と冷静な声とが交差していたけれど、それもいつの間にかぴたりと止んだ。

 覗き見に行こうか。

 そう思ってドアノブに手をかけた。すると同時に、誰かが扉をノックした。

「卓也、いい?」
「あ、うん、どうぞ」

 姉さんだった。
 うさぎのぬいぐるみを持っている。
 前をボタンで留めるタイプのシンプルなパジャマ姿で、ほのかに香るシャンプーの匂いが悩ましい。

「どうしたの?」
「杏奈と話し合いをしたんだけど……」
「うん?」

 姉さんは何だか、とても疲れた顔をしていた。

「骨の髄までブラコンだったわ……」

 はー、と大きなため息をついた。

「……僕にどうしろと?」
「あ、卓也は悪くないの。ただ、ね。若い男が据え膳をぶら下げられて我慢できないでしょ。杏奈って姉さんから見てもかなり可愛いし。だから早々に対策を打たないといけないと思ったの」
「ね、姉さんまさか去勢しろなんてイワナイヨネ?」
「当たり前でしょう。卓也、私ってそんなに怖く見えるの?」

 右の眉をちょっと吊り上げて、僕を見る姉さん。
 いきなり鼻をつままれた、ふがふが。

「だって、すぐ怒ったり投げられたりするんだもん」
「悪かったわよ、気をつけるわ」
「うん。それで、どうしたの。そんなぬいぐるみまで持ってきて」
「これ? 愛用の抱き枕のエロタクヤーニよ。可愛いでしょ」
「だから何で持ってくるの」
「卓也の部屋で寝るから」
「はいぃ!?」
「ブラコンの魔の手を防ぐために、今日から私は卓也のボディガードになります」

 静かに宣言された。
 ええと。
 こういうシーンに改ざんした覚えはないし、本にも書いてなかったはずなんですが。

「僕と一緒に寝るってこと!?」
「うん、そうよ。これから毎日ね」
「それって姉さんの身が危なくないですか」
「卓也ごときが私をどうにかできて?」

 何故かお嬢様口調で言う柚子姉さん。
 ええ、確かに実力差で言えば紐きりの男と史上最強の生物くらいあるんですが。
 僕だって男でございますよ。

「それとも、姉さんと一緒に寝るのは気持ち悪い?」
「いや、そんなことはないけど……姉さんこそ僕と一緒に寝て気持ち悪くないの?」
「馬鹿」

 頬をつねられた。痛い。
 ところで姉さん、何でここで拗ねた顔をしているんだろう。

「歯、磨いた?」
「うん。今から寝るところ」
「そう。ちょうどよかったわ」

 姉さんがうさぎを抱いて寝る。僕も、一緒に寝る。
 姉さんがこちらを向いていて、僕も姉さんの方を向いている。間には、耳の長いぬいぐるみが一匹。
 僕の部屋のベッドはそれほど大きくはないけど、あまり小さくもない。2人くらいなら身を寄せ合えば特に窮屈さを感じることも、落とされることもない。
 ただ、必然的に肌は触れ合う。お互い、パジャマの布ごしだけど。
 姉さんはブラをしていないみたいだった。下着の線が全く浮き上がらなかったから。
 その代わりFカップの美乳をタンクトップに包んでいる。胸のあたりに押し上げられたパジャマのボタンがあと少しではずれそうだった。

「姉さん」
「何?」

 照明を落とし、闇だけの中。
 身を寄せ合い、僕らは囁くような小さな声で話し合う。
 相手の呼吸も、みじろぎしただけの衣擦れの音も聞こえる。そんな距離。

「どきどきして眠れない」
「姉さんが怖い?」
「ううん……逆。だって、姉さん綺麗だし……」
「私は怖いわ。卓也が」
「え……?」

 僕は驚いて、目をしばたたかせた。

「最近ね、夢を見るの」
「どんな?」
「卓也が、こうして……」

 囁きながら、姉さんが僕の手を取った。
 優しい力で引き寄せて、大きな胸へ。
 姉さんがもう一方の手で、ボタンを外した。

「私にいやらしいことをする夢」

 ごくりと、僕は唾を飲んだ。
 この展開、あの本には書いていない。
 改ざんして作ったわけでもない。
 現実の、ありのままの姉さんがあり得ない行動をしている。
 動機が激しくなり、不思議と喉が渇いた。

「触っていいの?」
「できる度胸があるならね」

 くすくすと、鼻先で笑う。僕はむかついて手を動かした。
 姉さんは知らない、夢としてしか記憶に残ってないだろうけれど、あいにく僕は覚えている。
 姉さんの身体の感じるところも。胸のどこが弱いのかも。

「……ぅ」

 姉さんが、びくりと身をすくませた。
 背をそらせる。それが自然と僕の前に胸を突き出す姿勢になる。
 闇に目が慣れてる。見ると姉さんは人差し指の第二間接辺りを口にくわえ、必死に声を殺していた。 

「ぁ、はぁっ……!!」

 美乳の先にある頂ををつまみ、指の腹でくすぐるようにこすりたてる。一度声が漏れると、後は堪えきれず嬌声が大きくなった。
 しばらく、なまめかしい声が響いた。

「卓也……」

 至高の手触りを堪能するほど堪能した後。
 はぁ、はぁと息を整えながら、姉さんが僕の手に手を乗せた。

「硬いのがあたっているだけど」
「そりゃ、あんなことしたら誰だってそうなるよ」
「姉さんのせいって言いたいの?」
「う……ごめんなさい」

 反射的に謝る僕。普段の調教の賜物なので、姉さんには逆らえません。

「卓也」

 抱きしめられた。
 姉さんの大きな胸が、僕の貧相な胸板でぐにゅりと潰れていた。

「夢の中ではね、卓也が姉さんにキスをして、姉さんは力が抜けて抵抗できないの。それから妙に手際よく姉さんの服を脱がせて、組み敷いて……」

 さわ……、と。
 姉さんの手のひらが、僕のペニスを撫でた。

「この汚らしい太いので、私の中をかき回すの……」
「姉さんっ」

 僕は堪えきれなくなって、半ばはだけた姉さんのパジャマに手をかける。
 だけれどその手は、強い力で押し戻された。

「駄目よ」
「何で、ここまでさせといて」
「卓也のことが、好きだから」
「だったらいいじゃないか、わけわかんないよ!」
「後で辛くなるわ。お互いに」
「後のことなんて知らないよ」
「聞いて。あと10年もしたら、私は卓也の知らない誰かと結婚するし、卓也も私の知らない誰かと恋人になったりするでしょう」
「……」
「姉さんはね、操は結婚する相手にって決めてるの。……ううん、それは今はどうでもいいわ。でも今一線を越えて、数年後に姉さんが誰かと付き合ったら、卓也はすっぱりと諦められる? 姉さんだって、卓也に未練が残るかもしれないわ」
「嫌だ」

 僕は力を振り絞って姉さんの手を振り払い、その柔らかい身体を抱きしめた。

「姉さんが僕以外の誰かのになるなんて、嫌だ」
「卓也は……杏奈の方が好きなんでしょ?」
「両方好きだよ」
「嘘」
「本当だよ。嘘ついていいなら姉さんだけだって答えてる」
「姉さんが怖くて嘘ついているだけでしょ」
「本当だよ。じゃなきゃ、どきどきしたり、こんなに大きくなったりしない」

 僕は姉さんの太股に、がちがちに硬くなった僕のペニスを押し付けた。
 数秒の沈黙。
 姉さんは逃げなかった。

「……困るわ」

 聞き取れるか聞き取れないかの声で、姉さんが言った。
 そのまま、無理やり襲い掛かったら。
 姉さんは僕を受け入れただろうか。
 僕は動かなかった。
 姉さんが泣きそうになっているのが、分かったから。
 性欲だけではない。
 弟としても、男としても、僕を意識しているのが分かったから。
 だからごめん、と僕は呟いて。
 目を閉じて、無理やり眠ることにした。

***

 翌日。
 本棚に視線を向けながら、僕は考える。
 姉さん達が誰かのモノになるなんて、考えたくもなかった。
 柚子姉さんや杏奈お姉ちゃんが、誰か知らない男と結婚して、その男の赤ん坊を産んでにこにこ笑ってる光景なんて、想像したくない。
 何か。
 性欲だけではない。黒い何かが僕の心を駆け巡り、支配した。
 幸いにして、あの本さえあれば何でもできる。
 互いに恋心芽生えさせ、愛情を操作して、一線を越えることも。
 欲望のままに振る舞い、奴隷として扱うことも。
 でも、どうすればいいのだろう。
 どうしたいのだろう。
 今のまま、という選択肢はない。
 このままでは確実に、平凡な姉弟として過ごして、お互いに平凡な家庭を築く未来しかないだろうから。
 長く、長く考えた後に、結論を出した。
 僕は、姉さん達を――

 A.奴隷にしたい。

 B.恋人にしたい。

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