竜の血族・外伝 5

 エイフィーナと――母親を殺した相手と対面した後、レオンはサリアと2人きりになった。

「話していただけますか? 僕の生い立ちのことを」

 師を見るレオンの目は、いつになく険しい。
 サリアは容疑者だった。
 乞食に過ぎたなかった少年を、王子様へと変身させた容疑者だった。
 レオンはじっと、黒い女の瞳を見据えた。
 詰問吏のように、嘘は絶対に見逃さぬと表情が言っている。

「結論から言うよ。レオン君は王族じゃない。この国で産まれてすらもいない。国王が若い頃のお遊びで作った妾腹の王子様っていうお話はまったくの創作でデタラメ」

 きっぱりと言い切った女に、レオンはうろたえなかった。

「僕の本当の父は?」
「私も詳しいことはあまり知らない。ただ生前のキミのお母さんに、レオン君が産まれた直後に死んだって聞いた」
「では話を戻しますけど、国王陛下はなんで、僕が王族の一員だとウソを?」
「そう発表するように私が脅したから」
「…………」

 男はしばらく女を睨み、呆れたようにため息をついた。

「法螺もたいがいにしていただけませんか?」
「ほら?」
「先生が人間はなれして武術に秀でていることや、魔道に詳しいことも知っています。でも、相手はこの広大なアリエサスの国の国王ですよ?
 先生がどこぞの国の女王様で、たとえば100万人からの軍を統率しているのなら、それは確かにこの国の王様を脅すことも可能でしょう。でも、先生はあの辺鄙なランロルドの山を領地にしている地方領主の1人に過ぎないわけで、屈するなんてありえないでしょうが」
「んー。……ま、実演した方が早いか」
「何をです?」

 質問に答えず、サリアはひとさし指と親指とでカギ型をつくり、弾いた。
 炸裂音が響いた。
 レオンは、頬に熱をともなった痛みを感じた。
 はらりと、レオンの耳元から切り裂かれた髪の毛がテーブルクロスに落ちた。
 レオンは、頬に手をやった。
 ぬるりと、少量の血で手が赤く染まった。
 レオンは後ろを見た。
 石の壁に、直径が人間の背の高さほどの円状の亀裂が走っていた。

「…………どんな手品を?」
「ちょっと強めに指を弾いただけ。空気を弾くスピードが音の速さを超えると、衝撃波が発生してご覧の通りの破壊力が出るわけ」

 因みにこの時代、万有引力の法則が発見されて半世紀すらも過ぎていない。
 女の言っていることは、レオンにはほとんど理解できなかった。
 できなかったが、レオンは自分の認識違いをあらためた。
 人間ばなれ、どころではない。
 目の前にいる女は女ではあったが、人間ではなかった。
 人の容姿をし、人と同じ言葉を喋る化け物だった。

「まさか、たった1人で国王を脅迫したと?」
「大正解。飲み込みが早くて助かるわ」
「…失礼」

 レオンは水さしから一杯の水をコップに注ぎ、喉を鳴らして飲み干した。

「じゃあ仮に国王が先生の脅しに屈したとして、何で僕なんかを王子様に仕立て上げたんですか?」
「その場の思いつき」
「は?」
「王族の高貴な血筋とやらを虚仮にしたかったのよ。私の友達がくだらない理由で、この国の王族に殺されたからね」
「なら、僕を王子にしたてた理由は全くないわけですか」
「少しはあるよ。殺された友達はキミの母親だった」
「では………」

 レオンは少しの間ためらい、意を決して聞いた。

「僕を傀儡の国王にして、思うままに国を動かしたいとかいう野心はないのですか?」

 長年、抱えていた疑念だった。
 王は国の頂点に立つ。王は国を操る力を持つ。国民を従わせ、何をしようとも国民に有無を言わさぬ。それが王だ。
 ほとんど無限の権勢を持つことや、他人を思うままに操りたいと思ったことのない人間が、果たしてこの世にいるのだろうか。

「はー」

 サリアは、呆れたという顔でレオンを見た。

「ないよ。というかその質問は、かなりしょっぱいんじゃあない?」
「しょっぱい?」
「好きな相手を娶るために王様になりたいって言い出したのはレオン君で、私はなれと言った覚えはこれっぽっちもないんだけど?」
「…………」
「ほれほれ。何か言い返せることはあるかしらん?」
「ない……です」
「でしょ? 私もキミに嫌われたくないし嫌いたくないからさ、ガタガタ疑うのはやめて」
「はい。申し訳ありませんでした」
「あいよ。素直でよろしい」

 サリアは弟子の謝罪に頷くと、この話は終了とばかりに話題を切り替えた。

「じゃ、他に質問がないのならあたしゃここに泊まってエイフィーナたんとお話していくけど、レオン君はどうする?」
「王宮に戻ります。書類をさばかないといけないし、姉さんが生きていたことをルフィとリスフィに伝えてやらないと」
「そ。ならこれをあげるわ。強行軍で疲れてるでしょ?」

 サリアは小さな麻袋を取り出し、その中にある黒い丸薬をレオンの手のひらに置いた。

「滋養強壮剤よ。1粒で栄養補給と疲れがとれるすぐれもの。ただし1日に3粒以上は飲まないこと」
「助かります」

 何の疑いもなく、レオンはそれを1粒とり、ごくりと飲み込んだ。
 途端に身体を覆う薄もやのような疲れ、気だるさがすうと消えていった。

「じゃ、行ってきます」
「ういうい」

 レオンを見送り、地平線の彼方へ消えてから、サリアは

「あ!」

 と、叫んだ。

「副作用でしばらく絶倫になること、言い忘れてた……」

***

 夕刻
 レオンは神殿から王宮への道のりを見事に走破し、妹達の邸宅へ出向いていた。

「ようこそおいでくださいました、にいさま」

 小走りに近寄り、リスフィーナはレオンに抱きついた。

「っと」
「ふふ……にいさま、ちょっと汗臭い」
「急いできたからな。ところでルフィは?」
「舞踏会へお呼ばれだそうです。私はお留守番を命ぜられました」

 言いつつ、レオンのかすかに伸びたひげにほおずりする。
 レオンはリスフィの口はしに軽く口付けを返し、喉をごくりと鳴らした。
 豊満な胸を無邪気に押し付けられ、欲情しかけていた。

「そんなことより、ね…? にいさま……」

 レオンの心中を知ってか知らずか、リスフィーナは何かをねだるようにつぶらな瞳でレオンを見つめ、ついと顔を上向かせた。
 かすかに開いた桜色の唇に吸い寄せられるように、レオンの唇が重なる。
 そうするのが当然であるかのようにどちらともなく舌を絡め、唾液をすすりあう。

 くちゅ……ちゅる…じゅ……ちゅるる……

「んっ……はぁぁ………」

 リスフィーナが熱い息を吐き、うっとりと呟いた。

「にいさま、キスがじょうずぅ………すごく…感じてしまいます………」

 蕩けた瞳でレオンを見上げ、リスフィーナは力の抜けかけた身体を預けた。
 レオンはリスフィーナの腰に両手をまわし、その身体を支えた。ただしこちらは、瞳に怒りの色が宿っている。

「リスフィもな。お兄ちゃん以外の誰かとしたことがあるのかい?」
「はい。たまにルフィと、キスの練習を」
「練習?」
「練習です。にいさまとキスするときに、気持ちよくなっていただきたいから。にいさま以外の男の人となんかしませんし、いりません」

 いらないとまできっぱりと言うリスフィーナの頬に、レオンは軽く口付けた。

「すこし疑っちまった。すまん」
「むぎゅ」

 リスフィーナは嬉しいような気恥ずかしいような、妙な声をあげた。

「にいさま…ひょっとして、嫉妬を?」
「悪い。かなりしてた」
「にいさまのお馬鹿」

 悪戯っぽく笑い、レオンの頬をつっつく。

「でも、すごくうれしい…」

 胸を押し付けるように背をそらし、リスフィーナは再びレオンと唇を重ねた。
 舌が絡まり、唾と唾とを交換する。歯の一本一本の形を確かめるようにくすぐる。戯れるように舌を舌で突っつきあい、逃げる舌をおいかけた。
 互いに口腔を存分に犯し、犯され、どちらともなく唇を離した。
 口と口の間に唾液の橋がかかり、細くなりながらも伸びてゆく。
 銀色の線は限界まで伸びると、始めからなかったかのように掻き消えた。

「いつになく、積極的だな」

 リスフィーナと同様に感じたのか、レオンの声は興奮に上擦っていた。

「少し前に、ルフィにおまじないをかけてもらったんです。自分の心を正直に表に出せるようにって」

 リスフィーナは、そう言うとはにかんで笑った。
 ”私も協力するから”――キスの練習の際、ルフィーナが言った台詞だった。
 そのあたりの顛末を聞くと、レオンはなんともいえぬ笑みを浮かべた。

「ルフィらしいな」

 つくづく、おかしい関係だと思う。
 恋人と妹とがくっつくのを応援する姉と、それを素直に感謝する妹と、そんな2人ともを手に入れようとしている自分自身と。
 ――まぁ、いい。
 ルフィとリスフィを幸せにできるのならば、世間の常識などどうでもよい。
 レオンは右腕をリスフィの後頭部に回し、優しく髪を撫でた。
 もう片方の手をドレスのリボンに伸ばし、服を脱がせようとする。
 と。
 リスフィーナの手がレオンの腕に添えられ、やんわりとその動きを封じた。

「んふふ、にいさま。まだだめですよ……」
「まだ?」
「一緒にお風呂に入りましょう……ね?」

***

 一方、その頃。
 ルフィーナの出席した舞踏会は、騒然となっていた。

「むぎゅ」

 妹と同じ口癖――困った時や嬉しい時に出る――をつき、ルフィーナは挫いた足をさすった。
 衆知の場で盛大に転んだ恥じらいのせいだろうか。ルフィーナの顔は赤くなっており、呼吸は浅く速く荒くなっている。

「んっ……く……。だ…め…にいさま……」

 うわごとのように、呟く。
 ひどい熱病に冒されたときのように、身体をかたかたと震わせていた。

「妃殿下、いかがなされましたか?」

 婚約者候補の男が、心配そうに声をかける。ルフィーナは喫とその男を鋭い瞳で睨みつけ、次いでルフィーナは己に好奇の視線を注ぐ周囲を見回した。
 一瞬の迷いの後、己の舌に歯を立てる。

「つぅ」

 ぷつ……と
 舌の表皮に尖った犬歯が刺さり、口の中にじわりと生臭い鉄の味が広がる。
 その痛みが、彼女に正気を取り戻させた。

「申し訳ありません。体調が悪くなりましたので、お先に失礼させていただきます」

 その声は大国アリエサスの王女としての威厳に満ちており、誰にどのような異論をはさむ事も許していなかった。

「では、ごきげんよう」

 天使のような微笑みと共に、侍女に身を寄せながら退出する。
 人々は呆然とそんな王女を見送った。

「早く服を脱がせて。もう寝るわ」

 あてがわれた部屋へ入り、ルフィーナは尊大に侍女に命令した。その声は早口で、いつになく切羽詰っていた。

「失礼します」

 侍女は手馴れた手つきで王女の衣服を脱がせていった。羽織っていたカーディガンをとり、上下一体となったシンプルなドレス――リボンや宝石のちりばめられた装飾過剰なドレスもあったが丁重に辞退した――のチャックを探し、脱がす。ガーターベルトの金具を外し、白いハイソックスもするすると足から抜いてゆく。そして胸元にレースの入ったキャミソールに手をかけた。
 シニオン(巫女結び)に結った金の髪の束が、上着を脱いだ瞬間にふわりと舞う。
 胸元全体を覆うブラジャーと、ピンク色の小さなショーツ。
 下着姿になった王女に、シルクのネグリジェを着せる。
 月明かりの中、王女の太股がカタカタと震えており、ショーツはうっすらと湿っていた。だが長年王女に仕えてきた侍女は、機械的にルフィーナの命令どおり動いた。

「ご苦労様。後は何があっても、私が呼ぶまでこの部屋へは誰もこさせないように」
「かしこまりました」

 ぱたん、とドアが閉じる音を確認し、ルフィーナはベッドにつっぷした。

「んっ…、ふふふ…」

 枕に顔を深くうずめ、ルフィーナはあえぎ混じりに微笑む。

「リスフィが、にいさまに抱かれてる……」

 うっとりと、呟いた。 
 遠く離れた王宮で、自分の愛する男と大切な妹が抱き合っている。妹の鼓動が、妹の幸福感が伝わってくる。

「リスフィもにいさまも……もう少し遅くなってからしてくださればいいのに」

 1人ごちるその表情はどこか楽しげだった。可愛くて可愛くて仕方がない飼い猫のいたずらを発見して苦笑する。そんな時の顔だ。

「んっ…」

 甘い声が、桜色の唇からこぼれた。
 唇に人差し指をあて、あてた指の腹をぺろりと舐める。
 そうして指先についた唾を、口紅を塗るように唇全体に広げた。

「リスフィのココ、に……にいさまがキスしてる……」

 人差し指で唇をなぞり、うっとりと呟く。

「にいさまの手が、リスフィの髪を撫でてる」

 背筋がぞくぞくと粟立ち、知らずのうちに太股をすり合わせていた。

「んっ……にいさまぁ……」

 ルフィーナは指を口に含み、舌を絡ませた。

 ぐちゅ……ちゅ……ちゅぐ……ちゅ……

 よだれが口端から垂れるのも構わず、指を吸い、深い口付けをするようにぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる。
 寝巻きの胸をはだけ、痛みを感じるほど強く揉む。妹が、レオンにされているように。
 気持ちいい。
 リスフィーナは、少しくらい虐められた方が悦ぶらしい。それとも相手が愛しいレオンだからなのだろうか?
 レオンに抱かれ、レオンに虐められ、自分の身体がレオンのモノであるということを、強く思い知る。
 支配されたいという女の願望が満たされる、至福の瞬間。

「あはぁっ!」

 ぴんっ、と、妹の固くいやらしく尖った胸の先端が弾かれ、遠く離れた妹と同時にルフィーナもまた高い声をあげていた。
 ぴちゅ…と、軽い絶頂に達し、太股から白濁した蜜が湧き出る。
 慌てて枕に顔を押し当て、ルフィーナは慌ててあえぎ声を殺した。

「にいさま」

 目を閉じ、レオンの姿を思い浮かべた。
 今、抱かれているのは妹ではなくて、自分なのだと妄想する。
 胸をまさぐる無骨な手も、髪を優しく撫でる指の感覚も、甘い口付けを交わす唇も、妹にではなく自分への愛撫だと。

「大好き……」

 妹と同時刻に、同じ言葉を同じ相手に紡ぐ。
 かつて……出会った頃から何度も、レオンを嫌いになろうとしたことがあった。
 怖かったのだ。
 もしかしたらこの感情は、妹に植え付けられたものなのかもしれないと。
 
”人の心を操り、自分の都合のよい存在に書き換える”

 それが、アリエサスの王家に産まれついた者の業(ごう)だという。
 ルフィーナという名前を与えられる以前に――胎児であった頃に、ルフィーナは暗示を植えつけられていた。
 己と同じ血肉を分けた、妹に。
 妹が痛いと、ルフィーナも痛みを感じる。妹が喜ぶと、ルフィーナも喜びを感じる。
 そんな妹の心に引きずられ、なし崩し的にレオンを愛してしまっているのではないかと思い、だからこそ苦しんできた。 
 だが――
 レオンを憎もうとするほどに、愛しさが募った。
 どうしようもなく愛しくて愛しくて、何度も切なさから涙を流した。
 そしてレオンと再会した時、妹の能力などどうでもよくなっていた。
 リスフィーナがいるいないに関わりなく、レオンが傍にいると嬉しくなる。
 レオンに抱かれると幸せを感じる。
 今はそれが全てで、きっとこれからも、自分は死ぬまでレオンを愛するだろう。
 だから、きっかけなどどうでもよい。

「にいさま…」

 くちゅ…ちゅ………

 太股の間に手を伸ばし、感じてわずかにめくれた花弁に指を這わせる。そして親指と中指で花弁を広げ、人差し指を差し入れた。
 十分に濡れており、しかも一度、男を受け入れたからだろうか。おそるおそる膣の内側に差し入れた指に、痛みは感じなかった。

「んっ……ぴりぴりする…」

 複雑な形状をした内壁が絡みついてくる。
 指一本でも、かなり狭く感じた。この中によく、あんな大きなモノが入ってしまうなんて不思議で仕方がない。

「あっ」

 ふと。
 切り裂かれるような痛みを覚えた。

「……くる……入ってくる……にいさまの熱いのが………」

 たった今、妹が処女を奪われているのだろう。
 痛いというよりも、熱いといった方が正しかった。
 じわりじわりと進む固い肉棒に女の大切な部分を征服され、ぷち…と、破瓜の痛みが押し寄せる。

「んっ……、あはっ……」

 人差し指と中指で膣内をかき回し、もう片方の手で下腹を優しくさすりながら、ルフィーナは艶然と微笑んだ。
 一生に2度も、処女を捧げる瞬間を味わえたのだ。レオンに支配される悦びに、痛みすらもが恍惚とさせてくれる。

「にいさまぁ」

 膣の最奥を満たし、熱くて固い何かは動きを止めたようだった。
 処女を捧げた痛みと達成感とでまた涙が目尻に溜まり、それを誤魔化すために男に抱きつく。――もっとも、ルフィーナが抱きついたのは近くにあった布団だったが。

「おめでと、リスフィ」

 かすかな嫉妬と、それ以上の嬉しさから、ルフィーナは妹を祝福した。

***

「ん……はぁ……」

 鼻にかかった吐息。
 つぶらな瞳は、欲情に濡れていた。
 衣服はつけていない。下着すらも。――風呂に入っているのだ。身に着けている方が不自然というものだろう。
 豊かに実った胸は、重力に引かれながらも見事な流線を保っていた。

 つっ、……と。

 押すのと同じ強さで、押し返してくる胸から、指先を上へと動かす。
 胸からきれいな鎖骨、首筋を経由して桜色の唇を指の腹でなぞる。
 唇はしっとりと濡れていて、男の指にかすかな水気を残した。
 唾液にぬめった指先を、男はぺろりと舐めた。

「あ……」

 男の行為に驚き、目を見張る。

「リスフィの唇の味がする」

 耳元で、男が囁く。
 囁き声に、金の髪がかすかに舞い、サラサラと耳の裏をねぶる。
 生暖かい男の息が、耳にかかる。
 くすぐったさの混じった心地よさ。
 それに、男の言葉。
 唇の味がする、といった。
 汚いはずの自分の体液を、男が舐め、味わってすらいた。
 倒錯した興奮を覚え、胸が疼く。

「はぁ……」

 吐息が熱い。
 肌はうっすらと汗ばみ、赤みがさしている。
 頬を優しくなでる男の手に、ほっそりとした指を添え、まぶたを閉じた。
 視界が闇に包まれると、男の匂いと男の手のぬくもりがより鮮明になった。

「好き……にいさま、大好き」

 想いが口からこぼれ、こぼれた自分の声に恍惚となる。

 ――ワタクシは、この男を愛している。

「好き」

 さきほどよりはっきりと強く、そして男に聞こえるように言う。
 深く……より深く…………
 好きと言うたびに、より好きになる気がした。
 このときを、どれほど待ち望んだことか。
 幾度妄想し、眠れない夜を過ごしたことか。

「にいさま……」

 男を呼ぶ。
 自分と、双子の姉だけに許された特別な呼びかた。
 顔を上向かせた。すぐに唇がふさがれる。
 始めは、触れるだけの口付け。物足りないと思う前に再び唇をふさがれ、男に舐めあげられた。
 ツン、と男の舌先が前歯のあたりをつつく。
 唇を半開きにすると、男の舌が侵入した。

 ちゅっ、……じゅ……ちゅく…じゅ……

 淫らな水音が、蕩けた思考をさらに高みへといざなってくる。
 口腔に侵入した男の舌は、執拗なほどに暴れ、唾液を送り込む。
 男の味が、匂いが、口いっぱいに広がる。
 至福の瞬間。

 ぴちゅ……ぢゅく………

 いつしか水音は、唇以外の場所からもするようになっていた。
 知らずのうちに股を擦り合わせ、淫花から分泌された蜜がいやらしく音をたてる。
 男の唾液と汗。
 髪の匂い。
 後ろ髪を梳くように撫でる手の感触。
 抱きついた男の胸板に押し付けた自分の胸がつぶれ、身じろぎするたびに尖った先端が擦れる。
 それに、口腔をねぶる男の舌。
 レオンに、口を犯されている――熱病に浮かされたような頭に、そんな言葉が浮かんだ。

 ぴちゅっ…

 下腹の筋肉が引きつり、一際大きな音を立てた。
 早く、男のモノが欲しいとでも言うように。
 そんな反応に気づいてか、男は右手をリスフィーナの胸へとあてた。
 キスをしたまま、胸の形を確かめるようにさする。
 もどかしい動き。太股をすり合わせながら、薄目を開けて男の顔を見た。
 もっと虐めて、オモチャのように扱って欲しいと願う。
 男が、くすりと笑った。
 ぎゅうぅ……と、もみ潰されるというくらいの強さで、胸をわしづかみにされた。

「あ……んっ」

 がくん、と身体が反り返る。
 男の唇が離れ、ぜぇぜぇと荒く呼吸した。キスに没頭しすぎて、息苦しさを忘れていたらしい。
 
「意外に、リスフィはえっちだな」
「はぁっ!」

 ぴんっ、と尖った胸の先を、男のつめ先が弾いた。
 鋭い痛み――たまらなく心地よい痛み――が胸の先から、身体の内側の深いところまでを一瞬で駆けた。
 ずきりと、芯を貫く快楽。髪や胸の表面を撫でられるのとは違い、直に中枢を穿ってくる。
 下腹が震え、新たな蜜を吐き出した。

「にいさま…だからです……。にいさまだから、虐めて欲しいの……」

 呟くように、言う。
 男はうろたえたようだった。
 瞳に、溢れそうなほどの涙を湛えていたから。
 涙の理由は、哀しいとか、怖いとかではない。
 幸せだった。
 幸せすぎて、肉体も頭もぐちゃぐちゃになっていた。

「すぅ…はぁ……」

 大きく息を吸い、吐く。
 自分の金髪のひと房分をつかみ、その髪をつかってごしごしとリスフィーナは目尻を拭いた。
 レオンの前では、可愛いとか綺麗だとかいう姿でありたい。
 女としての打算と深呼吸が、パニックに陥りかけた頭を少しだけ覚ました。 

「私は……リスフィーナは、にいさまのモノです」

 声をたてぬ笑顔をつくり、涙を流しかけた自分を気遣って止まっていた、男の手をとる。
 羞恥に、頬が染まるのが自分でも分かった。だが意志を奮い立たせ、続けた。
 手を左胸へと誘導する。ふゆっ、と指が胸肉に沈みこんだ。少し痛いが、それまでの愛撫に慣らされた身体は痛みすらも快楽として認識していた。

「だから、にいさまのしたいように、……私を……」

 抱いて欲しい。
 語尾がかすれ、言葉にならない。
 それでも男には伝わったようで、強く抱きしめられた。
 胸が、男の胸板に潰される。
 下腹のやや上からヘソのあたりまでに、硬い何かが当たっていた。
 おそるおそる視線を下ろし、その棒状の何かがナニであるのか理解した時――

「あぅあぅあぅあぅ……」

 リスフィーナは、首をカタカタと動かし、わけの分からぬ声をあげた。
 姉が抱かれる際に、天を突く醜悪なソレをかなり間近で見たわけだが……どうにも……自分の番となると勝手が違うようだった。そういえば、あの時は部屋にあかりが灯されておらず、月と星に照らされたシルエットしか分からなかったと思い出す。

「…っ…ははは。可愛い」

 男はほんの少しの間しかめっ面をしていたが、すぐにこらえきれなくなって笑った。

「むぎゅ…」

 抗議の色を瞳に宿し、うめいた。
 男はその視線をしっかりと受け止め、あろうことか笑顔のままで、幼子にするように髪を撫でた。
 頬へ口づけをされる。目尻や唇の端にも。

「あんっ」

 溜まりかけた涙を吸いとられ、口はしに残っていた唾液を舐め取られる。
 触れるだけのキスを何度も何度も繰り返され、お気に入りの大きな手に優しく髪を梳かれる。
 生まれかけていた怒りが、それだけであっという間に霧散していった。
 ずるい、と思う。
 それとも、これが巷で言われる惚れた弱みという奴なのだろうか?

「落ち着いたか?」
「……はい…」

 答えた言葉はある意味では正解で、ある意味では大きく間違っていた。
 確かに、動揺はしなくなっている。
 ちらりと、下腹にあてがわれた男のモノを見てもパニックになりはしない。
 それどころか――
 つい先日、双子の姉がこの奇妙な形をした、棒状のものに貫かれたときのことを意識してしまい――
 身体じゅうの神経に、痒い何かがぞわぞわと芽生えてきて……特に下腹と胸の先がたまらなく切なかった。

「にい……さま……」

 意味もなく男を呼ぶと、触れるだけのキスが帰ってきた。
 次いで、背中を優しくさすられる。
 力が抜け、男に倒れこむように身体を預ける形になった。
 下腹にあてがわれていた男のモノが、微妙に角度を変える。
 艶やかに蜜をたたえた金の若草と、かすかにめくれた発育途上の花びらを2、3度往復すると、男は耳元で静かに囁いた。

「行くよ」
「はい……んっ……」

 入り口をかきわけられる。
 先端から、一番太い部分までが入ってきた。
 じわりと来る痛み混じりの圧迫感と、男に支配されることへの充足感……痛いけど嬉しい、そんな奇妙な状態が続く。
 レオンのモノが、自分の中で何かにぶつかるのが分かった。
 ぶつり……、と。
 身体の深い処から、小さな音が響いた。

「うぁっ!」

 びくん、と腰が跳ねた。
 破瓜は、予想通り痛かった。
 だが、予想以上ではなかった。

「はぁぁ……」

 深く、息を吐く。

「ふふ…よかった………」

 男の胸板に頬をつける。自然と微笑がこぼれていた。
 ちゃんと、繋がることができた。
 抱き合い、未だ秘所を貫かれたままだが、痛みが女としての誇りを与えてくれるようで、ひどく心地よい。

「いったん抜いた方がいいか?」

 髪を撫でながら、男は言った。
 この土壇場でそう提案してくれる男の優しさが嬉しく、その反面でちょっと恨めしい。
 余計な気遣いなどせず、自分の身体を弄んで欲しいと思う。
 大好きな相手に気持ちよくなって欲しいから。

「にいさま、ダメですよ。余計な気遣いは」

 妖艶に微笑み、男の瞳をジッと見据える。
 先日の”キスの演習”の時、姉が自分にかけた暗示を、見よう見まねでレオンに施す。

「私たちは、にいさまのモノです……」

 私、ではなく私たち。
 言外に、ルフィーナとの交歓を認めていることに、リスフィーナは気づいていなかった。
 ただ欲望に身を任せ、男の耳元に唇を寄せてゆるゆると言葉を紡ぐ。
 私たちはにいさまのモノ――自分で吐いた台詞に、恍惚となりながら。
 浅ましく女から誘う。その羞恥すらもが、官能を高めてくれる。
 強く、願う。
 レオンに支配されたいと。

「だから、にいさまのしたいようにいっぱい虐めてください」

 囁き、男の耳たぶを甘く噛む。

「にいさまが嬉しいと、私たちも嬉しくなるから……」
「リスフィ」

 自分の愛称を呼ぶ男の瞳が、みるみる獣欲の色に染まっていくのを見て――

「にいさま……」

 リスフィーナは、蕩けるような微笑みを浮かべた。

 ぐちゅ、ぐちゅ……

「あっ…んあっ…」

 女の身体を組み敷き、男は腰をやや乱暴にうちつける。

「にいさ……にいさまっ」

 胸を強く、弱く、緩急をつけて揉みたてられ、いやらしくしこった乳首を弾かれる。
 血と、愛液と、それに抜かぬまま2回も放出された精液とで、リスフィーナの膣内はほどよく滑り、男のモノの出し入れをスムースにしていた。

「ん…っ、すごい……」

 痛みではなく快楽から、リスフィーナはあえいだ。

「リスフィはマゾの素質があるのかもな」
「まぞ……?」
「こうやって」

 レオンはリスフィーナの胸に顔を寄せ、その頂点をギリ…と強めに噛んだ。

「あんっ…! にいさま…ダメ……おムネの先が、ちぎれちゃいます……」
「でも、リスフィの下の口はすごく悦んでる」

 レオンの言ったとおり、リスフィーナの膣内がヒクヒクと痙攣し、小さな絶頂を示していた。レオンのモノをやわやわと心地よく締め付け、射精を促してくる。
 レオンは軽いストロークに切り替え、リスフィーナの膣を楽しんだ。
 唇を奪い、唾液を送り込む。
 同時に胸に指をうずめるかのように強く揉み、腰は動かしたまま、舌を絡める。

「ん……こくっ……んっ…」

 美貌の王女はごくりと喉を鳴らし、健気に唾を飲み込んでいく。だが、胸や秘部から送り込まれる刺激によって口に意識を集中できず、飲み込みきれなかった唾液が張りと豊かさを備えた胸におちてゆく。

「少し痛くする方が気持ちいいだろう?」
「…それは……だって……にいさまに虐められているって思うと、すごく気持ちよくなって」
「そういう虐められて悦ぶのを、マゾって呼ぶんだよ」
「マゾ……なるほど、そうなのですか」

 性知識に疎いためか、リスフィーナは純粋に感心したていで頷いた。

「さて、言葉が分かったところで、もう少し虐めてやろう」

 レオンは、深くまで繋がった肉棒を、一端引き抜いた。
 コポ……と、結合部から精液と愛液、それに微量の血が混じった体液がこぼれ、むっとした性臭を放つ。

「四つんばいになって、お尻を向けて」
「え。…はい……にいさま」

 恥じらいに逡巡し、のろのろとした動作でレオンに従う。

「あ、あの……。これって、お尻のところまで、見えてしまってませんか……?」

 犬のように四つんばいになり、首を回して不安げにレオンを振り返りながら

「うむ」
「むぎゅ……」

 困ったようにうめくが、恥ずかしいのも感じてしまうのか、リスフィーナの下の口から再び愛液が分泌された。

「可愛いお尻だ」
「恥ずかしいです……あ…ぅ」

 ぬりゅり……

 男の肉棒が、まだ幼いリスフィーナの花びらをこする。

「ああ…にいさまが入ってくる…」

 男を知らなかった肉壷が、レオンの肉棒でぐいぐいと広げられる。レオンのモノの形を覚えこまされてゆく。

「あっ…にいさま、…すごい…」

 男の顔を見られないのが残念だったが、犬のように犯されるこの体勢に、リスフィーナはそれまでよりも大きな充足感を感じていた。
 浅ましい動物のように扱われることで、レオンに支配されているという気持ちに浸れる。
 胸も、アソコも、唇も、爪先から頭のてっぺん、髪の毛の一本一本に至るまで、全てがレオンのモノだと……

「少し強くするよ」
「はい。にいさまの好きなようにしてください」

 ストロークが強くなる。
 リスフィーナの金の髪がふり乱れ、真っ白で柔らかい尻がレオンの腰にあたり、ぱんぱんと音を立てた。

 ぐっぐっ…ぐちゅぐちゅ…

 体液が撹拌され、淫らな水音を奏でる。

「にいさま…すご……気持ちいい……」
「くっ……」

 限界がいよいよ近くなったのだろう、レオンは歯を食いしばり、深く強く、リスフィーナをえぐった。

「んっ。はあああああああっ」

 頤(おとがい)をそらし、リスフィーナが高く叫んだ。
 同時に、レオンの肉棒が爆ぜ、3度目とは思えぬほどの大量の精液がリスフィーナの膣奥へと放たれた。

 ドク、ドク、ドピュ……

「ああ…にいさまの白いの……きてる…すごく熱い……」

 子宮に男のモノが放出されるリズムに酔いしれ、うわごとのように呟く。
 もはや身体に力が入らず、うつぶせにリスフィーナは倒れこんだ。

「…にいさま……大好き……」

 遠く離れた姉と同じ言葉を紡ぎ、リスフィーナは心地よいまどろみに身をゆだねた。

***

「ふー、美味しかった」

 言いつつ、レオンはナプキンで口元を拭いた。毒見を通され冷えた宮廷料理とはいえ、空腹という調味料は全ての料理を美味くするらしい。
 あれからリスフィーナを起こし、お互いの身体を洗いあって、レオンとリスフィーナは遅い夕食をとっていた。

「ん」

 はたと、レオンは手を打った。

「忘れていた。すごい知らせがあったんだった」
「すごい知らせ…?」

 リスフィーナの目が輝く。
 だが――

「エイフィーナ姉さんが生きていたんだ」
「え……」

 レオンが言った瞬間に、椅子に座っていたにも関わらず、ぐらりと、リスフィーナの身体がよろめいた。
 実姉の生存を、喜ぶ妹の反応ではない。

「どうした?」

 いぶかしがるレオンに、リスフィーナは身を乗り出して聞いた。

「にいさまは、それをどこでお知りに? もしかして、もう姉さまにお会いしたのですか?」
「ああ。知ったのは偶然だ。今日の昼姉さんに会ってきて、それを知らせたくて急いでここへ来たんだ」

 リスフィーナは見た目にも分かるほど顔色を青ざめさせ、頭を抱えた。

「姉さまは……にいさまに、その……何かおっしゃりましたか?」

 声が震えている。
 レオンはその瞳を覗き、リスフィーナが何故狼狽しているかのおおよそを察した。だが、確信があるわけではない。だから、口に出して確認した。

「母が死んだ本当の理由を聞いた」
「ああ………」

 絶望的な、うめき。
 リスフィーナは唇を強くかみ締めた。

「なんで、そんな世界が終わったような顔をする?」
「なんで、って――」

 言葉を詰まらせ、リスフィーナはうつむいた。
 エイフィーナは、レオンの母を殺した。そしてリスフィーナはエイフィーナの妹だ。
 つまり、母親を殺した仇の妹ということになる。
 その事実を前に、レオンが今までどおり自分やルフィーナに接することができるだろうか?
 おそらく、無理だろう。
 死人は生き返らぬ。金も、地位も、祈りも、死人を行き返すことはできぬ。
 だから、罪も消えぬ。
 姉は人を殺した。幾年の時が流れようと、その事実は消えぬ。つぐなうこともできぬ。
 そして、姉を止められなかった自分らにも、責任の一端はある。

「許したよ」

 レオンの言葉に、リスフィーナはうつむいていた顔を上げた。 

「だからリスフィが気に病むようなことじゃない」
「でも……なんで、そんなあっさりと!? 大切な人が殺されたというのに!」
「黙れ。それ以上は言うな」

 瞳に有無を言わさぬ光を浮かべ、レオンは射抜くような視線を血の繋がらぬ妹に向けた。

「その話は終わったんだ。母さんは生き返らないし、姉さんだって大切なものを失った挙句、長い間苦しんだ。それで十分だ」
「…………」

 リスフィーナは黙った。毅然としたレオンの態度に、黙らざるをえなかった。
 だが、納得しているわけではない。
 大切な人を殺される。リスフィーナにとってはレオンとルフィーナが大切な人だったが、もし彼らを殺されたのなら――
 殺す。
 絶対に許さぬ。殺す。
 大切な人を殺した者を必ず殺す。殺した者の家族もおそらく殺す。
 その後に自分も死ぬ。
 レオンやルフィーナのいない世界などいらない。

「リスフィ」

 リスフィーナの妄想を見透かしてか、レオンは彼女の頭に、ぽむと手を置いた。

「もう終わったんだ。終わったことであれこれと余計なことを考えるな。いいね?」

 表情を和らげ、しかしながら瞳には厳しい光を輝かせ、レオンは義理の妹に命令した。

「にいさま、1つだけお聞きしてもよろしいですか?」

 捨てられかけた子犬のように頼りなげな瞳で、リスフィーナはレオンを見返した。

「姉さまを許したように、私やルフィを嫌わないでいただけますか?」
「当然だろう? それに、な」
「はい?」
「もしもリスフィが妊娠したら、責任をとらないといけないからな……。さっきたっぷりと中に出しちまったから」
「あ゛ぅ」

 ぼっ、とリスフィーナの顔が真っ赤になった。

< 続く >

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