8
風呂上がり。
失神したリスフィーナを脱衣所へと移し、軽く頬をはたくとすぐに復活した。どうやら意識を失っていたのは数十秒程度のことで、脱衣所に抱え込まれた時点で起きていたらしい。
「お姫様抱っこで寝室まで運んで欲しかったのです」
リスフィーナは大いに不満そうな顔をし、調子に乗るな、とルフィーナは妹のおでこを小突いた。
侍女の用意したタオルで髪と身体とを乾かし、身だしなみとして微量の香水をつける。
ちなみに姫君達の着付けは侍女の手を借りず、
「是非、にいさまに」
との要望を受けてレオン自身が行った。裸の2人に寝巻きを着せる中、ムラムラと襲いかかりたくなる欲求をどうにかこうにか抑え、洗面所を出る頃には通常の3倍ほどの時間が過ぎていた。
寝室への道すがら。双子の姫君達に左右の腕を抱きつかれ、てこてこと3人で歩く。
ふにふにむにゅむみゅ。
ふにふにみにゅむにゅ。
歩くたび、胸の感触を感じる。
拷問だった。
ルフィーナもリスフィーナも、人並み以上に可愛い。美人である。美女である。それも絶世の。男でも女でも、通りすがりが100人いれば100人が振り向く。それが彼にだけ笑顔を惜しみなく振りまき、彼にだけ媚惑的な誘いをする。
しだいに男の生理現象が起こって――つまりは股間のナニが臨戦態勢に入り、歩きづらいやら気持ちいいやらで何とも痛し痒し。
そんな彼の事情をとうに察していたのだろう。
ルフィーナ、リスフィーナは、互いに目配せしてくすくすと笑った。
「確信犯か」
「何がです?」と、右手からルフィーナ。
「胸が肘に当たってる」
「わざとです」と、左手からリスフィーナ。
レオンはどう反応すればいいか詰まり、情けないほど固くなった自分の中心部に目を落とした。
「あんまりくっつかれると襲いたくなってくるんだが」
「どうぞ」
「好きなところで好きなようにしてください」
双子は逃げるどころか、うれしそうにレオンに抱きつく腕に力を込めた。さらに胸が押し付けられる。
……。
ふむ。
本気だろうか。
遊んでいるのならお灸をすえるなければならないし、本気ならばいたずらしても問題ないだろう。
試してみた。
「えっ?」
「あっ!」
腕を振り解き、双子の胸に手を這わせる。
ルフィーナもリスフィーナも目をしばたたかせたが、驚いただけで、彼の行為をやめさせようとはしなかった。
抗議されないので、レオンは2人のドレスの中へ手を差し入れる。
双子はかすかに身を震わせたが、彼の手から逃れることはなかった。
直接胸をこね、桜色の頂を爪先でもてあそぶ。
すぐに、2人の息が乱れ始めた。
「あ……はぁ……」
声が漏れた。
ぴく、ぴくっ、とリスフィーナの肩が震えた。
「リスフィの方が感じやすいみたいだな。それともこういう風に虐められているからか?」
乳房を揉む手に、ぎり、と力を込める。
「ぁ……はぁっ!」
リスフィーナが甲高い声を上げ、くたり、とその場にへたった。
「ルフィはここが感じやすいのか?」
言いながら、乳首を弾く。
「ひゃんっ!」
妹と同じようにあえぎ、がく、とルフィーナの膝が落ちた。かなり激しく逝ったのだろう、身体に力が入らなくなっていた。
レオンは双子を見下ろした。
暗い情念がわきあがってくる。
このまま犯したい。最後まで食べてしまいたい。
だが、通路である。寝室ではない。ここでコトをすれば、メイドや護衛の騎士の目に付く。
欲情と理性の葛藤から息を吐き、また吸う。
寝室には行く。ただし少し遊ばせてもらう。
「少し、2人で遊んでいいか?」
言いつつ、リスフィーナの頭を撫でた。
ルフィーナの頭も撫でてやる。
双子は、とろんとした瞳でうなずいた。
***
「ごじゅう、ごじゅういち、ごじゅうに、ごじゅう、さん……」
「ごじゅう、よん……ごじゅう、ご……」
1歩、1歩、足を踏み出すたびに、ルフィーナとリスフィーナは数を数えた。
頬が赤い。息が乱れている。
うなじはうっすらと汗に濡れ、女の香りを漂わせていた。
風呂あがりのせいでは、無論、ない。
暗示をかけられていた。
数字を数える。
数えるごとに、強く、強く、感覚が敏感になってゆくという暗示。
歩くたびに、ドレスが衣擦れる。
それが、たまらなく気持ちいい。頭がおかしくなりそうなくらいに。
足を踏み出す。
靴先が絨毯にあたるたび、軽く達してしまいそうになる。
普段ならばなんともない、気に留めることもない感触だった。
10を過ぎたあたりで、くすぐったさを感じた。
30を過ぎたところで、くすぐったさに甘さが混じっていた。
50を過ぎたときには、くすぐったさは快楽へと変わっていた。
まだ耐えられる。だがこのペースで進んでいったら?
気持ちいい。気持ちよすぎて、だんだんと意識が朦朧としてくるのが分かる。
「ろく……じゅう、ろく……ろくじゅう……はち……」
「67を飛ばしたぞ、リスフィ」
「あ、ごめんなさ…っ、ひゃんっ!」
レオンは、数字を間違えた妹の頬に、つっと人差し指を這わせた。
リスフィーナが甲高い声を出し、びくっと身をすくませた。
「に、にいさま、もう……わたし…わたし……」
「我慢ができない?」
「は、はいっ、はい!」
足を止め、レオンが聞く。リスフィーナは餌を前に何時間もおあずけを食らった子犬のように答えた。
「何をするか、説明したよね?」
「はい」
リスフィーナは肯く。
確かに説明された。
数を数えるごとに気持ちよくなる暗示をかけられると。
1歩につき1回、寝室につくまでの間数え続けると。
そうして部屋まで我慢できたら、たくさん可愛がってもらえると聞いて、リスフィーナは1も2もなくその暗示を受けることにした。
「がんばります、って言ったよね?」
また、肯く。
「なら、もう少し我慢して。次は70からだ。部屋にもあと40歩くらいで着くだろう?」
「は、はい……」
ふらつきながら、リスフィーナはまた歩き出す。
レオンは、その姿に暗い快感を覚えていた。
我慢できないのは彼も同じだった。今すぐにでも彼女を犯したい。
しかし我慢する。我慢した方が、得られる快楽が大きいと知っているから。
脳を、煮えたぎる熱がレオンを支配していた。
暗示を植え付け、人を操ることを禁忌していたはずだった。
だが、欲望に歯止めがかからない。
もっと、遊びたい。
ルフィーナとリスフィーナ、この2人に快楽を教え込み、心の底の底まで隷属させたい。
永久に自分の傍から離れられぬように。
あまたいる婚約者候補の男など見向きもせぬように。自分だけを見るように。
「ルフィは偉いな。弱音を吐かずに我慢してる」
「っあ、はぁぁ……」
褒めるのを装ってレオンが腰をさすると、ルフィーナはたまらず熱い吐息をした。
びく、びく、と身体が震えた。
恨めしげにレオンを見上げる。
どうした、とレオンはにこやかに笑いながら、視線で聞いた。
何でもありません、と視線で返すと、ルフィーナは再びあえぎまじりに歩みを続けた。
「ななじゅういち、ななじゅう、に………ぁ、ふぅ……なな、じゅうさん……」
やがて――寝室にたどり着いた。
***
寝室にたどり着く。
ランプの明かりが、広く豪奢なベッドを照らしている。
そこには先客がいた。
侍女ではない。ベッドメイクをするでもなく、その先客は寝台の中央に座っていた。
彼女を見て、レオンは呆然とした。
ありえない。
何故、彼女が……レミカが寝室にいる?
事情を知らないのは男だけのようであった。双子は互いに目配せしながらくすくすと笑い、レミカは落ち着いた、それでいて暖かい視線をレオンにおくっている。
「……どういうことだ?」
「プレゼント、らしいです。姫殿下から、レオンさんへの」
言うや否や、レミカは、自分の衣服の帯を解いていった。
「お、おいレミカ!?」
「にいさま」
リスフィーナがレオンを突き飛ばす。思わぬ不意打ちに男はよろけ、ベッドに身体を預ける形になった。
ルフィーナ、リスフィーナが2人がかりで、彼の身体を組み敷くように腕をとった。
「寝室まで、我慢しました」
男の頬に頬を寄せ、淫蕩に笑うルフィーナ。性急でたどただしい手つきで男の衣服をはだけさせ、露出した胸板にちゅっちゅっとキスを重ねてゆく。
「おねが…い、します。わたくし、たち、を……」
かすれ、途切れ途切れの声で、リスフィーナが男に囁きかけた。
犯してください、と。
***
ぴちゃ、ぴちゃと……
淫らな水音が奏でられる。
粘液が分泌され、かき混ぜられる音。
舌と舌が絡み合い、唾液をすすりあう音。
3匹のメスと、一匹のオスの裸体がうごめき、絡みあい、どろどろと溶けるように互いの身体をむさぼる。
すでにメスにはすでにかなりの量の精が注ぎ込まれ、幾度も絶頂を味わっていた。
その場で主導権を握っていたのは、オスだった。
「んっ、んん、あぁ……」
「ん、ちゅぅ……ん……ふぅ……」
瞳は恍惚と陶酔にどろりとにごり、唇は意味のないあえぎを漏らす。
双子の姫たちが、1つの肉棒を左右から舐めあっている。
つい先ほどまで自分の中に挿入れられていたそれを、丹念に清めていた。
ルフィーナが張り出したエラに舌をなぞらせ、リスフィーナが鈴口から少しだけ滲む先走りに舌を這わせる。
時折、肉棒を這い、姉妹の唇と唇とが近づく。双子はためらいもなくキスをした。
舌をからませ、男の匂いでいっぱいになった口の味を楽しむ。
「くちゅ……ちゅ……ちゅっ、じゅ、じゅる……」
あふれた唾液が口はしから垂れ、すでにべとべとになった男の肉棒をさらに濡らす。
「よく、仕込まれているんですね。ご自分の妹なのに」
拗ねたようにレミカが言い、ちゅ、と耳たぶにキスをする。
彼女はレオンの背中に小ぶりの胸を押し付け、子犬のように彼の頬や耳を舐めていた。
「人聞きの悪い……」
男は苦笑を浮かべた。
何度か出したためかなり冷静になっていたが、今さら、この場にレミカがいることを問う気は殺がれていた。彼女の膣にもたっぷりと注ぎ込んだ後だけに。
「んぅ……はあぁ、ぁふ、はぁ、はぁぁ……あっ、や……だめ、にいさまのが垂れてきちゃう」
肉棒を奉仕するリスフィーナがあせった声を出し、身をよじった。
つい先ほど犯され、たっぷりと注ぎ込まれた白濁液が、ごぽぉと彼女の股間から溢れ出ていた。
ひくひくとうごめく淫花からこぼれる精液が、太股に筋をつけてゆく。
「あら、もったいない」
レミカは嬉しそうに言うと、リスフィーナの背後に回った。男の肉棒に奉仕するため、四つんばいに近い姿勢でいた彼女の尻をつかみ、太股に垂れた精液を舐め上げていった。
「あ、ねえさま……」
汚いですから、と言おうとするリスフィーナに、うふふと彼女は笑った。
「レオンさんの匂いがする」
恍惚とした声だった。
「あっ、ダメ、吸っちゃダメ……にいさまの赤ちゃんの種が、なくなっちゃう」
「くちゅ…ちゅ……ちゅるる……」
リスフィーナの懇願にかまわず、レミカは彼女の蜜の混じった精を貪るのをやめようとはしなかった。
「レオンさんの味がする」
うっとりとつぶやき、濡れそぼつ姫の愛蜜と精液とをすすり上げる。甲高い声を出し、リスフィーナがあえいだ。肉棒奉仕で昂ぶっているうえに、敏感な部分を舌で刺激され、いやいやと何度も首を振る。幼い頃、孤児院でさんざ仕込まれた技巧を遺憾なく発揮し、レミカはリスフィーナを攻めた。
レオンはその光景にしばし見入り、好色な笑みを浮かべた。
「ルフィ」
「んっ、ふぁい、にいさま」
肉棒への奉仕を続けていたルフィーナが顔を上げた。
「また出したくなったけど、膣と口と胸のどこで味わいたい?」
「……はぅ」
恥じらっているのだろうか、ルフィーナは頬を染めて少し考えると、もじもじと答えた。
「にいさまのお好きなところにください。私の身体は、にいさまのモノですから」
「分かった。なら、四つんばいになってこっちにお尻を向けて」
「はいっ」
嬉々とし、命令に従う。両手から両肘にかけてを寝台につき、白い桃尻を男に向けた。
「にいさま……」
言外に、ご命令の通りにしましたとの意味を含ませ、男を呼ぶ。
腰に手がすえられる。期待にざわざわと膣がうねり、愛蜜がそれまでに男に注がれた精液と一緒にこぼれた。
亀頭が、膣の入り口へ添えられる。
ゾクゾクと、快楽への期待から肌があわ立った。
ぐじゅっ!
一気に奥を貫かれる。
「はぁぁうっ!」
奥を男の肉棒に突かれた瞬間、ルフィーナは絶頂に達しておとがいを逸らした。
身体に力が入らない。
肉棒が引くたびに逝き、突かれるたびに逝かされる。
「あぁ、はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ!」
身も世もなく、ルフィーナはあえいだ。
気持ちいい。
狂ってしまいそうなくらいに。
「出すぞ」
「は、はい。なかに、膣にくださいっ!」
あまりの快楽に朦朧とした意識のなか、ルフィーナは答えていた。
どくっ。
どくっ、どくっ、どくっ……!
肉棒が爆ぜ、膣内に白濁とした欲望が注ぎ込まれる。
くたり、とルフィーナはベッドに崩れ落ちた。
ぜえ、ぜえ、と荒い呼吸を繰り返し、たっぷりと注がれた自分の下腹部を幸せそうに見つめる。
「いいなぁ、ルフィ。にーさまの、せいえきをたくさんいただけて……」
それまでレミカと睦みあっていたリスフィーナが、そろそろと姉に近寄った。
瞳に、妖しい光が宿っている。
「悔しいから、私みたく吸い取ってあげるよ」
「や…あんっ!」
絶頂の余韻からひくひくと蠢く姉の淫花に、リスフィーナは舌を這わせた。
「レオンさん、次は私に清めさせていただけますでしょうか」
レミカが男に跪き、聞いた。
男は、答える代わりに女の頭を撫でた。
***
肉欲と、狂乱に彩られた一夜だった。
金色の髪の姫君達と、紅茶色の髪のメイド。
数え切れないほどキスを交わし、唾液を貪り、互いの身体を愛撫し舐めあった。
射精した回数も、絶頂に導いた回数も数え切れない。
目を閉じるだけで思い出される。
好き、というありふれた言葉も。気持ちいいというあえぎも。そして、私達は貴方のモノですという隷属の言葉も。
身も世もないあえぎ声と、女の甘ったるい汗の匂いが脳に染み付いている。
避妊のことなどまったく考えていなかったから、おそらく3名とも妊娠してしまったのだろう。
夜が白み、朝が来る。
はじめに起きたのは男だった。
身体にはおびただしい数のキスマーク。もはや互いの唇と指が触れていない場所など、とうになくなっている。
喉が渇いていた。
水差しを手にし、立て続けに2杯を仰ぐ。それから浅く早い呼吸を何度か繰り返して、ようやく落ち着いた。
毛布をはぐ。とたんに寒気を感じたが、それよりも全裸で横たわる女達の姿が目に入った。
皆、一様に顔には笑みを浮かべ、無防備に寝息をたてていた。
「これが、お前達の幸せなのか?」
レオンは、つぶやく。
女達は、答えない。
***
「ご主人様、朝食をお持ちしました」
エプロンドレスをきっちりと着こなし、メイドとなったレミカが朝食の乗ったカートを持ってきた。
顔は妙につやつやと輝いており、機嫌はすこぶるよさそうである。
事実、よい。
本日のレシピはトーストにサラダ、ゆでた卵にコーンスープ、スクランブルエッグとソーセージ、それにトースト用にブルーベリー、イチゴ、杏、オレンジのジャムと、羊乳のバターがそろえられていた。
料理ともいえぬほど簡素でありふれたものだが、素材のすべてが金の糸目をつけぬ高級品であり、焼きたてのパンの香りは食欲をそそった。
「ありがとうございます、ねえさま」
上機嫌でメイドをねぎらうルフィーナ。顔には終始笑みをたたえ、こちらも絶好調のようだった。
「ねえさまは、一緒にいただかないのですか?」
「いえ、ご主人様と姫殿下方に給仕をしなければなりませんので」
「姫殿下なんてそんな、他人行儀な呼び方はよしてくださいまし」
「そうそう、ルフィの言うとおり。呼び捨てで結構ですから」
「は、はぁ……」
「にいさまもむっつりと黙ってないで、何かおっしゃってください」
「なら聞くが、何故にレミカの呼び方がねえさまなんだ?」
「だって私達の近未来の旦那様の奥様で、姉さまの方が年上ですもの」
「そうそう、にいさまの奥様だからねえさま。何か間違っていますか?」
ルフィーナが答え、リスフィーナが聞き返す。
レオンは黙々と食器を並べるメイドに目配せし、その視線を受けて彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
「何かが間違っている気がする」
「気のせいです」
「そうそう、気のせい気のせい」
「奥様、か……」
確認するようにつぶやくと、レミカはぽややん、と呆けた顔をした。夢想の世界に旅立ってしまったらしい。
「にいさま、あーん」
ルフィーナがコーンスープをすくい、スプーンをレオンの口元へ持ってくる。
当然レオンは口を開かないが、無理な体勢をしているせいで、ルフィーナの持つスプーンがふるふると震えはじめた。
あーんをして食べねば、こぼれてしまいそうだ。
「何の真似かね、ルフィーナ君」
「実はアリエサス王家には、好きな殿方と朝を迎えた際の朝食は必ずこうしなければならないという言い伝えが……」
「そうそう、ちなみに飲み物は口移しが決まりです」
「リスフィーナ君、すぐそれと分かるぶっ飛んだ嘘をつくのはやめなさい。とにかく却下します」
「むぅ。にいさまのけち」
「小さい頃はよくしましたのに」
「口うつしで料理を!?」
レミカがびっくりして聞いた。レオンは苦笑する。
「口移しはないけど、食べさせるのはたまにやったな。今みたいに言い伝えがどうとかで騙されてたから」
「だから今回もだまされて欲しいのです」
「ほすぃのです」
期待のまなざしを向けるルフィーナ、リスフィーナ姉妹。
「……自分の歳を考えろ」
頭を抱えたくなるレオンであった。
***
そんなこんなでまったりと朝食を食べ進み、メイドが食器を片付ける頃には、4人の口数は少なくなっていた。
いつの間にか、空気が重い。
「レミカ、少し御遣いを頼んでいいか?」
レオンが言い、双子が揃ってレミカに目配せをした。
「はい、なんなりと」
「郊外の某という仕立て屋に服を新調していたのを忘れてた。受け取りにいってくれ。釣りはいらないから、何か昼食をとってくるといい」
「かしこまりました」
男が差し出した十数枚の金貨を受け取り、レミカは素直に部屋を出た。
「いい人ですね」
無邪気にルフィーナが言う。
「ああ」
「何で振ったんです? 私達に気兼ねして、だけではないでしょう?」
「気兼ねしたさ。2人には嫉妬心がないのか?」
「正直、心穏やかではありません。でも本当にそれだけですか?」
「それだけでしたら、私達とレミカねえさまが是と言えばコトは片付きますよね」
ルフィーナが問い、畳み掛けるようにリスフィーナが言い放った。
レオンは軽く目を閉じ、再び開くと険しい視線を2人に向けた。
「お前たちはレミカを廃人にしたいのか?」
「いいえ」
「リスフィーナは?」
「ルフィと一緒です」
「レミカに説明はしたのか?」
「一通りは」
「何について、どんな風に説明をした?」
「きちんと私やリスフィーナ――つまりはアリエサス王族――の垂れ流す毒について言いました。私達の傍にいるだけで心を奪われ、私達の命令に従うだけのクグツのようになると」
「さらに付け加えますと、にいさまがレミカさんを遠ざけたのは、レミカねえさまのことを気遣ってのことだとも言っておきました」
レオンは不愉快げに眉を吊り上げ、憮然としていった。
「余計なお世話だ」
「だってにいさまって甲斐性がないんですもの」
「リスフィーナ君、にいさまをからかうのはおよしなさい。というよりむしろ黙っていなさい」
「うぃー」
リスフィーナがふてくされつつも答える。よしよし、とルフィーナは妹の頭を撫でた。
「ともあれ、レミカねえさまにはきちんと説明しました。そしてその上で、にいさまの側室になるつもりはないかと尋ねました。彼女は答えました。”レオンさんが良いと言ってくれるなら、是非そうしたい”と。――もっとも、彼女にとってもっとも都合がよいのは、私達とにいさまの縁が切れて、にいさまを独占できることでしょうけど。流石にそれは私たちも嫌ですので」
「……」
「レミカねえさまの希望を元に、私たちはにいさまを呼んで仲直りの場を用意しました。そこから先は……昨日の夜にあった通りです」
「なるほど」
「納得していただけましたか?」
「できるか」
男は答えた。即答だった。
「僕がどんな気持ちで、レミカを遠ざけようとしたと思う? レミカのことも好きだが、それ以上にお前たちのことが好きだからだ。レミカかお前たちか、と問われれば、間違いなく僕はお前たちを取る。実際にそうした。未練もあったが歯を食いしばって諦めた。それが何だ。いまさらになって、冷えて燃え尽きたはずの未練を拾って燃やす愚か者が現れやがった。よりにもよってお前たちだ。これじゃまるで、僕が道化みたいじゃないか」
「ええ、その通りです。でも道化でもかまいません。私もリスフィも、それにレミカねえさまもにいさまの傍にいたいという気持ちは一緒です。その気持ちさえ大切にできるなら、見た目だの体裁だのは別にどうでもよいことです。違いますか?」
「なら聞きたい。ルフィもリスフィもそれで納得しているのか?」
「もちろんです。レミカねえさまはいい人ですもの」
ルフィーナが言う。
私も同じく、とリスフィーナが声を出さずうなずいた。
喋らなかったのは、先ほど姉に黙れと言われたからだ。
「僕は納得できない」
「んー。……できないですか」
「ああ、できない」
首を傾げ、頬に手を当てて、ルフィーナは視線をくるりと周辺に走らせた。
リスフィーナに目配せをし、レオンに視線を戻す。
「にいさまは、欲しくはないのですか?」
「何を?」
「本当の意味で、本心から好きだといえる人との未来を。
私では駄目です。どうあがいても、私では無理やりに好きと言わせてしまう。リスフィも同じです。私達の瞳は、見た者を魅了してしまう。
でも、レミカねえさまは違う。普通に過ごして、普通に行為を寄せ合って結ばれた相手でしょう? その相手を無理やりに捨てさせた挙句、『お前たちのために俺は不幸な道を選んだ』などとのたまわれても嬉しくありません。にいさまにはあの人が必要なのです」
「だからレミカを傍に置け、と。いずれまた人形のようになってしまうことが分かっているのに、か?」
「彼女はそれを望んでいます。にいさまが、私達の傍にいることを選んだのと同じように」
ぐさり、と。
最後の言葉が、レオンの心に突き刺さった。
反論することができなかった。自分はもう、ルフィやリスフィの元から離れることはできない。するつもりもない。
レミカはどうか?
同じではないのか?
人を操る能力などきっかけに過ぎない。
その先にある麻薬に似た快楽を知ったら――もう、逃れられない。
昨夜に演じた、狂乱のように。
「なるほど、それが”プレゼント”か」
「はい、そういうことです。後はじっくりと考えて、自分で答えを出してくださいまし。私たちもレミカねえさまも、にいさまの決定に従いますから」
「それがどんな決定でも、か?」
「私とリスフィは、心も身体もにいさまに捧げました。だから捨てることも含めて、にいさまの自由です」
臆面もなく、ルフィーナは答えた。無理に言っているのではない。微笑みすら浮かべていた。
ふぅ、とレオンは息を吐いた。
次いで、ばしっ、と自分の顔を叩く。
「分かった。後悔するなよ」
***
煌々と、星が輝いている。
もう夏も終わりに近いな、とリスフィーナは思った。夜だからということもあるが、空気が寒くなり始めている。
夜のテラスで、再び双子はお茶会を開いていた。
リスフィーナにはお子様用のホットミルク、ルフィーナには大人のためのブランデー入りの紅茶。
ちびりちびりとすすりつつ、星空を見上げていた。
「今頃、にいさまはねえさまと仲直りしているんでしょうね」
「でしょうね。うらやましい」
ルフィーナが言い、リスフィーナが口をヘの字にして答えた。
2人は言われずとも分かっていた。あの男がどんな決定を下すのか。
目を見て、瞳の奥の光を覗く。
それだけで、何を考えているのか察することができる。
決して見たくないはずの本心まで、見えてしまう。
「リスフィーナ君、にいさまのことどう思う?」
「大好き」
即答した妹に、「あ~、はいはい」とルフィーナは手を振った。
「違う違う。そんな当たり前のことじゃなくて、これから先も私達の傍にいて、壊れないでいられるかってこと」
「ああ。きっと、大丈夫だと思うよ。レミカねえさまが隣にいれば」
「何故そうなるの」
「にいさま、自分よりも弱い立場の人がいると強くなるから。僕が守らないと、ってね」
「ぬぅ。ますますもってねえさまがうらやましい……」
「うむ、まったく」
肯いてから、リスフィーナは低くうなった。
「操ろうとしたつもりが、いつの間にか操られてるわね」
「何よ、それ」
「本当は、にいさまに復讐してやるつもりだったの」
「……何よ、それ?」ルフィーナは訝しげな顔で、妹を見た。
「10年前、出会ったばっかりの頃、些細な喧嘩で私がにいさまに殴られたことへの仕返し。途中までは上手くいったんだけどね。ほら、ルフィがにいさまを刺したでしょう? 毒の塗りつけたナイフで。あれは実は私の差し金。私がルフィを操って、そう仕向けたの。毒は致死性はないけどしばらく動けなくなるものを選んだわ。毒の種類も死ってたから処置も当然分かってた。そうしてにいさまを看病するふりをして、私と仲良くなるように仕向けたの。そうした方が操りやすいから」
目を見開く姉の前で、うふふ、とリスフィーナは笑った。
「心の奥の奥まで堕として、私なしでは生きられないところまで仕向けた後に、こっぴどく振ってやるつもりだったわ。でもできなかった。にいさまと再会して、ルフィと一緒ににいさまに抱きついたり話しかけたりした時に気づいたの。いつの間にか私は、この人に本気で惚れていたんだな、って。にいさまに抱いていただいて、それは確信に変わったわ。
後はもう、夢中でにいさまの為のハーレム計画を練ってた。そのときの私の頭の中は、どうやったらにいさまが気に入る世界を与えられるかだけ。私と、ルフィと、レミカさんと、にいさまが仲良くできたら、きっとにいさまに喜んでいただけるだろうな、って具合にね」
「……馬鹿ね」
「うん、馬鹿です」
「黙っていれば分からなかったことを、何で私に話すの?」
「馬鹿だから、よ。罪を1人で抱え込むのがめんどくさくなっちゃった。それにね、この先どんな状況になっても、ルフィには疑って欲しくなかったの。私がにいさまに惚れてること。性欲とか、一時の好奇心だけのつながりじゃないってこと。にいさまには言えないから。言ったら、きっと嫌われるから」
言ううち、リスフィーナの顔は泣き笑いになった。
「ごめんなさい、ルフィ」
「……」
頭を下げた妹に、ルフィーナは深く深くため息をついた。
十と数秒、見下ろす。
そして、ぽむ、と妹の肩に手を置いた。
「ルフィーナ君」
「はい」
「今から2人の世界に乱入したら、にいさまは怒るかしら?」
「え?」
「まだ抱き合っていたらゴーサインで。眠っていても乳繰り合っててもかまいはしないわ。というわけで行くわよ」
「え。え、ええ?」
「私は許してあげる。にいさまも、きっと許してくださるわ」
妹にウインクし、ルフィーナは歩き出した。
「私たちが、心から惚れた相手ですもの」
あとがき
春日野です。この話はここで一応の仕切りを迎えます。ここまでで足掛け数年。見苦しい改訂も行い、サイト管理人様および読者の方に多大な迷惑をおかけしました。ごめんなさい。そして何より痛いタイトルでした。しかもMCも濃いとはいえないし。ただ、投稿するたび、常に次はもっと良くしようと心がけていたつもりです。
最後に、感謝を。このクソ長い話に付き合って下さった読者の方、掲示板で感想を下さった方、IRCにて適切な批評を下さった方、本当にありがとうございました。この場を借りて深く御礼申し上げます。
< 完 >