ドールメイカー・カンパニー (15)~(16)

(15)見えないレール

 映美は駅の方向に向かって歩いていた。
 単純な一本道だ。10分も歩けば着く。
 たしか駅前には交番もあったはずだ。
 わき目も振らず小走りに進んでいた映美だったが、その歩みがふと止まった。

 (えっ?どうして・・・)

 映美は自分でも驚いて足を見下ろした。
 そして足を前に踏み出そうとして・・・、映美の背中に冷や汗が噴き出した。
 出ないのだ。
 いきなり前に出す方法がわからなくなっていた。
 映美は驚き、背後を振り返った。

 誰も居ない・・・

 (どうしてっ?!)

 動転した映美の脳に、そのとき始めて見慣れた構えの店が認識された。

 サンサン・マート

 映美はコンビニの前に立ち尽くしていたのだった。

 (そういうこと・・・。そういうことなのねっ!)

 映美は、相変わらず自分は“きつね”くんに捕らえられたままだということを理解した。
 会社の敷地から出れない状況と何ら変わっていない。ただ少しその範囲が拡大しただけだったのだ。
 映美は見えないレールのうえを走らされているだけだったことを認めないわけにはいかなかった。

「チクショウ。陰険キツネ!」

 なげやりに呟くと、映美は悄然とコンビニに入っていった。

「いらっしゃいませ~」「ようこそ~」

 お決まりの挨拶に迎えらえれて籠を手にした映美は、目当てのコーナに足を向けた。どの店もほぼ同じレイアウトだ。

「え~と、ラーメンは・・・と」

 手を伸ばしかけた映美の動作がとまった。
 醤油、塩、味噌と並んだラーメンのとなりが空いているのだ。そしてその隣からはウドンのカップが並んでいた。

「やだ、品切れ?ダサァ」

 憤然として顔を上げた映美は、次の瞬間、或ことに思い至り目を輝かせた。
 そのまま籠を戻すと外に出た。
 そして小さく呟いた。

「ここにはトンコツ・ラーメンは無かった。別のコンビニに行かないと手に入らない」

 そして一歩を踏み出した。

 足は・・・前に出た!

 映美は透明な壁をひとつクリアしたのだった。
 映美は先ほどとはうってかわり、ゆっくりと歩きながら“きつね”くんの暗示を推測した。

 (多分、今朝と同じように誰か他人に助けを求めようとしても声が出なくなるのよね。それにコンビニより遠くへは行けないのも確かだわ。じゃあ・・・寄り道はどう?)

 映美は1ブロック先にコンビニがあるのを確認すると、とりあえず近くの本屋に立ち寄ってみた。
 自分の足取りを慎重に確認しながら入り口をくぐった。

 (OK。入れる。)

 次に手近な棚から文庫を取ると中身も確かめずにレジに向かった。

「いらっしゃいませ。有難うございます。」

 店員に本を渡す。財布を開ける。金を払う。本と釣りを受け取る。
 映美には全ての行動が実験だった。
 ここまでは問題なかった。
 少なくとも“きつね”くんが指定した以外のものも買えるようだった。

 次の実験・・・

「あ・あのぉ~・・・駅は向こうでしたっけ?」

 声が出ることを確認し、適当に雑談をしてみた。

「あ、はい。この道まっすぐですよ。」
「そうですか。有難うございます。」

 映美はほっと胸をなでおろした。

 (上出来!)

 店を出るとコンビニまでの間に有る店を確認した。
 パン屋、クリーニング店、靴屋、喫茶店、電気屋、文具店・・・
 小さな商店街となっているため、雑多な店が軒を連ねていた。

 映美にはちょっとした狙いがあった。
 目的の店の前に立つと「私は助けを呼ぶつもりは無い」と小さく呟き、店に足を踏み入れた。

 カラン、カラ~ン

 電子音に迎えられて入ったそこは、小規模な電気屋だった。
 家電の小物を中心に扱っているようだ。
 MD、CDプレーヤ、最近売り出しているメモリ・オーディオ・プレーヤといったポータブル・オーディオ機器、炊飯器やレンジといった調理機器、掃除機、冷暖房機器といったところだ。
 映美は期待半ばでショウケースを覗き込んでいった。

 (有った!)

 意外とすぐに目的のものが見つかった。
 映美はもう一度「私は助けを呼ぶつもりは無い」と呟いた後店員に声をかけた。

「すいません。これ幾らです?」

 すぐに中年の店員が映美のところへやってきた。

「有難うございます。この製品でしょうか?」

 手際よくショウケースを開け、映美が指し示す製品を取り出した。

「これですと・・・19000円となりますが」

 映美は財布を検めた。
 1万円札が10枚以上は有りそうだ。

「じゃあこれ下さい。」
「はい。有難うございます。こちらの製品ですとお色が3色ありますが・・・」
「これで良いです。それより、これすぐに使いたいから包装は要りません。それに電池とか要るんなら一緒に下さい。あと使い方も教えてください」
「あぁ・・はぁ。かしこまりました。ではしばらくお待ち下さい。」

 そう言うと店員は一旦レジに向かい清算をしてから中身を取り出して説明をしてくれた。
 シンプルで簡単な操作だったのであまり時間は掛からなかったが、それでも来てから15分は経っていた。
 映美が買ったもの、それはICレコーダだった。
 最長で17時間も記録できる。
 ウォー○マンでは精々30分だし、動作音もある。その点これなら無音で長時間、しかもかさばらない。
 小さな春巻き程度のその機械をポケットに突っ込むと映美は急いでコンビニに向かった。

(16)決意

 映美が再びビルのエントランスに着いたのは出発してから20分後だった。
 これ以上遅れると何をしていたかを誰何されてしまいそうだった。
 しかし映美はエレベータのインジケータをチラッと見ただけでその前を通り過ぎ、奥へ駆け込んでいった。
 目当ては女子トイレだった。
 幸い誰もいない。一番端の個室に入ると下着と一緒にズボンを膝まで下ろした。
 映美が最も苦心したこと、それはどうやってICレコーダを持ち込むか・・・だった。
 生半可な隠し方では通用しない。
 敵は映美の体を自由に出来るのだ。
 探すつもりは無くても、余興で素っ裸にさせられる事だって充分に考えられる。
 そんな時隠していたレコーダが出てきてしまっては、映美の考えなど一目瞭然である。
 映美が使える隠し場所は1つしかなかった。

 ポケットからレコーダを取り出すとビニールに包まれていることを確認した。
 そしてそれを逆手に持つと手探りで自らの尻の穴にあてがった。
 購入する時に一番小さいのを選んだのだが、その大きさが丁度自分のアヌスをを犯していった“あらいぐま”のペニスと同じくらいの大きさだったのだ。

 ぐっと押し込む。
 しかし意外と入りづらい。ビニールが伸びて切れそうだった。

「えっ・・・もう、どうしてっ」

 映美は焦ったが上手くいかない。

 一度力を抜くと“あらいぐま”のした事を思い出そうとした。
 すると直ぐに閃いた。
 時計を見るともう23分だった。

 (時間が無い!)

 映美はいきなり自分の指を2本口に入れ、タップリと唾液を付けた。
 そしてその指を今度は自分の前の穴にずぶっと挿し、大胆に動かし始めた。
 今日だけで4人に犯され続けた媚肉は敏感に反応し、忽ち粘っこい液体を分泌し始める。
 それを待っていたかのように、映美はレコーダを強引に媚肉に咥え込んだ。

「あぅんんふぅっ」

 硬い異物が肉を押し広げ体内に突き刺さった。

 ぐちょぐちょっ・・・

 何度か出し入れして充分に粘液をまぶすと、ずぼっと引き抜いた。
 ビニールの表面がヌラヌラと光っている。
 それを再び後の穴にあてがうと、ゆっくりと押し込んだ。
 今度は成功した。硬い金属の棒がズルリズルリと映美の腸内に押し込まれていく。

「く・・・んん・・・はぁぁ」

 最後のビニールの切れ端を押し込み、映美はようやく一息をついた。
 そして手早く股間を拭うと、休む間もなく服を整え駆け出していった。

 チンッ!

 クラシカルな音と共にエレベータの扉が開いた。
 正面には出てきた時と同じように“株式会社DMC”と書かれたドアが開け放たれている。
 映美は覚悟を決めてその中へ入っていった。
 そのまま受付の前を通り過ぎようとすると、受付の背後にある扉が開き小柄な女性が顔を出した。

「あらっ、あのぉ済みませんが・・・どういったご用件でしょうか?」

 静よりも若い・・・二十歳そこそこに見えるちょっとおっとり系の顔立ちをした女性が、すこし困惑気味に誰何した。

 たしかに今の映美はジーンズにポロシャツといった軽装で手にはコンビニの袋を下げている。
 探偵社に相談にきた客には見えない。

「えっと・・・あのぉ」

 映美は一瞬返答に窮した。

 (“きつねに頼まれて・・・”って言って果たして相手に通じるのかしら?)

 しかし、そこにタイミングよく別の声がかかった。

「あら・・・駄目じゃないですか。勝手に外出しちゃ」

 静である。
 そして受付に顔を向けると「きつねさんのクライアントさん」と言った。
 受付の女性はそれだけで納得し映美に挨拶をして奥に引き返していった。

「どうしたの?時間に来ないから心配してたのよ」

 そういって静は映美のコンビニの袋に視線を走らせた。

「あ。“きつね”・・・に、頼まれて」

 映美はそれを言葉に出してみて、何故かひどく言い辛い思いをした。
 静は“ふ~ん”と言って袋を覗き込む。
 そしてニッと笑い、映美の尻をポンと叩いた。

「いいのよ。わざと言いにくい言葉遣いをしなくっても」
「なっ、何のことよ!」
「“き・つ・ね・さ・ま”って言えばいいのに。そう言いたいんでしょ?」

 映美はあっけに取られた。

「何言ってるの。あ、貴女、私がどんな目に遭ってるか・・・知ってるくせに!」
「あら?違うの?何だか必死の形相で戻ってきたから、よっぽど“きつね”くんに早く食べて貰いたいのかなって思ったんだけど・・・」

 それを聞いて映美は一瞬ヒヤッとした。

「そ、そんな訳無いでしょ。逆よ!遅くなったらどんなことされるか判ったものじゃないじゃない」

 静は疑わしそうな顔つきだったがそれ以上追及はしてこなかった。

「それで“きつね”くんは?何処にいるの?」
「部屋よ。おやすみ中。」
「そぉ。判ったわ。じゃあ映美さんは、あとは“きつね”くんの指示で動いてね。夕食は7時だから。また会議室だと思うわ。」

 静はそれだけ言うと事務所の中に去っていった。
 ひとり廊下に取り残された映美は、全身に脱力感を覚えていた。
 思っていた以上に緊張していたようだ。

 (一刻も早くICレコーダを体内から取り出して、隠してしまいたいっ)

 これが映美の本音だった。でも、その前にまず“きつね”くんに食事を届けないと本当に疑われてしまいそうな時間だった。

 コンコン・・・

 返事はなかったが、映美は一拍おいてドアを開けた。
 部屋の明かりは出かけた時と同じように灯っていて、ベッドの上には布団に包まって熟睡している“きつね”くんが居た。
 映美はほっと息を吐いてベッドサイドに立った。

「ちょっと。起きて。買ってきたわよ!」

 映美は“きつね”くんの肩に手を置いて強引に揺すった。

「う~ん」

 “きつね”くんの目は依然閉じられたままだったが、手探りで映美の体を抱き寄せた。

「えっ、ちょっと待って、ねえ・・・」

 映美は焦って声を上げるが無論、体の方は一切抵抗しない。
 “きつね”くんの上に覆い被さってしまい、彼の好きなように身体をまさぐらせてしまう。

「ん・・もう・・・ご飯買ってきたのよ。食べないのぉ」

 映美が自由になるのは口だけなので、必死に“きつね”くんの耳に向かって訴えた。

「食うよ・・・。もう・・・はわぁぁああわぁ」

 ようやく“きつね”くんが目を開け、欠伸とともに映美を解放した。

「何時ぃ今?」
「3時40分です」
「そう・・・少しスッキリしたかなぁ・・・」

 “きつね”くんは赤い目をしょぼつかせながら、映美の差し出すペットボトルを受け取り茶を流し込んだ。
 そして袋からカップラーメンを取り出すと映美にポンと放り投げた。

「お湯頼むよ。」
「・・・はい」

 給湯室でお湯を注ぎ、ラーメンを盆に置くと映美は直ぐに取って返した。さすがにレコーダを取り出している時間はない。
 部屋に戻ると“きつね”くんは既にサンドイッチを頬張って、お茶で流し込んでいる所だった。

「何処に置きますか?」

 盆を両手に持って映美は訊いた。
 部屋に備え付けの机は資料で一杯になっている。
 ソファの前にはローテーブルもあるが、こちらもやはり資料とスナック菓子が散乱していて置き場所は無い。

「片付けましょうか?」

 映美は溜息混じりに訊いた。

「いいよ、そんなこと。めんどくさい。ここでいいよ。」

 そう言って“きつね”くんはベッドの上に胡座を組んだまま手を伸ばした。
 映美はお盆ごとラーメンを渡した。

「ありがと」

 ニッコリ笑って受け取る“きつね”くんを見ていると、一瞬映美はまるで弟の世話を焼いている姉のような気分になった。
 しかし、後がいけない。

「じゃあ映美は、全部脱いでこっちに来て」
「なっ!何よそれっ!」

 (一体どうしてそうなるのよっ)

 まるで脈絡のない展開だが、命令は命令。例によって映美の体は自動的に動いている。
 あっという間に素っ裸になった。
 形の良いバストが“きつね”くんの目の前でプルプルと震えている。

「ここ来て。四つん這い。」

 “きつね”くんは両手がふさがっているので顎でベッドの上を指した。
 丁度ベッドの上で胡座をかいている“きつね”くんの目の前に映美の四つん這いの背中が来るような位置で固定された。

 (これってもしかして・・・)

 映美が訝しんでいると、案の定お盆ごとラーメンが映美の背中に置かれた。
 映美は即席のテーブルにされてしまったのだ。
 男なら誰でもむしゃぶりつきたくなるような官能的な肉体がベッドの上で四つん這いのまま身動き出来ずにいる。重たげな乳房が重力に引かれ、更に大きさを増している。秘められるべき秘唇もアヌスも露わとなり、視線を遮るものも無い。
 にも拘わらず・・・

 ズッ、ズズ、ズルズルズル・・・

 “きつね”くんがむしゃぶりついているのは、ラーメンの方だった。
 左手で器用に箸を操りながら、空いた右手は重たげな乳房を弄って遊んでいる。

「う~ん。美味しい。やっぱトンコツだね。映美も食べてみる?」
「・・・」

 しかし映美の返事はない。

「ねえってばぁ」

 “きつね”くんは指先で映美の乳首を抓み引っ張った。

「っらないわよっ!」

 どうやら“おかんむり”のようだった。

 丁度その時だった。
 ノックの音もなく部屋の扉がいきなり開いた。

 ずぞぞぞぞぞぞ・・・

 “きつね”くんはラーメンをかっ込みながら目だけ上げて見た。

「あれ?“きつね”、今日来てたんだ」

 入ってきたのは“あらいぐま”だった。

「徹夜っすよ。どうしたんです?」
「いや・・・ちょっと休憩しようかなぁって」
「相変わらず絶倫ですね。1時間前に抜いたばっかでしょ?」
「へへへ。ま、そうなんだけどね」

 そう言いながらも“あらいぐま”の視線は映美の尻に向けられている。

 (うそっ?なんで!)

 驚いたので映美だった。
 裸で身動きが出来ないよう固定されている状況で、さっき映美の尻を犯していった“あらいぐま”が再びやって来るなんて・・・

 (最悪っ!!)

 映美は思いっきり動揺したが、幸か不幸か催眠で固定されている身体はピクリともしない。
 “あらいぐま”は当然のように映美の尻に手を這わせると肉襞を掻き分け女の穴に指を潜り込ませた。
 直ぐにピチャピチャという音が聞こえて来る。

「止めてよ!嫌なの!あんただけは、絶対にぃ」

 無駄だと知りつつも映美は声を上げずには居られない。

 ずぞぞぞぞぞぞ・・・

 “きつね”くんはこの騒ぎには無関心にラーメンを啜っている。
 やがて前の穴で充分に滑らせた“あらいぐま”の指が、後の穴にあてがわれた。

 (駄目・・・見つかっちゃうっ!)

 しかしこの映美の絶体絶命のピンチを救ったのは、意外にも“きつね”くんだった。

「ちょっと、“あらいぐま”さん。俺、飯食ってんだからケツはやめてよ」
「おっと、悪りぃ。こいつが挑発するもんだから、調子に乗っちまったよ」

 そう言うと“あらいぐま”は素直に指を引っ込めた。

「また後で貸してくれよ。ちょっと面白いこと考えたんだ。」
「残念でした。映美はもう貸し出し終了だよ。こんど怜ちゃんを貸してあげるから、それまで待ってて」
「怜?あの腐れアマか・・・」

 “あらいぐま”は無意識に首を撫でている。昨夜やられたところだろう。

「良いねぇ。あの鼻っ柱を叩き潰してやるさ。ぼろ雑巾みたいにグチャグチャに痛めつけて、泣きながら許しを乞うところをケツの穴に突っ込んでやるさ。」

 “あらいぐま”はすっかり鼻息が荒くなっている。しかし急に気付いたように言った。

「あれ?でも“ぱんだ”さんは?」
「当分休場だって」
「ふ~ん。で、“きつね”が代役ってわけか・・・」
「まあ、そうゆうこと」
「ものに成りそう?」
「判んない。まだ様子見だから」
「そおかぁ。あ、だから徹夜ってわけか。大変だよな、新人なのに初出荷を前に他人(ひと)のフォローじゃ」
「うん。ま、そういう訳で映美は明日出荷することに急遽決まったんだ」
「えっ。明日かよ」

 “あらいぐま”も驚いていたが、誰より驚いたので映美自身だった。

 (なっ・・・何ですって!それじゃあ、脱出は今夜しか無いじゃない!)

「そ。とてもじゃないけど2人同時には面倒見きれないからね。映美はとっとと出荷して怜に集中するさ」

 ラーメンの汁を飲み干してカップをゴミ箱に放り投げながら、“きつね”くんは言った。
 焦りまくって脱出案を検討し始めた映美の耳にも“きつね”くんのこのセリフが聞こえてきた。
 一瞬、映美の脳裏に昨夜の怜の姿が蘇る。

 すらっと背が高く、それでいて出るべきところはしっかりと主張しているボディ、そして猫のような身のこなしと狼のような気迫・・・
 その気高く、そして力強い生命力に溢れた動きを思い起こした途端、何故か映美の胸の奥に重い痛みが走った。

 (えっ?何?何なの?)

 映美は自分でもよく判らない身体の反応に戸惑っていた。
 驚くべきことに、あの磐石だった腕に細かな震えまではしっている!

「ナルホドネ。それじゃあ仕方ないか・・・」

 “あらいぐま”は腕を組んでそう呟いた。

「あ・・じゃあ、マインド・コーティングのアンプルはどうした?もう使用申請した?」
「ああっ。そうだ、それ忘れてた。“くらうん”さん、居た?」

 “きつね”くんは目を丸くして“あらいぐま”を見詰めた。

「あぁ、居たよ。だけど今は会議中だったと思うぞ。たしか・・・5時までだったかな」
「そっかぁ。じゃあ間に合うな。助かったぁ・・」

 “きつね”くんは大きく息を吐いた。

「それじゃあ、これで映美ともお別れって訳か。へへへ、残念だねぇ。もっと色々遊んでやろうと思ってたのによ」

 “あらいぐま”は、そう言って映美の顔を覗き込んだ。しかし途端に奇妙な表情になった。
 そして頭を軽く振ってから“きつね”くんを振り返り言った。

「“きつね”先生ともあろうお方が、最後にちょっと手抜かりかな?」
「ん、何?」

 目で問い掛ける“きつね”くんだったが、“あらいぐま”は肩を竦めるとそのまま部屋を出ていった。

「映美?」

 不思議そうに問い掛ける“きつね”くんの言葉に映美が顔を向けた。
 そこには、頬をつたう涙の処置にちょっと困ったような表情で“きつね”くんを見返す映美がいた。

「なによっ。なんでそんな風に見るのよ」

 “きつね”くんが驚いた表情を浮かべているのを見て、映美は怒ったように言った。

 “きつね”くんの手が不意に伸び、映美の頬にかかった。
 指で涙の跡を確かめるようになぞりながら、何かを真剣に考えている。
 そして、やがて何か結論に達したかのようにふうっと軽く息を吐いた。

「少し張り切りすぎたかなぁ・・・。まだまだだね、俺も。ドールのバランスもとって遣れないなんて」

 小さな呟きと共に“きつね”くんは微かに口の端を歪めると、後ろから映美の体に手を回し映美を抱き起こした。
 忽ち映美の硬直は解け、“きつね”くんの胸に寄り掛かるように体を預ける。
 “きつね”くんはまるで手相を見るように映美の背後から映美の手を操り、右手の掌を上に向けさせた。
 そして自分の指をその掌の上で滑らした。

「何て書いたか判る?」
「・・・エヌ?」
「じゃ、次は?」

 掌の上で指が丸い軌跡を描く。

「オー・・・でしょ?」
「これは?」

 指は縦にすっと動いた。

「アイ?」

 無言で“きつね”くんの首が振られる。

「じゃあ、イチ・・・ね?」
「『N』、『O』、『1』。ナンバーワン。掌を見てごらん。ほら、くっきりと浮かび上がっているだろ。映美の目にしか見えないけど、これは一生消えない映美の番号だ。社会人になった俺の第1号の催眠ドールとしての紋章だ。」
「一生・・・?消えない・・・?」

 映美のか細い声が、微かに開いた口から漏れた。
 何かを確かめるような、心に刻み込むような、そんな口調だった。

「ああ。絶対に。何があっても」

 “きつね”くんの自信に溢れた言葉が映美に染み込んでいく。
 それと共に、先ほど感じた違和感がいつのまにか何処かに消えてしまっていた。
 そして反対に腹の底から闘志が湧き上がってきた。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと!!何勝手なこと言ってんのよ!私は私よ!ふざけないでっ。誰があんたのドールよ。勝手に掌に紋章なんか書かないでよっ!」

 すごい剣幕である。

「ははは・・・もう手遅れだよ~。消えないよ~」

 “きつね”くんも、いつもの悪戯ぎつねモードに突入している。

「いい気にならないでよね。いつかきっとあんたの弱点を見つけてやるから。憶えてなさいよ。私、あんたが考えてるより何倍もしつこいんだから。」
「おっかねえなぁ。そんなに睨まないでよ」

 “きつね”くんはそう言って、映美の後ろから抱きついたまま顔を引き寄せキスをした。
 じっくりと時間をかけ映美の口の味わい尽くすかのような濃厚なキスだった。
 チュバッと音を立てて唇が離れると、二人は恋人同士のように見詰め合った。

「5時まで自由時間をあげる。ここでの最後の自由時間だよ。それまではどこに居てもいい。勿論、もう外へは出れないけどね」
「5時から・・・何をするの?」
「総仕上げ」
「え?」

 “きつね”くんの答えに映美の鼓動が早まった。

「要するにお客さんに気に入ってもらうために身も心もリフレッシュするのさ。出荷前の最終調整ってわけ。」
「『身』も『心』も・・・」
「そうだよ。『身』は一流のエステティシャンや美容師に磨き上げてもらうのさ。そして『心』は俺が仕上げてあげるから、何の心配も要らないよ」
「私・・・誰に売られるの?もう決まってるの?それともセリにかけれらるの?」

 映美はここに来て始めて自分が売られるということを実感として捉えた。

「当社は完全な受注生産です」
「誰なの。私を注文したのは一体誰なの?!」
「それは対面する時までのお楽しみっ」

 そう言って“きつね”くんは映美を離しベッドから降りた。

「あと、俺は5時まで怜のところに居るけど邪魔しないように。時間まで8号室には来ちゃ駄目だよ。時間になったらここに来るから映美もここに戻ってこいよ」

 “じゃ、またあとで”と言い残して“きつね”くんは姿を消した。
 一人部屋に取り残された映美は、ドアの閉まる音で体の自由を取り戻した。
 しかしベッドからは降りず、上体を起こしたまま自分の体を見下ろした。
 豊かな乳房が大きく張出し、その谷間越しに綺麗に刈り取られたつるつるの肉のスリットが見える。
 あと1時間程で、この体は何処かの男の所有物となる。

 これが最後のチャンスだ。

 映美はそのまま布団に潜り込み、息を殺した。
 通路を通る物音が気になる。
 しかしいつまでも迷っている時間は無い。もう一度“あらいぐま”がやって来たらお仕舞いだ。
 映美は決心すると、布団の中で下腹部に力を込めた。
 硬い感触がおなかの中ではっきりと感じられる。
 映美の指が自らのアヌスに静かに沈んでいった。

< つづく >

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