(11)小さな亀裂(前編)
ドタドタ、ドドドドッ!
『だっ、だ~っずげでぇ~~っ!!』
次のターゲットの資料に目を通していると、部屋の前の通路を物凄い地響きと、妙に汚らしい悲鳴がとんでもないスピードで通り過ぎて行った。
まるでサラウンドシステムで聴いているようにハッキリと音像が浮かんでいる。
気のせいかドップラー効果まで聞き取れた感じだ。
「ふぅ。なんなんだい、ったく・・・もう」
男は集中力を途切らせてしまったので、一旦椅子から立ち上るとドアを明け、廊下に顔だけ突き出して、音の行方を探った。
しかしその時にはもう音の正体は社長室の中に消えていて、勢い良くドアが閉まるところしか見えなかった。
男は小さく肩を竦めると呟いた。
「“あらいぐま”くん・・・だろうなぁ。あの落ち着きの無さは」
そして代わりに“あらいぐま”が駆けて来た方向に視線を向けてみた。
すると全く気配を感じさせずに1人の女が目の前に立っていた。
「うわっ!」
男は驚いて思わず後ずさりしたが、すぐに女の見事なビーナスのような裸体に目が釘付けとなった。
そして視線が顔に辿り着く前に、反対に声を掛けられたのだった。
「あら。お久しぶりです、秦野さん・・・あ、ここでは“ぱんだ”さんでしたっけ」
懐かしい聞き覚えのある深い声色が、びっくりしたような表情を浮かべた男、“ぱんだ”の耳に届く。
「・・・怜」
“ぱんだ”は3ヶ月ぶりに会う怜を、まるで幻に出会ったかのように見つめた。
あの日、催眠を打ち破られ、裏切りを看破されてしまったにも拘わらず、今目の前に居る怜はまるで初めて出会った時のような眼差しで“ぱんだ”を見詰めているのだ。
(そうだ・・・こんな瞳だった。強く激しい、まるでエネルギーの塊のような瞳なのに・・・何故か優しい)
“ぱんだ”の意識は怜の瞳に吸い込まれ、一瞬にして6ヶ月前の初夏のあの日に連れ去られてしまっていた。
それまで“くま”や“とら”といったマインド・サーカス創始メンバーのアシスタントをさせられていた“ぱんだ”にとって、それは始めての一人立ちした仕事だった。
ターゲットは県警の女刑事、しくじる訳には行かない。
気負いこんだ“ぱんだ”は写真で一目みた時から怜に特別な感情を抱かざるを得なかったのだ。
(絶対に落とすっ!俺の・・・最初のドールになるんだっ、怜!)
そして綿密に立てられたシナリオ、先輩達の支援による完璧な状況作り、まるで水が流れ落ちるように自然に怜は“ぱんだ”の罠に転がり込んできたのだった。
廃屋に潜み息を殺す二人、殺気立ったヤクザが押し殺した声で直ぐ近くを行き来している。
絶体絶命の中で生じるギリギリの連帯感、信頼・・・怜が『秦野』の声に耳を傾ける・・・真剣に、そして緩やかな抑揚で『秦野』の声は続く・・・
次第に怜の視線から力が抜けてくる・・・焦点がずれる・・・頭ががくんと前に倒れ、そして“ぱんだ”の胸に顔を埋めた・・・
生涯忘れる事が出来ない、歓喜の一瞬だった。
(遂に一人立ち出来たっ!遂に怜を俺のドールに出来たんだっ!)
そして、その夜“ぱんだ”は始めてアジトに怜を連れ込み、その体を抱いた。
それまで落としたどんな女とも比べようが無い完璧な肉体だった。
まるで中学生のように果てても果てても押さえきれない欲望が湧き上がり、何度も怜に注ぎ込んだ。
生涯最良の夜を過ごしたのだった。
しかし・・・続いて生じたのは悪夢のような出来事なのだった。
催眠深化が出来ないのだ。
どんなに繰り返しても、どんな手段を用いても、怜は必ずそれを乗り越えてくるのだ。
信じられないほど強く、そして柔軟性に満ちた精神構造をしていた。
一旦は深化し従順になっても、次の日には、3日後には、1週間後にはまた元の怜に立ち戻っていた。
期限は刻々と迫る。
“ぱんだ”は追い詰められ、寝る時間も惜しんで怜に入れ揚げた。
そしてその結果出来上がったのが、あのロボットのような鎧で心の全てを覆い尽くした怜だった。
あれがギリギリだった。
ギリギリ仕様書の要求に答えられる、“ぱんだ”の最後の回答なのだった。
しかし・・・それさえも怜は打ち破った。
あの時の怜の眼差しを、“ぱんだ”は一時も忘れた事は無かった。
信頼を裏切り、利用した事を看破した怜の燃え上がるような憤怒の瞳・・・
『きっ、貴様ぁっ!よくも~っ!!』
蹴り飛ばされた喉よりも、その一睨みのダメージが“ぱんだ”を沈めた。
(もう駄目だ・・・あいつはジョーカだったんだ。もう、この会社は終わりかもしれない・・・。もう誰も怜をコントロール出来やしないっ。たとえ“くま”さんでも、“とら”さんでもっ!)
これが“ぱんだ”の正直な感想だったのだ。
だからあの日“きつね”くんに代役を頼んだ時でさえ、“ぱんだ”は全然あてにしていなかった。
ルーズ・コントロールの女刑事を世に出す訳には行かない。
最後は自分の手で怜を殺す事まで覚悟していた。
それが・・・たった1週間後に“ぱんだ”が出社したときには、怜は既に出荷されてしまっていたのだった。
“くらうん”からその話を聞いた“ぱんだ”は、しかし決して信じようとはしなかった。
(そんな馬鹿なことっ、有り得ないっ!)
“ぱんだ”は自分の技量と費やした時間を賭けて、そう断言できた。
(いつか爆発する・・・怜は時限爆弾なんだっ)
それは確信だった・・・たった今、怜と出会うまでは。
しかし今、目の前にいる怜は初めてあった時の怜と同じ表情で“ぱんだ”を見つめていた。
無論、記憶を消している訳でもない。なにより“ぱんだ”のことを事を覚えている。
かと言って記憶の改変だけでもない。
なんと言っても、怜は今素っ裸で廊下に立っているのだ。
この状況を素直に受け入れ、そしてそれに従っている・・・
(奇跡だ・・・)
“ぱんだ”が3ヶ月の間必死に求めつづけた理想のドールが、現実に目の前に立っていた。
“ぱんだ”は半ば呆然としながら、目の前の形の良い怜の乳房に手を伸ばした。
暖かくそして適度に弾力に富んだ乳房が“ぱんだ”の手の中で柔軟に形を変える。
怜はちょっと小首を傾げながら、そんな“ぱんだ”の様子を眺めていた。
(怜、君は・・・君は遂にっ、僕の元に戻ってきてくれたのかっ?!)
“ぱんだ”は湧き上がった思いがけない強い感情に突き動かされて、怜の体に手を回し強く抱きしめようとした。
しかし・・・意外なほどキッパリと怜は“ぱんだ”の抱擁を遮った。
“ぱんだ”の両肩に手を置いてグイッと押し返したのだ。
ハッとして怜の表情を見つめる“ぱんだ”。
しかし意外に怜の表情は普通だ。怒っている様子も、嫌がっている様子もない。
戸惑った表情の“ぱんだ”に怜は何気なく言った。
「ごめんなさい。今から“くらうん”さんに奉仕する番なの。その後はお仕事があるから、ちょっと時間が取れるか判らないわ。それに“あらいぐま”くんにもさせてあげないと駄目だろうし・・・。ちょっと“きつねさま”にお願いしてみてくれますか。ご主人様の許可が下りればいつでもご奉仕しますから」
怜にとっては当たり前の事を、普通に口にしただけだった。
しかし“ぱんだ”はまるで頭を殴られたようなショックを受けていた。
(“きつねさま”と言った・・・“ご主人様”と言った・・・怜が・・・)
“ぱんだ”は身体がガタガタと震えだしたことに気付いていなかった。
(俺の・・・俺の暗示をっ、跳ね除けつづけた怜がっ!“きつね”を『ご主人様』って呼びやがったぁ!!)
足元が崩れるような喪失感が“ぱんだ”を襲った。
(俺の・・・俺の“怜”が・・・居なくなっちまった・・・・“きつね”に取られちまったんだ・・・)
気付くと“ぱんだ”は一人で立ち尽くしていた。
いつのまにか怜も社長室の前に移動し中に何か話し掛けている。
ちょっと楽しそうな笑顔で・・・
その様子を視界に捉えながら、“ぱんだ”の中で何かが静かに砕けて行った・・・
*
一方、“あらいぐま”が駆け込んだ社長室では、“きつね”くんが予言したとおり大混乱が起きていた。
その時、社長室の執務机で資料を読み始めた“くらうん”は、不気味な地響きを感じて視線を上げた。
すると目の前の扉がまるで爆発したかのような大音響とともににブチ破られ、“あらいぐま”が転がり込んできたのだ。
「なっ・・・何ですか?“あらいぐま”くん。もちょっと静かに入ってきてくださいよ」
“くらうん”は眉間に皺を寄せて言ったが、当の“あらいぐま”はそれどころでは無い様子だった。
ほんの10分前までは自身満々だった表情が僅かの間に脂汗でべっとりと覆われ、目は恐怖で見開かれ、鼻血が派手にシャツを彩り、ズボンにはおっきなシミが広がっていた。
そして“くらうん”の小言など完全に無視すると、自らが入って来た扉に取り付き、震える手で必死に鍵を下ろしていた。
「ちょ・・・ちょっと“あらいぐま”くん。そこ閉めちゃ駄目でしょ」
“くらうん”の小言に“あらいぐま”はようやく部屋に社長がいる事に気付いたようだった。
一瞬呆けたような表情で“くらうん”を見詰めた後、物凄い勢いで駆け寄ってきて言った。
「きっ・・・・“きつね”わっ?!ど・・どどど・・何処に行ったっ?!」
“くらうん”のクビを絞めんばかりの勢いで“あらいぐま”は取り縋った。
「ちょっ・・・ちょっと落ち着いてっ。ここには居ませんよ。例の催眠ルームか、自分の部屋じゃないですかねぇ」
「いっ!・・・いねぇだとぉ!!」
興奮に裏返った声で“あらいぐま”は叫んだ。
完全にパニックになったようだった。
まん丸に見開いた目で“くらうん”を凝視したまま固まってしまった。
その時だった。
コツン・・・コツン・・・コツン
ゆっくりとしたリズムで扉をノックする音が部屋に響き渡った。
その音に“くらうん”が視線を上げるのと、“あらいぐま”が行動を起こすのは同時だった。
気軽に返事をしようとする“くらうん”の口を“あらいぐま”は力任せに押さえ込んだのだ。
そしてムゴムゴ言っている“くらうん”に人差指を1本立て、目で黙らせた。
「社長?“くらうん”社長・・・怜です。ここを開けていただけないでしょうか」
扉の外から怜の声がはっきりと聞こえる。
その声に“あらいぐま”は顔を横にぶんぶん振って応えた。
「駄目だっ・・・殺されるっ・・・社長っ!何とかしてっ」
“あらいぐま”が涙目で必死に取り縋っている様子を“くらうん”は不思議そうに観察した。
「いったいどうしたって言うんです?」
「どうもこうも・・・あいつは死神だっ!化けもんだ!早く手を打たないとっ俺たち二人とも首を引っこ抜かれちゃいますよぉっ!」
“あらいぐま”のこの言葉に“くらうん”は半信半疑といった様子だった。
「私もですかぁ?“あらいぐま”くんだけならわかるけど」と、意外と冷たい事を言う。
「も、そんなこと言わないでっ。助けてくださいよぉ」
「そうは言っても・・・私に何が出来るというんです?」
“くらうん”のこの原始的な問い掛けに“あらいぐま”は、ビックリしたように目をキョトンとさせて口を噤んでしまった。
そして、暫らく考えた末ようやく毀れ出てきた言葉は・・・
「とりあえず楯になって貰えれば・・・」
2人の間に12月の冷たい風が吹き抜けたのは言うまでも無かった。
*
さて・・・話は10分ほど遡る。
“あらいぐま”が意気揚々と怜を引き連れて部屋を出て行ったその後、“きつね”くんも一路諒子のもとを目指していた。
基礎催眠は完璧だ。妹の呼び出しにも問題なく応じている。
いよいよお楽しみのセカンド・ステップだった。
スキンシップを図ること・・・特に被験者と性的関係を結ぶことは実際その後の催眠深化の為には必須なのであった。
まさに趣味と実益を兼ねる、“きつね”くんの一番好きなステップなのであった。
だらしなく頬の筋肉を緩めて扉の鍵を開けると、休憩に出て行った時のまま諒子はソファに姿勢良く腰掛け、やや俯いたまま視線をテーブルに注いでいた。
“きつね”くんが部屋に入ってきたことにもまるで気付かない。
そんな諒子の様子を満足げに観察すると、“きつね”くんは無造作に指を鳴らした。
パチンと冴えた音が諒子の目の前で鳴り響く。
すると諒子はゆっくりと視線を上げ“きつね”くんの顔に注目したのだった。
しかしその視線にいつもの力は無い。夢遊病のようなトロンとした眼差しだ。
“きつね”くんの完成したドールの表情には普段とまるで変らないハッキリとした意識が表れているのだが、さすがに今日会ったばかりの諒子にはそのレベルは望むべくも無い。
“きつね”くんは諒子の夢見るような視線に満足げに頷くと、手を取り立ち上がらせた。
意識は混濁しているにもかかわらず諒子の立ち姿には隙が無い。
それがかえって諒子を人形のように見せていた。
「さあ・・・諒子。今から僕が君を連れ出してあげる・・・僕の手にしっかりと掴まって。ここは迷路の世界だ・・・はぐれたらもう二度と元の世界には戻れないよ。さあ・・・僕を信じて・・・僕を信じて」
妖しく光る黒瞳と精妙なアクセントを伴う“きつね”くんの言葉は、絶対的な強制力を伴いながら諒子に染み込んでいった。
諒子の潤んだ瞳が“きつね”くんを見上げる。
熱い吐息が漏れ、“きつね”くんの手を握る諒子の手に力が篭った。
“きつね”くんはそんな夢見るお姫様を優しくリードしながら通路に足を踏み出した。
お楽しみの本番は自室で行うのだ。
この催眠ルームからは、角を3度曲がりガラスの扉を1度くぐり、10個並んだ扉の一番最後まで歩いていけば良いだけだった。
普通なら時間にして1分程度・・・催眠誘導を行いながらゆっくりと歩いたとしても、5分と掛からない僅かな時間だった。
しかし“きつね”くんは、この僅かな時間、些細なシチュエーションさえ利用して諒子の潜在意識の奥底に隷従の楔を打ちつけていった。
手を引きながら囁く・・・
「さぁ、おいで諒子」
手を放しては呼び掛ける・・・
「諒子、何処へ行ってしまったんだい?」
迷わせ・・・
『ああっ!きつねさまぁっ!何処っ?!』
縋り付かせ・・
「ここだよ、諒子」
『あぁ・・・きつねさま、酷いっ・・・怖かった』
導く・・・
「こっちだよ、僕から離れないで」
実にシンプルなこの繰り返しが、“きつね”くんの醸し出す催眠誘導の調(しら)べに乗って行われると、この石田諒子という傑出した女性の中にさえ、容易に依頼心を植え付けるのだ。
通路を歩む一歩一歩が、諒子の潜在意識の奥底へ“きつね”くんが降下する行程に他ならなかった。
そして部屋に辿り着いた時・・・諒子は既に独りでは立っていられなくなっていた。
身も心も完全に“きつね”くんに委ねる快感に取り込まれてしまっていたのだ。
諒子は身体全体で“きつね”くんを渇望していた。そう、完全に諒子の準備は完了していたのだ。
“きつね”くんはそんな諒子の腰を抱くと、暗い部屋に入りそのまま扉を閉めた。
すると自然にベッドサイドのフットライトが点灯し、部屋を暖色系の色で薄く染め上げる。
諒子の真っ白い肌も暖かいオレンジに染まっていた。
「綺麗だよ、諒子・・・」
“きつね”くんはそう語り掛けると、恋人のように自然に頤(おとがい)に手をあて若干上向かせ唇を合わせた。
そして当り前のように舌を侵入させる。
すると諒子の両腕が自然に“きつね”くんの背中に回った。
しかしそれとは裏腹にキスの反応は若干硬かった。抵抗は無いのだが積極性に欠けているのだ。
(やっぱ初日っていうのは、順調に見えても中々深くまで浸透していないのかなぁ)
ゆっくりと舌を使いながら、“きつね”くんはそんなふうに考えていた。
そしてそれを裏付けるように、服を脱がしにかかっても、やはり戸惑ったように中々進まなかった。
「さぁ諒子・・・僕に君の美しい体を見せてくれるかい」
“きつね”くんの甘い声が諒子の耳にそっと囁かれても、まるで急に知能退行を起こしたように袖のホックを外しただけで小首を傾げて“きつね”くんに問い掛けるような視線を投げかけるのだ。
無論“きつね”くんに抱かれる事への抵抗はないのだ。
それどころか自ら“きつね”くんに抱かれることを渇望するようしっかりと暗示を掛けてある。
しかしどういう訳か行動がスムーズにいかなかった。
仕方なく“きつね”くん自ら諒子のジャケットを脱がせ、スカートのファスナに手を掛けていった。
しかしそうして服の下から現れた諒子の肉体は、普段から女性のヌードを見飽きるほど見ている“きつね”くんをして、一瞬息を止めさせたほど見事なものだった。
全体的にスレンダーな印象を与える体つきだが、意外なほど前に大きく張り出した乳房は鍛え上げた大胸筋に支えられ重力の誘惑を完全に断ち切っていた。
尻は怜に比べれば小さめできゅっと締まっているが、それでも女のエッセンスを凝縮したように丸みを帯びそして厚みの有る腰つきだった。
そしてもっとも特徴的なのは、全身を覆う真っ白で染み一つないしっとりとした肌だった。
こればっかりは野性的な怜とは比べるべくもない、まるで出来立てのレプリカントのような完璧さだった。
“きつね”くんはまるで美術品を鑑賞するように1歩下がり目を細めて諒子の全身を瞳に納めた。
薄めの陰毛の奥から肉のスリットが透けて見える。
諒子は今日始めて会ったばかり男の言いなりと成り、全身を余すところなく晒しているのだった。
友人の京子を助けるため相談に来た事など、今の諒子の頭には欠片も残っていなかった。
目の前にいる男と一つになる・・・そうする事で自分は本来の自分に戻れる・・・中途半端で未熟な自分は今やっと完全になれる・・・
“きつね”くんに刷り込まれた暗示が諒子の中でみるみる膨らみ、体中の機能を乗っ取って行った。
瞳孔が広がり、暗い薄明かりの中で“きつね”くんだけが眩しいくらい光って見えた。
呼吸は浅く早くなり、それと共に鼓動は増した。
吐く息は熱く、湿り、体中で毛細血管が広がりうっすらと汗ばんできた。そして天然のフェロモンが諒子の全身から立ち昇っていた。
発情・・・
諒子を冷静に観察していた“きつね”くんはそう判断すると、ようやく着ていた背広から腕を抜いた。
諒子に視線を注ぎながら・・・焦らすようにゆっくりと脱いで行った。
ネクタイをしゅっと取り去ると、ワイシャツの首のボタンを外し小さく息を吐く。
慣れない弁護士の堅苦しい服装から開放されて、段々とペースが出てきた。
“きつね”くんは手にしたネクタイを投げ捨てる代わりに諒子に近づくと、優しく両手を後ろに組み合わせ、そのネクタイで縛ってしまった。
無論諒子は言いなりである。
何の抵抗もしない。
ウットリとした表情で“きつね”くんに体を預けているのだ。
“きつね”くんはそんな諒子を眺めながら、残りの服を取りソファに投げ捨てていった。
やがて全裸となった二人はお互いの体を見つめあった。
“きつね”くんの使い込まれたペニスが腹に付くように勃起している。
それを目にした諒子の表情が僅かに動いた。
催眠暗示で燃え上がらせた熱い欲望の陰で目立たないが“きつね”くんの職業的な感に微かに引っかかる反応だった。
“きつね”くんは訝しげに諒子の表情を探った。
しかしその後の反応は普通だった。
気にはなったが、ちょっとした疑念は敢えて無視して、“きつね”くんは諒子の肉体に挑んで行くことにした。余りに美味しそうな諒子の肉体の前に“きつね”くん自身もうあんまり待てなくなっていたのだ。
両手を伸ばし、自らの腕の中に全裸を諒子を抱き取った。
「ぁん・・・」
小さな呟きが耳に届いた時には、“きつね”くんは体の前面全てで諒子の体を味わっていた。
弾力のある胸が自分の胸に押し付けられ、すべすべの腹がピッタリとくっつき、そして逆に勃起したペニスが諒子の股間に擦り付けられた。
“きつね”くんの両手は諒子の背中から下がり、すべすべの尻を我が物顔で撫で回した。
諒子の髪のシャンプーの香りが“きつね”くんの鼻腔をくすぐる。
我慢できずに再び諒子の口を奪った。
先ほどよりは諒子の反応もいい。おずおずとしながらも舌を絡めてくる。後ろ手に縛られた指が何かを求めるようにうねった。
そんな諒子の反応を確かめた“きつね”くんは、更に舌を引き抜くような勢いで口を吸い、大胆に口腔を犯していった。
2人の口の間から湿った音と荒い息遣いが、何度も繰り返し聞こえてくる。
そしてその間も独立した生き物のように“きつね”くんの腰は微妙な動きを繰り返していた。
僅かに開いた股間にペニスをくぐらせ雁で諒子の肉芽を刺激しつづけているのだ。
更に後ろに回した両手は背後の谷間から侵入し、諒子のアヌスをゆっくりとマッサージをしていた。
「あっ・・・んあっ」
刺激する度にピクンと背を痙攣させる諒子の反応は初々しい。
(バージン・アヌスは間違いないね。役得、役得)
にんまりとしながら“きつね”くんは諒子をそっと抱え、ベッドに横たえた。
すると諒子の顔が更に上気する。
そして何かに耐えるように下唇を噛んだ。
(かっ・・・可愛いっ!)
諒子のそんな仕草に“きつね”くんは不覚にも感動してしまった。
女性が恥ずかしがる本能的な仕草が“きつね”くんのツボだったようだ。
今度はわざと足を大きく広げさせると、諒子の顔を見上げながらその股間に舌を伸ばした。
とても25才とは思えない綺麗なピンク色した媚肉を指で押し広げると長めの舌を押しこみ中から刺激した。
「ぁっ、ぁぁん・・・はぁっ」
後ろ手に縛られている諒子は顔を隠すことも出来ずに、目を潤ませている。
しかし、呼吸は少し荒くなってきたがまだ本気で感じまくっている声ではなかった。
(っかしいなぁ。俺、腕が鈍ったかなぁ)
やはり思ったほど反応を見せない諒子に“きつね”くんは再び疑念が頭をもたげて来た。
いつもの冷静な“きつね”くんだったら、実はこの違和感に直ぐに気付いた事だろう。
しかし流石にビーナスのような諒子の裸身を前に“きつね”くんも舞い上がっていたようだ。
しかも丁度そのとき、廊下を物凄い地響きと汚らしい悲鳴が通り過ぎて行ったのだった。
無論“あらいぐま”だ。
“きつね”くんはそれを聞いて、ぷっと噴き出してしまった。
そして苦しそうに笑いをかみ殺していた。
(ったくもう・・・“あらいぐま”さんも、もう少し疑う事を憶えたほうがいいよ、ホント)
そんなこんなで、再び湧き上がった疑念もあっさりと吹っ飛んでしまったのだった。
そして“きつね”くんの自制心もそろそろ限界に来ていた。
(とりあえず記念の一発をしてからゆっくりと蕩かしていく事にしよっと)
“きつね”くんは顔を上げると、そのまま正上位で諒子のうえに覆い被さっていった。
舌でしっかりと湿らせた入り口は滑らかに“きつね”くんのペニスを受け入れる。
しかし奥に行こうとすると妙にきつい。
(なんっだよっ・・・もう、きっついなぁ・・・このお姉さん鍛えてっからかなぁ)
さっきからどうもギクシャクしてしまい、“きつね”くんも苛ついて来た。
しかも意外なことに諒子自身も余り協力的でない。
なんとなく“きつね”くんの侵入を拒もうとしているようにも見える。
無論、暗示には抜かりはない。それはプロである“きつね”くんの目には明らかだ。
(んもうっ・・・面倒くさいなぁ・・・もう、強引に行っちまうぞっ!)
そして“きつね”くんは両手で諒子の腰を固定すると、真上から体重をかけて一気にペニスを根元まで埋め込んだのだった。
ぶちぃっ!ずりゅっ!
鈍い音と共に狙いどおりペニスは根元まで侵入を果たした。
そして同時に諒子の口から始めて大きな声が出た。
「あああっ!!」
しかし、それは歓喜の声ではなく、明らかに悲鳴だった。
しかも、今の独特の手応えは・・・
“きつね”くんは目を真ん丸くして自らの股間を凝視した。
しっかりと根元まで打ち込んだペニスを今度はゆっくりと引き出しにかかる。
根元は諒子の分泌した愛液でぬらついているが抜いて行くに従ってその量は減っている。そして半分くらい引き抜いたとき、“きつね”くんは予想していた徴候を発見してしまったのだった。
自らのペニスにべっとりと付着した鮮血・・・
(しょ・・・処女っ!・・・だったのぉ~っ?!)
“きつね”くんは唖然として諒子の顔と媚肉を交互に見比べた。
(25歳で・・・この美貌で・・・このスタイルで・・・処女ぉ?)
この世の7不思議に始めて遭遇したような表情で“きつね”くんは固まってしまった。
しかし、やがてある事に気付いた“きつね”くんは顔からさ~っと血が引いていった。
(ま、ま、ま、まっ、拙いっ!拙いっ、拙いっ、マズイ~~~ッ!!)
“きつね”くんは生まれてからこんなに慌てた事がないってくらい慌ててベッドから飛び降りた。
「あうっ!」
そのショックで諒子は微かに顔をしかめた。
そして不思議そうに“きつね”くんを見詰めた。
しかし視線の先に居るのは、視線を躍らせ慌てふためいている“きつね”くんである。
トロンとしていた瞳がゆっくりと訝しげな視線に変わっていった。
そして・・・やがて信じられない事が起きようとしていた。
諒子が部屋を見回し始めたのだ。
自分の居る場所に違和感を持ち始めていた。
自分の身に何が起こっているかを、考え始めていた。
これはまぎれも無く・・・“きつね”くんの暗示が解け始めている徴候なのだったっ!
術者である“きつね”くんの動揺が、抜け出せる筈の無い催眠暗示の牢獄から諒子を解き放ちかけていたのだ。
そして自分を取り戻しつつある諒子を目の前にしながら、信じられない事に“きつね”くんはただ呆然と立ち尽くしていた。
目は開いていながら、何も見ていないのだった。
“くらうん”がこの現場を目にしたらショックで目を覆ってしまうようなギリギリの状況となっていた。
しかし信じられない事態はそれで終わりではなかった。
この絶対絶命の状況の中に居ながら、“きつね”くんは何かをブツブツと呟いていたのだ。
「たいへんだ・・・どうしよう・・・拙い・・・はやく・・・そうっ、早く確かめなきゃっ!」
そして急に何かを思い立ったように両手をパチンと打ち鳴らした“きつね”くんは、なんとパッと身を翻すと一目散にドアに駆け寄り廊下に走り出てしまったのだったっ!
まだ事態を把握できていない諒子も唖然として“きつね”くんのその後姿を目で追っている。
しかし後ろ手でドアを閉める寸前、“きつね”くんは一瞬振り返り、そんな自分をビックリしたように見つめる諒子と目が合った。
そこでようやく“きつね”くんは諒子を思い出したようだった。
目がまん丸になる。
そして駆け出そうとしていた体に急ブレーキをかけると、顔だけ部屋に突っ込み大声で叫んだ。
「諒子っ!フリーズ、マインドォ!」
その声を聞いた途端、諒子は一瞬耳元に雷が落ちたかのように全身を振るわせた。
そして一瞬で頭の中を真っ白にするとベッドのうえに仰向けに倒れたのだった。
まるで死んだように、電池の切れた人形のように、薄く目を明けたまま・・・
催眠導入の基礎レベルにおける必須アイテム、“サスペンド”である。
“きつね”くんは諒子の反応を確かめもせずにそのまま駆け出して行った・・・パンツも履かずに
< つづく >