ドールメイカー・カンパニー3 (5)

(5)復活!

 道を行く軽トラックの音・・・

 蘭子がふと目を覚ますと、最初に耳に飛び込んできたのがそれだった。
 ゆっくりと視線を巡らす。
 すると薄暗い部屋の天井が見えた。
 もうすっかり見慣れた監禁部屋の天井である。

 あれからどれくらい経ったのか・・・

 外に明かりは見えない。
 まだ夜は明けていないのだろう。
 蘭子はゆっくりと体を起こそうとして、そこで意外な事に気が付いた。
 ここに監禁されて以来初めて毛布が掛けられていたのである。
 衣擦れの音が妙に懐かしかった。

「目ぇ、醒めたみてぇだな」

 その時不意に声が掛かった。
 自分独りと思っていた蘭子は、意外そうにそちらを向く。
 すると椅子に腰掛け仮眠をとっていた神宮寺がのっそりと起き上がるところであった。
 蛍光灯の紐を引っ張り闇を追い払うと、大きく伸びをする。

「う~~ぅっ、っはぁ~っ」

 蘭子は無言のままそんな神宮寺を見上げていた。

「へへへっ、どうした、お嬢さんよ。少しは回復したかいっ?どれ、見せてみな」

 神宮寺は我が物顔で蘭子の体から毛布を引っぺがした。
 既にその両手を拘束していた皮手錠は外されている。
 無論、開口器も無い。
 完全に墜した牝にはもう必要ないのである。

 蛍光灯の明るい光に、蘭子の全裸が浮かび上がる。
 神宮寺はまるで家畜の健康状態を確かめるような目つきでそれを眺めていた。
 しかし何気なく蘭子の目を覗き込んだ途端、神宮寺は顔を顰めた。

「おめぇ、少し臭うぜ。俺のスケになったからには、も少し清潔にしねぇとな。ちょっと来い、風呂で洗ってやるぜ」

 そう言うと神宮寺は蘭子の反応を確かめることもせず、いきなり蘭子を抱えあげた。
 “お姫様抱っこ”というやつである。
 そしてそのまま監禁部屋を出ると、このアジトに捕えられて以来初めてシャワールームへ連れてこられたのだった。

 夜明け前のこの時間、さすがに人影はない。
 蘭子はそこだけ煌々と明かりが灯ったシャワールームでゆっくりと下ろされた。
 しかし度重なる性奉仕と打たれた媚薬の影響で体力を奪われている蘭子は、立っているだけでも精一杯といった様子である。
 すると神宮寺は焦れたように自らシャワーヘッドを掴むとお湯を出し始めた。
 そして顎で蘭子を中に入るように指示する。
 けれどシャワールームの中に入りゆっくりと振り向いた蘭子と視線を合わせた途端、またも神宮寺は顔を顰めた。

「おいっ、オメェぼけっとしてんじゃねぇぞ。この俺に洗ってもらおうなんて考えてんじゃねぇだろうなっ!ざけんじゃねぇぞっ、テメェでやれ」

 神宮寺は怒ったようにそう言うとシャワーヘッドを蘭子に押し付け、そしてそこから出て行ってしまったのである。
 後に残された蘭子は気だるそうに手すりに掴まりながら、しかし一番熱くしたシャワーを頭から浴び始めた。
 病み上がりのように白かった肌に徐々に赤みが差してくる。
 それとともにふらついていた体にも漸く力が戻ってきた。
 蘭子は、久しぶりに与えられた自由を噛みしめるように熱い湯を浴びながらゆっくりと伸びをしたのだった。

 まるで全ての問題が片付いたように晴れやかに、気持ち良さ気に・・・

 そして一息つくと、漸く備え付けのシャンプーを手に取り髪を洗い始めたのである。
 ゆっくりと、何度も・・・何度も・・・

 結局蘭子が出てきたのは、1時間もしてからだった。
 頭のてっぺんから足の爪先まで、繰り返し3度も洗っていたのだ。

「おいっ、テメェいつまで待たせるんだっ」

 蘭子が出て行くと、イライラと待っていた神宮寺が怒鳴った。
 しかし、すっかり上気しピンク色に色づいた肌を目にすると、途端に目の色を変える。

「おおっとぉ・・・へへへ、こりゃあ旨そうだ。オメェ、俺のスケの中でもかなり上等モンだぜ」

 神宮寺は上がったばかりで体も拭いてもいない全裸の蘭子に、当たり前のように手を伸ばしてきた。
 しかし、その上機嫌の態度は次の瞬間、一変した。

 神宮寺の手が届くより先に、蘭子の人差し指がスッと神宮寺の眉間を指したのである。
 するとその途端、神宮寺は一切の身動きを封じられてしまったのだった。

「なっ・・・オメェ」

 余りの驚きに口をパクパクさせている神宮寺に、蘭子はその時初めて口を開いた。

「私の服を持ってらっしゃい。下着もね」

 (くっ・・・口をききやがった、コイツ、どうやって!)

 神宮寺は考えられない事態に、目を剥く。
 しかし反対に蘭子はもう神宮寺のことなど、気にもしていなかった。
 隅に畳んであったバスタオルを取ると、勝手に体を拭き始める。
 神宮寺を振り返ることさえしない。
 神宮寺が心臓麻痺で死んでしまわない限り、もう蘭子の命令以外のことをするなど有り得ないのである。

 蘭子は鏡に映った自分の瞳を覗き込みながら、静かに微笑んだのだった。

 失神する直前・・・

 蘭子は、確かに見たのだった・・・エメラルドに輝く翼の天使を
 そして力強く羽ばたきながら、神宮寺の瞳に吸い込まれていく後姿を

 だから目が覚めた時、真っ先に気になったのは神宮寺の居所だった。
 そして、その当人が自分のすぐそばに控えていたことを悟った時、蘭子は勝利を確信した。

 何故なら、あの時蘭子が選んだたった一つワード、それこそが『我を守れ』だったのだ。

 (言葉を使わず、一切の動作も行わず、ただこの瞳だけで・・・私は成功した)

 自分でも半信半疑だったこの成果は、しかし徐々に確信へと変わっていった。
 神宮寺は自分が操られていることに気付きもしなかった。
 蘭子の視線を読み、その意味を捉え、無意識に行動していたのである。
 さっきの驚きようを見ると、蘭子の咽に麻酔を打たなかった事も記憶からスッポリ抜け落ちているのだろう。

「表層意識を通り抜け・・・潜在意識を直接・・・ってこと?」

 蘭子はその事実に気付き、自らが為しえたことに呆然とした。
 鏡に映る唇が微かに震えている。
 蘭子はそっと鏡から視線を外すと、タオルを頭から被り髪を拭き始めた。
 けれど、その陰から小さな声が漏れていたのである。

「あ・・あたしって・・・もしかしたら・・・」

 翌朝・・・

 久しぶりの快晴だった。
 身を切るような冷たい風は吹いていたが、抜けるような青空に荒木の気分は上々だった。
 手こずっていた蘭子を昨夜遂に墜すことが出来たこともその上機嫌の一因である。

 これでようやくマインド・サーカスの鼻をあかしてやることが出来るというものだった。

「へっ、所詮催眠術なんてあの程度のモンって訳だ。案外、奴等も大したことねぇかもな」

 代貸しとして組の舵取りを任されている荒木は、やがてはマインド・サーカスをも乗っ取る勢いである。

 そして此処のところ通いつめている監禁アジトに、今朝も顔を出したのだった。
 途端に不寝番をしていた若い衆が、次々と挨拶をする。
 毎朝の光景だった。
 しかし、少しだけいつもと違っていることがあった。

「おい、横溝達はどうした。誰も居ねぇのか、今日は」

 珍しく幹部連中が誰もいないのである。

「あっ、ミゾさん達はさっき奥に行ったっすよ」

 近くに居た二十歳そこそこの若い男がそう言う。

「なんか、面白い物が見れるって。あ、そういや荒木さんが来たら奥に来てくださいって言ってました」

 荒木はわざとらしく顔を顰めたが、見当はついていた。
 蘭子の調教具合を確かめているのだろう。

「そうか。じゃ、俺もちょっくら見てくるか」

 そう言うと荒木はコートをそこに居た舎弟に預け、そのまま電子ロックを解除し奥へ入って行ったのだった。

 居場所は無論蘭子の監禁部屋だと思っていた。
 だから、電子ロックの内側の扉を開けた途端、男たちがずらっと並んで背を向けていた光景には戸惑った。

「おぅ、オメェら、ここに居たんか」

 荒木は何気なくそう声を掛けて中に入る。
 しかしすぐにその場の雰囲気がおかしい事に気付いた。
 代貸しである荒木の声に誰一人振り返らず、皆正面を見詰めているのだ。
 荒木は訝しそうな表情で男達の肩越しに前方を覗き込む。
 するとそこには案の定、蘭子が腰掛けて居たのである。
 皮手錠と開口器を外しているのは予定通りだが、きちんと服を着て座っているのは予想外だった。
 いつもの手順であれは、奴隷の自覚が完全に出来上がるまで、素っ裸にさせておくのだ。
 それが、ここに来たときに着ていたシックな濃紺のワンピースを纏い、楚々とした雰囲気で椅子に腰掛けている。
 訳が判らなかった。
 そして調教担当の神宮寺は、その後ろに突っ立ち、やはり能面のような無表情でジッと蘭子を見下ろしているのである。

「おい、ジンッ!なんだこの集まりは?」

 荒木は石田を押しのけて前に出た。
 すると神宮寺の代わりに蘭子の顔が荒木を見詰めたのだった。
 黒い瞳が何の感情も浮かべずに荒木に向けられる。
 思わずその瞳の奥を覗き込む荒木。
 しかしその途端、荒木は自分の鳩尾が痙攣したことに気付いた。

 ヒャックッ!

 勝手にしゃっくりが出る。
 ビックリしたように腹に手を当てる荒木だったが、しかしふと奇妙な違和感を覚えて目を上げた。
 すると驚いたことに、石田達が顔を引き攣らせて荒木を見詰めていたのである。

「な・・なんだオメェら。どうした、何が有ったっ」

 尋常でない雰囲気に荒木の表情にも緊張が走る。
 すると予想もしなかった声がそれに答えたのだった。

「何も無いわ。ただ・・・全部お仕舞いって事よ」

 蘭子の落ち着いた声が耳に届く。
 すると途端に荒木の顔が歪んだ。

「おっ、オメェ・・・どうして・・・声が出る・・・」

 驚愕に搾り出すような声で荒木が呻く。
 しかし蘭子は逆に落ち着き払った声でそれに答えるのだった。

「決まってるじゃない。誰も私に麻酔を注射しなかったからよ」

 荒木はしかしその一言で全てを悟った。
 神宮寺が操られてしまったということを・・・

「てっ、テメェ!」

 荒木はヤクザの本性を現して問答無用で蘭子に掴みかかった。
 蘭子の細く綺麗な首を両手で力いっぱい締め上げる。
 忽ち蘭子の顔は赤黒く変色し、断末魔の痙攣が荒木の手にハッキリと感じられた。

 しかし・・・

「あぁら、大変だわ。わたしったら首を絞められちゃったみたいね」

 すぐ横から蘭子の平然とした声が聞こえてきたのである。

「なっ、なにぃっ!」

 驚愕に目を見開いた荒木は、その時初めて気が付いた。
 自分の手の中で清水が舌をダランと出して白目を剥いていることに・・・

「だ、代貸しっ、いけねぇ、清水が死んじまうぜっ!」

 すぐ横で石田が大声を上げていることにもようやく気づく。

「な・・・なんっ・・・だと」

 脂汗が荒木の額を流れた。
 視線をゆっくりと巡らす。
 するとすぐに蘭子を見つけることができた。
 先程と寸分違わぬ姿勢で、椅子にゆったりと腰掛けていたのだ。
 荒木の全身を微かな震えが襲った。
 常識では計り知れない、人智を超えた怪物に出会ったような気分だった。

 (殺(や)られる・・・このままじゃ、喰われる)

 それは本能的な恐怖だった。
 後先は考えていられなかった。

「この・・・化け物めがぁっ!!」

 荒木は一挙動で懐から拳銃を取り出す。
 そして構えるやいなや、躊躇い無く引金を引いたのだった。
 荒木の耳はその大砲のような発射音で塞がれる。
 強力な反動が手首を蹴飛ばすように押し上げた。
 そして今度こそ荒木はハッキリと見た。
 蘭子の眉間にポッカリと穴が開き、その後頭部が爆発したように吹き飛んだことを。
 勝ち誇ったように椅子に腰掛けていた蘭子は一瞬で吹き飛ばされ、糸の切れた人形のように仰け反ったのである。

「へっ・・・へへへ・・・このキチガイ女め、やっとくたばりやがったか」

 荒木は肩で息をしながら、そう呟いた。
 そして後ろに控えている石田達を振り返り命令した。

「始末しとけっ。ミンチにして海にばら撒け」

 しかし、石田達は誰一人荒木を見ていなかった。
 恐怖に引きつった表情で、荒木の肩越しにその後ろを見ているのだ。
 それに気付いた荒木は、一瞬で後頭部の毛を逆立てた。
 間髪をいれずにふり向く。
 しかしその途端、荒木は目を剥き息を忘れた。

 ほんの1メートルも離れていないところに蘭子が立っていたのだ、額に黒い穴を開けたまま。
 そして機械仕掛けの人形のような足取りで、ゆっくり荒木に歩み寄ってくる。

 「ぅ・・・・ぅぅぁぁああああああああああああああああああああっ!」

 動物のような雄叫びとともに荒木はありったけの弾丸を発射した。
 忽ち蘭子の体は文字通り蜂の巣になる。
 至近距離からの発射で服が燃え始めている。

 しかし・・・蘭子は倒れなかった。
 体中に黒く穴が開き肉の焦げる臭いが漂っているにも係わらず、口元に微笑を浮かべたままゆっくりと荒木に近づいて来るのである。

「くっ・・・くる・・な・・・・くっるなっよぉ」

 目を見開き、ゆっくりと頭を振りながら後退する荒木に、既に代貸しの威厳は無かった。
 砕けそうになる腰を必死で堪えているが、全身の震えは止められない。
 やがて背が壁に当たった。
 もうそれ以上後退できない。
 荒木の顔が恐怖に歪んだ。
 そしてその表情に、蘭子の口元が微かに持ち上がった気がした。

 それが限界だった・・・

「来るんじゃねぇぇぇええええええええええっ!」

 恐怖に耐えられなくなった荒木は渾身の力で蘭子に殴りかかったのである。
 岩のような拳がマトモに蘭子の顔面に入った。
 硬いものを砕く感触が腕に伝わる。
 そして、次の瞬間、蘭子の頭部は爆発したように砕け散ったのだった。
 一瞬にして鼻から上が無くなった。
 目の前に頭蓋骨の残りと、その上に乗っかる脳の破片、神経の束が血の海から白い形を浮き上がらせている。
 余りのおぞましさに荒木の全身を鳥肌が覆う。
 しかし、本当の恐怖はこれからだった。

 呆然とする荒木の両手をこのとき万力のような力で掴む者があったのだ。
 ハッと気付き弾かれたように視線を向けるそこには、自らの両手首に食い込む白い繊手があった。
 頭部をなくした蘭子の両手が荒木の両腕をしっかりと拘束していたのだった。

 決して放さない・・・

 無言の意思が荒木を取り込む。

「ひぃぃいいいいいいいいっ・・・・・・・」

 荒木は遠くで悲鳴を聞いた。
 しかし・・・それが自分が上げたものだと気付くことは無かった。

 目の前の蘭子はそんな荒木にゆっくりとにじり寄ってきた。
 そして荒木の顔に自分の顔をすり寄せる。
 唇が微かに開き、艶かしい舌がその間から覗く。
 しかし同時に、荒木の目には咽の空洞も、舌の付け根の動きも俯瞰から見ることが出来たのだ。

 次の瞬間、荒木の目がくるっと上を向き、そして同時に膝が砕けた。
 ズボンの股間がみるみる黒く変色していく。
 そして口の端から涎が零れ落ちていった。

 パチンッ!

 荒木の自我が全速力で現実逃避しようとしたその瞬間、頭の中で冴えた音が響き渡った。
 気が狂う寸前の中途半端のタイミングで、荒木は再び現実に連れ戻されたのである。

「う・・・あ・・・」

 うめき声を上げる。
 ボンヤリとした視界が次第にハッキリしてくる。

「お生憎様。そんな簡単に狂えるとでも思った?」

 目の前に椅子に掛けたままの蘭子が居た。
 何事も無かったように、涼しい顔で荒木を見下ろしている。
 確かに弾丸で打ち抜いた筈の体にも傷一つ無かった。

 荒木は呆然と自らの手に視線を注いだ。
 するとその手には使い捨てライターが握り締められ、弱い炎を灯していたのである。

「・・・こいつ・・・だったのか」

 完全に蘭子の術中に嵌り、醜態を晒したことを荒木は自覚した。
 しかし、既に怒りのエネルギーは無かった。
 脂汗の浮かんだ疲れた顔を上げ、仲間たちを見る。
 すると皆鏡のように同じ疲れた表情を浮かべて見返していたのだった。

「如何でしたかしら?蘭子のホラー劇場。まだ第1回目の上映ですのよ。まだまだ・・・まだまだ、まだまだイ~ッパイ上映しますからね、ごゆっくり堪能してくださいね」

 蘭子はそういって全員を見渡した。
 途端に男達の顔が情けないほど青くなる。

 この業界で生き抜いてきた猛者達が、まるで子犬のように震えていた。
 ヤクザを生業としているだけあって、恨みを買うことに掛けては人後に落ちない。
 普段気にも留めていなくても、それは心のどこかに記憶されている。
 蘭子はそれを男達の脳内で活性化させているのだ。
 男達は蘭子の与えるちょっとしたきっかけでそれを思い出し、自分自身でそれを増幅し、勝手に怖がっているのである。
 いっそ気が狂ってしまいたかったが、それすら蘭子は許さなかった。

「勘弁してくれっ、頼む、このとおりだっ」

 突然荒木が土下座した。
 額を床に擦り付けている。
 弱い相手には徹底的に攻撃するが、自分たちより格上には極端に媚び諂う。
 ヤクザ達の変わり身の速さには驚くべきものがあった。

「あ、姐さん、すまねぇっ」
「申し訳ねぇっ」
「考え違いをしておりやしたっ」

 次々と荒木に倣い土下座する。
 蘭子は逆転した立場にニンマリと微笑み、男達を見下ろした。

「あらぁ、大げさですわ。私ちっとも怒っていないのですよ。うんん、それどころか感謝したいくらいですわ」

 蘭子は軽やかに椅子から立ち上がり男達の前をゆっくりと歩き出した。

「一週間連続で媚薬を打たれたり」

 蘭子は笑顔を石田に向ける。

「24時間、眠ることも出来ずにセックスの相手をさせられたり」

 横溝にウィンクする。

「人前で排泄させられたり」

 清水に投げキッスをする。

「お尻の穴まで使われてもね」

 蘭子は荒木の頬をそっと撫でた。
 そして再び男達を見下ろすように立つと、クスクスと小さく笑い出したのだった。
 その姿に、男達の肝は縮み上がる。
 蘭子のようなタイプは、なまじ怒り狂っているより、こうして笑ってられる方が何万倍も怖いのだ。

「ホント、あなた達のおかげで私ったら、また一段階成長してしまったのですから」

 そう言って蘭子はクルリと背を向けた。

「声を奪われ、一言も喋ることが出来ない状況で・・・私ったらこの瞳だけで催眠を掛けたのだわ。ギリギリまで追い詰められ・・・・・お前たちのくだらないデマに惑わされっ・・・麻薬でボロボロにされながらね」

 蘭子の背が小さく震えていた。
 何か抑えきれない激情がこみ上げている。
 その背を見詰める男達は顔色を失っていた。

 次に振り向いた時に審判が下る・・・

 男達の誰もがそう確信した。
 自分たちが蘭子にしてきたことを十分判っているだけに、生きた心地がしなかった。

「でも・・・私は負けなかった・・・くだらない罠を、嘘で固めた世迷言を、私の瞳が打ち砕いた」

 蘭子の声は続いている。
 低く、小さく、抑えた声が静かに部屋に流れている。
 けれども、その抑制が徐々に効かなくなってきた。
 語尾が震え、声がかすれ、そして次第に大きな声となっていったのだ。

「体を拘束されようとも・・・言葉を奪われようとも・・・もう・・・誰も私を抑えられないっ・・・私を止められないっ!」

 蘭子は背を向けたまま右手を水平に振った、まるで見えない敵を切り捨てるように。
 しかし続く言葉は、一転して優しくなっていた。

「私は超えたのよ・・・決して超えられない筈の壁を・・・言葉という障壁を」

 蘭子の口から小さなため息が漏れる。
 ヤクザ達は先の読めない展開に、緊張感で胃に穴が開きそうだった。

「私・・・思ったわ・・・もしかしたらって・・・『私ってもしかしたら』って・・そう思ったの」

 (何を言っているんだ、この女わっ)

 命の審判が下ろうとしているのに、その断罪者が言わんとしていることがまるで見当がつかない。
 ヤクザ達は気が狂いそうだった。
 しかしそんな男達の混乱などまるで無頓着に蘭子は続けた。

「もしかしたら・・・もしかしたら・・・私っ・・・」

 蘭子の声はどんどん盛り上がる。
 見上げる男達は唾を飲み込み、息を止める。
 そしてそんな中、蘭子は遂に荒木達を振り返った。
 そして興奮を抑えきれない声で叫ぶように言ったのだった。

「私って、ほんっっっっとっ、天才じゃないかしらぁっ!!」

 両手を胸の前でグーにして、目をキラキラと輝かせている蘭子がそこに立っていた。
 めちゃめちゃ上機嫌だった・・・みたいである。

「・・・あ」

 一瞬、なんのリアクションも取れなかったやくざ達は、しかし次の瞬間首振り競争でもしているような勢いで、首を縦にガクガクと振り出したのだった。
 そして口々に賛辞を贈った。

「仰るとおりっすっ!」
「御見逸れしましたぁ」
「魔法みたいっす!」
「ホント、マジで天才ッス」

 死刑宣告以外ないと思っていたところに一縷の望みが出てきたのだ。
 男達は必死に取り入ろうとした。
 そしてそんなヤクザ達の言葉を、なんと蘭子はホントに嬉しそうに聞いていた。

「あらぁ、やっぱりそうかしらぁ?うふふふっ、ま、私の場合眠っていた才能を呼び起こしたようなものなのよね。何て言うのかしら、努力して身に着けたって言うような汗臭い代物じゃなくて、元々持っていた、天性のモノなのよぉ」

 片手を口に当て、ホホホと笑っている。
 そんな蘭子の様子を見て、ヤクザ達の顔にもすっかり生気が戻っていた。
 この社会、下手に出ることもまたちょくちょく要求されるのだ。
 こういった手合いはある意味慣れていた。

「あなたもそう思ってるのかしら?」

 蘭子は荒木に微笑みかけた。

「そっ、そりゃぁ勿論そのとおりです」

 目を見開き滝のように汗を浮かべた顔で、荒木は精一杯追従笑いをした。

「そお。それじゃぁ、私に協力してくれるわね」

 そんな荒木の目をジッと見詰めながら蘭子はそう訊いた。

 協力とはいったい何なのか・・・

 荒木には一切判らなかったが、しかし反対に判っている事もあった。
 それは、今は何を言われても絶対に反抗出来ないという事だった。
 荒木は、思案するまでも無く肯いていた。

「無論、組を挙げて協力しやすっ」

 その答えに蘭子の顔は、またまたパッと明るくなる。

「良かったわぁ。じゃ、皆さんもOKね?」

 無論断る者などいる筈もなかった。
 しかしヤクザ達のその答えを確認した蘭子は、そこで急に振り向いたのだった。

「神宮寺!出番よっ」

 その言葉に、今までずっと黙って佇んでいた神宮寺が徐(おもむろ)に動き出した。
 まるでジャイ○ント・ロボみたいである。
 その唐突な動きにヤクザ達もぎょっとした視線を送る。

「な・・・何をさせるんで?」

 荒木が堪りかねて訊いた。

「別に・・・今までの仕事と余り変わらないわ」

 蘭子は横目で荒木をチラッと見て答えた。
 そして反対に石田に声をかける。

「ちょっと、あなただったわね?あの女3人を連れてきたのは」

 蘭子はちょっときつい目で石田を見ながら訊いた。
 途端に石田は震え上がる。

「えっ、いやっ、あのっ、あれはっすね、偶々居たんでして・・・」

 両手を必死で振って弁解する石田を蘭子は煩そうに遮り、言った。

「そんな事、どうでも良いの。そんなことより、あなたあの女達の居場所を知ってるんでしょ?ちょっと集めといて貰えないかしら」

 蘭子の意図を推測した荒木は、石田が答えるより先に口を挟んだ。

「畏まりやしたっ。あの3人、今日中に引っ張ってまいります」

 自分たちの身の安全の為ならば、知り合いの女3人を差し出すことなど何の痛みもなかった。
 案の定、蘭子は嬉しそうに笑う。

「あら、手回しの良いこと。でもそんなに慌てることないわ。あの女達の番は来週なの。先ずはあなた方よ。さ、神宮寺、お手本を見せなさいっ」

 そう言って蘭子は神宮寺の肩をポンと叩いたのだった。
 途端に、神宮寺はその場でズボンを脱ぎだした。
 下着も一緒に脱ぎ捨てる。
 あっという間に下半身が丸出しになった。

「あ・・・あのっ、蘭子さん?いったい何をおっぱじめるんで」

 荒木が困惑した表情で口を挟んだ。
 しかし蘭子は完全にその言葉を無視すると、唐突に指を鳴らしたのだった。
 パチンという冴えた音が響く。
 そしてその指を荒木にスッと向けた。

「じゃ、先ずは貴方からね」

 指を向けられた荒木はポカンとした表情で蘭子を見返している。

「な・・・何を・・・」

 しかしそれ以上荒木は口を利けなかった。
 いきなり物凄い力で顔を掴まれたのである。
 ぎょっとして視線を向けた先には、神宮寺の厳つい顔が見下ろしていた。
 そしてその顔が近づいてきたと思うと、次の瞬間いきなり荒木の口に吸い付いたのだった。

 自分の口腔に侵入してくる神宮寺の舌、そして唾液・・・

 荒木は本能的なおぞましさで、神宮寺を突き飛ばそうとした。

 しかし・・・

 荒木は愕然とした。
 腕にまるで力が入らないのだ。
 動かせない訳でなかった。
 しかし、まるで少女のような“か弱い”抵抗が精一杯だったのだ。

「あっ、荒木さんっ!」
「ジンさんっ、おいっ!やめねぇかっ!」

 突然の出来事に石田達は目を丸くして大声を上げる。
 しかし、その場から足を踏み出す者は居なかった。
 いつの間にか蘭子に体の自由を奪われていたのである。
 だからおぞましいその抱擁と口づけは、男達の目の前で長々と続けられた。
 そしてようやく神宮寺の口が離れると、荒木は体中の力を吸い取られてしまったように、その場で膝を着きそうになっていた。
 その荒木の襟首を神宮寺が片手で掴み、引き上げる。
 そしてソファの前に据えられた重厚そうなテーブルにその上半身をうつ伏せで横たえたのだった。

「て・・・てめぇ・・・いったい何を」

 奇妙なほど脱力した荒木は、顔だけをようやく振り向かせて、背後の神宮寺を見上げた。
 しかし、途端に絶望的な表情がその顔に浮かぶ。

 荒木は見たのだ・・・自分の背後でペニスを激しく勃起させている神宮寺の姿を。

「や・・・やめろっ・・・おいっ、ちょっと・・・やめろぉっ」

 荒木は精一杯もがいたが、体の向きすら変えられなかった。
 神宮寺の手は、当たり前のように荒木のベルトに掛かってた。

「やっ、止めてくれ、蘭子さんっ、たっ、頼むっ」

 荒木は神宮寺を止められないと見るや、蘭子に縋った。
 しかし蘭子は怪訝そうに肩を竦めているだけである。

「あらぁ?さっき協力するって言ってくれたじゃない。ダメよ、男なんだから覚悟を決めなさい」

 そして石田達を振り返って、言葉を続けた。

「貴方たちも、準備なさい。荒木さんが終わったら順番にいきますからね」

 そして、言葉も無く青ざめている男達に小さなケースに入ったハンドクリームを配っていったのだった。

「最初はこれを使うと良いわ。でも、早く慣れたほうが宜しいですわよ。これ追加はありませんことよ」

 そういって蘭子は初めてニンマリと笑ったのだった。
 その表情に、男達は体中の血液が足元から流れ出してしまったように、脱力した。

 (始めっから、そのつもりだったんだ、この女はっ)

 女衒として自分たちが遣ってきたことが、そっくりそのまま返ってくるのである。
 男達は始めて自分達の所業を後悔した。

「あら、そんな気落ちした顔しないで下さる?ホンの1週間ほどセックス漬けになる程度のことですわ。うふふ、皆さんにとっては慣れたモノですわね?」

 とどめのような蘭子の言葉だった。

「1週間っ!け・・・ケツを掘られ続ける・・・」

 それは誰の言葉だったのか・・・

 蘭子にも、もう区別がつかなかった。
 だから3人に等しく声を返したのだった。

「まっ!いけませんことよ、そんな受け身なことじゃ。貴方達は男性なんですから、入れてもらったらお返しに入れて差し上げないとぉ」

 小首を傾げ、まるで礼儀作法を嗜めるような優しげな口調で蘭子は話す。
 しかし、聞かされる男達は頭を殴られたような衝撃を味わっていた。
 3人とも目が皿のようだった。
 そして蘭子はそんな視線を余裕で受け止めると、一番端の石田にウィンクしたのだった。

「じゃ、貴方からお手本を見せてあげてね」

 蘭子のその軽い口調は、しかし絶対的な強制力で石田を動かす。
 石田は、呆然とした目で自分の体が勝手に動くさまを見ていた。
 忽ちズボンと下着を脱ぎ捨ててしまった。
 そして露わになった自分の股間が凄い勢いで勃起していることに気付いた時、石田は本当に絶望的な気持ちになった。

「さ、荒木さんのお口が空いてるわ。たっぷり堪能してくださいね」

 蘭子の言葉に、石田の足は勝手に動き出す。
 そして、その目の前には神宮寺の巨体に背後から圧し掛かられ、断末魔の悲鳴を上げている荒木の姿があった。
 石田の位置からも、荒木の尻に出入りしている神宮寺の巨根が見える。
 神宮寺に突かれる度に荒木の顔が鬼瓦のように歪む。
 石田はそんな荒木の口に自らの肉棒を差し出しながら、思っていた。

 (もう・・・もうこの組はお仕舞ぇだ・・・完全に)

 視線を逸らすことも、目を閉じることも禁止されている石田は、そのどうしようもない運命を受け入れるしかもう道が無いのだった。

< つづく >

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