催淫師 嵐前

─ 嵐前 ─

 雨桶市全域にかかった霧は、朝日に照らされ緑色に光っている。道行く人々はその不自然さに疑問を表すこともなく、歩を進めている。
「ああっ・・・」
 不意に一人の女性が喘いだ。彼女の顔は上気し、口の端からは涎が少し零れている。
「も、もう我慢できない・・・」
 彼女はその場に座り込んでバッグを放り出した。そして左手でベージュのスカートを巻くり上げ、右手をそ奥へと突っ込んだ。
「んんっ・・・くうっ・・・ああっ・・・」
 いきなり道端でオナニーを彼女を見て、通行人も一斉にオナニーをし始めた。中には近くにいる異性を襲う者もいる。
 いや、むしろオナニーをする方が少数であり、ほとんどの者が異性に襲われた。
「ああっ・・・」
「うおっ」
「おおうっ・・・」
 男女の様々な声が響く。彼らは皆、己の好きな体位で好きなように快楽を貪り始めた。

 止めた車の中で一組のカップルがセックスをしている。女は全裸になって脚を開き、男はシャツだけを着て女に跨っていた。
「ああっ・・・イク、イクウウウウウッ!」
 二人は同時に絶頂に達すると、抱き合ったまま余韻に浸った。しばらくそのままだったが、やがて男の方が起き上がった。
「どうする?もう一回やるか?」
 女はまだ上気している顔を縦に振った。それを見た男が愛撫をしようと彼女の胸へ手を伸ばした時、ドアがノックされた。
「なんだよ?ったくよお・・・」
 男は舌打ちしてドアを開けようとしたが、寸前のところで自分の状態を思い出した。
「そういや、チ×ポが濡れたままだったな」
 男は手探りでティッシュを探し出すと、勃起したままの己の一物を拭き出した。その間、もう一度ノックが聞こえてくる。
「分かったよ!」
 男は途中で諦め、しぶしぶドアを開けた。すると制服姿の婦警が顔を覗かせ、驚く男に向かって怒鳴りつけた。
「あなた達、何を考えてるんですか!道路の上で、しかも車の中でセックスしているなんて!」
 その剣幕にぼんやりと前を見ていた女も驚き、婦警の方を向いた。機先を制された形になった男は一拍置いてから反論を試みた。
「そんなのどこでやろうが俺達の勝手じゃねえかっ!」
「勝手じゃありません!」
 婦警は男の反論を一蹴すると改めて二人を睨んだ。
「あなた達がセックスしているのを見てムラムラきた人が事故を起こしたらどうするんですか?どんな人でもちゃんと奉仕して償うんですか?」
 男が怯んだのを見て、婦警は自分達の目的を告げた。
「という訳であなた達には取り調べを受けてもらいます」
「なっ・・・」
 男は思わず反論しようとしたが、婦警がなかなかの美人である事に気付き口を噤んだ。男の考えに気付いたのか、彼女は微笑すると手を彼の一物に伸ばした。
「全く立派なオチ×チンですね・・・余罪を追求した方が良いかもしれませんね」
 婦警は男に跨ると一物をミニスカートの中へ招き入れた。それについて男は抗議する。
「ちょっ・・・フェラはしてくれないのかよ?」
「あなた達以外にも取り調べなきゃいけないかもしれないでしょ?朝から出来る訳がないわ」
 夕方ならして貰えたかもしれないのか。男はそう考えると、自分の迂闊さを呪いたくなったが、婦警が既に濡れている事に気付く。
「あんた、もう濡れてるな?実は俺達のを見て興奮してたんじゃねえか?」
「あら、私達はいつでも取り調べができるようにしてあるわよ。それに取り調べ相手は一人じゃないしね」
 意味ありげに自分達を見ている女に視線を走らせると、婦警は腰を動かし始めた。
「んっ・・・んんっ・・・なかなか・・・気持ち良いわよ」
「へっ・・・あんたこそ・・・良い締りしてるぜ」
 二人は互いに奇妙な笑みを浮かべながら取り調べに没頭していった。

 市内の学校では全校集会が行われていた。生徒が全員整列し、点呼を終えると校長が演説を始める。
「皆さん、おはようございます。セックスは人類が誇る最も素晴らしい習慣です。祖先がセックスを勤しんできたからこそ、今日の私達があるのです。皆さんも存分に励んで下さい。それではレッツ・セックス!」
 号令と同時に皆は近くにいた者と一斉にセックスを始めた。

「今日はどうされました?」
 女医に向かって患者は勃起した一物を取り出して見せた。
「実は先生とやりたくてやりてくてしょうがなくなってしまったんです・・・これ、何とかして貰えますか?」
「あらあら、それじゃあこっちに来て下さる?」
 女医は微笑むとベッドに腰を欠け、ゆっくりと脚を開き、患者はその上にのしかかって行った。

 市内の住人達からは忌避されている洋館の窓辺に、一人の若い女性が佇んでいる。常人の目には見えない彼女の名前は魅矢。昔からここに住む悪霊であり、かつての主人であった。その彼女に一人の少年が背後から声をかけた。
「魅矢、おはよう」
「おはようございます、啓人様」
 完全に不意を衝いたにも関わらず、魅矢が驚かなかったので、啓人は内心で舌打ちをした。それを知ってか知らずか、魅矢は言葉を続ける。
「今朝は随分と遅かったのですね、もう九時を過ぎてますよ」
「ああ。もう学校に行く気はないからな」
 律儀に返答をしておいて啓人は首を傾げたくなった。どうして魅矢は最近、説教めいた言葉を口にするようになったのだろうか。最初の頃はただ従順だった筈なのに。
「それではこれからどうされるおつもりですか?」
 新しい質問に思考を中断させると、脳内に質問内容を反芻させてから答えた。
「ここの退魔士連中でも鍛えようかな、と思ってな」
「そして新手の尖兵にする?」
「ああ」
「勝てるとお思いですか?」
「いや、実のところ全く期待してない」
 魅矢は頭を抱えたくなった。目の前の主人は色々考えているようで全く考えていない。かと思えば策略らしきものを口にする。一ヶ月くらいの付き合いにはなる筈だが、未だに人物像を把握出来ない。
 不意に空気が動いた。台所にいた千鶴が入って来たのだ。
「啓人様、朝食になさいますか?」
「ああ。ホッドドックとサンドイッチ、それからコーヒーを頼む」
「既に用意は出来ております」
「流石だな」
 よく分からない人間がもう一人いた。啓人達の会話を聞いていてそう思わざるをえない魅矢であった。

 特別高くもなく、これといって名物もなく──国内でも地元の人間しか知らないような小さな山がある。ここに退魔士の総司令部がある事を極一部の者だけが知っていた。そして今、浮かない顔をした四人の老人が畳の部屋のちゃぶ台を囲んでいる。一見しただけではご隠居にしか見えないが、彼等こそが国内の退魔士を動かしているである。
「雨桶市の支部から連絡が途絶えて既に二十日か・・・何かあったと見るがどうであろうか」
「奴等が連絡を怠るのは珍しくないぞ」
「それはそうじゃが、万が一という事もある」
 会話は一旦途切れ、四人は湯飲みに入った緑茶を同時に啜った。
「念の為に何人かを派遣するか。杞憂で終わればそれで良し。一大事であれば直ちに鎮圧する。どうだ?」
「それで良いかもしれんな。では誰を派遣するかを決めるか」
 短い相談の後、十名の退魔士を送り込む事が決まると、一人が傍にある電話の受話器を取った。
 ・・・これからどんな展開が待ち受けているのか、恐らく当事者達も完全な予測は出来ないだろう。

< 終 >

≪後書きとかけて弁明と解く──そのこころは平謝り(汗)≫

 「終」とあるように催淫師はこれで終わりです。
 納得がいかない、という人もいるでしょう。
 この話、今後はMCもエロもほとんどなく、ひたすらバトルが続くのです。
 それで散々(一年以上(汗))迷った挙句、中途半端でも終わらせてしまう事にしました。
 拙作を掲載して下さった管理人さん、読んで下さった皆さん、有難うございました。
 そしてごめんなさい。

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