其の三 紅沫崩墜
荒野で三人が向かい合っている。
「全くもって単純な奴等だな、アーン?」
「貴様・・・」
三人の表情は様々である。余裕たっぷりに笑う者、顔を紅潮させ歯ぎしりする者。そして何かを考えこむような者。
「ホレホレ、もっと楽しませてくれよ」
そう言うと美濃部狂八は腕を真っ直ぐ伸ばし、切っ先をユラユラと動かす。
「何だ貴様・・・その構えは?」
「知らないのか?ふぇいしんぐってヤツさ」
「確か西部地方に伝わる剣術だ」
驚いたように二人は見る。
「知ってたのかよ」
狂八はやや気を削がれたような顔になる。これから自慢たっぷりに説明しようとしたのに話の腰をおられたのだ。
「ああ俺は師範をやってるからな」
そう言うと同時に、狂八と似た構えをとる。
「おや?俺以外にも使える奴がいたのか」
「今の時代、珍しくないだろ」
「確かに・・・ジパールは剣術ぶーむだからな」
「庶民を除いて、だろ」
「く・・・」
狂八のコメカミがピクピク動く。いつも相手を挑発し、自分のペースに巻き込んでいるので自分がそうされるのは慣れていないのだ。
「・・・さっさと掛かって来やがれ」
「何だよ、さっきまで挑発してたくせに」
男はフン、と鼻で笑う。完全に立場が逆転している。
「こんな事で冷静さを欠いてるようじゃお前も大した事ないな」
「て、てめえ・・・」
自分の器は小さいと自ら吐露しているかの台詞を余裕を持って受け流す。
(『邪剣士』の底は見えたっ!)
そんな思いが二人を捉えていた。
「もういいっ!オレの恐ろしさを教えてやるっ!」
意外と短気で単純な狂八は沸点に達している。
「かも~んっ!」
「「・・・(汗)」」
表情とは余りに対照的な掛け声(?)に二人は力が抜けるのを感じた。だがそれも僅かな時で、すぐに異変に気付く。
「あ、あれ?」
「お、おいっ!」
自らの意思を無視して、二人の体は前に進み出す。
「自分で腹を刺せ」
「「???」」
わけもわからぬまま二人の持つ刀は、二人の腹を突き抜けた。
「が・・・?」
「ぐっ・・・」
膝から崩れる二人を見て、狂八は復活した。
「ハハハハハハハハハッ!何で自分の腹を自分で刺してんだぁ?お前等、馬っ鹿じゃねえのか?ア~ン?」
哄笑し続ける狂八を二人は悔しそうに見上げるが、どうしようもない。
「少しは分かったかっ?オレの恐ろしさがよっ?ハハハハハハハッ!」
笑いながら二人の頭を切り刻んでいく。
「ふんっ・・・生意気な事ばっかり言いやがって・・・」
四人の死体に言い捨て、狂八は去って行った。
(いい加減、黄色民族には飽きてきたしな~。そろそろ白色民族か黒色民族がいいな)
行き交う人々に目を遣りながら狂八は次なるエモノを狙う。
(遊女屋に行くか・・・いや?かじのへ繰り出すか?)
色々な種族の女が集う遊女屋、ここから離れてはいるが一攫千金と目のホヨーが叶うかじの。どちらも捨てがたかった。そんな二つの欲の板ばさみになっている狂八の目に、
二軒の家が目に止まる。片方は石、片方は木や藁が材料だろう。
「お袖達の家は立派なレンガ造りだったし・・・。ホント、貧富の差なんて家を見ただけじゃ分かりっこないよなぁ」
どちらも狂八が好きな雰囲気を漂わせている。見た目だけなら、石造りの家の方が上だろう。だが、どちらを材料に家を建ててもその値段はほとんど変わらない。
「オレの家もレンガだったらいいのに・・・ま、こんな“混沌の時代”だからしょうがねえ事はしょうがねえんだが」
そう、ここは混沌の時代。世界に国境などは無く、言語・民族・文化が入り混じり、飛び交う。自治政府が数十年前に定めた『ワエ―べ語』と呼ばれるものが、共通語となっているのである。欲しいモノはその気になれば大抵、手に入る。狂八が一番好きなのは女と卑怯であるが、一番欲しいのはレンガ造りの家。女を売って得た金で買おうとしないのが“女の世話にならない”狂八らしいところでもある。
「ねえねえ、かじのへ行こうよ!」
周囲を無視した甲高い声。狂八が眉をひそめて目を遣ると、一組のカップルが喧嘩している。二人共金色の髪に碧い眼・・・白色民族であった。
「カジノって・・・今からわざわざユートピアへか?」
男は不機嫌そうである。それも当然と言えば当然なのだ。かじのは世界と言うか、一つの大陸の中心地・・・五都の一角、央都ユートピアにしかないのだから。
(そりゃ、わざわざこんなとこからゆーとぴあに行きたくないよなぁ・・・かじのの為だけに)
流石の狂八も男に同情したくなる。
「四六時中、走りつづけたとしても三日はかかる。そんなとこへカジノの為だけに行くかフツー?」
「いいじゃない、旅行もついでにさあ?」
(普通は逆だろ)
狂八でさえ、まともなツッコミを入れるしかない我が侭ぶりである。
(旅行ついでに行くのが普通なのに、本末転倒って言うか・・・!!)
「そうか・・・これは使えるな」
欲望と閃きでギラギラ輝く目、ニタニタ笑う不気味な顔。誰にも見咎められなかったのは、一種の奇跡である。二人にスタスタと歩みより、女の方に声を掛ける。
「オレとユートピアへ行かない?」
ちょっと驚いたようだが、すぐに女はにっこりと微笑んだ。
「アナタも行くの?いいわよ」
「ちょっと待てっ!」
慌てたのは男である。自分の恋人が見知らぬ男と旅行するなんて・・・
「ゼッタイに認めんぞ!」
腕組みをして、狂八の方を睨みつけてくる。
「アンタに許してもらわなきゃいけない覚えはないわっ!」
美人だけにその睨みは結構迫力がある。
「さっ!行きましょ!私はヘレナ。宜しくね」
男は無視する事に決めたらしい。狂八の腕をとってさっさと歩き出す。
「待てっ!まだ話は終わってないぞっ!この泥棒猫っ!」
見苦しく喚く男を無視し、二人は足早にその地を後にした。
「ところでさ、男にも泥棒猫って言うのかな?」
「さあ?女が猫なら男は犬なんじゃない?」
そう言ってニコニコしている。
(こうして見ると結構いい女なんだよな・・・て言うか、気まぐれ猫なんじゃ?)
今日はよくペースを奪われる狂八。
(厄日か?)
そんな考えが頭をかすめる。
(今日入った七十宝、泡と消えないよな・・・)
生まれて初めて自分の未来が不安になる狂八であった。
「ここに泊まりましょ」
ヘレナが指したのは、いかにも高級そうな旅館であった。
「べ、別にここじゃなくても・・・」
他にも旅籠・旅館・ホテルはある。泊まっても今ならびくともしないが、湯水の如く金を使わされそうで狂八は背中に冷たいモノが流れていくのを感じた。
(ま、まあいざとなりゃ他の奴の金を分捕るだけだが・・・)
今の狂八の心境程、ヤケクソという言葉が合う状況はそうそうないだろう。
「何言ってるの?心配しなくても、自分の分は自分で出すわ」
「ほ、本当に?」
思わず本音がもれてしまう狂八。
「どういう意味よ?私をなんだと思っているの?」
目が失礼ね、と言っている。
「し・・・失礼・・・」
(今日は厄日だ・・・)
「食事を含めて一泊料金八宝になります」
思った通り、並みのホテルよりも高かった。
(この調子じゃ、最悪片道で消えるな・・・まぁいい)
早くも切り替え、【毒食らわば皿まで】と腹を括ったというか、そうするしかない狂八。
(毎晩、元はとれるだろう)
美しい同伴者を見て、当初の目的を再確認する。
(世間の厳しさ、俺のいや男の本性を教えてやるぜ!)
いつもと勝手が違う為、らしからぬ事を考えている狂八。当然の事ながら部屋の方は、
「二つとったから一人八宝。払えるわよね?」
「当たり前だ」
値踏みするような目で見られ、憮然としてしまう。部屋に荷物を置くとすぐにヘレナの部屋へと向かう。
「ちょっと、勝手に入って来ないでよ」
扉を開けると同時に声が掛けられた。どうやら予想していたらしい。
「じゃあ錠くらい掛けとけよ」
一応どの部屋、どの宿泊施設も戸締まりは出来る。もっともそれは鍵であったり、つっかえ棒であったりするが。
「うるさいわねっ!こっちの勝手でしょ!」
誕生以来、自分と対等以上に傍若無人な輩と長期間接した経験が無い狂八はすでに爆発が近かった。当たり前だが、自分の完全に棚に上げている。
「ったく、ピーチクうるせえんだよ」
低く、決して大きくないが凄みのある声に一瞬へレナは気圧されたかのように黙ってしまう。錠を下ろすと、ヘレナを押し倒した。
「や、やめて・・・」
「何だぁ?急に弱気になりやがって」
急に自分のペースを取り戻し始める。
(民族は違っても女には違いはねえ・・・)
「おい、男性性器の事を何て言ってる?」
「え?そ、そんな事を言わせる気?」
「答えろよ」
下品な薄笑いを目の当たりにし、背筋に寒気が走る。ある程度の事は覚悟していたが、まさかこんな事態になるとは思ってなかったのだ。
(こ、この男・・・変態じゃないの?)
「ペニスよ」
(え?嘘?)
ヘレナは愕然となる。確かに自分の口は卑猥な言葉を発したのだ。
「ほぉ・・・じゃ他にはどう言う?」
「お○んちん・・・まら・・・」
(なっ何故っ?一体何なのよっ?)
引き攣った美しい顔を見、狂八は溜飲を下げた。
「随分といやらしい言葉を知っているんだな」
いっそう笑みを深くし、本番に入る準備をするが、
「随分とお楽しみのようだな」
有り得ぬ筈の声が、部屋に流れる時を止めてしまった。
「だ、誰だっ?」
いくら女に気を取られていたとはいえ、狂八にとって屈辱的な事である。
「!!お、お前は・・・」
二人が見たのはヘレナの恋人、此処に来る時に置き去りにした男だった。
「何でお前が此処にいるっ?一体どうやって入りやがったっ!?」
すぐに立ち直ったのは流石だったが、口にした内容は平凡の域を出なかった。
「錠を開け、そして下ろして」
まるで別人のような、にこやかな笑みを浮かべて男は答える。
「お前・・・何者だ?」
辛うじて憤怒を抑え、狂八は言葉をつなぐ。
「お前が襲った女のぼーいフレンド・・・ヘルス・ノースウッドだ。覚えておけ」
「いちいちややこしい言い方をしてんじゃねえっ!何のようだ?女に未練でもあんのか?」
「いいや、お前を殺しに来た・・・『邪剣士』美濃部狂八」
「いい度胸じゃねえか。こっちはそんなの慣れっこだ、返り討ちにしてやるから表へ出な」
「もちろんだ・・・ちゃんと武器を取ってこいよ」
五分後、二人の男は人気のない路地裏で向かい合っている。一人は中段に構え、もう一人はフェイシングの構えをとった。
「じゃあ行くぜ」
狂八は一気に間合いを詰めると、ヘルスの顔に唾を吐きかけた。ヘルスはしゃがんでそれをかわし、素早く強烈な突きを繰り出した。
「うおっ!」
間一髪で狂八はそれをかわした。
「ふ・・・一応力はあるようだな・・・」
「そっちこそ・・・オレの卑怯技をかわすとはやるじゃねえか」
((コイツ・・・強い))
どちらも相手を侮っていたのが正直なところだ。必殺を確信して放った技・・・少なくとも今までの敵を悉く倒してきた技をどちらもかわしたのだ。
「こりゃ認識を改める必要がありそうだ・・・」
「それはこちらの台詞だ」
両者が発する、冷たく乾いた殺気が周囲を覆い尽くしていく。
「んじゃ奥の手だ・・・“こっちへ来い”!」
ヘルスは平然としている。
「そんなもの私には通じん」
「な・・・何?」
愕然としている狂八に対して、
「超能力で相手を操り倒す・・・これも卑怯技か?」
冷静に分析し、念を押すように尋ねる。
「・・・・・・」
彼の能力が通用しない相手も初めてである。
「卑怯も超能力も通じない相手にどうやって戦う?」
「・・・貴様如きっ!この体だけで十分だっ!」
開き直った狂八が斬りかかるが、その剣撃は悉くかわされる。焦る狂八へ、ヘルスの狙いすました攻撃が入った。
「が・・」
細剣に心臓を貫かれ、かすかな苦鳴とともにドサリと倒れた。邪剣士と呼ばれ、卑怯技に徹した美濃部狂八の最期である。
「ち・・・ゲームオーバーか」
「ワーストエンドだな・・・」
二人の男がパソコンと向き合っている。
「で?感想は?」
「こんなの発売したらお前の会社倒産するぞ」
友人に渡された試作品をプレイした感想。引き攣った顔を見て言葉をつなげる。
「大体、設定に無茶があんだよ。何もかもが無節操にごちゃ混ぜなった世界を舞台にして
何処が【時代劇】なんだ?」
「時代劇ってのは『多くの時を経て古くなった事柄を劇や映画にしたもの』なんだ。別に江戸時代って決まってるわけじゃないんだぞ」
「またそんな屁理屈を・・・」
「屁理屈じゃないって!他に何かないか」
「・・・キャラの名前がいい加減だ。主人公の名前をアナグラムで決めてんじゃねえよ」
「や、やっぱりバレたか?」
頭を掻いている京ノ部道葉(きょうのべ みちは)。ゲーム会社に勤めており、今度の作品を作った人物である。
「単純過ぎ・・・おまけにあの北部民族の男は何だ?俺の名前を英語にしただけだろ」
不満そうに言う北森健康(きたもり たけやす)。
「アレは一応ラスボスだぞ?」
「女を寝取られて逆上した男にしか見えん」
「いや?最初はそういう設定だったし」
「・・・・・・」
気まずい沈黙が訪れる。
「そ、そうだ。ヘレナは何処から取ったから分かるか?」
「どうせヘレニズム文化からだろ」
冷たい即答に怯む。
「うっ・・・な、何で分かった?」
「お前世界史を選択してただろう」
二人は中学以来の親友、大抵の事ならすぐにわかる。
「もう少しマシな事を思いつけよ」
「面白いと思ったんだけどな~。駄目だったか・・・」
「面白いのはむしろお前の思考回路だよ」
「それはどういう意味だ?」
流石に京ノ部はむっとした顔になる。
「評価できるのは時代劇に対する固定観念を打ち破ろうとした姿勢だけだな」
「じゃあ今度はお前が作ってみろよ」
「ゲームを作るのがお前の仕事だろうが」
二人の口論は延々と続く。
「ところで俺達は何してるんだ?」
「それに何でこんな所にいるんだ?」
「お前覚えてないのか?」
「覚えてない・・・」
「俺も覚えてない・・・」
彼等の足元で『邪剣士帖』と書かれた紙が灰になった。
< 終 >
何かこじつけたというか、辻褄合わせただけというか・・・。
アレがなければもう少しマシになってたかなぁ・・・いやおんなじか。