皆様、初めまして。
私は吉野葉月と申します。
今は午前七時、もう彰矩様を起こす時間です。
彰矩様は、私の主であり、この屋敷の持ち主であられます。
いつものようにノックしてからお部屋に入ります。
「彰矩様、おはようございます」
「ああおはよう」
そのお声を聞きながら、私はカーテンを開けます。
本当ならば、起こす必要はありません。
でも、起こしに来るように、という彰矩様のご命令なのです。
「彰矩様、お食事は食堂で召し上がりますか?」
「ああ」
これもいつもと同じです。
極稀にですが、お部屋で召し上がる場合があるのです。
確認が済んだので、私は彰矩様にお辞儀をしてお部屋を出ました。
まだ私がしなければならない事はたくさんあるのです。
「ふう・・・起きるか」
そう呟くと私はベットから出た。
昨日は製作の為に夜更かしした所為でまだ眠い。
かと言って起きないと静香がうるさいし・・・。
もうすぐ完成するのだ、例の作品が。
そうすれば、私の願いは叶うのだ・・・現状を打破したいという願いが。
「ふー」
冷たい水で顔を洗うとさっぱりする。
さてと・・・そろそろ食堂に行くか。
いい加減にしないと、静香ばかりかコックにも文句を言われかねないからな。
さっさと済ませて続きをやろう・・・出来れば今日中に完成させたいからな。
私は廊下に出ると、窓から外を見た。
庭に・・・と言ってもそれだけでも千坪くらいあるが。
窓から見えるのは、嫌味なまでに広い庭と、そこに植えられた数多くの植物だ。
緑が必要なのはまだ分かるが、庭などこれだけ必要なのか?
・・・恐らく建てた人物の見栄だろう。
おっと急がねば・・・眼鏡の奥からの鋭い眼光が、脳裏に浮かんだ。
食堂に行くと、予想通りの光景があった。
私にとって大問題である、四人の女性が揃って立っていた。
「彰矩様、遅刻です」
そう言ったのは静香・・・我が家の執事だ。
いつも黒いスーツを身に纏い、怜悧な美貌から想像出来る通り、口うるさい。
外からの第一印象は、有能な秘書かキャリアウーマンだが、その通り彼女は優秀だ・・・そうだ。
他にはそうだな・・・深窓の令嬢の教育係、と言うべきか。
「少しくらい遅くても変わらないだろう?」
「いいえ、健康は規則正しい生活から生まれるのです。それに料理は作りたてを召し上がっていただかないと、コックも不満でしょう」
・・・私の事を思っての事なのだろうが、毎度やかましい。
ほっとくとまだ続くなこれは・・・。
助けを求めるべく、ちらりと他の三人を見る。
「静香さん、お料理が冷めてしまいますよ」
私の意図を察して、葉月が口をはさんでくれた。
流石はメイド長・・・私以外に唯一静香に反論できる存在。
「分かりました」
静香はあっさりと引き下がった。
自分も言及した料理について言われた所為だろう。
何だかんだ言って、静香に矛盾という文字はない。
もっとも言ったのが私なら、話を逸らすな、と言われるのがオチなのだが。
葉月に目で礼を言うと、目礼を返された。
その葉月は、さっきも言った通り我が家のメイド長。
静香とは対照的に、柔らかで温かい印象を与える女性だ。
人間離れした美貌と、真面目で静香でさえ頼りたくなるような側にいる人間を包み込む雰囲気と性格、そして何事もそつなくこなしてしまう・・・これが葉月がメイド長たる所以だ。
葉月は大抵、微笑んでいる。
私を励ますような、安心感を与えるような、そんな笑みを浮かべている・・・私と同い年の筈だが。
私が一人で朝食を摂っている間、四人は黙って立っている。
私は今悩んでいる。
自分で言うのも何だが、この広大な屋敷に美女四人と暮らしているのだ。
今の環境は・・・健全な男子にとっては地獄だ。
静香・葉月・ラナ・桐江・・・この四人を見て、私が全く手を出してない事を知れば、全員私が不能者か衆道家かと疑うだろう。
よくもまあこれだけ揃えたものだ。
この四人を見る度、私は両親に対して感心とも呆れとも言える感想を抱く。
静香は父の代から家に仕えているし、他の三人も父や母が連れて来たのだ。
そして、静香が私のお目付け役となっているのが、父の遺命なのだ・・・厄介な事をしてくれたものだ。
何故手を出さないか・・・恐れなどはない。
だが、彼女達を傷つけたくはないのだ。
確かに私は嫌われてはいないだろう。
好かれているか、という質問に対してはあまり自信がない。
だが、嫌われていないというのなら自信はある。
迷惑はかけているが、嫌われるような事はしていない。
まあ・・・ただの自己満足という可能性もあるが。
嫌われたくない、という思いがあるのかもしれない。
それでも彼女達に悲しい顔をさせたくはない。
私はいつものように朝食を終えると、地下へと向かった。
私は“M・R”と書かれた部屋に入る。
此処が私の研究及び製造室だ。
床に散らばっている部品の大群を避け、机へ向かう。
今作っているものは、既に最終段階まできている。
これが作り終わると性能実験に入る。
それが終わると、また依頼品を作らなければならない。
作業と言っても、ネジを四本締めるだけだ。
よし・・・これでエネルギー永続型音波発生装置、通称“洗脳ス~ル”の完成だ。
本当は昨夜のうちに完成させたかったが、例の如く静香の諌言の為に途中で切り上げたのだ。
これは見た目は小型のスピーカーだが、スイッチを入れるとそこからは特殊な音波が出る。
この音波を浴びた人間は、極端に暗示に掛かりやすくなる。
但し、私の肉声以外では誰かが暗示に掛かる事はない。
つまりこれは私専用の洗脳アイテムなのだ。
さあ実際に使ってみよう。
私は“洗脳ス~ル”と腕時計を持って書斎に向かった。
その最中に、ラナと出くわした。
ラナはちょっと驚いた顔をしたが、直ぐに私に一礼した。
「彰矩様、実験は御済みですか?」
ソプラノの美しい声が、心地良い。
「ああ・・・コーヒーでも淹れてくれ」
「かしこまりました」
もう一度頭を下げると、ラナは食堂に向かって歩き出した。
何処で飲むか、などは言う必要がない。
あいつも相変わらずだな・・・。
滅多に感情を見せない。
確かラナは、クォーターだった筈だ。
彫りが深く、日本人離れした美貌に茶色掛かった目。
髪は美しい黒髪なのだが。
書斎のに入ると、“洗脳ス~ル”を壁に取り付けた。
軽く実験するか。
私は一緒に持って来た、デジタル式の腕時計を口に近づける。
「ON!」
そう言うと、“洗脳ス~ル”の緑のランプがついた。
起動は成功だな。
「OFF!」
緑のランプが消えた。
これで後は、効能のテストだけになったな。
「ON!」
もう一度スイッチを入れると、時計を机に置いた。
スイッチも私の肉声でないと、作動はしない。
一々声に出さなければならないのが難点だが、その代わりこの時計は○シ○ックなどよりも頑丈だ。
椅子に座ると同時にコンコン、とノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
ラナがコーヒーを持って来たのだろう。
だが、その後に静香も入って来た。
・・・何か急用でもあるのか。
ラナは私の指示を待たず、一礼をして出て行った。
室内の音は一切聞こえず、室外の音は良く聞こえる・・・それがこの部屋の特徴だ。
「急用か?」
静香は軽く頷いた。
「鍵を掛けろ」
静香はためらわずに従う。
私の居場所は、恐らくラナに聞いたのだろう。
鍵を掛けるという事は、メイド達に聞かせるわけにはいかない、何か重要な事だろう。
「何事だ?」
「依頼についてです」
「大物から来たのか?」
「はい。A国とK国から。他にもS県からも」
・・・いい加減依頼を引き受けろって事か。
「まだI国の注文に取り掛かってないぞ」
そう、ここ二日は“洗脳ス~ル”を作ってたからな。
静香は大きく溜め息をついた。
「急がれないと彰矩様の信用問題にかかわるかと存じます」
「そんなもの、最初からないだろう」
各国の工作員もしくは暗殺部隊と考えられる奴がしょっちゅう侵入して来ている。
・・・今のところ生きて帰った奴はいないようだが。
「それとこれとは別でしょう。大体、本来ならば勉学に励むべきお年でしょう」
静香の堅苦しい説教が始まった・・・このままだとまずいな。
「対核用レーザーなんか半日あれば十分だ」
それを聞くと、静香は再び溜め息をついた。
「引き受けた以上は早くしろって言いたいのか?」
「早く仕上げた方が、先方も喜ぶでしょう」
静香は冷然とした態度を崩そうとしない。
「説教されてると余計に時間の無駄だな」
「別に私は彰矩様が過ごされている時間が、無駄だと申しているわけではありません」
よくも早口でこれだけ分かりやすく物が言えるな。
悲しそうな顔・・・と言っても恐らく私達くらいにしか分からないだろうが・・・をしてなかったら、むっとしているところだ。
そう言えば、本当のところはどう思っているのだろう。
いつも口やかましく言っている、静香の本音。
“洗脳ス~ル”を起動させている今がそれを聞く絶好の機会だ。
でも待てよ・・・暗示ってどうやって掛けるんだ?
・・・・・・取り敢えずやるだけやってみるか。
「静香、そこに座れ」
置いてあるソファーに座るように命令する。
「いえ私は・・・」
やはり辞退しようとする・・・堅苦しい奴め。
「いいから座れ」
有無を言わせぬ口調にする。
「・・・はい」
やっと従ったか・・・やはり効果範囲を広げた方が良さそうだな。
時計のボタンと一つを押す。
これで音波の効果範囲は、この部屋全域に広がった筈だ。
私はついでに、音波の強さを最大にした。
どうせエネルギー切れは起きないし、私以外には使用不可能なのだ。
それに私の物を勝手に触るような者は屋敷にいないし、触りそうな者は入って来る事さえない。
「まず肩の力を抜け」
相手に暗示を掛けるには、信頼関係が必要だと聞いた事がある気がする。
だが今は、強力な波動によって強制的に深い状態にまで落としている・・・筈だ。
何せこの手の物を作ったのは初めてだ・・・対ミサイル用兵器云々なら腐る程作ったが。
私だって失敗する事はある。
「少しずつ体が軽くなっていく・・・段々と肩から力が抜けていく」
「あ、あの・・・彰矩様?」
静香が困惑した顔になる。
自分の体に異変が起きた事を感じたのだろう。
「肩の力が抜けるにつれて、頭もボーッとしてくる。段々何も考えられなくなる。もうお前は私の声以外、何も聞こえない」
静香の顔から表情が消えていった。
普段見慣れた、冷たく知的な印象は消え、精巧な人形のようだ。
無論、血が通っているという事を抜きにしてだ。
こうして見ると静香は非常な美人だ。
純然たる美しさならば、葉月やラナにも劣らないかもしれない。
さてと・・・本来の目的を始めよう。
まずは、静香の本音・・・私に対する感情からだな。
「静香、私の声が聞こえるか?」
「聞こえます」
声に普段の張りがない。
思わず、ゾクッときてしまった。
「お前は私の質問に答えなければならない、いいな?」
「はい」
微かにだが、頷いた。
取り敢えず、差し障りのない事から聞いた方が利口だろう。
「お前の名前は?」
「葛城静香です」
まずは一つクリアだ。
「職業は?」
「執事をしております」
これで二つ目。
「お前の主人の名前は?」
「賀見原彰矩様です」
ここまではいい・・・問題はこれからだ。
「それはどんな人物だ?」
「どうって言われても・・・」
なんか戸惑っているな。
「執事としてだ、どんな人間だと思う?」
「思いやりがあって立派な方です」
「確か・・・まだ若いと聞いた事があるが?」
「年なんて関係ありません」
・・・ちょっと意外だな。
本音を語ってない、という可能性もあるな。
「お前はどんな事も正直に答えなければならない」
静香は頷く。
「その人物に欠点はないのか?何か不満に思う事は?」
「ありません」
じゃあ日頃の小言は一体・・・?
待てよ?他人に言っていると思っている可能性があるな。
それならば、不満など言わないだろう。
自分の主の不満など、他人に言うものではない・・・静香なら、こう考えてもおかしくない。
ならどうすれば良いか・・・やはり自分自身が一番か。
「今から聞こえる声は自分自身の声。お前に問うのは、他ならない自分自身だ」
これなら多分大丈夫だろう。
「今の主人に仕えられて幸せか?」
「ええ・・・幸せよ」
成る程・・・この話し方からしても、本当だろう。
「不満に思う事はないか?主人の事、周りの人間の事で」
「ないと言えば嘘になるわ・・・」
ためらいがちだが、そう答えた。
やはりあるのか。
直せる事なら直した方が良いからな。
「じゃあその事を口にしてみろ。一体何が不満なのか、口にして確認してみろ」
「・・・彰矩様は、もっとご自分を売り込んでもいいと思うの」
おや、そうきたか。
「何故そう思うんだ?」
「私が言うのもおこがましいけど・・・彰矩様は凄い作品をお作りになるのよ。ならば、もっと評価されても良いと思うの。彰矩様は少し欲がなさ過ぎるって思うのよ・・・」
・・・そういう事だったのか。
だが、全く欲がないというわけでもないのだが。
報酬が多い依頼をよく受けるし、お前達に対しても・・・。
「他は?他には何もないのか?」
「不満なら何もないわ」
引っかかる言い方だな。
もう少し突っ込んで聞いてみるか。
「私の目をよく見ろ」
静香の虚ろな目が、私の目に釘付けになる。
「段々私の目に吸い込まれていく。お前はもう何も考えられなくなる。何も考えず、私の声に従いたくなる」
従いたくなる、と言えば多少の無理があっても大丈夫だろう。
「お前は私の声に従うのが嬉しい。お前は私の言う事なら、どんな事でも喜んで受け入れる事が出来る」
これも案外面倒なものだな。
「お前は今、とても幸せになりたい。そして私の言った通りにすればそれが叶う。私の言う通りにすれば、お前は念願の幸せを手に入れる事が出来る」
・・・これくらいで良いか?
「例えどんな事でも、幸せになる為にはしなければならない。お前は幸せになる為なら、どんな事もする事が出来る」
・・・もういいだろう・・・。
それにどんな事でもすると言っても、そんなに大した事をするわけではない。
「まずは私の質問に答えるんだ」
静香は頷く。
「今までに男と付き合った事はあるか?」
ないとは思うが、念の為だ。
「ありません」
先代の執事に小さい時から教育されていたからな。
はっきり言って、恋愛などしている暇はなかっただろう。
それでも好きになった男はいるだろう。
・・・単なる好奇心だ。
もしかしたら、誰も好きになった事がないかもしれないが。
「じゃあ今までに誰かを好きになった事は?」
「あります」
静香は少し嬉しそうに答えた。
暗示の所為か?それとも・・・。
「それは誰だ?」
静香は口篭もってしまう。
答え難かったか?
「・・・彰矩様です」
何っ?今・・・私だって言ったか・・・?
「それは主人である賀見原彰矩の事か?」
「はい・・・」
消え入りそうな声だ。
実際、恥ずかしそうに俯いている。
これまで上手くいっていると思ったら、もしかしたらこれも原因なのか?
それにしても、まさか静香のこんな姿を見るとはな・・・。
「それで告白したのか?」
していないのは分かっていたが、敢えて尋ねる。
「いいえ・・・まさか、そんな・・・」
静香は首を振って否定した。
「それはどうしてだ?」
何となく答えは予想出来るが・・・。
「許されません、私などが彰矩様に告白するなど・・・」
やはりな・・・だが、少しからかいたくなったな。
「想う事は許されるのか?」
「そ、それは・・・」
案の定、静香は言葉に詰まった。
「好きになるのやはりいけないよな?」
「そ、その通りです・・・」
静香は泣きそうな顔になった・・・ちょっとやりすぎたか。
「じゃあ向こうから告白されたらどうする?」
「・・・いけません」
首を振りながら、うわ言のようにいけないと繰り返した。
いい加減にしておくか・・・。
「別に構わないだろう」
「え?」
ちょっと驚いたらしいが、私は続けた。
「お前は主人の事が大切なのだろう?」
静香は頷く。
「ならば主人の望む事をしようとは思わないのか?」
「彰矩様の望む事・・・私は出来なかったの・・・?」
ショックを受けているようだ。
「お前の主人は信用出来ないのか?」
「そ、そんな事はありません!」
静香は慌てて否定した。
「つまらない人間に引っかかるような男なのか?」
自分で言うのもなんだかな・・・。
「そ、それは・・・」
どうやら本気で悩んでいるらしい。
「お前は主人に幸せになって欲しくないのか?」
「なって欲しいに決まってます・・・」
言葉に勢いがない。
自分のやってきた事が、間違いかもしれないと思っているのだろう。
「お前はどんな事も主人の望みを叶える・・・それがお前の幸せだ」
「彰矩様の幸せが、私の幸せ・・・」
別にこれは暗示を掛ける必要はないかもしれない。
だが、ものはついでと言う。
「お前は主人が望む事なら、どんな事も出来る。お前は主人に何かを望まれるだけで幸せになれる」
「彰矩様に望まれると幸せになれる」
少しずれてるか?・・・まあ良い。
「お前は主人の願いに答えると、もっと幸せになれる」
しつこいかもしれないが、これくらいが良いだろう。
「主人の幸せがお前の幸せだ、分かるか?」
「彰矩様の幸せが私の幸せ・・・」
念の為に後一息・・・。
「お前は何をしていないという事はない。主人が望む限り、お前は何をしても許されるのだ」
静香にとっての、タブーの消滅させる。
「お前にとって一番大事なのは、主人の意思だ。何があっても、主人の意思が最優先される」
これまでの、私の為を思って・・・という言動は減るだろう。
このまま元に戻すとどうなるだろう?
やはり、暗示を掛けられた事は覚えているのだろうか。
だとしたら、記憶を消しておく必要がある。
「今まで私に言われた事は覚えているな?」
「はい」
「言ってみろ」
「私は彰矩様が幸せなら、私も幸せになれます。彰矩様がお望みならばどんな事もいたします。それが私の幸せであり、彰矩様に望まれるだけで幸せになれます。彰矩様の願いを叶える事が出来るのが、私の一番の幸せです」
何か・・・幸せに偏った気がするが。
「今言った事を、無意識の中で覚えているんだ。でも、私に暗示を掛けられた事は忘れるんだ」
静香はもう一回、頷く。
果たして上手くいっている事か・・・。
「今から五を数えると、お前は元に戻る。元に戻ったら、お前は用件が終わったので出て行く・・・一、二、三、四、五」
みるみるうちに、静香の表情が変わっていく。
「静香、どうしたんだ?」
「いえ・・・用は済みましたので、私はこれで失礼します」
立ち上がって一礼すると、静香は出て行こうとする。
「待て静香」
当然、このまま行かせる気はない。
「何でしょう?」
珍しく呼び止めたので、静香は不思議そうに立ち止まる。
私は静香に近寄る。
「彰矩様?」
どうやら本当に忘れているようだな。
静香の頬を優しく撫でる。
「一体何を・・・」
かなり戸惑っている。
「キスしようか」
静香はまず、目を見開き、ついでつり上げた。
「何を仰るのです!」
「私が望む事なのにか?」
「え?」
段々と表情が変わっていく。
怒りの表情から、困惑、喜び、そしてその両方。
見ていて面白い程だ。
どうやら、成功のようだ。
「良いだろう?」
「は、はい・・・でも・・・」
「私の願いを叶えたくないのか?」
この一言が止めだったらしく、表情から喜び以外の表情が消えた。
「叶えさせて下さい」
自分の唇を、静香のものに重ねた。
「ん・・・」
僅かに声と、甘い声がもれる。
柔らかい感覚が、私の神経を支配する。
どれだけの時間が経ったか分からないが、やがて私の方から唇を離した。
静香の髪を優しく撫でてやる。
嬉しそうに微笑む静香と、見つめ合った。
「静香・・・幸せか?」
「はい・・・」
取り敢えず、今日はこの辺にしておこう。
無理は禁物だからな。
「出て行っていいぞ」
「はい・・・」
少し名残惜しそうだったが、静香は出て行った。
その後で私は、“洗脳ス~ル”のスイッチを切った。
さて、これからはどうしようか・・・。
< 終 >