マイナス×マイナス 1話 平和な世界 前編

【第一話:平和な生活】 前編

「平和な生活?」

――そう、平和な生活。

 俺は、頷く。

「あはっ! あはははは、キミの口からそんな言葉が出るとはね。あはは」

 一瞬驚いたように目を開き、その後お腹を抱えて笑い出す。

――何だよ、平和な生活を送っちゃいけないのか?
 
 少し…むっとした。

「いやいや、そういう意味じゃなくてね。いや、それは勿論送っちゃいけないんだけど、それじゃなくて――嬉しいんだわ、素直に」

――嬉しい?

「ん、そりゃ嬉しいわよ……ふふ、それにしても平和な生活とはね」

 含んだような笑いを続ける。そして、

「平・和・な生活―――――――――――!!」

 空に向かって大声で叫び、そのまま振り返る。

「ってなにさ。普通、標準、常態。朝起きてご飯食べて学校行って帰って寝る、繰り返し、リピート、変化のない壊れたレコードみたいな生活。それが平和な生活! 嗚呼、素晴らしい、ってわけ?」

 俺の返事を待たずに一人続ける。

「《平和》な生活?違う違う、一般にそれは《平凡》な生活って言うのよ。つまらない退屈~変化がない~」

「やってることは同じなのに、みんなは《平凡》って言って、君は《平和》って言う。何で?」

 解ってる。読める。でも……

 彼女は正面に立ち、猫のような視線で俺の瞳を射ぬく。そして、告げた。

「キミは知ってるのよ、《平和》じゃないって事を」

「だってそうよね~、普通の人に対する日常が、キミにとっては尊い物、尊いって知っている。知ってるかさこそ《平和》な生活…ふふっ」

 尊い?俺は、そう思ってるのか……

「だけど、皮肉な事に《平和》な生活っていう言葉を使ってる時点で、キミは、その世界には居ないんだよ。どこか他の、外れた所からそれを見ているの」

 まさか……、そんなはずは……

「信じたくない? まあ、それでもいいけどさ、すぐに気付く事になるし……ではでは、そんなキミに、過去の偉人からの名言を授けよう」

 
「――平和とは、長い戦争における僅かな休息である」

【第一話:平和な生活】 前編

 シュボッ

 慣れた仕草でたばこに火をつけ、煙を胸いっぱいに吸い込んではきだす。

 下を見ると、校庭でサッカー部がランニングをしているのが目に入った。

 昼休みは、昼飯を食べる人やひなたぼっこをする人等で混んでいる屋上だが、さすがに放課後ともなると人気もなくひっそりとしていてどこか不気味だ。まあ、そのおかげで人目をはばからずタバコが吸えるのだから文句は言えない。

 サッカー部の練習はランニングからパス練習へと移っていた。

 俺はなんとなくそのボールの動きを目で追う。

 サッカー部のパス練習が終わりシュート練習に入ろうか、という頃

「何の用だ?」

 俺は外を見たまま、後ろから忍び寄る奴に声をかける。

「ひゃ! ビックリした~気付いてたの? 人が悪いな~」

 言いながら、声の主は横に並び外を眺める。風で乱れるのか、肩口まで伸ばしている髪を押さえながら「別にぃ~暇だったから来ただけだよ」と続ける

 嘘。

 彼女は、いつも俺がここにいるのを知っいて、それで今日もいるかと思いここに来たのだ。分かる。

「暇だったから? 部活があるんじゃないスカ? 白凪選手」

「今日は、顧問がいないので休みデッス。暇人曽江島」

 いいながら、手を敬礼の形にして軽くおでこにあてる。
 
 まあ、知ってたけど。

「ふうん……それは結構」

「………………」

「………………」

 沈黙。

 彼女は、この気まずい沈黙をどうしようか必死に考えているようだけど、俺にとっては好都合。沈黙こそ、俺の能力が発揮される場所だからだ。

『一緒に、帰らない? って誘うんだ! ガンバレあたし!』

 彼女が、心に決めて話し出そうとする瞬間を狙って、俺は話し掛ける。

「……白凪」

「え!? な、なに…かな」
 
 期待半分、不安半分と言った感じ。

「そろそろ、帰りな。俺は、もう少し考え事をしてから帰るから…」

「え、あ…そうだよね。あたしもそう思ってた」

 白凪は元々計算して行動するタイプではなく、その場の勢いで行動するタイプなので恋愛事になると弱くなる、感情表現が非常にわかりやすいのだ。だから俺でなくても彼女の落胆、強がりといったものが手にとるようにわかるだろう。

 でも、やっぱりそういったものは、直に分かってしまうほうが辛いのだ。

「じゃ、宿題ちゃんとやりなよ…あと、煙草。良くないと思う」

「………………」

 無視。

 白凪は諦めたようにいきを一つ吐くと、屋上のドアに向かって歩き出す。その肩は、がっくり落ち、足取りも重い。

 止めておけばいいのに、面倒な事になるのが分かっているというのに……。

「白凪」

 足を止め、呼びかけに振り返る、クラスメート白凪ゆいり。

 全く、どうも俺は冷酷に徹することが苦手な用だ。

「また――明日な」

 一瞬、戸惑ったような顔をした後、すぐに笑顔になり「うん!!
 イチマイもね!」そういうと、スカートをはためかせ白凪は走り去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら呟く。

「好意を持たれるってのは、悪い気はしないけどね……」

 右手で燻っている煙草を口に運ぶ、放って置いたので幾分か短くなってしまったが、一服という目的を果たすには支障がない。

 胸一杯に煙を吸い込み、吐き出す。

「さてさて、考え事があるといった手前、考え事でもしますかね……」

 別に、俺が白凪の事を嫌っている訳ではない。よく見れば――いや普通にしてても結構可愛いほうだし、ああ見えて結構…出てる所は出てる。好きなタイプではある。

――嫌いではない女の子から好意を寄せられていると気付いたらどうするか?

 答えは簡単だ。ましてや、そこにやりたい盛りの高校生という条件が付くのだから、考えるまでもないだろう。普通は、好意に対して好意を返す。付き合ってデートしたり、登下校を一緒にしたり、エッチしたり……まあ、その辺の事をする。

 それが普通。

――では、何故俺は、白凪ゆいりと付き合わないのか?

 俺も普通の高校生ならば、好意を寄せられてる白凪と付き合っているはず。でも、そうなっていない。これもまた、前の問とは違う意味で簡単。実に明瞭、一言でカタがつく。

 俺こと曽江島一枚(そえじまひとまい)は、全ての人と付き合わない――のだから。

 勿論、普段の会話くらいはする(現に、いま白凪としていた)し、友達もいる。要は、絶対に自分の領域に人を入れないのだ。有り体に言えば心を開かない。

 テレパスなんてそんなもんだ。

 そう、《テレパス》俺は人の心が読めるというわけ。

 人にはそれぞれ長所がある。

 足が速い、記憶力がいい、歌がうまい等々、この世には様々な長所があり、そして、誰にでも一つは長所がある《人は生まれながらに平等》とかいうやつだ。で、幸か不幸か俺には、人の心が読める、という長所が割り当てられた訳だ。いやいや、参ったね。

 しかし、まだ問題が残る。

 それは、テレパスという能力が、《強力すぎる》という事だ。異端にして脅威、それがテレパス。
 考えてみよう、生まれてくる時、人には人生を戦い抜く為に、「足が速い」とか「記憶力がいい」といった《剣》が渡される。そして、各々渡された《剣》を磨いだり、錆びさせたりして人生を生きていくのだ。怠けずに《剣》を磨き続けた者は成功し、怠けた者はただ生きていく。うん、実に平等だ。

 次に俺の場合だと少し複雑。まず、渡されるのは「テレパス」という、とんでもない物、もはや《剣》とかいうレベルではなく《核兵器》だ。そして、そんな俺が世に出るということは、中世時代にを《核兵器》持って乗り込むようなものである。たとえ、ナポレオンであろうがなんであろうが普通の人ではまずかなわない。

 でも、やっぱり世界は平等に作られている。

《核兵器》という不名誉な名が示すとおりテレパスには弱点がある。それは、使った本人にも被害が及ぶということ、周り廻って元に戻る。だから、持ってるだけで使えない。それどころか持っていることも知られてはいけない。

 自分を常にSave(抑圧)する存在。それがテレパスであり、俺なのである。テレパスを制限なく使ったらどうなってしまうかを過去の経験で痛く知っている俺なら尚更の事だ。

「……っと危ない」

 と、そこまで行き、過去――俺が人と深く付き合わなくなった直接的な理由――に想いが飛びそうになり、考えるのを止める。

「あれを思い出すと、今日はよく寝られなそうだからな…」

 言いながら、携帯の時計を見る。今の所、テレパスが俺にもたらした物といえば、テストの成績(許容範囲内)と、友人の悩み相談と、独り言の数だけである。

 おっとこんな時間、そろそろ帰らねば

 フィルターだけになった煙草を、捨て屋上を去った。

「まあ、テレパスってものの存在を認めて、飲み込み腹の中に据えてしまえば普通の人となんら変わりのない平和な生活ってものが送れるんだけどさ……」
 
 そう、思った。

◆ ◆ ◆

 『転校生がやってくる』

 この、出所不明の情報は、学校という閉鎖的な環境において、爆発的に広がった。

 新学期とかならともかく、十月中旬という極めて不自然な時期だった為、その噂には尾鰭や背鰭、さらには足が生え、独り歩きを始めてしまった程である。むしろ、進化というのがふさわしい。

 で、進化させたのはこの人
「おーい、イチマイくーん聞いてますかぁ~」
 
 で、俺
「聞いてません。耳がないのです。クリリンです」

「そりゃ、鼻だろ」

 ……ごほん。

「そうか、で、何だっけ?」

「かぁ――、本当に聞いてなかったのか!」

「少し考え事をしてた。しかし、安心しろ、お前が命からがらドラゴンを倒したとこまでは聞いてたから」

「うん? そうか――で、だな。ドラゴンを倒したはいいけど、肝心のお姫様がいなくて……って何でだよ!!」

 鋭いノリ突っ込み、ここまでのは草々見れないと思う。短崎省吾(たんざきしょうご)侮り難し。

「だから、転校生だよ! 転校生!!」

「前も聞いたよ、それ」

「今日のは、新情報!」

「今日も、の間違いだろ? 昨日のは、なんだっけ…空手三段……」

「テコンドー三段だ」

 すかさず訂正。

 というか、こいつマジで信じてんのか?少し考えれば嘘って分かるだろ。まぁ、テコンドー三段の転校生はかなり見てみたい気もするけど……。

「イチマイ君、よく聞きまえ。今日のはさらに凄いぞ……なんと、今日転校してくるというのだ!!」

 机の上(ちなみに俺の)で仁王立ちしている。

「まあ、転校してこなきゃ転校生って言わないよね――でさ」

「言わんでいい」手をかざし制する短崎「もっと情報がほしいのだろ」

 いや、どいて。

「この短崎省吾に任せておけぃ! 靴のサイズ、飼っている犬の名前、生き別れの双子の兄の居場所、食パンをくわえてるかどうか!?  この名探偵短崎省吾、全て調べてきてやろう!」

 そこで、一息いれ。俺を見てニヤリと笑う。

 あ、嫌な予感。

「じっちゃんの名にかけて!!」

 どこかで聞いたような台詞を残すと、短崎は身を翻し教室の外に駆けて行った。

 ちなみに、彼の祖父、短崎権造(75歳)趣味盆栽。名探偵短崎省吾、それはそれは見事な松を抱えて帰ってきてくれることだろう、期待期待。

「――なにあれ?」

 どさり、と荷物を俺の前の机に置きながら聞いてくる白凪。

「……さぁな」

 いやいや、まったく。平和だね。
 自分の中で結論を出し、HRまで惰眠を貧ることにする。

     ・
     ・
     ・

 きりーつ、きょーつけ、れい、というお決まりの儀式を済まし席に付く。どこと無く、クラスが落ち着かないのは、転校生が来るからだろうか?

 そう、驚くことに転校生が来るらしい。ちなみに、驚くべきところは『転校生が来る』ではなく『うちのクラスに』というところだ。

 その事をみんなが知ったのは、情報を聞きに行った短崎――松ではなく、真新しい机と椅子を持って帰ってきた――が、声高らかに叫んだからである。というのは短崎の説で、実際は机と椅子を見てみんなが察した。興奮してる短崎の言葉を訳せる者はいない。

「ねね、率直にしてずばり! どんなのが現れると思う?」

 くるりっ、と後ろを向き、白凪が聞いてくる。その双眸はこれから起こるイベントへの期待でキラキラと輝いている。

「うーん、希望は……ロングヘアーで、背は普通より少し大きいくらい、着痩せするタイプでみかけより結構グラマー、気が強いけどベッドの上では……」

「………………」

 はっ!何だその目は。
 物凄い軽蔑されている気が、

「ちなみに戦闘能力は、15万」
「………………」

 むう、名作なのに。

「獣の槍を持ってて……」
「………………」

 サンデー系も駄目?

「ニュータイプ?」
「………………」

 宇宙世紀とか言っても通じなそうだ。

「実は、真祖」
「………………」

 知るわけねーよ。

「………………」
「………………」

「はいはい、静かにする!」

 その声で、白凪の、文字通り刺すような視線から開放された俺は、胸を撫で下ろしつつ教卓に目を向ける。

 180を越える長身、少し赤みががったショートカット、色の入った眼鏡ごしに覗く鋭い視線、化学教師らしく白衣は着ているものの、その白衣には腰までズバッとスリットが入っていて、そこから綺麗な脚が覗いている。

 このエクストラオーディナリーな恰好こそが、我が二年三組の担任、鬼頭薫子(きとうかおるこ)の普段の姿である。

 結構な美人さんなのだが、身長が高いからなのか視線が鋭いからなのか何処か異様な雰囲気をまとっている。上手く言えないが強いて言うならば《血と硝煙の匂いが似合う》感じ。

「……ふん」満足気に鼻を鳴らして鬼頭薫子は話し始める「あんたちもさぁ~知ってると思うけど、うちのクラスに転校生が来る事になったから」

 ふむ、簡潔。それに対するクラスの反応は、

「はぁ~」
「へぇ~そいつぁ~」
「転校生ねぇ~」

 ……まぁ、こんなもんでしょ。普通に学生生活を送っていては転校生が来るなんてイベントに遭遇できるはずもないので、自然クラスの反応は微妙なものになる。美人か(または、かっこいいか)どうかわかんないし。

「む、なんだ。『せんせーい、女の子?』とか『せんせーい、その子可愛いっすか?』とかは、ないのか……」

 微妙にがっかりしてる鬼頭薫子。意外にも学園物お好きなご様子。

「あー、舞鶴入ってきていいぞ」それで興がそがれたのか、転校生を呼ぶにしては随分と適当だ。

 がらりっ、と扉を開け入ってくる転校生。

 淡々とした歩みで、教卓の横まで歩いてきて、クラス全体を見渡す。そして、ひと呼吸置き(絶妙だ)

 ぺこりっ、とお辞儀をした。

――クラスが揺れた。

 転校生に慣れてるとか慣れてないとか、そんなのもぶっ飛んだ。

 猫科のような切れ長の目、光りを吸い込むような黒く長い髪、手足ともすらりと整っている。完璧な美少女だ。

 で、心の中はこんな感じ

『うお――――――!』『キタキタキタキター春が来ましたか!』『グレイト、ワーンダフル、ビューティフォー』『驚天動地とは、まさにこのことですか―――――!!』『ハイヨ――――――!ハイハイヨ―!!』『転校生―――サイコ――――!!』

 ちなみに実際の音声はこちら。

「うお――――――!」「キタキタキタキター春が来ましたか!」「グレイト、ワーンダフル、ビューティフォー」「驚天動地とは、まさにこのことですか―――――!!」「ハイヨ――――――!ハイハイヨ―!!」「転校生―――サイコ――――!!」

 同じじゃねえか。

 うわっ、鬼頭薫子満足気!!

「……ま、関係ないな」

 どんな美少女であっても、俺には関係ない。自己完結。

 眠くなってきた俺は、前の席の白凪(こいつも興味なさそうだ)を呼ぶ。

「白凪少尉、白凪少尉」

「ん、なによ、少尉って」怪訝そうに振り返りながら返答を行う。

「自分は、昨晩夜遅くまで任務に就いていた為限界である」

「はぁ?」

 要領を得ない返事を返すが気にせず俺は続ける。

「よって貴様に任務を与える」有無を言わさぬ口調で「何があろうともここを死守すること、復唱」

「え、あっ、『何があっても死守』」

「よろしい、では……ぐぅ」

     ・
     ・
     ・

「イチマイー起きろー昼ご飯だゾー」

 そんな声と共に体を揺すられれ、俺の意識は浮上した。

「…ん、あぁ、白凪少尉」

「少尉じゃないっつーの、大体、急に寝ちゃうし。先生達の目を逸らすの大変だったんだからね」
 
 どうやら、健気に命令を守っていてくれたようだ。

「ああ、それはどうも」

 起き上がり、伸びを一つ。頭の中に残っていた眠気も吹き飛び気分爽快。

「さて……スッキリした所で、お腹が減りましたなっと」呟きながら鞄を探る「あれ?」

 鞄の中に入れて置いたパンが無くなっている。机の中かな

「……あれっ、ない」

 ふむ……机に入れて置いたパンが無くなっている。これは、あれか!?盗難事件か?

「おい、白凪! 大変だ」

「ん? どったの?」

 机に弁当箱を広げながら白凪が返事をする。

 むう……卵焼き、アスパラのベーコン巻き、鶏の唐揚げ…中々うまそうな弁当じゃないか。

 じゃなくて!

「盗難事件だ! パンが無くなった!」

「へぇー、そりゃ可哀相に」ぱくり、っと卵焼きを口に運ぶ白凪。

「なに、人事みたいに言ってんだ!」

「だって人事じゃ、あ――――――――!!」

 俺は、指で唐揚げを摘んで口にほうり込む。うむ、美味。

 さて、推理開始。

「犯人は、鞄の中の財布には目もくれず、パンだけを奪って行った……現金目的ではない。では何故、パンでなくてはいけなかったのだ……ううむ、情報が足りん」

 近くに目撃者がいないか聞いてみよう。

「きみきみ、パンを奪った不審な人物を見なかったかね?」

「ううっ、この人が私の唐揚げを……」指を指しながら目撃者らしき女生徒は言う。

「唐揚げ?それはまた別の事件だな。却下」

「あうー」

「うーむ、これは難しい。情報が少な過ぎる。これは、あの人を呼んだほうがいいな」

 この事件は、(自称)名探偵の短崎省吾しか解決できないだろう。

「名探偵短崎省吾! 君の出番だ!」

「ふぁい」

 意外に近くから返事がした。というか、真後ろ。

 振り向く。

 右手に食いかけの焼きそばパン、左手にはカレーパンを持った短崎省吾が立っていた。

「………………」

「………………」

 新感覚みすてりぃ、犯人は名探偵!! って感じですか!?

「はぁ~」

 寝起きのハイテンションが一気に落ちた。

 ……疲れた。

「ったく!」短崎の手から、無事なカレーパンを奪い返しながら聞く「なんで、お前が俺のパン食ってんだよ」

「いやいやこれには理由が、イチマイ聞いてくれーよ、舞鶴がさぁ」

「舞鶴?」

「転校生よ、転校生、舞鶴美羽(まいづるみう)って名前なの」

 ショックから立ち直った白凪が口を挟んでくる。

「ああ、そういえば、鬼頭先生が舞鶴ってよんでたな――で、その舞鶴がどうした?」

「どうもこうもねえよ。あれあれ」ひょいひょいと指差す。

「ん、普通じゃん」回りの生徒と話している舞鶴には不自然な点はないようだ。

「その普通が問題なのだよ!」

「なんで?」

「ああ、イチマイ君…わかってない、わかってない……」俯きながら頭を振る、待つこと数秒後、勢いよく顔を上げ「しょうがない説明しよう!」

「初対面の時、大事な物がなにか、わかるかね?」

 びしり、と指を突き付ける。

「ん…挨拶?」半ば、気圧されつつ答える。

「ちがーう! だから君は、人付合いが苦手なのだ」

 ……ほっとけ。

「初対面の時に一番大事な物、それは《インパクト》だっ!!」暴走列車、短崎省吾走り出したら停まらない「何が挨拶やっちゅーねん。ほならお前、合コン行って挨拶するとき『こんばんわ~本日はお日がらもよく~』って言うんか?そないなやつは、いね! いってしまえ!恋愛対象外じゃ、ぼけぇ!」

 嗚呼、何でこの人は妙な関西便なんだろう。そんな事を頭の片隅で考える。

「合コンで挨拶するときは、他人と違う《おもろい事》を話すんじゃ、ただし!インパクトだけを狙って《阿呆な事》を話すんじゃないで、それじゃ、ただの阿呆やからな。《おもろい上に知性を感じさせる事》それを話すんや。ほいだら向こうの女子さん達も『このひと、おもろい上に知性まであふれてカッコええわ~』ってなるんじゃ、わかったか!!」

 コクコク

 今日知った。関西弁でまくし立てられるとすっごい恐い。

「ふむ、ならよろしい」標準語に戻り、続ける「初対面におけるインパクトとは大事なのだよ」

「でで、本題は?」

 進行係の白凪。

「うんうん、それでだな。俺は、噂の転校生の前に行き、知性が溢れ、かつインパクトを与えるような発言を行った」

 白凪を転校生に見立て、机の前まで行き短崎は言い放つ。

「君ぃ随分と男好きのする顔をしてるねぇ、僕も男は大好きさ!仲良く出来そうだね!」

「………………」

「………………」

「どうだ!! 素晴らしいだろう! って何だねイチマイ君、そんなに離れて……ん? どうした白凪君」

 半径3メートル分の距離をとる俺と、顔面蒼白で手に持った箸を落とした白凪。

 先に、回復した俺が突っ込む。

「いや…それは…確実に……イタイ人だろ」

「むっ、なんだイタイ人とは! 心外な! この知性に満ち溢れかつインパクト爆発な台詞がわからんのか!」

「よいか、ではお前ら凡人にもわかるように説明してやろう」というと空中を黒板に見立て、何処から出したかわからない
 指差し棒を使い説明を始める。

「まず、いきなり初対面の奴を『男好きのする顔』と呼び、転校生を驚かせる、そして次の『僕も男は大好きさ』ここだ! あえて《男好きのする》という言葉の意味を間違える。本来、《男好きのする》という意味は、男が好き、ではなく、男からすかれる、という意味だ。オーケー? しかし、ここで今の言葉を持ってくる事により。わざと間違っていることが伝わる。知性だ! しかも、始めの発言に悪意がないことも伝わる。そして、さらに凄いことに、文法も……」

「イタイのイタイの飛んでゆけ―――!!」

 復活した白凪が、熱弁していた短崎を突き飛ばす。

「おわっ! な、何をするのだ白凪」

「うるさい! イタイ人!」

「なんだと! イタイ人とはなんだ! 訳のわからん日本語を使いやがって! 語源、活用をいいやがれっ!」

「イタイ人はイタイ人!」

「なんだそれは、言葉で筋道立てて説明もできんのか! お気楽女子高生め!」

「ふんっ! 頑固親父ばかっ!」

「ふふん、馬鹿というものが馬鹿なのだ!白凪クン」

「なぁーにーおー、性懲りもなく!」

 ふーむ、やっぱ止めるのは俺だよな。

 低レベル化し続ける喧嘩を止める。

「はいはい、いいからいいから。二人とも落ち着きなさい」

 二人の間に手を入れ、仲裁。

 短崎のほうを向き、

「で、転校生――舞鶴だっけ?はなんて返したのさ」

 転校生が、短崎の《恐怖に溢れかつイタさ爆発》の発言に対する反応が気になる。

「転校生は、驚きもせず微笑みながらこう言った『それはいいわね。短崎君』とな」

「へぇ~、そいつは感心」

 普通に受け流すとは、たいした物だ。

 ん?なんかおかしい気がする。

 なんだ?

「おい、たんざ」

「なんだ、その活用は!」「活用なんて、イタイ、イタイ、イタイに決まってんでしょ」

 また、始まってるし。放置決定。

 俺は、教室の反対側の方を見る。舞鶴は、隣の席の飯島と話していた。

 ここからだと、話を聞く事は出来ないが、心は読むことができる。

『舞鶴さんっていい人、こんな時期に来る子だからどんな子だろう、って思ってたけど普通そうでよかったわ』
 
『ふうん。この子は普通みたいね。変な所はないし……』

 初対面同士の探り合いってやつだ。

『舞鶴さんと友達になって、それで舞鶴さんを通じて麻衣子と仲直りできたらいいんだけどな……』

『友達?冗談よしてよ。あなたみたいな普通の子が私と友達になれるわけがないでしょう』

 ん?なんだこの舞鶴って奴は、プライドが高いのか?随分な事を考えてるな。

 いや……なんだ?この違和感…なんかおかしい。

 舞鶴のほうに意識を集中させる。

『はー、友達ごっこなんかしたくないわよ』

 捻くれてる?違う、徹底的に違うことがある。

 なんだ?

『大体、麻衣子って人との仲直りに私を使わないでほしいわね』

 待て!!

 何で舞鶴がそれを知ってる。飯島が話した?それは、有り得ない、話すわけがない。

 では、何故?

 唐突に先ほどの短崎の言葉が蘇る。

――「転校生は、驚きもせず微笑みながらこう言った『それはいいわね。短崎君』とな」

 そうか……。

 俺は先ほどの違和感の正体に気付いた。

 短崎は自分の名前を言っていないのだ。それなのに、舞鶴は短崎の名前を呼んだ。

「…………これって……」

 俺の中で、今まで感じていた全ての違和感が繋がり一つの結論を導き出していく。

「!!」

 声にならない音を発し、俺は立ち上がる、その拍子に椅子が倒れ、騒々しい音が上がる。

「なんだぁ?……おい、イチマイ顔色わるいぞ」

「…大丈夫?」

 喧嘩を止め、心配げに声をかけてくる二人。

 クラスの中がしんとして全員が俺に注目している。

 舞鶴も!?

 ならば、ここにいてはいけない。気付かれる。

「お、おい……」

 近寄ってくる短崎を手で制し。歩いて、後ろの扉まで向から廊下に出る。

 廊下を走り、階段を駆け上り、屋上に飛び出す。

 昼休みなので、そこそこ人が居るがまあいい。俺は、落ち着いて頭を整理しようとする。

 なんだ、あいつは……

 頭が混乱する。まともにものを考えられない。

 でも、あれは…どうかんがえても…くそっ! 落ち着け。

 息を吸い、吐く。それだけの事なのにうまくいかない。

 どう考えても……喋ってなかった…思い違い? いや……

 世界が回る。今までいた世界がぐるぐると回り、歪んでいく。

 やっぱり、やっぱり、それ以外には考えられない。やっぱり…

「やっぱり?」

 自分以外の声。

 疑惑が確信に替わり、今までの混乱が嘘だったかのようにあっさりと頭が冷える。

 俺は、ゆっくりと振り向く。

 舞鶴美羽が立っていた。

「こんにちは」
 と優雅に舞鶴美羽は言い。

『こんにちは』
 邪悪に舞鶴美羽は言った。

 ……なるほど

「……なるほど」

 口に出して再度言う。背筋を走る気持ち悪い感覚、虫酸が走る。

 まさかとは、思ったが……

「『まさか?』随分と楽観的なんだね。この世に一人しかいないと思ってたわけ?」

 勝ち誇った顔で舞鶴は言う。

「まぁ、それは『お前も』だろ」

 俺の言葉にぴくりと形のいい眉を上げる。

 さらに俺は続けて言う。

「お前も、『本当にいる』とは思わなかった、だから試した」

 舞鶴美羽の唇が笑みの形をつくる。

 俺も唇を曲げ笑う。

「ふ~ん」
「へっ」

 《おれ》は話す。
「『曽江島一枚、やっぱり本物。あたしと同等なんて上等ね』」

 それに臆する事なく《舞鶴》は言う。
「『舞鶴美羽、まさか本物とはね。おれと同等なんて最悪だ』」

 交差する思考、交差する会話

「まぁ」
 舞鶴が話す。

「まぁ」
 俺が話す。

「こんな所で会えるなんて、何たる幸運」
「こんな所で会うとはなぁ、何たる不幸」

 重なる思考、重なる言葉。

「――テレパス」

< 続く >

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