【第一話:平和な生活】 中編
大体にして、一日最後の授業という物は眠い。
しかも、その授業が世界史ともなれば、はいどうぞお休みください、と言っているような物だ。
と、言うわけでクラスの大半は机につっ伏して寝ている。その光景は、ある種の爽快感さえも感じさせるものでもある。
しかし、定年間近の教師(往々にして歴史系の教師は年寄りが多い)は、別段それを気にする事なく淡々と授業を進めている。
まあ、教師からしてみれば決められた時間、教室でなにか喋ればいいのだ。しかも、歳をとればとるほどその傾向が強くなるようで、定年間近となればその域はまさに芸術。まるで、坊さんが念仏でも唱えているかのようだ。
勿論、生徒からしてみても、歴史なんていう一体なんに使うかわからない科目を聞いてるよりは、これからのために体力を回復したほうがいい。古きを温(たづ)ねて新しきを知る、温故知新なんて何の役にもたたないのだから。
何時もなら間違いなく寝ている俺だが、今日は念仏を聞きながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「……え~、それでこの事件は、多くの影響を世界に及ぼしたわけです」授業が耳に流れ込んでくる。
世界……か。
俺の脳裏に昼休み舞鶴と交わした言葉が蘇ってくる。
――「世界はキミを否定している。なのに、なんでキミは世界にしがみついているの?」
確かに、テレパスである俺は違うのかもしれない。その点は認めよう。否定されてるって言うのは言いすぎだと思うけど。
というよりも……俺は…俺は、しがみついているのだろうか。未練があるのか?
いや、そんなわけない。大体、未練なんて単純な物は、当の昔になくした。そこに、あるのはただの《惰性》だ。
ただ、流れるままに短崎や白凪としょうもない話をして、笑い。生きている。
テレパスだという事を隠しながら、惰性で生きている。それは、しがみついてるのとは違うだろ。
違う…はず……だ。
俺は、目を閉じる。
舞鶴の言葉がフラッシュバックするかのように次々と浮き上がってくる。
――「キミは気付いてる。自分が気付いてるって事にも、気付いてる」
そんな事はない。
あるわけがない。
仮に…仮にそうだとしてもそんなところには目を向けない。
目をそらして、死ぬまでずうっと隠し通して、《平和》な人生を終える。出来るに決まってる。
出来るに……
――「気付いていて、それで自分を騙そうとして、騙し切れてない」
違うっ!!
あいつは、動揺させて俺の心の深くまで読もうとしてただけだ。
そんなものは、ただのたわ言に過ぎない。くだらない、気にするまでもない。
――「目を覚ますのよ」
だけど
だけど……
何故、そんな舞鶴の言葉が……こんなにまで、俺の心を穿つ?
キーンコーンカーンコーン
授業の終了を継げる無表情なチャイムで俺の思考は中断される。
俺は頭を振り、残っていた考えを振り払う。色々考えるべき事はあるが、そんなのは後回し。いや、別にやることがあるというわけじゃない、問題に正面から向かい合わないだけのこと――その点だけは舞鶴の言う事は正しいのかもしれないな。
「それでは、今日の授業はここまでにします……」
教師は、ぼそぼそと篭もったような声でいうと荷物をまとめて教室から出て行った。授業も適当なら、挨拶もしないすばらしい教師だ。
それをきっかけに、回りの生徒が、ゾンビのようにむくむくと起き出す。その様子は、CAPCONの某ゲームを彷彿とさせる。
「イヤッホー! これで今日はおしまいだぜー。よく頑張ったぞ、俺! なんびとたりとも勉強という鎖から開放された俺を止める事は出来ないぜ――――!!」
いち早く、短崎が歓声をあげながらクラスから飛び出していく。ふざけているように見えて、部活には一生懸命なのだ。一応、サッカー部。
短崎の歓声を封切りに、にわかに騒がしくなる教室。クラスのみんなにとっては、チャイムが鳴って、短崎が叫ぶと、放課後なのだ。二段スイッチってわけ。
厳密に言うと《終礼》なる者が存在する(した)のだが、担任の鬼頭薫子による鶴の一声――「終礼なんて、非生産的なものやらないわよ」――によって廃止された。ちなみに「朝は眠いから、朝もなくしていい?」という意見は、却下された。
「さてさて、どうしようかな……」
誰ともなく呟いてみる。そもそも、呟くという行為は自分に向けるものであって、他人に向かって行っている行為ではない。決して。
「イチマイ~、暇みたいね」
にもかかわらず、白凪は俺の呟きにストレートな反応を示してくる。
「暇なら、あたしと一緒に買い物に行かない?」
机の荷物を鞄に移し変えながら聞いてくる。
何気ないようすを装ってはいるが、絶えずこちらを横目でチラチラ、さらに『どうせ、無理よね~何時も無理だし』なんて考えてるので、その目論見は完璧に、それこそ100パーセント失敗している。
……そうだな。
俺は黙ったまま、視線をドアの方に向ける。
ドアに近い席――つまりは舞鶴の席だが――を見るともう舞鶴の姿はない。
――「答えは、今日の放課後…場所は――ここでいいわね?屋上で聞くから」
舞鶴との約束を思い出す。いないということは、すでに屋上に向かったという事だろう。
うむ、逃亡決定。答えは保留。
「……ああ、いいよ」白凪に了解の旨を告げる。
「ふにゃーん、またぁ。せっかく顧問が休みで暇なのにぃ~新しい服とか買いたいのにぃ~」
手にもった鞄を不満気にぶんぶん振り回す。
「……いや、白凪聞いてた?」
「何よ~、だから――いいよ、って……ええ―――――!!」
クラスに響き渡るような白凪の怒号。
「え、ええ!? いいって事はつまり、その…一緒に帰ってくれるという意志の表明と受け取ってよいのであろうか?」
動揺のあまり、微妙な日本語使いになっている事は、置いといて。
「ああ。暇だし…一緒に帰ってもいい……かな」
「かな!?」
「いい……かも」
「かも!?」
「……とか」
「はっきり!!」
「一緒に帰らせていただきます」
なんか、この人恐いです。
「………………」
あ、今度は黙ってなんか考えてる。
「し、白凪。言っとくがデートじゃないからな」
思考を読み、釘をさす。
「……わ、わかってるよ! あ、あああ当たり前だよ、そんなの。そっちこそ変な勘違いするんじゃないわよ」
「はいはい――んじゃ、帰りましょうか」
「うん!!」
・
・
・
さてさて、《人を好きになる》というのはどういうことなのだろう。いわゆる《恋》この実に難しく、人類にとって永遠のテーマとも言える物を、唐突に、何の脈絡もなく、考えてみよう。
まずは過去の偉人達の言葉からヒントを探そう、人生経験豊富な彼らの言葉は聞いているだけで胸に響くものだ。
・愛されることは幸福ではない。愛することこそ幸福だ。 by ヘルマン・ヘッセ
・恋は炎であると同時に光でなければならない。 by ソロー
・愛は惜しみなく与う。 by トルストイ
・恋は二人のエゴイズムだ。 by アントワール・サール
・恋愛とは二人で愚かになることだ。 by ポール・ヴァレリー
……意味わかんねえよ。
でも、とりあえず気付いた事はある。
それは――名言なんて物は、そもそも意味がわからないから《名言》なのではないか? ということ。意味を決めずにぼかす事によって、みんながみんな違う受け取りかたをする、一人一人都合のいい解釈が出来る。それが《名言》。
まあ、いくらそれが素晴らしい物であったところで、俺みたいな理系の人間にとっては《迷言》でしかないわけで……。
よし、過去の偉人に頼るのは止めよう。やっぱりこういうのは、今現在進行系で行っている人に聞いたほうがいいよね。《今を生きる》だ。ん、これも名言だったか?
「なぁ――」俺は、てくてくと隣を嬉しそうに歩いている白凪に聞いてみる。「《人を好きになる》って言うのはどんな事だ?」
なんせ、こいつは恋の真っ最中なのだ、何らかの良い回答が得られることだろう。
「えっ?」
聞き返す白凪、俺の顔をじっと見つめている。まあ、いきなりこんな話を振られたのならしょうがないけど。
「だから《人を好きになる》とか《恋》ってどういう事なのかな? って思って」
前を向きながら、なんでもない普通の事のように聞く。
「えっ? ええ―――!?」
驚きのあまり声が裏返ってしまっている白凪。頭の中はぐるぐるで思考が読めない。
「う~ん………」
ひとしきり驚いた後、ぴたりと静かになり。考え事を始める。
『まさか…まさか、あのイチマイに好きな人が出来たのかしら?』
そして上目で窺いながら聞いてくる。
「えっと、好きな人でも出来たの?」
考えた事を、偽らずに直球で聞いてくる。俺が白凪と一緒に居て平気なのはこれが理由だ。
話しててもほとんど嘘を言ってる奴、そういう奴と俺は仲良くしない。別に、上っ面だけ装う奴が嫌いなんじゃない――嘘をつきたいなら勝手につけばいい。単に、本心と言ってる事が違う為、一緒にいて凄く疲れるのだ。それだけ。
まぁ、そんなのはどうでもよくて
「いや、そういうわけじゃないよ。単に思っただけ」
「ふ~ん」ジト目でみながら言う。「それなら…いいけどさ」
まぁ、こんな理由じゃ納得しないよね。というか、何で俺は聞こうと思ったんだっけ?数秒考えてみる。
……わからん。
「で、どうなんだよ」
「そうね~《人を好きになる》っていうのはね」そこで、ハッ、と気付いたように言う。「いい、一般論だからね。あたし自身とはなんの関係もないからね!
ホントよ! 全く関係ないわよ」何度も念を押す。
「はいはい、わかってる」
ああ、そういえば、白凪の好きな相手って俺だっけ。今更ながらに思い出した。それは確かに話しにくいかもしれないな。
「ではでは……白凪先生が《人を好きになること》についてレクチャーしてあげましょう」
こほん、と息をつき、おもむろに話し始める。
「《人を好きになる》って言うことは素晴らしいことです!!」
「………………」
なめてんのか、こいつは。
文句を言おうと思ったけど、どうやら本気みたいなので我慢して先を聞いてみる。
「素晴らしい事っていうか、悪い事じゃないわよ。――ってこれじゃあ消去法だね~まあ、いいや。それで、よく言われる事だけど、好きになるのに《理由》はないの。一目惚れみたいに、見た瞬間、好きになる場合もあるし、あたしみ…じゃなくて、毎日会っているうちに少しづつ――それこそ砂の山を作るみたいに、少しづつ少しづつ、好きになる場合もある」
まるで、探偵のように頬に手をあてながら言葉を選ぶ白凪。今まで読んだ事のある本や、漫画からそれらしき物を取り出している。……それにしても、結構守備範囲広いな白凪。
「でもね――ちゃんとした《理由》はなくても《きっかけ》はあると思う。その人の何々が好きになった、じゃなくて、その人がその時にした仕種とか発した言葉、それが好きになるきっかけになる。だから《好きになる理由》はおぼろげでも《何時、自分はこの人が好きになったのか》っていうのは分かるのよ」
『あたしもそうだし…』と心の中で付け加えているが、勿論口に出したりしていない。
「だってそうでしょ」白凪は続ける。「顔がカッコイイとか、お金を沢山持ってるって言うのは興味を持つ対象にはなっても、好きになる直接的な理由にはならないもんね。好きになるって言うのはもっと別な……う~ん、言葉に表せないけど、なんかあるのよ」
《なんかある》そうやって、漠然としたものを信じられる白凪が少し羨ましくなった。それが幻想であっても疑うことなく、胸を張って、言葉にして人に伝える事が出来る白凪が……。
「それで一回好きになっちゃったら、ずーっとその人のこと考え続けちゃうの、ご飯食べてる時も、授業受けてるときも、ずーっと。いわゆる恋の病ってやつ?
まぁ、病って言うほどいやな物じゃものじゃなくて、むしろ心地いい物だと思うんだけどなぁ。何で病なんだろ?」
俺は黙って肩をすくめる。
白凪も、小さく肩をすくめて
「まぁいいや、それで――その人の動きとか何気なく目の端で追っちゃったりするの。あー、お昼いつもコンビニ弁当だなぁ~、とか、また寝てる~、とかね」ちらちらと俺のほうを意識している。
成る程、かなり心辺りがある。
今度から、コンビニ弁当以外の物も食べよう。
俺と重ねているのだろうか、その後も白凪は時折こちらを見ながらさらに話を続ける。
「あっ、今の顔カッコイイ、とか、寝顔がかわいい、みたいなどうでもいいことも考えたりするの」
「そりゃ、大変だな」俺は素直な感想を漏らす。「お前が言う事が本当なら、いつもカッコイイ姿をしてなくちゃいけないもんな、男はさ」
それを受け、白凪は、ふるふると首を振る。
「別にカッコイイ姿じゃなくてもいいの、何気ない、普通の姿でも見てて嬉しいのよ。問題解いてる姿、とか、休み時間中に慌てお弁当を書き込む姿とか……」
そういって、にこりと笑う。
「その人が今、何考えてるのかな~、少しだけでもいいから私の事考えてくれてればいいなぁ~、とか想像するのも楽しいわね」
それを聞き、俺は足を止める。
その人が考えている事を想像する?――わからん。そこだけは、俺には理解できない事だった。理解できない……。
「ん?どったの?」
急に止まった俺を不思議に思った白凪が、首をかしげて見ている。
「ん…いや――いいね、そういうの」
俺がそう言うと、白凪は少し赤くなって
「なんかそう言われると恥ずかしいなぁ~、あはは」ぽりぽりと頭をかき。「まぁ、好きな人の事を見たり、想ったりするのもそうだけど、《人を好きになる》って事は、結局、人を通して自分も好きになるって事だと思うの」
「自分を好きになる?」
「うん――ああ、私はこの人の事を好きなんだなぁ、こういう私っていいなぁ、私は幸せだなぁ――って感じ。あっ、なんかこれじゃあ自分勝手な女だ~。うん、まぁ、そういうこと。少女漫画みたいな甘い考えだね」
そう無理やり終わらすと、白凪は少し恥ずかしそうに笑った。
その笑顔は単純で……。
単純だけど純粋で……。
純粋故に穢れがなくて……。
――ああ……
理系で文学的才能がない俺にも理解できる名言があった。
《恋する乙女は美しい》
確かに、自分で言うように白凪の考えは、自分勝手な考えかもしれないし、少女漫画のような――それこそ、経験豊富な大人が聞いたら笑ってしまう程に甘い考えなのかもしれない。現実はもっと厳しいものなのかもしれない。
でも……。
でも、そうやって自分の事を正面から見つめ、考え、笑って話せる白凪の姿は、正直に綺麗だと思った。
「な~んてね」といって恥ずかしさをごまかす様子も、俺には、魅力的に映った。
しかし、それと同時に俺は気付く。いや、気付かされる。
いま、俺が抱いているような思いは、白凪に対する好意ではなく、ショーウィンドーの中の商品を見るように、どうしても手の届かない、自分とは違う、そんなキラキラしたものを見るような感覚でしかないのだ……。
自分が持っていない、どうしても持つことが出来ない、そんなものを持っている者への《憧れ》なのだ。
やっぱり俺は違うか……。そう思い、少し悲しくなった。まあ、それも舞鶴の言う通り誤魔化しなのかもしれないけど……。
「さぁ、真面目な話は終わりっ、白凪先生の恋愛論でしたぁ~」
後ろ手に鞄を持ち、くるり振り向き、笑いかけてくる。
いつもの白凪の笑い。裏のない純粋な、俺にとっては眩しい笑い。
「ああ、行くか」
そういって、俺も笑おうとした。
でも、やっぱり。
笑えなかった。
・
・
・
下駄箱で、靴を履きかえ外にでる。
「ね~、やっぱおかしいよね。鬼頭先生」
「ああ、昼飯に焼肉食ってるなんて普通じゃないよな」
いつものようにしょうもない話をしながら歩く。学生は切り替えが早いのだ。それは、俺も例外ではなく。
下校時間なので通用門までは多くの生徒であふれ返っている。そもそも、うちの学校では、生徒は校門というものを使わない。一応あるにはあるのだが、下駄箱から遠いので使われず、自然と下駄箱から近い位置にある通用門が校門みたいな役割になる。勿論、通用門は、登下校の為に作られていないため人が密集してしまう。
「しかも、タン塩十人前!!」手で、じゅう、と形作りながら白凪は言う。
「せめて、カルビにしろよな。っていいたいよな」
「うんうん、だよね~」
腕を組んで、納得したように頷く。
「でさ」と言って振り返った白凪の顔、そしてその向こうに見える下校の風景が一瞬《作り物》であるかのように現実味を失う。
くそっ、まただ。
また、ズレてる。
確実に、世界と自分とのズレを感じる間隔が短くなってる。
なんでだ……?
考えるまでもない。舞鶴が――人の心の中を覗きまわり、的確な言葉で胸を刔る奴が、表れたせいだ。
くそっ!
俺は、舞鶴を恐れていた。俺の世界を壊すものの存在を恐れていた。始めから。
そう、俺は……俺の心は、始めから気付いていた。それこそ、舞鶴の姿を最初に見たときから。磁石のマイナスとマイナスが反発しあうように、拒否していた。
そして、俺に警告していた「舞鶴に関わってはいけない」と。
しかし、俺はその警告に気付かなかった。平和な生活に慣れきっていたのだ。俺の世界を、簡単に、造作なく、言葉だけで壊す存在が居るなんて事を信じていなかったのだ。平和な、それこそぬるま湯みたいな生活に甘えていたのかもしれない。そんな慢心が手遅れになるとは思いもせずに。
そして、会ってしまった。
――「貴方に選べる選択肢は一つだけ、テレパスとして生きていく」
屋上で舞鶴がしたそんな問いに俺は、こう返した「他に選択肢は? 選ばなかったらどうなるんだ?」
それに対し、舞鶴は、猫みたいな目を細めてはっきりと答えた。
――「それはないの。貴方はこの選択肢を選ぶわよ。絶対にね」
脅しでも、予言でもなく、ただ単にそうなる。それが事実であるかのように言ったのだ。そして、舞鶴がそう言ったとき、俺も感じた、おそらく俺はその選択を呑むのだろうと。
だから、逃げた。屋上に行かなければ、もう一度舞鶴に会わなければ、答えを求められる機会がなければ、
俺は、答えを出さなくて済むのだから……。
「ねえっ! 聞いてるの?」白凪が袖を引っ張ってくる。「ぼーっと、してるけどさ」
「ん、ああ」考えを頭から追い出す。「ごめんごめん、で、何だっけ?」
まあ、いいや。嫌なものから目をそらす、先に延ばすのが俺の生き方だ。
「あー、やっぱり聞いてなかった。もう知らない!」
膨れて横を向く白凪。
向けた視線の先に何かを見つけたらしく。立ち止まる「あっ、あれって舞鶴さんじゃない?」
…………なんだって?
…………今、なんて言った?
俺は、絶句しながら、白凪の指差すほうを見る。
下校する生徒で賑わう通用門、その横に舞鶴は立っていた。まるで、誰かを待っているように……。
「なんであいつ……」自然と口から声が漏れる。「屋上で…俺を……待ってるんじゃないのか?」
『はっけ――――ん』
俺達を、いや俺を発見した舞鶴は、こちらを目指して真っ直ぐに歩いてくる。
白凪が声を掛ける。
「舞鶴さんどったの?道に迷ったとか?」
「ううん、ちょっと人探し」にこりと笑いながら舞鶴はいう。白凪のものとは違う種類の笑み。
「人探し?手伝おっか」親切な白凪。
「ううん、いいの」舞鶴は、俺を見つめながら言う。「もう見つけたから」
その様子をみて、白凪は慌てる。
「え、え? 舞鶴さんとイチマイって知り合いなの?」
やれやれ、逃げられないって訳ね。
『――そうよ』
俺は、腹をくくった。というより諦めた。逃げられないと分かったら、惨めな事をせず正面から受け止める、それくらいの器量はもってるつもりだ。逃げられないと分かっているのに逃げる努力をするのは馬鹿だ。
それに、なぜかほっとしている自分がいた。……なぜ?
「あー、そういえば」俺は、いきなり大声を出す。とりあえず白凪には退陣していただこう。「舞鶴に学校をを案内するって約束してたんだ。悪いっ、白凪」
パンと手を合わせ、謝る。
「えーそんなー、買い物付き合ってもらおうと思ったのにー」
不満気な声をあげる白凪。その声に、とおりがかった後輩がちらりとこちらを見る
「スマン! この埋め合わせはするから」
「まったく。しょうがないなー、絶対だよ」
「ああ、じゃあな」
ぶつぶつと文句を言いつつ帰っていく白凪。
それを見送りながら横に居る舞鶴に言う。
「ったく、通用門で待ち伏せてるなんて趣味が悪いな」
「約束すっぽかして、女の子と帰ろうとするのは悪くないの?」目を細めながらいじらしく笑う。
くっ、
「で、あの娘はなに?恋人――ってわけじゃないわよね。あの娘はそうなりたいみたいだけど」
白凪の行った方向を見ながら舞鶴は聞いてくる。
「別に、ただの友達」
「ふ~ん、そうかそうか」解ったように頷く。「キミも大変だね」
こいつ、読みやがった。
『そりゃ、読むわよ。テレパスだし』
やれやれ……。
「……さて、これから屋上に戻るのもあれよね」舞鶴は少し考えて「うん、ならとりあえず外に出ましょう」
諦めモードに入っている俺は言う。「はいはい、天国でも地獄でもどこでも連れて行ってくださいな」
「ではっ」と踵を返す舞鶴。
あっ、そうだ……。
俺は思いついたように聞いてみる。
「なあ、舞鶴。――《人を好きになる》ってどんな事だと思う?」
舞鶴は、振り返ることなく、キッパリと、即答する。
「錯覚」
俺は
笑った。
< 続く >