【第一話:平和な生活】 後編
テレパス同士の会話を他人が聞いたらどう思うか。
多分、《チューニングを合わせている最中のラジオ》を聞いてるかのように感じると思う。また、人によっては《傷が入りまくったCDを再生する音》みたいに感じるかもしれない。
話している本人達――まあ、俺と舞鶴しかいないけど――にその気はなくとも、無意識のうちに会話の間にテレパシーを挟んでしまうので、周りからしてみると話に繋がりがなく、音が飛んでいるに聞こえてしまうのだ。それこそラジオみたいに。
例えば、こんな日常会話――
「数学宿題やってきた?」
「いや、テレビ見てたからやってない」
「なんか面白いのあったっけ?」
「ん? ああ、昔のドラマの再放送だよ」
「ドラマぁ? あたしドラマ好きじゃないのよ」
「お前の好みなんか知らねえよ、宿題なら他の奴に借りな」
「チェッ、使えな~い」
「あっ、借りたら俺にも回してな」
まあ実際に、俺と舞鶴がこんな日常的(?)な会話をするのかと言う点は置いておくとして。こういった物を、テレパス同士が自然に、話した場合どうなるかというと――
「いや、テレビ見てたからやってない」
「ドラマぁ?あたしドラマ好きじゃないのよ」
「あっ、借りたら俺にも回してな」
――となる。
交わされる言葉は、数語だけであり、しかもそれら全ては端から見てなんの繋がりもない。一つ一つの言葉の間に若干の間はあるもののテレパシーというものが存在している事を知らない人々は、会話が行われている事にすら気付かないかもしれない。《会話は言葉のキャッチボール》ってナンデスカ? ってな具合だ。
まあ
口で喋るのか、テレパシーを使うのか、どちらかに一方に絞れば良いのだろうが、テレパスといっても相手の事が何でも解る訳ではなく、せいぜい相手が今、その瞬間考えているこが読める程度(まぁ、それでも充分過ぎるのだが)なので、口を使ったほうが楽な場合もあり、テレパス同士の会話は自然と口による会話とテレパシーがごちゃまぜになった物になってしまうのだ。
な~んて訳知り顔で話してはいるものの、俺も今日初めてテレパス同士の会話というものを経験したのだ。
最初。昼休みに、舞鶴と会話したときは、あまりの情報量に戸惑ったものだが、少し話しているうちに違和感なく話すことが出来るようになった。自転車に乗れるようになったら一生乗れる、って言うのと同じ感覚だと思う。
舞鶴も俺と同じでテレパス同士の会話というものは初めてだったようだが、俺よりも適応能力といったものが高いらしく、二、三、言葉を交わしただけで順応してしまった。いや、順応能力というよりも、《テレパス》というものを受け入れている――つまりは、俺と舞鶴の認識の違いなのかもしれないけど。
そう、《テレパス》というものに対する認識の違い。それは結構大きいのだ。
俺は、そういうある種の力を持っていることに対しなんの感慨も抱いてはいない。積極的でなく、かといって消極的でもない、鴎外風に言うと《諦念》ということになるのだろうが、はっちゃけていうと《どうでもいい》のだ。波風立てずに生きていきたい、という感じ。――まぁ、今となってはそれも充分に失敗してるけどさ。
それに比べ、舞鶴はというと。俺に接触してきた事からもわかる通り、非常にポジティブである。ためらいもせず、ぽんぽんと人の心を読む。
そして、その認識の違いはそのまま力関係に通じるようだ。
テレパス同士なのに関わらず、舞鶴が読み、俺が受けるという妙な公式が出来上がってしまったのは、《テレパス》というものに対する認識の違いに異ならないと思う。……それとも単に俺が尻に敷かれるタイプなだけなのか?
とにかく、妙な具合になった事だけは確実だ。
・
・
・
「はい、コーヒー。インスタントだけど」
ことり、とマグカップが目の前に置かれる。白地に、青く模様が入った容器の中で黒い液体が、ほんのりと湯気をあげ波打っている。コーヒーの薫りが適度に鼻を刺激した。
「ん、どうも」
インスタントコーヒーといっても一概に馬鹿にしてはいけない、最近では、なかなか美味い、舌を唸らせるような物も売っている。
ひと口すする。
ウン。どうやらこれは馬鹿にしていいインスタントコーヒーみたいだ。舞鶴は、あまりコーヒーを飲まないのだろう。
俺は、マグカップを持ったまま考える。
さてさて、ここが天国か地獄か? と問われたら間違いなく、地獄の部類に入るのだろうな。
「なによ、地獄って人の家をなんだと思ってんのよ」
すかさず思考を読み、突っ込みを入れてくる舞鶴。学校から帰ったばかりのため、制服姿でテーブルをはさみんだ状態で座っている彼女は、コーヒーのカップに手をつけていない。やはりコーヒーはお好きじゃないらしい。それにしても――
いちいち、考えてることにまで突っ込むのは止めてほしいものだ。
「なら、しょうもないこと考えなければいいじゃないの。大体、キミがどこでもいいって言ったんでしょ」
まあ、そう言われてしまえば反論のしようはないが……。
「だからって、まさか自分の家に連れてくるとは思わないだろ」
俺は舞鶴が一人で住んでいる、マンションに来ているのだ。
《外に出よう》舞鶴は言った。
でも、確かに舞鶴の家は《学校の外》だけど……。《外》という意味は十二分に果たしているとは思うけど……。普通、健全な学生が、学校帰りに外で話をするとなればスタバとかファミレスとかマックあたりではないのか?
『人に自分の常識を押し付けるのやめたほうがいいよ』
じっと俺を見つめながら、そう言ってくる。いや、今の場合《考えた》のが正しいのだけど。
「っていうか、女の子の部屋に入るなんてイベントそうそうないでしょ?」
舞鶴はそう言い(今度は口でだ)、心の中で『特にキミにはね』と付け足した。
まさに、余計なお世話だ。
「……キミだって、突っ込んでんじゃないのよ」
心の中で突っ込むのはいいのです。
『――そうなの?』
そうなのです。
「ふ~ん、そっか」
妙に納得したような顔をして舞鶴は呟く。変なところだけ素直だ。
コーヒーをすする。
さて、
人心地がついたので、制服の内ポケットから煙草を取り出し、一本くわえる。
よく、煙草を吸いながらコーヒーを飲むと味が濁るといわれるが、俺はそんな些細な違いを見分けるような舌を持っていないので気にしない。大体、スタバの店の前に円柱形の灰皿が置いてあるしね。――そんな事を考えながら、百円ライターを探す。確か、ズボンのポケットに……ん? …………あったあった。
煙草に火をつけようとしたとき、すっと手が伸びてきて俺がくわえている煙草を取り上げた。
「……何すんだよ」不満の声をあげる。
「それはこっちの台詞、何のん気に一服しようとしてんのよ」
「ん? 灰皿なら問題ないぞ」
そう言って右のポケットから携帯灰皿――おっきな赤字で《ポイ捨て禁止》と書いてあるイカシタやつ――を取り出して、黄門様の印籠よろしく舞鶴に突きつける。
携帯灰皿を持ち歩くのは煙草を吸うものとして常識だ。綺麗な地球を煙草の灰や吸殻で汚してはいけない。社会に生きる者として自然を大切にするのは当然の事だ。一つ問題があるとするなら、俺が未成年という事だけ。
「そうじゃなくて」舞鶴は、携帯灰皿を奪って、手にもった煙草を指で半分に割り、押し込んだ。「匂いがつくから部屋で煙草吸わないで」
ぽいっ、と投げ返してくる。受け取りながら「はいはい、分かりましたよ」
しぶしぶ、俺は煙草を内ポケットにしまう。忠告を無視してまで吸う気はない。
しょうがないので、部屋でも観察しようと思い、再びコーヒーとすすりながら部屋を観察する。
まず、目に飛び込んでくるのが壁に貼られたポスターだ。驚く事にそのポスターは《年頃の女の子の部屋+ポスター=ジャーニーズ》という俺の一方的な公式から外れ、クリスチャン・ラッセンによって描かれたイルカのポスターだった。
――二匹のイルカが寄り添いながら、明るく照らされた水面に向かって泳いでいる。片方は、ひたすらに水面を見上げているのに対し、真横に付き添っているもう一匹は、上ばかり見ているイルカを暖かい視線で見守っている。
絵心のない俺でも、二匹のイルカは夫婦である事が分かるくらい、二匹の間の絆というものが感じられる、海の色であるところの青を基調とした幻想的なポスターだ。
「何、見てんの?」
俺が何を見つめているのか、舞鶴は視線を辿り後ろを向く。
「ああ、これね、いいでしょ」ポスターを見たまま舞鶴が話す。
「ん? これラッセンだろ」ポスターを見たまま俺は答える。
「あっ、ラッセン知ってるんだ」
嬉しそうな舞鶴。俺は「まぁ、人並みにはな」と付け足す。
「いいよね~ラッセン。海の色の深みっていうの? その辺が綺麗だよね~、見てて吸い込まれそうじゃない?」
自分の宝物を人に自慢するような口調で話す舞鶴。言ってることはたいした事じゃないのかも知れないが、現物を目の前にしていると、その通りだと思ってしまうから不思議だ。
「………………」
「………………」
「ねえ、知ってる?」無心に、ぼーっとポスターを眺めていると、舞鶴がまた話しかけてきた。「イルカって、テレパシーが出来るらしいよ」
「ふうん」
人間より脳が発達していると言われているイルカならば、テレパシーが出来ても不思議ではない。そう思った。
「私達って、イルカの仲間なのかな? ――イルカ科ヒト属」
跳ねるような口調でいい、舞鶴が振り返る。
長い髪がゆれ、その隙間から丸い目が俺をじっと見つめている。舞鶴には悪いが、その様子はイルカというより、猫に近い気がした。――猫科ヒト族。
「……猫ですってぇ~?」
考えを読み、ぴくりと眉を動かす。
なんか、怒ってる気が……。
「あ……こ、この二匹って夫婦なのかな?」ごまかすように、話をポスターに逸らす。「ほ、ほら、2匹仲良さそうにくっついて泳いでるだろ? だから……」
「………………」
ポスターを見つめたまま、黙り込む舞鶴。
俺が急に黙った舞鶴を不審に思った時……。
『夫婦……仲間……か……』
そんな声が流れ込んできた。それは、聞き逃してしまいそうに小さく、それと同時に、寂しそうな声……。ポスターの方を向いているため、どんな表情をしているのか窺うことは出来なかったが、その声は確かに舞鶴の物だった。
気になったのでさらに読もうと思ったのだが、舞鶴はそんな気配を察したようで、
「あっ! コーヒー冷めちゃったよね。新しいの入れてくる」
と勢いよく言うなり、テーブルの上のマグカップを強引に奪い、小走りで部屋から出て行って出て行ったしまった。
ふと見せた、本心(あくまで俺がそう考えるものでしかないが)に近寄ろうとすると、するりと身をかわし逃げていってしまう……。
「やっぱ……猫だよな……」
そんな事を、誰ともなく呟いた。
舞鶴がいなくなり、一人部屋に残された俺は、観察を再開する。曽江島一枚の建もの探訪
俺の右、ベッドの枕元にある棚にはミニコンポが、左手にある机の上には今年の夏モデルのパソコン、ベッド正面の壁には液晶テレビがかかっており、部屋全体を囲むようにサラウンドスピーカーが設置されている。
そんな豪華な内装に加えて、駅から数分という恵まれた立地条件のマンション。家の鍵がカードキー(舞鶴によると毎日新しい鍵になるとか)ということと、部屋に入るなり私室に通されたので分からないが、見た感じでは奥にまだ部屋があった事、から考えて普通の人よりも数段生活レベルが高い事は確実だ。
「ふむ」
つまりは、あれですな。
「……金持ちかよ…………」
舞鶴の生活ランクを表すのに、一番適当だと思われる表現を呟いてみる。
ついでに、驚いてみよう。
おお、舞鶴は、金持ちだったのか!! なんて、べたべたな設定。
『――違うよ』
その声に目を向けると、新しいコーヒーを手にもった舞鶴が、扉のところに立っている。
「違うって、なにがだよ。こんなとこに住んでおきながら、そんな事を言ったって全然説得力ないね」
舞鶴が、自分が金持ちではない、と言ったことに対して俺がムキになるのは決して、貧乏人のひがみではない。世間で汗水たらして働いている人に対する冒涜に値するから言ってるのだ。……決して、俺が欲しいコンポを舞鶴が持っていたから、という個人的な理由ではないぞ。
「………………」
ほんとだって……。
じー、っと胡散臭そうな目で眺めている舞鶴に弁解してみる。無意味だけど。
「はぁ」舞鶴は、一つ息をつくと、近づいて来てテーブルに煎れなおしたコーヒー(インスタントだけど)を置き「あのねぇ、私が金持ち……」
そこで、言葉を止め、
「あ~やっぱ止めた。どうせ、後で解ることだし」言うのをやめた。
なんだ、思わせぶりに止めやがって。
でも、俺もテレパスなんでそこん所は読めば解ってしまう。――というわけで舞鶴の心に意識を集中させる。そういえば、何か目的をもって思考を読もうとするのは久しぶりだ。
……ん? 誰だコイツ……
「あぁぁ、読むなよ」
舞鶴が文句を言っているが関係ない。自分で思考を止める以外に止める方法はないのだ。そして、一度考え出したことをやめることができる人間はいない、さらに不幸な事に人間は、止めようと思えば思う程、そのことを考えてしまうのだ。
つまり、俺を止められな――
「ん~~~てえぃッ!!」
「がふっ!」
ノーモーションの地獄突きが俺の喉にクリティカルヒット。まっすぐに伸びてくる手の斜線が見えたと思った次の瞬間、衝撃が喉から首の後ろに突き抜けていた。
「実力行使ぃ~」
舞鶴は、テーブルに身を乗り出した状態で右手をひらひらさせている。
「ん? そんなに強くやってないよ」そのまま、喉を押さえ、頭を垂れている俺を覗き込む。
いや……かなり、効いてる…のだが
目の前に白い閃光がチカチカと断続的に瞬き、頭が右へ左へくらくらする。まぁ、それは舞鶴の攻撃が強烈だったというよりも、俺が無防備過ぎただけなんだろうけど。まさか、力技で心を読まれるのを防いでくるとは思わなかった。そんな方法があったとは。
「そうそう、油断大敵、自業自得だよ」嬉々として言う舞鶴。「お楽しみは後に取っておくもの。いくら読めるからって、話のストーリーを読むことは許されてないんだよ。伏線はあくまで伏線なんだから、さ」
お楽しみ? ストーリー? 伏線? というか、岸辺露伴かお前は。
また例のごとく、舞鶴が言っていることの意味が俺にはわからない。いや、わかりたくもないけどさ。
『知りたい?』
舞鶴が心に問い掛ける。話す時の無邪気な声とは違い、冷たくどこか鋭さのある心の声。
「いや別に、知りたくないね」口に出してはっきりと告げる。
俺は、知りたくない。
舞鶴は、黒目の割合が多い瞳で、俺をじっと見ている。
そして、その瞳をすうっと細くして言った。「そう。知りたいの」
「はぁ?」
あまりにも、突拍子のない事を言い出したので、俺の口から間抜けな声が漏れ出してしまった。というか、心で思った事をわざわざ声に出してまで伝えたのに、なんでそうなるんだ?
『嘘だからよ』
舞鶴の思考が、ちらりと触れ、そして消えていく。
嘘?
なにが?誰が?どの部分が?
しかし、舞鶴はその問いに答える事なく勝手に話を続ける。「物語には流れがあるでしょ?」
しかも、その語り口は唐突で、まだ前の思考から抜け出していない俺にとっては、耳に入ってから意味を認識するまでかなりの時間を必要とした。
意味を理解し、頭を切り替える。その辺は実にスムーズだ、テレパスは頭の切り替えが早いのだろうか?
「ん、物語? そりゃ、流れはあるだろ」
当然だ。物語、たとえば壮大な冒険者とした場合それは一目瞭然である。
旅に出た主人公は、いきなり目的――解りやすくラスボスを倒す事としよう――を達成することはない。様々な町に行き、仲間を集め、途中敵と戦い、成長をし、そして最後にラスボスを倒す。それが王道。
そういうことだろ?
「うん、その通り」
「……で」コーヒーを飲んで熱くなったので上着を脱ぐ。「それがどうかした?」
「そういう、なんていうの流れ?――そう《流れ》って物は、大切なわけよ。その物語を愉しむうえではさ。裏技とかでレベルをMAXまで挙げたドラクエが退屈なのと同じ」
そこまで行き、俺は舞鶴の言いたいことが解ってきた。というか、読めば解ることなのだが。
でも、その考えは……あまりにも……
舞鶴は、続ける。
「だから、私たちも《流れ》を大切にしなくちゃいけないの」
テレパス同士の会話の為、所々話が飛躍するが要はこういうことなのだろうと思う……。
物語やゲームだけではなく、この世界(大仰すぎるが)にも《流れ》が存在する。それは、会話であり、人間関係であり、政治や戦争でもある。すべて――万物に《流れ》は存在しているわけだ。
かといって、因果律やら予定調和のように、哲学的かつ難解な事を言ってる訳ではない。原因があり結果がある、そういう簡単な物だ。
『話が解りにくいんだよ。まとめるならまとめてよ』
うるさい。今、まとめる。
で、この場合、俺には関係のない戦争や政治の話を除いて、会話に絞ろう。
会話はというものは、言葉を交わすこと。――ではない、言葉を交わすのは過程だ。会話の目的とは《お互いの意思の疎通をすること》である。お互いの意思の疎通が行われない物は、会話ではなく独り言。
言葉を交換し、お互いの言葉を自分なりに理解して相手の考えを掴む。これが、会話。
だから人は、言葉を重ね、交わし、相手の目的を掴む。そこには、《流れ》が存在している。人類が言葉を発した瞬間から発生した揺るぎようのない流れが。
――では、俺達テレパスはどうだ?
相手の心が読めるので、言葉を重ねる必要がない。会話にあるべきのプロセスを吹っ飛ばして《相手の考えを知る》という目的に到達する事ができる。それこそ、冒険で始めにラスボスを倒すくらいの事が出来てしまうのだ。そして、それは会話に限った事でなく、人と人が関わっている物事――つまりはこの世界すべてにいえる事でもある。
「で、それがよくない……と」
舞鶴は、こっくりと頷く。
「だから、読むな……と」
舞鶴は、こっくりと頷く。
……ふむ。《心を読んではいけない》こう思うのは、素晴らしいことだ。舞鶴がやった実力行使はイレギュラーとして置いといくとして、実際は思考が勝手に流れ込んで来るのだから、そんな事はできず、せいぜい《気に止めない》といった事しか出来ないのだが。
それでも、テレパスとしてポジティブな態度をとっている舞鶴が、《心を読んではいけない》と考えているなら、数千の拍手と、両手に抱え切れないくらい沢山の薔薇の花束をあげたい所である。
ただし
ただし、だ。
それが、《楽しむため》という理由の場合は別だ。
《楽しむ為》
それは、あまりにも……。
「自分勝手?」舞鶴が先に被せる。「自分勝手の何が悪いのさ、自分の為に生きるなんて当然でしょ」
「………………」
もっともだ。俺は、答えられない。そんな俺を見て、一つ息を吐くと、舞鶴は続ける。
「キミがどう思ってるか知らないけどさ、この世界は物語なんだよ。シェイクスピアも言ってたでしょ《この世は舞台、人は皆役者》ってさ。私の物語の主人公は、もちろん私。自分勝手なんてあたりまえ。私が、楽しく生きれればそれでいいの。そのための力でしょ?」
きっぱりといい切る。
……そう、コイツにとってすべては《楽しむため》でしかないのだ。《心を読んではいけない》なんていうのも他人のプライベートを侵してしまうことへのいたわりの心から生じたものではなく、人の心を覗いているという自分への嫌悪から生まれたものでもない。
読んでしまうとつまらないから、読まない。といったものだ。
それは……映画の結末を知ってしまうと映画が楽しめない、というのと同じ感覚。
単純で、無垢で、そして、利己的な理由。
「まあ」一変、舞鶴は肩の力を抜く。「そういっても、そんな状況には出会ったことないのよね。やっぱり、世界自体が退屈なままなのよね~」
制服を着ている正統派美少女(見た目)が言うような言葉ではないと思ったが、まぁ、その通りなんだろう。先を知ったらつまらなくなる事なんて、この世界にそうそうあるもんじゃない。白凪が誰を好きだろうと、その相手が俺だったとしても、俺がなんとも思わないのと同じ事だ。
しかも、この世界にある殆どの事は、舞鶴や俺にとって取るに足らない些細な事なのだからなおさらだ。
世界自体が退屈……。故に、舞鶴は人の心を読むのにためらわない。知ってしまうと楽しめないから、という理由で心を読まないということは裏返すと、どうでもいい事に対しては惜しげもなく力を使うということになる……。
「悪い?」
少し首を傾ける可愛いしぐさで聞いてくる舞鶴。そんなカッコをしてもやはり正統派美少女(しつこいようだが、見た目)には、似合わない台詞だと思った。まぁ、正統派美少女に似合う台詞がどんなのかは知らないけど。
「いや、悪くないよ」俺は、答える。
これは本当。幾分か、否、かなり自分勝手な考えだとは思うけど、悪いとは思わない。どう考えようと人の勝手だし。
舞鶴は、そんな俺を見て静かに頷いた。
一瞬だが、なんだか不思議な目で見ていた。
それがなんなのかは、分からないけど。
分からないはずなんだけど。
それが、妙に気になった。
◆ ◆ ◆
そのまま、俺達は話をした。
たわいもない《普通》の高校生がするような話。
つまらく、平凡で、日常的な会話。
《普通》じゃない高校生が《普通》の話をする、お笑い種だ。
お互いに気付いてはいたけど、それを口に出して云うことはなかった。
云わない事がルールであるかのように、
云ってはいけない事のように、
ただ、台本に書かれている台詞を読むように会話した。
別に、珍しいことじゃない。
俺に、とって会話なんてそんなものでしかなかった。
白凪ゆいりと話すときも、短崎省吾とふざけるときも、全部、全部がそうだった。
白凪も短崎も笑って話す、それに対して俺も笑いかえす。
でもそれは違うのだ。破滅的に違う。
彼等はごく《自然》に笑う。面白いから、可笑しいから、楽しいから、滑稽だから、嬉しいから、幸せだから――笑う。それは、ごくごく《普通》の事だ。
でも、俺は違う。
俺は《台本に書かれている》から笑う。面白そうに、可笑しそうに、楽しそうに、滑稽そうに、嬉しそうに、幸せそうに――笑う。
端的に云えば《生きてる者》と、《演じてる者》との違いになるのだろう。
白凪や短崎は、その世界にで生きているけど、俺は、その世界の中で役を演じているに過ぎない。
違う世界に迷い込んだ異端者。いや、異端というものは、その世界の中で外れているということだ。俺は端にすらいない、完全に違ってしまっている。
大体、異端なんてありふれてる。本や漫画、ゲームの主人公なんか異端のオンパレード。厳密な意味での《普通》なんてそこには存在しない。
異端なんてファッションだ。個性に成り下がってる。
異端なんて設定だ。話に膨らみを面白みを加える物でしかない。
異端なんか普通だ。辞書をひけばきちんと定義がのっている。
だから、異端なんかに意味はない。
異端なんかに価値はない。
気持ちのいい疎外感に浸り、他人とは違うという自惚れに浸かる。
悲運のヒーローでも気取っていればいい。そんなのは、ナイフに憧れる少年と同定義、恋に恋する女の子と同価値だ。
異端、それは都合のいい《英雄思考》――《平和な世界》の《普通》の考え。
だから俺は異端なんかじゃない。――異端なんかになれやしない。
俺はテレパス。
心を読み、裏を知る
思考を読み、本心を知る
一部を読み、全体を知る
原因を読み、結果を知る
愛情を読み、憎悪を知る
友情を読み、裏切をしる
平和を読み、戦争を知る
普通を読み、異常を知る
そこには、自惚れも疎外感も存在しない。
簡単だ、自惚れも疎外感も《読んで》しまえばいい。
所詮、そんなものだ。――そんなものでしかない。
何にも感じない。感じるはずがない。
だから俺は、何にも思ってない。
辛くなんかない。苦しくもない。
そうだろ?
そうだろ――舞鶴?
◆ ◆ ◆
話しているうちにいつのまにか日が暮れ始め、窓から差し込む夕日が部屋を赤く照らしはじめる頃
「じゃあ、そろそろこの《平和な世界》ってやつを終わらせちゃおうか」
と気軽に言った。
本当に気軽に言いやがった。
そして
舞鶴は、メインテーマである所の質問をする。
「――キミは、どうするつもりなの?」
俺は、あらかじめ用意をしておいた答えを返す。
「――このまま」
つまりは、保留。
「ふぅん」感心したように、声を漏らす。といっても俺の往生際の悪さに感心したのだろうけど。「それじゃ、キミはこのまま、キミのいう所の《平和な世界》ってやつを続けるつもりなんだ」
「まぁね。昨日と同じ今日、今日と同じ明日……、その繰り返し。そんな、普通の高校生みたいな生活を続けるよ、このまま――ね」
でも、舞鶴相手にこんな小手先だけの屁理屈が通用するわけがないわけで。
「――普通の高校生ね……その《役》をこのまま演じ続けるわけ?」
演じ続ける。
ビンゴ。実に適切な表現だ。
しかし、俺は、もう驚かない。いくら舞鶴が確信を突こうが、驚くことはない。舞鶴と俺は、同じ人種なのだから。そんなの見抜けて当然だ。
俺は、開き直って言う。
「ああ、演じ続けるね《この世は舞台》って言うんなら、その《役》は白凪や短崎と同じ《舞台》にいる普通~の登場人物」
言ってて、自分でも可笑しくなる。 ――同じだって?
普通だって? お前はテレパスだろ?
「本気で言ってる?――わけないよね~、だって無理でしょ。キミは、白凪さん達とは違うもんね。何処かで矛盾が生じちゃうでしょ」
矛盾
それは、その世界で《生きている者》と《演じている者》との違い。俺が感じる周りとのズレ。
演じているが故、白凪や短崎と話している時も馴染めずに、何処かで傍観してしまう自分。つまりはそういうもの。
白凪が恋について話していたとしても、俺にとって実感はなくどこか絵空事に聞こえてしまう。登場人物を演じているに過ぎない俺にとって、舞鶴が言うように、恋は《錯覚》なのだ。舞台の上で行われてるに過ぎないこと。
「――そう考えてるって事は、キミはやっぱり気付いてるよね」
はっ。 これだからテレパスって奴は、ぽんぽん人の考えてる事を読みやがって。プライバシーのかけらもないってか。 ――……オマエもテレパスだ。
余裕がある顔で、舞鶴は続ける。
「矛盾に気付いて、さらには抱えたまま、役を演じ続ける事は出来ないって事にさ」
役をうまく演じるには、自分が演じているという事実を忘れることが大事だ。
自分が演じているということに、気付いてしまった者は、うまく演じていると思っていても何処かしらズレが生じる。それこそ俺のように。
そして、矛盾、ズレ、そういうを持ったまま役を演じ続ける事は不可能。ズレはひずみに、ひずみはゆがみとなり破綻するのだから。
「だから……」俺は自分自身に言い聞かせるように言う。「だからこそ……。お前に逢わなければよかったと思うよ。気付かなければ、認識しなければ……」
「普通に生活できていたのに、ってわけ?」
言葉を重ねる舞鶴。どうやらこれがテレパスとしての舞鶴のスタイルみたいだ。
と
舞鶴はそこまで言うと小さく舌打ちをして、苦々しい顔をする。今まで、そんな表情を見せていなかったので俺は少し驚く。
「私に逢わなければ《平和な生活》を送れていた……、自分が演じている事に気付く事もなく永遠に舞台で演じられていた……。 キミはそんなに鈍感ではないでしょう。周りと自分が違うことくらい気付くはず。――ううん、気付いてる。気付いてるからこそ、頑なに《嘘》を突き通そうとしてる」
《嘘》
ピシリ、と音がした。
舞鶴は、俺に発言の猶予を与える気はないようで、一人話を続ける。
「何が、逢わなければよかった、よ。私に逢わなかった場合、どうなってたか教えてあげましょうか。まぁ、言わなくてもキミは知ってるはずだけどね。」
待て。
「仮に、キミが」
それを言ったら。
「私に逢わなかったとしても」
全てが終わってしまう。
「破綻するの」
俺が演じている世界が音を立てて崩壊していく。ひび割れ全てから淀みなく、完膚なきまでに、修復不可能なまでに。
でも、不思議とショックではなかった。自分がやってきたことすべてを否定されているようなものなのに、俺は平然とその事実を受け入れていた。
なぜ?
舞鶴の言うように気付いていたから? 覚悟ができていたから?
わからない。
わからない……。
「要は、私に逢っても逢わなくても遅かれ早かれ、破綻するんだよ」再び、嬉しそうに舞鶴が言う。「大体、少し考えれば――ううんん、考えるまでもない事だけど、テレパスが普通の《役》なんて演じれるわけがないじゃない。ムリムリ、甚だしくインポッシブル。テレパスはテレパスらしく、生きるしかないの。それなら楽しく生きたほうが徳でしょ?」
それでも俺は、あがこうとする。あがくというよりもむしろ、俺がすべてを見透かされ読まれていると分かっていても演技をし続けることができる人間なだけだけど。
「――今のままでも充分だ」
「嘘!」少し、睨みながら言う。「解らない訳無いでしょ。あたしもテレパスなんだからさ」
そこで、苛立ちを抑えるように息を吐き、髪をかきあげる。
「ふう。昼に話してても、思ったんだけどさ。キミって話してる事とやってることがてんでバラバラなんだよね」
……バラバラ?
「そう、私が感心しちゃうくらい《テレパス》って物の存在を理解してる。自分が違うって事を認識してる。でも、やってることは何? そのままで充分楽しい? ――そりゃ、楽しいでしょう。自分の好きな、自分を認めてくれてる世界に浸って、普通の人を演じて、女の子とかと乳くりあってりゃね。 でも私が言ったでしょ、そんなのは続かないって、偽りなんだって。キミがやってることは、ただの自慰行為なんだよ。自分で自分を慰めて、それで満足。上等だね」
カチンと来た。
いくら俺でも、そこまでけなされて我慢が出来るほど人間が出来ているわけではない。
「そんなの、お前に」
「言われる筋合いがない? 何言ってるの? 私だからこそ言ってあげるんじゃないの! 私がテレパスだから言ってあげれるのよ!」
何故だか解らないが、彼女は凄く怒っていた。怒りで彼女の心が覆い尽くされて読めない、それほど怒っていた。
いいかげん鬱陶しい。頭が冴えて、怒りが形をなしてくる。
なんで、こいつにこんなこと言われなくちゃいけないんだ。勝手に現れて、すき放題言いたいこと言って、それで何がしたいんだ?
俺は、言葉にして舞鶴に伝える。
「……頼んでないよ。そんな事、テレパスだろうが何だろうが、俺の知ったことじゃない。迷惑なんだよ……そういうの、放っておけばいいじゃないか、お前に関係ないだろ。それなのにうろちょろ付きまとって。大体――」
ばしゃり、と
瞬間、首筋に何か生暖かい物をかけられた。
液体は、首筋を伝わりすぐに制服のシャツに染み込んでいき、俺は右肩の首近くから鳩尾の辺りにかけてじっとりとした感触を感じた。
彼女を見ると、空になったマグカップを持って、猛烈な勢いで睨んでいる。
「おいおい、火傷したら……」
「うるさい!!」大声で遮られる。
舞鶴は、怒りを通り越して激昂していた。
「俺の知った事じゃない? 迷惑? 嘘 嘘 嘘 嘘!! ふざけるんじゃないわよ!! 言ったでしょ、自分も騙せないような嘘をつくんじゃないって!!」
衝撃だった。
頭をハンマーで殴られたような気がした。
俺は、かけられたコーヒーのことを忘れ呆然とする。
俺が自分に嘘をついてる……?
「私だってね、会ってキミが本当に私を必要としない、って思ってたんなら近寄ってこないわよ!! キミなんて放っておいて、いつもみたいに力を使って楽しく遊んでるわよ!!」
制服のシャツに染み込んだコーヒーが冷えて冷たい。
「でも、でもね、聞こえちゃったんだからしょうがないでしょ! 君が思ったことをさ!」
俺が…思った……コト?
「そうよ。どうせ自分の中で誤魔化しているだろうから教えてあげるわよ。キミはね私に逢った時、こう思ったの」
「――助けて」
「そんなの!」俺の動きを一つでも見逃さないというように睨みつけながら舞鶴が叫ぶ。「そんなの放っておける訳無いでしょ! 目の前で助けを求めて、それで何? 俺に構うな? いい加減にしなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺は、喋る舞鶴に対して言う。
ちょっと待て。落ち着け。
何が《助けて》だ。メロドラマじゃねえんだぞ。俺が、そんな事を考えてるわけがないじゃないか。
俺は、世界が俺を否定している事を知っている。とっくに気付いてる。
だから、なんだ。世界が俺を否定してようが、異端だろうが、例外だろうが、バグだろうが、マイナスだろうがそんなん関係ない。
別に、それらに対して何の考えも感情も持っていない。
だから……だから、《助けて》なんてこと思っていない。思うわけがない。
大体、思ってるなら俺が一番初めに気付く。俺はテレパス。心を読める存在がそんなことに気付かないはずはない。
俺はテレパスだ。心が読める、読めるんだ……。
「読める読める……」少し、冷静を取り戻したような声で舞鶴は言う。「そうキミは、テレパス、心が読める存在、それは正しい。でもね、キミが読んでるのは《他人の心》でしょ、決して《自分の心》を読んでいるわけじゃない」
そこで、ぐっと力を入れ、俺自身の心の深くに問い掛けるように、言葉をはなった。
「キミは自分の心がわかるの?」
ふっ、と憑きものが落ちた気がした。
舞鶴の言葉で自分を縛っていたものの存在に気付く。
「……そうか、そういうことか」
《自分の心がわからない》
そんなの当たり前だ。自分の事をすべて分かっている奴なんて居やしない。自分がなにを考え、何が原因で行動を起こすのか、そう言ったものを全部理解している人なんて存在しない。
自分の事だからこそ、自分では分からない事がある。他人に言われて始めて気付く事なんて多すぎて数え切れないくらいだ。
俺がテレパスだからと言ってそれが変わるわけじゃない。舞鶴の言うように、自分の心を読む事などできないのだから。
俺は、そこを誤解していた。下手に他人の心が読めるから、自分の心まで理解したような気になっていた。
テレパスゆえに陥った穴……か。
何故かわからないけど、笑いたくなった。
「そうか、そうか」俺は呟く。「俺は、舞鶴を待ってたのか……」
多分、いや、絶対、俺は、待っていたのだ。舞鶴がそういうのだからそうなのだろう。なぜなら、彼女は《テレパス》、人の心が読める。俺が考えている事、騙している事、演じている事、それらすべてを読むことが出来る。
舞鶴は、俺以上に、俺のことを理解している存在。
だから、彼女が言っている事は、俺の本心なのだろう。
俺は、彼女の言う通り、自分と同じ存在、世界全体が否定する中ただ俺を受け入れてくれる存在を待っていたのだ。
上辺で否定しても、自分に嘘をついて誤魔化していても、何処か心の奥底で待っていた。
そして舞鶴は、そんな俺の心を《読んだ》。
――「貴方はこの選択肢を選ぶわよ。絶対にね」
と言ったのも出任せではなく。心を読んでいたからこそ言ったのだ。
実に単純。
舞鶴は、最初から知っていたのだ。そして、俺は気付いちゃいなかった。それだけの事。
言葉にしてみるとこれだけの事。
悩むことはない、演じることもない。
結論なんて最初から、逢ったときから出ていたのだから。
『そう。その通り』
舞鶴は、メインテーマである所の質問をする。
「キミは、どうするつもりなの?」
俺は、あらかじめ用意されていた答えを返す。
「お前と一緒に生きるよ。――舞鶴美羽」
舞鶴は、にっこり笑って言う。
「ええ、私もよ。――曽江島一枚」
……それは、最初に行われる筈だった会話。
手をのばし、待ち侘びていた人の頬に触れ、眼を見つめる。
交差する視線、交差する思考
そして、
お互いに引き寄せられるように、俺は――俺達はキスをした。それは、最初から望んでいた事だから……。
触れるようなキスを終え、唇を離すと目の前に舞鶴の目があった。黒目がちの瞳がじっと俺を見つめている。
舞鶴は、ゆっくりと言う。
「世界がキミを否定しようとも、私はキミを受け入れるよ」
「ああ、わかってる」
そう、わかってる。
腰を抱きよせ、再び唇を合わせる。さっきより本格的な、ディープキス。
舞鶴の舌が口の中に潜り込んできてノックをする。俺は、それに応えるように舌を絡ませた。舌、それだけが独立した生き物のようにお互いの口を行き来し、絡み合う。
「ん、ふぅ」
お互いの口から吐息が漏れる。
鼻筋に当たる息がむしろ心地よい。
「んっ、んむ」
間近にある舞鶴の瞳が、いたずらっぽく細まったと思った次の瞬間、唾液が流し込まれてきた。そして、それを掻き回すかのように舌が動きを増す。
ちゅくちゅくと湿った音が静まった部屋の中に響く。
『……飲んで』
頭に響くその声に促されるように、俺は唾液を嚥下する。少し、甘い味がした。
唾液がなくなった口の中を舞鶴の舌が動く、舌が奥歯の辺りを刺激するとそれに反応したのか新たな唾液が分泌される。
『ん……コーヒーの味がする……』
そうかな……?
『うん、こーひー』
舌で巻き込むように唾液をすくうと、吸う、俺はその動きを助けるように押し出してやる。
今度は、俺が舞鶴の口の中で混ぜ合わせてやる。舌の裏、歯茎、なども念入りになぞる。
こくん
小さな喉を動かし、唾液を飲み込む舞鶴。自分の唾液が飲まれたことに俺は興奮した。 行為は自然と激しくなり、二人の舌が湿った音と息との二重奏を奏でる。
唾液の交換に俺達は没頭して言った。
唇の間から漏れた唾液が落ち、舞鶴の制服に黒い染みを作り出す。
「ん、あむっ」
舞鶴は、キスをしながら股間を俺の膝に擦り付けて来た。腰をくねらせ恥骨の辺りをぐいぐい、と押しつける。
ズボン越しに感じる彼女の体温をもっと感じたくて俺は、膝を動かす。
「……あん!」
いきなりの事に口から漏れてしまった、といった感じの声でキスが中断される。
「はぁ、はぁ」「はぁ、はぁ」
お互い、至近距離で見つめ合いながら荒い呼吸を繰り返す。
俺の股間は痛いほどに興奮していた。
自然、これから行われる事への想像を膨らます。
「……エッチ」
舞鶴にジロリと睨まれた。
でも、今の俺はそんな事ではへこたれない。
つーか、俺もテレパスだし。
「ふ~ん、よっと」
不意をつくように舞鶴の股間に手を伸ばし股間の辺りを撫でる。
「きゃ!やっ、あん」
突然股間を襲った刺激に舞鶴の口から声が漏れる。そんなのは無視して俺は触り続ける。
下着越しに、ぷにぷにと秘所を押したり、揉んんだりする、その度に小さく体が跳ねた。
暫く、触っているとしっとりと下着が濡れて来た。
「ほら、舞鶴のあそこが濡れて来たよ」
耳元で囁く。
「エッチなのはどっちかな? そんな想像しちゃって」
舞鶴を恥ずかしがらせるためではなく、実際に舞鶴が思い描いた物は、結構凄い物だった。
いやいや、女の子って意外に大胆な事を考えるんですな。
『……ばか』
「いや……マジでびっくりしたよ。まさか…………なんて」
小声で囁きかけると、舞鶴は耳まで赤くした。そんなに恥ずかしがる事じゃないと思うけどな、女のテレパスならそうなるのが自然だと思うし。
「でも、男に知られると恥ずかしいの」
少し膨れた顔で言う。
その表情に、けっこうドキッ、ときた。
手の動きを再会させる。
もうそこは、びしょびしょ、で触る度に淫らな音が室内に響く。下着の吸収限界を越えた、蜜は舞鶴の内股を伝って落ちていく。
「んっ、あっ!冷たっ」
その感触に声をあげた。
内股を伝って落ちていく愛液は、靴下によってせき止められる。
「………………」
「やらしぃ~、靴下なんかがいいの?」
即座に、悪戯っぽく微笑んでくる。
「やらしくなんかないさ」
話しながらさらに、手を動かし秘所を刺激する。
「んっ、やっ!」
「靴下もいいけど……」
俺は、想像する。それを読んだ舞鶴は即座に反応を返す。
「えっ……着たまま…あっ!んっ!そんな…制服が汚れちゃうよ」
舞鶴には男のロマンは理解してもらえないようだ。残念。
「…服…はぁはぁ……脱がし…て」
息も絶え絶えに言う。
「……ああ」
ベッドの上に、舞鶴の体を横たえ、服を脱がしてゆく。
制服の上着を脱がすと、薄いブルーのブラジャーが現れた。上から手で軽く触れてみる。
「あんっ!」
それだけなのに、過敏に反応する。それが面白くて、手にすっぽりと入る膨らみを執拗に揉んだ。
「ん!あっ!あんっ!」
大きさは普通といった感じだが、弾力があり、なかなかいい。
布越しの感触では満足できなくなった俺は、フロントホックを外し、ブラジャーを剥ぎ取った。
眼前に現れた、ツンと立った薄桃色の乳首に軽く、口付けをする。
「んっ!」
びくりっ、と体が波打つ。
俺は、そのまま乳首を口に含み、ゴムのような感触を楽しみながらもう片方の胸に手を這わせる。
俺の動きに呼応するように舞鶴は、だんだんと息を乱す。
口に含んだ乳首を舌で転がしてやると、甘ったるい声で呻き、ギュッと抱きしめてきた。
顔が押し付けられると舞鶴の甘いような匂いが鼻腔に広がる。
しばらく薫りを堪能した後、息苦しくなったので体を剥がす。軽くキスをした後、俺は手早く服を脱いだ。
……と、何やら視線を感じる。
仰向けになったままの舞鶴が、じっと、俺の股間を見ている。
『え~、こんなになるんだ~。なんかリアル』
まぁ、そりゃ……ねぇ。
何かに、魅入られたよう見続ける舞鶴。なんとなく俺は声をかける。
「あ~、触りたいなら触ってもいい……けど」
「えっ!? あっ、それはいいや」
ぶんぶん、と首を降る。
おっ、弱点発見か? これを利用して……。
「………………」
睨まれた。……まぁいいや、今度にしよう。
「じゃあ、かわりに……」
いいながら腰のホックを外し舞鶴のスカートを脱がす。
ブラジャーと同じ青い下着が現れる。秘所にあたる部分は、既に蜜を吸い濃い青となり、白く滑らかな内腿には許容量を超えた愛液の垂れた筋が窓から差し込む明かりに照らされて光っていた。
その淫靡な様子に興奮した俺は、最後の一枚に手をかけると引き下ろした。舞鶴が腰を浮かして手助けをする。
一糸まとわぬ姿になった舞鶴を見下ろす。 呼吸と共に上下する白い胸、女性という物を意識させる腰の曲線 すらりと伸びた細い足、それはなんとも艶めかしい光景だった。
事実、俺の股間ははちきれんばかりに緊張して臍の下まで反り返っている。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
まだ何もしていないのに、呼吸をあらげている舞鶴。と同時に俺の呼吸も荒くなっている事に気付く。
「? 何で興奮してるの?」俺は聞いた。
「はぁはぁ……、わかんないけど、なんか……頭に流れてくるの」
荒い呼吸のまま答える。
どうやら、俺の感情が流れ込んでいるようだ。愛撫を受け、頭がぼーっとしているので余計流れ込んでくるのを感じてしまうのだろう。
そして、当然俺にも舞鶴のが流れ込んで来ている。
それで愛撫してる側にも関わらずこんなに興奮してるのか。
そんな事を考えつつも俺は、もう限界に来ていた。舞鶴の感じているのと、俺が感じているのが合わさっているからだ。
「ん……いいよ」
舞鶴が察し、心を決めたように言い両膝を開いてきた。
俺は膝をつき股間を進め、先端を舞鶴の既にびしょびしょに濡れているワレメに押し当てた。
「…んっ、……そう、そこ……きて」
舞鶴の声には答えず、焦らすように上下にこすりつける。
ぬるぬるとした感触が亀頭から伝わってくるのに加え、舞鶴の感じているのが頭に流れ込んできて、焦らすことが出来ないほど急激に高ぶってしまう。
「いくよ」
一言、舞鶴の耳元で囁きグイッと腰を沈み込ませる。
張り詰めた亀頭が粘膜の関門を割って入ると、すぐに温かいぬめりに包まれた。
いくら処女膜を散らせてあるといってもそこは男を始めて受け入れるので、かなりきつい。
「んんっ……きつっ」
そう呟いた舞鶴の額や鼻の頭にキスをしつつ俺はゆっくりと、しかし確実に腰をすすめる。
「うんっ! あっ……入ってる」
三分のニくらいが埋まった時点で、俺はもう大丈夫だと思い、残りを一息に押し込んだ。
「ひゃっ! きゃうっ!!」
叫びながら舞鶴はのけ反り、白い咽が眼下にさらされる。
入るときは俺のモノを拒んだのだが、一度奥まで受け入れてしまうとガッチリとくわえ込んでギュウギュウと吸いつくように締め上げてきた。
「のが……中まではいってる……」
少しでも動くと達してしまいそうで動くことが出来ない。
そんな俺の感触を舞鶴が感じたようで、舞鶴の柔壁は一段と潤みを増した。
舞鶴は俺の背中に手を回しより強く抱きしめると、動き始めた。
「ああ……、奥が、気持ちいい……」
小刻みに少しずつ、恥毛の丘をこすりつけるように動いてくる。
熱い吐息をあげながら、動いてるうちに慣れたようで動きがだんだんとリズミカルになってきた。
それにあわせるように俺も突きはじめる。
「いいっ! あっ! んん」
直接股間から感じる快感と舞鶴からテレパスで伝わってくる快感に俺は酔った。
舞鶴も同じく相当に興奮しているようで、俺が突き入れるたび、新たな愛液が溢れだしクチュクチュと淫らな音を立て、シーツをしとどに濡らした。
「ひぃ! あぁ!」
舞鶴のよがり声がだんだんと高くなっていく。
同時に、抜き差しを繰り返すたびに俺も高まっていった。
「あっ! あっ! 来ちゃう!!」
既に悲鳴に近くなった声を聞きつつ俺は腰を動かし続ける。
「ダメっ! ああっ!」
舞鶴と同時に限界に達しつつある俺は、腰の動きを浅くテンポの早いモノにする。
「俺もっ、……いきそう」
「あんっ! なかに……んんっ!!」
俺は今までで一番深い一撃を浴びせる。
「ああ、あうっ! イク、イクーッ!」
絶叫をほとばしらせ、背中をギュンと反り返った。
ぎゅ~、ときつく締められると同時に、舞鶴の快感が滝のように一気に流れ込んできて、俺もたちまち快楽の最高点に達する。
心が溶け合い、一つになる感覚。
「イク、イク、イッちゃううー!」
叫ぶ舞鶴の奥深くに俺は思いのタケを爆発させる。
頭のなかが真っ白になり、腰が落ちるような衝撃を感じながら、断続的に放出しつづけた。 自分が感じたものを舞鶴が、そして舞鶴が感じたものを俺が感じているという感覚は肉体以上に二人の繋がりを実感させてくれた。
最後の一滴まで放出し終えても、舞鶴の秘所は締め付けてはなさないので、俺たちは繋がったままでいた。
・
・
・
――さて、眠いので手短にいこう。
予想より早く、予定より遅かったものの、これにて《平和な世界》は終局。
結局、最初から最後まで舞鶴の手の平で踊っていたような気がするけど、まぁいいだろう。終わったことは済んだこと、色々考えてもしょうがない。
では、次に何が幕を開けるのか?
セオリー通り、平和の後には《戦争》が待ち構えているのかも知れないし、再び形を変えた《平和な世界》が始まるのかも知れない。それは現段階ではわからない事。
知っていそうな舞鶴は、俺の隣で御就寝。
「………………」
なんだか、面倒になってきた。
「……喉が乾いた」
誰が聞いてるわけでもないのに呟いてみる。他人の家という状況においての、微妙な意思表示というやつだろう……多分。
いや、意味がわからない。
今日一日で随分と酷使された脳がオーバーヒート気味だ。
それより、何か飲み物。冷蔵庫の中にならなんかあるだろう。麦茶とか、
「ポカリなら最高……」
再び呟きつつ体を起こす。
と、
俺の胸を枕にしていた舞鶴が「うう~ん」と唸りながら俺の体をベットに押し戻す。
「……ったく」
ぶつくさ文句を言いながら、舞鶴の手(死後硬直のようにカッキリとロックされていた)を外してベッドに体を横たえると、俺は体を起こした。
部屋は薄暗い、夜中なのだから当然だ。
カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされて、壁にかけてあるイルカのポスターがぼんやりと浮かび上がっている。
そのまま見つめていると、差し込む月明かりが海面を通して注がれる光りに見えてきて、まるで自分が海中にいるような気がしてくる……。
――「私達って、イルカの仲間なのかな? ――イルカ科ヒト属」
ふと、舞鶴の言葉が浮き上がった。
イルカは、仲間同士テレパシーで繋がっている。それが本当だとしても、それは生物としての機能だろう。鳥が空を飛ぶ機能を持ってるのと同じ事。
テレパシーが出来ることが《普通》で、周りと違うことなんかなくて、仲間がいる……。
だけど俺はヒトで、舞鶴もヒト。
ヒトは、テレパシーなんか持っていない……。テレパシーが出来ないことが《普通》。
俺達は、何なのだろう……?
「……くそっ」
少し、感傷的になってしまった。多分、月明かりのせいだろう。
「ん、……ううん」
肩が冷えるのか、舞鶴が唸りながらもぞもぞと俺に身体を寄せてくる。
「………………」
俺は毛布を引き揚げて、身体にかけてあげた。
ホッとしたような顔で再びすやすやと、寝息をたて始める舞鶴。
舞鶴がどんな理由でイルカのポスターを自室の壁に張っているのか、イルカを見ながら何を思うのか……。
俺は、少し知りたくなった。
自分から進んで人の心を知りたいと思ったのは初めてかもしれない。
俺は、飲み物を取りに行くのはやめ、舞鶴の隣にいることにした。
そんな気分になった。
月明かりに照らされたポスターの中では、相も変わらず二匹のイルカが寄り添い泳いでいた……。
< 続く >