FILE 14
――賭けの倍率が高すぎる。本当に証拠はないのか?
俺は必死に考えた。
証拠はある。現場にいた第9軍の兵士だ。その中に撃った人間がいる。
俺は司令部の保管庫をひっくり返して、報告書を洗った。
膨大な報告書の山。しかしなかなか思うような記録が見つからない。
かろうじて、ナハレル自治区の高級住宅街、メラルダ通りを担当したのが、第4猟兵連隊であることがわかっただけである。
猟兵連隊は、1連隊で少なくても1200名はいる。当然、撃った人間はわからない。
――そうか。調べようとしている内容は、かなり軍法に抵触しかねない内容だから、通常の戦闘報告にないかもしれない。
戦闘報告にないとすると、あとはどこか?
――シュナイゼン少将がいたはずじゃないか。
今度は親衛隊の資料をひっくり返す。
あった。
虐殺部隊と言われる第9軍も、この頃はまだ不法行為集団である。
その山のような不法報告の中に、シュナイゼン少将のものがあった。
「第4猟兵連隊、ゼップマン大隊隷下、第11戦闘分隊の不法行為を認め、親衛隊権限で注意喚起」
戦闘分隊はその時々で構成が変わるが、12名を超えることは余りない。特に制圧作戦中では、戦死する兵士もいてさらに少ないはずだ。
――第11戦闘分隊。その中の誰なのか?
「シュナイゼン少将に直接聞くか」
本国の司令本部に、いくつかある貸しの中の1つを使って電話をかける。
「資料課のレーベン少尉であります。少将とお話したい」
好都合なことに、少将は自宅であった。
さっそく自宅へ掛け直す。
「少将をお願いしたい」
「わしだが?」
「初めまして。資料課の者です。申し訳ありませんが、名前は控えさせてください。数時間前、先のナハレル自治区掃討の際に関する資料を、某部署より求められました。調べる対象は、その時保護した少女に関するもので、少将のご家族との関わりを調べておりました」
こっちの言葉に明らかに緊張する雰囲気が伝わってきた。『ご家族』と言葉でわざと濁したが、誰のことかははっきりしている。
「こちらとしては、理由をつけて資料を出したくありません。報告は第9軍の不法に触れるものでありますが、第9軍のものは扱いが複雑です。どの程度の不法であったか覚えておられるでしょうか?」
「それは、ヒューラーの方からか? いや、いい。こっちで調べる。不法は貴族の母親を殺し、子供を傷つけようとしていた。第9軍としては珍しくもなんともない」
ヒューラーは帝国軍情報局の重鎮だ。帝国で一番の嫌われ者という噂を持つ老人である。
――あいつと敵対しているのか。すげぇな。
俺は舌をまく。
「それでは関わった人間が、今第9軍の上にいることは?」
要するに『第9軍の不法行為に関する資料は出さない』という暗黙の了解を逆手にとって、今回の資料請求を跳ねつけようということだ。もちろんいちいち説明しなくても、シュナイゼンはこちらの意図を理解している。
「副分隊長が南方戦線の第2軍か3軍の大隊長のはずだ」
「なるほど。他に実際に撃った人間はいかがです? もっとも子供が撃ったという記録もあるのですが」
こっちにとって核心の質問。思わず唾を呑み込む。
「撃ったのは兵士だ。確か今、9軍の小隊長をしているはずだが……」
――!
『母親を撃ったのは、確かにその男ですね?』と、念を押したくてたまらない。だが、この会話の流れでその質問は不可能だ。
――当時、分隊にいて、現在小隊長というのは、9軍の活躍からすると出世が遅いな。
「そっちは階級がちょっと低いですが、現中隊長と小隊長ならできるかもしれません。これでやってみます」
「頼む」
元第11戦闘分隊所属で、現在第9軍の小隊長。いたとしても2人がせいぜいだ。
手がかりは手に入れた。後はどう奴を捕まえるかである。
はたして該当者は1人だった。ケリング=ルッツォ。粗暴で鳴らし、営巣入りが5回もある。
――出世が遅いわけだ。
さて、犯人の名前はわかったが、これからどうするか?
第9軍はリルダール攻略を目的に、国境線に展開中である。
俺はこの場を離れられないし、かといって向かわせられる人材はゼロである。たった1人しかいない零細尋問官の現実だ。
――せめて助手の1人でもいればなぁ。
嘆いても仕方がない。しかしそれでも愚痴が出る。
俺は独房のエミリアを、特別尋問室に移すことにした。食事に何を混ぜられるかわからない状況を放置することはできない。
「いいわよ。私あの部屋好きだし」
エミリアは喜んで独房から移動する。
「頭の傷、まだ痕があるわね」
「まぁな……」
「冴えない表情ねぇ。例の親衛隊の彼女のこと?」
俺の生返事に、エミリアは顔を寄せてきた。
「第9軍の小隊長を攫ってくる方法はないもんかと思ってな」
「あるわよ」
「え?」
意外な言葉に彼女の顔を覗きこむ。
「ちょっと~。私が誰か忘れたの? 第9軍を攻撃できるなら、いくらでもやりたがる奴がゴロゴロいるわ」
――なるほど。レジスタンスか。
これは盲点だった。
「しかし派手に戦闘するわけにいかないんだ。下手するとそのまま第9軍が介入する理由を与えちまう」
「うーん、そうか。連れ出すことができれば、どうとでもなるだろうけど……」
仮にも参戦前の部隊編成中に、小隊長が1人になるわけもない。嘘の命令でもなければ不可能だ。
――命令を出せるか?
無理だった。そこまでの力は持ってない。たくさんある貸しも、命令を出すとなると話は別になる。
――逆に考えたらどうだ? 男が1人になる時はどんな時?
と考えたところで、思いついた。
「そうだ! 女だ! たとえ師団長でも知ってる有名人の美女がいるじゃないか」
「美女?」
「この間、お前さんも会ってる」
「! セシル=トレクス!」
「そう。リルダールの歌姫だ」
特別尋問室に入った瞬間に、キーワードを発動させた。
「シルエッティは窓の絵を描かない」
何度も繰り返し掛けて来たうえに、俺自身に対する感情もあるエミリアは、直ちに催眠状態に落ちる。
それは、既に部屋にいるマリアやシャルロットも同様だった。
「さあ、エミリア。お前はレジスタンスのリーダーとして、マリアに第9軍の兵士を誘拐する指令出した。セシルを利用して、誘拐する作戦だ」
「命令を出しました……」
「マリア、お前はこれからセシルに連絡し、エミリアの作戦を遂行させなければならない。金を使えるだけ使って、エミリアの命令としてレジスタンスを動かし、第9軍の第1大隊第4小隊長、ケリング=ルッツォを秘密裏に誘拐してくるんだ。誰にどうやって誘拐されたか、絶対にバレてはいけない。この作戦にこの国の未来がかかっている。必ず成功させろ」
「必ず成功させます……」
「シャルロットは、ここに置いていく。彼女のためにもがんばれ」
「シャルロットのために……」
ほんの1週間ほど前までは、娘の命も捨てる覚悟があったが、今はそうではないはずだ。そのために散々マリアとシャルロットに「愛している」と言わせて、認識を植えつけてきたのである。
今度は「人質」としてシャルロットが機能するはずだ。
――これも保険だ。非情なようだが。
◇
第9軍は部隊編成もあらかた終わって、あとは攻撃命令を待つのみとなっている。
『開放式』まであと3週間。未だレジスタンスの抵抗は続いており、第9軍の出番は時間の問題であった。
「隊長、あれセシルじゃないですか?」
毎日恒例となりつつある酒盛りの最中に、部下の1人が後ろに首を伸ばして言った。
リルダール国境線にある、場末の呑み屋である。普通そんなところに、有名人は来ない。
「あ、ほんとだ。あれセシルですよ。俺の持ってる写真そっくり」
「ばか。写真にそっくりじゃなくて、写真がそっくりなんだ」
ケリング=ルッツォ第4小隊長は、後ろに顔をめぐらし、目を見張った。
――マジかよ。本当にセシルだぜ。
セシル=トレクスが、通路の中央で、しかめ面をして正面を見据えている。
そこへ、よたよたという感じで若い男がやってきた。
「やっぱりザナックの店というのは、この辺りじゃ他にないらしいですよ」
「そう。では聞き違いか、向こうの間違いね。時間の無駄だったわ。帰るわよ」
「は、はい」
どうやらマネージャーらしいその男を顎で使って、セシルは身を翻すように出て行こうとした。
その時、たまたまケリングと目が合う。
にこ。
さきほどの表情が嘘だったかのように、素晴らしい笑顔を向けてセシルは店を出て行く。
「俺に笑ってくれた」
「いや、俺だよ」
部下がわぁわぁ言っているのを聞きながら、ケリングはざわつく胸を抑え切れなかった。
と。
さきほどのマネージャーが戻ってくるなり、こっちにやってくる。
「あ、あのぉ……」
頭をかきかき、男は平身低頭で言った。
「隊長さんはいらっしゃいますか?」
「俺だが」
内心、妙な期待感が膨れ上がる。
「えっとすいません。車が動かなくなってしまって……。見てもらえないでしょうか?」
「あんたセシルの! お、俺やります、隊長!」
「いや、俺の方がメカに詳しい!」
一挙に勢いづいた部下を制して、ケリングは立ち上がった。
「隊長宛てに来たんだ。当然俺が行く」
外に出ると、車に背中を預けたセシルが空を見上げて立っていた。
「車が動かないって?」
「ああ、ご免なさい。そうなんですの」
こちらに気付くと、艶やかに微笑むセシル。
「エンジンはかかるんだけど、すぐに止まってしまって……」
「どれどれ……」
キーを回そうとして気がついた。なんとガソリン残量がゼロを示している。
「これ、ガス欠だぞ」
「え? そんなはずはないわ。朝入れて出てきたのよ?」
「しかし、ほら」
「あら、本当ね。ちょっとマイヤーズ! あなた、ガス入れるの忘れたでしょ?」
「い、入れましたよ。ちゃんと」
「じゃあ、なんで空なの?」
「そ、そんなこと言われても」
なんとも情けない男だ。俺の部隊に入れば、ビシッと鍛えなおしてやるのにと、ケリングは考えた。
試しに車の下を覗き込んむと、 プンとガソリンの匂いが鼻をつく。
「ん? 入れ忘れじゃなくて、漏れたようだな」
配管から黒い汁が滴っている。漏れ出したのは走行中だったらしく、車の下はガソリンの黒い色で染められていた。
「やだ、本当?」
「ああ、どこかに穴が開いている。簡単には直らないぞ」
「困ったわ。ホテルまで歩くわけに行かないし。どこかに車があるかしら?」
腕を組んで考え込むセシル。
しかしどんな姿でも様になる女である。ケリングはあっという間にセシルに見惚れた。マイヤーズと呼ばれているマネージャーがおずおずと切り出す。
「この店にも車くらいあると思うから、ちょっと借りて……」
「水一杯も頼んでないのに、車を貸せと言う気? やめなさいよ、非常識な」
厳しく言われてシュンとするマイヤーズ。ダメだこの男は。
「部隊の車を貸そうか? 行って帰るくらいなら、構わんよ。ただ乗り心地は保障しないが」
「本当にいいの? 嬉しいわ。ほらマイヤーズ、あなたもお礼を言いなさい」
「ど、どうも。重ね重ね……」
「それじゃあ、運転もお願いするわね。マイヤーズ、あなた残りなさい」
「ええっ!? な、なんで……」
「あなた、車を放り出して帰る気? ホテルに着いたらすぐに修理なり、レッカー車なりを頼んであげるから、待ってなさい」
「うう。はい……」
ガックリとうなだれるマイヤーズ。ケリングは予想外の状況に面食らった。
「俺が運転するのか?」
「ええ。お願いしたいわ」
答えるセシルは、苦笑しながら顔を寄せてきた。何かのいい匂いがする。
「マイヤーズが軍用の車をうまく運転できると思えないの。わかるでしょ?」
「なるほど」
この車には特に癖があるわけではないが、あのマネージャーに任せるのは危ない気がした。
「わかった。ホテルはどこだ?」
「ラムリッツ。ああ、自己紹介をしてなかったわね。私はセシル=トレクス。オペラ歌手よ」
「ケリング=ルッツォ。帝国軍、第9軍だ」
「あら、すごいわね。よろしく」
まるで夢のような話だが、ケリングはホテルに着いたらお礼と称して、ロビーでお茶に誘われた。
セシルはただでさえ人目を引くが、それが帝国軍人と二人だけで飲んでいるのだから、人目を引くどころではない。
だが楽しそうにお茶を飲み、様々な公演でのエピソードを話すセシルとのひと時は、夢心地この上ないことだった。
「ああ、話し込んでしまったわね。そろそろレッカー車の手配をしてあげないとマイヤーズも泣いちゃうわ」
「ああ、そうだな。俺も戻らないと。……なぁ、セシル。良かったらまた今度会おうぜ」
すっかり打ち解けたケリングは、もう恋人になったかのような気分である。
「そうね。また機会があったらね」
「へへ。今度は俺が楽しませてやるぜ」
そしてケリングは有頂天のまま、軍用車でホテルを後にし、そのまま消息を絶った。
◆
レジスタンスは実に見事なお手並みで、ケリングの拉致に成功した。
あとは、この男から如何に有効な情報を引き出すかである。
ディートリッヒには、退行催眠から戻す際、年齢ごとに『実は撃ってない可能性がある』ことを、埋め込んだ。
少しでも疑念として心に残ってくれれば、こちらに勝機が見えてくる。もちろん勝たなければ、監察中の親衛隊員に催眠術を掛けようとしたことで、軍法会議は確実だ。
「エミリア、ディートリッヒをお前のレジスタンスに引き入れるために、力を尽くすんだ」
「力を、尽くします……」
マリアとシャルロットを別室に移し、エミリアにまた催眠術をかける。
――エミリアやマリアは、心理的に催眠術を受け入れやすい状況に持っていったが……。
対してディートリッヒは薬を使った強制的な催眠状態である。退行催眠で埋め込んだ過去の記憶が、どこまで効くかわからない。
――今は眠らせているが、最低あと2回は退行催眠をかけないといけないだろうな。
14歳まで戻すのはショックが大きすぎる。だからあえて17歳や18歳で戻すのを止め、物心ついたころに疑問の種を蒔くようにする。小さなとき正しかったことでも、年頃になって実は正しくないと考えることも多いからだ。
「彼女がレジスタンスを第1に考えるよう、考えを変えさせる必要がある」
「考えさせます……」
「よし、ゼロといったら目が覚める。3、2、1、ゼロ……」
俺は仕込みを終わって、エミリアを目覚めさせた。
レジスタンスを利用してケリングを連れて来る案は、エミリアの言葉から生まれた。自分だけで考えるより、妙案が浮かぶかもしれない。
「さて。彼女はお前を殺そうとしたんだが、それが間違っていることを理解させ、お前の仲間にしなければならない」
「そうね」
エミリアは真摯にうなずく。
「だから、そのために必要な……」
「それ、使えない?」
エミリアは、俺の胸ポケットを指さした。
「これか?」
「そう。人を素直にする薬」
「うーん、しかし今はまだ彼女は、親衛隊だから……」
エミリアが指差したのは媚薬入りの、無針注射器である。
――残念ながら今回は媚薬でどうにかなるケースではない。
ポケットから出して手で弄びながら考えていると、叩くように尋問室の扉がなった。
俺はインターホンを押し『今、尋問中だ』と答えてやる。
「ワッツ将軍の伝言です」
昨日今日と、あえてワッツには会ってない。インターホン越しで追い払うと、余計な怒りを買うかもしれなかった。
――今更ワッツの怒りなんて怖くないが、邪魔されると困るな。
俺はため息をついてドアを開ける。
ガチャリ。
隙間ができるその瞬間に、俺の額に銃口を押し付けられた。
「!」
「私に何をしたかわからないが、殺しておくべきだったな」
銃の向こうで、ディートリッヒの黒い目が鋭くみつめていた。
――ディートリッヒ!? 催眠が解けたのか?
「ま、待った!」
急いで扉を開ける。滑るようにディートリッヒが部屋に入ってきた。
「ちょっと待った! 話を……」
「問答無用」
ディートリッヒは全く容赦がない。取れる手段はわずかだ。俺は力いっぱい叫んだ。
「君はお母さんを殺していない!」
「そうか」
しかしディートリッヒの表情は、ピクリとも変化しない。
――ダメだ!
眠る催眠だってはずれたんだから、より難しい催眠が効いてるわけがない。
ディートリッヒの指に力がこもるのが見える。俺は思わず目をつむった。
ダン!
銃声が響き渡った。
片目を恐る恐る開けると、ディートリッヒが右手に握られた銃を不思議そうに見ていた。弾丸は30センチと離れていない場所から発射されたのに、壁にめり込んでいる。
――最後の催眠が効いた!
『右利きなんだから、右手で銃を撃つ』という、極めて単純な催眠だ。その上ディートリッヒのトラウマが消えていたら、何の効果も発揮せず、俺は撃たれているだろう。トラウマが消えていない時だけに効果を発揮する、言わば最後の安全装置である。
一瞬の安堵。
だがディートリッヒは平然と、銃を左手に持ち替えた。
稼いだ時間はわずかだ。
「ディートリッヒ! あそこにいる兵士がわかるか!? 第9軍、第11戦闘分隊ケリング=ルッツォ元軍曹。君の家に火をつけた兵士だ!」
ちらりとディートリッヒが視線を動かす。エミリアが隙を狙って動こうとするのを、手で静止した。
「彼を覚えてないか? 君の横で、君に撃てと怒鳴っていた!」
俺はつかつかと歩み寄り、猿轡をむしり取る。
「ぶっ殺してやるっ!!」
ケリングが爆発するように吼えた。
「怖いな。俺の家族まで殺しそうな勢いだ」
「ああ、殺してやるぜ! お前の母ちゃんから何からな!」
「俺の母親を?」
「一人残らずだ! まずが、お前の母ちゃんをな!」
凶悪な顔だった。第9軍という帝国でもっとも野蛮な軍隊に属し、その中でも営巣入りを繰り返してきた男の本性。
「その、声……」
ディートリッヒの視線が揺れていた。
――効いた!
退行催眠のとき、なぜか「殺せ」という命令に「誰を」という言葉だけ入ってなかった。もちろん言っていたし、ディートリッヒは聞いていたのだが、記憶からは抜け落ちていた。
退行催眠でさえ呼び戻せない言葉。
ケリングにしかそれは言えない。
「ケリング、ここにいる親衛隊が誰だかわかるか?」
「知るか! クソ野郎!」
「ナハレル自治区制圧で、母親を殺させようとした女の子。それが彼女だ。お前たちを止めたシュナイゼン少将が養子として受け入れ、親衛隊となり、今こうやってお前の前にいる」
「なん……だと……?」
叫んでいたケリングの顔が、驚愕の色に染まった。
「そんな……バカなことがあるか!」
「あるんだ。母親を殺した罪は重いよな」
「せ、戦争中だ!」
「シュナイゼン少将は、不法だったとはっきり言ってたぞ。しかも娘に母親を殺させようとした。自分で恥ずかしい行為だと思わないか?」
「俺はやってない!」
「いや、お前が撃ったんだ。それとも思い出さないか? 『母ちゃんを撃てば、助かるぞ。さぁ、撃て』。お前があの時言った言葉だろ? 子供の細腕では、銃を撃っても当たるわけがない。銃は跳ね飛び、お前が代わりに母親を射殺した。しかも酷いよな。撃ったのはお前だと子供に言うんだから」
俺の言葉に、口をぱくぱく開いては閉じるケリング。
「……なんで、そんなに知ってる? お前、何者だ?」
「俺のことより、彼女だろ? せっかく猿轡を取ってやったのに、彼女に何も言わないのか? 母親を殺された親衛隊の人間が、こうやって仇を捕まえた時、どうすると思う?」
ようやくケリングの顔に恐怖が走る。
「ちょ、ちょっと待て! 戦争中だったんだ!」
「反省はないのか!?」
「だから戦争中だったんだぞ!」
「戦争中だろうと何だろうと、不法行為だろうが!」
「だから俺たちは第9軍なんだ!」
――反省する気が全くないのか、こいつは。
俺の心は冷えた。
「それで済むか! 娘に殺させようとしたり、脅したり! 彼女の怒りを想像してみろ!」
俺の言葉に、ケリングはディートリッヒに向き直る。
「ちょっと調子に乗ったかもしれん! だが、あの時はみんなそんな感じで! だ、だから!」
幽鬼のようにうつろな表情で、ディートリッヒはケリングをみつめている。ケリングもディートリッヒの異様な雰囲気に気付き始めた。
「母様を、お前が……?」
「あ、あの時は、貴族はみんな殺せという命令で……」
「そんな命令は出てない」
俺が口を挟む。
「だ、だから! 戦争だったんだって言ってんだろうが!」
「それでやり過ぎたのか?」
「そうだ!」
「彼女の母親を殺した」
「そうだよ!」
「彼女になすり付けて」
「ああ、そうだ!」
ディートリッヒがブルッと身体を震わせた。
その目に初めて光が宿る。
「その言葉が欲しかった。ケリング」
「なに? なんのことだ?」
俺はケリングを無視して、ディートリッヒに近寄った。
ディートリッヒは天井を見上げ、ポロポロと涙を流している。
「わたしは……、わたしは……、母様を、撃っていなかった……」
「そうだ。子供の手では、銃を狙い通り当てるなんて、無理だからな」
「わたしは……、今まで……、ずっと……」
「いいんだ、もう。もういいんだよ」
俺はディートリッヒを抱き締めた。
声もなく静かに涙を流すディートリッヒ。
彼女の止まっていた時間がゆっくりと動き出している――。
「俺は、どうなるんだ?」
事態がわからないケリングが口を挟んだ。
「……決まっている」
ディートリッヒがつぶやくように言う。
するりと俺の腕の中から抜けると、ケリングに銃をピタリと構えた。右手だ。
「ま、待て! 謝るから!」
「全てを清算する。全て終わりだ」
微笑むディートリッヒは神々しいまでの美しさだった。だが、何かが燃え尽きようとしている。
「いや、終わりじゃないぞ」
俺はディートリッヒの銃を静かに掴んだ。
「むしろこれから始まるんだ」
「礼を言おう。アルファと言ったか。あなたのおかげで、私はやっと生きることができた。しかし私は、人を殺し過ぎた。終わりだ……」
「いいや。違う。もちろん、過去の罪は贖罪しなければならない。だが、それは君の死によってではない」
俺は力を入れて銃を取った。
「こんな奴を殺して、つまらん罪を増やすな。ここまでやったついでだ。この罪は俺が背負う」
「え?」
ドン!
俺は間髪入れず銃、引き金を引いた。
「……」
愕然としているディートリッヒとエミリア。
「……どうして?」
「君にとって必要だと思ったからだ。やっと生きることのできた最初の瞬間を、血で汚すことはない」
「アルファ……」
「君には君にしかできない戦いがある。その戦いの意味は、君の後ろの彼女が教えてくれるだろう」
――それに帝国軍人の責任は、帝国軍人が取る。
一応ディートリッヒも帝国軍人だが、たまたま養子でそうなっただけだ。しかも形はどうあれ、レジスタンスでもある。
そこにはやはり天と地ほども隔たりがあるのだ。
◇
「ディートリッヒ、いえディータと呼ばせてもらうわね。あなたはこれからどうする気? 親衛隊として生きるのか、レジスタンスに協力するのか」
アルファがケリングの死体を運び出した後、私たち2人は尋問室に残された。
「……」
「私としては、レジスタンスとしてこれからも協力して欲しいんだけど」
この時とばかりに私はディータを取り込みにかかる。私のレジスタンスには彼女の協力が不可欠なのだ。
ディートリッヒは視線を少し落としたまま、沈黙している。
「あなたは私を殺そうとした。そういうレジスタンスを私は認めない」
ピクリとディータが顔を上げた。
「悪かったと思っている」
「そうね。今までもレジスタンスを殺してきたでしょう? 帝国軍人とともに」
ケリングを撃とうとした時、彼女は自分で人を殺し過ぎたと言っていた。あの言葉には、帝国の人間だけとは思えない響きがあったと思う。
「そう。たくさん殺した」
「やっぱりね。その罪は償ってもらうわ」
「わかっている」
「では、引き金は自分で引いてちょうだい」
私はアルファが忘れていったそれを、彼女に見せる。
「……」
彼女は私の顔を見つめてから、ふっと笑った。
「ああ、わかった」
◆
どんな収容所でも、死体を秘密裏に処分する場所が真っ先に整えられる。そこで処分されたら、もう誰にもわからない。
俺は運んできたケリングの首に手を当てて、脈を計る。
もちろん脈はしっかりしていた。防弾チョッキの上からでも、鳩尾に正確に弾丸を打ち込まれると、人は一時的に失神する。さらに「撃たれた」という暗示が、仮死状態に似た状態を作り出すのだ。
――罪は罪だ。しっかり責任を取ってもらおう。死んだ方が楽かもしれんぐらいのな。
そろそろ調子に乗りすぎている第9軍に釘を刺してもいい頃である。情報提供してもらったシュナイゼン少将へのお礼も必要だろう。
ケリングは洗脳と催眠術の暗黒面を、たっぷりと経験することになるのだ。
特別尋問室は、中からも外からも鍵がかけられるので、エミリアやディートリッヒが外に出る心配はなかった。
「残された二人がどうするか」ということについては、『レジスタンスの仲間にしろ』という催眠がかけてあったので、エミリアが説得を試みるかもしれないという漠然とした予想があっただけである。
だから、部屋に戻ったとき、言葉を失った。
「アルファ、戻ってくるの遅いわ。彼女、完全に出来上がっちゃったわよ」
ベッドに全裸という姿になって、エミリアは淫らに微笑んでいた。彼女に背中を預けてだらしなく弛緩しているのは、同じく全裸のディートリッヒである。
「ど、どうしたんだ? いったい……」
「これよ。彼女、今までの責任を取るために引き金を引け、と言ったら躊躇なくやったわ」
エミリアは手の中の物を、こちらにかざした。
――無針注射器!
慌てて、ポケットを確認する。
無い。
――えっと、確かエミリアが、あれを使うって言い出して、手に持ってたときにドアが鳴って……。
そこから記憶が無い。いきなり銃を突きつけられたお陰で、完全に忘れていた。
「でも変なのよ。彼女、処女じゃないのに、全然快感を知らないみたいなの」
私だってここまウブじゃなかった、とエミリアは首をかしげる。
「14歳の時から時間が止まってたんだ。親衛隊の女は親衛隊の男の、下の世話もやらされるそうだから、セックスはそれなりに経験があるだろうが……。心が死んでいたから快感も感じなかったんだ」
美人かもしれないが、どんなに抱いても物凄いマグロのような女だったに違いない。
――そして今、心が生き返って……。
「うわっ! た、大変だ! いきなり媚薬、丸ごと1本打っちゃった!」
俺は急いでベッドに飛び乗った。
「ディータ! しっかりしろ!」
「くふぁ……」
ディートリッヒはトロンとした目で俺を見上げてくる。
「あれはお前用に調節した奴だ。いきなりディータには強すぎる!」
「あ、そう。じゃあ打っちゃお」
エミリアは膨れっ面で、無針注射器を腕に押し当てた。
「え? あ、こら!」
俺は焦って、注射器を取り上げる。よく見ると、注射器には半分以上、薬剤が入っていた。
「なんか変な形の銃だと思ったらしくて、1回だけプシュって押しただけなの。だから入った薬はちょっとよ」
「それを早く言え!」
「なによ。私のときと対応違いすぎない?」
むくれるエミリア。
「勝手なことするからだろうが。いったいなんでそんことしたんだよ?」
「ちょっと彼女を試したの。責任を取るつもりなら、引き金を引けと。信用できるのか知りたかったし」
――無茶なことを。
「バカ、お前が怪我したらどうするんだ?」
「心配してくれるの?」
「何をいまさら」
「そう……。そうよね。毒の時も助けてくれたもんね」
ふふふとエミリアは笑った。あっという間に機嫌は直ったらしい。
「くっ……、ふっ……」
ディートリッヒの抑えた喘ぎ声が聞こえた。
「ディータ、快感に無理に逆らおうとするな。媚薬の場合、疲労するだけだ」
「そ、そうだったんだ……」
隣でエミリアがつぶやく。
「うっく……、しかし……」
簡単に受け入れられず、抵抗を続けるディートリッヒ。
俺は形のよく上を向いた胸に触れた。
「あうぅっっ!!」
「抵抗しないで、ゆっくり感じるんだ」
「い、イヤ! こ、こんなの、違う!」
「違う?」
「こんな……こんな……ああぁっっ!!」
髪を振り乱して、ディートリッヒは喘ぐ。
「ディータ、なにか違うか?」
「違う! こんなのセックスじゃない! あっあっ!」
ビクビクと身体が震える。
「ディータ、今までのセックスが間違っていたんだ。やっと今快感を感じているんだよ」
「そうよぉ。本物のセックスはこうなの。それにもっと凄くなるんだから」
エミリアが俺の言葉に合わせる。
「違う! ちがうっ!」
「うーん……」
俺は悩んだ。
あまりに色々なことを受け入れさせるのは難しいし、精神力が焼き切れることもある。
特に今、ディータは何十年来のトラウマを受け止め、脆い状況にある。これ以上、価値観を否定することはやりたくないのだが……。
「ディータ、俺を見るんだ。ディータ、俺の目を見ろ」
俺はディートリッヒの顔を両手で挟み、まっすぐ眼を見る。彼女は混乱した目で見上げてきた。
「媚薬で身体が熱くなるのは当たり前だ。何も心配することはない」
「で、でも……」
「大丈夫。あたしたちが、ついてるから」
エミリアが割り込んできて微笑む。
「触るからね? ゆっくりだから……」
エミリアはさわさわと腰の辺りから、脇の下まで手を這わせていく。
「ふっく! ふっふっ……」
「そう。ゆっくり感じて……。うまいわ……」
「エミリア、彼女に身体をぴったりつけろ」
「こう?」
俺の言葉に従って、ディートリッヒの身体に密着するエミリア。
「そうだ。そして身体をゆっくり動かすんだ」
「なるほどね」
「ふぁっ……、あはぁ……」
エミリアが動き始めると、ディートリッヒは身体を震わせて喘いだ。
「ディータ、もっとエミリアに抱きついていいんだぞ」
「あっ、あっ、ああっ、あっ……」
苦しそうな表情でディートリッヒが、エミリアにしがみつく。
「エミリア、もっと身体を回すように動かしてあげろ」
「わかってる」
裸の女同士だ。どんなにしがみついても、動くことはできる。エミリアはゆっくりと身体を動かし、ディートリッヒの身体全体に快感を送った。
「あ! 来る! 怖い! こわい!」
「ディータ、大丈夫だ。流れに任せて」
「くはっ! だ、ダメ! また! また!」
「焦らないで、ゆっくり感じるんだ。怖くないから」
「で、でもっ! あうっ!」
ディータは受け入れられずに、抵抗を続ける。
――やむをえない。俺がやろう。
このままでは、精神的に壊れてしまうかもしれない。なんとか軟着陸させないと。
もう一度、ディートリッヒの顔を両手で挟むようにして覗き込む。
「ディータ、そんなに俺が信じられないか?」
はっとした顔をするディートリッヒ。
「迷うな。俺が全てを教えてやる」
エミリアからディートリッヒの身体を受け取って抱き上げる。
彼女は俺の腕が身体に触れるだけで、ビクビクと震えていた。
「アルファ……もうダメ……、あたし……もうダメ……」
「いいんだ。俺が全て受け入れてやる。罪も欲望も何もかも」
「ああぁぁ……」
すぅっとディータの身体から力が抜けた。
「そうだ。俺に任せろ」
静かにディータにキスをする。時間を掛けてゆっくりと深くキスをしていった。
「むふぅん……、ん……、ん……」
くちゅ……、ぬちゅ……。
舌が絡み合い、濡れた音が漏れる。
「んふぅぅん……」
ちゅ……、ちゅく……。
ディートリッヒがディープキスに溺れていくのがわかる。
「エミリア、後ろから彼女を愛撫してくれ」
「わかったわ」
あまり深く依存させる方法はやりたくなかったが、今回は仕方がない。
俺は力を込めてディートリッヒを抱きしめたまま、キスを続ける。
「これからは俺が守ってやるからな、ディータ。さっきみたいに罪を背負ってやる。お前は俺に従っていればいいんだ」
「ああ……、アルファ……」
「そうだディータ。もっと感じろ」
「ああ……」
頃合を見て、媚肉を指先でなぞるように愛撫する。
「は……、あふ……」
蜜壺から滴り落ちる愛液が、次第に粘性を帯びていく。
「んんふぅ……、気持ちいい……」
「そうだ。ゆっくり感じて……」
ほどなく愛液が糸を引くほどになった。
「はぁ、もう……、もう……」
「欲しいか? ディータ」
涙ぐんだまま、こっくりとうなずくディートリッヒ。
「よし、入れるぞ」
俺は持ち上げるようにして、既にぐちゃぐちゃに蕩け切った蜜壺に、ゆっくりと差し入れていく。
「くあああああぁぁぁぁぁ……」
「ディータ、これがセックスだぞ」
「これが……、ああ、こんなに凄いのが……」
「そうだ。これが本当のセックスだ」
うねうねと突き入れ、またうねうねと引き抜く。
挿入の時には強張っていたディートリッヒの表情が、ゆっくりと溶けていった。
と、きゅうっと身体を強張らせる。絶頂したのだ。
「それがイクってことだ、ディータ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸とともに、身体が弛緩していく。
「どう? 怖くなかったでしょ?」
ディートリッヒに体をこすりつけていたエミリアが、耳を甘噛みする。
「はぁ、はぁ、よ、よくわからない……」
目に涙をためたまま、当惑の表情でディートリッヒはつぶやく。
「それじゃあ、エミリア……」
「ええ、わかるまでたっぷりと感じてもらいましょう」
にこにこと顔中笑みにして、エミリアが宣言した。
< つづく >