第二話 超越者と狩人の交錯
「しっかしさぁ、アレだよね・・・」
「何がですか?」
「・・・ヒマだなぁって思わない」
「・・・かもしれませんね」
現在、この射撃訓練ルームにいるのは2人・・・2人とも年若い女性で、黒のキャップにジャケット姿という規定の服装をしていた。
前方数メートル先に用意された射撃用のマトに銃を向けて、他愛のない話をしているが、すでにマトには、頭部・心臓といった急所の部分に何発もの穴が正確に開けられている。
「毎日毎日・・・訓練ばっか。こんなトコロで青春を浪費していていいのだろうか・・・ねえ、相棒」
「・・・誰が相棒ですか。私だってたまには息抜きにどこかに行って遊びたいのが本音ですよ。こんなコトでは彼氏もできません」
「そうだよね」
「そうですよ」
大きなため息とともに、2人は同時に銃を発射した。マト全体を弾丸が貫いてボロボロと崩れ落ちるのを見ると、もう1度深くため息をつく。
そして、2人はゆっくり銃を下ろし、腰のホルスターに納めると、頭のキャップをとった。
「何かこうメチャクチャスゴイ事件とか起きないかな・・・特撮ヒーロー物の中盤とか最終戦のような」
「最終戦はちょっと・・・仕事が無くなりますよ」
「それもそうか」
と笑って2人の女性の一人、BDT隊員『高山 美夢』は大きく伸びをして深呼吸をした。
横にいる同じくBDT隊員『武蔵野 遥』も同じく大きく伸びをした。射撃などの訓練は肩が凝るので、2人とも苦手だったがそれでも本日の自己目標は難なくクリアできた・・・ようだ。
美夢は活発的な女性だが、見た目とは裏腹にチームの戦略アナライザーを任務とする天才的な軍師。
遙はおっとりした見た目に反して、常に前線に出て戦う戦闘要員。
2人は外見と中身が違うので、不思議とウマが合うようでプライベートでショッピングなどをする間柄だった。
「相変わらず見事なものだな、御二方」
2人が振り向くと、入り口からもう一人女性が訓練ルームの中に入ってくるのが見えた。。
白い巫女装束を着て、厳かな風格を漂わせている大和撫子・・・BDTに所属している正規隊員の一人で、『東条院 神楽』という女性だ。
「神楽さん、『社守(やしろもり)』は終わったんですか?」
「ああ、『行』が終わったので久しぶりに皆の様子を見に来たのだが・・・今日は御二方以外に来てはいないのか?」
「そういえば神楽さんはここ1週間ほど本部に顔を出していませんでしたね」
「何か変わったことでもあったのか?」
神楽の問いに2人は首を横に振る。最近は敵の動きが静かだったため、本当に何も変わったことはない。
敵・・・彼女たち人間が『ビヨンド』と呼称するそれは、人間を超越する存在・人間の天敵として古くから存在する。
詳しくは分からないが、人間という種が突然変異を起こし様々な特殊能力をもったモノをビヨンドと呼ぶらしい。
彼女たちは『BDT』と呼称されるビヨンドを専門的に駆除・抹殺する組織の一員である。
ビヨンドは好戦的・凶暴な性質で、放置しておくと人間を大量に殺害すると言われている。
人間は古くからビヨンドと戦いを繰り広げてきたが、ビヨンドを完全に殲滅した記録は無い。
人間は常にビヨンドに敗北し続けてきた。人間の力ではビヨンドの能力に勝つことは不可能だった。
しかし、近年になって、人間の科学技術の進歩により、ビヨンドと互角に戦うほどの力を手に入れた。
そして、組織をつくることでビヨンドを効率よく抹殺する計画を進めているのだった。
彼女たちは組織の中でも、最上位に位置する精鋭隊員である。
「そうか、何もないか・・・御二方はこれから予定はないのか?もうそろそろ陽も暮れる。よければ夕餉をご馳走するが如何かな?」
「「お供します!」」
神楽の提案に二人は顔を見合わせ、ガッツポーズをとった。ちょうど給料日前で、最近はまともなモノを食べていなかった二人は満面の笑みで神楽の誘いに答える。
神楽は巫女を職業としているが、実家は指折りの資産家として有名である。
以前、神楽に食事を奢ってもらったことがあったが、超高級なフランス料理店に案内され三ツ星シェフの料理を堪能した事があった。
神楽の行くような料理店など庶民の二人には、これからの人生で数回訪れることができるぐらいのものである。
他の仲間にバレたら、後でフクロたたきにされて山に埋められるかもしれない・・・。しかし、二人は今日の幸運にひたすら感謝した。
「あら、純さん?」
遥が入り口から来た女性『姫木 純』に気づいて声をかけた。
純はボーッとしたような表情でフラフラしていた。
「純殿?」
「えっ!あっ、ハイッ!・・・何でしょうか?」
「いや、何か心ここにあらずというような顔をしていたので気になってな」
「はあ・・・あ、あれ・・・ここ訓練ルーム?何で私、ここにいるんでしょう?」
純の問いに美夢がツッコミを入れた。
「そりゃコッチが聞きたいっちゅーねん。いつもいつも寝不足だとか言っとったけど、夢遊病にでもなったんかい!」
「美夢さん美夢さん、興奮のあまり関西弁になってますよ」
遙の指摘に美夢は口をつぐんだ。
「いえ・・・最近はグッスリ眠れるようになったんですけど」
「けど?」
「何か最近ヘンなんですよ、私。何か大事なことを忘れてるような気がして・・・」
純の言葉に、何かを思いついたのか美夢が手をポンと叩いて言った。
「多分、それはボケだね。さもなけりゃ飲みすぎか・・・飲みすぎは肝臓を壊すよ」
「・・・美夢さん、まじめに聞いてますか?」
「ううん、全然」
遙は大きくため息をつくと、内ポケットからペンを出してサラサラとどこかの電話番号を書いた。
「純さん、私の知り合いが働いている病院の電話番号です。よかったら・・・」
「ああ、すみません」
「純殿、これから私たちは夕餉に行くのだが、一緒に参らぬか?」
「いえ、すみません。今夜は大事な用がありますので・・・」
「そうか・・・具合が悪いのであればしっかり養生することだ」
「はい・・・」
せっかくの神楽の申し出を断った気まずさから、少し声を弱める純。
彼女を尻目にそのまま、3人は夕食へ向かった。美夢は『イヤッホー』と歓喜の声を上げながらクルクルと回っていた。
そんな彼女に遙は『頼むから止めてくれ』というようなことを言っているようだった。
もう声が聞き取れないほど距離が遠くなった。3人の楽しげな後姿を見送りつつ、純はおかしなコトに気づいた。
『・・・そう言えば、大事な用って何だっけ?』
純はぼんやりとそんなことを考えながらゆっくりと出口に向かって歩きはじめた。
その床下が、自分の股間から溢れ出した愛液でじっとりと濡れているのにも気づかず・・・。
とある高級ホテルの最上階、特別室には現在3人の男女・・・正確には人間ではないモノが3体いた。
彼らはビヨンドと呼ばれる人を超越した存在である。
自分たちを排除しようとしている組織『BDT』との戦いに備えて準備を進めている最中だった。しかし・・・
「あ~あ・・・あんな女に不覚を取るとはよ」
「また、その話?いい加減忘れたら?」
上半身、特に右肩口を包帯で巻いてギブスで固定した痛々しい姿を晒しているビヨンド、『キマイラ』はブツブツ文句を言いながら、窓の外のビル街を見つめていた。
「だいたいキマイラは単細胞なのよ。敵がどんな組織でどんな武器をもっているのか、私たちビヨンドにどんな戦術で挑んでくるか全く分からないのにイノシシが相手目掛けて突っ込むような野蛮な戦いをするなんて・・・だからアンタはバカなのよ」
理知的な雰囲気の女性、『バシリスク』は呆れながらも、諭すようにキマイラに釘を刺した。これで19回目である。
彼女はベッドでスヤスヤと静かな寝息を立てて眠る姉『メデューサ』の横で、各地の仲間から寄せられたデータをまとめているところであった。
しかし、その作業も思ったより進まなかった。
「そろそろ・・・姉さんも起きるわね」
「・・・チッ」
キマイラは小さく舌打ちすると、ふてくされたように手近にあったイスに座った。
あれからすでに4日が過ぎようとしていた・・・
BDTの構成員、『姫木 純』を捕えて、メデューサの邪眼で心と身体を弄んだ後、キマイラとバシリスクはメデューサの命令どおり組織との戦いに備えて準備を進めなければならなかった。
しかし、4日という時間の中で準備は遅々として進まなかった。その理由は・・・
キマイラはあの日の早朝、一人の女と出会った。
別にそれは恋人同士の運命の出会いではなかった。女はビヨンドに敵対する組織BDTメンバーの一人だった。
キマイラをビヨンドとして看破した彼女はキマイラを排除しようと武器を構え、キマイラも同様に眼前の敵を殺すために殺気を漲らせた。
朝の静寂を破るように一発の銃声が鳴り響き、人と超越者との戦いが始まった。
『あんな女なんて、すぐに殺せるはずだった。オレもメデューサ程じゃねえが、ビヨンドの中でもそこそこ強い部類に入る。楽勝だと思っていた』
戦いは確かにキマイラが優勢だった。
敵の銃撃を巧みにかわして至近距離に入ったキマイラは、まず両掌打を女の両腕にくらわせて持っていた銃を叩き落とした。
続けて長い手足を駆使して、女の腹部を殴り蹴った。1発、2発3発・・・連続攻撃が確実に女を後退させる。
止めとばかりに、キマイラの鋼の強度をもつ右拳がヒットする。
女が衝撃で宙に舞うと、重力から開放された無防備な身体にキマイラは両掌を乗せて渾身の力で地面に叩きつけた。
キマイラは敵と対する時には、ビヨンドとしての『能力』を使わないことにしている。
純粋な格闘能力で、十分に相手を倒す自信があると同時に『人であった頃』からのポリシーを今も守っているのであった。
速攻でアスファルトの地面に叩きつけられた女は、声をつまらせる。
「ぐっ!」
しかし、女はすぐに起き上がると後退しキマイラから距離をとる。
『へえ、やるじゃねぇか』
キマイラは女のタフさに内心感心していた。この必殺フルコースを食らってまだ戦意を失わないのは賞賛に値する。
過去に戦いを挑んできた者達の多くは今の攻撃で戦闘不能に陥るものだが、女はなかなか骨があった。
かなりハードな鍛え方をしているようだ。
『なら・・・これでどうだ!』
キマイラは空中高く飛び上がると、重力に従い女に急降下した。女の頭上から強靭なキマイラの腕が迫る。
「くっ!」
女が身をよじって逃げようとするが、間に合わない。ムチのようにしならせた両腕が女の両肩に振り下ろされた。
ゴキッ!
女の肩骨が鈍い音を立てて、全身の骨が軋んだ音を上げて、女が姿勢を崩した。
「せいっ!」
さらに両腕で女の方を掴みながら、回し蹴りを見舞うと女が後ろへ昏倒する。
仰向けの体勢で、敵に無防備な姿を晒しつつ女は動きを止めていた。 キマイラは余裕の笑みを浮かべて女を見下ろしている。
『あのまま、心臓を抉っても・・・顔を脚で踏み抜いても・・・勝負は決まってた。オレの勝ちだったハズだ。だが・・・』
キマイラはあの場面を回想した。
「さあて・・・何か言い残すことはあるか人間?もっとも命乞いなら聞かないがな」
「・・・カ・・・」
「あ?何だって?」
「バカ・・・って言ったんだよ!」
言うよりも速く、女性は左手にはめていた自分の腕時計のダイヤルを操作した。ダイヤル操作により腕時計が変形し、レーザー発射装置となる。
BDT所属隊員は通常武器の他に隠し武器を装備してる。彼女は銃撃より格闘が主だが、この近距離で攻撃を外すほど下手ではない。
腕時計の側面からオレンジ色の鋭い光がキマイラの顔面に一直線に向かっていった。
「なっ!」
ビヨンドの反射神経は人間のそれと比べても優れている。それでも光の迅さのレーザーを完全に回避することはできなかった。
ジュウッという肉が焼ける音と激痛がキマイラの耳に、身体に刻まれる。レーザーはキマイラの右肩を貫いて風穴を開けた。
「ガアアァ!」
キマイラが予想外の反撃に吼える。
「もう一発!」
続けて女性がレーザーを放つ。二撃目は今の傷口の下を狙った。
光速の一撃はキマイラの右上半身を完全に焼き貫いた。
キマイラは苦悶の表情を浮かべて、地面をのたうちまわった。キマイラの血が飛び散り、地面を赤く染め上げた。
「グ、ゲエェェェ!て、てめえ、よくも・・・」
キマイラの眼前に女性の銃口が突きつけられる。ひどく冷たい眼で女性はキマイラを見下ろす。
「チェックメイトだ、化け物。何か言い残すことはあるか?・・・もっとも命乞いなら聞かないがな」
キマイラは苦痛と屈辱に体を震わせ、しかし、獣のような鋭い眼は捨てず女を睨み返す。
「・・・ああ、あるぜ」
「何だ?」
「・・・覚えてろよ、クソ女!」
キマイラは、口から黒い煙のようなものを吐き出した。一瞬、視界が遮られたため、女性は銃の照準をキマイラから外してしまった。
一瞬の隙に乗じて、キマイラは渾身の力で女を蹴り上げた。女性は体勢を崩した隙にキマイラは肩を押さえながら、女に背を向け走り出した。
「次に会うときにはこうはいかねぇ、忘れんなよ!」
捨て台詞とともに、キマイラの姿が遠ざかる。
煙が晴れたとき、すでにキマイラの姿は無く、完全に逃げられてしまった。
女性は軽く舌打ちをしたが、肩を押さえてその場にうずくまる。
「けっこう効いたな・・・アイツなかなか強い」
彼女は知らず知らずに震えていた。痛みからではない。嬉しかったのだ。自分の敵に出会えたことが・・・
そして、声を上げて笑い出した。
「フフフッ・・・・ハハハハッ。次に会うときは絶対這い蹲(つくば)らせてやるぜ、ビヨンドッ!」
彼女は姿の見えなくなった敵に聞こえるような大声で叫んだ。
彼女の名前は『新谷 アスカ』。強い相手との戦いを・・・超越者との闘いを誰よりも望む。
これまで最も多くのビヨンドを狩ったBDT最強の狩人としてその名を轟かせる『生きた伝説』である。
『オレは逃げた。逃げたのは久しぶりだ。50年ぶりぐらいだろうか・・・』
キマイラは確かに逃げた。しかし、敗北を認めたわけではない。
『あのまま戦っても能力を使えば負けるような相手じゃねぇ・・・だが・・・』
キマイラはついさっきまで戦ってきた女の姿を脳裏に浮かべる。
鷹のような鋭い眼、全身から漂う強者の風格、何者も寄せ付けない狩人がもつ誇りと自信、その全てがキマイラの心をくすぐった。
超越者としての欲求、獣の闘争本能、被虐心、キマイラのすべての本能があの女を求めていた。
逃げながらキマイラも笑っていた。久しぶりに彼も出会ったのだ。自分が狩るべき『獲物』に・・・
『気に入ったぜ、あの女。あいつの体も心も壊して壊してブッ壊して、絶望を味あわせたくなった。ククッ、久しぶりに楽しめそうだ』
狩人と超越者との邂逅はお互いの本能を刺激し、再戦に向けて闘志を燃やしたのであった。
「・・・気持ち悪いわね。何をニヤニヤ笑っているの」
「別に」
キマイラはバシリスクに言われ、回想を止めた。自分は余程楽しそうな表情をしていたのだろう。気持ち悪いとか言われたのが気になるが・・・。
「まったくアンタが敵と交戦してきたせいで、血の跡を消して連中にこの場所を知られないようにしたり、ニセ情報を流したり・・・イロイロ手のかかる仕事を増やしてくれたから作業が全く進まなかったわ」
「そりゃどうも・・・」
「姉さんが起きた時にどうやって言い訳する気なの。準備が全然終わってないのを知ったら・・・」
「・・・殺されるな、俺たち」
「アンタだけ殺されてよ」
「・・・相変わらず薄情だな」
「アンタのせいでしょ!」
すると、メデューサの寝ているベッドの横にある5つの目覚まし時計が一斉に鳴り響いた。
眠り姫はその音をうるさそうに体を揺らしながら、ゆっくりとまぶたを開けた。
「ん~・・・・もう時間か~」
メデューサはベッドから上体を起こし、2人の仲間を見た。2人は少しビクビクしているようだが、すぐに平静を装った。
「・・・おはようございます、姉さん」
「おはよう・・・メデューサ」
「おはよう二人とも♪」
キマイラの様子を見て、メデューサは首をかしげる。
「あれ、キマイラその包帯は?」
「こ、これは・・・」
「あまり変なプレイしちゃだめだよ♪ハードSMってヤツかな。バシリスクずいぶん激しかったのね♪」
そんなメデューサのジョークに2人は脱力して倒れこむ。
「・・・姉さん、激しく誤解してませんか?誰がこんな単細胞イノシシ男と」
「誰が単細胞だ」
「きゃ~♪照れちゃって、バシリたん、きゃわいい♪萌え~♪」
メデューサはクスクス笑いながら、時計を見やる。
「・・・そろそろ今夜の主賓が到着する。私が丁重に出迎えるから、2人は下がっていてくれ」
「分かりました」
「了解・・・」
2人はさっさと部屋から出ることにした。そんな2人にメデューサが一言付け足した。
「・・・それから、準備の遅れた言い訳を考えといたほうがいいよ。私が納得できる『言い訳』を・・・ね」
メデューサの冷たい笑みに2人は背筋が凍るような恐怖を感じた。
「モロにバレてる・・・」
「・・・・・・あとでお尻たたき百回かなぁ」
バシリスクとキマイラは姉の怒りを買ったことに軽く絶望した。
その時、今夜の主賓となる贄がゆっくりとビヨンドの待つホテルへ移動してきた。
フラフラした足取りでメデューサの邪眼に操られるまま、純はホテルに向かっていた。
その背後で、純の様子を見つめる影が3つあった。
「どうします、マスター」
「・・・もう少し経ってから中に入ろう」
「わかりました、マスター」
影の1つがそう言うと、3つの影は夜の影に溶け込むように消えていった・・・。
< つづく >