BLACK DESIRE #3

0.

「──それでは、ブラックデザイアの能力を説明させていただきます」
「はい、お願いします」

 僕の馬鹿丁寧な言葉に幎は小首を傾げる。
 いけないいけない。なんだか星漣に染まりつつあるぞ、僕。思わず丁寧語が出てしまった。

「いや、気にしないで続けて。幎」
「はい」

 僕は今、自分の家で幎に頼んでブラックデザイアの使い方講座をやってもらっている。今のやり方では効率が悪過ぎて、とても卒業までに魔力を満タンにすることが出来なそうだからだ。
 『HOW TO USE』をじっくり読めばいいのかもしれないが、書き方があいまいでいまいち要領を得ない。それに昼間のデスクワークで疲れた頭はこれ以上の頭脳労働を拒否している。
 そういうわけで、幎先生にご登場願ったわけである。

「ブラックデザイアは魔力を充足することによって発動することの出来る能力が追加されていきます。これをブラックデザイアの発動ステージと呼び全部で6つに分けられます」
「うむうむ」
「6つのステージを先に紹介します」

 幎はそう言うと、隣りの部屋に繋がる扉を開け、ごろごろと黒板を部屋に入場させた。いったいどこからこんな物を見つけてくるのだろう?
 黒板には既に幎のきっちりとした字で各段階が記入されている。

 ──初期段階:記録読み出し(アクエインタンス)
 ──第1段階:意識書き込み(インサーション)
 ──第2段階:情報感染(インフェクション)
 ──第3段階:受容(アクセプタンス)
 ──第4段階:恒常発動(リタルデーション)
 ──第5段階:領域支配(ドミネーション)
 ──最終段階:精神変容(トランスフィギュレーション)

「初期の魔力が全くない状態でもブラックデザイアは自動的に無意識を探索して必要な情報を表示することができます。また、使用者は最優先の追跡対象になっているので使用する意志を念じるだけでブラックデザイアは効力を発揮します。この能力をアクエインタンスと呼びます」
「なるほど」

 僕が思うだけでキーワードを設定できたりするのはこの能力のおかげなのか。

「魔力が蓄積され始めるとブラックデザイアは自動的に第1の発動ステージに移行します。この状態でブラックデザイアは初めて他者への干渉能力を発揮します。意識を構成する重要要素である『言葉』をキーワードにして他者に通常とは異なった情報を書き込むことができるようになります」
「インサーションキーのことだね」
「そうです」

 これの使い方はもうわかっている。ハルを相手に使ってみたからな。

「ある程度魔力が貯まり第2段階へステージアップすると、ブラックデザイアの書き込んだ情報をそこからさらに他者へと感染させることができます。これをインフェクションといいます」

 お。ここからだな、僕の聞きたかった情報は。

「第2発動ステージのブラックデザイアは表示する情報に『被感染者(インフェクティ)』の項目が追加されます。これはブラックデザイアの効果範囲内か書き込みを受ける人間の認識範囲内に、使用者が名前を知り、かつ感染対象となる人間が存在する時にその者の名前が表示される項目です」
「……えーとつまり、ここの欄に名前が表示されればそいつにインフェクションをかけることが出来るってこと?」
「はい」

 説明によると、インフェクションとは無意識のネットワークを利用した情報の強制伝達能力らしい。例えば僕がハルに「お箸を持つのは左手だよ」と偽の情報を書き込んだとする。当然本人はそれが間違いとは気付かない。
 そしてそこに、もしインフェクティの条件を満たす者がいた場合、そいつにもその情報は感染する。僕が何も言わなくても左手で箸を持ったハルをおかしいと思うことはないし、自分も食事をする時は箸を左手に持つ。それが2人にとって常識になっているからだ。

 これはつまり、うまく複数の人間を集めて書き込みをすれば一人一人にかけるよりずっと経済的に魔力の回収が出来るって事だ。素晴らしい!
 だけど、インフェクションの対象は誰でもいいというわけではない。

「第1に、先ほども述べたように郁太様が名前を知らない相手に感染させることは出来ません。第2に、被感染者は欲望を書き込まれる人間に強い精神的依存を感じていなければなりません」
「依存?」
「依頼されれば理由を聞かなくとも行動できるくらいの支配関係が必要です」

 これは……どうだろう? 人間同士の力関係ってやつかな? 上の人間から下への感染は出来ても、下から上へや横への感染は無理って事か。インフェクションを使う時は人間関係もよく調査して理解しておく必要があるな。

「次に第3ステージを説明します。郁太様のブラックデザイアはすでにこの段階まで到達済みです」
「え? そうなの?」
「はい。初期段階での備蓄が多かったことと、最重要部位を契約したことによるボーナス供給により総量は第3ステージに必要な魔力量をクリアしています」

 へえ。そんなこと全然知らなかった。

「わかった。それじゃ早速第3ステージの能力を教えてくれ」
「はい。『受容(アクセプタンス)』とは──」

「──以上です。何かご質問はありますか」
「んー? ちょっと整理してる」

 幎の説明が終わり、僕は椅子に背を預け直して考え込む。
 今回、幎のおかげでブラックデザイアの能力の詳細が明らかになり、いろいろと判明したことがある。

 まず、やっぱり今のペースでは卒業までに魔力をフルにすることは出来ないということだ。第5段階までの必要魔力はそんなに多くないが、そこから先が異常に遠い。ドラクエならレベル20から一気にレベル99にするくらいの距離がある。能力を駆使し、計画的かつ効率的に回収していかないととても間に合わないだろう。

 また各能力は非常に強力だが同時にその制限もきつい。条件を頭に入れ、人間関係や表示される各情報にも注意を払わないと思わぬところで足が出る可能性がある。よく研究する必要があるな。

 さらに、ブラックデザイアの能力を解除した場合のことだ。基本的に、こちらのコントロールが解除されると対象はその間の出来事を忘れてしまう。これはブラックデザイアが無意識下からダイレクトに相手の意識をコントロールしているせいだ。だから、論理的に時間軸に沿って出来事を思い出すことはできない。
 ただし、その間に感じた感情は残る。能力を使って相手を笑わせれば、何か楽しいことがあったということだけは覚えている。
 またあくまで思い出すことが出来ないだけで記憶には残っているから、何かの拍子に、例えば夢などで断片的に思い出すことはあるかもしれない。しかし、催眠療法を使ったとしても時系列を復元することは出来ないから、起こった事実の正確な確認は不可能だ。

 そしてもう一つ。今まで『効果範囲』という曖昧な言葉でしかわからなかったブラックデザイアの影響力の定義を知ることが出来た。『使用者の視覚・聴覚で対象を認識できる範囲もしくは接触している間』だ。暗闇で相手が声を出さなければ効果範囲は0に等しいが、電話などで会話を続けていれば相手への支配は持続するらしい。これも憶えておくべき情報だろう。

「──こんなところかな」

 整理を終え、僕は背伸びをした。定期試験でもこんなに集中したことはないぞ?

「郁太様、最後にブラックデザイアの使用上の注意を一つ述べさせて頂いてもよろしいですか?」
「うん? もちろんいいよ、今はなんでもいいから知りたいからね」
「はい」

 幎はうなずき、言葉を続ける。

「ブラックデザイアは私の供給する魔力で能力を発揮しています。しかし、私を含め一般的に悪魔は破瓜血に弱いのです」
「は?」

 何に弱いって?

「破瓜血です、郁太様。処女が女になるときに流れる純潔の証です。悪魔の力はこの血によって一方的に消滅してしまいます」
「えーと……」
「郁太様がブラックデザイアの力を使って欲望を満たす時、その事を心に留め置き下さい。もしそのような事態が起こると、その人間に対するブラックデザイアの影響力はただちに消滅します。その場合郁太様の周囲の環境の保証は致しかねます」
「はあ……」

 まあ……つまり、処女とセックスするな、ってことだよな。

「……わかったよ。別に僕はそれが目的でブラックデザイアを使うわけじゃないからね」
「はい」

 釈然としないが、まあよしとしておこう。これだけの力が僕のものになったんだ。それくらいの不自由はなんでもないさ。

「他にはない?」
「以上です、郁太様」
「わかった。今日はありがとう、幎」

 幎は無言で一礼した。

 さて、今日はいろいろな事を覚えて頭が一杯だ。そろそろ休むとしようか。
 明日はいよいよ新しい能力を試すぞ!

BLACK DESIRE

#3 欲望拡大

1.

「はぁ、はぁ、はぁ……っ、ぜぇっ、ぜぇ……」

 目の前を茶色い皮で覆われた丸い物体が通り過ぎていく。ああ、もう、そっちに行かせちゃだめなんだって!
 オフェンス側のスイッチに誰も反応しきれていない。だめだ、僕しかいないのか。
 息は辛いが不思議とまだ足は動く。僕はマークしている対象に背を向けてボールを追った。
 相手はすぐにこっちに気がつくが、よし! 間に合った。その位置からだと一旦外にボールを出すか、ライン際の角度の無い位置に入り込んで無理なシュートをするしかない。追い込んだぞ。

 だが、そいつはあくまで冷静だった。僕の意図に気付くと、バックステップ一回、円形のラインの外に出る。
 ……しまった! その手があったか!
 懸命に手を伸ばすがもう遅い。僕の指先の遙か上空をボールは高い弧を描いて飛んでいく。

 ──パサッ

 ボールがゴールに吸い込まれた瞬間、前半終了の笛が鳴り響いた。

 今日の3・4時間目の授業は体育だ。種目はバスケットボール。
 3年生という事で柔軟と簡単なパスワーク練習をやると、チームを決めていきなりのゲームだった。ちょっと実践的すぎやしませんか、先生?

 3年椿組は27人のクラスだから5チーム作ると5人チームが3つ、6人チームが2つ出来る。そういうわけで、僕含め素人5人のEチームはバリバリ現役の星漣バスケットボール部部長、春原(すのはら)率いるDチームと対戦中なのであった。

 前半の得点は15対6。もちろん負けている。
 相手チームの得点のほとんどは春原の得点だ。こっちは頑張っているが辛うじて僕が1回、藤堂が2回決めただけ。
 後半巻き返すためには相手にゴールを許さず、さらにこっちは5回決めなければならない。これははっきり言って絶望的だ。

「何とかならないの? 達巳君」

 同チームの島津がタオルで汗を拭きながらやってきた。それでも足りないのかジャージの胸元を少し開けてパタパタやって風を送り込んでいる。
 暑いならジャージを脱げばいいのにさ。せっかく女子校に紛れ込んで一緒に体育やってるのに生足も見られないなんて。
 そんな思考をおくびにもださず僕は返答する。

「やっぱり春原さんをなんとかしないと」
「マークの人数を増やしてみる?」
「うーん」

 どうだろうか……。

「いや、春原さんはパスも上手いからね。それに最後のプレイみたいにいざとなったら外からの3ポイントも狙えるから、ゴール下ががら空きになっちゃうでしょ?」
「そうだよね……」

 5人しかいないんだ。そのうち2人が春原を追ってゴール下から出て行ったら、実質3対4になってしまう。

「じゃあ、どうする?」
「そうだね……」

 相手チームの様子を見る。思い思いに座り込んで休憩しているメンバーに、ショートポニーテールの春原が何か声をかけてやっていた。

「鍵は春原さん対策だね。ちょっと案があるにはあるけど」
「あるんだ」
「かなり素人考えだけどね」
「十分だよ。みんな、こっち来て!」

 島津の声にうちのメンバーがぞろぞろと集まってくる。うひゃあ、こんな事を考えてる場合じゃないけど、女の子達と顔を寄せ合って作戦の相談ってなんかこそばゆいぞ。

「達巳君が作戦があるって」
「それほど上等な物じゃないけど。えっとまず、藤堂さん?」
「はい」

 藤堂はいきなり名前を呼ばれたため少し驚いたようだった。だが、僕の作戦のキメはこの物静かな少女にかかっているのだ。

「藤堂さんは前半2本シュートして2本とも決めてたよね? ゴール下のシュートは自信があるの?」
「自信と言うほどのものはありませんが……前半はちょっと出来過ぎだと思います」
「でも2本決めたんだ。うん、後半の攻めの要は藤堂さんで行こう。藤堂さんはオフェンスになったら直ぐに相手ゴール下まで走って。ボール運びは他のみんなでやるから」
「はい」
「そして島津さんだけど……」

「……と、いう感じなんだけど。どうかな?」

 僕が説明を終えてみんなの顔を見渡すと、島津が真っ先に口を開いた。

「悪く無いと思う。理に通ってるわ」

 他の者も同意見なのか、無言で頷く。

「ただそれって、達巳君すごく疲れない?」
「うん? いや、大丈夫だよ。まだ余裕あるし」

 確かに息は切れていたが、不思議と体に疲れは残っていない。むしろやる気と一緒に力がふつふつと湧いてくるようだ。
 僕の返答に、全員が驚きの表情になっている。あれ、なんか変かな?

「男の子って、すごいんだね……」

 もう一人のメンバーの福沢が藤堂とうなずき合っている。
 そこで休憩終了の笛が鳴った。僕はみんなに声をかけてコートに入る。

 相手チームも続々とコートに入ってくる。その中で、春原はジャージを上下とも脱いで半袖と赤のブルマ姿になっていた。なるほど、そっちも本気で来るつもりか。

 ここが男の見せ所。さあ、後半戦だ。

 ジャンプボールに進み出たのはやっぱり僕と春原だった。ここは是非ともオフェンス権を奪って先制攻撃したい。
 僕のその思いが通じたのか、経験不足にもかかわらず僕は春原と競り合ってボールを横にこぼさせることに成功した。すかさず島津がそれを拾う。

「速効っ!」

 僕の声で藤堂が相手ゴール下に走り出す。それを慌てて相手チームの一人が追いかける。

 島津はそのままドリブルでゴールまで行こうとするが反応の早い春原に阻まれる。やむなくパスを出し、そしてそのまま自分はコーナーサイドへ移動していく。よし、いいぞ。

 僕はその間にゴール下の藤堂の側にたどり着いた。アイコンタクトで意志を伝え、島津の動きに注目する。
 残りの3人はそれぞれのマークと遊撃手として動き回る春原のディフェンスに中まで入ってこれず、パスを回して機会をうかがっている。島津がコーナーに着いた。今だっ!

 福沢を経由してボールが島津に帰った。そのままシュート体勢に入る! そんな遠くから撃ってくるとは思わなかったか、相手チームの反応は遅れている。

 ボールが弧を描く。先ほどのお返しのような光景。
 しかし、そのボールは惜しいところでリングに当たって跳ね返る。

 ここからが僕の仕事だ。
 女子校のゲームということで接触には厳しくファウルが取られるが、このゴール下だけは別。もともと揉み合ってポジションを取る場所だけに多少のぶつかり合いは誤魔化しが効く。
 申し訳ないけど、力でのポジション取りなら体格の分僕の方が有利! ジャンプ一番リバウンドボールをつかみ取った。すかさず藤堂へパス!

 シュート! 綺麗な姿勢で放たれたゴール下45度からのボールは滑るようにネットを通過した。よし、まずは2点!

「下がるよ!」

 藤堂を残して全員がデフェンス位置まで後退する。僕はパスをもらって走り込もうとした春原の前に立ちはだかる。

 つまり、これが作戦だ。オフェンスはとにかく遠くからでもいいからシュートして、そのこぼれ球は僕が拾って藤堂が決める。
 ディフェンスはこれまでと基本は変わらないが、春原の相手だけは僕がやる。どうせうちのメンバーはみんな素人なんだ。モノを言うのは運動量だけ。それなら体力に余裕がある僕が相手をするのがベストだろう。

 抜かれかけても必死に追いすがる僕に攻めあぐねたのか、ついに春原がパスを出した。貰った相手はリターンを返したかったようだが、残念ながらこのマークだけは外せない。
 一瞬ボールへの注意が逸れた。その隙を島津が見逃さない。はたき落とされたボールを追って福沢が飛び出す。藤堂は既に相手ゴールに走り出している。

「行くぞっ!」

 僕もまたゴール下目指して全力で駆けだした。

 後半残り1分。ゲームはついに振り出しに戻った。19対19。島津が気合いで一本3ポイントを決めたのだ。
 隣りのコートではもうゲームが終了したようだ。クラスの全員が、激しい戦いを繰り広げている両チームに注目している。ここが踏ん張りどころだ。

 福沢が定位置に着いた島津にパスを出す。すかさず伸び上がってシュート!

「あっ!」

 目測を誤ったのか、それともさすがに限界が来たのだろうか。
 ショートしたボールはリングに当たらず、タイミングがずれて僕はボールを取り損なう。まずい!

「戻れ戻れっ!」

 だが全員の足取りが重い。パスを貰って走る春原に追いつけない。辛うじて僕だけがギリギリでその前に回り込めた。
 その瞬間。

「──!?」

 一瞬の出来事だった。左に行こうとした春原を追おうと一歩踏み出した僕の視界に、右に抜けていく背中が写る。
 フェイントだと気付く暇もなかった。振り返った僕の目には、ジャンプシュートから着地する春原と、今まさにネットを抜けるボールの姿が焼き付いた──。

 ゲーム終了後は片付けの時間だ。僕は備え付けのモップを持って床を拭う。コートを何往復もしなくてはならないから、こいつは意外と重労働なんだ。
 ホコリのついたモップを外に出てはたいていると、春原がやってきた。

「おつかれ」
「おつかれさま。負けたよ」

 素直にそう思った。なんか、汗は人の心を正直にさせるな。

「達巳君、今までスポーツの経験あるの?」
「いや、別にないよ。前の学校でも帰宅部だったし」
「じゃ、何か体を鍛えてたりとかは?」
「そんなことする柄じゃないし」

 「へえ」と何故か感心したようにうなずく春原。なんだろう?

「達巳君は運動やってたらいいセンいったかもよ?」
「なんで? そんなにセンスある?」
「いや、全然」

 はっきり言ってくれるね、もう。でも全然怒りの感情は湧いてこない。これが体育会系のノリなのかもしれないな。お嬢様言葉の蔓延したこの学校で春原の親しげな言葉づかいは新鮮だ。

「あはは、冗談だよ。でもさ、達巳君はホントすごいと思うよ。私も最後まであれ使うつもり無かったし」
「フェイントのこと? なんだ、取っておきじゃなかったんだ」

 僕の言葉に「しまった」という顔つきになる春原。わかりやすいなぁ。

「気にしてないよ。こっちが素人なのは本当だし」
「ごめん」
「だから気にしてないって」
「でも、ごめん」

 本当に体育会系なんだな、春原って。

「そろそろ片付けないと着替える時間無くなるよ」
「あ、うん」

 それでようやく春原は引き下がってくれた。やれやれ。
 しかし僕がモップを倉庫にしまって出てくると、また春原がいる。
 まだ何か?

「あのさ、さっき言ったことは本当」
「?」
「実際すごい体力してるよ、達巳君は。あんだけ動き回って最後に私に追いつくなんて、普通の人には無理」
「そうかな?」
「うん、そう思う」

 そこで体育教師の笛が鳴った。集合の号令だ。

「行こう?」
「うん」

 春原が先に立って駆け出す。それを追う僕。

 今のは……褒められたんだろうな。
 そういえば、幎に言われたっけ。魔力の心臓のおかげで超人的体力が身に付くって。確かに息は切れたけど、今だって全然体力的には余裕だ。
 今まで実感が無かったけど、そう考えれば今日の僕の活躍ぶりにも納得がいくな。

 この学校に来てまだ僕は学業で良いところがない。進度が違いすぎてついて行けないんだ。
 だけど、春原みたいにこういうところを見てくれているやつもいるんだな。ちょっと嬉しいかも。

 なんて事を考えながらも、僕の視線は目の前にある春原の食い込み気味のブルマに吸い寄せられていたりしたんだから、ホント、罪深いよね。

2.

「な、なんだこれは……?」

 昼休み。僕はハルと一緒に食堂──通称ランチハウスを訪れていた。

「なにって? Aランチのハンバーグでしょ?」

 自分はBランチのスパゲッティーをもぐもぐしながら答えるハル。
 お前、食いながらしゃべっちゃだめって教わらなかったのか?

 確かに僕の目の前にあるこれは、Aランチの食券を購入して引き替えに僕が得たものに間違いはない。だが……。

「だって僕、400円しか出してないよ……?」
「あ、大盛りにしたんだ」

 食堂のAランチの価格は350円。今日はよく運動したのでそれに大盛り50円を追加した。計400円なり。
 おかげで茶碗にはご飯がてんこ盛り。ワカメの入ったみそ汁もうまそうだ。
 だが、それよりも何よりも、この真ん中に居座るハンバーグの存在感はどうだ。

「本当に、これでいいのか……?」
「なに言ってるの? 別に普通のハンバーグでしょ?」

 これが……普通? ちくしょう、ブルジョワめ!
 僕が知っているハンバーグランチってのは、真空パックに入ったやつを茹でてお皿に出しただけの量産品なんだよ!

 目の前のハンバーグは大きさ自体はたいしたことないが、既製品のような誤魔化しの焼き目ではなく、しっかりとこの場で調理された焦げ目が付いて先ほどから胃を直撃するような香ばしい匂いを放っている。
 ソースも手製だろうか? 刻まれたタマネギが混ぜられたそれはハンバーグと調和し、見ているだけで唾があふれてくる。

 そして極めつけは、そのコンビネーションが盛りつけられているのはレストランとかで使われているステーキ皿(あの木製の台がついてるやつね)であるということだ。
 手渡されるときに火傷しないように注意されたが、それも当たり前。なにしろまだ表面でジュウジュウいっているのだから。

 お盆を取りに行くとき、そこにフォークとナイフが普通に置いてあるのに「さすがお嬢様学校」と感動したものだったが、甘かった。
 ここはただのお嬢様学校ではありませんでした。超一流お嬢様学校でした。
 ビバ! 星漣! ビバ! ハンバーグランチ!

「あのね、冷めちゃうと思うよ?」
「この感動がわからないなんて、ある意味ハルもかわいそうなやつなんだよなぁ」
「……バカにしてる?」

 不機嫌になったハルをよそに、僕はナイフとフォークを手に取る。
 いっただっきまーす!

「! う、うまーいっ!」
「……食べながらしゃべっちゃだめだよ、イクちゃん」

 お前が言うか。

 そんなこんなで僕たちが食事をしていると、生徒達の中に見知った顔を見つけた。春原だ。数人の僕の知らない女生徒と一緒に食器を持って返却口の方へ歩いていく。
 あっちも気がついたようだったので、僕は口の中にハンバーグを頬ばったままナイフとフォークを同時に上げて見せた。春原は笑って軽く会釈を返す。

 へえ……あいつでも髪を下ろして制服になればそれなりのお嬢様に見えるんだな。姿勢と歩き方が綺麗なおかげだろうか? 僕は首筋までの春原の髪に視線を漂わせながらその後ろ姿を見送った。

「なになに、今の。春原さんと意味有りげにアイコンタクト?」
「汗だくで体と体をぶつけ合った2人にだけ芽生える友情があるんだよ」
「……なんか変だよその言い方」

 ハルの所属するAチームはゲーム中審判をやっていた。僕たちの方は見ていなかったのかもしれないな。

 さて、そろそろ今日の本題に入ろうか。
 そのためにABCの3人の視線にも負けずにハルを食堂に誘ったんだから。

「ところでさ、ハル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに? イクちゃん」
「この学校で一番権力のある人って誰?」
「校長先生」

 いや、そりゃそうだけど。

「生徒なら?」
「権力って言っていいのかわからないけど……生徒会長かな」

 生徒会長……このあいだ言ってた安芸島(あきしま)ってやつだな。

「他には? 別に役職じゃなくても生徒が尊敬している人でもいいんだけど」
「それなら間違いなく紫鶴さまだよ。だって、去年のセイレン・シスターだもん」

 セイレン・シスター……2、3年生の7割の支持を得た者だけがなれるこの学校の「姉」。昨年の事とはいえその地位の影響力は健在か。

「後は……うん、各クラブの部長さん達かな。特に剣道部とかソフトボール部とか全国大会常連の部活はすごく人気があるよ。あ、バスケ部の春原さんもね」
「なるほどね」

 そうか、確かに体育会系の部活なら部長の命令は絶対だろうな。メンバーの名前を調べるのも簡単そうだし、いいことを聞いたかもしれない。

「ところで、なんでいきなりそんなこと聞くの?」
「ん? いや、新参者だからね。目をつけられたら怖い人を覚えておこうと思って」
「そんな人ここにはいないと思う……」

 いないだろうなぁ。

「あ、でも……」
「ん?」
「マクドゥガルさんはちょっとそんな感じするね」

 あ? 誰だって?

「誰、それ?」
「やだなぁイクちゃん。ほら、イクちゃんのちょうど反対側、廊下側の一番後ろの席に座ってるじゃない」
「え?」

 そんなやつ……いたっけ? それ以前に、そんな名前なら聞いたら絶対忘れなそうなものだけど……。

「マクドゥガルさんは安芸島さんと仲が悪いんだよね。この間も……あれ?」
「どうしたの?」
「……」

 途中でハルが言葉を切って何か考え出す。
 なんだよ、途中で話をやめるなよ。

「……ごめん、イクちゃん。そういえばマクドゥガルさんは今お休み中だった」
「はぁ?」
「ちょっと勘違いしちゃった。ごめん」

 なんなんだいったい……。休んでるなら僕が知ってるわけないだろ。この間来たばっかりなんだから。

「ま、いいよ。他には?」
「えーと、後は人気があるっていうか一目置かれているっていうか、とにかく目立ってる人、て言うのかな? 哉潟さん達」
「哉潟(かながた)?」

 珍しい名字だな。

「双子でね、二人ともそっくりなの。お人形さんみたいですごく綺麗だし」

 一卵性双生児ってやつか。同じ学校の同じ学年に同じ顔のやつが2人いたらそりゃ目立つよな。

 ……ま、こんなところかな。
 僕が今日試そうと思っているインフェクションは、相手に尊敬している人物に書き込まれた欲望の内容を伝染させるというものだ。だから当然、より尊敬されている人物を中心に置いた方が効果が高い。

 今日の話を聞いた限りではやはり紫鶴を使うのがベストだろう。だが、彼女とはこの間の下校時に会って以来大した接触を持てていない。本にもまだ情報が記載されていないし、いきなり今日というのは無理だろう。
 同じ理由で、安芸島や今日初めて聞いた人物も対象外だ。

 となると……狙うは各部活の部長か。クラスにも何人かそういう役職の者がいたはずだ。だんだん僕もとけ込んできているし、少しアプローチすればブラックデザイアに情報が載るくらいには興味を持ってくれるかもしれないな。

 ……いいな、この感じ。少しずつだけど、僕の思い通りに事が進んでいく。ほら、ゲームとかであるじゃん。攻略法を少しずつ実践していくの。今の感覚はそういったゲームを自分がコントロールしているという達成感に近い。楽しくなってきた。

 そんなことを考えながらハルと世間話をしていたら、突然横合いから素っ頓狂な声が飛んできた。

「あ、部長、見つけました!」

 え? 部長?
 そっちを見れば、なんかやたらと髪がくるくるとカールしてるのか、巻き毛なのか、それともものすごい寝癖なのかわからない短めの髪型の眼鏡の女の子が、こっちを指さして立っていた。
 だれ、君?

「部長、教室に行ってもいないんですもの。部室の方まで探しに行っちゃいましたよ?」
「ごめん、ミドリちゃん。でも、部長って呼ぶのは……」
「? 部長は部長ですよ?」

 何なんだ、このちんちくりんな娘は? やたらテンション高いけど。

「ハル。紹介してよ」
「あ、うん」
「部長を煩わすことはありません! わたしの名前は山名翠子(やまなみどりこ)。2年柚(ゆず)組、出席番号26番。写真部に所属していますです」

 ハルの言葉を遮ってそのミドリと呼ばれた娘は僕に向かって胸を張って自己紹介する。……うん、見事に平坦だな。

「そう言うあなたは誰様ですか?」
「僕は……」
「ああ、あなたが部長のクラスに転入してきた達巳先輩ですか」
「……」

 ……眼鏡割るぞこのヤロー。

 その後聞いた話だと、ハルは別に写真部の部長でも、どこのクラブの部長でも無いらしい。それじゃ、なんでハルのことをミドリが『部長』と呼ぶのかというと、そこには理解しがたい独自のミドリ理論が存在した。

 なんでも、この星漣には学校と同等に近い歴史を持つ『文化探訪研究会』なる仰々しい名前を持つ同好会が存在しているらしい(ハルは省略して『探研部』とか呼んでいたが)。その同好会の活動内容は主に異邦の地を訪れ、文化に触れ、そしてその資料を持ち帰る……まあ、要するに旅行ってことだ。

 昨年、ハルはその活動の正規メンバーでないにもかかわらず旅行について行ったらしい。わざわざ誘われての事というのだから当時の3年生にハルはかなり気に入られていたようだ。

 だが、その代を最後に学園には研究会のメンバーはいなくなってしまった。しかし歴史ある大量の資料を放棄するには忍びない。そう言われ、先輩の頼みでハルは次のメンバーが現れるまで部室を任され、鍵を預かっているのだそうだ。つまり部長ではなく暫定の管理人だね。
 しかしなぜかミドリにだけは通じなかった。『先輩に後を任された=部長』ということらしい。

 で、ちなみにハルと写真部のミドリとの関連性はどうなのかと言うと。
 こっちは単純。探研部には先輩方の遺品として旅行グッズやカメラなんかも保管されている。だから、写真部には必要に応じてよく物を貸し出したりしているらしい。
 その見返りは探研部の部室整理用の人員派遣。何しろ100年分の資料という名目のガラクタだ。とても一人で掃除しきれるものではないのだろう。
 そんなこんなでハルは写真部とも繋がりが深いのであった。

 ……なんだ、結局このメガネが部長とか呼ぶから混乱するんじゃないか。

「で、どうして私を探してたの?」
「部長、今日は毎月の掃除の日ですよ? どうするのか聞きに来たです」

 「あ、そっか」と思い出したようにうなずくハル。

「ごめん、イクちゃん。今日一緒に帰れないや」
「ん? 別にいいよ、約束してるわけじゃないし」
「あう~、酷い……」

 なんだよ、怒れば良かったのか?
 ……ん、待てよ。これは……いい機会じゃないか?

「いや、僕もその掃除手伝っていいかな?」
「え? なんで?」
「100年の歴史だろ? 興味もあるよ、そりゃ」
「……時間かかるよ? 下校時刻過ぎちゃうかもしれないよ?」
「いいよ、別に」

 「ごめんね」と謝るハル。だから、これは僕の為でもあるんだから気にする必要はないって。

 ……なんだが横から視線を感じる。その圧力はハルの隣りにちゃっかりと居座ったちんちくりんから発せられている。

「ちょっとお尋ねしますのですが……部長と達巳先輩のご関係はいかなるものなのです?」
「ん、彼氏彼女の関係」

 「わ、わ、嘘だよ、そんなの」とハルが真っ赤になって否定しているが、無視。

「……って言ったら、どうなる?」
「西から太陽が昇ります」

 ……本当にメガネ割るぞこのヤロー。

3.

 放課後になった。
 部長連中と特に大きな接触もなかった僕は、予定を変更せずハルと一緒に文化部棟へと向かう。

 星漣の文化部棟はもともとは校舎だったらしく、古い2階建ての木造建築だ。一度は火災で焼け落ちたらしいが、その後に元通りに復元されたらしい。
 なんでその機会に鉄筋に改修しなかったのかと思ったが、ハルに言わせれば古いものを残したがるのも人の心なんだそうだ。ふーん。

 文化部棟の玄関を入り、靴を脱いで下駄箱に入れる。この先は全部板間だ。だから素足かスリッパで行くことになる。
 ギシギシと床を踏みしめ、終着点へ。この最奥の両開きの扉の向こうが探研部の部室らしい。ハルがポケットからFの字の簡素な形の鍵を取り出した。

 カチャ──。

 数十年の歴史を持つはずの扉は、よく整備されているためか大して軋むこともなく滑らかに開いた。

「うわ──」

 中に入って驚いた。探研部の部室は2階までぶち抜きの構造になっていたんだ。入ってすぐの部屋は吹き抜けになっていて、見上げれば剥き出しの梁の向こうにステンドグラスがはめ込まれているのが見える。右手に見える階段を上っていけば2階部分だ。そっちも今いる部屋くらいの奥行きがありそうだ。
 はっきり言って部室と呼ぶには語弊がありすぎる。何しろ下手な家屋ならすっぽり入ってしまいそうなサイズなんだ。

「電気つけるね」

 ハルがスイッチを操作する。思っていたよりも明るい光源に目線を上げ、そしてまた驚いた。なんと天井からシャンデリアがぶら下がっている!
 ガラス細工を通って乱反射した光が部屋の中を照らし出す。見渡す限り、一面棚、棚、棚、棚……2階にも整然と棚ばかり。これが100年分の歴史、もといガラクタの山か。

「びっくりした? ここはもともと図書館だったんだよ。外国からもたくさん本を入れて、日本でも有数の蔵書量だったんだって。でも、全部火事で焼けちゃって、その後に空いたここを探研部が貰ったんだって」
「いや、すごいなこれは」

 こんなところ、確かに一人じゃとても管理しきれないよなぁ。

 その時、ギシギシバタバタと盛大に騒がしく何者かがこの部室に近づいてきた。そのままの勢いで扉を開いて飛び込んでくる。

「すみませんです! 掃除で遅れました!」

 ミドリだ。遅刻とはいい度胸だな……あれ、もう一人いる?
 走ってきたせいか扉の横で息を切らせている少女。身長はミドリとどっこいどっこい、だけど見た目は対照的だ。
 髪は天然なのか緩やかにブローがかかり、その細さも相まって触ってみたくなるような柔らかさを感じさせる。目は少し小さいが黒目がちでそれが何だが不思議な印象を与えている。手足は華奢でとても掃除などの体を使った仕事が向いているように見えない。まさしく、深窓の令嬢という言葉がぴったりな少女だ。

「いいよいいよ。お疲れ様、ミドリちゃん、シズちゃん」

 シズと呼ばれたその少女はまだ少し赤い顔でペコリと頭を下げる。その仕草もなんだかかわいらしい。そして、僕に気がつくととことこと歩いてきた。

「初めまして、達巳先輩。2年柚組の橘 静香(たちばなしずか)です。今日はよろしくお願いします」
「あ、うん。よろしく。3年椿組の達巳郁太です。今日はがんばろう」

 思わず返してしまう僕。静香はそれに「はい」と返事して少し笑う。その表情にすら上品さが感じられた。
 これは、思わぬ収穫かもしれない。

「さてさて。みんなそろったところで始めようか?」

 後から来た2人が落ち着いたところでハルが仕切る。なるほど、こういうところはちゃんと先輩面してるな。

「イクちゃんは大きな荷物を下ろすときとかに手伝ってくれるかな? 整理は私達がメインでやるから」
「いいよ。あんまり素人がいじると場所がわからなくなりそうだからね」
「お願い。ミドリちゃん達は……」

 ハルは慣れているのかてきぱきと2人に指示を出す。僕はその隙に3人の視線が外れたのを確認して鞄を開け、ブラックデザイアを確認した。
 ……よし、インフェクティの欄に後輩2人の名前が記入されている。よかったな、ハル。お前は結構慕われてるぞ。
 僕は笑いを噛み殺しながらハルに近づいた。

「ねえ、ハル。エプロンとか無いの?」
「え? いつも使ってないけど?」
「埃がすごいよ。制服が大変なことになっちゃうよ?」

 わざわざ棚の裏を擦って指についた汚れを見せてやる。こういうのは演出だよな。

「わ、わ。いつもはこんなじゃないのに……」
「ね。せっかく掃除してもみんな埃まみれじゃ意味無いよ」

 ちょっと困り顔のハル。いいぞ、考えてる考えてる。

「制服を『汚さないために』僕にいい案があるんだけど」

 ドクン……魔力の心臓が鼓動する。
 同時にインフェクティに山名翠子と橘静香を設定……。

「どうするの?」
「簡単だよ。『汚さないために』服を着なければいいんだ。全部脱いでから掃除すればいいんだよ」

 一瞬、あっけにとられた表情になる3人。でも、ブラックデザイアの力は発動している。それがどんなに常識外れでも、それに疑問を感じることはあり得ない。

「全然、思いつかなかったよ」
「グッドアイデアです!」
「……そうですね」

 それぞれの表情で3人がうなずく。ねえ君たち、自分が何言ってるかわかってる?

「じゃ、脱いじゃおう」
「はい」

 ハルがファスナーに手をかける。おっと、これは言っておかなくちゃな。

「制服が汚れないように、掃除の間僕が持っててあげるよ」
「あ、ごめんね、イクちゃん。お願いします」

 こう言って掃除を免除にしておかないと、僕まで脱がなくちゃいけなくなるからね。

 3つの制服がするりと脱げ落ちる。シャンデリアの明かりに照らされ、三者三様の肌色が僕の目の前に晒される。
 へえ……肌色って言ってもよく見ればちょっとずつ違いがあるんだね。

「今日はシズちゃんとイクちゃんが来てくれて助かったよ。4人ならいつもの3倍はがんばれるね!」
「そりゃ無理だ」

 ハルの肌は健康的な血色のいい肌の色。僕の肌よりちょっと薄いけど、他の2人に比べると若干濃い感じ。下着は……また縞々か。今日の色は白地にピンク。こんなのしか持っていないのかな?

「先輩は将来典型的な駄目亭主になるです」
「もう帰るぞこのヤロー」

 ミドリのは肌色というより赤い感じ。赤ちゃんとかの肌の色って言えばいいのかな。皮膚が薄くてその中の命の色がにじんで見えている。ほとんど凹凸がないクセにいっちょまえにちゃんとブラを着けていた。色は薄緑色。

「シズちゃん、今日はありがとね」
「あの、お掃除好きですから」

 それと対照的なのが静香の肌だ。こちらは人形のような白っぽい肌色。単純に日に晒されていない、ずっと保護されてきたような無垢なる白磁の肌だ。そんな華奢な見た目に似合わず下着はフリルのような飾りの付いたちょっと派手目のものを身につけている。ボリュームも結構あって、ハルのようにはち切れんばかりというわけではないが、触ってみたくなる柔らかさを想像させるサイズだ。

 折りたたんだ制服とブラウスを預かる。何でもないことなのに、彼女たちの中では重大な任務になっているらしく感謝の言葉まで受け取った。

「そういえば、イクちゃん今日は惜しかったね」
「え? 何が?」
「バスケットボール。福沢さんに聞いたよ、大活躍だったんだって?……よっと」

 ハルは僕に話しかけながらもその手を止めない。縞々パンツのサイドに手をやるとするりとそれを脱ぎ下ろした。髪の色と同じく少し茶色がかった茂みが露わになる。
 何で下から脱ぐんだ……?

「別に活躍なんてしてないよ」
「だって、イクちゃんの作戦で追いついたんでしょ? 10点くらい差があったのに」

 腰を曲げて片足ずつ足を外す。こんなのがよく入るなと思うくらい小さなそれを、ハルは丁寧に折りたたむと笑顔で僕に差し出した。

「お願い、イクちゃん」
「う、うん」
「私達もお願いしますです」

 すでに脱ぎ終わっていたミドリ達もたたんだ下着を僕に手渡す。

 下着の時からわかっていたが、ミドリは見事にお子様体型だ。限りなく180度に近い角度で、横から見ればようやくわかるようなくらいの胸の膨らみ。腰から下もくびれもなくすとーんと落ちてしまっている。おまけに茂みも薄いからその下の形がはっきり見えている。

 対して静香は身長はそんなに変わらないのに出るところはしっかり出ている。ハルのものとも違うマシュマロのような柔らかさを感じさせる双丘。その頂の突起は遠目に見れば尖っているかのように小さめで色付いている範囲も狭い。肉付きがいいのか腰回りもしっかりしていて、意外に股間部は濃い目だった。

「静香ちゃん、いいなぁ……」

 ミドリがそんな友人の体を見ながらため息をつく。こいつにもコンプレックスはあったのか……。静香は顔を赤くして恥ずかしそうにミドリの視線から胸と股間を隠した。

 あれ……? そうか、僕が言ったのはあくまで掃除で汚れないように服を脱ぐことだから、裸になっている自覚はあるのか。それが異常だとは認識できないだけで。

「んっ……」

 ハルが胸元に手をやって何か捻るようにすると繋ぎ目が外れた。弾力性のある2つのかたまりがぷるんという擬音でこぼれ出る。

「はいイクちゃん」
「まかせて」
「準備完了!」

 右手の親指をグッと立てて突き出すハル。動きにつられて胸のふくらみがぷるぷる揺れている。

「よーし。それじゃ、全員作戦開始ー!」
「おー!」

 ノリのいいミドリだけが元気に返事する。僕もとりあえず生まれたままの姿になった女の子3人の間で視線を往復させつつ、ポーズだけはとっておいた。

4.

 3人は窓を拭いたり、棚の上の埃を落としたり、床にたまった塵をホウキで集めたりと、てきぱきと掃除をしていく。
 もちろん僕もただ眺めていただけじゃない。高いところを拭くときは椅子を押さえて下から、ホウキで集めた後はちりとりを持ってしゃがんでいるところを上からと様々なアングルから少女達の裸を堪能した。

 だいだい大まかに終わったから、今はもう3人はそれぞれ細々とした仕事をやっている。
 ミドリは床にお尻をぺったり付けて座り込み、カメラなどの機材を布と洗浄液で磨いている。静香は棚を掃除するときに下ろした荷物を箱に整理し直している。
 それぞれ慣れた手つきで危なげなくこなし、もうすぐ終わりそうだ。僕が手を出す必要はない。

 ハルは何をしているのだろう? 2階に資料を整理しに行ってから音沙汰が無い。手を貸した方がいいのかな?

 ミドリ達に一言声をかけてから階段に足をかける。ぎしぎしと軋む板を一段ずつ踏みしめて上っていく。

「おーい、ハルー? 何か手つだ……っ!?」

 思わず声を止めてしまった。なぜなら、上った先、真正面突き当たりにある古びた机の下から、裸の下半身がにょっきり姿を現していたからだ。

「あ、イクちゃん? 待って、すぐ終わるから」

 周りにはいくつかの箱が乱雑に置かれている。おそらく机の下から引っ張り出したのだろう。
 ハルは潜り込むために膝をついて四つん這いの姿勢で頭を突っ込んでいた。当然、外には無防備な下半身が突き出されているわけで。

「……なんか……引っかかってる……みたいで……う~ん?」
「……あんまり無理にやるなよ?」

 机の下でゴトゴトと箱を揺らしている音がしている。僕はそれに適当に返事をしつつそろりそろりとハルの後ろから近づいていく。
 2階の一番奥まった場所なのでシャンデリアの光が届かずに細部が良くわからない。ああ、ハルが机の上のスタンドの電気をつけていたらなぁ! それでも白い2つの丸みとその下の中央の茂みの存在ははっきりとわかる。

 ゆっくりゆっくり……ハルが机の下でうんうん唸っている。その間に気付かれないように接近。だんだんと目が慣れてきた。お尻の谷間の様子やそこから繋がる部分が見え始める。もう少し、もう少し……。
 そして、距離2m、他人には絶対見せたことのないはずの中央のすぼまりの詳細が見えたと思った瞬間。

「あーっ!!?」
「わっ!?」

 ハルの素っ頓狂な声に僕は驚いて飛び下がった。な、なんだ? 一体?

「イクちゃぁん、見てよこれぇ」
「え……あ」

 女の子座りでぺたんとお尻をつけ、泣きそうな表情で手で抱えた箱を見せる。
 ハルがようやく引っ張り出した最後の箱には、見てはっきりわかるくらい上部にシミが広がっていた。
 天井を見上げると、ちょうど机の上の辺りに同じようなシミが見える。

「あそこが雨漏りしてるんだ。落ちた水滴が机の上を流れてその箱の上に溜まったんだね」
「どうしよう、大切な物なのに……」
「開けてみた? 中身は無事かも」

 「あ、そうか」と慌てて蓋を開けるハル。

「……よかったぁ。中はあんまり濡れてない」
「それくらいなら箱を乾かして置き場所を変えておけば良さそうだね」
「うん」

 ほっとした表情になるハル。さっそく中身の本やアルバムを出し始めた。

 ……なんだ。別に部長じゃないとか言ってたけど、一所懸命にやってるじゃないか。責任感が強いのか、それとも本当にこの探研部に愛着があるのか。

 そんなことを考えながらアルバムを確認しているハルの姿を眺めていると、下から元気な声が響いてきた。

「ぶちょーっ! せんぱーい! 紅茶ができましたですよーっ!」

 ミドリか。気が利くね。
 僕は空になった問題の箱を持ち上げる。日差しのいい場所に干しておけばすぐ乾燥するだろう。

「休憩にしようよ。のども渇いたし」
「うん。行こうか、イクちゃん」

 立ち上がったハルは資料をまとめて机の上に置く。僕はそれを確認して階段の1段目に足を下ろした。

 日差しの良い放課後の部室でティータイム。なんて優雅なんだろう。

「おいしいね、この紅茶」

 静香に出されたカップに口をつけ、驚きつつも素直な感想を言う。

「今日の紅茶は静香が選んだんですの」
「……翠ちゃんのいれ方が上手なんだよ」

 胸を張って言うミドリに静香が顔を赤らめて謙遜する。「へえ」とうなずきつつ僕はもう一度口をつけた。……うん、パックのしか飲んだことの無い僕だけど、これは旨いと思うな。

 この部室には本当に驚かされる。2階部分の真下が壁で仕切られていて何があるのかと思っていたが、なんと司書室が存在していた。そこの流しで水を汲んで電気ポットでお湯を沸かし、ティーポットに紅茶をいれたのだそうだ。

 少女達は今日の掃除のこととか、天気のこととか、最近読んだ本のこととか、テレビのこととか、部活のこととか、他愛もないおしゃべりに花を咲かせている。これで裸じゃなければとっても平和な光景なんだろうが。

 15分くらいそうしていただろうか。いつの間にかステンドグラスからの光は床から壁にはい上がり、陽光の角度の変化を教えている。そろそろ掃除を終わらせて片付けに入らないと下校時間に間に合わなくなるな。

「さって、そろそろ続き、やろうか?」
「はい」

 静香が僕たちのティーカップをお盆にのせて片付ける。ハルは立ち上がって大きく伸びをした。目の前にハルの白いお腹とその中央の窪みが見えている。
 ……ちょっと、イタズラ心が芽生えてきた。せっかくの機会だ。普段は絶対出来ないことをやって貰おうか。

「ハル、始める前にトイレ行っといた方がいいよ」
「え? え? なに?」
「漏らして汚さないようにさ」

 「しないよ、お漏らしなんて」と真っ赤になって否定するハル。だけどそう言いながらももじもじと膝をすり合わせ始める。多分、トイレに行きたくなってきたんだ。ブラックデザイアの力でね。僕は口の中の笑いを噛み殺すのに必死だ。

「……や……やっぱり行ってこようかな? イクちゃんちょっと待っててくれる?」
「だめだよ、ハル。僕たちは掃除中で埃まみれじゃないか。外に出たら廊下やトイレを汚してしまうよ?」
「う、う~ん……」
「せめて掃除が終わって制服を着るまで待たないとね」

 後輩の2人が戻ってきたな。よし、そろそろ決めてやるか。
 僕はさっき使った掃除用具をまとめて置いてあるところを指さした。

「そこのバケツにしなよ」
「え!?」
「汚さないように、ここでするしかないでしょう? 大丈夫、僕が捨ててきてあげるよ」
「え? え? えぇ~っ!?」
「ほら、早く」

 しょうがないな、と僕はわざわざ金属製のバケツを部屋の真ん中に持ってきてやる。
 ハルはまだ渋っているが関係ない。僕がそう言った以上、どうせ最後はその通りにやるしかないんだ。

 もう一度声をかけようとした時、くい、と僕の袖が引かれた。あれ? とそっちを見るとなぜか静香が真っ赤になってうつむいている。

「ん? 何?」
「あ、あの……」

 静香もやっぱりもじもじしている。……あ、そうか、インフェクションはこういうのも感染させるのか。

「……あの、さ……先に……」
「先にしたい?」
「……」

 辛うじてわかる程度にうなずく。なるほど、バケツに裸でおしっこするのは別に構わないけど、僕にそれを伝えるのが恥ずかしいってわけか。

 僕が「はい」とバケツの前を開けると、一瞬躊躇した後におずおずとバケツをまたぐ。
 少女は両手を伸ばして股間の茂みをかき分ける。なるほど、そうしないと毛に当たってどこに散るかわからないもんな。
 バケツと自分の腰を見比べ、少し位置をずらす。立ったままするのなんて初めてなんだろう。慎重に場所を決めている。
 ようやく立ち位置が決まったみたいだ。少女は眉根を寄せて我慢していたものを開放した。

 茂みの中から水流が飛び出す。正確にバケツの中に飛び込んだそれは最初壁面に当たって甲高い音を響かせ、その後すぐにじょぼじょぼと聞き慣れた音に変化する。みんな静まりかえっていたせいか意外に部屋の中に大きく響き、静香はますます顔を赤くした。

 固唾をのんで色づいた水流を見守る。よっぽど我慢していたのだろうか、少女の放出は途切れることなく長く、長く続く。その間、ずっと水が落ちる音だけがこの場に響く。

「……ふぅ……」

 長い時間はようやく終わった。最後に力をこめてちょろっと1筋出すと、それで空になったようだ。あたりをきょろきょろ見渡し始める。

「ん? ああ、ティッシュね。はい」
「ありがとうございます」

 ほっとしたのか笑みを浮かべて受け取る静香。ポケットティッシュから2枚出してそれで股間に残ったしずくを拭き取った。

「他にはいない? ハルはいいの?」
「え、えっと……」

 僕は意地悪くハルに向かって尋ねてみる。どうせ我慢しきれないことはわかってるのにさ。

「翠ちゃん、翠ちゃんもしとこうよ」
「え!? わ、私もですの!?」

 今まで惚けたように見ていたミドリが静香に腕を引かれて慌てだす。観念しろ、静香に感染したってことはお前だって影響が無いはずがない。僕はミドリに笑いかける。

「大丈夫だよ、まだバケツはいっぱい入るからね」
「は、う……うん……」

 友人に誘われたせいか、それともやっぱり我慢していたのか。ミドリはそれ以上は抵抗せずに同じようにバケツをまたぐ。腰を少し落とし、狙いをつける。
 しかし、そこで止まってしまった。目を閉じて、体を僅かに震わせながら力を入れるが無毛に近い股間からは何もでてこない。

「片付けの時間無くなるよ?」
「は、はいっ!」

 ますます必死になるミドリ。あーあ、そんなに緊張しちゃぁ出るものも出ないよな。
 見かねたのか静香がそっと近づいた。

「翠ちゃん?」
「わひっ!?」

 おかしな声で驚くミドリ。なんだなんだ? ……って、えええええっ!?

「翠ちゃん、私がやってあげるね」
「わ、わちょちょったんまってばひゃぁあ!」

 静香はミドリの後ろにピッタリとくっつき、その股間に手を伸ばしている。左手ですっぽり覆っているので良くわからないが、指が怪しげに動いていた。
 悲鳴だか嬌声だかわからない裏返った声を上げるミドリ。それをなんだか潤んだ目つきで見つめながら熱心に弄り続ける静香。
 し、静香って実はそっち系の娘なのか!?

「あ、ちょっと、だめ……で、でちゃ……」
「いいよ、翠ちゃん。出して」

 ぎりぎりのぎりぎり、ミドリがせっぱ詰まった表情になった瞬間、静香は手を離した。同時に股間から液体がしぶく。
 最初は僅かな滴。やがて緩やかに量を増し1筋の流れを作り上げる。放心して力が入らないのかその水に勢いはなく、その代わり閉め忘れの蛇口のように途切れることなく流れ続ける。

 1分ほども続いただろうか。水流はようやく勢いを無くして最後には始まりと同じようにぽたぽたと滴に変わった。ふらついたミドリを静香が抱き留める。足に力が無く今にも崩れ落ちそうだ。
 静香は僕にまたティッシュを貰った。

「あ……自分でできるです……」
「いいから」

 そう言って股間を覆おうとしたミドリの手をどけてゆっくりと拭ってやる。
 間違いない……こいつは「ガチ」だ!

 別の世界の2人は置いておき、僕はバケツの中を覗き込む。ふむ、ずいぶん出ていたように見えたけどまだ半分くらいだ。もう一人いけるね。

「ほら、ハルの番だよ」
「え、あ、うん……」

 ミドリと静香にあてられたのか真っ赤な顔でうなずくハル。おずおずとバケツの前まで進み出る。
 ふう……世話が焼けるな。僕はしゃがんでハルの股間に目線を合わせる。

「ほら、足開いて」
「うん……」
「もっとだよ。足が汚れないように、しっかり開くんだよ」

 僕の言葉にハルは少しがに股気味に両足を広げた。

「少し腰落として。水がはねちゃうよ?」
「うん。……このあたりかな?」

 足を少しずらして位置を決める。やっぱり、女の子はホースにあたる部分が無いから狙いをつけるのは難しいのかな。

「大丈夫だよ、ハル。こぼして汚さないようにちゃんと見ていてあげるから」
「え……」
「ほら、ハルがこぼさないか、みんなでチェックしよう」

 ミドリ達にも声をかける。2人はうなずいて僕と同じようにしゃがんでハルの股間と目の高さを合わせた。秘部の位置を確認してバケツの位置と見比べる。

「……いいと思います」
「だってさ。いいよ、ハル」
「う、うん」

 ついに覚悟を決めたようだ。股間に手を当てて毛並みを整える。その下の肉付きがちらりと見えた。
 目線を上げれば呼吸に合わせて動く腹部越しに恥ずかしそうなハルの表情が目に飛び込んでくる。

「じゃ、じゃあ……出すよ?」
「うん」
「ちゃんと……見ててね、イクちゃん」
「見てるよ、最後まで」

 全部出し切るまで、見ててあげるよ。

 ハルが眉根を寄せて下腹部に力を入れ始める。
 体に緊張が走り、内腿の部分がふるふる震えている。

「んっ……」

 ため息のような吐息が聞こえた次の瞬間、ハルの秘所から待ちかねたように勢いよく水流が飛び出した。

 ……バケツを持ち、部室を出た。
 3人は中で片付けをしているはずだ。

 周囲に強烈なアンモニア臭が広がる。しかたない、3人分の混合水だ。ブレンドされてその威力はトイレでの臭いの比ではない。
 僕は周囲を見回し天井付近に非常口の緑のサインを見つけると、手っ取り早く一番近い扉のノブを回した。夕暮れの涼しげな風がこもった臭気を流していく。

 そこにあったサンダルを履く。ちょっと小さいが問題ない。そしてもう少し裏手の人気のない方へ足を進める。前方に温室と花壇が見えてきた。

 それにしても──だ。
 唇が歪む。

 この本の力は本当にすごい。
 女の子の全裸立ちション姿を間近で見ることの出来る男が世界中にどれだけいると思う? それも、3人も連続でだ。

 スカトロの趣味は無いが、放尿姿なんて女の子にとって絶対他人に見られたくない禁断の領域の事柄だろう。そんな秘め事を、僕はたった一言のキーワードを使うだけで目の前でさせることが出来たんだ。ふつふつと達成感がわき上がる。

 不思議とあれだけの痴態を目の当たりにしながら、その身体を貪ってやろうという欲求は湧いてこなかった。ただそこには、自分の意志で彼女たちを好きに操ってやったという陶酔した支配感が存在しただけだった。
 絶対的な力の持ち主だけが感じることのできる優越感だ。

 悪くない。
 すごく、悪くないよ。
 クセになりそうなくらい快感だ。

 ついに口から笑い声が漏れてきた。
 抑えるつもりもない。それは留まることを知らずにトーンを高くしていく。

「ははは──ははっ──はっはっはっはっはっ!」

 僕は周囲をはばからず高笑いしながら、花の咲き誇った花壇にバケツの中身をぶちまけた。

5.

「やー、悪いねー」
「いいよ、報酬も貰ってるし」

 胸の前のダンボール箱をよいしょと持ち直し、緩やかにカーブしているさくら通りを進んでいく。横を歩く春原も箱を持ってはいるが僕のものより一回り小さい。

「あ、ほら。見えたよ」
「うん」

 木立の向こうにコンクリート製の四角い建物が見えてきた。あれが今僕たちが目指している運動部棟だ。

 放課後、今日は特に何もすることがなく、ハルも音楽室の掃除に行ってしまったので僕は一人で帰ろうと昇降口に下りた。そこで箱を2つ抱えてよろよろ歩いていく春原を見つけたのだ。
 あんまり危なっかしいので思わず声をかけてしまった。聞けば、部員の新ジャージが届いたので部室に運ぼうとしていたらしい。

「なんで部長の春原がこんなことやってるの?」
「え? なんで?」
「下のにやらせればいいんじゃないの?」
「昨日試合だったから今日は休み。それにちょうど通りかかったんだし私がやればいいかなって」

 う~ん。部員思いなのか、これがお嬢様学校の体育会系の限界なのか。前いたところなら、どの部長も間違いなく1年生にやらせて自分はさっさと帰ってるよな。

 話をしているうちに運動部棟の入り口が見えた。
 星漣の運動部棟は4階建ての四角いコンクリート製の建物だ。ガラスでできた両開きの扉を入るとまずそこは最上階までの吹き抜けになっている。この吹き抜けの回りに口の字に部室と階段が配置され、各運動部はそこにロッカーを入れて部室として使っている……と、この間ハルに教えられた。

「で、バスケ部は何階?」
「2階の西側の一番奥」
「助かった、4階じゃなくて」
「そんなに重いならエレベーター使う?」

 エレベーターまであるのか。とことん贅沢だな。

「そこまでヤワじゃないよ」
「うん。あ、足下気をつけて」

 春原によると、この4階建ての建物は全部が全部部室として使われているわけではないらしい。実際に運動部が常用しているのは3階の一部までで、残りはいろいろな物置になっている。また、4階は長期休暇期間中に学園内で合宿する時の宿舎として使えるよう、普段は空き部屋にしているとのことだ。いたせりつくせりとはこのことだ。

 やがて部室に到着し、春原が鍵を開ける。僕は部屋の真ん中に置いてあるテーブルにダンボールを乗せた。

「はい、報酬」
「サンキュ」

 春原が自分の持っていたダンボールから苺ミルクのパックを出して手渡してくれる。自分は午後ティーストレートか。

 体育会系の部室ってもっと小汚いものかと思っていたが、案外整然としてるな。部屋の両サイドにはロッカーがずらりとならび、扉の上の方に小さく名札が貼られている。
 ゴミも落ちてる様子はなく、部屋の隅のカゴに入ったバスケットボールが目を引く以外は物なども出しっぱなしにはなっていない。部長の指導の賜物なのかな。

「飲まないの?」

 ん? ああ。そうだね、せっかくここまで付き合ったんだし、約束通り『報酬』を貰わないと。

「飲むよ、当然。でもやっぱり『報酬』なんだし春原さんに飲ませて欲しいな」
「何? どういうこと?」
「報酬は口移しがいいな」

 さあ、ブラックデザイアの出番だ。

「あんまり甘えるんじゃない」
「いいじゃん、僕ら技を競い合った仲でしょ」
「もう……ほら、こっち来て」

 春原が手招きする。僕の手から苺ミルクを奪うと、ストローを刺して口に含む。そして空いている方の手で僕の後頭部に手をやって引き寄せる。

「……んっ……」
「……」

 僅かに開いた僕の口に躊躇無く唇が押しつけられた。ちょっとだけ生ぬるくなった甘いミルクが舌の上に流れ込んでくる。少し口の端からこぼれたけど気にしない。ゴクゴクと飲み込む。
 口に入れることの出来る水量なんて大した事はない。すぐ無くなって春原は口を離した。

「あ、待って」
「?」
「せっかくの報酬なのにもったいない」

 春原の唇に今度は僕から吸い付く。半開きの歯と歯の間に舌を割り込ませ、口の中をなめ回す。上あご、舌の上、舌の裏、歯の裏側。執拗に舌を動かし、終いには唾液しか感じなくなったところで最後に春原の唇をぺろりと舐めて口を離した。

「……あんまり意地汚いと嫌われるよ?」
「春原は?」
「ん……ま、いいかな」

 そう言って笑って、またストローで苺ミルクを口に含む。
 そんな具合に、結局僕は30分近くかけて報酬の苺ミルクを飲ませて貰ったのだった。

 ジャージのサイズと数を確認するという春原と別れ、僕はバスケ部の部室を後にした。扉が閉まったとたん、思わず笑いがこぼれる。

 最近はとても調子がいい。ようやくインサーションの効果的な使い方がわかってきた。
 とりあえず、相手が何か言い出したらそれをキーとして捕らえておくのだ。僕が一緒にいる限り能力が解除されることはないし、人気のないエリアをその間に捜すことが出来る。
 その後、力を使う時も自分から言い出したことだし無理なく話を進めることが出来る。僕からの要求も挟み込み易い。

 この間の探研部掃除の日も3人同時ということでびっくりするぐらい大量の魔力が振り込まれた。今日も春原に仕掛けることが出来たし、後はバスケ部のメンバーを抑えればなかなか楽しいことができそうだ。

 人気も無いので僕は笑い顔を隠すことなく通路を歩く。階段が見えてきた。

「──いい気なものですね」

 ──!?

 いつの間に!? 振り返ると、3階への上り階段の踊り場に一人の女生徒が立っていた。この学園の黒い制服を身につけ、きちんと切りそろえた黒髪を背中の中程あたりまで伸ばしている。
 小さめの口、細い眉。そして切れ長の鋭い目が僕を冷ややかに見下ろす。初めて見た生徒だ。

「な……なんのこと?」

 相手の正体がわからない、とりあえず探りを入れてみる。

「この学校に男子が転校してくるだけでも異常なのに、さらに誰もそれをおかしいとは思わない」
「!?」

 なんだっ!? こ……こいつには、ブラックデザイアの力が……効いていないのか!?
 少女は目線を変えることなく、一段づつ階段を下り始める。

「何かおかしな術を使っているのですね、あなたが」

 僕のいる床面からちょうど1段だけ残して静止する。向こうの方が僅かに目線が高い。
 白い肌に黒目がちの瞳、前髪も綺麗に切りそろえられている。どこか、日本人形を連想させる風貌。

「春原さんや源川さん達を好きなように操って……
……達巳郁太、あなたの目的は何なのですか?」

 ……こいつは、誰だっ!?

< つづく >

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