5.
さざなみ寮は東西に広いほぼ長方形の敷地に大きく分けて3つの建造物から成り立っている。
門から入り、直ぐ正面にそびえる2階建ての旅館に見える建物が本館であり、玄関の引き戸の横には達筆で「さざなみ」と書かれた木製の看板がある。ここには1、2階合わせて10部屋の居住区が有り、それぞれに2段ベッドを2つづつ入れれば最大で40人まで同時に宿泊できる。
だが、現在は12人しか入寮希望者がいないということで1年生は2人部屋、2年生以上は個室になっているらしい。1年生は4人だけだから、ちょうど10部屋全部が埋まっている事になる。他には、トイレ、シャワールーム、洗面所、物干し台等が存在し、玄関脇には古い犬小屋も有ったが、ここは現在空き室のようであった。
その本館の東にある1階建ての建物が食堂だ。最大で40人が同時に食べられるようかなり広くなっていて、北側の奥が調理場になっている。また、食堂とは隣接して寮母の宿泊所と風呂場が有り、深夜等ボイラーが使用できない時は寮母に頼んで使用させてもらう生徒がいるらしい。
敷地の西側は昨日事件現場となった大浴場だ。ここも相当広く20人くらい同時に入ってもOKな贅沢施設になっている。覗かれたのは浴室ではなくその隣の脱衣所の方で、ある生徒が服を脱ごうとしたところ、窓の外に白い人影を見かけて悲鳴を上げたということだ。ちなみに、その人影は悲鳴に驚いたのか北の方へ走って逃げたという。
大浴場とさざなみ寮本館は渡り通路で繋がっているが、そこを北へ行くと寮の裏門に出て、門を出るとすぐにゴミ捨て場がある。つまり、僕が昨日呼び出されたのはその裏門のすぐ側だったのだ。先ほどの証言と合わせて考えると、もし本当に覗き犯がいたならそこで僕と鉢合わせしていなければならない事になる。ますます罠だった可能性が高くなった。
寮の中で痴漢騒ぎを起こし、そしてすかさず裏門まで走ってそこで僕を撮影したのだから、寮の中の人間が犯人である可能性が極めて高い。共犯者が居たとしても塀の内側から撮ったのだからどちらにしろ内部の人間ということになる。
唯一、写真撮影が路地を挟んだ反対側の塀の向こうだった場合は外部の人間が共犯となる余地が残されるが、調べてみてそれは無いと判明した。壁の向こうは現在工事中で、ストンと5mほど掘り下げられていたのだ。しかも鉄筋を埋め込む途中でとても立ち入れる状態ではない。向こう側からの撮影のセンは完全に消えた。
こうして考えを進めていくと、僕を罠にかけることが出来たのは寮に住む人間しか考えられない。七魅の使用人が確認したところ、寮母は昨日の昼頃には掃除を済ませ、外出して戻ってきていない。彼女は週末は実家の方に戻るらしく、次に寮に出てくるのは月曜の早朝らしいので容疑からは外して良いだろう。
つまり、昨日の午後7時、あの時間に寮にいた住人の生徒12人が容疑者に絞り込まれた。その12人の素性を書き連ねたリストは今朝七魅に貰ってあるので、ここに示しておこう。
・3年生
柚組 早坂英悧(はやさかえいり)……乗馬部・寮長
柊組 御廚 梓(みくりやあずさ)……薙刀部
柊組 初代 意(はつしろこころ)……弓道部
・2年生
椿組 杉浦 茜(すぎうらあかね)……ラクロス部
椿組 斉藤可憐(さいとうかれん)……ラクロス部
榊組 瀬川水月(せがわみつき)……水泳部
柚組 加賀谷実(かがやみのり)……陸上部
柚組 伊勢野美空(いせのみく)……体操部
・1年生
椿組 安田茉希(やすだまき)……ソフトボール部
柚組 桐生蒼子(きりゅうそうこ)……陸上部
柊組 玉城 環(たましろたまき)……剣道部
柊組 原田那祇(はらだなつみ)……弓道部
七魅達に言わせると早坂が犯人の可能性はまず無いとのことだが、答えはカメラを回収してみればわかる事だ。それでは潜入を開始しよう。
まずは状況設定だが……昨日折角ちょうど良い事件が起こったんだ、それを利用しよう。
僕の事は心配した寮母さんが派遣した寮の代理管理人という事にしよう。三繰はそのアシスタントの生徒だ。僕は寮母から今日寮でやるべき事を申しつかっているから、その指示や行動に対して不自然と感じることは無い。
三繰に対し領域支配(ドミネーション)の能力をさざなみ寮をターゲットとして発動する。よし、成功。
「じゃ、行ってくる。七魅は状況を見て留守になったところを見計らって捜索を開始して」
「わかりました。ご健闘を」
「OK」
七魅を乗せた車が見えなくなるまで見送ってから、僕と三繰はさざなみ寮の門をくぐった。石畳を抜け、「ごめんくださーい」と声をかけながら引き戸を開ける。
「誰か居ませんかー」
「はいはーい」
ぱたぱたとスリッパを響かせながら一番近くのドアからラフな格好の少女がやってきた。おそらく1年生の娘だろう。
「寮母さんに言われて来たんですけど」
「あ、代理の方と助手の方ですか?」
「そうです」
「いらっしゃいませ。お待ちしてました」
その娘が出してくれたスリッパを履き、右手再奥の食堂に案内される。そこでは数人の寮生がテレビを見ながらダベっていたようで、僕達に気が付くと立ち上がって挨拶をした。
案内してくれた娘はお互いの挨拶が住んだところで食堂の奥の扉を指さす。
「この奥が寮母さんの部屋です」
「あ、いいですよ。荷物だけここに置かせて貰えば。それより、早速だけど寮母さんから指示されたことをやって貰いたいんで、全員をここに集めてもらえるかな」
「はい。何か用意する物は有りますか?」
「説明するだけだから、そのままの格好でいいよ」
もう一度その少女は元気よく返事をすると皆を呼びに本館の方へ戻っていった。食堂にいた数人もテレビを消してテーブルの上を片づけ、きちんと椅子に座りなおした。
寮の全員が集まるのに5分もかからなかった。まだ8時前だというのに全員起きていたらしく、格好はマチマチだがしゃっきりした顔つきで食堂の空いている椅子につく。
最後に来た早坂が僕に一番近い席に座ると、最初の1年生が食堂の入り口の扉を閉めた。その辺は上下関係がしっかり出来ているという感じだ。
「おはようございます。寮母さんの代理の者です。今日は彼女に頼まれてみなさんに色々指示をすると思いますけど、よろしくお願いします」
体育会の人間らしく、全員が一斉に頭を下げて「よろしくお願いします」と返事をした。うむ、非常によろしい。
さて、まずは七魅に宣言したように、家宅捜索の際、衣類を畳みなおさないで良いように処置をしないといけない。
僕は皆を見渡し「最初の指示を伝えます」と声を大きくして宣言した。
「梅雨も終わり、気候も夏らしくなってきました。今朝の天気も快晴、せっかくなので今日は全員で洗濯日とします」
タンスの中に閉まってある衣類は全部、洗濯できる物は全て洗濯し、出来ない物も風通しの良い所に干して湿気を取る。どれだけ有るか分からないが、そのために一応大量の洗剤も買ってきてある。
「あの……全部ですか?」
「全部です。洗える物は全部、シャツもストッキングも下着もありとあらゆる物を洗濯して下さい。あ、もちろん……」
ここが重要なポイントだ。
「もちろん、今来ている服や下着も含めて全部です」
管理人の人がそう言った瞬間、えーっと驚きの叫びが上がった。かく言う1年生の原田那祇(はらだなつみ)もその1人で、最初は何の冗談かと思った。
全員を代表して早坂英悧が文句を言う。
「今日一日裸で過ごせって言うの? 買い物にも行けないじゃない」
そうだ。昼食は買い置きの軽いもので済ませるとしても、夕食は用意するか外食しないといけない。いくら寮の周辺ならどんな格好でも良いとしても、外に出るときは何か着ないと。
だが、管理人の人は笑いながら言う。
「大丈夫。こんなにいい天気ですから3時間もあればカラカラですよ。それになにも真っ裸でやれと言っているわけじゃない。みんな夏に向けて水着を持っていますよね? その中で、一番のヤツを……そうですね、特別な人に見せる時に使うような水着を着てやることにしましょう」
別に、特別な人がまだいない方はどんなのでもいいですけどね、と管理人の人は朗らかに笑う。それを聞いて那祇はああ良かったと胸を撫で下ろした。丁度先週、この夏に向けてちょっと大胆なのを購入したばっかりだったのだ。なんと都合の良いタイミングだろう。それを着ることにしよう。
他の全員もそれで納得したようだ。話は終わりと英悧が立ち上がり、その号令で全員が一斉に自分の部屋に着替えに向かった。
那祇も今日は1年生として大忙しになるだろうから、はしたないとは思いつつもシャツのボタンを緩めながら自分の部屋に急いだのだった。
寮に6台ある洗濯機はすぐに埋まってしまったため、安田茉希(やすだまき)達1年生は慣れないながら手洗濯に挑戦する羽目になった。衣類を部屋から放り出し、手当たり次第にタライに突っ込んでゴシゴシ洗う。大昔は洗濯機等も無かったから、1年生が並んで先輩のユニフォームを洗うのも珍しい光景では無かったらしい。その名残か、さざなみ寮の物置にはそういった道具が豊富に仕舞われていた。
しかし、まだ午前中とは言えもう7月間近のこの時期はちょっとした運動でも即座に暑くなる。茉希の顔にももう汗が浮かんできて、ふうと息をつきながら手で額を拭った。そこにバケツを持った管理人が通りかかる。
「暑そうだね」
「はい。けっこう大変ですね、手で洗うのは」
「悪いね、休みの日なのに」
「いえいえ、しょうがないですよ」
そう、寮母さんからの指示なら急に休みの日に洗濯作業が入っても仕方がないのだ。なにしろ私達は寮を借りている身分だ。ちょっとした予定等はキャンセルしてその指示に従うのは当然だろう。
「でも、ホントいい天気。これならすぐ乾きそう」
「ああ、そうだね。あ、そうだ。折角水着を着てるんだし、少し濡らしてやれば涼しくなるんじゃないかな」
「あ、それ名案です!」
「うん。じゃ、君は洗濯を続けててよ。僕が濡らしてあげるから」
管理人の人はバケツを置き、両手を水道にかざして手のひらを濡らした。
(そっか。水をかけたら床が濡れちゃうもんね)
茉希は一人納得して洗濯を再開した。両手を使って自分の下着をもみ洗いしていると、後ろに立った管理人の手が脇の下をスルリと潜って胸元までやってきた。
「じゃ、濡らすからね」
「……あっ」
その両手が胸の膨らみの上に置かれた瞬間、茉希は思わず声を上げていた。一瞬カーッと羞恥心が沸き起こるがすぐに霧散する。
(ただ手を使って水着を濡らすだけなのに……なんで変な感じがしたんだろ?)
良く水を浸透させるためか、胸に置かれた両手は膨らみをゆっくりと揉み上げる。茉希はできるだけ気にしないようにして手を動かし続けた。
茉希が今日選んだのは青のツーピースの水着だ。スレンダーで少し肩幅のある自分にはクールな青が良く似合っていると自賛している。その分バストのボリュームが若干不足気味なのが悩みのタネなのだが、管理人の掌にはピッタリと納まっていて、そこから伝わる体温がなぜか心地良い。
両手の動きが変化した。胸を搾るように掴み、人差し指でその先端を弾くように引っかき始めたのだ。
「あ……ん……」
口から自然と吐息が漏れる。胸の先端に熱が集まったようになり、ジンジンと痺れたような刺激を送ってくる。茉希はその感覚に流されそうになりながら、同時になぜ体温がだんだん高くなってきているのか訳が分からなかった。
「きょ、今日はやっぱり暑いですね。だんだん気温があがって来たみたい」
「うん。じゃ、下の方も濡らしておこうか」
そう言うと、背後の人物はすっと身を離して再度手を濡らす。それを何故か惜しむ気持ちが沸き上がり、茉希は理解不能のその感情を持て余した。
再び茉希の後ろに立った管理人はしゃがみ込むと、今度は水着のお尻の部分を濡らし始めた。先程の胸の時と同じく、両手で双丘を掴むとこねる様に動かし始める。持ち上げたり、寄せたり、逆に左右に引っ張ったり。
その手が場所を移動して、両脚の間に入り込むと茉希はもはや洗濯を続けることは出来なくなった。丹念に濡らすためか、股間の前部側から後ろの穴の位置まで指で布地を押し込むかのように動かしながら何度も往復する。
そこから上がってくる甘い刺激は茉希の脳裏にフラッシュを炊いたように何度も閃き、声を殺すのに精一杯でとても手を動かす余裕は無かった。
管理人の指先が敏感な所を弾いた瞬間、「あっ」とため息のような声を上げて茉希の意識は一瞬すうっと頭上に浮き上がった。カクンと膝が折れて倒れかかるのを管理人が抱き止めて支える。その胸に抱かれ、茉希は泡だらけの手を自然とその腕を押さえるように重ねていた。
「……大丈夫?」
「えっ……? あ!?」
自分の状況を確認し、慌ててしゃんと背を伸ばす。「す、すみません。なんだか目が眩んで」とシドロモドロに言い訳をした。管理人はそんな茉希を笑い顔で見つめている。頬にカーッと血が上るのを感じた。
「ほんと、ちょっと顔が赤いね。汗をかきすぎたんじゃないかな? 後でジュースを持ってきてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
管理人は「いやいや」と手を振ると茉希の隣の1年生に声をかけ始めた。それを、少し残念な思いで見つめる。
(それにしても……何だったんだろう?)
先程の不思議な感覚を思い出す。別に、おかしな事なんか何もしていなかったはずなのに突然意識が一瞬飛んでしまった。もしかして夏の大会へ向けた猛練習で疲れが溜まっているのかもしれない。
管理人はよほど念入りに股下の所をやってくれたのか、そこはぐっしょりと濡れていて、窓から吹き込む風が速やかに熱を奪っていく。だが、それは火照った肌にはとても心地の良いものと認識された。
(さて、がんばりますか!)
茉希は額にかかった髪を払いのけ、再び洗濯に没頭し始めたのだった。
御廚梓(みくりやあずさ)が洗濯物を干して1階に降りてくると、ばったりと管理人と出会った。
「あ、お疲れさま。洗濯は終わりですか?」
「ええ。でももう干すところが無くなってしまったのですけれど……」
「それなら大丈夫。今、寮長に頼んで物干し用に紐を用意するよう頼みましたから」
「あ、そうなんですか」
さすが寮母さんの代理人だ、と梓は思った。やる事がまるで先を読んだように的確である。
感心していると、管理人は「そうだ」と何か思いついた表情になった。
「今手空きですか?」
「ええ。何かお手伝いしましょうか?」
「助かります。いや、結構暑いのでみんなにジュースを用意しようと思いまして」
「良い考えだと思います」と賛同し、2人は並んで食堂へ向かった。先に立って梓が冷蔵庫を開けると、いくつかのジュースのペットボトルと見慣れない大きめの箱が真ん中にデンと置いてある。
「あら? 何かしら」
「どうかしましたか?」
と管理人も後ろから覗き込んでくる。そして「ああ」と納得した声を上げた。
「後でみんなでお茶と一緒にケーキを食べようと、入れておいたんですよ」
「まあ、ありがとうございます」
ホントに良くできた人だ、と再び感心した。
コップを人数分用意し、お盆に乗せる。ストローを箸入れの中から出して数えていると、管理人がじっとこちらを見つめていることに気がついた。
「なにか?」
「あの。せっかくですからエプロンを付けてもらっていいですか?」
「? ええ、いいですけど」
何が折角なのか分からないが、管理人の言うことだし意味が有るのだろう。梓は水着の上に調理場にあった黄色いエプロンをかぶった。その時、この寮の人間で最大サイズのバストがゆっさりと上下に揺れた。
「これでいいですか?」
後ろで紐を蝶々結びにしながら言うと、管理人は「いい……」と真顔で呟いた。
首を傾げながらジュースの準備を再開する。冷凍庫の氷はたっぷり有った。これならお代わりにも困ることは無いだろう。
寮の住人の好みを考えながらカルピスとオレンジジュースと午後の紅茶をコップに注ぎ、ふと梓は顔を上げた。
「あの、管理人さんは何を飲まれます? それにアシスタントの方は?」
「あ、み……助手の事はお構いなく。僕は、そうだな……」
管理人の目線がじっと梓の方を見つめる。
「ミルクがいいかな」
「牛乳ですか? あったかな?」
と冷蔵庫を覗こうとしたところを「いやいや」と止められた。
「僕は、梓さんのミルクが飲みたいのですよ」
「えっ!?」
「無理にとは言わないけど、頼めませんか?」
その言葉に思案する。管理人の頼みだし、おっぱいを飲みたいと言うのなら飲ませてあげるのが当たり前だろう。だが、梓は学生で、未婚で、当然子供もいない。というか子供の出来るような行為もした事が無い。出せと言われても出るはずがないのだ。
「あの、申し訳ないのですが、私まだおっぱいは出ないと思うんです」
「まあ、そうですね。でも、物は試しですしちょっと吸ってみても良いですか?」
余りに無碍に断るのも忍びない。それに、本当に物は試しだし、案外吸えば出るものかもしれないと、管理人に言われて梓はそんな気分になってきた。
「じゃあ、いいですよ。でも、出なかったらごめんなさい」
「全然気にしないで下さい。喉もそれほど乾いてないし、ちょっと口寂しいだけですから」
「わかりました」
そう言ってもらうとやや気が楽になる。梓は首の後ろの紐を解いてエプロンをはだけ、さらに水着をたくし上げた。ボリュームのある膨らみがぷるんとまろび出る。
「私、左の方が少し大きいみたいなんで、こっちをどうぞ」
「どうもどうも、戴きます」
管理人はニコニコ笑いながら梓に近づくと、腰を屈めて露わになった胸部に顔を寄せた。吐息がかかってくすぐったさに身を捩りそうになるのを我慢する。
管理人は胸の先端を唇に含むと、最初はゆっくりと静かにそこを吸い始めた。とたんにそこに火がついたように熱くなり、まるで全神経がそこに向いてしまったかのように意識が集中する。舌があめ玉のようにそこを転がし、時折歯の先が掠めてジンとした刺激を与えてくる。梓は自分のそこが堅く尖り始めた事を目で見なくとも感じた。
「ああ……」
ため息のように声が漏れる。日焼けのない肌は上気し、じっとりと汗をかき始めた。胸に抱えた人物に自分の体臭を嗅ぎ取られないかと心配し、さらに頬を染めた。
動揺と、そして管理人の唇からもたらされる感覚に膝が笑い始めた頃、ようやくその人物は口を離した。唇と胸の先端につうっと糸が架かる。外気に触れたそこは冷水に晒されたかのように冷やされ、梓はその部分が自分でもびっくりするくらい熱くなっていることを思い知った。
「いや、ごちそうさま。おいしかったです」
「え? あの……おっぱい、出ましたか?」
ぼうっとしながら聞き返す。まさか、という気持ちと、でもそうだったらいいなという気持ちが半々くらいだった。
「残念ながら」
「やっぱり……」
梓はがっかりして肩を落とした。しかし管理人は元気付けるように肩に手を置いた。
「でも、なんだか甘い感じはしましたし、それに甘い良い匂いもしました。きっと梓さんの優しさが僕に伝わったんだと思います」
その言葉に梓はぽっと顔を赤らめた。「そんな、私なんか……」とごにょごにょもじもじと指の先を絡ませ、そして俯いてしまう。そして、周囲から言われるようにこんなに立派な物を持ちながら目の前の人物に母乳を飲ませてあげられない事実に、少し悲しくなった。
「あ、あの……いつか」
「え?」
「いつか、おっぱいが出るようになったら、その時は……」
精一杯の勇気を振り絞って告白する。管理人は最初、驚いたように目を見開いたが、やがて優しく微笑んだ。
「ええ。その時は一番に飲ませて下さいね」
「はい……!」
天にも昇る気持ちで梓は笑顔を浮かべた。そして、管理人に促されて2人はまるで新婚夫婦のように協力してみんなのジュースを用意したのだった。
伊勢野美空(いせのみく)は体操部である。発表会の時はレオタードを身にまとって演技を行うことになるが、本人は実のところかなりの引っ込み思案で、とてもじゃないがおへその出る様な水着を買う勇気など無かった。だが、このままではいつまで経っても浮いた話一つ発生しないと心配された友人に、ついこの間強引にセパレートタイプの水着を購入させられてしまった。
それは南国風の大きな花の模様がプリントされた水着で、胸の間が大きく開いてる代わりに布を結んだように見えるアクセントがしつらえてあった。また、ボトムの方もそれなりに生地が少なかったが、こちらはパレオを巻くことで大事なところは2重に隠され、美空を安心させた。しかし、彼女の友人はそのパレオこそが不埒な男共の視線をチラリズムという魔力で引き寄せる魔法のアイテムであるという事を、知っていながら敢えて説明はしないでおいた。もちろん、彼女は美空ならそんな小細工をしないでも、十分ビーチの視線を独り占めできる素材である事も承知していた。
そんな訳で、管理人から「特別な水着」と言われた時、美空は遂にあの水着を着る時が来てしまったのだと憂鬱な気分になった。だが、指示には従わなければならない。美空はおへそが丸出しの落ち着かない姿で、出来るだけ目立たないようにコソコソしていた。
そんな姿がさぼっているように見えたのだろう。寮長の早坂英悧は美空を捕まえると臨時の物干しとしての洗濯ロープの張り合わせを手伝うよう申しつけた。
慣れない作業を脚立の上で手を一杯に伸ばして行う。管理人代理が飲み物を乗せたお盆を手に美空のもとにやって来たのは、そんな時であった。
「お疲れさま~。あ、いいね、これ位有ればみんな干せそうだね」
「お、お疲れさまです」
手を伸ばしているため、上擦った声で答える。今は下を振り向いている余裕も無い。
「ジュース、ここに置いておくね。一段落したら寮長も飲んでよ」
「あんたも手伝いなさいよ」
「いいよ。何をしようか?」
「私はいいから、美空を支えてやって」
英悧は手慣れた手つきで柱の出っ張りに紐を結びつけていく。対して、美空はどう結びつけようかと試行錯誤を繰り返しているという案配であった。作業も英悧に比べて美空の側の端が随分遅れているようである。
管理人も見かねたのか「ちょっと代わって」と美空を降ろして脚立に登った。
「ここはね、いきなり結び目を作るんじゃなくて、一回引っかけたロープをもう一回柱に回して、それから結べば緩まないで結べるんだよ」
そう言いながら素早く結び目を作ると、余った部分をくるくると巻き付けて綺麗にまとめてしまった。他の美空の作った結び目に比べ紐の端がブランとしてない分、随分見た目が良くなっている。
「あ、す、すごい! 何でそんなに上手いんですか!?」
「え? いや、一人暮らしも長かったし、これくらいなら誰でも……」
そう言いながら管理人も褒められてまんざらでもなさそうだ。
やり方を教えてくれるという管理人の勧めに従い、もう一度脚立に登る。
「そうそう、そこでギュッと引っ張って、元の方に引っかける。うん、いいよいいよ」
「ギュッと引っ張って……引っかけて……」
言葉を口の中で繰り返しながら指示通りに結んでいく。もともと不器用な方では無かったし、やり方を覚えればすぐであった。
「できました! どうですか?」
「うん、張りもピンとしてるし、十分じゃないかな。じゃ、次行ってみようか」
「はい!」
脚立を移動し、紐の端を持っていそいそと次の場所に登る。管理人に喜ばれるとなんだか無性に嬉しく、もっと褒めて貰いたくて美空は急いだ。
「そこ、床が傾いてるね。危ないから押さえててあげるから、気にしないで続けてね」
「あ、お願いします」
管理人の手は何故か腰のあたりをごそごそしていたが、結び目を作るのに集中していた美空は気にならなかった。
「……できました!」
「ん? 早いね、だんだん上手くなってきたんじゃない?」
「ええ、管理人さんのおかげです」
脚立を支えてくれている人物に笑いかけ、そして喜び勇んで降りようとする。その瞬間、腰のあたりが前触れもなくぐいっと引っ張られた。
「きゃ!?」
「おっと」
体勢が崩れかけたが、管理人はまるで予期していたかのように美空を抱き止めた。そして「大丈夫?」ともう一度彼女を脚立の上に立たせる。
「は、はい……」
心臓が発表会の時のようにドキドキといっている。それが危うく怪我を免れたからか、それとも管理人に抱きしめられたからかははっきりしなかった。
管理人は美空の背中に手を回したまま、お尻の方を覗き込むと「ああ、これは……」と笑いを含んだ声を出した。美空がその視線を追っていくと、何故か柱から延びた紐が水着の腰の部分に結ばれていた。先ほどのは、この紐が美空を引っ張った犯人だったのだろう。水着がそちら側に少しずり下がってパレオの隙間からお尻がチラリと見えていた。
「え? なんで……?」
「まあ、こういうことも良くあるんだよ。だからロープを結んだときは、その端っこを巻いて事故が起こらないようにするんだよね」
「そうなんですか……」
一瞬、その巻き止めなかった紐の先端が自分の水着に結ばれる不条理に理不尽な思いをしながら、でも、こういうこともあるからちゃんとするんだよね、とあっさりと納得してしまう。
「待ってて、いま解いてあげるから」
「あ、はい……」
管理人が問題の結び目に手をかける。だが、少しの間いじくり回すと手を離してしまった。
「だめだ、転びかけたときに食い込んじゃったみたい。一旦脱がないと解けそうにないよ」
「えぇー? ハサミで切るとか……」
「切ってしまうとそこはもう捨てるしかなくなっちゃうからね。できるだけ解けるなら解いた方が良いんだ」
美空は泣きそうになった。人前で下半身だけとはいえ裸を晒すなんて、恥ずかしさで死んでしまうと思った。しかし、そんな葛藤を管理人は笑って流す。
「大丈夫。パレオがあるから、他の人には中は見えないよ」
その一言で美空は救われた。そうだ、今こそパレオ付きの水着を選んでくれた親友に感謝しないと。
「そ、そうですね。パレオがあれば見えないですよね」
「うん、大丈夫。じゃ、脱がしてあげるね」
「あ、はい」
脱げかけのパンツをするすると降ろしていく。気温は30度近くあるはずだが、水着の中で蒸れていたのかヒヤリと涼しくなった。
「ほら、足あげて」
「は、はい……」
ちらりと管理人が目線を上げたのを見て、美空はパレオの前後を押さえながらそおっと左右の足を抜いた。
(大丈夫、見えてない、見えてない……)
その時、向こうから英悧が未来たちの方へ向かって近寄って来た。とっさに脚立を駈け降り、その際お尻側の布がヒラリと捲れかけたのを手で押さえる。
「まだ終わらないの?」
「もう少しです。ここは2人で出来るから、寮長は休憩してきたら?」
管理人の言葉に英悧は紐の具合を確認しながら「そうさせてもらうわ」と言い、ジュースを持って歩いていった。ほっと息をつく美空。
「ほらね。気が付かなかったでしょ」
「はい。見えてないみたいですね」
「じゃ、氷も溶けちゃうからさっさと続きをしようか」
「はい」
管理人は「教えたとおりにやってごらん」と脚立を移動させた。促されるまま、だらんと片方だけ留められた紐の端を持ってそこに登る。
「おっと、さっきみたいなことにならないように腰を押さえてあげよう」
「あっ! そうですね、お願いします」
また紐が絡まったら今度はパレオが取れてしまう。それは大いに困るので美空は一にも二にもなく賛成した。管理人はしっかり見張る意味合いもあるのか膝を軽く曲げて美空の股間と目線の高さを同じにし、そしてちょうどその高さでお尻の辺りを左右からしっかりと押さえた。
「どう、ぐらつかないかな?」
「あ、いいみたいです」
管理人の顔がお尻に近すぎる気がするが、それだけ真剣だということだろう。支えてくれる手も、腰と言うよりなんだかお尻を掴んでいるみたいだけど下からだからしょうがないし。
左右の親指がちょうどお尻のお肉を左右に割り開くように引っ張っているが、これもしっかり持っていてくれる証拠に思える。もし、パレオがなければお尻の穴のあたりが大きく引き延ばされて目の前で見られていることになるけど……パレオが隠してくれているから大丈夫、見えていない。
紐を結ぶ間、管理人の手が何度か移動して左右に引っ張る指が斜めになったり、縦になったり、手の指全部でかき分けるようになったりしたけれど、美空は「中腰の姿勢だし、押さえるのが大変なんだろうなぁ」と紐をくくる作業を急ぐのだった。
「……はい、これで終わりです」
「お疲れさま」
最後の一本を結び終え、美空は脚立から降りた。何だかんだで結構時間がかかってしまったようで、ジュースの氷は半分以上溶けてしまっていた。
「ああ、氷がもう無いね。代わりのを持ってくるから休んでてくれるかな」
そういいながら、管理人は最初の紐のところに行き、いとも簡単に美空のパンツを外して見せた。
「はい、取れたよ」
「あ、ありがとうございます。手伝っていただいて、本当に助かりました」
「いいよ。良い事もあったしね」
そう言うと、管理人はくるりと後ろを向く。その紳士的な態度に感激しながら、美空は急いで水着に足を通した。
(……? あれ?)
違和感を感じたが、管理人を余り待たせるわけにはいかない。そのまま上まであげて、「もういいですよ」と声をかけた。
「うん。じゃ、僕は他の人のところを見てくるから」
「はい。また後で」
美空はぺこりとお辞儀をし、管理人はそれに微笑み返すと歩き去っていった。
その姿を見送った後、周囲に誰もいないのを確認して美空はパレオをたくし上げ、さらにパンツの前部を手で引っ張ってその中に視線をやった。
(やっぱり……)
いつの間にか大量の汗をかいたのか、そこにある茂みは透明な液体でびっしょりと濡れていて、さらにそれは太股の内側を伝って膝のあたりまで垂れ落ちていた。
美空は何故ここだけ局地的に汗をかいたのかの理由に思い当たらず、首を傾げたのだった。
洗濯作業もほぼ終わり、僕達は休憩がてらお茶にすることにした。中庭に物置から出してきたテーブルと椅子を並べ、その上にテーブルクロスを敷いて買ってきたケーキとお茶をセットする。そこに、水着姿の女の子達が三々五々に座っておしゃべりに精を出した。
最初の目的である衣類の処置はほぼ完了したと言って良いだろう。後ほど捜索が終わった頃を見計らって洗濯物を取り込めば、少女達は自分で捜索の痕跡を消してしまうはずだ。
2つ目の仕事は、寮のみんなを20分間、寮の外に出すことだ。ブラックデザイアの効果範囲は寮の周囲の道路くらいまでだから、ここにみんなを呼び出さないといけない。もちろん、その為の計画もちゃんと用意してある。
僕は彼女達とお茶を飲みながら、時期を見計らっていた。用意したジュースもお茶もほぼ消費され、時間も大分経過した。そろそろ頃合いか。
何気ない素振りで3年生達の会話に相づちを打っていた僕は、シナリオを次の段階に進めるためにさりげなく切り出した。
「……そういえば、昨日何かここで騒ぎがあったと聞いたけど」
「ああ! そうなんです。昨日お風呂で覗きがあったんですよ!」
と、元気に頷く初代意(はつしろこころ)。
思った通り、その話題になった。僕は予定通りに驚いた表情を作りながら話を進める。
「それは物騒だね。犯人は捕まったの?」
「いいえ。すぐ逃げちゃったんで誰も見てないみたいなんです」
「ふ~ん。なんだか危ないなぁ、ここは女の子だけなんでしょ?」
「そうなんですよねぇ」
僕は早坂の方に向き直り、提案する。
「寮長、管理人としての提案なんだけど、防犯の為にみんなにやって欲しい事があるんだ」
「何をするつもり? あんまり危ないことはさせられないわよ」
「防犯って言ったでしょ。別に犯人を撃退するんじゃなくて、寄せ付けないように予防しようっていうのさ」
ここから先は説明を兼ねてみんなに言った方が良いな。声をかけて全員を僕達のテーブルの周囲に集まらせる。
「ほら、良く空き地なんかにあるでしょう。『ここは私有地です。許可無く駐車したら罰金10万円』とか」
「立て札でも立てようっていうのかしら?」
「いや、もっと効果的なものだよ。要するに侵入者に心理的にここは入っちゃいけない所なんだと認識させればいいんだから」
僕の説明にみんな聞き入っている。早坂だけは半信半疑といった顔つきだが、それは寮長としての責任感がそうさせているのかな。結局は僕の指示に従う事になるのだけれど。
「じゃあ、何をしようっていうの」
「マーキング」
全員の顔が「マーキング?」とハテナを浮かべた。あ、何人かは何の事か分かったのかポカンとした顔つきに変化する。
「ほら、犬を散歩させるとやるでしょ。動物だって自分の縄張りには敏感で、必死に毎日マーキングして領地を他の奴に取られないようにする。これは不埒な侵入者を追っ払うためにとても重要な行為なんだ」
「……言われてみればその通りね。今まで考えたことも無かったわ」
「でしょう? だから簡単に族の侵入を許しちゃうんだよ。今日は徹底的に、寮の周囲一周ぐるっとみんなでマーキングしちゃおうよ」
「わかったわ。みんなそれでいい?」
寮長の了解はすなわち住人全員の了解ということなのだろう。誰も反論しない。
それでは、と僕は三繰を呼び寄せバッグから重要アイテムを取り出した。袋に入ったままのそれを1年生達に渡す。
「じゃ、これをみんなに配ってくれる?」
「これは……?」
僕は一つ袋を破って中身を見せてやった。革製のベルトが出てくるが、人間の腰に巻くにはどう見ても短すぎ、またベルトの留め金の辺りから長い紐が伸びていた。
「首輪だよ。ほら、犬ならマーキングは散歩中にするでしょ? 僕らも寮の周りを散歩しながらやるんだから、きちんと首輪を着けないとね。あ、これは君に着けてあげるね」
そう言いながら、今出したばかりの首輪を1年生の娘の首に大分ゆるゆるに填めてあげた。
「うん、似合ってるよ。みんなも苦しくないように、指が簡単に入るくらい隙間を作って着けてね」
「あ、ありがとうございます」
女の子達は納得がいったのか、お互いに配られた首輪を着けあった。早坂は自分の手にある紐をしげしげと見つめて首を傾げた。
「この紐は誰が持つの?」
「もちろん管理人の僕だよ。あ、でもさすがに12人全員持ったらごっちゃになるから今は自分で持っててね。マーキングの際にはきちんとリードしてあげるからさ」
首輪付きの女の子12人を見渡し、僕は唇の端を歪めて満足げに頷いたのだった。
6.
さざなみ寮前に奇妙な光景が広がっていた。水着の女の子12人が真っ昼間の道路にぞろぞろと現れたのだ。閑静な住宅街とは言え、道を行く数名はぎょっとした顔で彼女らの方を振り向く。だが、その全員の首にベルトのような存在を見つけると、納得したように頷いて再び自分の目的地の方へ歩き始めた。もちろん、彼らは防犯のためにマーキングを行うことも、それ目的の散歩なら首輪をする事も承知済みであった。だから、それをリードするために少年が一人の少女の首輪から伸びる紐を引いていても、何の違和感も感じなかったのである。
全員がサンダルを履いて門の外に出たのを確認すると、管理人が最初にリードしたのは1年生の桐生蒼子(きりゅうそうこ)の紐であった。たまたま、恐らく一番右に立っていた蒼子が選ばれたのだろう。
首から伸びるリード紐を引かれて――といっても管理人は紐の途中を自分で持つように言ったので、実際には蒼子の手の紐を引っ張っている形である――彼女は門のすぐ横にある街路樹の前まで連れて行かれた。そこが最初のマーキングポイントらしい。
「じゃあ、最初の君の担当はこの木ね」
「はいっ」
蒼子は若干緊張気味に答えた。マーキングなんて初めての経験だ。上手くできるか心配だったが、見よう見まねでやるしかない。
(えっと……)
とりあえず、マーキングするためには下を脱ぐ必要が有るだろう。管理人やみんな、時々通りがかる人もいるけど別にこれはただのマーキング行為なのだ。何も恥ずかしがる事は無い。蒼子は躊躇わずに水着のボトムをずり降ろした。膝まで降ろし、そしてすぐさま木の前でしゃがみ込む。その瞬間、首輪が軽く後ろに引かれ、蒼子は「きゃっ」と尻餅を付いた。
「だめだめ。それじゃ誤解させちゃうでしょ」
「?」
不満げに紐を引いた管理人を見上げる蒼子。ほんとに軽く引かれただけだが、それでも一瞬息がつまった。
だが、管理人は優しく諭すように蒼子を見下ろしながら説明した。
「今の、他の人が見たら蒼子ちゃんがおしっこしようとしてるみたいに見られちゃうよ? マーキングとおしっこは違うんだから、ちゃんとやらないと誤解されるからね」
「あ……!」
蒼子の頬がみるみる赤くなった。そう、マーキングの匂い付けと放尿は別の行為なのだから、それらしく見えないと恥ずかしい思いをするのは自分だ。あわててパンツを全て下ろして足を抜く。
「汚れないように持っててあげる」
「あ、お願いします」
下半身を制限する物が何もなくなったところで、蒼子は手を付いて四つん這いになった。後ろから見たら大事な所が丸見えだが、これはマーキングなのだから恥ずかしくはない。更に片足を浮かせようとしたところで管理人は「待った」をかけた。
「女の子は飛び方がちょっと違うからね。こっちに移動して」
紐を引かれるまま、四つん這いで管理人について歩く。そして指示通り、街路樹が蒼子の右後ろ、時計でいう5時方向になるように角度を調整した。ちなみに彼女のお尻はほぼ道路側に向くことになり、管理人達や通行人に余すことなく晒されている。
「うん、それくらいでいいんじゃないかな」
「は、はい」
なんでそんな、女の子の事を知っているのかと一瞬疑問が湧いたが、女子寮の管理人なのだし当然の事だとすぐに思い直した。
管理人に促され、蒼子は木の方の足をゆっくりと持ち上げた。体操の時のようにピンと筋を伸ばす動きではなく、がに股気味に股の間を事更に突き出すような動きである。確かに犬はその様な動きをしていた事を思い出し、そのイメージをトレースするように脚を高々と上げた。
「うまいうまい」
管理人の言葉に顎を引いて後ろを覗き見ると、自分の股の間からひっくり返った風景と管理人、寮のみんな、そして時折ちらっとこっちを見ながら通り過ぎて行く通行人が見えた。そっちから見たら全部見えてるんだろうな、と漠然と思ったがそれ以上の感慨は湧かなかった。
「え~と、出しても良いですか?」
蒼子は一応お伺いを立ててみた。出してる途中に首輪を引っ張られたらきっと辺りを汚してしまう。それに途中で止めろと言われてもそう止まるものではないから、移動中に漏らしっぱなしになるのも嫌だった。
「いいよ」
管理人が頷くのを見て、蒼子は下腹部に力を入れた。すぐに股間部が熱くなり、しぶきをあげて水流がそこからほとばしるのが視界に入った。自分でも気付かない内に結構貯まっていたらしい。
管理人はそれを興味深そうに見つめていたが、すぐに思い立って立ち上がると皆を蒼子の周りに呼び集めた。
「マーキングってのは匂い付けだからね。みんなも蒼子ちゃんの匂いを嗅いでおいた方が良いよ」
そう言うと、蒼子の真後ろを空けてみんなを近づけさせた。全員、代わり番こに木に鼻を近づけて蒼子のマーキングを嗅ぎ取ろうとする。蒼子自身はまだ出し続けていたから、動くこともできずに頬を赤らめながらその様子を見守る事しかできなかった。
「あまり良くわからないわね」
英悧は何度か嗅いでみたが、犬のように臭覚が優れてるわけでもないので正直他の人間のと嗅ぎ比べる事ができるか自信がなさそうだった。それを聞き、管理人は「じゃあ直接嗅いでみるといいよ」と蒼子の方へ向き直る。ちょうど蒼子の方も出し終わり、ポタポタと残滓を垂らすのみとなっていた。
「土や樹の匂いもあるからね。蒼子ちゃん、もう少しそのままでいてね」
「は、はい」
「もう少しだからね」
「大丈夫です」
再び代わり番こで、今度は直接蒼子の股間の匂いを全員で嗅いだ。蒼子の出したもので股間とそこから水流の垂れた内腿は濡れていたが、マーキングによるものであるのだから汚くは無い。女の子達がお互い手を付き四つん這いになり、お尻の付近の匂いを嗅いでいる姿はまさしく犬同士のコミュニケーションを想起させた。そんな姿を管理人は笑みを浮かべて見つめている。
全員が確認を終わり、蒼子はようやく立ち上がる事が許されたが管理人は水着の下を返してくれなかった。「今は脚のところが濡れているから、後で洗ってから返すね」と言われ、その通りだと納得する。
次にリードを引かれたのはラクロス部2年の斉藤可憐(さいとうかれん)だったが、彼女はワンピースの水着だったため管理人に言われて水着を全て脱いでマーキングをする事になった。
四つん這いになり、蒼子と同じく首紐を引っ張られながら位置を変える度に弾力のある胸が揺れている。位置が決まり、可憐が脚を上げると蒼子の位置から可憐のお尻の穴から股間の割れ目まで全てくっきりと確認できるのがわかった。
その姿を自分に重ねた時、股の間から新しい雫が太股に流れ落ちていったのだが、蒼子は可憐のマーキングの鑑賞に集中していたため気に留める事はなかった。
電柱や街路樹等のマーキングポイントを順調に消化し、女の子のほぼ半分が終わったところで寮を半周して裏門まで来た。ここまででもう20分経っているから、もし僕らが正面にいた時に裏から入ったとしたら、そろそろ捜索も完了している頃になる。少し、巻きを入れた方が良いかもしれない。
「昨日の覗き、脱衣所から北に逃げたんだよね?」
僕がそう訪ねると、近くにいた早坂が頷いた。
「そうね。でも裏門は普段鍵を閉めてるからここから入られた訳じゃないわよ」
「でも、防犯の重要ポイントであることは変わらないよね」
その意見には同意のようで、早坂は素直に肯定した。
「でも、それが何かあるの?」
「うん。この扉の付近、マーキングを重点的にする必要があるなって思ったからさ」
女の子達を見渡すと、下までちゃんと履いているのは早坂たち3年生3人を含めた6人だった。他の子は下半身はサンダルだけか、あるいはサンダルと首輪だけの全裸である。もちろん、彼女達の水着はこの僕が預かっているのだ。
「じゃあ、ここは一番防犯効果の高い3年生3人に重点的にマーキングしてもらおうかな」
「えぇ? 3人も必要なの?」
「多分ね、ほら、こっちに来なよ」
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
僕が早坂の首輪の紐を引っ張ると、文句を言いながらも裏門の前に立った。他の2人の3年生である御廚梓(みくりやあずさ)と初代意(はつしろこころ)も呼んで、その隣に並ばせる。
「しょうがないわね……」
早坂は僕に指示されるのが不満なのか、不承不承という感じで下の水着を脱ぎ捨てた。羞恥を感じていないのか、下半身丸裸というのに堂々とした立ち姿で、髪と同じ金色の茂みがやけに眩しい。残りの2人も脱ぎ、準備が整った。
3人に指示を出し、四つん這いにさせて片脚を上げさせる。角度の調整が良かったので、少女達の股間が僕の前できれいに整列する。先頭の早坂の秘裂から最後尾の梓のお尻の穴までがほぼ等間隔で直線で並び、僕は何だか笑ってしまいそうになった。
「笑ってないで、これで方向は本当にいいの!?」
早坂が自分の股間越しに僕を睨みつけている。もっとも、そんな格好では全然怖くないけど。
「ああ、いいんじゃないかな」
「そう、じゃあ出すわよ」
そう言うと、早坂はすました顔で放尿を始めた。それに続き、後ろの2人も相次いでちょろちょろと出し始める。
その光景は正に絶景と言えるものだ。飛び散った飛沫が夏の日差しに反射して光輝いて見える。この光景を僕は一生忘れないだろうな。それはもう、いやらしさとは別次元の「この世の物とは思えない」素晴らしい幻想光景だ。もし僕がこの世界の神となったなら、世界中の公園にある小便小僧を全て彼女達小便犬少女の像に置き換えるんだけどなぁ。
洗濯中に僕が勧めた大量のジュースのお陰で彼女達の膀胱にはかなりのおしっこが貯まっていたようだ。特に早坂は一番最初に出し始めたくせに最後までちょろちょろ出し続けて、お終いに馬のように身体をブルッとさせて終了した。
「これでいいわね?」
と早坂が立ち上がろうとするのを、僕は押し止めた。
「なに? もう終わったわよ?」
「いや、寮長はみんなの一番上なんだからさ、ちゃんとみんなに匂いを覚えてもらわないとだめでしょ、ほら、こっち」
「あぅ!」
僕は早坂の紐を引っ張ってお尻をみんなの方に向けさせ、まだおしっこに濡れたままの股間を良く見えるようにした。みんなも心得たもので、おずおずと四つん這いで近づくと早坂のお尻に埋まりそうなほど鼻を寄せてフンフンと匂いを嗅ぐ。
「ぅう~!」
鼻息が当たるのがくすぐったいのか、早坂はぷるぷると震えながら顔を赤くして堪えている。後ろから覗くと、息がかかる度にお尻の穴がキュっと窄まるのが良く見えた。
最後の1人が離れたところで紐をクイッと引っ張って教えてやる。早坂は息も絶え絶えに「もう終わり……」と顔を上げ、よろよろと立ち上がった。もしかすると、相当なくすぐったがり屋なのかもしれない。
そんなこんなで、結局1周して正門まで戻ってきたときにはすでに開始してから30分を過ぎていた。一応念のためわざとらしく時計を見ながら「わあ、結構かかったけどようやく戻ってこれたなあ!」と叫んだから、七魅にも意図は伝わった事だろう。
「ねぇ、ところでいつ水着は返してくれるのよ?」
「あん?」
振り返ると、早坂が僕の方を睨んでいた。そこには12人の下半身裸の少女達……。小水を拭うことができないまま歩いてきたため、かなり心地悪そうにしている。
「ああ、それなら気にしないで」
「気にするわよ!」
「なら、このままお風呂に入ればいい。助手が用意してくれてるよ」
「あらそう? 気が利くのね」
早坂は少し機嫌が良くなったようだ。みんなもこのままお風呂にはいるのは異論が無い。僕はそれを見て更に指示を追加した。
「ああ、でも昨日の今日だから、一応僕も一緒に中で警戒のために見張るから安心していいよ」
早坂はさも当然のように「わかったわ」と了承した。僕はサンダルを脱いで寮の中に入っていく女の子達のお尻を見ながらまたまたニヤリと笑い顔になったのだった。
7.
良い風呂というのはそれだけで開放的な気分になり、心を洗わせる効果があるらしい。さざなみ寮の風呂場は噂通りの広さで、僕と三繰を含めて14人がいっぺんに入ってもまだまだ余裕綽々という雰囲気であった。
「風呂っていいねぇ。日本人の心の古里だねぇ」
「……あんた、意外と渋い趣味なのね」
そう言いながら、何故か早坂は僕の側にやってくると並んで湯に浸かった。言葉ではそう言っていたくせに自分も満更でもなさそうにうつ伏せで浴槽の縁に手と顎を乗せている。髪は解かれ、長い金糸のようなそれが白い背中を覆うように湯に漂っていた。
僕が髪の流れを目で追うと、「何?」とジト目でこちらを向く。その時、お湯に浸かっている彼女の胸元に自然に目が吸い寄せられた。
「いやあ……いい風呂だねぇ……」
言葉が続かない。女の子の裸を見るのは慣れきっている筈なのに、僕の方も裸になっているとやっぱり照れてしまう。服を脱ぐと心も衣を脱いでしまうのだろうか。
他の何人かの女の子はお喋りをしながら体や髪を洗い、何人かは僕たちと同じ様に湯船でのんびりしている。湯船の一方はスリガラスの窓と隣接していて、そちら側の縁に座って脚だけ浸けた状態で話し込んでいる娘達もいた。
全員、小さな手拭いを持ち込んでいる以外は全て裸だ。湯に当てられ上気した頬や肌、肌に絡みつく彼女たちの髪、そして玉となってなだらかな曲面を辿る水滴は何とも艶めかしい彩りとなっている。まるで極楽浄土を体現するかの様な光景だ。
ふと早坂が身体をこちらに向けた。同学年の梓のように大きくはないが程良いサイズのバストが水面に浮かび、その頂点の色づいたところが光の反射を透かして見て取れた。
「ここも大したものだけど、正星館の大浴場はもっと凄いのよ」
「……しょうせいかんって?」
「もう1つの星漣の寮の事よ。西洋風の屋敷になっていて、大浴場は動物の彫刻からお湯が流れ落ちるようになっているわ」
「へえー、そうなんだ」
これはいつか、そっちにも行ってみなければなるまい。その為には契約者をもう少し増やす必要があるな。
「早坂さんはそっちで暮らしたことはあるの?」
「ないわね。最初の紹介の時に見ただけ」
「意外だな。イメージとしてはそっちのお屋敷の方が早坂さんっぽいんだけど。っていうか、むしろ寮暮らしであること自体イメージじゃないな」
「私ってどんなイメージなのよ」
「毎朝執事に起こされて、『お嬢様、朝食の準備ができております』って言われている感じ」
「ぷっ」
僕の物真似がよほどおかしかったのか早坂は吹き出した。
「でも、否定はできないわね」
「じゃ、実家では本当にそうだったの?」
「当たり。我ながら随分と世間知らずな箱入り娘だったわ」
なんだか懐かしそうに言う。そんな筋金入りのお嬢様がなんでこんな自給自足の寮に入ったんだろう?
「最初は苦労したんじゃない?」
「そうね。洗濯用洗剤の存在を知らなかったくらいだったし、先輩方には随分苦労をかけました」
「どうしてそんな苦労してまで寮に入ったの? 家が遠くて朝練がきつかったとか?」
「まさか。もっと遠くから電車で通ってくる娘もいるのに、多少早いくらいで文句なんか言ってられないわ」
「じゃあね……あぁ、もしかして親と喧嘩したからとか?」
僕は少しおどけて言った。もちろんすぐに否定されると思って言ったのだが、意外にも早坂は肯定も否定もせず、神妙な表情をしていた。
「……そうね、少し親と距離を置いて、自分の価値を確認したかったのかも」
「おやおや、なんだただの反抗期か」
「そう言われても仕方がないか。渚にも全く同じ事言われたわ」
「春原が? ふーん……」
早坂が名前で呼ぶと言うことは、2人はそれなりに親しい間柄なのかもしれない。同じ体育会系だし、もしかしたらクラスが一緒だった事があったのかも。
「ちなみに、親と離れて何か変わったかい?」
「さぁ? もともといないようなものだったし、家の習い事が減った分、寮生活の為に時間を使うようになっただけだったしね」
「ふ~ん。それじゃああんまり外で良いことは無かったんだね」
「そうでも無かったわ。家の外でも、自分が変わらないままでいられるって事に気づくことが出来たのだから」
早坂の口調は少し誇らしげであった。しかし、僕は何のこっちゃと首を傾げざるを得なかった。環境が変わったくらいで早々人柄が変わるわけが無いじゃないか。
「家を出るったって、別に勘当された訳でも有るまいし。そうそう人が変わるもんじゃないでしょ」
「それくらいの気分だったって事よ。単に生活する場所が変わるだけじゃなく、全ての基盤が家から私自身に変わるのだもの」
「そんなの、おかしいでしょ。一人暮らしする人間全員がそんな『世界は自分だけだぁ』なんて辛い思いで生きてる訳ないよ」
「あなたには馬鹿みたいに思われるかもしれないけれど、それまでの私は『家』と『私』が切り離すことが出来るとは考えなかったし、そんな可能性が有るなんて事に気付きもしなかったの」
「はぁ、筋金入りの箱入りお嬢だったんだねぇ」
「そうなんだってば」
正直、その時の早坂の戸惑いは僕には全く理解できない。親を見限って早々に一人暮らしを始めた僕と、そのまま嫁入りするまでエスコートしてくれる温室を飛び出した早坂とでは所詮価値観が根底から違うのだ。
「それで、あんたはどうなの?」
「あ? 僕?」
「私にばっかり話させないで、少しは自分の事も教えなさい」
そうやって不満そうに唇を尖らせてる分には、普通のかわいい女の子みたいに見えるんだけど。話し込んでいる内に少しずつ距離が詰まっていたようで、ほんのりと赤くなった頬や胸元が何とも色っぽく見えて困る。
「別に、僕の事なんて聞いたってお嬢様にはつまんないよ」
「聞いてから私が判断するわ」
「へぇへぇ……」
まぁ……別に良いか。どうせ今は僕のことを「管理人」と認識しているんだし、能力を解除すれば細かい記憶は消えてしまうし。
「僕もまあ、家を飛び出た口でね」
「あら、意外にしっかりしてるじゃない」
「仕方がないよ。両親とも僕を育てようなんてこれっぽっちも思ってなかったんだから」
「……何、それ」
「両親は僕が生まれてすぐに離婚してね。僕は父親に引き取られたんだけどそいつがろくでなしでさ、ほとんど育児放棄状態だったわけ。まあ、幸い金の使い方だけは賢しく身につけるのは早かったから、ちょろまかして食いつなぐのは得意だったけど」
「……」
早坂は黙ってしまった。まあ、世の中にはこういう家族「のような」モノも有るって事だよ。僕の環境だって「暴力」や「飢え」が無かった分さらに下層からすれば天国みたいなものだろうし。
「ほら、つまらないでしょ。お嬢様が知る必要もない」
「イヤミな言い方ね。性格悪く思われるわよ」
「育ちが悪いもんで」
憮然とした表情でそっぽを向く早坂。でも、知らなくて良いことは知らない方が良いってのは本当の事だよ。「優しさ」は相手を理解した瞬間に「打算」か「同情」かどちらかに変質する。真っ直ぐに誰かの為を想いたいなら、理解しようなどとしてはならない。
「長湯し過ぎたわね」と早坂はお湯を滴らせながら立ち上がった。ストレートになった長い金髪を手で払う仕草はまるでお姫様のような気品を感じさせる。しかし、僕はその身体を無遠慮に水面から見上げた。勝ち気な瞳はもう僕を見てはおらず、しなやかな四肢からは弾けるように水玉が散る。滑らかな背中を流れる水流がお尻の間を抜けて内股に螺旋を描いて滴っていた。
風呂の縁を上がるとき、自然と股の間の茂みが目に入り、心臓がドキンと跳ね上がる。30分前に見飽きるくらいじっくり裸を見たのに、今は早坂が別人の様に見える。髪型のせいか? 僕はそのままぼんやりと湯煙の向こうに遠ざかっていく金髪の人影を見送った。
「……達巳クンは早坂さんが気になってしょうがないのかにゃあ?」
「えっ!?」
突然の声にびっくりして水しぶきを上げながら振り返ると、そこには裸の三繰がにやにやしながら立っていた。猫口になって好奇心の固まりといったいやらしい表情だ。
「でも、あんまりいろんな娘に手を出すと後で怖いことになるから、自重するにゃあ」
「何を言ってるんだか……それより、七魅から連絡は来たの?」
「ばっちり。写真の特定も終わってもう元に戻したって」
「そう。それなら引き上げにかかろうか」
目的は果たした。そして魔力補充のための「異常」も十分に起こした。明日からも投票に向けての活動は続くんだ。今日はもう帰って休んでもいいんじゃないかな。
「洗濯物も乾いたろうし、みんなに取り込んでもらおう」
「まだ早いよ」
「そうかな? 十分だと思うけど」
「もうちょっとゆっくりしていいと思うよ」
三繰は口元の笑いを隠すように手をやった。肘に反対の手をやって軽く手を組むようにすると、その間で胸が寄せられて谷間が深くなった。裸のくせに、その身体を隠すようなことはせず堂々と僕に晒して平気な顔をしている。もう少し恥じらいがあってもいいんじゃないかい?
「ねえ、達巳クン」
「ん?」
「立って」
不思議な響きを持つ三繰の言葉に、僕はすうっと糸で引かれたかのように立ち上がってしまった。何故立ち上がってしまったのか、自分でも驚く。
「出て」
またもや、不可思議な三繰の声。僕は自然と脚を動かし、縁を越えて湯船の外に出た。何だこれ? 自分で自分の脚が信じられず、呆然として下を見る。
ふと、耳元で三繰の声がした。
「ねえ達巳クン。おねーさんはね、ちょっと怒ってるのよ?」
「……は?」
いつの間にか三繰は僕の側でしなだれかかるように口を耳元に寄せていた。耳朶を甘さを伴った微風が擽っている。二の腕に三繰の胸の膨らみが当たっていた。
「何でかわかる? わかるよね? わからなくても別に良いけど、おねーさんまたこういう扱いされたら達巳クンの事嫌いになっちゃうかもしれないから教えてあげるね」
「……」
「ず・い・ぶ・ん・と・お・楽・し・み・の・よ・う・で・し・た・ね」
「……あぅ」
舌がじんじんと痺れたようになり、上手く言葉が出てこない。この時になって、ようやく僕は身体の変調に気がついた。感覚が朦朧となり、意識がふわふわと浮いてまるで夢と現実がごっちゃになっているようだ。意識の有る酩酊状態と言えば良いだろうか。
「……なに……を……」
辛うじて僕の口から漏れた呟きに、三繰は右手首を僕の目の高さまで持ってきて答えた。
「音・匂い・仕草・言葉……。私達は、それらの無意識へと働きかける動作を舞に組み込むことで、人の心を操る術(すべ)を長年実践してきたの」
その手首には、何か小さな鈴のようなものが結びつけられ、可聴域ぎりぎりの高音を鳴らしている。そう言えば、三繰が後ろに立った時、かすかに湯に漂っていた香油のような匂いが、むっと強くなったような……。
「お仕置きの時間だよ、達巳クン♪ 哉潟の秘技で、今日は気が遠くなるくらい楽しんであげるからね♪」
三繰の目が怪しい彩りを帯びる。その視線に僕はへなへなと力を失ってタイルに膝を付いた。
三繰はまず、風呂の中と外で動きを止めていた他の女の子達を集合させると、その前で鈴をちらつかせて何か一言二言言葉をかけた。
「感覚の同調だよ。何人かは先にかけてたから、さっきは結構楽しかったよ?」
なんだかわからない事を言うと思ったが、その結果はすぐに思い知らされることになった。
三繰は女の子達の中から虚ろな表情の早坂の手を引くと、僕の前で彼女を座らせた。膝を一杯に開かせ、いわゆるM字の状態にする。自然と僕の目はその間に吸い寄せられた。
「はいはい、見るならもっと近くで見ていいよ~」
「わ!?」
後ろに回った三繰がとん、と軽く肩を押すと、僕は無様に早坂の方に倒れかかった。お腹の辺りに顔を埋め、あわやというところで両手を床についてそのまま彼女を押し潰すのを阻止する。だが、そのせいで僕の顔の真下にちょうど早坂の股間が来ることになった。視界に一杯に濡れた金の茂みが広がっている。そこから漂う石鹸の匂いに僕の心臓がドキンと鳴った。
「な、なにを……おわっ!」
「へへへ~♪」
三繰は僕の背中から抱きつくようにすると、そのまま両手を前に回し、さらに下の方に移動させた。すぐに目的のものを発見し、両手でそれを掴む。
「見ぃつけた♪」
先ほどから前は早坂、後ろは三繰に挟まれて僕の股間はかなり大きくなっていた。労もなくそれを探し当てた三繰は、自分の身体ごと僕の背中で揺するようにしてそれを上下にさすり始める。濡れた手が丁度良い滑りとなって女の子のしなやかな手の感触を増大させる。おまけに背中には胸の先がころころと断続的な刺激を与えていた。
「あっ……やめっ」
「うぁんっ」
僕が呻くのと、早坂が悩ましい声を上げるのは同時だった。その声が僕の耳の中で一際大きく反響する。はあはあと荒くなり始めた吐息が僕の前髪を揺らしている。早坂の腹の辺りにある僕の鼻は、彼女から汗と分泌物の匂いが立ち上り始めたのを敏感に嗅ぎとった。少女の肌が湯上がりの時とは別の要素で火照り始めているのが見て取れる。
ぐ、と唇を結ぶが、三繰の振動に合わせて波のように快楽が襲ってくる。その波に乗ってまるで共鳴するかのように早坂の唇から喘ぎが漏れる。吐息にのった甘い匂いと音色が鼻腔と耳朶を貫通して脳の内部で乱反射し、僕はまるで早坂と性行為をしているかのような錯覚に陥った。
「ふふふ、わかるよね? 達巳クンと早坂さん、すごく身体の相性良いみたいだね? お互いの感覚が自分の事みたいに同調してるでしょ? ほら、感じるでしょ?」
三繰の言葉に、僕は自分の意志によらず早坂の身体を見下ろした。少女の虚ろな眼差しの奥の瞳はとろりと快楽に潤み、喘ぎを上げる唇の奥の白い歯と赤い舌が涎でぬらぬら光っているのが良く見える。快感におとがいを細く震えわせ、首筋から鎖骨にかけてのラインを流れる汗が方角を変えていく。火照った胸の先は堅く尖っているのが視覚と触覚の両方で知覚され、その奥からは早鐘のような動機がまるで空気の振動のように伝わってきた。
目線がさらに下の部分に吸い寄せられる。汗の溜まった臍を越え、僕の両腕の間にある細い腰を進み、濡れた茂みの奥に辿り着く。三繰の力で僕と同調しているせいか、その中に早坂のクリトリスがまるで手でしごかれたかのようにツンと大きくなっている様が見えている。いや、本当にそんなものが見えているのか? その時にはもう、僕の視界はどろどろで、目の前で見えているのが早坂なのか三繰なのかさえ判別できないほど意識はぐちゃぐちゃになっていた。どろどろのスープの思考の中、早坂と僕の白色の快感が混ざり合い、お互いの性器が一つに融合したかのように一緒くたの奔流となって押し寄せる。僕の口元から荒い喘ぎとともに涎がこぼれ、それが早坂の下腹部に落ち、さらにそれが垂れ落ちて秘部から溢れる液体と混ざり合うのが早坂の感触として脳に届いた。
「……!」
三繰が何かを言ったようだったが、わからない。あるいは、僕か早坂が呻いたのかもしれないし、もしくは全員がなにか叫んだのかもしれない。圧倒的な爆発のようなエネルギーが僕の背筋を通り抜け、身体をぴんと硬直させる。そしてすぐにそれは白濁液として僕の股間のものから迸った。
咆哮の様に吹き上がるそれは勢い良く早坂の身体に飛び散り、一部は胸元を飛び越えてその口元にまで辿り着いた。早坂も口をぱくぱくとさせちぎれた吐息を全身の震えと共に吐き出している。脳裏に、早坂のクリトリスが僕のものと同じように絶頂を迎え、ビクビクと粘液を先端から振り飛ばしつつ痙攣するイメージが沸き上がる。いや、それはきっと早坂の感覚を同調して受け取ったのであり、本当にそうだったのだろうと思う。
とにかく、二人分の絶頂を極めた僕は自分でも驚くほど大量の精子をまき散らし、精魂尽き果てて早坂の横に俯せに肘を付いた。ぜえぜえとマラソンを完走した選手のような呼気がまるで自分の物とは思えない。
「うっわ~、すごいねこれ」
三繰の他人事の様な言葉に苛立ちを覚えながらちらりと目線をやると、確かに早坂はスゴいことになっていた。火照って汗だくの肌の全面に飛んだ白濁がトロトロと溶けた蝋のように流れ落ち始めている。朦朧としているようで口元から流れ込むそれをコクンと嚥下するのが見えた。
興味津々でそれを見つめていた三繰は、早坂のお腹に溜まっていた精液に指を付けると、口元に寄せてぺろりと舐めた。
「ふふっ。おいしっ」
まさか、と言う気力もなかった。全身が泥になったように気だるく、そのまま重力に引かれて地階へと引きずり込まれそうな重みを感じていた。だが、そんな僕を三繰はまたいやらしい目つきで見つめる。
「あれあれ、もうギブアップ? 裸の女の子達をこんなに侍らせておいてそれは無いんじゃないかな?」
そう言うと三繰は早坂の肩を押して彼女を横に転がして俯せにした。ぺちゃっ、と僕と彼女自身が出した液体が混ざって出来た水たまりが音を立てる。金髪にそれが巻き付くように絡むのが見えた。
「ほらほら達巳クン、起きて起きて」
三繰の言葉に、もう二度と起きあがれないと思っていた僕の身体は無情にも反応した。悪態を付く事も出来ないくせに僕の身体は指示のまま早坂の背後に回り、そして覆い被さる。ちょうど股間のものが彼女のお尻に当たった。
「次は自分で動いてね。手伝いはみんなでして上げるからさ」
三繰の言葉を合図に僕は自分の腰を早坂の尻の間に擦り付け始めた。ぴくりとそれに反応し、早坂も少し腰を持ち上げる。ぬるぬると彼女自身の愛液をローション代わりに、僕の身体はスムーズに前後した。さっきあれほど出してすぐだというのに股間から熱い感触が上り始めた。
周囲が暗くなって視線だけ上げると、左右には遠巻きに並んでいた女の子達の中から梓と意(こころ)が進み出ていた。そして、女の子座りでしどけなく腰を下ろすと、僕の身体に手を回して胸を押しつける。僕の動きによって擦れたその先端が堅くなり、頬に朱が刺して吐息が甘くなる。
「私も混ざる~♪」
背中から一人脳天気な声がしたと思ったら、さらに上方から三繰がのしかかってきた。首筋の辺りに柔らかいものが当たっている。上下左右、女の子の肉絨毯だ。全ての感覚が熱さとぬめりと白い快感に犯されていく。
「ぐ……」
僕が呻くと同時に、だれかが熱い快感の喘ぎを上げた。それが伝播するように次々と快楽のうねりが高まっていく。一気に視覚が加速し、視界が白く染まっていく。
「……ねえ、次はどんなことしたい?」
ぐらぐらと回転する世界のどこかで、笑いながら三繰がささやいた。僕は「もう勘弁してくれ」と呟いたつもりだったが、悪魔のような少女はまた不気味に「ふふ」と笑っただけだった。
世界が回る。回りながら沈んでいく。沈んで落ちて……。
僕はもう、この地獄のような天国のような大地獄がどこまで続くのかを考えるのすらおっくうで、目の前にいた誰とも知らない少女の胸に顔を埋め、視界と思考を遮ったのだった。
< 続く >