La Hache 中編

中編

 こんな様子のエファリスを、ガラドリエルはいまだかつて見た事がなかった。
 一心不乱にフランツの唇を求め、黒い髪も大きな胸も振り乱して男の体に裸身を擦り寄せる、媚びた『女』としてのエファリスを。有能な副官としての彼女も、ガラドリエルを導く優しい姉としての彼女も、ここにはいなかった。

「エファ…」

 信じられない、信じたくない、という想いを乗せて、ガラドリエルが愕然とした表情で呟く。依然として剣を構えてはいても、その切っ先は小刻みに震え、一瞬でも気を抜けば落としてしまいそうなほどであった。一歩踏み込んで不埒者を切り伏せる事も可能なのに、そうする事もできなかった。膝は動かず、頭はくらくらしている。

(どうなっている、どうなっているのだ…、私は!)

 そんな様子のガラドリエルが視界に入っているはずなのに、エファリスは彼女を無視するかのようにフランツの唇を貪るようにしてついばんでいた。

「んっ、んはっ、はぁっ、はあぁぁ…」
「…サーガイム卿、その…」
「ああ、エファリス、いいえ、エファとお呼びください、フランツ殿下…。んっ、んんっ…」

 接吻の合間を縫ってフランツが声をかけたが、それを遮るようにエファリスはフランツの頬を両手で優しく包み込むと、再びフランツの咥内に舌を滑らせていった。

「では、エファ…。姫君が見てらっしゃいますよ」
「ひ、姫様…」

 エファリスの唇から何とか逃れたフランツが指摘すると、エファリスはようやく背後のガラドリエルの方を振り向いた。衝撃で瞬きすらできないガラドリエルの視線と、徐々に理性の光が灯り始めたエファリスの視線が交錯する。
 ガラドリエルは安堵した。普段のエファリスが戻ってきたと思ったのだ。
 しかし、彼女は更に信じられない光景を見た。エファリスの瞳の輝きは再びどんよりと曇り、表情は蕩けていった。
 そして、聞きたくなかった言葉がエファリスの口から発せられた。

「姫様は…、関係ありません。殿下、お願いいたします。もう、もう私の、ここは…」
「…姫君には申し訳ないですが、たしかにもう限界のようですね。これ以上は耐えられないでしょうし、それに、情けないことですが僕自身も…」

 主君に背を向け、再びフランツの裸身にすがりつくようにして、エファリスは懇願した。そんな彼女の背中に手を回し、あやすようにしてフランツは優しく声をかけていた。
 一国の姫君の前での乱行、忠臣の叛意、いずれもガラドリエルの怒りを買うのには十分だった。しかし、ガラドリエルはそれ以外の事で苛立っていた。それが自分自身でもわからないだけに、余計に腹が立つ。
 ついに我慢の限界に達したガラドリエルは、部屋の外に向けて叫んだ。

「警護隊よ、ここに参れ! 狼藉者だ、すぐさま捕らえよ!」
「姫様、申し訳ございません。すでに警護隊の者は下がらせました…」
「なにっ!?」

 蕩けきった表情でちらりと後ろを向いて答えるエファリスの驚くべき言葉に、ガラドリエルは問い返すのが精一杯だった。

「だって、私と殿下がいやらしい事をいっぱいするのを邪魔されたら困るんですもの…」
「お、おのれ…。貴様っ、エファリスに何をした! 言えっ!」

 怒気を孕んだ声で、ガラドリエルは剣の切っ先をフランツに向けた。だがそもそも、普段の彼女であれば警護隊を呼ぶような回りくどい事はしない。迷わずフランツを斬って捨てて、エファリスを引き離すところだ。
 だが、たったそれだけの事がなぜかできない事に、ガラドリエルは戸惑いを感じていた。自分自身が理解できなくなっていた。

 そして、自分もエファのように抱いてもらいたいと思っていた。

(…!)

 心の中に不意に沸き上がった未知の感情を、ガラドリエルは必死に否定した。

(そ、そんな馬鹿な…。私が、私がそんな事を思うはずが…)

 心の中で必死に否定しても、否定すれば否定するほどその想いは強くなってしまう。エファリスのように抱いてもらいたい。あの男の逞しい体に抱かれたい。あの男と接吻を、それも舌を絡め合う深く激しい接吻をしてみたい。身を擦り寄せてあの男の、フランツの体を嗅いでみたい。エファほどではないが、それなりに膨らんだ胸を、熱くたぎりだした体の全てをさらしてみたい。湿り気を帯びてきたドロワーズを脱ぎ去って、エファや侍女にしか見せた事のない秘所を見せてみたい。フランツに、フランツ殿に、愛しい、愛しいフランツ殿に…。

「ああ…」

 吐息とともに、力なく切っ先が下がる。できない。この方を斬る事などできない。誰よりも大切で、愛しくて、見ているだけで体の芯から蕩けてしまいそうな感覚を呼び起こすこの方を。

「ガラドリエル姫」

 フランツがガラドリエルに視線を向けて、呼びかけた。ガラドリエルはそれだけで胸が高鳴るのを感じ、秘所がより熱くなるのを感じた。
 だが、フランツはついと視線を下げ、頬に擦り寄るエファリスをそのままに、済まなさそうに言葉を繋いだ。

「このような事になって申し訳ございませんでした。決して始めからこうするつもりではなかったのですが…」
「もうよい…」

 フランツの言葉を遮って、ガラドリエルが堪えきれないように言った。いや、涙ながらに叫んだ。

「もうよい! おかしくなってしまいそうだ! エファのようにそなたに抱いてもらいたいのだ! 接吻したいのだ! そして…」

 ガラドリエルは手にしていた剣を落とすと、腰下まであるスリップの裾の中に手を入れ、ドロワーズをずり下ろした。さらに彼女はスリップの裾をゆっくりと持ち上げていき、羞恥と恍惚と哀願の入り交じった表情でフランツに懇願した。

「熱くて、熱くてたまらないここをどうにかしてほしいのだ!」
「………」

 異性の眼前で濡れぼそった無毛の秘所をさらしている姫君を前に、フランツは言葉が出なかった。いや、エファリスが彼に夢中になった時点でこうなる事は想像がついていた。自分の浅はかな行動が二人の心を狂わせてしまった事を、フランツは後悔していた。
 こうなってしまった以上は、採るべき手段は一つしかない。そして、自分自身もその手段をとてもとても欲してしまっていた。とても許される事ではないが。
 フランツは、意を決して二人に呼びかけた。

「姫…」
「…ガラドリエルと呼ぶがよい」
「ではガラドリエル。それに、サーガイム卿、いやエファ…」
「ああ、フランツ様…」
「御婦人の肌に傷をつけるわけには参りません。寝台をお借りしてもよろしいかな」

「ああっ、深いっ、いいっ、ですっ、フランツ様ぁっ!」

 顔を赤らめて寝台に座り込んでいるガラドリエルの正面で、エファリスは痴態を隠そうともしなかった。普段の謹厳さは全く失せ、歓喜に満ちた緩みきった表情をし、よだれを垂れ流しながら、四つん這いという宗教的にインモラルな姿勢で背後からフランツに突かれていた。二人の結合部からはぐちゅ、ぐちゃっと淫猥な音が響き、触れ合った肌と肌がぱしんぱしんと音を立てる。下に引かれて垂れ下がった乳房が前後に激しく揺れる。
 知識としてではなく、実際に初めて見る性交のそのあまりの様子に、ただただガラドリエルは目を見開いて見ている事しかできなかった。

「あはあっ、いいっ、そこぉっ、いいですっ、素敵ぃっ!」
「しかし初めてとはいえこの乱れよう…、いや、仕方のない事ですが」
「ああ、おっしゃらないで、おっしゃらないで…、いいえ、ああん、もっと、もっとおっしゃってくださいっ、ああ、あんっ、貴族なのに淫らな私を、もっと…!」

 快楽が体内を巡り過ぎて、支離滅裂な事を口走り始めたエファリス。そんな彼女が、急に目前で座り込んでいるガラドリエルに視線を合わせた。

「姫様…」
「な、なんだ」
「先程は申し訳ございません、でしたっ…」
「い、いや、その事はいい」

 ガラドリエルは顔を赤らめたまま答えた。だが視線は二人に釘付けのままだ。
 そんなガラドリエルに、エファリスは淫蕩な微笑みを見せて言った。

「姫様の事は、もちろん、大事ですがっ、ああんっ、今はフランツ殿下の、事がっ…、もっとっ…!」
「…その気持ちは私もわからないでもない。こんな気持ちは初めてだ。恋する乙女、というのはこのような事なのだろうな。私には縁のないものだと思っていたが…」

 ほぅ、と一息ついて、ガラドリエルはスリップの上から胸に愛おしそうに手を当てながら答えた。もう片方の手は無意識のうちに、脱ぎ去ったドロワーズの下に隠されていた無毛の股間に当てられている。そして、ほんの少し前までの敵意に満ちた視線ではなく、自分の言う通り恋する乙女のような視線で二人を、フランツを見つめた。
 そのフランツはガラドリエルの視線に気づくと、体を前に折ってエファリスの背中から何事か耳打ちした。ついでに豊かな胸を揉みしだき、ぴんと張った乳首をいじってエファリスを悦ばせる。
 耳打ちされたエファリスは、

「あんっ、では、先程のっ、お詫びにぃぃっ…」

 と言うなり、恍惚とした表情で動物の交尾のような格好のままガラドリエルににじりよっていった。フランツも結合を崩さずぴったりとくっついて行く。
 そして肘をベッドに下ろして頭を下げると、

「退屈そうな姫様に、あんっ、御奉仕させて、いただきます…」
「エ、エファ!?」

 困惑するガラドリエルの両脚の間に顔を潜らせ、既に蜜をたたえた割れ目に舌を伸ばしていった。

「あああっ!?」

 次の瞬間、ガラドリエルは身を仰け反らせて悶えた。未知の快感が、彼女の全身を駆け抜けたのだ。
 年頃の娘ではあったが、ガラドリエルは持って生まれた身分と性分の事もあり、性的な事に関しての実体験は皆無であった。それが一足飛びにインモラルな行為に身を委ねてしまっている事が、より一層彼女を昂らせた。
 ぴちゃ、ぴちゅっとエファリスが舌を這わせるたびに、ガラドリエルは快感に身悶えた。
 この快感に身を任せたいという欲求よりも先に、排泄器官に口を付けられる抵抗感や宗教的な禁忌感が彼女の中にはあったが、

「エ、エファ、そこはっ、きたな…っ!」
「んちゅっ、はぁっ、んっ、んんっ…。ああ、フランツ様の、ご命令ですから…っ。それに、姫様に汚い所なぞ、あんっ、ありはしませ、んんっ!」
「ああっ、フランツ殿、の、言う事なら、仕方あるまい…。んっ、舌が、そこっ、気持ち、いいっ!」

 今は『フランツの言う事なら』何でもできる、むしろフランツの為なら何でもしてあげたい、して差し上げたいという気分に二人はなっていた。二人の中に沸き起こったフランツに対する過度の『愛情』がそうさせていた。
 フランツへの愛情に絡めとられた二人は、フランツの与える快楽に身も心も溶かされていく。

「いいっ、いい、いいっ、フランツ様の、っ、おちんぽ、いいですぅっ!」
「ああ、エファ、いいぞ、もっと、舌で私を、蕩けさせてくれっ…!」
「んふっ、もっと、もっと、おちんぽ、激しく、フランツ様、突いてくださいぃっ!」
「エファ、エファ、気持ちいい、気持ちいいぞ、もっと、しゃぶって、私を、おかしくして…!」

 どんどんと乱れていく令嬢二人に合わせるかのように、フランツも動きを激しくしていく。
 さすがの彼も、体内からの要求を拒み続ける事はできなくなっていた。全身が射精を欲している。フランツはその事をエファリスに伝えた。

「サー…いや、エファ…、そろそろ、出そうです…!」

 その言葉を聞くなり、エファは歓喜の表情をみなぎらせた。

「ああっ、殿下の、フランツ様の子種をっ、ああんっ、いただけるのですねっ!」
「いや、それは何かと問題が…」
「いいえ、くださいませ! フランツ様の、子種を、私の中に、どうか、どうかっ!」

 四つん這いのまま後ろを無理に振り返って懇願し、フランツを離すまいと必死に足を絡め、膣を締め付けるエファリス。その刺激に、フランツは我慢しきれなくなってしまった。

「むっ、もう限界だっ…、エファリス殿、御免っ!」

 堪えていた下半身への力を緩めると、堰を切ったように精液の濁流が何度も、何度もエファリスの膣内に打ち付けられた。

「あはっ、きた、来ましたっ、フランツ様、いく、いぐっ、フランツ様ぁぁぁ~…!」

 その度にエファリスはびくびくと痙攣したかのように身を震わせ、白目をむいて脱力してベッドに突っ伏した。
 フランツのものを受け止めていた性器から彼の一物がずるりと抜け、溢れ出した精液が彼女の腿とベッドシーツを汚す。

「お、おいっ、エファ! 大丈夫か!?」

 性器への刺激を失って少し我を取り戻したガラドリエルが、エファリスの身を抱き起こして心配そうに彼女の肩を揺さぶると、エファリスはだらしのない、でもこの上なく幸福そうな笑みをガラドリエルに見せた。

「…ああ、姫様ぁ~…。フランツ様の精を受けられて、わたくしはぁ、幸せですぅ~…」
「まったく、主を心配させておいてその面はなんだ。しかし…」

 弛緩したままのエファリスに膝枕の栄誉を与えて苦笑していたガラドリエルが不意に、一息ついていたフランツに鋭い視線を向け、彼を軽くたじろがせておいてから、言った。

「フランツ殿。これで終わりとは言わないな?」
「姫…」
「散々じらされて、私の体も心もそなたを欲してかなわん。切なくて仕方がないのだ。頼む、私も…」

 ガラドリエルは唯一身にまとっていたスリップを勢い良く脱ぎ捨ててから、エファリスをベッドに下ろし、はしたなくもゆっくりと股を開いて両手で秘所を割り開いて見せた。エファリスとは同じ歳だが、まだ少女のような慎ましい乳房と、反対に男の物を求めてひくひくと息づいて蜜を滴らせている無毛の性器が、フランツの視線にさらされる。恥ずかしいとは思わなかった。むしろ嬉しかった。フランツに見られるのならば。

「私も、エファリスのようにしてほしい。そなたに、全てを捧げたい」

 そう言い切ったガラドリエルの笑顔は、好意と期待と情欲に満ちていた。

「これが…、チンポというものか。男性器の事をペニスと言うと聞いていたが」
「確かに学問的にはペニスとも言いますが、チンポという下卑た表現を表現を女にさせるのを殿方は好みますので。高貴な身分の女ならなおさら」
「そうか。ではこれからはチンポと呼ぼう。ふむ、硬くて…それに熱いな。しかし、常日頃からこのような有様では窮屈ではないのか?」

 寝台の上で直立しているフランツの前で、膝立ちのガラドリエルが彼の依然として硬く反り立ったままの一物を興味深そうにふにふにと手でいじっている。側にはまるで教師のように、正気を取り戻した全裸のエファリスが付き従っている。もっとも、言っている事自体は貴族の令嬢の正気とは思えないものだが。

「殿方はおチンポは一度射精されて満足されますと、縮こまってしまうものなのですが…、フランツ様はまだまだ物足りないようで。さすがはフランツ様、ご立派ですわ」

 茶化したように講釈するエファリスにフランツは何か言いたそうだったが、彼は逡巡した後その言葉を飲み込んだ。
 そんな彼の様子よりも、エファリスの愛液でてらてらと光るペニスを角度を変えながら相変わらず興味津々で眺め続けているガラドリエルが言った。

「ほう、面白いな。それにしてもエファは詳しいな。なぜだ?」
「そ、それは…、その…、私とて年頃の娘ですし、配下の兵士がする猥談を耳にする事もありますので…」
「なるほど、耳年増というやつか」
「そ、そんなことありません! もう…姫様、あまりいじめないでください」

 楽しそうにわいわいと行われるそんな性教育の実地授業を、フランツ本人は恥ずかしいやら何やらといった複雑な表情で、ただされるがままに教材としての務めを果たしていた。
 やがて、彼の睾丸をいじっていたガラドリエルが、手はそのままに不安げな表情を見せた。その様子の変化に敏感に反応したエファリスが問う。

「どうかまさいましたか、姫様」
「このような物が、私の体内に入るのか…。怖くないと言えば嘘になるが」
「姫様。毒見役として申し上げるなら、フランツ様のこのおチンポは確かに始めは痛みを伴いますが、その痛みすらやがて幸福感に変わるのです。フランツ様のおチンポが体内をこすり上げる度に、女として生まれてきた事に感謝したくなります。そして精をいただけた時の高まりときたら…それはもう…、ああ…」
「…そなたのその様子を見れば得心がいくな」

 うっとりとした表情でどこか遠くを見つめながら語り続けるエファリスに、ガラドリエルはやや呆れたように言った。
 そして不安げな表情に戻して、上目遣いでフランツを見上げて言う。

「だが、フランツ殿はどうだ。私はエファほど成熟しておらん。毛も…その、何と言ったかな。お、おま…」
「おまんこ、です。姫様」
「そう、おまんこの毛も生えてないし、胸だって小さい。普段は馬に乗って剣を振り回し、純白のドレスではなく埃と血に汚れた鉄の鎧を着て…。こんな未熟で粗暴な女など、フランツ殿に抱いてもらう資格なぞあるのかと…」
「姫」

 自嘲めいた言葉を並べていくガラドリエルを、フランツは優しく、でもはっきりと止めた。そして寝台に膝を付きガラドリエルに視線の高さを合わせ、両手で彼女の頬をそっと包み込むと、鼻が触れ合いそうな近さで語りかけた。

「姫。あなたは美しい」
「世辞はいい…」
「姫が私に対して思っていただいている事については、後でご説明いたします。ですが、貴女が美しい、という事実は変わらない」
「フランツ殿…」

 フランツに魅入られたように、ガラドリエルは小声を漏らした。

「私とて幾多の女人と出会いましたが、外面の美しさだけでなく、内面からの輝きを持った御婦人は、あなた様が…エファリス殿もそうですが、初めてです。剣を構えたあの姿は…」
「あれは済まない事をしたと思う。そなたに剣を向けるなぞ…」
「いいえ、本当にあのお姿は美しかった。まるで戦いと美の女神がここにおられたかのように。だからこそ、私の体だけでなく、心もあなたを欲しているのです」

 語りかけているうちに、自然と二人の距離がどんどんと縮まっていく。鼻が付きそうになると、無意識のうちに首を傾けて避ける。合図したわけでもないのに同時に瞳がゆっくりと閉じ、そして…唇が触れ合った。
 ガラドリエルの心の中に、今まで感じた事のない幸福感が広がった。これが接吻というものか、と考える暇もなく、唇を吸い、相手の舌を欲して自らの舌を絡めていく。

「んっ、はっ、んんっ…」
「あっ、んっ、はっ…、姫…」

 膝立ちのまま両手で相手を抱きしめ体をより密着させると、お互いの体温も鼓動も全て感じられるようだった。このまま一つに溶け合ってしまいそうな感覚。いつまでもいつまでもこうしていたい、フランツと離れたくないという感覚。それはガラドリエルにとって素晴らしく心地よいものだった。
 だが、彼女にとって永遠にも等しいその感覚は不意に途切れた。フランツが唇を離したからだ。

「えっ…」

 ガラドリエルが目を軽く見開く。その表情には、なぜやめるのか信じられない、という文字が書かれているかのようだった。
 それに対する答えをフランツは出した。

「姫。エファリス殿のようにしてほしかったのではなかったのですかな?」
「あっ…」

 先程までのエファリスの情事を思い出し、より顔を赤らめるガラドリエル。と同時に、蜜を滴らせた性器がきゅんと疼く。

「さあ姫様、寝台に横になって下さい」

 状況を察したエファリスが、枕を準備してガラドリエルをいざなっている。
 ガラドリエルは言われた通りに、ふかふかの枕に頭を乗せて体を寝台に横たえたが、側に控えているエファリスに視線を向けて恥ずかしそうに聞いた。

「その…、い、犬みたいに、四つん這いにならなくてよいのか?」
「あ、あれは私もあの時はどうしようもなく盛っておりましたゆえ…。すぐにでもおまんこにおチンポを入れてもらいたかったですし…。ああん、でも王子様の犬になったかと思うと、それはそれで…」

 不意の質問に、照れながらごにょごにょと答えるエファリス。最後の方は小声で聞き取る事はできないが、先程の行為を反芻しているのは幸せそうに身をくねらせるその様子を見ただけでわかった。
 冷たいというよりは生温い視線が二人から向けられている事にようやく気づいたエファリスは、ごほんとわざとらしく咳払いすると不安げな姫君に再び答えた。

「と、とにかく、姫様には通常の体位で殿下と添い遂げていただきたく思います」
「そうか。エファが言うならそうしよう。何しろ、エファと違って私は経験がないからな。あのような大胆な事は無理だ」

 ガラドリエルはにやりと笑ってみせ、エファリスは恥ずかしそうに下を向いて口ごもってしまった。

「では姫、いやガラドリエル。そろそろよろしいですかな」
「あ、ああ、ふつつか者だが、よろしく頼む」

 不意にフランツに話に割り込まれ、ガラドリエルは慌てて口走った。自分自身でもおかしな事を言っているような気がして、彼女は気恥ずかしさを覚えた。
 それを覆い隠すかのように、ガラドリエルは強気を装ってがばっと股を開き、眉を吊り上げてフランツに言った。

「さ、さあ、いつでもかかって来るがよい!」
「姫様、決闘ではないのですから…」
「そ、そうか…。やはりこのような可愛げのない女ではフランツ殿にふさわしくないな…」

 エファリスの指摘を受けて急に弱気になるガラドリエルを、こんな一面もあるのかとフランツは微笑ましく見ていた。だが、あまり不安にさせるのも悪いと考え、彼は自ら一歩踏み込む事にした。

「ガラドリエル、行きますよ…」

 フランツは膝で歩いていくと、腰をガラドリエルの開かれた股の間に持って行った。そして彼女の白く細い体を潰してしまわないように両手を彼女の頭の両脇そばに置いて体を支えながら、ガラドリエルに覆い被さるような姿勢に移行する。
 屹立したペニスが、彼女の割れ目に入りたそうにひくひくと動いている。覚悟は決めていたものの、相手のなすがままとなってしまう体位による生理的な恐怖心がガラドリエルの心を襲う。
 普段のガラドリエルからは想像もできないか細い声で、彼女はフランツに頼んだ。

「ま、待ってくれ…。や、やはり、心の準備が…」

 だが、フランツにしてもここまで来て引き下がるわけにはいかなかった。もはや彼は己の獣欲に既に身を任せてしまっていたのだ。

「申し訳ないですが、私ももう我慢できませんので…、失礼!」
「うあ………っっ!!」

 彼の肉槍が姫君の身体に侵入していくと、ガラドリエルは串刺しにされたかのような感覚を覚えた。背中をぴんと反らし、ぱくぱくと口を開き、声にならない声を上げる。皇女の身を守る為に分泌された愛液と共に、皇女が純潔であった紅い証が結合部の隙間から漏れ出していく。
 必死で痛みを堪えるガラドリエルの様子に、たまらずフランツとエファリスが声をかける。

「ガラドリエル、大丈夫ですか。無理なようなら…」
「姫様、ご無事ですか!?」
「くっ…こ、これが破瓜の痛みか…。だが、そなたとなら我慢できそうだ。続けてよい。それに…」
「…それに?」
「私に血を流させたのは、そなたが初めてだ、フランツ殿。光栄に思え…」

 痛みと戦いながらも笑みを作ってみせるガラドリエルに、フランツも笑みで返した。

「では、できるだけ優しく動きますゆえ…」
「頼む…」

 その合意を受けて、フランツはゆっくりと腰を前後に動かし始めた。
 その度に、ガラドリエルは猛烈な痛みを感じていたが、

「あっ…」

 不意にある瞬間からその痛みが喜びに等しい事に彼女は気づいた。フランツが与えるものは何であっても、例え痛みであっても至福のものであると。これがエファが言っていた事か、とガラドリエルは身をもって知った。
 それに気がついてしまうと、フランツの腰の動きが彼女に与えるものは、全て快楽に直結する。愛液と破瓜の血でぐちゅぐちゅと滑る性器の感触も、ぴったりと寄せられた下腹部の感覚も、彼女に囁かれる甘い吐息も、全てが彼女の快感を煽る要素となった。

「あっ、あっ、ああっ…」

 快楽の声を上げるたびに、ガラドリエルはどんどんと裸にされていく。衣服は既に脱ぎ捨てられていたが、心が裸にされていく。

「ああっ、い、いいっ…。いいぞ…」

 戦場における最高指揮官としての威厳も、

「いい、その、ちんぽ、あんっ、いい…」

 レディウス第一皇女としての矜持も、

「もっと、もっとしてっ、ほしいのだ! ちんぽで、おまんこをこすってっ、ほしいのだ! 痛いのも気持ちいいのも、全部気持ちいいのだ! だから、もっと、あうんっ、もっと、もっと!」

 何もかも全て捨て去った、フランツを愛するただの女としての自分がさらけ出されていく。
 ガラドリエルは無意識のうちにフランツの体に足を絡めてより深く結合をねだった。彼の背中に両腕を回して、きつく抱きしめた。決して大きいとは言えない乳房を、フランツの体に密着させた。唇をまた吸ってほしいと目で訴えた。

「んんっ、はぁっ、フランツ殿、好きぃ…、愛している、ああんっ、あああっ…」

 性器も、身体も、唇も、そして心も、フランツと一つとなった。彼の与える快感が、全てを塗り潰していく。
 やがて、快楽で真っ白となった意識がふわふわと漂い始めた。体は寝台の上にあるのはわかっているのに、心だけがどこかへ飛んでいきそうだ。
 今まで生きてきて全く感じた事のない感覚に、わけもわからず快感の中にも恐怖を感じたガラドリエルは、金髪を振り乱して喘ぎ声を上げながらも二人に訴える。

「あふっ、ああっ、フランツ、どのっ、エファ、怖い、こわい…」
「どうかなさいましたか、姫様」
「あんっ、こわい、どこか、とんでしまいそうで、こわいのだっ…、ああん、離さないで、はなさないで、エファ、フランツ殿…!」
「大丈夫です。フランツ様が素晴らしい所に導いてくださいますから、ご安心を。私もついております」

 そう言ってエファリスは、姫君の白く細い手をそっと両手で取った。もう片方の手は、フランツとしっかり握り合わさっている。

「ああっ、もう、だめっ、いくっ、とんで、いくっいくっ、いくっ…!」

 ガラドリエルが痙攣したかのように身を震わせる。それにつられるかのように、フランツも腰の動きをどんどんと早めていく。彼自身も限界が近かった。

「姫様、もう少しのご辛抱です!」
「ガラドリエル、もう出そう、だっ…!」
「ああっ、いいいっ、いくっ、いくいくいくいく、あっ、あっ………」

 真っ白よりも純白となったガラドリエルの意識は、フランツに包まれたまま天に昇っていく。

「あああああああーーーーーーっっっ!!」

 そして、その叫びとともに膣が収縮して彼の物を締め付け、射精を促す。
 その刺激を合図に、フランツは姫君の高貴な膣内に、びゅくっ、びゅくっと、生命のほとばしりを流し込んでいった…。

 フランツは不意に目を覚ました。開け放たれた窓からの冷気に刺激されたからのようだ。衣服は何も身に付けていないから無理もない。外から入り込んでくる光の加減から、夜明け直前のまだ早い時間である事を彼は知った。
 左腕に感触があるのでその方に首を回して見ると、腕にはやはり全裸のエファリスが彼を離すまいと両腕と豊満な胸でぎゅっと抱きしめている。

「………お慕いしておりますぅ…、私の王子様ぁ…」

 何やら幸せそうな寝言を言いながら。

「ぷふっ…、『私の王子様』、か…」

 その寝言に対して、フランツの背後、いや右側でくすりと笑う声がした。フランツはその方を向くと、未成熟だが美しい裸身を隠そうともせず、ガラドリエルが片膝を上げた姿勢で座っていた。金色の長い髪が、肩や背中を彩っている。
 彼女は、忠臣に優しい視線を送ると昔を懐かしむかのように言った。

「こう見えてもエファは、幼い頃は随分とロマンチストでな。白馬に乗った王子がいつか迎えに来る事を本気で信じておった。きっと、そなたのような者を思い浮かべていたのだろう」
「まさか。買いかぶり過ぎですよ」

 フランツは、幸せな夢の中のエファリスを起こさないように小声で答えながら苦笑した。

「まあそれはともかく、そなたの本来の用事を忘れていたな。昨晩は…その…」

 ガラドリエルは恥ずかしそうに金色の髪を軽く掻いてから、言葉を継いだ。

「大方そなたの要求は我が軍との停戦、もしくは撤退、といったところだろう」
「御慧眼です、姫様」

 フランツは身を起こそうとしたが、ガラドリエルは無言でそれを制した。彼女もエファリスを起こすまいと気を使ったのだ。
 そして、やや不満そうにフランツに言った。

「ガラドリエルと呼べ、と言ったのだがな…。まあよい、他でもないそなたの望みだ、聞いてやりたいところだが…」
「やはり無理とおっしゃいますか」
「いや、撤退自体は簡単だ。フルハイクを独立なり自治権を持たせた形で統治させるのもそなたの言う通りにしよう。そなたのためなら何でもしたい。だが、この戦いはそもそも勝っても負けても…」

 ここでガラドリエルは一息ついた。そして諦めに似た表情で眼下のフランツに言った。

「私は自由を失う」

 フランツが驚きとともに真意を計りかねる表情で彼女を見上げると、ガラドリエルは軽く金髪を掻き上げて、遠くを見つめながら思い出語りを始めた。

「レディウスの第一皇女ともなれば、私自身ではなくその『地位』目当てに男どもが寄って来るものだ。だが私は元来宮廷の奥で大人しく座ってられない性分でな、城の剣術指南も勤めたサーガイム侯に学んだ剣術で、求婚者どもを追い返していたのだ。粗暴な娘なら相手も愛想を尽かすだろうと」

 ガラドリエルの話は続いた。

「ところがいつの間にやら『姫に剣で勝った者は結婚ができる』という話になってしまってな。私自身も大貴族の馬鹿息子程度に負ける気はなかったから、調子に乗って『私にかすり傷一つでも負わせたら結婚でも何でもしてやろう』と宣言して、逆に次々と決闘で痛い目に遭わせてやったのだ。さて、フランツ殿」
「…はい」
「そなたは私に初めてかすり傷どころか血を流させた者だが、この私をどうされるつもりかな?」

 そう言ってガラドリエルは笑ってみせたが、フランツは返す言葉に困っていた。それがまた彼女の笑いを誘った。

「ははは、冗談だ。例えそなたに捨てられようともそれはそなたの自由。恨みはせんよ…おっと、話が逸れてしまったな」

 ガラドリエルは再び身を寝台に横たえると、フランツの右側にぴたりと身を寄せた。そして彼の耳元で話の続きを始める。

「ある日、統一戦争が始まった頃だが、私の父上レイダス帝が私のあまりの乱行ぶりに業を煮やしてな。北方の守りを固める意味で北のスタラフ家との縁組を強引に決めてしまったのだ。もちろん私は反発した。その頃我が国は隣のアラフィス攻めで、将軍が無能なおかげで苦戦しておってな。私には勝算があったから、私に指揮権を寄越せ、一週間で平定してみせよう、その代わり…と父上に進言したのだ」
「………」
「その賭けに父上は乗ってきた。ただ、条件は旧帝国が統一されるまで私が勝ち続ければその間は私は自由、ひとたび敗れれば、もしくは帝国の再統一がなされれば私はスタラフ家に嫁ぐ、というものとなってしまった。これがそもそも譲歩する理由のない父上の、精一杯の譲歩だったのだ」

 そしてガラドリエルは、目を伏せ、ぽつりぽつりと悔恨するかのように呟いた。

「そう、私は自己の自由の為に兵士を死地に追いやっていた最低な女だ。そなたのような素晴らしい者の愛を受ける資格などない」
「ガラドリエル、それは違います」

 フランツはガラドリエルに腕枕するように腕を首下に通すと、その腕でぎゅっと彼女の頭を抱き寄せ、なだめるように言った。

「帝国の再統一は時代が求めたものです。七大公国はいずれも疲弊し、このまま反目を続けていればやがて他国の侵入を許したでしょう。確かに戦争は忌まわしいものですが、貴女は戦うべき相手、戦ってはならない相手を分かっている。単なる私利私欲で戦争を起こしたのではないし、元々がレイダス帝の私利私欲だったとしても、貴女のおかげで救われた民衆は大勢いる。その事だけでも、歴史に残る偉業だと私は思います」
「そうか…、そなたは優しいな」

 ガラドリエルは甘えるようにフランツの身に腕を回して、より密着させた。

「フランツ殿、そなたは私が愛するに足る男だ。もっと早く会っておきたかったな。そなたと一緒なら、宮廷の飾り物になるのも楽しそうだ。そうだ、そなたが昔決闘を挑んでさえいてくれれば、私はわざと負けてでも…」
「…姫」

 フランツの一言は、まるでガラドリエルの言葉を打ち切らせるかのようだった。そのたった一言には先程までの暖かさはなく、苦悩に満ちていた一言だった。
 ガラドリエルは彼の態度の豹変を訝しみ、彼に問うた。

「だからガラドリエルと呼べと…、いや違うな。フランツ殿、急にどうした」
「私こそ姫に愛される資格のない男です」
「何を言うか。私も、エファリスもそなたに夢中で…」
「なぜ会っただけでそのような気持ちになったとお思いですか、姫」
「それは…」

 言われてみれば確かにそうだ。初対面の相手になぜはしたなくもああも乱れてしまったのか。それも恋愛沙汰に全く興味のない自分だけでなく、普段は真面目なエファリスも。
 
「一目惚れ、というやつではないのか、恋物語のように」
「…違います。一目惚れではああはならないでしょう。ましてや一国の皇女ともあろうお方が」
「では何だと言うのだ」

 なかなか真相を言わないフランツに、ガラドリエルは少し苛立たしそうに言葉をぶつけた。
 フランツは抱きつく力の緩んでいたエファリスからするりと腕を抜き取り、ガラドリエルからも腕を抜いた。そして、再び身を起こしたガラドリエルの足下にひざまずくように頭を下げると、視線を合わせずに言った。
 
「姫の、そしてエファリス殿の私に対する気持ちは、パフュメ…、私の作った媚香『ラ・アッシュ』のせいなのです」

< 続く >

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