2のいち(1日目・昼) 女の子なあたし
「よ」
「よ」
最初のがあたしで、次のが涼。
都内の某ターミナル駅前で、あたし達は落ち合った。
あたしと涼は、同じ県内に住んでいるけど、この駅に来るためには使う路線が違う。だから、人の多いこんな駅での待ち合わせだ。
いや、別に一緒に電車乗りたかったとかそういうわけじゃないぞ、一応。
「待った?」
「いや、5分前くらいについたとこ」
そう涼は答える。でも多分うそだ。涼は待ち合わせの20~30分前には来ていることが多い(あたしがいくら早く行っても、まず間違いなく涼が先にいる)。こういった「基本的なところ」は、涼は自然にこなす。
一方のあたしといえば、本当はもっと早く着くつもりだったんだけど、お約束通り電車が遅れやがって、約束時間ギリギリの到着になった。
「えーと、昼ご飯はまだ食べてないよね?」
「当たり前じゃん。涼が一緒に食べようって言ったくせに」
「そりゃそうか。じゃ、ここじゃ暑いし、適当に何処か入ろうか」
「そだね、でもその前に荷物しまおう」
そんなわけで、駅のコインロッカーに「お泊まり用」の荷物をしまったあと、あたし達はファーストフード店に向かった。
「そういえば、都ちゃん、いつもそういった格好だよね」
「え?」
ハンバーガーセットを食べ終わって少しだべっていると、涼が急にそんなことを言いだした。
「いや、前も言ったと思うけど、都ちゃん、あんまりおしゃれしないな、って思ったから」
「悪かったね、おしゃれじゃなくて」
「いや、そうじゃなくて」
ちょっとむっとしたが、あたしがおしゃれをほとんどしないのは事実だ。
今日も、いつものようにジーンズと、半袖で黄色のシャツだ(男の子も着るようなやつ)。化粧も、リップくらいしか塗っていない。
「十代は化粧はしなくてもいいと思うんだけど、都ちゃんは服装はもうちょっとかわいいの着ても似合うと思うよ」
「……どうせ似合わないさ、あたしには。男の子みたいだし」
「そんなことないよ、都ちゃんかわいいじゃん」
うっ……
そう面と向かって(しかも涼に)言われると返答に困る。
「都ちゃん、男の子みたいって言うけど、髪さらさらだし、顔もきれいだし、かわいいと思うよ。
僕、着飾った都ちゃんが見たいなあ」
かああぁぁぁぁっ
こいつはまた、何でこういうこと言いやがるんだろうか。
涼に「襲われた」あの日以降、涼はこういうところがものすごく積極的になった。
そして、それについていけないあたしは、今のようによく真っ赤になってる。
「な、なに言ってんだよ!」
「都ちゃん、照れてる」
まあそりゃあ、彼氏に「かわいい」と言われて喜ばない女の子はいないだろう。あたしも確かに嬉しい。
でも……
「今までほとんどおしゃれしなかったのに、今更するってのも……」
「要するに、してはみたいのね?」
「う……」
……正直、涼に「かわいい」と言ってもらえるなら、おしゃれしてみてもいいと思わなくもない。でも、やっぱり恥ずかしいというかなんというか……
「じゃあ、しょうがないね、『あれ』やりますか」
「……『あれ』? あ……」
ぞくっ……
あたしの背中に「何か」が走る。
そうだ、涼は「あれ」をやるつもりなんだ……
あたしの目を見つめて、涼は「命じる」。
「都、洋服屋に行こう。かわいい服着せてあげる」
「……うん……」
操られたような顔で(いや、操られてるんだけど)返事をして、あたしは立ち上がった。
「はぁ……」
試着室に入ったあたしは、思わず溜息をついた。
あのあと、涼の言うままに洋服店に入ったあたし達は、(涼主導で)服を探していた。
涼はいろいろ服を選んでくれるんだけど、あたしは恥ずかしくてなかなか「うん」と言わなかった。それでも、涼がしびれを切らして「命令」したら大変なので、とりあえず一着持って、ここに入った。
今、手元にあるのは、白と黒の縦縞模様のシャツだ。いろいろ粘って、このくらいで勘弁してもらった(涼のために言っておくけど、別に変な格好をさせようとしたわけじゃないよ。あたしが恥ずかしかっただけ)。下半身の方は涼にお願いして今回は見送ってもらってるから、あたしも確かにここら辺で妥協しないといけない。だけど……
(これ、ノースリーブなんだよね……)
そう。ノースリーブ。これを着たら、あたしの肩が見えてしまう。
今まで、あたしの夏の格好は半袖シャツばっかりで、ノースリーブのように肩が出る服装はしたことがない。「普通の女の子」だったらそれこそ普通にこういうのを着るんだろうけど、残念ながらあたしにとっては「普通」じゃない。
「でも……しょうがない!」
言い聞かせるように声に出して、今着ているシャツを脱ぎ、ノースリーブシャツを着る。
うわ、これ生地が結構薄い。もしブラが白じゃなかったら透けそうだ。ちなみに今日のブラは、涼にもらった例の純白のやつ。
「都ちゃん、もう大丈夫?」
涼の声。
心を落ち着かせて……
「う、うん」
と、答える。
「開けるよ」
あたしが答える間もなく、カーテンが開かれた。
涼が、「おー」と声を上げる。
「いいじゃん」
「か、肩が……」
「大丈夫大丈夫、そのくらい普通だよ」
「うぅ……」
確かに、このくらい普通のはずなんだけど……でも、やっぱりあたしの顔、赤くなってる。
すると、涼があたしの耳元で、こう言った。
「都ちゃん、やっぱりすごくかわいいよ」
「…………ばかやろぅっ」
「それにしよ」
……こく。
顔真っ赤っかのまま、あたしはうなずいた。
「店員さーん、これくださーい」
やっぱり、恥ずかしい……こういう格好、慣れてないもんなあ……。
ちなみに、このシャツは涼からの「プレゼント」だってさ。
……ありがと。
「さーて、そろそろ時間だな」
そのまま小物店のウインドウショッピングとかを続けていたけれど、突然涼が時計を見て言った。あたしもつられて時計を見ると、3時を過ぎたところだ。ちなみに、あたしはさっき買ったノースリーブを着ている。やっぱり恥ずかしい。
3時……あ、ホテルのチェック・インの時間だ……
そう思うと、また顔が赤くなる。
確かに涼とは一回したけれど、したのはあの一回だけだ。やっぱり、改めて、となるとちょっと緊張する。
「……期待してる?」
「なっ──」
涼の不意打ちに、さらに顔を赤くするあたし。
「そ、そういうこと言うなっ!」
「あはは、ごめんごめん」
笑いながら、涼はあたしの前に立って、聞いてくる。
「じゃ、──もしかして、都ちゃんが僕に命令されて、無理矢理連れ込まれたことにした方がいい?」
にっこりと、そしてちょっと意地悪な笑顔を浮かべながら、涼はそう言った。
う……
涼、優しいけど、やっぱりサドだ。
でも、ここは涼の「好意」の方に甘えさせてもらう。
あたしは、うつむきながらも、こく、とうなずく。
「わかった、じゃ、都ちゃん、顔上げて、僕の目を見て」
……コノヤロ。涼、あたしが恥ずかしがってるのわかってて、そういうこと言いやがる。
呼び捨ての後催眠は、別にあたしの目を見なくても発動する。それでも「僕の目を見て」というのは、あたしの恥ずかしがってる顔が、後催眠で茫然とした顔に変わるのを涼が見たいからだ。
でも、しょうがないので顔を上げる。
一拍おいて、涼があたしに命じる。
「都、ホテル行こう。いっぱいエッチするよ」
「……うん」
「あたしの意思にかかわらず」、あたしの口が勝手に答える。
ぞく──っ
あたしの背中に、さっきより甘い「何か」が走った。
……涼も同じみたいだけど。
< つづく >