最終話?の1 あたし達、普通のカップルです
※エロは4節までありませんのでご注意下さい。
「……うーん、もうちょっと空いてると思ったんだけどなあ」
「今日、あったかいしねえ。でも、来週だったらもっと酷かったんじゃない?」
「まあね」
ちょっと残念そうな涼と、一応フォローするあたし。
最初のジェットコースターは早い時間だったからあんまり待たずに乗れたけれど、終わった頃には人がそこそこ増えていて、それ以降の乗り物は数十分ずつ待たされた。結果、あっという間に昼ご飯の時間。それでも、そこまで大きい遊園地でもないし、このペースならば十分に楽しめそうだ。ついでに、時期的に飾り付けはもうクリスマスバージョンなのもいい。クリスマスは日付も大事だけど、雰囲気だけでも十分だ。
それに、今日は暖かい上に風もないので、外での昼ご飯には快適だった。
というわけで、原っぱにビニールシートを敷いて、量に持ってもらっていた弁当を広げていた。
「……はい、どうぞ」
「お、うまそー」
……うまそうも何もないとは思うけれど。
おにぎりだし。
そう言うと涼は、
「都ちゃんが作ってくれたからうまそうなんだよ」
と答えやがった。この野郎、お世辞にしてもお約束過ぎるぞ。
ちなみに、おにぎりになったのは、前日に涼から「おにぎり食べたい」という要望があったからで、あたしの料理が下手なせいではない。……まあ、下手だけど。もっと練習しないといけないな。
「いただきます」
「いただきます」
きちんと手を合わせてから、それぞれおにぎりに手を伸ばす。
……うまい。ちゃんと炊けてる。
「そういえば、都ちゃんこれ、普段の同じ水の量でご飯炊いた?(はむっ)」
「え、うん(ぱくっ)」
「…………(ごくっ)おにぎりって、ご飯は硬めの方が作りやすいよ。形が崩れにくくなるから。2個目ー」
「んー…………(こくっ)そうだったんか。あたしの握り方が下手なのかなって思ってた。唐揚げ美味しいよ」
「ありがとう(はむっ)」
と、涼の料理基礎講座を受けながら、おにぎりと唐揚げを口に運ぶ。唐揚げは涼が「昨日の夕飯の余り」といって持ってきたものだ。さすがに衣はしなびているけれど、これもうまい。
おにぎり5個とこの唐揚げなら、二人の昼ご飯としては十分だ。おやつを摘むタイミングもあるだろうし。
「……あ、これまたおかかだ」
涼が言う。
「あ、ほんと? カブっちゃったね」
「おかか二つだけだったっけ?」
「うん」
ちなみにあとは梅干し3つ。
「じゃあこれ都ちゃんにあげる。あーん」
「ありがと(ぱくっ)」
涼が食べかけのおにぎりを差し出したので、そのまま食いつく。
……このままだと、涼食べられないじゃん。
と気づいて、あたしも持ってるおにぎりを差し出した。涼も何も言わずに食いついてくる。
「うん」
口に入れたまま、うなずく。おかかうまい。
「うん」
口に入れたまま、涼もうなずく。梅干しうまいらしい。
口の中のものを飲み込んでから、もう一度涼の手元に食いついて、
……………………かあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ
「……んんんんんんんん~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
「んー?」
何をやらせとるんだお前はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!
という叫びは、まだ噛んでもいない口の中のおにぎりに阻まれた。
と同時に、あたしが涼に差し出していた腕を、がしっ、と掴まれる。
抵抗できなくなったあたしの右手に、涼は引き続き食いついていった。
「何をやらせとるんだお前はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
数十秒後、パニックのなか何とかおにぎりを飲み込んだあたしは、遅ればせながら叫んでいた。……一応、声は抑え気味に。
「えー、別に良いじゃんそんなの。第一、こっちは都ちゃんが出したんでしょ」
握ったままのあたしの左手を動かして、涼は平然と言う。
「いや、そうだけど、そういう問題じゃねえっ!」
「じゃあ、どういう問題なの?」
わかんないなあ、とでも言いたげな涼の表情。……完全にしてやられている感じがする。
「…………恥ずかしいだろっ!」
「いいじゃん、カップルなんだし。ほら、あーん」
「あーんじゃないっ!!」
まだ涼の右手に残っている食べかけを差し出される。とりあえず抵抗するけど、何というか、もうこの先どうなるかが分かってしまった気がする。
「あーん、嫌い?」
……やっぱり。
「………………………………うぅっ」
うめいてから、口を開ける。
優しく差し出されたおにぎりに、あたしはゆっくり齧り付いた。
うん、おかかうまい。
仕方がないので、全力で現実逃避しておいた。
午後に入ってからも、良くも悪くも変わらずの待ち時間でアトラクションを一回りしていると、あっという間に時間は過ぎる。
「…………調べた通りだなあ」
とつぶやく涼と、
「……うーん」
と、うなるあたし。
目の前には、この遊園地の名物である観覧車と、……長蛇の列。
「1時間かあ……」
「短い方みたいだけどね。クリスマスの日の入り後とかだと3時間待ちとかになるらしい」
「ひやぁ……」
「今日も多分、もう少し待ったらもっと並ぶと思うよ」
「なるほど……」
涼が言うには、この観覧車は日の入り後の夜景が綺麗らしく、それを目当てにカップルが並ぶそうだ。しかし、今はまだ明るい時間だからか、並んでいる人たちは家族連れの方が多い。そして、
「今から並んでおけば、乗る頃には日が落ちてるね」
「なるほど」
という、涼のファインプレーだった。
昼ご飯のあと、涼が腕時計をチラチラと気にしていたのは、こういうことだったのか、と今さらながら納得する。
……てっきり、ホテルのチェックインの時間を気にしているのかと思っていたのは、いろんな意味で内緒だ。
並び初めて数十分、涼の言うとおり長蛇の列はカップルでさらに伸びに伸びて。
少しずつ冷えてきて、マフラーを巻いたあたしと、涼は――
「オフサイド」
「……んーと、『ト』でもいい?」
一応聞いておく。
「いいよ」
「じゃあ、トラベリング」
「グランドスラム」
「無回転シュート」
……列に並びながらしりとりに興じていた。
……いやだって、もう雑談もしきったし。
「盗塁」
「インフィールドフライ」
「イエローカード」
「ドーム球場。『う』ね」
スポーツ関係の用語縛りで、延々と続いていく。
お互いの得意分野でもあるので、そこそこ白熱している。
「ウイニングショット」
「投球術」
野球用語っぽい用語が来たので、野球用語で返してみる(後で気づいたけど、野球だけの用語じゃなかった)。
「ツーアウト」
「トラップ」
「プッシュパス。バスケの押し出すようなパスね」
バスケ部らしく、涼からバスケ用語が出てきた。
だから、
「じゃあ、スリー・オン・スリー。『い』かな」
知っているバスケ用語で返してみる。
「イーブンパー」
「アウト」
「トップスピード」
「……ドーピング?」
「おいっ。…………まあ、スポーツ関係だけどさ」
だって、「と」も「ど」もそれしか出てこなかったんだもん。
今のところ、結構「と」で始まるのが多いんだよね。
「クロスバー」
「アッパーカット」
「…………うーん、ちょっと待って」
というわけで「と」で返してみると、案の定涼が困った。
よしよし。
長考に入った涼の気配を首の後ろあたりに感じて、あたしはほくそ笑む。
「……トス」
「ストレート」
「う……」
即座に返す。しめしめ。
再び長考に入った涼を待っていると、不意に、涼の指が視界に入る。
……1秒半考えて、
ぺろっ
「ぅわっ」
「へへーん」
舐めてやったら驚いて指を引いた。不意打ちで指を咥えさせようとしたのだろうけど、さすがに、同じような手は二度は食わない。
いろんな意味でやられっぱなしなことが多いので、こんなに涼「で」遊べるのは珍しい。気分が良かった。
「……………………」
……あっ。
完全に黙った涼から「予感」がして、思わず振り返ると、
「……トンネル」
予感大ハズレで、しりとりの続きが返ってきた。
「……ルール」
振り返った姿勢のまま、あたしも答える。
とりあえず、動きを巻き戻して、元の姿勢に戻る。涼の両手はすでにあたしのお腹の位置に戻っていた。
「ループパス」
「スライディング」
うーん、やられると思ったんだけどなあ。
「グリップ」
「……『ぶ』でもいい?」
「いいんじゃない?」
「じゃあ、ブラフ」
そう、それ。と、自分で言いつつ思う。まさにブラフだったのかもしれない。
あのタイミングは、涼が「命令」してくると思ったんだけどなあ。
「フリースロー。『お』、かな?」
「……オートマチックスタート」
「え? 何それ」
――野球で、2アウト・フルカウントの時に、フォアボールになったら進塁する予定の走者が必ず盗塁すること。
「……へぇ、知らなかった。さすが元野球クラブ」
「ありがとう」
小学生の時ですけど。
「じゃあ……トリプルスレット」
え?
――バスケ用語で、シュート・パス・ドリブルのどれでもいけるような姿勢、らしい。
結果。
観覧車の受付にたどり着くまで、決着つかず、引き分け。
「と」や「ど」で始まるバスケ用語って、結構あったらしい。
あたしも頑張ったんだけどね。「トリプルプレー」とか「投ゴロ」とか……。
< つづく >