つい・すと 3日目・朝

3日目・朝 閾(しきい)越え

 深いところから戻ってくるのを感じる。全身に睡眠の余韻を残しつつ、意識が水面を抜けて目が開いた。……もう、朝だった。
 胸元に千晶の顔があった。頭上の花から放たれていた明かりは、当然のように消えている。ほとんど反射的に、頭をなでてやる。その頭がふと動いた。すでに起きていたようだ。なーんだ、と思って起き上がろうとしたら、千晶がしがみついていて起きられない。
「千晶、起きるぞ」
 仕方がないので声をかける。聞き慣れない声だと思ったが、すぐにそれが自分の今の声だと思い出す。が、千晶からは反応がない。なぜだ、と少し考えて、思い当たった。

「……恥ずかしい?」
 ぎゅっ、と腕に力が入った。アタリだ。
「積極的だったな」
 昨夜の千晶は、それはそれは見違えるように開放的だった。俺に対して、自分からマンコを、そしてオナニーを見せつけるくらいに。
 千晶はゆっくりと顔を上げる。その顔は真っ赤だった。上目遣いで睨む。
「……俊ちゃんだって、あんなに気持ちよくなってたクセに」
「うっ」
 割と痛いところを突かれた。昨夜の嬌態が脳裏に浮かんで、俺の顔も真っ赤になる。

 俺もいっぱしの男だ。千晶の悶えている様子を五年間にわたって見せられて、女の快感には興味があった。どういうわけか女の身体を手に入れてしまった俺が、その快楽を「お試し」しようとしたところで、誰が責められようか。
 と、どれだけ取り繕っても、感情はごまかせない。とにかく、恥ずかしい。
「……とっとと着替えるぞ」
「……」
 逃げたな、という目で千晶が再び睨んでくる(怒っているわけではないだろうけど)。こういう時、何も言われないのは辛い。馬鹿にするのでもいいから、何か言ってくれ、千晶。

「……」
 千晶が洗面所に行っている間に、俺は着替えようとした。だが、そこで問題に気づいた。
 今さらながら、昨日のマコトの言葉を思い出す。
 服のサイズが合わないのだ。

 俺が身を包もうとしていたのは、Tシャツとスラックスという、シンプルな出で立ちだった。しかし、チャックがなかなか締まらない。スラックスを着てみて分かったが、明らかにケツがデカくなっている。
 そして、胴が長くなったのか、へその近くまでなかなかスラックスが上がらない。同時に、足下に余裕がありすぎる。Tシャツがそこそこ長いので、お腹の部分はごまかせるが、足下は仕方がないので、スラックスの裾を折り返した。

 身支度を何とか調え、自分の身体を見下ろす。Tシャツがブカブカになっているので、シャツが胸元に密着しなければ、おっぱいが膨らんでいるとは分からないかもしれない。ただ、全体的にサイズが合っていないので、違和感はありありだった。
 そして、顔を鏡に映す。
「うわぁ……」
 見慣れた自分の顔とは、全く違っていた。パーツ一つ一つを見ると、これまでの面影があるところもある。しかし、白く、見るからにきめの細かい肌にパーツが乗っかった今の顔は、初対面であれば間違いなく女のものだと思われるだろう。

 それどころか、今の俺の顔は――自分の顔に対してこんなことを言いたくないが、間違いなく美人の顔だった。目元もぱっちりして……と自ら論評しそうになり、止める。空しい。
 男の時には、別に女顔だったとは思わないし、そう言われたこともない(男装用の化粧をしたマコトの方が男らしい、と言われたことはあるが)。しかし、それがこのような美しい顔に変わったことは、悪くない気分がして――その「悪くない気分」に、複雑な思いを感じた。自分で、自分の男としての尊厳を踏みつけている気がした。

 二人で身支度を調えて、朝食を食べにダイニングに出ようとすると、マコト達と鉢合わせした。

「……おはよう」
「おはよ」
 俺の声かけに、短くマコトが答える。
 四人ともその場に立ち尽くし、重い空気が流れた。当たり前だ。マコトと叶の、普通なら決して見られない姿を見て、あるいは見せてしまったのだから。
 マコトはグレーのカッターシャツにメンズのチノパンを合わせ、サングラスをかけている。サングラスは室内用だが、スクエア型のツーレンズだった。
 その表情は、いつも通り落ち着いている。しかし、昨夜俺は、その顔が恍惚に蕩ける様子を知ってしまった。その顔が、今のマコトの顔に重なってしまう。

 と。

「ん?」

 マコトの頭上の花が、黄色く光った。隣にいた叶も、横を向くと千晶も、頭上の花が黄色く光っている。ちょうど、昨夜の千晶に起きたように。
 途端に、気分が高揚してきた。頭上から、神経に直接アルコールが注がれるような感覚がする。
「ふふふ」
 俺の口から、堪えきれない笑いが漏れる。気後れしているのが急激にばからしくなってきた。千晶と叶の顔にも笑みが浮かんでいる。
「ははっ、昨日は恥ずかしいところ見せちゃったな」
 重い空気を一蹴するように、マコトが短く笑って、階段に向かった。

「いただきます」
「いただきまーす」
 口々につぶやいて、朝食に手を伸ばす。バイキング形式で並ぶ食べ物を、各々が食卓に並べていた。

 前夜の異様な状況が忘れ去られたかのように、四人の表情は明るく、和やかな会話の中で朝食が進んでいる。昨日からの違いと言えば、俺のところに並ぶ食料が目に見えて減ったことくらいだ。多分、女の身体になったせいで食が細くなっている。

 横を見る。千晶はピンクのワンピースを基調とした、部屋着と普段着の中間のような格好をしている。頭上の花は、最早何の光も発してはいない。俺からも、アルコールの酩酊感に似た感覚はなくなっていて、すっきりした感覚だけが残っていた。
 千晶はスクランブルエッグを口に運んで、会心の笑みを浮かべている。
「美味しいか?」
 俺が聞くと、千晶はこくこく、と二度うなずいた。
 スクランブルエッグは、千晶の大好物なのだ。千晶のお母さんがほぼ毎日作ってくれるので、千晶にとっては「おふくろの味」なのだという。昨日は目玉焼きだったので、千晶は旅行に来て初めてのスクランブルエッグを楽しんでいた。楽しんでいるときの常で、口数は少ない。
 俺は、昨夜の千晶を思い起こした。「あの時」の千晶は楽しそうだったが、口数が多かったのが、少し気になっていた。楽しんでいたというより、「ハイになっていた」という表現の方がしっくりくる。ああいう反応は、普段の千晶からは絶対に出てこない。
 頭上の花が光ると、何かが起こるのだろう。さっきも黄色く光って、急に場が明るくなった。昨夜に千晶がハイになったのも、その影響だと考えるのが自然だった。

 ……ああいう千晶も良いよな、というのが、正直な感想ではあったのだが。

 朝食後の身支度(端的には歯磨きと、女性陣の髪のセット)を終えた俺達は、再びダイニングに集まった。今日は、昨日とは別の水着が渡されるらしい。
 最初に、千晶と叶が昨日と同じ小部屋に通された。だが、すぐにミリアが戻ってくる。
「俊一様と真琴様はこちらにお越し下さい」
 昨日とは違い、俺達は千晶達の隣の部屋に通された。

「こちらから水着をお選び下さい。こちらのグループが俊一様用、こちらのグループが真琴様用です」
 そこには、クロークにあるようなハンガー掛けに、水着がずらっと並んでいた。ざっと数えて、それぞれ三十種類程度ある。
 二つのグループには、サイズの他にも違いがある。俺用と示された方には、布地の広いものから狭いものまであるが、マコト用の方にはどちらかというと布地の狭いものばかりだ。
 そして、共通点もあった。近づいてみて、俺用に用意されたものに触れて、気づく。
 それらは、全て女物だった。男物ならば必ずあるはずの、独特の股間の余裕がない。それでいて、水着は下半身部分しかない。上半身を覆う水着は一つも置いていなかった。
 マコトと顔を見合わせる。マコトも同じことに気づいたようで、二人でミリアを見た。俺達が口を動かす前にミリアはにっこりと笑った。

「お二人とも女性の身体ですので、身体に合うよう、特別に女性用のショーツやパンツをお持ちしました」
「昨日と言ってることが違わない?」
 マコトがストレートに問うた。そもそも、昨日マコトが恥を忍んで男物の水着を着たのは、「男性二名」という要請があったからだ。今、目の前に並んでいる水着を俺とマコトがつけることは、その要請には明らかに応えていない。女性用水着を下半身だけ着けても、決して男性用水着のモニターにはならない。

 しかし、ミリアは冷静に言った。

「そうですか?」

 途端に。
 俺の視界に僅かに、オレンジ色の光が見えた。
「うぅっ!?」
 俺の身体が、一瞬硬直した。
「何だ! 何か入ってくるっ!」
「あ、また、またぁっ」
 反射的に頭を抱える。脳の外から、質量を持った情報が脳内に差し込まれる。その情報が、俺の脳内の一部を潰して、書き換えようとしていた。
「うわぁあっ! からだが、からだがっ」
「ダメっ! これ、いいっ! いいっ!」
 膝が折れて、胸を突き出す格好になる。脳から押し出された情報が全身に伝わって、全身の内側が激しく揺さぶられる。身体の芯が爆発しそうなくらいに熱くなり、おっぱいが、そしてマンコが激烈な反応を示した。おしっこが漏れるようにマンコが濡れるのが分かり、そのまま、
「ああああああああああっ」
「ひいいいいいいんっ」
 俺は何も分からなくなった。

「大丈夫ですか?」
 ミリアの声が耳に届き、俺の意識が戻ってきた。あれ、俺なんで寝てるんだろう。
 何が起こったのか理解できないまま、ゆっくりと起き上がる。横を見ると、マコトが呆然として女の子座りをしていた。顔が真っ赤になっている。
「それでは、水着を選んでお着けになったら、ダイニングにお越し下さい」
 そう言い残して、ミリアは部屋を出て行った。

 何とか二人で立ち上がると、俺達はそれぞれ水着選びに取りかかった。俺達は男性枠なので、上半身を隠す水着が与えられていないが、俺は男だし、マコトも一応昨日同じことをやっているので、大丈夫だろう。むしろ、マコトにとっては水着が女物になるだけマシなはずだ。

 部屋にはついたてがあり、俺達はそこで着替えた。俺はマコトから見えないことを確認して、一つ一つ、サイズの合わなくなった服を剥がしていく。
 そして、下着のトランクスを下ろす。トランクスの内側は、グッショリと濡れていた。トイレには入ったばっかりだし、これはションベンではない。俺のマン汁だ。
 やっぱり、と再確認する。全身を衝撃が奔ったので、何が起きたのか分からなかったのだ。理由はよく分からないが、俺がイッたことは確かそうだった。
(下着、どうしよう……)
 マンコは濡れっぱなしだが、どうせ今から着るのは水着だから関係ない。しかし、下着のトランクスに、もう替えがない。昨夜も図らずも汚してしまったので、今夜から使う分を穿かざるを得なくなっていたのだ。しかし、その分もこのざまだ。ミリアに頼んで、洗ってもらうしかないか。
 それに。
(俺、どうなるんだろうな……元に戻れるのかな……)
 先のことが一瞬頭をかすめ、少し気分が重くなる。が、やはり今は、楽しむことが先決だ。
 俺が選んだのは白黒の水玉模様のトランクスだった。昨日のものとは違って、股下部分がない。股間の膨らみもなく、その部分は非常に浅い作りになっている。それでも男物に一番近い形状だったので、これを選んだ。両足を通して持ち上げる。
「おぉ……」
 股間の布が俺のマンコにぴったりとくっついた。まるで、下からマンコが支えられているような錯覚に陥る。それは、男の時には決して味わえないであろう、不思議な感触だった。
 改めて見下ろす。股下がないので、トランクスから俺の脚が最大限露出しているし、間違っても股間がのぞかないように、身体に比較的フィットしている。脚からは昨日まであった毛が一切なくなっており、また細くなっているせいか、少し脚が長く見える。
 トランクスという意味では、ついさっきまで下着で穿いていたのも、昨日穿いていた水着も同じトランクスだったが、女物はひと味も二味も違った。履き心地も見た目も全然違う。

「シュン、もう良いか?」
 戸惑いともつかない気持ちに揺れてながら腰紐を結んでいると、マコトの声がした。
「お、おう」
 と応えると、マコトはついたてに右手をかけつつ、横を通ってゆっくりこちらに進出してきた。
 マコトは、ビキニパンツを着用していた。色は黒で、控えめながらも、女物らしいレースがついている。そして、ビキニパンツとサングラス以外は何も着けず、右手をついたてに、左手を腰に当てていた。その結果、当然にマコトのおっぱいが眼前にさらされていた。

 僕は意を決して、シュンの前に立った。
 昨日は頑張って我慢したし、夜は元々それどころじゃなかったから気にならなかったけれど、そこを改めて見せるのは恥ずかしかった。だから思い切って、最初に堂々と見せつけた。
 シュンも、僕と同じように上半身裸のまま、棒立ちしていた。シュンの顔は少し丸くなっているけれど、しっかり通った鼻筋が、すらっとした美しい印象を与えている。その一方で、ぱっちりした目元と、厚くなった唇からはかわいらしさを連想させる。さっき、朝ご飯を食べているときに笑っていたが、その笑顔は「可愛い」という表現が似合っていた。つまり、美しさとかわいらしさを兼ね備えた顔立ちだった。……正直に言えば、僕も化粧次第では美人と言われる方だけれど、それでも少しうらやましさを感じるくらいだ。しかも、今のシュンはノーメイクでこれなのだ。恐ろしい。
 髪型だけは昨日と同じだったけれど、シュンは短髪ではないので、今の髪型でも一応、不自然ではないと思う。……髪型はあくまで僕基準だから、ちょっと甘いかもしれないけど。

 シュンの身体も、完全に女の子のものだ。昨夜より、一段と全身が丸みを帯びて、大人の女とほとんど遜色ない肉付きになっていた。
 しかし、僕とは違って、自分の胸をさらしていることに対する羞恥は、シュンからは全く感じられない。やっぱり精神は男の子のままなんだ、と思う。だだその一方で、特にシュンの胸が、昨日とは違っていた。
「……大きくなってる」
「え?」
 少女の声で、シュンがとぼける。だけど、昨夜と比べても、そこの膨らみの違いは明らかだった。
 膨らみの輪郭は、もうはっきりしている。サイズはおそらく、今の状態でも僕より少し大きい。だけど、シュンの乳輪部分は全体の膨らみから飛び出ている。これは、まだ胸が膨らみきっていないという証拠で、このままいけばもっと胸が大きくなるということだ。……生まれついての女の子である僕としては、胸の大きさを追い抜かれたということに、とても複雑な気分になる。
 ただ今は、それよりはシュンの乳首が大きくなっていることの方が気になった。今はしぼみかけているけど、それは、さっきシュンが興奮していたということの有力な証拠だった。僕は周りを気にする余裕がなかったけど、多分、さっき、僕と同じ目に遭っていたのだ。なんでそんなことになったのか、全然分からなかったけど。

「……ぁぁぁあぁっ」
「…………ぁぁぁぁんっ」

 その時。
 隣室から声が聞こえた気がした。
「何か聞こえたな」
「うん」
 多分、叶とちーの声だと思う。一瞬だったので何の声かは分からなかった。ただ、さっきの今なので、心当たりはあった。

 俺達が部屋から出ると、千晶と叶の声が聞こえた。それは、間違いなく水着選びを楽しんでいる声だったので、俺達は安心してダイニングに出ていった。しばらくすると、千晶達が部屋から出てきた。

「お?」

 変な声が出た。二人の格好は、正直意外だった。
 千晶は、黄色のビキニだった。ビキニ自体は普通の三角ビキニだが、千晶はビキニというイメージではない。実際、かなり恥ずかしそうにしている。
 叶も、花柄なのは昨日と変わらないが、肩紐が布になっているホルターネックビキニをつけていた。叶はおっぱいが大きいから、そのブラと、そこに隠れている二つの膨らみがとてもよく目立つ。背中の結び目は、大きめのリボンになっているようだ。

 まとめると、二人ともかなりアグレッシブな格好だった。年頃の女性としては間違いなく普通の範囲内だが、千晶と叶がこの格好をしてくるとは思わなかった。ただし……とても似合っているのは間違いない。こういう千晶もいつかは見てみたい、と思っていたし。

「可愛いね」
 爽やかに、マコトが二人を冷やかす。「そうですか」と応じた叶だけでなく、下を向いた千晶も、満更ではない様子だった(千晶が何も言わずに下を向くのは、基本的に肯定の合図なのだ)。

「こういう格好も、たまにはいいかな、と思いまして」
 そう言った叶のほっぺたは、少し赤かった。俺は恥ずかしがっていると思ったが、マコトは何か違うことに気づいたらしい。
「なあ叶」
「なんですか?」
「水着を選んでるとき、何か変なことが起こらなかったか?」
「…………起こりました」
 叶はそれ以上言わなかったが、マコトにはそれで十分だったらしい。即座にミリアに向かって言う。
「ミリアちゃん、僕達は何をされたの?」
 その口調は、感情を抑えているように聞こえた。
 しかし、ミリアはにっこりとして答えた。

「はい、それは『アトラクションをより楽しんで頂くためのアトラクション』です。皆様の頭に咲いているお花を使って、皆様を洗脳しています」

 「洗脳」という物騒なはずのその言葉。だが、それはアトラクションとして考えれば、とても非日常的で、ドキドキさせる言葉だった。
「それらのお花は、皆様の頭の中を直接書き換える機能があります。お花からの洗脳を受けることで、皆様にはアトラクションをより素直にお楽しみ頂けます」
 マコトは、それで合点したようだった。
「そうか、僕達は洗脳されてたのか」
 言葉のとげは取れていた。同時に俺も納得した。マコトが昨日の朝、突然崩れ落ちたのを思い出す。それがあったからマコトは上半身裸を受け入れたのだ。「謎が解けた」という感覚があった。
「はい、洗脳も、あくまでアトラクションとしてお楽しみ下さい」
 ミリアは大事なことのように、念を押した。

< つづく >

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