二話 出会いはあまりにも偶然に
あれから、一週間くらい経っただろうか。
『あれ』というのは勿論…
あの日。学校で起こった…性格に言えば、起こした事。
悠希の精神を使って、コイツの性能を試した日だ。
あの日から、コイツを起動させてはいない。
情けない話だが、罪悪感というヤツにずっと苛まれてきたんだ。
大学も、ほとんど病欠と嘘をついてサボったし、悠希と逢うなんてもっての他だ。
人の精神を勝手に操るという事。
ましてや、親友であったはずの悠希に…あんな辱めを。
そんな罪悪感がここ一週間ずっと続いた。
しかし、その罪悪感。
悩んで、考えて、捻じれて…
いつしかそれは、『この道具をどう有効活用するか』という歪んだ考えに変わっていた。
人を操れる…
しかも、催眠術みたいに、導入やらに一切時間や手間をかけずに済む。
対象をすぐ見定めて、すぐ操る事も可能なのだから…
最初のうちは、送り主は誰か、だとか、どうしてこんなにも簡単に人の精神を操れる道具が存在するのか、などと疑問をずっと頭の中で繰り返していた。
つまりそれは『恐怖』だ。
使えば魂が取られるんじゃないかとか、ある日この道具の膨大な料金が請求されるんじゃないかとか…得体の知れないこの道具が不安で仕方なかった。
そう、それらの考えをまとめにまとめ、今日に至る。
俺は… この道具を使って… どうする?
…決まっているじゃないか。
得体の知れない道具の、得体の知れない恐怖に怯えてどうする?
俺は…こいつで…
人生を変えてみせる…!
ガタン、ガタン。
ある理由で目を覚ますと、明るい街並みと河原の風景が広がっていた。
そろそろ起きておくか…。俺は棚の上に上げた荷物を膝の上に持ってきて、ぼうっと電車の外の風景を見る。
普段はスクーターで通学しているのだが、ちょっとした遠出や大きい買い物をする時はこうやって電車を使う。
こっちに出てきた時はこんな生活には慣れなかったが、すぐに電車の利便さを覚え、こうしてちょくちょく使っている。
…はっ、と、身体を寒気のような不安感がよぎる。
急いで手元に置いておいたバッグの中身を確認し…それがあるか確かめる。
…よかった。盗まれてない。
『道具』じゃ何かと不便なので、こいつに名前をつけることにした。
自分の中ですっきりしない、ってだけなんだけどすっかり悩んでしまい、気付けばかなり凝った名前にしてしまった。
『ハート・ハック・クラッシャー』
…どう? …って誰に聞いてるんだ俺は。
ハート(心)をハック(ハッキング)してクラッシュ(クラッキング)する機械。者。
ハッキングとクラッキングをかけてみて… 要するに、相手の精神をぶっ壊すような力を秘めた機械って事でこんな名前にしてみた。
…まあ、人に言うコトはまずないんだけどね。
しかし、電車の中はかなり混んでいる。帰宅のラッシュの時間と鉢合わせてしまったようで、電車の中はぎゅうぎゅうの押し詰め状態だ。
俺は座席に座れているのだが、前に立っている人の靴が俺の足を踏みそうなくらい近い。しかもそれが数人もいるのだから、相当な数がこの電車の中にいる。
…ちょっと気晴らしに出かけただけなのに…ついていない。
「…で、さーー!!それがちょーウケるのよ!!マジで!!」
…おまけにコレだ。
俺が目を覚ました原因。…となりに座っている、この金髪の男。前の駅で乗り込んで、人を押しのけて俺の横に素早く座った奴。
座ってすぐ携帯を取り出し、馬鹿デカい声でこの電話。しかも大股開いて座ってるので、本来人が座れる分まで堂々と陣取ってしまっている。…こんな状況なのに…どんな脳みそしてるんだ。
しかもだ。外見がかなり強面…というか、今風というか。話しかければ直ぐ喧嘩に発展させそうな面をしているので、誰も注意できない。前に座っている人や隣の席の人も、ビクビクしながらチラチラそいつを睨んでいる。
「だははははははは!!マジマジ!!ウケんべ!!な!!」
『マジ』と『ウケる』しか喋れないのかコイツは・・・。いい加減イラついてきた。
しかし…まあ俺もそんな傍観者の一人に過ぎないワケで。注意できるような根性を持ち合わせてないからこそ、こんなにヤキモキしている。…次くらいで降りてくれることを切に願う。
…いや、待て。
…それは…『今までは』の話なんじゃないのか?
手元にあるハートハッククラッシャーを見つめる。コイツを使えば…横の馬鹿を、好きにできるんだぞ?
格段に阿呆なコトをさせてもいい。こんな大衆の場で自慰行為なんかさせたっていいし、いっそ真っ裸にしてやってもいい。恥というものを叩き込んでやる、ってのはどうだ…?
ま、コイツの裸なんか興味あるわけないけどさ…。いい教訓になるだろ?
…あれから一週間。恐怖心を払拭する時は、今かもしれない。
今日から再開だ。俺の人生を…変えてやる!
俺は決心をし、ハートハッククラッシャーを起動させる。画面に並ぶ名前の列。恐らくこの車両の人間の名前は全て出ているだろう。よし…!
…あれ。
…じゃあ、コイツの名前わからないと…ダメじゃん。
…。
くそ!折角勢いよくスタートしようと思ったのにぃぃぃ…!!
気付けば、俺は涙目になりながら、一つ一つ名前を選択していく。心の声が今の状況とリンクしていれば名前はわかる。喋っている時は、そのままそれが心の声になっているコトが多いため、分かりやすいんだけど…流石にこの車両全員となると、特定が難しい。
いつの間にか、電車は次の駅に止まっていた。先程まで居た人が電車を次々と降り、新しく人が電車内にわんさか入ってくる。
…よし、これで特定しやすい!変わらず居る奴の中にコイツがいる!
急いで、俺は横の金髪の名前を探す。どいつだ…!どいつだ!
「…おい、お前!」
…へ?
直ぐ近くで怒鳴り声が聞こえたから、俺はそちらを見る。
女の子が一人、俺を…、いや違う。俺の隣の金髪を睨みつけて、怒鳴っていた。
俺と同じくらいの年齢だろうか。黒髪で、長めのポニーテールが印象深く、目はやや釣り目。大きな目が金髪を睨みつけている。
シャツっぽい服とぴっちりしたジーンズが妙に男っぽい…が、可愛い。凛々しさの中に可愛さがある、といった感じだ。
「…あ?」
怒鳴られた金髪は、携帯を耳から離して負けじと女の子を睨み返す。
しかし女の子はそのガン飛ばしに動じもせず、言葉を続ける。
「電車内のルール、分かってるのか!?車内で携帯の通話は禁止!馬鹿でかい声で…しかも、お前は席を陣取りすぎだ!こんなに混んでいるのに…何を考えてるんだ!」
…なんか、俺を含めて周りの人の意見を全部言った感じだ。周囲の人がチラチラと女の子を不安そうに見る。
「…知るかよ、ブース。邪魔だからあっち行ってろ」
金髪は怯まないようにそう強がり、しっしっと手で追い返す。
女の子は睨みをより一層きかせ…しばらく黙る。何か考えているようで…あ、思いついたみたいだ。頭の上に電球が見えた気がする。
何をするかと思えば、息をすーーっと、大きく吸い込んで…
「きゃーーーーーーーー!!!!!この人がアタシのお尻触ったあああああああああああああ!!!!!!」
電車内を振動させる大声!車両の端から端までの人が一斉に金髪と女の子を見る!
「な…何デタラメ言ってんだこのアマぁ!!!」
「いやああああ!!!痴漢、痴漢がいます!!!誰かああああああ!!!!」
ざわめく車内!数が揃えば勇気も出るもので、何人かが金髪を取り押さえようと動き出す!
その時、電車が駅に到着し、ドアが開いた。
「お…て、てめ…!!覚えてろよ!!!」
ありがちな捨て台詞を吐いて、金髪は人を掻き分けて電車を出る。…多分、ここで降りる予定じゃなかったろうに。
金髪は駅員の制止を振り切り、階段を駆け下りていく。いい気味だ。
…ドアが閉まり、静まり返る車内。…女の子に声をかける人もいない。冷たい人達だなあ。痴漢被害にあったっていうのに…
…まあ、嘘なんだけどね。彼女の。
「…へへへ。お騒がせしました~~…」
そう言って、女の子は少し顔を赤らめながら、俺にそう言う。
…おそらく自分で情けなくなるくらい驚いた表情をしていたのだろう、俺は。鳩が豆鉄砲食らった感じの。
「あ、い、いえ…」
「…隣、失礼しますね」
そう言って女の子は、そのまま俺の隣に座って黙り込む。…あんな大胆に行動して『恥ずかしい』とは…ううむ、分からん。
正義感は強いけど、まだ普通の女の子でいたい、って感じなのかな…可愛らしいじゃないか。うんうん。
…ふと、手元に起動させっぱなしのハートハッククラッシャーがあることに気付いた。
…あー。なんかモヤモヤしてきた。
…決めた。
金髪に使う、っていうのを変更して…この女の子で、俺の人生を『再動』させよう。この子でテストだ。
ここまで強気な女の子を…ってまあ、今はしおらしくなっちゃってるけど。ちょっと操ってみるっていうのも面白いな…。
俺は再び、名前と心情をリンクさせる作業に入る。
…お?
(あー、恥ずかしかったぁ…。でも、さっきのアタシ、ちょっとかっこよかったかも…てへへへへ)
これかな?…えーと、名前は…
東堂春香(とうどうはるか)か。なるほど…うん、間違いないみたいだ。
試しに…
【咳をする】
「けほっ、けほ…」
(う。咳…。う~…人の多いところって苦手だな、やっぱり…)
…うん、間違いないみたいだ。言動、心情、命令、全て一致する。
…さて、と…彼女にはどんな悪戯をしてあげようか?
俺は考えながら、キーボードに文字を打っていく。もはや不安感など微塵も感じない。この子がどんな風に変化してくれるのか。それが楽しみで仕方がない。
【隣にいる男性に発情する。相手の気持ちは考えない、大胆に行動する】
前回は見るだけだったけど…今回は、俺に行動してもらうことにしよう。
…楽しみだな…ふふふ。
幸い、電車内は満員に近い。隣の人達はお疲れの様子ですっかり寝ちゃってるし、立っている人も新聞やら小説やら読んでて周囲を気にしていない。チャンスだ。
…『実行』。
(!!あ、う…。うあ…なに…?この感じ…)
ハートハッククラッシャーに文字が表示される。隣を見れば、顔を余計に赤らめて縮こまる春香。
少しすると、俺の方をチラチラ見て、内股をモジモジさせながら俺の方に身体を寄せてくる。そして、おもむろに俺の顎を手で引いて
「…ん…」
唇を重ねた。いや、それだけではない。
「…ちゅ、ぷ…れろ…んむ…!」
俺の舌と春香の舌を丹念に絡ませて、お互いの唾液を交換するように口内を掻き回される。
は、発情って言ったけど…ここまで行くとは思わなかったな。…そういえば、俺のファーストキスだけど…
春香にとってはどうなんだろ?ふふ。
「ん、ァ…ふゥ…!!」
段々と性感が高まってきたのか、小さく喘ぎ声のような高い声を上げ始める。
そして、俺の手をおもむろに取って…春香の、自分自身の秘所に俺の手を添えさせる。
…触ってくれ、っていうコトなのかな…?お望みどおり、ジーパンの上から秘所と思われる箇所を擦るように触ってみる。
「ああッ…!!い、いいよ、ォ…!そこぉ…!!」
語りかけながら、春香は俺の首筋を舐め始め、触りやすいように股を段々と大きく開いていく。
「ん…あ…」
…やがて、それだけでは物足りなくなってきたのか、俺の手を再び取って
「中で触って…?」
と、自分のジーパンの中に俺の手を突っ込ませる。
柔らかい下着の感触が手に触れた。そのまま下着の中にも手を突っ込むと、陰毛の感触を感じる。そして更にその中…しっとりと濡れている、秘所に触れる。
「きゃ…!!うああああッ…!!い、いいいッ…!!」
豆、ってヤツなのかな。妙に硬い部分がある。
それを押すように触りながら、回すように動かしてみる。
「や、ァ…!声出ちゃうぅぅッ…!!あはああッ…!!!」
より、感度が上がって声が大きくなっている。…流石に目立ちすぎてないだろうか。
しかしそう思っても、こんな可愛い子に喘がれれば、辞めるワケにはいかない。
「もっと触ってェ…お願い…!」
そういう俺の心情を察するように、春香に懇願される。
春香は荒い息をしながら、紅潮した顔で微笑んで、俺の手を掴んで更に激しく動かそうとする。…こ、ここまで淫乱になるとは予想外だった…。
悪くはないんだけどさ。
俺は秘所の中に中指を突っ込む。ヌルヌルした愛液の感触が指に伝わり、その中を突き刺すように一気に指を押し進める。
「あはァァッ!!ん、あああああッ!!」
!さ、流石に声がデカいぞ…。
周りをあまり見ていないが…何人か気付いてるんじゃないのかとこちらはハラハラしている。…こういうプレイもありなんだろうけどさ。
…でもまあ、女の子をここまでさせといてここで終りにさせるのもアレだよな。…春香の口にそっと左手を当てて、なるべく声を出させないようにする。指を段々と…円を描くようにぐりぐりと動かし、春香の性感を上げる。
「うあ、ああンッ、き、気持ちいッ…!や、ァ…気持ちいいよォォ…!!」
知らない男に弄られてるのに、よくそうまで語りかけられるよな…ふふ。もっとも、俺のせいなんだけどさ。
「だめェ…イっちゃうよォ…!!イく、イくゥ…!!」
声がどんどん荒くなり、指に絡みつく愛液の量も増えていく。…よし、一気に攻めてやるか…!!
「…それ…!!」
円運動を一気に激しくし、押したり引いたりを繰り返し、一気に絶頂に達するように指を動かす。
じゅぷっ、じゅぷっ。
こちらまで愛液の音が聞こえてくるようだ。
「!!あ、ああああああああッ!!きた、きたあああああああッ!!イくうううーーーーーーッ!!!」
春香の叫ぶ声を必死に手で抑えながらも、指を変わらず、激しく動かす。
そして…
「ッゥ…!!!!!!」
声にならない声をあげ、春香の身体がビクン、と一瞬大きく震えて…やがて全身の力が抜けたように、俺に寄りかかる。…イったみたいだな。
…。
はっ。
気付けば、俺の周りの数名が、こちらを信じられないといった形相で見ている。…や、やっちまったか…。
次の瞬間、電車のドアが開く。丁度駅に着いたようだ。 俺は春香の手を取り、急いで電車を降りる。
「ねぇ…アタシ、まだ物足りなァい…。次しようよ…ね?」
う。ま、まだ効果が切れてない…。
…そうか。明確に『終了』を提示しないと、効果は持続するんだな、多分。
ホームの、なるべく目立たない柱の影に移動した。ここなら人目はつかないな…。急いでハートハッククラッシャーを起動させ、春香の欄に続きを打っていく。
「何してるのぉ…?ねーえ…?」
ぐ、み、耳元に息を吹きかけるなッ…!手元が狂うだろ…!!
【普通の状態に戻る。先程の電車の中から今までで起こった行為を全て忘れる。】
覚えられても厄介だしな…勿体ないけど、ここでお別れだ。『実行』と。
実行を押して、ハッ、と我に返る春香をぐぃっ、と押しのけて、俺はゆさゆさと春香を揺さぶる。
「大丈夫ですか?貴方、電車の中で気絶してたんですよ?気付きましたか?」
…ワケの分からない言い訳だが、仕方ない。朦朧とした目で春香は俺をじーっと見ている。
「…気絶。ほえ」
「…お、俺は、ただの通りすがりの一般人です!貴方に何事もなければ良かった!それじゃっ!」
「…ふえ…さよなら」
春香は、ワケが分からないと言った感じだが、無理矢理そう説得して、俺はクールにその場を去る。
…ま、どうにかなるだろ!
逃げるように、俺はその場を去った。
翌日…大学の食堂にて。
「はー、腹減ったー。食うぞー!」
「あはは、大学にやっと出てきたと思ったらそれ?ま、和幸君らしいけどさ」
久々の大学は相変わらずかったるかったけど、悠希が何も変わらず俺に接してくれたことに感謝したい。俺の仕業だと気づいてないのは勿論だけど、前の件も何事もなかったように受け止めてくれたみたいだ。都合がいい。
「それじゃ…えー、『映画研究サークル』プロジェクト再動を記念して…」
俺は自販機で買ったジュースを悠希の前に差し出す。悠希も、少し驚いた様子だけど、ジュースを差し出してくれた。
「「かんぱーい!」」
「すいません…」
…え?
何だ、この声…
ええと、つい最近聞いたような…。
「さっき、映画研究サークルって言いましたよね?アタシ…ちょっと興味が…」
「…あ…」
「…あ…」
それは…昨日、知り合ったっていうレベルじゃないことをした女。
東堂春香が、食堂のラーメンを手に持って、俺達に問いかけてきていた。
「あ、さ、サークル入部希望ですか!?よかった…お話を是非… …あれ?二人とも?」
固まったままの俺。
昨日『助けられた』と勘違いをしていて、嬉しそうに頬を赤らめながら俺を見る春香。
二人の異様な光景に、悠希は首を傾げるだけだった…。
< つづく >