八話 決戦は謎のままに
俺は階段を全速力で駆け上がる。慣れない運動のせいで息切れも動悸も激しいが、そんなことに構ってはいられなかった。
早く知りたい。真実を知りたい。それは怖くもあった。…しかし、俺は真実を知らなければいけない。関わった人間としての宿命として、どうしても真実を見極めなければいけない。
恐怖を掻き消すように階段を駆け上がる。目の前に鉄製のドアが見えた瞬間、俺はそれを蹴開けて叫んだ。
「奈月ィィィッ!!」
「…やっほー。来たんだね、お兄ちゃん♪」
アイツの姿を探すまでもなかった。正面の奥、そこに奈月は居た。
昇降階段とは反対に位置する鉄柵にもたれかかり、奈月は悠々と俺を待っていた。格好は昨日と同じだが、何故かその上に白衣を着ている。
…そして、その足元に崩れるように座っているのは…悠希だ。疑心が確信へと変わっていく。
…悠希の眼は、虚ろだったのだ。まるで何かに『操られて』いるかのように。
「悠希っ…!!」
慌てて俺はその悠希に駆け寄ろうとする。当然だ、早く助けなければ奈月に何をされるか分からない。
… … …。
待て。俺は立ち止まった。
奈月は…何故駆け出そうとする俺に、何の反応も示さない…?
「…くすくす」
奈月は俺を見て笑っていた。…その顔には、何か機械が取り付いている。
片眼鏡といえばいいのだろうか。左目を一面のレンズで覆い、左耳にはそれを支える本体らしき機体が見える。…なんだ、あれは…。
何が何だか分からないけど…とてつもなく嫌な予感がする。俺は歩を止めて、奈月の様子をじっと見ていた。
「勘が鋭いね、お兄ちゃん。あと数歩でお兄ちゃんはボクの操り人形になってたトコだったんだよ」
楽しそうに奈月は言う。俺は対照的に、額に脂汗が滲む。
…そうか。あの嫌な予感は… 『射程距離』だ。俺がハートハッククラッシャーを使うのと同じ…操る対象者までの射程距離。その範囲を何故か俺は偶然捉えていた。奈月の表情から読み取ったのだろうか、それとも本当にただの勘だったのだろうか、未だに分からないが…とにかく命拾いしたらしい。
「… … …。随分…伸びたんだな、距離が」
…ハートハッククラッシャーよりかなり距離が長い。俺が足を止めた位置は…30mといったところだろうか。懐に仕舞ってあるハートハッククラッシャーでは、まず奈月を捉えられない距離だ。
それを聞いて、奈月は意外そうに首を傾げるもまだ笑っていた。
「なあんだ、ボクが言わなくても気付いたんだね」
「…あんな書置きされればな。悠希を誘拐できる情報も力も…お前にはないはずなんだから」
そう言って俺はグッと拳を握った。
悔しい。
ただ悔しい。
奈月を…もっと早く危険だと認識するべきだった。止めるべきだった。 それに気付かず、野放しにしてしまった自分が悔しい。…そして…恐らく。まんまと奈月の掌で踊らされていた自分にどうしようもなく腹が立った。
奈月はふうと小さく溜息をついて、真っ直ぐ俺を見て言った。
「…そう。お兄ちゃんの『機械』を作ったのは、ボクだよ」
恐ろしい笑顔だった。
あの純粋だった妹の笑みは…いつの間にか俺にとって、恐怖の対象に変わっていた。
変わってない、なんてとんでもない。あの頃の純粋な奈月の笑みと今の奈月は…明らかに違う…!
「Mind control Machine。略称MCM。結構安直な名前でしょ?お兄ちゃんの持ってるのは試作型だからprotoってつくんだけどね。マインドコントロールマシンプロト」
「…名前があったんだな、知らなかったよ」
「そうそう。一応、ボクの発明品だからね」
「…そうか…。それじゃあ…」
そう言って、俺は鉄製のドアを強く叩いて奈月を睨みつけた。
「…どういう事か説明してもらおうか、奈月」
奈月は俺に驚きもせず、にやけた表情のまま一息ついて、やがて話し始めた。
「まず率直に、用件だけ言うよ。…お兄ちゃんの持ってるMCMP。ボクに返してくれるかな?」
MCMP…。ハートハッククラッシャーの略称。懐にある機械の存在を確かめる。
「…随分ムシのいい話じゃないか。いきなり俺に渡しておいて、いきなり返してくれだと?そんな簡単に応じられると思ったか?」
「んー…やっぱりそう簡単には無理かあ。…それじゃあ無理矢理…」
奈月はショートカットの髪をクルクルと指で巻いて溜息をつくと、一歩前進する。それを見て俺は一歩後退をした。…射的距離には入れない。そもそも、奈月の顔についているアレがどんな物なのかも分からないのだ。迂闊には近づけさせられない。
「…ふふ。と思ったけどね、ボクの脚力じゃ到底お兄ちゃんに逃げられて追いつかないし…やっぱりボクとしても、実の兄とは平和にこの事を解決したいんだ」
…余裕の笑みだ。さっきから俺に見せている奈月の笑みは、明らかな余裕を表した笑みだった。
「ボクの顔についているのは分かるよね。MCMの正規版。お兄ちゃんのプロトタイプよりずーっと性能がいいんだよ。…まず」
そう言って奈月は、耳にある機械のボタンを押した。本体から伸びているマイクに口を近づけると、コホンと咳払いをして。
「…『鈴井悠希。犬になる』」
奈月がそう言うと、その足元で眠っているように動かなかった悠希がビクンと上半身を起こす。そして段々と呼吸が荒くなり…体勢も、手を地面につけて四つん這いになり…。
「…わんっ!わんっ、わんっ」
…操られた。あの清楚だった悠希に見る影もなく、今は一匹の犬となって奈月の足に顔を擦り付けている。奈月は嬉しそうに悠希を見下すと、頭を撫でてやる。
「…簡単でしょ?ボクの眼についているスクリーンに、ボクの視線の先にある人物の名前が表示される。それで後はMCMPを起動させて対象者の名前をコール、命令文を言えばオッケー。…お兄ちゃんの持ってるMCMPみたいに対象者の名前を探したり、わざわざ命令文を打ち込む手間だってないの」
「… … …」
正規版と言うだけはあるか。明らかに俺の持っている物より使い勝手が良くなっている。…そして、その性能を聞いて俺に到底奈月を操る隙などない事を絶望した。
…見ると、悠希は俺の方に歩いてきていた。見慣れない奈月より、見慣れた俺の方に近付きたいのだろう。四つん這いで歩くのはかなり大変そうだが、それでも俺の方に近付いてきてくれている。…しかし。
「『鈴井悠希。ボクの所に戻る』」
その命令を奈月が言うとまた悠希はビクンと身体を震わせ、次の瞬間には身を翻し奈月のところに戻っていった。
「ね、洗脳可能な距離だって抜群に伸びてるんだよ?30~40mってトコかな。スクリーンに相手の名前が表示されれば、操り可能のサインなんだ」
得意そうに奈月は言って、耳元の機械本体をトントンと指で叩いた。
「…随分ペラペラそいつの性能を教えてくれるんだな」
「当然。だってコレはお兄ちゃんが作ったようなものなんだもん。感謝の意味を込めて」
「…何?」
俺が…作った?何を言っているんだ?
「お兄ちゃんのMCMPの使用情報は、全てボクに筒抜けなんだよ。研究所にパソコンがあってね、そこにお兄ちゃんのMCMPの命令文、電波状況、対象者の情報、その他モロモロが送信されてたんだよね~」
「…な… 何…」
「まー、随分とボクの発明品をやましい事に使ってくれたじゃない。お兄ちゃんがあんな使い方するなんて…ショックだったなー、妹として」
「ぐ…!」
か…家族にエロ本を机の上に出された中学生の気分だ。いや、それ以上か…。
俺のしていた…あ、あんな事やこんな事が…全部奈月にバレていただと…!
「いやまあ、健全な男子の発達だとは思うけどね。流石にあそこまで使われるとボクだって悲しくなっちゃうよ~」
「こ…こ、この野郎…!」
ニヤニヤして俺に言う奈月を今すぐブン殴りたいが、一歩も近づけないのが悲しいところだ。
「…ま、ともかく。お兄ちゃんがそうやってせっせとMCMPを使ってくれたおかげで、課題点や改良点が多く見つかったわけで…それで今ボクが使ってる正規版が出来たってワケ。お兄ちゃんのスケベも役に立つもんだね」
か、完全に馬鹿にされている…。
「それで、まあMCMPの方も用済みなワケだし、秘密裏に処分したいっていうのが事情なの。このまま使われるといつか何処かにバレるかもしれないっていうリスクだってあるし…ボクの方でちゃんと片付けておきたいんだ」
「…それで返せっていうのか」
「そうそう。話が分かってくれて嬉しいよ」
「…分からねえよ。そもそも、何で俺にコイツを預けたんだよ」
そう言って俺は、隠しておいたハートハッククラッシャーを取り出してジッと見つめる。…もう隠す必要もないだろうしな。
「… … …」
俺がそう質問すると奈月は黙り込む。…笑顔は消え、何かを考えているようだ。…この状況でそんなおかしな質問をしたつもりではなかったが…むしろ聞くのが自然のはずだ。しかし奈月は黙ったまま何も答えようとしない。
「…さあね。とにかく、MCMPは返してもらおうよ、お兄ちゃん」
「…?」
答えない。…何故だろう。何か理由があってこれを俺に預けたはずだ。…要するに俺はハートハッククラッシャーのテストをしていただけで、それなら奈月の知り合い…いや、奈月自身だって出来たはずだ。…何故俺がテストをする必要性がある?
…しかしどうやら、それを考えている余裕もなさそうだ。奈月は徐々に、ゆっくりとだが俺の方へ歩を進めてくる。それに応じて俺も一歩、一歩と後退をしていく。
…くそっ、悠希さえ取り戻さればすぐに逃げ出せるが…今は二人から眼さえ離せないぞ…。ここで俺が逃げ出せば、何をするかわからない…!
「…『鈴井悠希』」
「…わん?」
奈月は、にやっとまた笑って悠希の名前を呼ぶ。それに応じて、悠希が震えた。
「『正気に戻る。ただし身体は動かない』」
「何…!?」
な…なんて事を命令するんだ…!
命令を受けた悠希は、四つん這いになった状態から…瞳に生気が戻る。頭は動かせないので眼だけ俺と奈月を見て、不安そうな顔を俺に向ける。
「え… え…。な…なに…これ…。どうなって、るの…!?」
悠希は正気に戻った。しかし身体は全く思うように動かない。頭すら完全に俺の方を向けられず、眼だけ上目遣いに俺を見ている。
不安そうな表情をしていた。それこそ、今にも泣き出しそうな…。…無理もない。眠りから覚めれば自分は学校の屋上に居て、身体が全く動かないのだから…。
「嫌… 助けて、助けてぇ…和幸君…!」
身体をどうにか動かそうとするも、どうにも動かない。命令をしたのは奈月だが、認識をするのは悠希自身…。悠希は心の奥底で、自分を動けないようにしている。
何か鎖に縛られたような感覚を早く解き放ちたい。必死に自分の身体に力を入れるも…どうやっても動かないのだ。
「身体が、動かないの…!和幸君、助けて…!」
「悠希っ…!」
今すぐ駆け寄ってハートハッククラッシャーで治してやりたい…!
しかし、悠希のいる場所は奈月のすぐ近く。…近付けば、俺が一瞬で操られる…!今の悠希のように、奈月の『声』で、一瞬に…!
「クスクス…もどかしいよね、二人共…。…お兄ちゃんがMCMPを返してくれれば、すぐに二人共自由に動き回れるんだよ?」
「くっ…!」
ハートハッククラッシャーを…失う。
いや、それどころではないはずだ。奈月には…人を操れる力がある。だからハートハッククラッシャー…MCMの存在を知っている俺の記憶は、MCMを取り戻しさえすれば直ぐに消されるだろう。それは当然だ、聞かなくても分かる。MCMの存在自体が公になるのが怖くて取り戻そうとしているのだから、それを知っている俺の記憶も消して当然のはずだ。
…問題はその先だった。MCMの記憶、いやひょっとしたら…もっと大切な記憶を消されるかもしれない俺は…。
仮に考えよう。
俺がもし、今の奈月の立場だったのなら…。圧倒的に人を操れる力を持つ人間だったとしたら…。
俺は迷わず、奈月を自分専用の操り人形にするだろう。
「…奈月…。コイツを返したら、俺や悠希に何もしないか?」
「…んー?何もしないよー?素直にお家に帰してあげるよ」
…十年以上連れ添った、兄妹だ。嘘くらい見抜ける。…奈月の言葉は『嘘』だ。
あんなにヘラヘラ笑いながら言う言葉が信用出来るものか。
…俺と奈月は兄妹だ。
例えば、見知らぬ人を操って、それを長期に渡って監禁したりする場合…。その他人の知り合いや親族、そしてそこから警察へと、次々と『心配する人』が増えるだろう。そこから、MCM発覚の可能性のリスクが高まる。
しかし俺は…操ってもそういったリスクが少ないのだ。親への言い訳も、俺の友人への言い訳も『兄妹だから』で事足りる。
ある日突然見知らぬ人と仲良く一緒に歩いたら、少なからず怪しむ者がいるだろうが…俺と奈月はそんな事はない。血が繋がっているのだから。
…だからこそ、奈月は俺を操りやすい。
それこそ…長期に渡って、俺に何かの臨床実験をする事だって可能なのだ。
「…お兄ちゃん。ボクだってそう悠長に待ってられないんだ」
そう言って奈月は溜息をつく。
「…『鈴井悠希。オナニーをする』」
「…!」
奈月がそう言うと、悠希は身体をまたビクッと震わせる。そして…動かなかったはずの右手が、自分のスカートを捲り、下着の中へと入っていく。…自分の意思とは無関係に。
「嫌… な、何、コレ…!やだ、やめて…!なんで、なんでっ…!?」
悠希の眼からはポロポロと涙が零れる。必死で自分の手の動きを止めようとしているのだろう、しかし…手は一向に止まらない。下着を少し下にずらすと、自分の秘所の中へ人差し指が入っていく。
「やだぁ…!み、見ないで和幸君…だめ…!なんで…こんなコトしたく…あううっ!?」
俺にそう懇願する。俺は目を伏せて悠希を見ないようにするが、声は聞こえてくる。
「ん、んんんっ!ん、んーっ!!」
悠希も必死に自分の声を抑えようとする。しかし、自分の望んでいない行為への困惑からか、声は必要以上に大きい。
「…つまんないなあ。『鈴井悠希。思いっきり喘ぐ。あともっと指を激しく動かす』』
奈月が悠希を見下してそう言うと、悠希の口は大きく開かれた。
「あはぁぁぁっ!!いやああああっ!!!だめぇ、止まってぇぇっ!!!やだぁぁっ!!!」
…思い切り大きな声で、悠希は喘ぐ。奈月の命令通りだ。
「悠希…!」
「あああっ、駄目ェぇええ!!なんで、こんなっ…あふぅんっ!!ん、ああああっ!!いやああ!!」
本人なりに、必死に口を閉じようとしているのだろう。しかし、無駄な事。それも自分の意思とは無関係に、必要以上に声をあげてしまうのだから。
「…ね、お兄ちゃん。このままだと、悠希さんの心が壊れちゃうよ?それでもいいの?」
「ぐ…っ!」
奈月は微笑みながら首を傾げて俺に問いかける。いいわけがない、いいわけがないが…!
…俺の杞憂なのか?俺は本当に、ハートハッククラッシャーを返すだけで、無事に帰されるのか?…手元の機械を持つ手が震える。
「んああっーー!!ひぃぃ、ああああっ!!だめぇぇぇえっ!!」
悠希の悲鳴にも似た喘ぎ声が聞こえるたび、俺はハートハッククラッシャーを手放したくなる。
「何を迷ってるのかなー、お兄ちゃんは…。…ふふふ」
…駄目だ。奈月に…身の安全なんて事を期待してはいけない。…アイツのあの眼。確実に俺がハートハッククラッシャーを渡せば…何かする!
「…ま、いいや。『鈴井悠希。眠る』」
奈月がパチンと指を鳴らして言うと、悠希はピタッと行為をやめてその場に倒れるようにうつ伏せになる。息は荒いが、そのまま眠りに入ったらしい。
「…何…?」
「一日だけ猶予をあげるよお兄ちゃん。明日の同じ時間、此処にまた来て。それまでMCMPは預けておくから、未練のないように好きに使っておいで」
…何だと…?
「…随分甘いじゃないか、俺に」
「実の兄だもん、望む事くらい、少しだけでも叶えてあげなくっちゃね」
「…今更かよ」
「へへへ」
…何が目的だ…。この状況で俺を一日だけ野放しにするなんて…どう考えても甘すぎる。
…いや、甘いんじゃない。明らかな余裕の表れなのか、これは。…性能だけ見ても、アチラのMCMの方が上だ。俺に奈月を操る隙なんて…ない。仮に俺が奇襲をしようと思っても、出来ないような状況は作り出しておくのだろう。
「…ただ、逃げられても困るからね。悠希さんはボクが預かっておくよ。…MCMPと悠希さん、交換条件ね」
「… … …」
「明日の同じ時間。この場所で待ってるよ。…それじゃお兄ちゃん、回れ右」
「… … …畜生」
何も…出来なかった。ただ素直に、奈月に応じる事しか出来なかった。
…いや、それだけじゃない。俺は…奈月に生かされている。
屋上に入った時だってそうだ。
奈月はドアから離れて立っていたが、ドアを開けて目の前にいれば奈月は一瞬で俺を操れたはずだ。…視界にさえ入れば操れるとアイツは言っていた。
それからだって。
例えばいきなり奈月に走って距離を詰められたりすれば…俺は戸惑って、あっという間に射程距離に入ってしまうだろう。後は声で命令するだけなのだから、十分可能だ。
…奈月の行動の意味は未だ分からない事が多い。
何故俺を生かしておく?何故ハートハッククラッシャー…MCMPを俺に預けた?そもそも…何故あんな機械をアイツは作ったんだ?
手元にあるハートハッククラッシャーをじっと見つめて考える。
…ほとんど謎のままだ。
…それでも、タイムリミットは明日へと迫っている。
ハートハッククラッシャーを素直に返すか。…何の安全の保障のないまま。
それとも…どうにかして奈月を打ち負かし、悠希を取り戻すか。
…逃げるなんて選択肢はない。悠希は俺の…大切な人だ。
…しかし…どうする?暗闇に包まれた大学の階段を下りながら、俺は必死に考える。
機械の性能だって…頭の出来だって。奈月の方が明らかに俺より上なのは分かっている。俺がどう策を巡らせようと奈月はそれを読んだ上で行動出来る人間だ。
…勝機は…あるのか?
… … …あるはずがない。
素人がメリケンナックルをつけたプロボクサーに挑むようなものだ。技術も、力も、相手の方が格上。
…どうする事も…できない。
その時、携帯の着信音が鳴った。…春香?
「あ、先輩ですか?春香ですけど…」
「…ああ、春香か…」
「…元気ないですね。ま、とにかく先に用件を…。悠希先輩ですけど、寮と部屋分かりましたよ。寮母さんの話だと昨日から帰ってないって…。門限とっくに過ぎてるのに、ってカンカンでした」
「…そうか…」
…俺はその理由を知っていた。春香は自力でそれを調べてくれたのだ。…何も知らないまま。
「…先輩?本当にどうしたんですか?何かあったとか?」
「…いや、何もない…何でもないんだ。ごめん」
「… … …。そうですか…」
…言えるわけがない。悠希が俺の妹に誘拐されている、なんて…。…言ったところでどうなるわけでもないんだ。春香に話したって…どうにも…。
… … …。
待て。
春香に…話す…?
… … …。
「…先輩?どうしたんですか?」
… … …。
そうだ…。アイツの…MCMの…欠点。…それを突くのには、春香を…いや…。
「せんぱ~~い?おーーい」
「… … …」
…賭けるしかない。今は時間が惜しい。…この作戦で行くしかない…!
「…春香。今から合流しよう」
< つづく >