お嬢様は魔女 第二話

第二話

ミストレス・オルタナティブ

 その日の夜、私と胡桃ちゃんはお仕事を終えて自室でくつろいでいた。

 二人とも仕事着であるエプロンドレスを着替えて、ちょっと時間は早いけれど寝間着という格好だ。
 寒がりの私は厚手のガウンを着ている。対して胡桃ちゃんは長袖のパジャマが定番のスタイル。背丈と相まって少し幼い印象があるのだが……本人は気にしていないようだ。

 私は明日はお休みなので、夜更かしをすべく書庫からお気に入りの小説を借りてきたところ。冬の夜は暖かいベッドにもぐり込んでこれに限るというものだ。

 お屋敷のお休みは毎週一日、決まった曜日にもらえるのと、各人の誕生日から9日に一度、特別な休暇がもらえる、という仕組みになっている。
 変わった決まりだなと私も思う。何か意味があるらしいけど、メイドたちには知らされていない。ま、お休みがもらえる分には文句なんぞありませんとも、ええ。

 照明を弱くして、落ち着いた雰囲気。
 ベッドランプをつけ、いざ小説の世界に没頭するぞ、と勢い込んで本を広げたところで、私は胡桃ちゃんがぼうっとして出入り口のドアの方を見つめているのに気づいた。

「どうかした?」

「……誰か、来るかも」

 私が声をかけると、胡桃ちゃんはほうけた表情のままで呟いた。

 と、まさにその時、ドアにノックの音がするではないか。
 ……まったく、この子の勘はバカにできない。

「はい。ただいま」

 私は本を閉じ、返事をしながらベッドからするりと抜け出ると、そっとドアを開けた。

 明るい光が、廊下からやや薄暗い室内へと漏れ出す。
 その向こう側に立っていたのは、シンプルなデザインのネグリジェをまとったみつき様……ではなかった。

 私よりちょうど頭ひとつ低いほどの背丈、すらりとした体つき、美しいお顔立ち。皆、みつき様そっくりそのままなのだが……。
 よーくお顔を観察すれば、その違いが分かってくるだろう。眉や目尻は少々つり上がり気味で、やや鋭い印象だし、きりっと引き結んだ口元は愛らしさというよりも凛々しさを感じさせる。
 そして、慣れてくるとこれが一番の違いなのだが、瞳の色がみつき様の栗色よりもずっと薄く、赤みのかかった茶色をしている。ハシバミ色というやつである。

 ……その瞳が真っ直ぐに私の顔を見つめている。この間のみつき様のことを思い出してしまい、私は一瞬ドキリとした。

「ぁら、ありさ様じゃありませんか」

 そのせいで思わず、妙にうわずったおかしな声が出てしまう。

「こんばんわ、菜々。久しぶりね」

 抑揚を抑えた、落ち着いた声。同じ声色ではあるのだが、このあたりもみつき様とは随分と違う。

「胡桃ちゃん、ありさ様がお見えになったわよ」

 確かに久しぶりだ。前回からひと月は経っているのではないだろうか。

 胡桃ちゃんは即座にベッドから抜け出して来てドアに駆け寄ると、勢い込んで深々と一礼した。

「ありさ様、ごきげんよう。こんな格好で失礼しますわ」

「ごきげんよう、胡桃」

 ありさ様が鷹揚にうなづく。

「今、お目覚めですか?」

「ええ。お茶が一杯欲しいわ」

 私が聞くと、ありさ様はそうおっしゃった。

「あ、ただ今。お部屋の方にお持ちしますね」

 この時間では、呼び鈴を鳴らしても待機しているメイドが居ないことが多い。それで直接私たちの部屋にいらしたのだろう。

「よろしく。
 ……それから、胡桃?」

「はい」

 ありさ様は、胡桃ちゃんに向かって何かをつまんで軽く振るような動作をしてみせた。

「承知いたしました。のちほどお部屋に伺います」

 ありさ様の意図を察した胡桃ちゃんは、再び一礼した。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ありさ様がお部屋にお戻りになると、私は寝間着からもう一度仕事着――いつものエプロンドレス――に着替えると、厨房へ向かった。

 ……そうだ。ありさ様のことを説明しておかないといかんよね。

 何と言ったら良いのだろうか。
 ありさ様は、みつき様の肉体に宿っているもう一つの自我、というやつで……身体は共有なさっているけれど、実は全くの別人なのだ。

 いわゆる二重人格? カイリセイなんとか障害? とか、そんな風に呼ばれているモノに近い。
 ただありさ様の場合、『人格は色々あるけれど、本当は一人で……』というワケではなく、本当に『別の個人』であるらしい。

 どうしてそういうことになったのか、とかそういったことは蒼風院家の中でもタブーとされていて、私もあまり詳しいことは教えてもらっていない。
 分かっているのは、時折――正確に言うと数週間に一度くらい――みつき様の代わりにありさ様の人格が表に出てこられる、ということだ。

 お嬢様のお世話をする上では多少ややこしいこともある。なにしろお二人の趣味も趣向も全く違っていらっしゃるので、一度に二人のお嬢様のお世話をしているようなものなのだ。

 ……けれども、私はそんなことは苦にしていない。
 日常生活にはそれほど影響がないし、ご本人(たち)も特別困ったご様子はない。それどころか、お二人は大の仲良しであったりもするくらいだ。

 私たちメイドにとっては、誠心誠意お仕えするという意味では何の違いもないのだ。
 ありさ様もみつき様と同じように、大切なお嬢様であることには変わりないのだから。

 私が『もう一人のお嬢様』に初めてお会いしたのは、確か……そう、みつき様のお母様がお屋敷を離れて蒼風院本家へいらっしゃることになった、ちょうどその頃だった気がする。その当時のことは、今ひとつ良く覚えていないんだけど……。

 そうそう、そしてもちろん――ありさ様も魔女、なのである。

 しかも、みつき様と比べて魔法の知識も力も相当に上、らしい。
 なんでも同年代の魔女の中では、ずば抜けた才能を持っていらっしゃるという話だ。
 そのせいもあるのだろうか、みつき様とは違って蒼風院家からのお達しにも頓着なく魔法を使ったりなさることもある。それで失敗したり、といったことはないのだが。

 ただありさ様の場合、困った時に仕方なく……とかいういよりは……ハッキリ言うと、私利私欲のために節操なく魔法の力を行使されるようなこともある。ありさ様に言わせると、『それが魔女の本来あるべき姿なのよ』ということなのだけれど。

 それにしても、ありさ様はかなりの面食いで、私たちもしょっちゅうその餌食になったりして……。

 ……ま、まあその話は今はいいでしょ。

 私が厨房に入っていくと、先客が居た。

「あ、澄(すみ)さん」

「ん? 菜々か。
 もうあがったんじゃないのか?」

 この人は綾瀬 澄(あやせ すみ)さん。
 このお屋敷のメイド長をなさっている。つまり、私たちのまとめ役にして上司、ってとこである。

 ダイニングルームの隣に位置する厨房は、奥に大テーブルが置かれていて、働いているメイドたちがそこで食事をしたり、お茶を飲んだり、自由に使うことができるような造りになっている。

 澄さんはそこに腰掛けて食後のコーヒーを飲んでいるところだった。

「一度はあがったんですけど……。
 ありさ様がお見えになったもので」

 どちらにせよ澄さんには報告に行くつもりだったので、これは大変都合が良かった。

「おや、そうかい。しばらくぶりだね」

 澄さんはちょっと眉を動かして言った。

「いつも通り、お前たちに任せるよ」

「はい」

「なにか手に負えないことがあったら言うんだぞ」

「了解デス。
 これからお茶をお持ちするところデス」

 澄さんはとても面倒見の良い性格で、困ったことがあると私たちの相談にも乗ってくれたりもする。

 運動神経が良くて、何かの格闘技をやっていたという話だ。その腕を見込まれてお屋敷に来たということだから、相当な腕前なのだろう。
 動作はいつもきびきびしていて、お仕事中は寸分も無駄な動きがない。今も椅子に座っておられる姿勢の美しいこと。
 ふさふさとした豊かな髪は、セミロングにして背中に流している。

 ついでに私より5センチは背が高いし、美人だし、そして何よりスタイルが良くてうらやまし……いや何でもない。

 お屋敷で何かトラブルがあると、落ち着いていながら毅然とした態度で事に当たり、その指示はいつも的確でまたたく間に問題は解決してしまう。
 その割には性格にキツいところはなく、いつも皆のことを思いやる優しい気性の持ち主である。

 ……といった具合で、お屋敷でも(お嬢様を除いた)人気ナンバーワンなのは間違いない、と私は踏んでいるのだが。

「ああそうだ、菜々。
 来週あたり買い出しに行くから手伝ってね」

「ふむ。よござんすよ」

 私は澄さんとお仕事の話をしながら、紅茶の準備。
 ティーセット一式をお嬢様のお部屋へ持参することも考えたが、正式なティータイムではないので今日のところはパスとしておこう。

 せっかくなので良いものを使う。ティーポット、ソーサーとカップは、シンプルながら上品さが漂うロイヤルドルトンで揃えてみた。ポットとカップにはお湯を注いで温めておくと、その間に趣向を考える。
 うーん、どうしようか。ミントをのせてミントティー、あるいはオレンジを使ってシャリマティー、とか……。でももう夜だし、酸味や香りの強いのは……。
 私はちょっと迷った末、特に小細工なしのストレートティーでいくことにした。
 ありさ様は大人の味覚をお持ちなので、ストレートでもお楽しみ頂けるだろう。(対照的にみつき様は砂糖を多めに入れたミルクティーが好みだったりするのだが)

 茶葉はやっぱり……これだ。私はとっておきを出してきた。
 去年の暮れに手に入れたダージリンのフラワリー・オレンジ・ペコー。このグレードなら間違いなくありさ様もご満足されるはず。
 私はにんまりと口元を歪めると、勝利を確信して拳を握りしめた。

「おーい、菜々。ポット。噴きそうだよ」

「はうっ」

 私は慌てて火を止める。

 お屋敷は水道水でも十分に綺麗な水が出るのだが、こういう時のために美味しい井戸水を汲んである。
 海のすぐ近くなのに真水が出るのは不思議なんだけど……なにかしら魔法的な力が働いているのかもしれない。

 最初のお湯を捨ててから、キャディスプーンでしっかり分量を量って――普段よりほんの少し多めに――茶葉を入れ、沸かしたお湯をティーポットに注ぐと……その他の細々した品ともどもトレイに載せて、砂時計をひっくり返せば準備完了。

「ではでは、行って参ります」

「おう」

 澄さんの声に見送られて私は厨房を出た。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 コンコン。お嬢様のお部屋の扉をノックをすると、胡桃ちゃんが中から開けてくれた。私はトレイを持ってしずしずとお部屋に入る。
 暖房が弱めに設定されているのか、やや肌寒い気がする。

 お嬢様はネグリジェ姿で、お部屋の中央にある丸テーブルに座っていらっしゃった。

「おまたせしました」

 蒸らし時間は……ぴったりだ。よしよし。
 私はソーサーとカップをテーブルに並べると、茶葉がカップに落ちないようにストレーナーを通してポットからお茶を注ぐ。
 たちまち白い湯気が上がり、芳醇な香りが立ちこめた。

 ありさ様は軽くうなづいたものの、その視線はじっとテーブルの真ん中へ注がれている。

 そこに置かれているのは――チェス盤だ。

 胡桃ちゃんはお嬢様の対面に座っている。そう、二人はチェスを指していたのだ。

 ありさ様のチェス好きはかなりのもので、気が乗ると胡桃ちゃんを捕まえて、お茶もお食事もそっちのけでずーっと対戦ばかりなさっていることもある。
 ちなみに私はルールを知らないので、いまいち面白みが分からないのだけど……真剣な表情のありさ様を眺めているのは嫌いではないかな。

 私はトレイを脇によけると、ちらっとチェス盤を眺めた。
 盤上は駒が入り乱れており、乱戦模様といったところか。すでにいくつかの駒は弾き出されて脇に並べられている。これは相手に取られた駒で、一度取られるともう盤上に戻ることはできないそうだ。

 ……と、ありさ様がスッと宙で指を動かした。
 すると触れてもいないのにひとりでに駒が――確かナイトという名前のやつだ――ぴょんと跳ね、白いマスから黒いマスへと飛び移った。

「チェック」

 ありさ様が宣言すると、胡桃ちゃんの顔色がサッと変わり、緊張した面持ちになる。
 えーと……次は胡桃ちゃんの番なのかな。なんかまずい状況らしいけど。

 ありさ様はそこで初めてカップを手にすると、紅茶を一口すすった。私はこちらの方が緊張する。

「いい香りね。おいしいわ」

 ありさ様は淡々とおっしゃった。

 私は内心ほくそ笑みながら、表情には出さずに軽く一礼した。
 そっけない口ぶりだが、ありさ様にほめて頂けるということ自体、なかなか希有な出来事なのだ。これが嬉しがらずにいられようか。

「そういえば、手紙は来てるかしら?」

 こっそりと喜びに身もだえしていた私に、ありさ様がおっしゃった。

「……あ、そうでした。ただ今、お持ちします」

 おっと、それを忘れていた。いけないいけない……。
 『手紙』というのはみつき様からのお手紙のことで、みつき様は事あるごとにありさ様に手紙を書いては、私にお預けになるのだ。
 ありさ様も律儀にお返事を書いておられるので、文通――という形になるのだろうか。なんだかおかしい気もするけど。
 なぜわざわざ私にお預けになるのか聞いたこともあるのだが、ありさ様がおっしゃるには、
『野暮なこと言わないの。気分の問題よ。
 みつきが喜んでるんだから、それでいいじゃないの』
 ……とのことであった。

 つい先日、お手紙をお預けになった時のみつき様のはしゃいだ様子を、私は思い浮かべる。
 お二人はいわば双子の姉妹のような関係で、決して直接お会いになることはできないとはいえ、お互いを思いやり、愛する気持ちは普通の家族と何ら変わりないということだろう。

 そして今回は――何通くらいだろうか。大分溜まっていた気がする。

 頭から湯気を出して奮闘している胡桃ちゃんを横目に、私は一旦お嬢様のお部屋を出た。

 ……しばらくして私がお嬢様のお部屋へと戻ると、ちょうどチェス勝負は終わったところのようだった。ありさ様と胡桃ちゃんは駒を動かしながらあれこれと手順を吟味している様子。

 私は桃色の可愛らしい封筒に入れられたお手紙の束をそっと勉強机の上に置く。
 封筒の表には、一枚一枚に丁寧な字で「ありさちゃんへ」と宛名が書かれている。じつに微笑ましいではないか。

「お嬢様、ここに置いておきますね。
 今度は、ええと……12通あります」

「ええ。後で読んでおくわ」

 ありさ様のお返事を聞くと、私はテーブルの二人の方へと近づいた。

「……このタイミングでキャスリングしに行っても良かったのじゃないかしら」

「そうですね。そうすれば少なくとももう一、二手は稼げたかも……」

 私にはちんぷんかんぷんな会話を聞きながら、ありさ様の背後に回ると、櫛を取り出す。

「御髪をお梳きしますね」

 そう声を掛けると、お嬢様はあまり大げさな反応は見せず、ただコクンと小さく頷いた。

 みつき様にして差し上げたのと同じように、ありさ様の髪を愛情を込めて丁寧にそっとくしけずる。
 うっとりとしてしまうような感触は、みつき様の時と寸分変わらない。

「敗着はこの辺りかしら」

「その前で既に悪くしていました。例えば……」

 その間も二人のチェス談義は続いている。

「ありさ様の圧勝、っていうところですか?」

 お嬢様の髪に櫛を入れながら、私は一番気になっていたところを聞いてみた。

「今回は接戦だったわよ」

 胡桃ちゃんがすねたような口調で言う。

「そう簡単には勝たせてあげないけれどね」

 ありさ様は笑みを浮かべておっしゃった。
 みつき様と違って、ありさ様は普段はあまり表情豊かという感じではないのだが、こういう笑顔をお見せになる時は年相応の可愛らしさがかいま見える。

 私はお嬢様の豊かな髪を左右で大きな房に分けると、それぞれ高いところで結んで差し上げた。ちょっと子供っぽく見えることもある髪型なので、意外な気もするのだが、ありさ様はこれがお気に入りなのだ。

 そのまま二人のやりとりをしばらく眺めていた私だが……あろうことか、うっかりあくびをしてしまった。
 しまった、とあわてて口を押さえたが……ありさ様はくすっと笑っただけで、無礼をお咎めになることはなかった。
 ふむ……今夜はご機嫌がよろしいようだ。

「そろそろ、お開きにしましょう」

 ありさ様がそうおっしゃったので、私たちは片付けにかかることにした。
 胡桃ちゃんはチェスセットを仕舞う。っと、私はティーセットをお下げしなくては。

 少しごたごたした後、お嬢様がお休みになるのに何も問題がないことを確かめた上で、私たちはお部屋を辞した。

「「おやすみなさいませ」」

 一礼してお部屋を出る私たちに、勉強机に座ったありさ様はコクン、といつものように軽くうなづいて見せた。

 自室へと帰る道すがら、私は参考までに胡桃ちゃんにここまでのチェスの戦績を聞いてみることにした。

 確か二人は通算の成績を出しているとかで……勝負が途中で終わったりしても、次にありさ様がいらっしゃるまで決着はお預け、ということにしてきっちりと集計しているらしい。

「10勝、20ドロー、25敗っていうところね」

「あら、かなり負けが込んでるじゃない」

 胡桃ちゃんに直接聞くのは初めてだったので、私はちょっと驚いてそう言った。

「そうねえ……」

 悪気はなかったのだが、胡桃ちゃんはため息をついて大層悲しそうな顔をする。
 そ、そんなに重大なことだったのか。私は微妙に焦った。

「でも、引き分けも多いんだね」

 フォローになっていない気もするフォローを試みる私。

「そういうゲームなのよ。チェスは」

 胡桃ちゃんはすでに心ここにあらずといった感で……今日の試合手順を頭の中で繰り返しているといったところだろう。
 結構負けず嫌いなのかもしれない、この子。

「でも、ありさ様ってお強いのね。
 胡桃ちゃんだってチェスの本はいっぱい読んでるし、実力は相当なものでしょうに」

「そうねえ。
 確かに、定跡の類で書籍になっているようなものはほとんど暗記してるし、棋譜もそれなりに並べて覚えてるけど……。
 勝負はそういうことで決まるものじゃないってことね」

「そうなの?」

「確かに定跡に詳しいと、序盤でリードを広げることはできるわ。最初のうちは指す手も決まっていて、パターンみたいなものもあるから。
 でも、ありさ様の強さはそういうところじゃないのよね……」

 胡桃ちゃんはそこでふう、とため息をついた。

「確かにありさ様の指す定跡はちょっと古いものが多くて、序盤で私の方が優勢になることもあるの。
 でも、中盤からはいつもありさ様の独擅場。
 相当に強い人でもちょっと気づかないような、すごく独創的な手筋を連発して……一見無理がありそうなんだけど、なんだかんだで手にしちゃうのよね。
 それでひっかき回されて、結局いつの間にか負けてる、っていうのがいつものパターンね……今日もそうだったんだけど。
 他にも強力な狙いを見せて相手の注意を引きつけておいて、意表を突いた裏の狙いで一気に勝負を決めるとか……」

 そこまで言って、胡桃ちゃんはひょいと小さな肩をすくめて見せた。

「ものすごーく差し慣れているっていうか……ともかく私とじゃキャリアが違いすぎるわね」

「へえ……」

 私は感心して言った。
 胡桃ちゃんの説明では微妙によく分からないところもあったが、ともあれ、そんな奥深いものだとは知らなかった。

「実は魔法をかけられてた、とかそういうことはないの?」

 私は何気なく思いついて言っただけだったのだが、胡桃ちゃんは露骨に嫌悪感をにじませた表情で私をじろりと睨んだ。

「ありさ様が、そんなことなさると思う?」

「……思わないです、ハイ」

「そうでしょ。
 真の強者は勝負から逃げたりしないものよ」

「そういうものですか」

 そんな会話をしながら、私たちは自室へと帰っていった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 私が再び寝間着に着替えていると、胡桃ちゃんに声をかけられた。

「菜々ちゃん、お洗濯物、持っていくけど何かない?」

 ん、あるある。しかも大量にある。あるけど……。

「あ、それ私が持っていくよ。
 胡桃ちゃんは先に寝ててちょ。明日もお仕事なんだし」

 こういう力仕事は、体格から言っても私の方が向いているのだ。

「そう? じゃあお願いね。
 ……いつもありがと」

 胡桃ちゃんの感謝の言葉を背に、山盛りになった洗濯物を持って私は部屋を出た。

 洗濯場はお風呂の隣だ。私たちの部屋からはお屋敷のちょうど反対の側に当たる。

「よいしょっと」

 えっちらおっちら運んできた洗濯物を置くと、私は自室に帰ろうときびすを返した。

 ……はずだった。はずだったのに、気づくと私はお嬢様のお部屋の前に来ていた。

 はて。これはどうしたことか。

 疑問に思いつつも、私は自然とノックをして、そのまま扉を開けていた。

「……来たわね」

 先ほどのネグリジェ姿ままで勉強机に向かい、何か書き物をされていたありさ様がおっしゃった。

 これで謎は解けた。ありさ様が私を呼び出された、ということだ……魔法で。
 うーん。これは大変イヤ~な予感がしますよ。

「ありさ様、何かご用でしょうか」

 そういった含みは押し隠して私がたずねると、お嬢様の口元に歳に似合わぬ妖しげな笑みが浮かんだ。

「ちょっと、ね」

 そう言いながら軽やかな足取りでベッドへ移動すると、縁に腰掛け直して私の方をじっと見つめるありさ様。

 ううっ、ますますイヤな予感がつのってくる……私は何か生暖かい感覚が背筋を駆け上るのを感じた。

「みつきが、あなたに操りの魔術をかけたそうね」

「あ、はい……まあ……」

 私は先日のことを思い出して少し動揺しつつ言った。

「でも……みつき様はそういう種類の魔法はあまりお得意ではない、というお話だったのでは……?」

 内心、小ウサギのようにびくついていた私だったが、この際、気になることは聞いておこうと思い切ることにする。

「そうね……確かにあの子には向いてないわ。
 でも、みつきも『魔女の瞳』を持っているのよ。
 純正の魔法は無理でも、眼力を使った疑似魔術ならそんなに技術も魔力も要らないし、呪文を唱えるような必要もないから時間もかからない」

 ありさ様は淡々とした口調でおっしゃった。

「その使い方を覚えたっていうことよ。
 とっても便利なのよ……こんな風にね」

 その瞬間――ありさ様のハシバミ色の瞳が、金色に近い色合いに変化したように見えた。

 ほら来た。私は覚悟を決めて身を固くした。
 ……しかし、この間のようなふわふわした感覚は訪れない。頭もすっきりしたままだった。

「……ほわ?」

 思わず、そんな間抜けな声が出てしまう。
 ありさ様はそんな私をお気に入りの玩具でも眺めるような顔つきで見ると、嫣然としておっしゃった。

「どう? あなた、もう魔法にかかってるのよ」

「は、はあ……」

 私は実感が湧かず、あいまいな返事をした。
 ありさ様に魔法で――多少いやらしい――いたずらをされる、といったことは以前にもあったのだが、こういう趣向は初めてだ。普段はもっと直接的に……ごにょごにょ。

「そうねえ」

 ありさ様はちょっと考え事をするようにして唇に人差し指を当てていたが、やがて一言。

「例えば……『服を脱ぎなさい』」

 こ、これはまたストレートな。
 しかし私は徹底抗戦の構えを取ることに心を決めていた。
 このような場合、ありさ様がご興味を無くされるまで粘って粘って、なし崩しになるのを待つのが最も有効な解決策なのだ。

「ありさ様、常々思っているのですが、こういうお戯れは……って、あれっ?」

 さとすような口調で言い出した私は、その言葉を口にしながら自分のしていることに気づいて驚愕した。
 私の手が勝手に動いて、ガウンのボタンを上から順番に外していっているのだ。

「ふふっ、抵抗できると思ってた?」

 ありさ様の口調は得意げだ。

「……ど、どうして? って言うか何ですかコレ?」

 私が混乱して言いつのる間にも、私の手は誰か別人の手のように、ありさ様の命令に忠実に従って私の服を脱がそうと動き続ける。

「だから、魔法だってば。
 あなたの身体は、何でも私の命令通りに動いちゃうってわけ」

 お嬢様はほおづえをつく仕草をすると、何でもないことのようにそんなことをおっしゃった。

「そ、そんなぁ……」

 さすがに私は焦って、何とかしようと身をよじるが、どうにもならない。動きを止めようと身体に命令を下しているはずなのだが、そんなものには無視を決め込んで手が勝手に動いているのだ。
 それでも私はうんうんとりきんでみたり、目をつぶって集中しようとしてみたり、色々と試してみる。

「あはは。無駄な努力ね。
 魔眼に魅入られた者は、術者の命令には絶対に服従しなければならない……」

 私の行為をあざ笑うように、ありさ様がおっしゃる。目を細めたその表情は、獲物をいたぶる猫のようだった。
 こんなに楽しそうなお顔は久しぶりかもしれない……私は全然嬉しくないけどっ。

 ……ついに、私はすっかりボタンを外して、厚手のガウンを脱ぎ去ってしまった。
 よりによって、お嬢様の目の前で服を脱ぎ捨ててしまったのだ……と思うと頭がカッとなって、恥じらいに顔が赤く染まるのが感じられた。

「ふふ、そんなウブな下着つけてたのね」

 ありさ様が可笑しそうに指摘する。

 よ、よけーなお世話ですっ、と内心思ったが、否定はできないので私はうらめしそうな視線をありさ様に送るだけにしておいた。

 お揃いの真っ白なブラジャーとショーツは、シルク製で付け心地も良いし、冬に厚着をしていても蒸れたりしない優れものなのだ。お仕事には欠かせない一品。
 確かにデザインに大人っぽさはないかもしれないけどですねえ、誰かに見せる訳じゃないんだからいいじゃないですか。見せる相手もいないし! ってそれはイタイか……。

「ほら、何してるの。ちゃんと『下着も脱ぐのよ』」

 私がアタマの中で墓穴を掘っていると、ありさ様は容赦なくおっしゃった。

「え……?」

 あ、甘かった……。
 ここへ来て、私はありさ様がただのいたずらで済ませる気のないことを悟る。

「ちょ、ちょっと! や、やめてくださいよぉ、ありさ様ぁ……」

 遅まきながら、私は弱々しく抗議の声をあげるが……私の手の方はお嬢様の言葉に従順だ。私の意志を無視すると、背中に回って、あっさりとブラジャーのホックを外す。
 はらり、と下着が床に落ちて、私のそれほど大きくない乳房が――自分で言っていて悲しいが――あらわになってしまう。

「あらあら、メイドが主人の前でそんなはしたない格好をしていいのかしら?」

「うう……だって、それはお嬢様が……」

 と言いつつも、私の手はショーツにかかったと思うと――あ、ちょっ、待って――何のためらいもなくそれを足下まで下ろしてしまう。

 ついでに履いていたスリッパを脱ぎ捨てると、結局、私は……すっかり生まれたままの姿になってしまったのだった。

 あああ、こんなみっともない格好がお嬢様の視線に晒されているなんて……。私は情けないやら恥ずかしいやらで頭が混乱してきた。
 せめて大事な部分を隠そうと、足を閉じ、自分の胸を抱いてうずくまるようにしてへたりこむ。

「お嬢様ぁ……やめてくださいよぅ……なんでこんなことなさるんですか……」

 言葉を選ぶような余裕もなく、眉根を寄せてありさ様に訴える私は、恥ずかしさで涙目になっていたのだろう。
 それがありさ様の嗜虐心を刺激してしまうことに気づいた時には……時すでに遅しというやつだった。

「みつきのことを聞いて、私も菜々で遊びたくなっちゃった。
 付き合いなさいよ。明日は休みなんでしょう?」

 くすくすと、小さく可愛らしい口元に笑みを浮かべて、ありさ様としては珍しい生き生きとした口調でおっしゃったのだった。
 はうぅ……今夜は本当にご機嫌がよろしいようだ。

 私はがっくりと肩を落とした。

「ふふ、捕らわれのアンドロメダってところね」

 動けない私を見て、お嬢様は満足そうに微笑んだ。

 絨毯の上に座り込んでいた私だったが、お嬢様が一言、

「こっちへいらっしゃい。ここに座って」

 ……とおっしゃった途端、私自身の意志とは全く関係なく、立ち上がってお嬢様の隣に腰掛けると、そのまま動けなくなってしまったのだ。
 こんな調子では、お嬢様の指一本で操られるチェスの駒と何も変わりはしない。
 なんだかぎこちない動きだったのは、私のせめてもの抵抗の意志のあらわれだったのだろう。

「綺麗な体じゃない、菜々」

 恥ずかしい場所を隠すこともできず――それどころか身じろぎすら許されず、羞恥心に捕らわれて真っ赤になる私を尻目に、お嬢様はおっしゃったものだ。

「でも、なんだか……菜々っぽくないわね。
 物足りない気がするわ」

「は、はあ……」

 私は生返事を返した。
 ご期待に添えないのは残念ですけどもね。こんな格好をさせられていてはですね……。

「あ、そうか。分かったわ。コレね」

 ありさ様はにんまりとすると、指を軽くパチン、と鳴らした。
 途端、私の頭の上になにやら違和感が……?

「触っていいわよ」

 そう言われると、それまで全く動かなかった私の手が動かせるようになった。
 おずおずと頭上に手を伸ばすと……こ、これは、お仕事中にいつもつけているカチューシャではないか。

 ――ありさ様も、みつき様と同じご趣味であそばすようである。
 満足してうんうんと頷くありさ様とは反対に、私の心はどんよりとした厚手の雲に覆われた。

「はい、手を下ろして」

 ありさ様はそんな私に一言命令を下すと(もちろん私の身体はその命令に従う)、私の正面に立つと身体検査よろしく、体のあちこちをつついたり触ったりしはじめた。

「胸、ちょっと大きくなったんじゃないの?」

 お嬢様が、その繊手で私の胸を――ああっ、なんてことを――ふにふにと揉んでくる。

 ……自慢ではないが、私の胸はあんまし発育がよろしくない。背丈はまだ伸びているというのに、何故だ。
 現にお嬢様の小さな手でも揉むのにまったく不自由しないくらいで……トホホ。

「こんなことされて、何も感じないの?」

 羞恥心を煽るようにそう言ったお嬢様の声に、若干の不満がにじんでいるのを私は聞き逃さなかった。

 た、確かに私の身体は恥ずかしさに火照っているし……お嬢様のしなやかな手で胸を揉まれる感触は……認めたくないけど……気持ちいいというか……そういった感覚であるのは否定できない……。
 でも、それはいわゆる性的な快感とはあくまで別ものであって。
 年下の女の子に胸を揉まれて興奮するというのはですねえ……さすがに私といえども……。

「しょうがないわね……」

 そうおっしゃったお嬢様のお顔が、すっと私の目の前まで近寄せられた。アップで迫るお嬢様の瞳はいたずらっぽく輝いていて、何をされるのかと思わず身構えてしまう私。
 しかし、ありさ様は私の顔にフッと軽く息を吐きかけただけだった。だけだったのだが……。

「ふあ……?」

 突然、とろけるような甘い香りが私の鼻孔をいっぱいに満たした。
 お嬢様の吐息がこんなに良い香りだったなんて……? 混乱して……頭がぼうっとしてくる。自分でも顔の表情がみるみる弛緩していくのが分かるのだけれど、それすらどうでもいいと思えてしまう……不思議な気分。
 それに加えて、恥ずかしさから来る身体の熱さとは別の、何やら今までは感じなかった感覚が……?

「ふふ……これでどうかしら?」

 ありさ様はそうおっしゃると、きゅっと強めに私の乳房をつまんだ。

「はう……ひゃっ!?」

 突然、私の身体の中心で熱いものがはじけた。
 胸から伝わってくる熱い波のような感覚……それが『快感』であるということを理解するのに、一拍の時間がかかった。

「ど、どうして……!? ああっ」

 おかしい、おかしい! こんなこと……急に……胸を触られただけでこんなに感じちゃうなんて!?

 私は何が何だか分からず、快感の波に流されないよう必死に身体を強ばらせる。

「ようやく可愛くなってきたわね」

 ありさ様は敏捷な獣のようにするりと私の背後に回ると、私の脇から正面へと手を回して両の乳房をぐにぐにと揉み上げてくる。
 そのひと揉みごとに、しびれるような、それでいて甘い感触が胸から背筋を伝わって私の身体を震わせた。

「んぐっ……ひああっ!」

「気持ちいいでしょう?
 もっと乱れてもいいのよ……」

 お嬢様は私の胸に手をかけたまま、耳元へとささやきかけてくる。その声にはいつものお嬢様とは違う蠱惑的な響きがあって、私は胸がドキドキと高鳴っていくのを感じた。

「や、やめてくださいっ……そんな、エッチな…ことっ……ひゃっ!」

「あら……淫らな魔女ほど強力な魔力を持っているものなのよ。一般論だけれど。
 話していなかったかしら?」

「そ、そんなぁ……」

 お嬢様の言葉を聞いている間にも、快感は容赦なく襲いかかってくる。
 その熱に犯された脳髄は早くもまともな思考を拒否して、この快楽に身を任せてしまえと私を急かすようだった。

「ねえ……あたし、胸を揉んでいるだけなのよ……?
 それでこんなに恥ずかしい声出しちゃうなんて。いけない子ね」

「ふあ……そ、それは……お嬢様があ……ああっ」

 確かにお嬢様の手の動きは、手の込んだ愛撫というより、指を単調に動かしているだけという感じなのだ。
 それなのにっ……!

「ああああっ、や、やめてっ! くださいっ! おかしく…なっちゃうっ!」

 そのちょっとした動きが強烈な快感をつくりだし、動きを封じられた私の身体を貫いていく。

 私の身体の奥からほとばしる絶叫。自分の喉からこんなに甲高い声が出るなんて、とても信じられなかった。
 そもそも私は性的に淡泊な方だと思っていたのに……っ。

「ふふ……白くて、綺麗な肌……」

 ありさ様が、私の背中に抱きつくようにして身体を密着させてくる。
 いつの間にか大量の汗で濡れそぼった私の背中に、お嬢様のネグリジェの布地がぴたりと張り付くのが感じられる。
 (い、色白なのは、普段からあまりお屋敷の外に出ないからでっ)
 その背徳的な感触をごまかすように、私はそんな思考の断片にしがみつく。

「もう、こんなところでも感じるでしょう?」

 お嬢様が右手をするりと私の脇腹へと伸ばしたと思うと、軽いタッチで撫で上げた。

「ひゃうっ! な、なんで……っ」

 ただそれだけの動きが、私にとっては鋭い快感となる。

「男の無骨な手で触られるのとは、全然違うでしょ……」

 私のとまどいには無頓着にお嬢様はおっしゃっると、そのまま私の脇腹から太股にかけて、優しく撫でさするようにしてくる。その口元に小悪魔のような笑みが浮かんでいるのを、私は鮮やかにイメージできた。

「ふあっ、んん……ああっ……お嬢様っ!」

 肌に触れるお嬢様の真っ白な手がもたらす感触は、きめこまやかな織物を優しく擦りつけられているような、半分くすぐったいような、それでいて心地よい不思議な感覚で……次々と生み出される快感をいやが上にも高めてくる。

「くぅっ……お願い……ですからっ! やめて…くださいぃ……」

 さっき結って差し上げたありさ様の髪の一房が、さらりと私の肩に触れて……そのわずかな感触すらも一瞬にしてじんとした深い快感へと変わってしまう。

「あら、大分濡れてきたわね」

 ありさ様の言葉に、私はドキッとした。

 そう、それまで全く意識していなかったのだが、私の秘所は自分でも気づかないうちに……その……蜜があふれて……太ももの内側を伝って……ああ……お嬢様のベッドにまで……!
 あまりに倒錯的な光景に、私は頭に血が上って、視界がぐるぐると回り出しているような錯覚に駆られた。

 ありさ様はそんな私の様子は歯牙にも掛けず、つい、と指を動かすと……無造作に私の大事なところに侵入させてくる。
 お嬢様のしなやかな指が、一本……二本……。

「はぅ……あぁんっ!!」

 くちっ、と小さく淫靡な音がしたかと思うと、ひときわ激しい快楽が湧き起こり、私の脳裏を白く染めた。

「うふっ、可愛い声ね……」

 お嬢様が、蜜壺の中で指をゆっくりと動かしながらおっしゃる。
 こんな淫らな声が出るなんて、自分でも信じられない……それを意識すると、かすかに残っていた羞恥心がちくりと疼いた。

「菜々にはちょっとキツすぎたかしら。
 ……でもこんな快感、味わったことないでしょ?」

「ああっ、ふあっ!」

 私はとても答えられるような状態ではなかった。だけど……。

「ちゃんと『答えなさい』。正直にね」

 お嬢様がそうおっしゃると、快感にがんじがらめにされた私の心とは無関係に、私の口は勝手に言葉を紡いでいく。

「初めてっ、初めてですっ、こんなのっ! ひあっ」

 もはや私は、自分が何を言っているのかも理解できてはいなかった。
 あまりの切なさに、目尻から涙がこぼれるのが分かる。

「いつも、一人でしてるんでしょ?」

 お嬢様は、秘所に突っ込んだ指をくにくにと動かしながら、なおも問いかけてくる。

「ふぁ……ふぁい……はあっ! いまは……独り、だから……っ」

「ふーん……それなら、たまにはあたしが相手してあげるわ。
 ……嬉しい?」

「は……い、お嬢様ぁ、ああっ!」

「ふふ……いい子ね。
 それじゃあ……『イッちゃいなさい』」

 ありさ様の言葉は、いつもと同じとても美しい声音で、それでいて少しだけ楽しそうな口調で発せられた。

「ぁ……? ああぁっ! ひいっ! ああぁあ!!」

 瞬間――その一言は身も心も焼き尽くすような快感へと変わり、身体の中心から脳の奥までを一瞬で蹂躙したかと思うと――。

 私の意識は真っ白に溶け去ったのだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ――私が意識を取り戻すと、お嬢様のベッドに仰向けになっている自分に気づいた。

「お目覚めかしら?」

 ありさ様は私の隣に腰掛けて、満足そうな表情を見せる。一人前に足なぞ組んでいらっしゃるではないか。

 私は緩慢な動作でのそのそと身体を起こした。
 まだ絶頂の余韻が残っていて、顔は火照ったままだし、頭はぼうっとしている……。

「あはっ、可愛い」

 チュッ、っと頬にキスをされた。

 むむぅ、大切なお嬢様とはいえ、年下の女の子にこんな扱いをされるなんて……。
 私は恥ずかしさに頬を染めつつも、反抗心がくすぶっているのを感じていた。
 こ、こうなったら……。

「あ、あの……お嬢様。私、申し訳なくて……」

 精一杯、申し訳なさそうな表情を作ってお嬢様に訴えかける。

「そう? なにが?」

 ありさ様は楽しそうな表情を崩さずにおっしゃった。

「だって、私ばっかり気持ち良くなってしまって……。
 やはりお嬢様にも……その……気持ちよさを味わって頂きたい、と言いますか……」

 半分ヤケクソではあったが、逆襲のチャンスを作ろうと必死に言いつのる私。

 しかし……。

「いいのよ。
 今夜はおもいっきり菜々をいじめいたいだけなの」

 ありさ様は端正なお顔にニッコリと笑顔を浮かべると、さらりとおっしゃったのだった。

 ……それは私にとっては悪魔の宣言に聞こえた。悪魔じゃなくて魔女なんだけど……。

「付き合ってくれるだけでいいの。文句なんか言わないわ」

 そうおっしゃると、ありさ様は私の手を取った。

「……っ!」

 私はまたあの感覚に襲われるのかと思い、息を詰めて身を強ばらせたが……怖れていた快感は訪れなかった。
 魔法は、解けたのかな……?

「ほら、この手にアソコの感覚を移してあげる。
 どうなると思う?」

 上目遣いでのぞき込んできたお嬢様は、いたずらっぽい表情を浮かべると、私の手のひらを淫靡な仕草でまさぐった。

「え……? やっ、やめてください……! うひゃあっ!」

 その途端、不思議なことに、私の手が燃えるような快感につつまれたのだった。

 私はお嬢様から逃れようと身をよじるが……なぜかベッドから立ち上がることができない。

「そ、そんなあ……ひゃうぅっ!」

「ほらほら、どう? 気持ちいい?」

 早くも涙目になった私を、お嬢様は笑顔のまま容赦なく責め立ててくる……。

 ……こんな調子で、ありさ様のお戯れは明け方まで延々と続いたのだった。

< 続く >

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