第12話
「んん……」
リーゼロッテは暗い部屋の中で目を覚ました。
捕まったのか……。当然か。
彼女は自分の体を確かめる。とりあえず、折り目正しく纏った巫女装束に乱れはない。
と、部屋の対角で声がした。
「お目覚めか、月の巫女」
「! お前はっ! ……」
「タローマティ。そう名乗ったはずだ」
邪神タローマティはリーゼロッテの様子を剣呑な笑みを浮かべながら見ていた。
彼女はキッと睨みを返す。
そうだ。わたしはこいつに捕らえられたんだ……!
光の神の宿敵に。
仲間の仇に。
彼女は飛び起き、身構える。タローマティに注意を払いながら、素早く周りの状況を確認する。
「この嫌な空気……ただの部屋じゃないな?」
「そう」
「まさか、レンの暗黒牢獄?」
爺やから聞いたことがある。レンの城に、罪人を罰するための特別な牢獄があると。
それは、音も、光も、時間の流れさえも、すべてが外界から隔たった結界の中に作られた。
その名は暗黒牢獄。
そこでは、時の流れが10倍の速さで進む。外界の1日が10日に、1ヶ月が約1年にもなるという。
気が狂うほどの長い孤独で罪人を苛むための、外界から完全に遮断された独房だ。
「発狂するもの多いため、300年ほど前に時の法王によって封印されたはず。それを再び起動させたのか?」
「そのとおり。さあ月の巫女、ここなら誰にも邪魔される心配はないぞ」
「……」
リーゼロッテは戦闘体勢をとる。
しかし、彼女の手に光の魔力の迸りはない。
「どうした? 光の剣を出さないのか?」
「く……! 出せるならとっくに出しているわ」
使えないんだ。なぜなら今のわたしは光の魔力を使えないから……。
タローマティに、力を封じられたら……。
いつそんな術を受けたか覚えていないが、彼女はその記憶を疑わなかった。
彼女は歯軋りをした。タローマティはなにが面白いのかその様子を見て不気味に笑っている。
「戦わないのか? 月の巫女」
「……」
「この中は俺たち2人だけだ。俺は部下の力を借りることができないんだぞ」
「く……ぬけぬけとっ!」
いま戦えれば……戦うこそさえできれば、勝てるのに……!
彼女の空っぽな右手がもどかしさと怒りに震える。
魔力さえ使えれば! こんな奴の不遜な笑みを顔面ごと消してやれるのに……!
リーゼロッテの鬼も射殺しそうな眼光を気にもかけない様子で、タローマティは語り始めた。
「月の巫女。お前には俺の部下になってもらう」
「……」
「お前の力がほしい。この大陸を支配するのに役に立ってもらう」
「星の巫女もそうやって配下に加えたのか?」
「さあ、知らないな」
「……」
リーゼロッテは舌打ちした。
「お断りだ。お前なんかの下で働くぐらいなら、死んだほうがましだわ」
「気丈だな月の巫女」
タローマティの赤い目が妖しく光る。
「だがその気丈さがいつまで持つかな……」
その赤い光は、リーゼロッテの目を釘付けにした。
頭の中で声が響く。声は邪神への永遠の忠誠を要求していた。それと引き換えに永遠の満足と安心を約束する声だった。
声は土の中に根が張るように心の中に入り込み、彼女の恐れという恐れを取り除き、彼女の願望をすべて充足させるような錯覚を起こさせる。
彼女の澄んだ目に、黒い曇りが生じていく。
「あ……」
彼女はやがて怒りに強張った表情を弛緩させていった。
『さあ。邪神タローマティにひれ伏せ……』
「はい……わたしはタローマティ様に忠誠を誓います……………………なんて言うと思ったか?」
リーゼロッテは唾を吐き捨てた。彼女が瞬きをすれば、目に入り込んでいた曇りが跡形もなく掻き消えた。再び理性の光を宿した双眸がタローマティを毅然と見つめる。
「長く生きてるとね、こういう下法でわたしを虜にしようとした愚か者を幾多も見てきたわ。がっかりだわ。邪神タローマティ様といえど、やることはしょせんこんなことなのね」
タローマティは不敵に笑う。
「せいぜい強気を楽しんでいろ。じきに、お前のほうから俺に忠誠を誓わせてくれと哀願するようになるだろう」
タローマティはそう言うと、無遠慮に近づいてきた。
背後は壁だ。逃げることはできない。
タローマティは身をかがませ、リーゼロッテの両腕を掴む。彼女は身をよじって逃れようとするがタローマティの体はびくともしない。
「くっ!」
リーゼロッテは膝を高く上げてタローマティの腹を打ち続けるが、まるで応えない。 当然だ。光の魔力を使えない彼女はただ外見相応の少女なのだから。
彼女は両手を捕らえられ、空中に貼り付けにされた。
「なすすべがないな、月の巫女。 っ――!」
「ペッ!」
と、リーゼロッテの口から唾が吐き出される。それはタローマティの右頬を汚した。
「両手が塞がっても、抵抗はできるわ」
タローマティはにやりと笑った。
「では、ここも塞ぐとするか」
「!」
あまりにも不意に、タローマティが彼女の頭部を鷲掴みにし、唇を奪った。
リーゼロッテの心身におぞましい感覚が駆け巡り、頭の中が真っ黒な闇に染め上げられる。
タローマティの舌は幼い唇をこじ開け、その中に侵入する。
彼女はもちろん口を閉じようとした。だが、タローマティは親指一本でその動きを押さえつける。頭部を鷲掴みにしていた右手の親指だけを器用にも彼女の顎の辺りに下ろし、彼女の口を無理矢理こじ開けたまま固定したのだ。まるで一連の動作をあらかじめ予想していたかのような、完全すぎる手際だった。
彼女は自由になったほうの手でタローマティの背を必死で叩くが、そんな抵抗が通じるはずない。口内を犯されたまま、屈辱の時を過ごすしかなかった。
タローマティの舌は、蛇のようにくねり貪欲に彼女の口腔内を舐め尽くす。歯の奥にある彼女の舌を嬲り、生暖かい唾液を流し込む。
おぞましい唾液とともに、闇の気が彼女の中に侵入する。嚥下してしまった唾液とともに、体の中におぞましい魔臭が入り込んでくる。光に生きる彼女にとって不快極まるそれに、彼女は頭が裂けるほどの眩暈を覚えた。
う……!
彼女の本能がけたたましく警鐘を鳴らす。
唾液の中の、視線とは比べ物にならないほどの濃度の闇の気が彼女を侵略しようとしている。闇の気は彼女の体内に入り、光の気を餌にして身体を乗っ取り始める。口付けのショックで精神が恐慌状態になりながらも、彼女は必死でそれに抗い、闇を駆逐した。
その間も、タローマティは全く遠慮なく鹿尾の口の中を犯し続けた。
「ん……んむぃ……!!!」
やがて鼻だけの呼吸が次第に忙しくなり、息苦しくなる。
「んむぐ…………くぅっ! ん…………ん……!」
ようやく、タローマティは顔を離した。
唾液の橋が糸を引き、わずかにしなって切れる。
……あ……。
口付けが終わった後もしばらく何も考えられなかった。タローマティがいやらしい笑みをこちらに向けているが、何も感情はなかった。
思考能力が戻ってくるのと、はらはらと涙が頬を伝い始めたのはほぼ同時だった。
屈辱。
烈火のような憤怒の後に、冷たい悲憤が、そのあとに絶望が、痛切にリーゼロッテを襲った。涙はとめどなく湧き出て、リーゼロッテの蒼白になった白い頬を濡らした。
こんな邪悪なものにわたしの純潔を奪われるなんて……。こんなに……こんなにあっけなく……。
二度と取り戻せない……。この邪神を殺したとしても、失われたわたしの純潔は、永遠に。
永遠に失われてしまった……!
リーゼロッテはしばらく打ちひしがれたように動かなかった。タローマティは嗜虐的な笑みを浮かびながら、彼女の柔らかい唇の余韻を舐めとる。
そしてタローマティは茫然自失の彼女の上に股を広げ、そのまま馬乗りに押し倒した。
「……! や、やめろっ!」
――と、リーゼロッテは叫ぼうとした。 しかしショックが尾を引きで声が出ない。
小さな顎をがくがく震わせる彼女を観賞すると、タローマティは指先から小さな水滴を出し、それを彼女の巫女装束の上に垂らした
「!」
酸か何か? 純白の巫女装束が見る見るうちに溶かされていく。貪欲な青虫が葉を食い尽くすように、その液体はたちまち白い巫女装束を蝕んでいった。
「う……や、やめなさい!」
彼女は身をよじって、その液を床で拭おうと必死になる。しかし彼女の上にのしかかるタローマティがそれを許さなかった。
彼女の体が露わになっていく。剣を振るっていたと思えない華奢な肩。細くしなやかな足のライン。ほとんど膨らんでいない幼い乳房。
そして、腰のくびれの中央の、銀色の髪と同じ色をした産毛。そのまばらな産毛の陰に、ぴったりと閉じた秘貝。
一滴では溶かせる布の量に限界があるのか、布の溶解はやがて止まった。しかし、彼女の乳房も足も秘部も、すでに露出している。隠したいところばかりが刳り貫かれたように露出している様は、全裸よりもさらに彼女に恥辱を与えた。
「あ……」
「まだ成熟していないが、これも一興だろう」
リーゼロッテの身体は美しかった。エルフには整った肢のが多いが、リーゼロッテは中でも際立っていた。性徴の乏しさを補ってあまりある均衡美であった。邪悪な男性神に、支配欲と破壊欲を催させるのに十分すぎるほどの。
「!」
タローマティのその肉体の変化を目の当たりにして、リーゼロッテは噛み締めた歯の間から声を漏らした。
邪神の股間から、彼女の肉体を繰り開くことに飢えた凶器が頭をもたげている。
「ひいっ……!」
まさか?
この自分が?
犯される?
あの醜い肉棒に?
この悪魔に?
タローマティの体がさらに近く覆い被さってきた。
「ぃい、いやぁ! ……!」
タローマティと、その股間に生えた邪悪な蛇。2つの巨悪がリーゼロッテの眼前に迫った。
タローマティは彼女の身体を抱き寄せ、剛直を彼女の花陰の前にあてがう。
リーゼロッテは声にならない叫びを上げた。
なんてこと……! なんてこと……!
こんな至近距離なら、すぐさま光の剣を出して、こいつの醜い物をまっぷたつに切り落としてやれるのに……! 魔力さえ使えれば……!
彼女の顔が恐怖に歪むのを堪能すると、タローマティは鼻先で囁く。
「それほどまでに恐ろしいか?」
「あ……」
「俺に忠誠を誓うなら、やめてやってもいいぞ」
リーゼロッテは目を見開く。
さっきまでガクガク震えていた唇の動きは澱み、彼女の目は虚空をさまよった。
しばらく、彼女の動きが静止した。
だが、それは迷いのためではなかった。
彼女の魂の最も気高いところから湧き上がった、怒りのためだった。
リーゼロッテは満を持して言葉を紡いだ。
「くたばれ!」
その言葉で、誇りと気高さを心に取り戻した。
リーゼロッテは自分の中に高潔な意志の力が湧き上がってくるのを感じた。
「この破廉恥ものめ!」
リーゼロッテの中を力の奔流が迸る。その眼光は、怯えて犯されるのを待っていた無力な少女のものではない。誇り高い月の巫女の目だった。
「悪魔として情けないと思わないの? 術を封じられた非力な娘1人をなぜ殺せない! どんな辱めを受けようとも、わたしはお前を罵り続けてやるぞ! お前がいかに情けない悪魔か、死ぬまで罵倒し続けてやる! さあ、それが嫌なら殺せ! 殺してみなさい! なにをされてもわたしはお前などには屈しないわ!」
だが、タローマティは不敵な笑みを消さなかった。
「勇ましいことだな。月の巫女」
その唇が酷薄に歪む。
「だが、残念だな。誇りなど、いま何の助けにもならないのだ……」
…………!
……………………!
………………………………………………………………!
……………………。
どれくらいの時間が経ったのだろう。リーゼロッテの意識は暗い牢獄の中で目を覚ました。
巫女装束が引き裂かれ 生まれたままの皮膚に冷たい石の感覚があった。
目が覚めて、しばらくして、自分の身に起こったことを思い出した。
「…………」
行為の間中、彼女は声を一言も上げなかった。身が2つに裂けるような痛みが襲っても、彼女は叫びを噛み殺した。悲鳴ひとつ、泣き声ひとつさえ、完全に押し殺したのだった。
「…………っ」
上体を起こそうとすると、股間に激痛が走った。
心臓が一瞬止まった。膣に異物感が残っている。陵辱の儀式にさらされた膣は、じくじくするような痛みが絶えなかった。
口の中がすでに血の味がする、行為の際、叫びを押し殺す時に舌を噛んだのだろう。だが、舌を切断したくらいではエルフは死なない、死ねなかった。
「う……あぁ……」
彼女の唇が、半日ぶりに声を出した。
おぞましい行為の間中、泣き声ひとつなかった彼女が、いま、初めて声を出した。しかしそれは、言葉ではなく嗚咽だった。
「う……うわあああ……」
ずっと耐え忍んだ分の涙が堰を切ったように流れ出した。
誇り高いエルフ・永遠の少女の神聖なる秘花は、この日、無惨に散らされた。
万人からの尊敬と、同量の自分からの尊敬を捧げられたリーゼロッテという才媛は、ただの性奴隷として、無残に辱められたのだった。
涙が枯れた後、彼女に訪れたのは激しい怒りだった。
「許さない……!」
彼女は般若の形相で血に塗れた歯を噛み締めた。
「許さない……殺してやる……百度でも殺しやる……!!!」
彼女はその言葉を呪詛のように唱え続けた。
「殺してやる……!」
彼女はこの日、タローマティを生涯懸けても復讐するべき怨敵と心得た。
< つづく >