星辰の巫女たち 第17話

第17話

 いったい、何度この体を弄ばれたことだろう?
 リーゼロッテは闇の中で考える。

 あるときは、優しく、まるで尊い姫君と初夜を過ごす王子のように慎重に慎重に彼女をいたわりながら行為を行った。またあるときは、獣のような激しさで、乱暴にリーゼロッテの肢体を押さえつけ、自分の欲望を満足させるためだけに乱雑に動いた。
 まるで恋人のような態度から一変して獣のように攻撃してきたり、あるいは息の根を止めんばかりの苛烈な攻撃から急に優しい愛撫に変わると、精神はどうしてもその落差に対応できない。甘美な誘惑に対してはそれ相応の、陵辱にはそれ相応の、心的防衛がそれぞれある。しかし、これらが交互に入れ替わりながら来ると、心の防衛機能は混乱してしまうのだ。 
 苦痛を感じるのか、快楽を感じてしまうのかさえ操られる屈辱の中、彼女は耐え続けた。

 邪神が彼女を犯すとき、彼女は体の隅々まで侵略される。全身から、彼女の大切にしていたものが抜き取られ、奪われていく。肉を切り開かれ精液を注ぎ込まれるとき、あるいは快感に翻弄され絶頂を迎えてしまうとき、彼女は自分が誇り高い巫女であるということを否定され、暗い闇の淵に投げ捨てられる。
 しかし、そのたび彼女は這い上がってきた。彼女のプライドは邪神に屈することを許さなかった。ぼろぼろになりながらも、壊れる一歩手前で、それが彼女の自我を繋ぎ留めていたのだった。
 しかし、その彼女も、そろそろ限界に達しようとしていた……。

「ん……」
 リーゼロッテの意識は闇の中で覚醒した。
 巨大な生き物の胎内のような、生暖かい闇の中だった。
 近頃、目が覚めるといつも頭が朦朧としている。自分が何者であったか思い出すのに、しばらく時間がかかってしまう。
 わたしは、リーゼロッテ。リーゼロッテ、今何している? そう……わたしは牢獄の中に閉じ込められていたんだ……牢獄の名前は……なんだったか? 星辰と時の部屋だったか? 思い出せない……。まあ名前なんかどうでもいいか。
 リーゼロッテは胸に手を当てる。
 わたしはむかし、大切な物を持っていた。どんな貴重な宝石さえも問題にならないほどの価値ある光輝だった。その光輝の名は、強さとか、誇りとか、そんな名前だった。
 それは今わたしの手にはないが、確かに感じていられる。朧ろだが、確かに胸の奥に感じられるわたしだけの宝石。これがある限り、わたしはまだ戦えるんだ。
「ロッテ?」
「ーーん?」

 不意に声をかけられ、リーゼロッテの意識が急に鮮明になった。
 桃色の髪の少女が、真上から彼女の寝顔を覗き込んでいる。
「ああ……おはようプリム」
「起きてた? さっきのわたしの話、ちゃんと聞いてたかしら?」
 プリムローズだ。彼女の膝に枕しながら眠ってしまっていたらしい。
「もちろん! ギンギンに冴えてたわ!」
 プリムローズは苦笑しながら、リーゼロッテを優しく撫でた。
「やっぱり、疲れが目に見えてるわ。このままだと明日にも死んじゃうかもしれないわ」
「何を言うの。たしかに疲れてはいるけど、まだまだいけるわ」
「意地を張らないで。ロッテ、気力でどうにもならない限界ってものがあるとするなら、それが今だと思う。これ以上こんな環境にいたら壊れちゃうわ」
「たとえ壊れても……あいつに屈服するよりはましだ」
「でもロッテ、もう楽になっていいころよ。ここまで耐えたんだもの。誰もあなたを責めないわ」
「お断りよ。誘惑に負けて安寧を手に入れるより、苦痛のほうが遥かにましだわ」
 この牢獄での時代は、忌々しい人生最悪の時代だが、その時代に耐えぬいたことこそ、彼女の強さを証明している。
 奴は、ありとあらゆる手を尽くしてわたしを壊そうとした。そのどれにもわたしは屈さなかった。何十回も、何百回も、奴の支配力がわたしを屈服させようとし、そのたびわたしの体は汚され、誇りは奪われた。しかし、わたしは負けなかった。奴が千回わたしの誇りを奪っていったくなら……わたしは千回復活するだけのこと! これからもそうだ!
「ほんとうにロッテは強いわ、すごいわ」
 プリムローズは息巻く彼女を鎮めるように、膝の上にある彼女の頭を丹念に撫でた。
「ロッテがそこまでこだわるのは、そこまで強いあなたに屈辱と苦痛を与えたタローマティのことが許せないからね?」
「ああ」
「そのことがあなたを苦しめてるのよ……」
 プリムローズの声は、憐憫の色を帯びていた。
「だから、もうやめにしましょ。あなたの苦しみを取り除かせて」
「……!」
 リーゼロッテはひどく嫌な予感がした。
 プリムローズの紡ぐ言葉の先を恐れた。
 急に肌が粟立つのを感じた。
「よく聞いてロッテ……。これが、わたしがあなたに贈る最後の言葉」
 最後……? どういうこと? 
 リーゼロッテはプリムローズの言葉を遮ろうとした。だがまるで石膏の鋳型に入れられたように身体が動かない。なすすべもなくプリムローズの言葉が流し込まれる。

「あなたはここでとても嫌な思いをしたけど……」

「それを、別の意味に受け止めなおせば、きっとすべて良くなるわ」

「あなたが味わう屈辱が大きければ大きいほど……」

「あなたのプライドが脅かされればされるほど……」

「あなたは……」

「その人のことが好きになるの」

 どくっ。

 リーゼロッテの身体が緊縛から解き放たれ、大きく波打った。
「あ……?」
 リーゼロッテの中で何かが激しくせめぎあう。
 それは頭痛となって彼女の頭を苛んだ。

「い……いやっ……!?」
 プリムローズの言葉が頭の中で反響する。耳元で囁かれたのに、その言葉の意味はなぜか聞き取ることができない。言語中枢をすり抜けて、もっと深いところで彼女の中に刻み込まれていくようだった。だが、とてつもなく恐ろしい言葉だということはわかった。
「あ……あぐっ……?」
 その言葉は彼女の頭を決定的に組み替えようとする。猛烈な勢いで彼女の心に侵入し別の色に染め上げようとする。彼女は頭を抑えてその魔力に抗った。しかし苦しむ時間を長くするだけで、その侵略を抑えることはできない。
 変えられてしまう! わたしが変えられてしまう! 彼女はその恐怖に慄然とする。 全身の筋肉は引き攣り、皮膚の裏で無数の虫がうごめいているようなお悪寒がする。指先は震え、口から出る涎を拭うこともできない。
 プリムローズの手は、そんな彼女を嘲笑うように穏やかに彼女の頬を撫でるのだった。
「さあ、新しいあなたに生まれ変わりましょ……」
 い……。
 いやだ……!
「いやだっ!」
 彼女の強靭な意思が、彼女の頭を浸食していた黒い靄を祓う。
 それだけは嫌だ!
 それだけは、受け入れるわけにはいかない!
 彼女が愛するのは、自分自信の強さだけだ。被虐趣味者のように、誰かに完全降伏して卑しい快楽を貪ることは死んでもご免だった。
「わたしはそんな物にはならない! なるものか!」
 そう叫ぶと、頭の中で蜂の群れのように響く不協和音が掻き消えた。彼女は、汗だくになった身体に鞭打ち、すかさず立ち上がった。

「お前はっ……!」 
 彼女は決然とプリムローズーーの姿をしたものを睨みつけた。
「お前は、プリムじゃないな……」
「!」
「友の姿をしてわたしをたぶらかす魔物め!」
 リーゼロッテは食膳から陶器のコップを拾い、目の前の少女に投げつけた。
「こんっのぉぉぉっ!」
 彼女はがむしゃらにスプーンの柄を振り回し、突きを放つ。
「この邪神の手先! 姑息な夢魔め!」
 可愛い後輩の姿を用いて彼女を陥れようとする敵が許せなかった。そんな卑劣な手段で自分を陥れる敵を、殺してやりたいと思った。
「正体を現しなさい!」
 彼女は目の前の少女の喉元にスプーンの柄を叩き込んだ。
 しかし、彼女の腕は虚しく空を切った。
「?」
 いつの間にやら少女は掻き消えるようにいなくなっていた。
「……どこだ?」
 プリムローズの髪の残り香さえ残さず、完全にいなくなったのだ。
 リーゼロッテは我に返り、息を殺し、壁に背を預ける。
 あたりは闇だ。どこにさっきの敵が潜んでいるかわかったものではない。
 とはいえ、近くに生き物の気配はない。
 実体のない魔物? それとも、わたしの見た幻だっただろうか……?

 と、彼女の背後で衣擦れの音がした。
 即座に彼女は身を翻し、背後のその人物にスプーンの柄を突く。投獄生活で疲労しているとは思えない反応速度。スプーンの柄は確実にその人物の身体をえぐった。 
 しかし、またも手応えはなかった。スプーンの柄は、その人物の身体に触れると頼りなく沈んで吸い込まれてしまった。
「?」
 そこにいたのは、桃色の髪の後輩でも、醜悪な魔物でもない。銀色の髪と釣り上がった目をした、強気そうな少女だった。
「な……」
 しかもかなりの美少女だとリーゼロッテは思った。銀の髪。完璧な眉のライン。白磁の肌に一筋走る薄紅の唇といったらまさに芸術、この世の至宝だと思った。そんな美少女を彼女はひとりしか知らない。
「わたし……?」
 それは、彼女自身だった。
「いつまでも懐かしい後輩の幻影に縋るのはよくないわ」
「……!」
 もうひとりのリーゼロッテはリーゼロッテを軽蔑するような目で見つめた
「本当に心が弱いんだから……」
「わたしが弱いだと!」
 彼女はもうひとりの自分を強く睨みつける。
「リーゼロッテ。わたしは本当に強いの?」
「当たり前だ! わたしはどんな敵に相対しても、引かなかった! 媚びなかった! 省みなかった! どんな困難なときも自分の意志を貫き通してきた!」
「じゃあ、その強さというものを示してみて」
「ぐ……」
 リーゼロッテは口ごもる。
「敵に敗北し、手篭めにされ、毎日慰み者にされている。どこに強さがあるの?」
「それでも! 心が負けたことはない! 心だけは……絶対に折れずに、戦う意思を持ち続けてきた!」
「欺瞞だわ……」
 もうひとりのリーゼロッテは呆れ顔で言った。
「今のこの状況はなに? どこにお前の言う強さがあるの?」
「く……!」
 リーゼロッテは言い返せなかった。どんなに彼女自身がそうではないと言っても今彼女は誰が見てもタローマティの奴隷だ。今の彼女が声高らかに何を言っても片腹痛いだけ。誰もが狂女のたわごとと思うことだろう。
「ついでに言うと、こうやって邪神の責めに健気に耐えているだけで抵抗している気になっているのなら、とんだ勘違いよ」
「なんだと?」
「こうやってわたしが呑気にしている間に、邪神の勢力はとっくにアールマティ大聖堂に及んでいるだろうな。マリィは1人で凶悪な魔物たちと戦えるかしら」
「あ……」
「本当にわたしが強いなら、なんとかして我が子を守らないといけないんじゃないの? わたしは、ここに入ってからあの子を守るために何かした?」
「だ……だって……この牢獄……(なんて名前だったろう?)……の中で、何かできるわけがーー」
「ほうら。やっぱりわたしは何も抵抗できてないじゃないの」
 もうひとりのリーゼロッテは表情一つ変えず冷酷に言い放った。
「わたしが邪神に股を開いていやらしく嬌声を上げている間に、あの子は魔物たちに陵辱され手足を切り刻まれているかもーー」
「い、いやぁあ!」
 自分が与えられた何倍もの苦痛を愛娘が味わっていることがたちまち彼女の脳裏に浮かぶ。リーゼロッテは耳を覆い、その場に倒れこむ。
 わたしは強い……! 何よりも強い……! タローマティに抵抗することだけが強さを示す方法だった。でも、それすら自己満足だというの?
「わたしの強さは表面だけのもの。中身のないハリボテに過ぎない。どんなに表面を立派そうに繕っても、意味のないことよ」
「ああ、あああああ……」
 もうひとりの彼女の声は、まるで内側から来るように彼女の中に浸透してきた。リーゼロッテはたまらず嘆き声をあげた。

 強さがほしい……! 完璧な、完全無欠な、わたしを決して裏切らない、本当の強さが……! このぽっかり開いた空虚を満たす強さが……!
「わたしには無理よ。だって自分の体をごらん」
 リーゼロッテはハッとした。
「! あ……!?」
 そして、自分の体に大きな穴が開いているのを見てしまった。

 その中を覗くと、中には果てのない空虚が広がっていた。
 覗きこめば目眩がするほど、底が見えないほどの深い穴。音も光もないほどの虚無が広がっていた。
 彼女の身体は、皮膚一枚でその虚無を囲っていた。針で突けば萎んでしまいそうな頼りない皮膜一枚だった。
「あ……あ……」
 なんなの? このハリボテみたいなのがわたしの正体なの?
「この穴の中が見えるでしょ? 空洞よ。虚無。すっからかん」
「あ……ああああ……っ……」
「ぽっかり空洞の開いた醜い体。そんなわたしが本当の強さがほしいだほしいなんて滑稽よ。底の抜けた甕に水を満たすことができる? お前が手に入れられるのは、永遠に表面だけのうすっぺらな力……それだけよ」
「う、うわあああああああああぁぁ……」
 彼女はその場で頽れた。
「うっ……うぁ……ううう……うぁああぁ……」
 いつしかもうひとりのリーゼロッテは消えていた。あたりはまた闇に閉ざされた。

 強さ。わたしが固執していた強さとは、何のための強さだったろうか?

 強さ……。もっと完璧な強さを手に入れなければならなけばいけない……。
 どんな敵にも屈さず、どんな望みも実現できる、完璧な強さがほしい。
 自分が強いと一点の曇りなく確信できた、あの輝いていた世界を取り戻したい……。

 彼女は闇の中で、自分の頼りなさ、無力感に苛まれながら見捨てられた赤子のように奮えていた。

 ……。
 …………。
 来たな、タローマティのやつめ……。

 今日も今日とて、邪神は彼女のもとに現れた。
 悄然とし挨拶のキスをする余裕もない彼女を見て、タローマティは笑った。
「どうした。とうとう参ってきたか」
「馬鹿を言うな……」
 リーゼロッテは強気に振る舞おうとしたが、どうしてもその声は弱々しくなる。
 彼女の心的疲労は、限界をとうに超えていた。

 彼女は昨晩ひどく悪い夢を見た。彼女の信じる強さが根幹から否定される夢だ。
 わたしがしていることはすべて無駄だろうか? ただの浅ましい自己満足だろうか? そんな不安が彼女の自信を揺らした。
 だが、そんな不安さえ、彼女を絶望させはしなかった。 
 ここで悲嘆にくれて抵抗までやめてしまったら、それこそタローマティの思う壺だ。彼女はそれを知っていた。
「わたしは強い……」
 その言葉を唱えると、呪文のように勇気が沸いてきた。自分は本当に大事なものはなにも失っていないと思えた。どんな責め苦にも屈辱も跳ね返せる気がした。
 大丈夫……世界中の誰が否定したとしても、わたしだけがわたしの強さを知っていればいい。強さとはそういう物のはずだ。いま強さをなくしているとしても、目を閉じれば、わたしの心の中の宝石が見える。

「どうだ月の巫女、俺の物になるなら、すぐに出してやるぞ」
 リーゼロッテは目を伏せた。だが、彼女の返事は以前とまったく変わりないものだ。
「いい加減学びなさい。わたしをそんな誘惑に屈するクズと一緒にするな」
 彼女の目が、憔悴しながらも確かな光を讃えているのを見ると、タローマティは満足そうに笑う。
「またひとつ壁を乗り越えたみたいだな。また美しくなった」
「ふん。ほめても何も変わらないわよ」
 気力を褒められ、美しいと言われ、彼女は悪い気分はしなかった。だがそれだけのことだ。以前このタローマティのことを愛おしいと思った時期もあった。しかし今は違う。今は自分を追いつめ堕落させるこの男に、強い侮蔑と敵意を感じるだけだ。その感情はとっくに恋愛感情を淘汰していた。
「無駄口聞かないで、さっさとやることやって出て行きなさい」
「そうだな。そうさせてもらうか」

 タローマティは彼女の身体に覆い被さる。
 彼女の服を脱がし、小さな乳房を揉みしだき、子供のような体を撫で回していった。
 彼女は歯を食いしばって快感に耐える。
 彼女の股間が湿り始めたのを見ると、はやばやと足を広げさせ、肉棒を彼女の穴に沈めていく。

 そのとき、リーゼロッテの心に、いつも以上の緊張が走った。
 あ……『そこ』は……!

 その穴を、彼女は知っている。
 夢の中で見た、彼女の心に開いている穴だ。どこまでも茫漠な空間が広がっている穴。
 その穴の中に、いまタローマティの怒張する肉棒が差し込まれる。
 うっ……!
 彼女はそれを受け入れた。
「あ……っ! あっ、あっ、ああああああっ!」
 肉棒が、膣の襞をかき分け奥に分け入っていく。
 そのとき、彼女の中に未知の感覚が沸きあがった。
 今までとはまったく違う。
 彼女が初めて経験する感覚だった。

 心臓の鼓動音がけたたましく鳴る、
 それは頭の中のあらゆる方向に反響し、平衡感覚を失わせた。立っていたならすぐ倒れてしまっただろう。
 今から数秒後、とてつもなく大きな事が起こる。彼女はそれを予感した。
 リーゼロッテは凍える寸前のように震えはじめた。しかしそれは恐怖や嫌悪のためではない。もっと圧倒的な何かがリーゼロッテを虜にして離さなかった。

 な、なに……?
 埋められる……わたしの中の穴が……。
 満たされる……。
 埋められる。あの空虚な穴が、何かによって満たされる。
 いま、彼女の中にかつてない大きな変化が起ろうとしているのを感じた。
「あ……あ……」
 彼女の視界がフラッシュするーー。

 暖かな闇の中で、彼女は後輩の膝に枕してまどろんでいた。
『ねえ、ロッテは誇りを奪われたって言ったよね?』
『ああ……』
『でも、何度奪われても奪われても、ロッテの誇りはまた沸いてくるんだよね?」
『ああ……そうだ』
『じゃあ、奪われた分の誇りは、どこへ行くの?』
 奪われた誇りはどこへ行く……?
 タローマティ に 奪われたんだから、タローマティのところに行った……?
『そうね、よくできたわねロッテ。じゃあもう一つ質問。ロッテの誇りは何回奪われたかしら?」
 奴がわたしを犯すたびに……わたしの誇りは奪われる……。
 二百回……三百回……何百回……だろうか?
 答えあぐねているううちに、プリムローズは言葉を継いだ。
『そのたび奪われたってことは、タローマティはその回数の分だけロッテの誇りを持ってることになるわね?』
 ……?
 そう……?
 奴がわたしの誇りを奪う……。わたしの中にあった誇りがあいつに移動する。
 タローマティはその回数の分だけわたしの誇りを持ってる……?
 わたしがなくした誇りを……あいつが……?
 わたしが奪われた回数だけ……あいつがわたしの誇りを持っているってことは……。

 彼女は朦朧とする頭で論理的に理解しようと努力していた。
 と、プリムローズがその思索を遮る。
『ロッテ?』
『ーーんっ?』
『ああ……おはようプリム』
『起きてた? さっきのわたしの話、ちゃんと聞いてたかしら?』
『もちろん! ギンギンに冴えてたわ!』

『よく聞いてロッテ……。これが、わたしがあなたに贈る最後の言葉』

『あなたが味わう屈辱が大きければ大きいほど……』

『あなたのプライドが脅かされればされるほど……』

『あなたは……』

『その人のことが……』

「う、うぁぁあっ! はくっ……!」
 強い……!
 彼女は身をよじりながら感慨にうち震える。
 タローマティはなんて強いんだろう……!
 わたしの何倍も……いや、何百倍も強い……!
 彼女はそれを本能で感じ取った。
 タローマティの男根に貫かれていると、彼女を襲っていた無力感、自分への言いようのない不安が霧散し、疑う余地のない強力な力が全身に送り込まれるのを感じる。
「いぅ……っ……は! はぁ……っ!」
 彼女はその喜悦に、全身を引き攣らせる。
 囚われの身になってから、ずっと彼女から失われていた、強さ。それを再び感じた喜びに彼女は全身を震わせる。いや、以前の彼女のものより何倍も、何百倍も研ぎすまされ完璧な強さだ。彼女は無心でそれにすがりつく。
 この強さの甘美さ! この強さの完全さ! これ比べれば、以前の彼女の強さなど、まるでつまらない物に見えるほどに……。

 そう認めたとき、リーゼロッテの中に今までとは全く違う何かが生まれた。
 意志に反して体が快楽を感じてしまうとか、憎い敵に恋してしまうとかいうことが、ほんの些細なことに思えるほどの、彼女の思考そのものの、決定的なパラダイムシフト。
 身体が痙攣し、汗が引き、全身に鳥肌が立ち、髪の毛はぱちぱちと静電気を帯びる。

 彼女のその様子に構わず、タローマティは抽送を始める。
 タローマティの肉棒が往復するたび、その軌跡上に、何かが満ちていく。タローマティの強さの残滓のようなものだ。触れるだけで、体の中にあると思うだけで彼女は目も眩むような悦びの世界に連れ去られる。

 その快感の中、彼女は感じた。
 彼女の中の穴が、満たされていく。海の水をすべてかき集めても埋められやしないと思えた穴が、彼女の測りを越えた偉大な力によって、たちまち満たされていく。

 満たされていく。
 わたしの空虚な体が……途方もなく大きな力によって……。
 偽物の力じゃない……完璧な力がわたしの中を満たしていく……!

 熱い陰茎を根元まで飲み込むと、彼女はあの絶望的な大穴が、隙間なく埋められるのを感じた。
「あっ……あっ……あああっぁっっっ……!!!」
 彼女はこの感動を表現する言葉を知らなかった。
 どういい表した物だろう? 荒漠無辺な虚無が、ほんの数秒で黄金で埋められたのだ。彼女の目を真珠のような涙があふれた。

 ああ……そうなんだ……。
 思考ではない。もっと根本的なレベルでの理解が彼女の中に閃光となって閃いた。
 いま……わたしは知った。
 ハリボテじゃない……中身が充填された本当の強さ……。
 それは、以前のわたしの力よりも、何十倍……何百倍も強い力……!

 そうだ。
 誇りは、強さは、わたしが求めてやまなかったものは、

 こ こ に あ っ た !

『あなたが味わう屈辱が大きければ大きいほど……』

『あなたのプライドが脅かされればされるほど……』

『あなたは……』

『その人のことが……』

『好きになるの』
『好きになるの』
『好きになるの』
『好きになるの』

 そうだ。
 この力がわたしがずっと求めてきたものだったんだ!
 そのとき、リーゼロッテの全身を理解の喜びが駆け抜けた。肉欲や官能を越えた霊的悦びだった。
 このひとが、このかたが……わたしを虐めてくれるくれることで、わたしは強さを感じることができる……。
 これこそ……わたしが求めていたもの。ううん。思っていたよりも何倍も、何百倍もすばらしい!

「はぁ……はぅ……は……」
 彼女は貫かれながら首を起こし、タローマティを見る。邪神の姿は、もう彼女に取って憎い敵だとは映らなかった。この上なく偉大で侵しがたい物に見えた。
 大切なものをすべて喪失し、中身が空っぽな空疎な自分を思えば思うほど、膣に絶対者タローマティの男根が挿入されるときこそ、自分の欠陥部がすべて補われるように感じた。その崇高さに自分の魂が回帰することができるかのように感じた。

 もっと感じさせて……あなたの強さを……!
 リーゼロッテは自らタローマティの肉棒を招き入れる。柔肉が吸い付くように怒張を包み込み、それを体内から離さないようにくわえ込む。
「はぁ! くふ……くぁ……はぁ……い……いぁ……」
 その男根は、荘厳で、絶対的なものとしてリーゼロッテの中に刻印される。
 その偉大な力は、本来なら、リーゼロッテにとって影も踏むこともできない存在のはずだ。しかし、そんな彼女にも、その偉大な力の一部を感じるこのできる瞬間がある。
 それはこの力に犯されるときだ。
 そのときだけ、彼女は偉大な力が彼女の中に流れ込み、偉大な力と一体になることができる。
 それは筆舌に尽くしがたい幸福だった。
 そう自覚してからは、すべてが変わった。 
 敗北感が、それと同じ量の快感になり、
 苦痛や屈辱が大きければ大きいほど、その力に対する畏敬が強くなる。

 ああ、この人はこんなにも強い! 強いはずのわたしをこんなにうちひしがせるほどに……! わたしより、遥かに強い……!
 教会の鐘楼に上り、ここが世界で一番高い場所だと思っていた少女が、竜の背にのって大気の果てまで連れ去られるのは、きっとこんな感じなのだろう。
 一度その差を知ってしまえば、もう競おうなんて愚かな考えは起らない。かつて抱いていたけちな思い込みに未練などない。

 永遠のような長い間、犯され屈辱を与え続けられた時代が走馬灯のように彼女の頭をよぎってく。
 それはもう彼女にとって忌まわしい体験ではない。
 絶対たる力をこの身に受け続け、自分が持っていた強さを何百回も邪神のために捧げ続けた幸福の記憶だった。
 ああ……わたしは……なんて幸せな時代を過ごしたのだろう……!
 わたしが苦悶し、屈辱を感じれば感じるほど……わたしの誇りがこのかたに送り込まれていき、このかたはより完全になっていくんだもの……。
 わたし……ずっと勘違いしていた……!
 わたしが感じていた苦痛や屈辱は……わたしのつまらない自我を守るための物じゃない。
 苦痛も屈辱も……すべてこのかたの力を感じさせていただくための贄だったんだ……。
 彼女の中に満ちる闇の気が、本質の理解に至った彼女を祝福する。
 悪い夢から急激に覚めていくようだった。目の前が輝いているようだった。
 今までの彼女が死に絶え、細胞の一つ一つが新しい彼女として生まれ変わっていく。自分の強さではなく、邪神の強さを自らの根幹とする新しい彼女に。

 荒れ狂う快楽の本流に飲み込まれながらも、彼女の細腕はタローマティの背中を探り当て、力の限りぎゅっと抱きしめる。
「いはぁ! くっ! ふぁ……きゃ……はふぅぅぅっ!」
 タローマティが彼女の肢体を突き上げるたび、それに密着した彼女の身体が痙攣と歓喜の震えを繰り返す。
 幼い乳房も、子宮の突き上げに合わせてふるふる揺れる。女性の象徴である乳房が、幼いなりに必死で喜びを表現しているようであった。
「はぁ! くうううっ! きゃ…… あ! うぁああああああっ!」
 もうずっと、以前は絶頂だと思っていた快感が彼女の中で持続していた。以前は絶頂だと思っていた場所は、新たな世界への門にすぎなかった。彼女はいままでいつもその敷居を片足踏んだだけで、もと世界に引き返していた。だが今は違う。新しく甘美な世界へ、歩くことを覚えた子鹿のように生き生きと走り回っていく。
 し……。
 しあわせ……!
 彼女の心は、無邪気な幼い頃に戻っていた。
 狭い家を出て、広大な野原を初めて見たときの頃。
 花の匂いでむせ返る野原を、疲れきるまで駆け回った気分だった。

 タローマティは律動を緩めながら、彼女の唇を奪い、彼女の掌から腋に舌を這わせ、幼い乳首を摘み、宙に浮かぶ太腿をなで回した。
 タローマティは彼女の体を思うままに弄んでいく。しかし彼女に屈辱感はなかった。
 肉体を彼女の意思の自律性から奪い去っていくその力を、彼女は全面的に信頼することにした。
 純粋な期待状態にある彼女の身体を、彼女の望み通りに愛撫し、切り開き、快感を与えていく。
 ああ……すごい……。
 彼女の意思とは関係なく身体を持ち上げられ、腰を突き動かされ、手足を動かされるたび、骨が、筋肉が、血液が、歓喜の震えを起こす。彼女の『高潔で誇り高い意思』に従って動いていたころよりも、はるかに勝る悦びだった。
「くひっ……あは……ひぃぃ!……ふぁあああん!」
 リーゼロッテはその動きに翻弄されながら体を激しく暴れさせる。抵抗でも、快感を得ようとしているのでもない。原始的な、魂の昂ぶりを表現したダンスであった。
 踊る。踊る。思考はなく、魂のエクスタシーのみが彼女を支配していた。
「ぁはあ……はぅぁぁん……ふっ、くふぅ、っく……ぁ! ぁあああああっ!」
 快楽の激流に飲み込まれ、彼女の意識ーー自我は粉々に拡散していった。しかし不安はない。つまらない自我より、もっと大きな物の一部になる悦びを味わっていた。彼女の身体が肉の境界を失い、絶対的な征服者の中に溶け込んでいく。

 幸せ。
 このかたは、わたしがこうありたいと思った姿そのものだ。
 いや、わたしの想像の範疇を越え、もっと何十倍も、何百倍も、この人は強い。
 この人の強さが欲しい。
 この人になりたい。
 この人の、一部になりたい……!

 いつしか、リーゼロッテは自分とタローマティは完全に区別がつかなくなっていた。
 彼女は完全にタローマティに意識を投影した。 
 彼女はタローマティの目で、犯される銀髪の少女を見ていた。
 ああ、気持ちいい。
 タローマティは、なんて強いんだろう。
 
 生意気な小娘が苦痛の喘ぎを漏らすたび、わたしは嗜虐の笑みを漏らす。気持ちいい。万能感。支配する喜び。絶対的な権力を行使する喜びに、わたしは陶酔した。
 わたしは小娘の膣内に精液をぶち込む。小娘がまた悲しみに身をよじる。またひとつ、わたしは小娘の誇りを奪って、身の中に蓄積させーー。

 そのとき、彼女は人生最大の絶頂に達した。
「あ、ふっ、は、あああああああっ!」
 瞬間、彼女の身体が大きく反り上がる。
 弓なりという生易しいものではなく、まるで見えない力に背筋を引っ張られているようだった。
 脳の中に指を差し込まれくちゅくちゅかき回されるような感覚が彼女を襲う。自分が誰だったか、なにもかもがわからなくなっていく。
 身体が、あらゆる不自由あらゆる束縛から解き放たれ、全知全能の力が彼女の小さな身体に惜しみなく注がれた。

 し……。
 し あ わ せ……。
 散り散りになる思考で、彼女は自分がこのときのために生まれてきたことだけを思っていた。
 

「今日はこれまでだ」
「あ……」
 肉棒を引き抜かれ声を掛けられると、彼女は不意に自分とタローマティが別々の存在であることを思い出した。
 そうだ。わたしはタローマティじゃないんだ。ただちっぽけな強さしか持たない小娘だったんだ……。
 タローマティの肉体が離れると、リーゼロッテはただのリーゼロッテになった。
 絶対的な力の漲りからも、誇り高さからも、最も縁遠い、みじめな虜囚だった。たとえ、いくらか後に今しがた奪われたぶんの誇りが回復したとしてもなんの意味があろう? それより何百倍も上のものをタローマティは持っているのに。

 リーゼロッテは無意識に腹に触れた。
 彼女は今までこの腹の中に侵入し、彼女の子宮を突き上げて暴虐の限りを尽くしていたタローマティの肉棒のことを思い出していた。これがもたらす圧倒的な屈辱、快感、被支配感、そしてなにより、圧倒的な力の迸り。
 そのタローマティの一物が今自分の腹の中に存在しないと思うと、その空隙がひどく空疎なものに思え、不安になる。
 もともと腹の中に他者の肉体の一部が入っているという状況のほうが異常であるのだが、犯されるときの印象が強すぎて、この中にあの肉棒が埋め込まれているときのほうが正常だという気がする。今のほうが、なにか穴が開いているような物足りなさがする。ーーそう。彼女の中に空いたあの空虚な穴だ。タローマティと離れていると、また身体の中にあの穴ができているような気がして、いてもたってもいられなかった。

 タローマティが身体を離そうとすると、彼女は慌てて腰をつかむ。
「ま、待って……」
「どうした?」
「そ、そこ……」
 彼女は恥ずかしそうに左手で顔を覆いながら、右手でタローマティの肉棒を指差す、
「よ……汚れたから綺麗にしてあげる……」
「珍しいな。いつ以来だったか。 どういう風の吹き回しだ?」
「か、勘違いしないでちょうだい! お前に貸しを作りたくないだけよ!」

 彼女は顔を真っ赤にしながら気丈さを装い、邪神の陰茎の前に四つん這いになった。
 この時点では、彼女はまだ自分が体験したばかりの強さに従うことに抵抗があった。だが、屹立する陰茎を目近で眺めている間に、それはたちまち変わっていった。
「はぁ……はぁ……あぁ……」
 陰茎にリーゼロッテの切なげな吐息がかかる。
 それを見つめる彼女の瞳に光はない。どんよりと濁り、陰鬱な闇に満たされている。 彼女は完全に屈服していた。しかし悔しさや悲しさはない。遥かに大きい悦びが、そんな物を意識させる暇もなかった。 
 この肉棒の強さに比べれば、自分の抱えているちっぽけな強さなど何の価値もないということが理解できてくる。
 この肉棒に、自分などの卑しい愛液が付着していることがとんでもなく恐れ多いことだとわかってくる。
「あぁ……お願い……」
 彼女は許しを乞うようにタローマティを見上げた。
「もっと感じさせて……あなたの強さを」
 おそるおそる、リーゼロッテはそれに奉仕を始めた。

 リーゼロッテは口腔の中にそれを誘い、周りに付着した精液と愛液の混合物を舌で清めながら、かわりに滑らかな口の粘液を分け与える。
 「はぁむ……むぁ……んちゅ……んむぁ……」
 彼女の口を蹂躙する男性器の硬さ、味。匂い。そのすべてがリーゼロッテにとって快感であった。
 それを口に含んでいると、彼女の顔から緊張が解け、徐々に恍惚に変わっていく。
 もっとこれに奉仕したい。自発的なその感情に目覚めたことが嬉しくて仕方ない。
 くちゅ……。くちゅ……。
 唾液まみれになった男根から卑猥な音が響き始める。それが潤滑油になり、彼女の舌と唇の動きが滑らかになっていく。
 彼女の口の中で再びそれは大きくなっていく。女の肉を切り開く逞しい力が再び蓄えられていくのを肌で感じ、リーゼロッテは目を潤わせる。
 わたし……犯されてる……。
 力……。すごい。わたしが生涯かけて研磨した力を容易く犯せるほどの力が、こんなにも容易く湧き上がっていく。この方はなんて強いんだろう。
 自分がその力に自分から望んで犯されていると思うと、彼女に無上の快感を与えた。
 幼い乳首は破裂しそうに充血しきっていた。無意識のうちに腰がすり合わされ、花穴から溢れ出した蜜が内股を伝い床を濡らしている。
 この肉棒に奉仕しているだけで彼女は快感だったが、時折問いたげに顔を上げ、タローマティが喜んでいるか確認することも忘れない。
 タローマティはその健気な眼差しに対し、彼女の喉を撫でることで応えてやる。
「ぁん……」
 リーゼロッテは猫のような甘えた声を漏らすと、自らその指に頬を押し付ける。
 タローマティの指が肉芽を突くと、彼女はびくんと身体を跳ね上げ、すぐに自ら腰をよじり指にそこを擦り付けようとしていく。
 彼女は、完全に快楽に屈する自分に酔いしれた。彼女が完膚無きまでに犯されれば、それだけタローマティの力が完璧になるのだから。彼女は喜んで全身を犯されるに任せた。

「月の巫女、ここまできたら口の中に出してやる」
 ああ、嬉しい……。
 犯される期待に、花芯がきゅんと痺れる。
「はい……ありがとう……」
 リーゼロッテは一旦口を男根から離し、潤んだ目で感謝の意を示す。
 彼女は再び剛直に向かった。亀頭から下に続く線に舌を這わせ、竿を上下に何度も往復する。やがて亀頭の先に舌をこじ入れ、中から湧き出してくる先行液を吸うと、かぽりと肉棒を根元までくわえこむ。
「ぬちゅ……んっ……んっ……んっ……ぬちゅ……」
 リーゼロッテは肉棒をくわえ込んだまま首を上下に振り始める。
 歯を立てないように丁寧に、しかし素早く。彼女の首が動くたび、銀のショートヘアが竿の両隣の袋をくすぐる。竿の根元を掴んでいたリーゼロッテのしなやかな指は袋に這い、そこを優しく丹念に揉み始める。
 その刺激で竿がさらに大きく固くなると、彼女は陶然とその先にむしゃぶりつき、首を上下に振る。
 そのピストン運動の間、彼女の舌は蛇のように竿に絡み付いてみたり、タイミングを見計らって亀頭の先端をぺしぺしと叩いたりしてみる。
「んむっ……んっ……んぁ……」
 彼女は首を振りながら、闇に犯された目でタローマティに哀願する。
 犯して……惨めなわたしを犯して……完膚なきまでに……完全に……!
 彼女は射精の引き金を引くため、亀頭を口に含んだまま、ちゅう、と吸い上げてみた。
 それに誘われ、タローマティの肉棒が震え、彼女の口腔内に熱い精液が飛び出した。
 ! んっ! んあぁああああっ!
 彼女の視界が真っ白な闇に弾ける。
 その時彼女は同時に絶頂を迎えた。絶頂という全く無防備な精神状態で、彼女は口の中に注ぎ込まれる闇の気を受け入れた。
「こほっ……くっ……はぁ……! こほっ……」
 彼女はむせ返りながら、口の中に注がれた精を一滴もこぼさず口の中に受け止める。
 「んっ……」
 彼女は恍惚の表情でそれを喉の中で転がすと、少しずつ味わいながら飲み込んでいった。
 

 それを飲み干すと、ようやく彼女から絶頂感の波が引いてきた。だが疲労感や虚しさはなく、圧倒的幸福感だけがあった。絶頂という門をくぐり、新しい世界に入門した気分だった。

 わたしはなんて長い間勘違いしていたのだろう。わたしが欲しい絶対たる力は、わたしの中にあるんじゃない。この方の中にあったんだ……!
 リーゼロッテは目の前の剛直を見ていた。邪神の男根はいま射精を迎えたばかりにも関わらず固さと大きさを保っている。
 たとえ自分の物ではなくても、強い力を持つものをみることは幸福だった。たとえ自分のものでなくても、完璧な強さを眺めていることは彼女にとって幸福だった。いや、彼女の穴にはめ込まれ彼女と繋がるとき、それはまぎれもなく彼女のものとなった。彼女とそれは一体となった。
 彼女はそれが美しく見えた。自分の誇りを吸い取っていったそれがこの上なく崇高な物に見えた。
 うふ……。わたしをまた犯したことで……この方は、これでまたひとつ、強くなったんだ……。  
 犯されることが至福であった。屈辱はもう微塵もなかった。当然だ。彼女の主体は、もう彼女の肉体ではなく邪神の肉体のほうに存在するのだ。その全能の肉体が惨めな虜囚を陵辱していたとしても、どうして屈辱を感じる必要があるだろう? それどころか、自分自信の最強を信じていた時代よりもはるかに強い万能感と誇らしさを感じていた。
 絶対なる力の一部になる悦びは、かつてのように矮小な自分の力を恃んでいた頃とは比べものにならない。
 ああ、幸せ……。邪神様……。
 彼女はもうタローマティを呼び捨てることなど考えもしなかった。
 邪神様……邪神様……。
 彼女が崇めるべき神は、完全にアールマティからタローマティへと変わった。アールマティを拝んでいた頃とは比較にならない喜悦が彼女を震えさせた。新しい信仰に目覚めた悦びにずっと浸っていた。
 わたしの神様……なんて素晴らしいんだろう……。
 祈りを捧げる代わりに、彼女は亀頭の先に恭しくキスをした。

 リーゼロッテがタローマティの口にふらふらとお別れのキスをせがもうとしたところ、タローマティはそれを拒否した。
「お前を抱くのはこれが最後だ。いつも以上に楽しんでもらえたようで幸いだ」

 え?

「たいしたものだ。お前の勝ちだよ月の巫女」
 なに言ってるの? わたしがあなたに勝ったって? そんなこと起こりっこないのに。
「本当に見上げた精神力だ。人間たちは幸せだったな、こんな強い巫女が守ってくれたのだからな」
 どうしたのだろう? 邪神様がわたしを褒めるなんて。
「見くびっていた。お前は、巫女の名に相応しい戦士だった」
「ふん、いい気味だわ」 ――と、以前のリーゼロッテならば突っぱねていただろう。
 しかし、今はとてもそんなことを言おうなどとは思いもよらなかった。
 なに? なんなの?
 このかたが、わたしを褒めるどころか、謝るなんて。
 得体の知れない不安が彼女の胸をざわつかせた。彼女の世界の常識が崩れていく気がした。
 リーゼロッテの現在の自己は、タローマティに虐げられ服従させられるという状況下で形成されたものだ。そのタローマティが態度を変えることは、彼女にとって自己を形成する環境が大きく変わってしまうことを意味した。
 彼女は不安で不安しかなかった。こんなときにどうしていいかわかない子供のように、リーゼロッテは不安げな顔をただ俯かせるだけだった。
 そしてさらに、タローマティは彼女を絶望させることを平然と言った。
「だからもうここを出るがいい。こんなやり方でお前を俺の物にしようとすることは無駄だとよくわかった」
 ?
「ここを出て、気力体力を回復させて、仲間とともに俺を倒しに来い。そのときこそ、お前に戦士としての誇り高い死を与えてやろう」
 解放される ここから?
 この牢からの脱出は彼女にとっての悲願だったはずだった。だが、今そんな喜びはない。絶対的な力のもとから捨てられるとしか思えなかった。いまのタローマティの言葉は彼女にとってぽっかり空いた地獄への大顎のように思えた。
「嫌!」
 彼女は駄々っ子のように身を震わせた。
 
「いやだ……!」
「何を言ってる? 月の巫女」
「見捨てないで……」
 リーゼロッテはでふらつく体に鞭打ち、まろびながらタローマティの膝元にすがりついた。
「わたしをあなたのものにするんじゃなかったの? わたしがいやになった? 生意気だから? 胸がないから? 顔が好みじゃないの?」 
「そうじゃない」
 タローマティは彼女の体を丁重に離した。もう彼女を奴隷としてではなく、一人の女性として敬意を持って扱っているようだった。
「お前の強さに感服し、俺の物にしようなんて考えは捨てたんだよ」
「いや! いや! 買いかぶらないで! わたしに強さなんてない! ずっとここにいたい! あなたに虐めてもらいたい!」
 リーゼロッテはタローマティにすがりつき、駄々っ子のように首を振る。
 いやだ。
 見放されたくない。
 ずっとこのかたに虐めてほしい。
 そう、この人に対してなら、自分のすべてを預けてもいい……。
 いや、この人に、自分のすべてを預けたい……。
 リーゼロッテは自分のその願望をはっきり自覚した。
 その願望は、いま起こったものではなく、ずっと心の奥底に潜んでいたものだと思えた。
 彼女の心は、今からその願望を実現させるためになりふり構わず動くべきだと心得た。
「お願い……! なんでもするから……」
 彼女はタローマティに体中をこすりつけ、タローマティの手をつかみ、ない胸に押し付けた。涙を流しながら接吻の嵐を浴びせた。
「いや……せっかく何かわかりかけたのに……。今までのわたしに戻るなんていや!」
 彼女は寒気を感じた。強さのまがい物を強さだと勘違いして、この方に対して傲慢に振舞っていたころ戻ると思うと恐ろしくて気が狂いそうだ。
「俺と戦いたくないのか? 魔力さえ戻れば勝算はあるのだろう?」
「そんなこと!」
 邪神様と戦うなんて! リーゼロッテは考えただけでも戦慄した。
 そんなの蟻が龍に挑むようなものだ。そんなの無謀きわまる。そんなの、畏れ多い。
「そんな意地悪なこと言わないで……! ここにおいて……! いい子にしてるから……なんでも言うこと聞くから……! あなたに気持ちよくなってもらえるように努力するから……!」
 少し考えるような沈黙があり、タローマティは切り出した。
「つまり『お前は俺のものになりたい』と?」
「そ、そう!」
 リーゼロッテの悲愴な表情がかすかに和らぐ。
「つまらないことはよせ」
「?」
「お前のことだ。ここから出て魔力を取り戻したら、部下のふりをして隙を突き、俺の首を取る気だろう?」
「そ、そんなわけない!」
 彼女の顔が一転してより蒼白になった。
「わたしは、ほんとうにあなたのものになりたいの! 自分の愚かさを反省したの!」
「今更そんなことを言って、信用できると思うのか? お前は俺を殺すつもりだっただろう?」
「……ぁ……」
 リーゼロッテは過去の自分を恥じる。
 わたし……このかたになんてこと……! この方に剣で斬りつけて、この方を逆恨みして、なんて傲慢で、なんて愚かだったのだろう!
「ご……ごめんなさい……」
「それに、珍しくお前が素直にしていると思ったら、この手に噛み付いて奇襲してきたこともあったな」
 リーゼロッテは青ざめる。
「ご、ごめんなさいっ……」
 床に額を金槌のように叩きつけると、瘤のできた額にかまわず、タローマティの手を恭しく取り、舌で丁寧に舐める。
 舌で懸命に傷を慰めようとする彼女の目から涙がにじむ。
 この方のお手に噛み付くなんてなんて恐れ多いことを……。わたしは犬猫以下……。最低の生き物……。
「白々しいことはよせ」
 しかしタローマティはすげなく手を引っ込めてしまう。
「お前のことはこの牢獄暮らしでよくわかっている。本心からこんなことをするやつではないだろう」
 あ……。
「ち……違うの。本当なの。謝りたいの……あなたに」
 リーゼロッテは震える声で迫った。
「ごめんなさい……! わたしが愚かでしたっ!」
 彼女は床に額を擦り付けた。

 彼女は人生2度目の、涙くほどの謝罪をした。懺悔と呼んでいいものだった。
 1回目はいつだったか、覚えていない。ただ、1回目より遥かに強い悔恨に打ちひしがれていた。今この身を切り裂く後悔に比べれば、1回目の懺悔などほんの遊びのような物だったと思う。
 到底許してもらえないだろうが、謝らずにはいられない。かつての自分が恨めしくてたまらない。
「ごめんなさい……。だから……すこしでも償う機会をください……」
 タローマティは顔を顰めた。
「いい加減にしろ月の巫女。いくら演技とはいえ、これまで気の遠くなる時間守ってきた気品をたった1日でどこまで落とす気だ? 俺は気高く美しいお前が好きだった。そんな卑屈なお前は見たくない」
「う……」
 リーゼロッテは美しい顔を涙と洟でくしゃくしゃに歪めた。
 どうすればいいの?
 謝罪すら、罪を償うことすら拒否されて、リーゼロッテが暗澹とした気分になった。
 ああ、なんてことだろう。
 光の加護など余計な物があるばかりに、洗脳されなかった自分を恨んだ。おとなしく洗脳されていれば、とっくにこのかたのしもべになれていたのに。

 いや、今からでも遅くはない!
 彼女はカッと目を見開いた。
「じゃあ! わたしを洗脳してっ!」
 リーゼロッテはタローマティの足にすがり、真下から彼を見上げた。
「わたしを洗脳して、わたしの心をあなたの思うままに作り変えて! そうすれば信用してくれるでしょ?」 
 タローマティは気が進まなさそうに嘆息した。
「お前に洗脳が効くのか?」
「洗脳を受け入れるように精一杯努力するから! だから、わたしをあなたの物にして!」
「ふう……」
 タローマティは笑った。毒のない笑いだが、恐怖に囚われたものを屈服させ取り込む威圧感があった。かつてのリーゼロッテならそんなものを跳ね除けていたが、今は、自らそこに取り込まれるのを望むようにその笑みに惹き込まれていく。
「してくれるの……? 洗脳」
「もし洗脳が成功すれば、お前がお前でなくなるかもしれないぞ。それでもいいのか?」
「いいの! こんなわたしなんかいらないの! あなたの一部として生きるほうが、はるかに価値があるの!」
 彼女は必死で懇願した。涙で曇って、もうタローマティの顔も見えない。
「お願い……! もう、あなたなしじゃいられないの!」
「わかった。やってみる価値はあるか」
「は、はい!」
 リーゼロッテの顔が華やいだ。
「ありがとう……邪神様……」

 これでようやく、完璧な力を手に入れられる! この方の力を、ずっと感じていられる……!
 もうかりそめの矮小な力にしがみついて苦しむことなんかない。この方の絶対たる力に触れていればいい……!
「さあ……お願い……します……」
 リーゼロッテはその場に行儀よく正座し、目を瞑った。

 

 彼女が目を開けていれば、タローマティの唇の両端が持ち上がるのを見ただろう。
 辛抱強く熟成を待っていた美酒の栓を開けるときが、ついに来たのだ。

< つづく >

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