星辰の巫女たち 第18話

第18話

 空は、いつの間にか暗雲に包まれていた。
 レン首都の町はずれ。リーゼロッテは長年慣れ親しんだ生家の庭で、敵と対峙していた。
「タローマティだと……!」
 目の前に現れた悪魔が名乗った名に、彼女は驚きを隠せない。
「――笑えない冗談だ! 闇の神タローマティは神話の時代に滅びたはず」
 凛とした目でそれを睨みつけながらも、彼女は内心動揺していた。光の神にあだなす邪神。そんなやつが敵なのか!? どうする? どうやって撤退のチャンスを作る?

 彼女は一部の隙なく光の剣を構える。そのときだった。
『駄目! このかたに従いなさい』
 リーゼロッテの脳裏に鋭い声が響いた。
 ! ……!?
 刺すような痛みが彼女の頭に走る。
 な……?
『抵抗しないで……。身の程を知りなさい。お前は、世界の王たるかたの前にいるのよ』
 脳内で響くその声は、彼女の身体の支配権をたちまち奪っていく。たちまち手が痺れ、体が動かなくなる。
 ……あ……っな……?
 その声は、彼女の内部のもっとも奥から響いてきた。
 彼女が震えている間、タローマティが悠然と歩み寄ってくる。

 なんだ……? はやくも洗脳されてるのか? まずいっ、剣を握らないとーー!
『この馬鹿者! 邪神様に剣を振るうなんて』
 あ……?
『剣を捨てなさい。まして、汚らわしい光の武器なんか』
 リーゼロッテの腕から光の剣が抵抗なく転げ落ちた。
 巫女の手から離れた光の剣は光の粒子になり消滅した。
 それを見てリーゼロッテは白い顔を慄然とさせた。
 自分の中に何かが生まれている。
 身体が何者かに操られているのは違う、自分のとった行動を当然と思っている気持ちもいつの間にか生まれている。
 な……なにをやってるの? わたし……。

 邪神が目前にまで近寄ってきた。人間によく似ていて、限りなく異質なその姿。彼女の胸は戦慄に高鳴る。心臓が熱い血を全身に送り、彼女の口から吐息が漏れる。
 邪神が彼女の髪を撫で、華奢な顎のラインをなぞった。
「んっ……」 
 彼女は拒絶できない。抵抗の声すら言うことができない。
 それどころか、その手が彼女の頬を撫でるたびに、徐々に甘い疼きが湧き上がってくる。彼女が経験したことのない甘い疼き。彼女はそれに戸惑い、気丈な目が虚ろに彷徨う。
『どう? 邪神様のお手は、素敵でしょ?』
 ふ……ふざけるな……っ!
 この声のせいなのか? この声のせいでありもしないことを感じてしまうのか?
 やめろ……っ! わたしに命令するなっ!
 このわたしに命令していいのは、わたしだけだ……っ!
『じゃあ、わたしの命令には従うのよね?』
 な?
『わたしは、未来のお前だから』
 馬鹿な! そんなことあるわけがない!
『わたしよ。この美声がそこいらの魔物に真似できると思う?』
 ……!
 その言葉はリーゼロッテにとって何にも勝る説得力だった。
 ……確かに……気品があって、清澄で、かつ愛らしく、どんな小鳥さえ恥じ入らせるほどの美しい声色。こんな声を出せる悪魔がいるはずがない。
 この声の主は……わたしなの……? 
 お前は……わたしなの?
『そうよ。だから、わたしの言うことに従いなさい』
 馬鹿な……! それが本当だというなら、わたしはこの先、この悪魔に屈服する運命だというの? 
『そう。いまここで戦っても、わたしはとうぜん邪神様に負けてしまったのよ。それから、わたしは邪神様にたいへんな迷惑をかけてしまったから、お前はそうならないように、はるばる忠告しにきたの。すぐに邪神様に素直になるように』
 そんな! そんなこと……認められるわけあるかっ!
 彼女は力の限りその声に抵抗した。
 しかし、その未来のリーゼロッテの声色には、どこか現在の彼女以上の気高さに満ちていた。未来のリーゼロッテはとても自信に満ちて、その言葉には雄渾さがあった。 未来の自分自身が放つ高貴さに、彼女は強い憧憬を禁じえなかった。
 いったい、未来のわたしは何を得たのだろう? 完璧のはずの現在のわたしが持っていないものを持っている……。わたしもそれを手に入れたい……。
 リーゼロッテは頭の中に響く声を、少しずつ受け入れ始める。

『さあ、邪神様にご奉仕しなさい』
 リーゼロッテの身体は、ふらふらと腰を落とし膝立ちになる。目の前には、おぞましい男性器があった。
「き……や……」
 初めて彼女は声を漏らすことができた。しかし彼女の口は悲鳴と抵抗の声を上げるために開けられたのではない。邪神の陰茎に口付けするためだった。
「ん……! んむっっ!」
 男性器のすえた匂いと舌に残る異様な感触が彼女に鳥肌を立たせた。
 このわたしが……! この高貴なわたしにこんな卑猥な物をぶつけるなんて……っ! 
 彼女はキッと熱く燃える双眸をキッとタローマティの方に向ける。
「あ、悪魔! わ、わたしになにをしたのっ!」
「俺は何もしていないさ」
「……そんな、ちょ、ちょっとっ! どきなさい! 離れて!」
 タローマティは言うことを聞いてくれた。立ち上がり、彼女から一歩下がる。
 「! んんっ」
 しかし彼女は、機敏な動きでそれに追いすがり、陰茎にむしゃぶりつく。
 さっきとは比べ物にならない面積が彼女の口に触れている。しかも触れるだけではなく彼女の口はそれを強くくわえて唇の粘膜に押し付けている。内臓すべてが押し上げられるような悪寒が彼女を襲った。
 ! そ、そんな……ぁあっ!
 さまざまな苦境を経験した百戦錬磨の彼女であったが、あまりに目まぐるしく起った自分の変化に気持ちの整理が追いつかず、知らぬうちに熱い涙を流してしまう。
 な、なぜ!? からだが……体が勝手に……?
 その涙が頬から落ちないうちに、彼女の口は竿を往復し、舌で亀頭をなで回し始める。その行為に反応し、タローマティのそれにたちまち熱い血がめぐり、固く大きくなっていく。

 くそ……わたしは……なにをしてるの……!
「にちゃ……あむ……」
 彼女は四つん這いになったままの両手で、強く拳を握りしめた。
 その十分の一でも顎に力を入れれば、憎たらしい陰茎に噛みついてやることも可能だろうに、リーゼロッテにはそれができない。彼女の口は、まるで壊れやすい宝を扱うように、傷付けないように歯を立てないように舐め続けた。
 なんで……なぜこんなことに……!
「にちゃ……ぬしゅ……」
 許せない…… このわたしに、娼婦のような真似を……。
「はぁ……あむぁ……ぬしゅ……」
 殺してやる……! 覚えてろ……身体さえが自由になったら……殺してや……る……。
 こ……ろ……し……て……。
 こ……ろ……。

「はぁ……はぁ……」
 ころしたいのに……どうして……?
 リーゼロッテの顔はうっとりと緩むばかりだった。
 殺意より、怒りより、はるかに魅力的な感情に、彼女の脳は支配された。怒りのため握りしめていた拳も、いつの間にか恭しく竿の根元に添えられている。涙の跡が残る頬は、上気したように桃色に染まっている。
 
 『そう。何も考えなくていいわ。目の前のかたにすべて委ねるの』
 駄目……。
 だめだ……わたしは光の神の巫女……こんな邪術の虜になるわけにはいかない……!
 と、リーゼロッテは誰かの溜め息を聞いた気がした。
『当たり前だけど、このころのわたしはまだ光の神なんかに仕えてたのね……』
 未来のリーゼロッテは呆れたような声で囁く。
『闇の力の偉大さをわからせてあげる』
 あ、ああっ?
 リーゼロッテの身体がビクンと跳ね上がる。
 内臓を押し上げられるような名状しがたい感覚が弾ける。何かが下腹部から湧き上がってきた。
 それは、闇の気だった。
 彼女は邪悪との戦いのなかで幾度となくそんな誘惑を退けてきた。しかし今回は全く違う。煙のようにとらえどころがなく、それでいて見えない手になで回されているように質感がある。無数の触手のようであり、一本の太い槍のようでもある。
 う……ぁ……。
 闇の気は膣口を這い上がって彼女の中に溜まっていくようだった。得体の知れない感覚が彼女を震えさせる。おぞましさが、徐々に心地ちよさへ変わっていく。

 すぐに、闇は膣の上にある子宮を乗っ取り、それを完全に支配した。
 無数の女性の中で最も神聖な、子供を成すための子宮という器官を闇に染め上げられ、彼女の中の光の気は急速に萎んでいく。
 闇の気に対する不快感・嫌悪が消え、もっと欲しくなる。
 ついさっきまで唱えていた光の神の名が、どうでもいいものになっていく。
 彼女の強い意志が込められた目が、わずかずつ蕩けていく。
 輝石が酸で溶けるように、彼女の目が徐々に光を失っていった。

 外側からはタローマティの先行液。内側からは未来のリーゼロッテ。心身の内外から闇の気を送り込まれて、抵抗する暇もなく闇に染め上げられていく。未来のリーゼロッテからの闇の気は、タローマティからの闇の気に出会うと、自らの半身にであったように歓喜し、それと一つに混ざり合っていく。自分の感情・意識までもそれと一緒に混ざってしまいそうだ。
『ああ、いい気持ち……』
 いい気持ち……。
『ずっとこの幸せを味わっていたい……』
 ずっとこの幸せを味わっていたい……。
 未来のリーゼロッテとリーゼロッテの2人の区別が徐々に曖昧になっていく。何が自分の言葉だったか、何がもともとの自分の意志か、区別がつかなくなっていった。
「にちぃ……にちょ……あむ……」
 幸せ……。
 気がつくと、彼女はその隠微な行為に没頭していた。
 彼女の中のもう一人の彼女の感覚か、なぜかその肉棒の味をずっと前からら知っているような気がする。おしゃぶりを前にした赤子のように彼女はそれを吸い続けた。肉棒に対して抱いていた嫌悪が消え、今はそれが愛おしく見える。
 邪神の陰茎を捧げ持つように奉仕する彼女の顔に、もう微塵も抵抗感はなくなっていった。

 タローマティに髪を撫でてもらうと、鼻腔から上ずった息が漏れた。リーゼロッテは竿を口にくわえたまあタローマティを見上げる。その顔はとても崇高に見えた。そういえば、どうしてこの人に剣を向けようとしたんだっけ? さっきの自分の行動がとても自分で理解できなくなっている。
「月の巫女」
「はい……」
「お前は、俺の忠実なしもべだ」
「はい……」
『それは、わたしにとって当然のこと』
「それはわたしに取って当然のこと……」

「お前はそのことを疑うことなど考えもしない」
「わたしはそのことを疑うことなど考えもしない……」

『この方を喜ばせることがわたしの喜び……』
「この方を喜ばせることがわたしの喜び……」

 内外から同時に責め立てられ、リーゼロッテは抵抗の余地なく暗示を受け入れていく。彼女は無意識のうちにその言葉を復唱していた。
 その言葉を聞いていくうちに、薄皮を一枚一枚はいでいくように彼女という存在が剥がされ、めくられていくように思える。しかし彼女に不安はない。彼女の自意識の及ぶ表層部をすべて剥がされたとき、彼女自身も知らない彼女の本質に出会える気がした。

「いい子だ月の巫女。さあ、受け取れ」
 邪神は、彼女の頭を撫で回しながら、彼女の口の中に欲望の液体を吐き出した。
 どく。どく。どく。
「ふ、ひゃあああああああああああぁぁぁぁ!」
 その白い液体が吹き出し彼女の舌に触れた瞬間、リーゼロッテの精神は針が刺さった風船のようにはじけとんだ。
 濃厚な闇のエネルギーが彼女の中に注ぎ込まれる。彼女の体は、それを貪欲に受け入れ吸収した。闇の気が全身に行き渡るのを堪能した。
「ふぅ……はぁ……ふぁ……あん」
 タローマティは忘我状態のリーゼロッテの頭を撫でる。
 タローマティは先端に残っている精液を指ですくい、リーゼロッテの顔前に出す。リーゼロッテはそれに口をつけ、指から精液を清めとる。指の節、爪先に至るまで丹念に舌を這わせる。
「ああ。いい子だ……」
 タローマティは彼女の頭をなでた。
「ふぁ……」
 リーゼロッテは喘ぎのような声を漏らした。
「いい子のお前に問うぞ。お前は何だ?」
「わたしは……」
 リーゼロッテは顔に付いた精液を拭おうともせず、恍惚の表情で応えた。
「邪神様のしもべです……」
 そう答えたとたん、彼女の中に最高の幸福感が満ち、彼女の意識が体を離れる。
 時間の川を遡り、はるか遠くへ誘われるーー。彼女にとってもっとも大切な、邪心への信仰をひしと胸に抱いたまま。

 リーゼロッテの意識は、さらに過去に飛んだ。
 アールマティ大聖堂を発つ頃。旅立つプリムローズを見送る頃。さらに過去、さらに過去、さらに過去へ。
 それらの意識をひとりづつ闇に取り込んで、そしてさらに時代を遡行する。

 星辰の巫女に就任したころ。剣と術の修行をしたころ。赤子のステラ=マリと出会った頃。レンの生家で過ごしていたころ。
 彼女の意識は次々に過去への転移を繰り返した。タローマティを知る前の彼女にも、これから出会うべき神への忠誠を刻み込んでいく。どのリーゼロッテも、最後には反抗的な表情を蕩けさせ、タローマティに忠誠を誓うのだった。

 そして、これ以上戻れない極点・彼女が赤子だった頃にたどり着く。

 生まれたわたし。決して道を誤ってはいけないわ。
 わたしの人生は、すべて闇の神様にお捧げするためのものだということを教えてやらないと。
 わたしに、闇の祝福を……。

 リーゼロッテは言葉さえ知らぬ赤子に、闇の福音を与えていく。闇を愛するように、闇に愛されるように。そして邪神タローマティを絶対の神として崇めるように。
 これからすくすくと育っていく彼女の血肉に、それを刷り込んでいった……。

 気がつくと、彼女は暗黒牢獄の中にいた。

「あ……」
 誰かの手に頭をつかまれている感覚があった。見ると、タローマティの手が彼女の頭を覆ってた。
 そうだ……。ここは………牢獄(なんて名前だったったか?)。
 わたしの意識はずっと過去を遡って、ほんとのわたしは今ここに……。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 彼女は霞む視界をはっきりさせ、目の前の人物を注視する。
 目の前にタローマティがいる。
 タローマティが自分を見つめている。
 そのことが彼女の心を沸騰させた。
 リーゼロッテは、触れたら壊れてしまう泡に接するように、おそるおそるタローマティの頬に触れた。触れられる。夢でも幻でもない!
 リーゼロッテは思わずタローマティに抱きついた。
「邪神様……」 
 彼女はその胸板に顔を埋め、そこに頬ずりをした。 
 とても懐かしい感じがした。自分は遥か昔からこの人のことを知っていた気がした。百年も恋い焦がれ続けた恋人にようやく巡り会えた気分だった。
「わたしの今も、過去も、邪神様のもの……」
 この敬慕の気持ちは、彼女が生まれたときからずっと育ってきた物だ。この感情こそが自分のルーツだと思える。
「邪神様……」
 彼女はタローマティに恭順の口付けをしようとした。が、タローマティはそれを制し、彼女の身体を引きはがす。
「たしかに現在のお前と過去のお前は俺のものになった。だが、未来のお前はどうかな」
「……ぁ」
「だから、お前のその誓いが永遠のものかどうか、確かめさせてもらう」
「は、はい」

「月の巫女。後ろを向いて、四つん這いになれ」
「はい」 
 彼女はワンピースの裾を口でくわえると、それを持ち上げ下半身を露出させる。
 そのまま回れ右をして、足を開き四つん這いになる。
 臀部を高く突き上げると、充血し、花開いた秘部が物欲しそうに愛液をたらしているのが見える。

 タローマティは彼女の柔らかい尻をつかむと、背後から膣に肉棒を埋めていった。
 リーゼロッテの蜜壷も、その侵入を迎えるように伸縮する。
「んんふっ、ふぁ……」
 彼女の全身から力が抜け、両手がかくりと折れ、顎を床につけた。
 彼女は喘ぎ声を漏らし、くわえていた囚人服の裾を落としてしまう。
「あ……んっ、やぁ、はあぁ……はぁ……」

「月の巫女。今から俺はいつものようにお前の体を貫く。お前はそのあいだに俺に忠誠を誓え」
「はい……」
「それが俺を納得させることができれば、望みどおりお前を飼ってやろう。だが、もしその言葉の中にほんのわずかでも嘘が混じっていたら、俺はお前を二度と抱くことはない。忘れるな。今お前は俺の支配下にある。お前が嘘をつけばすぐにわかるのだからな」
「は、はいっ」
「ただし……」
 不意に、後ろからタローマティが彼女の頭をつかんだ。
「ふぁ……」
 リーゼロッテの魂を鷲掴みするかのようなその指から、何かが流れこんでくるのがわかった。脳に注射をされたようで、急激に思考が麻痺し、視界が真っ黒の闇に染まる。
「あ……」
 すでに霞がかっていたリーゼロッテの目が、いっそう朦朧とする。
「よく聞け月の巫女」
 リーゼロッテにとってその声は、彼女の脳の指令となんら変わらない。
「今からお前が何を喋ろうとお前の自由だ。だが、今からお前が口にすることは、お前の何よりの真実だ」
「しんじつ……?」
「お前が自分の意志で口にすることだから、当然のことだな?」
「はい……」
「お前がこれから口にしたことは、仮に嘘のつもりで言ったとしても、お前が口にした瞬間にまぎれもなくお前にとっての真実になる」
「はい……」
「お前が口にすることは、お前の心の奥底にまではっきり刻み込まれ、その言葉がお前の根幹になる。それは一生変わることがない。お前はそれに背くことなど考えられない」
「はい……」
「よし。いい子だ。さあ、目を覚ませ……」

「あ、わ、わたし……」
「どうした月の巫女? 寝ていてはなにも喋れないぞ」
「……あっ!」
 リーゼロッテの返事を待たず、タローマティが腰を動かし、バックからリーゼロッテの膣内を蹂躙する。膣の中でそれは固さを増し、強く逞しい圧迫感が彼女の膣内をかき回そうとする。
「んひゃぁあぁっ! はぁ、あぁぁあぁ!」
 いつもなら思考が麻痺してしまうほどの快感。それに懸命に耐えながら、リーゼロッテは言われたとおりにタローマティに忠誠を誓う言葉を言った。
「わ……たしは、邪神……様のしも……べ、です……!」
「……」
「じゃ……邪神様の言うことになんでも従う……忠実なしもべで……す……」
 しかし彼女の期待に反し、返ってきたのは憮然とした溜め息だった。
「幻滅だな。お前は、捕まって勝ち目無しと踏んだら、誰にでも股を開くような女だったんだな?」
「! ち、違う……」
 リーゼロッテの顔が痛切に歪む。
「もし他の悪魔に捕まったらならば、きっと同じことを言うんだろうな」
「ち、違う! あなただから……あなただから! あなたのものになりたいの! ほかでもないあなたのものになりたいんです!」
 見捨てられたくない一心でリーゼロッテは矢継ぎ早にまくしたてる。
「わたしは、邪神様のことを……お慕いしています! 他の男の物になるなるくらいなら自ら心臓を掻き出して死にます……! あなたを、あなたを愛しているんです!」
 とくん。
 その言葉を言い終わらないうちに、リーゼロッテの胸に未知の疼きが走った。
 今までの官能とはまるで違う。胸をきゅんと締め付けるような甘い疼き。
 身体をひねり、タローマティの方を見上げる。その顔をずっと見ていたいのに、恥ずかしくて、目を合わせることができない。
 そうだ。
 タローマティの目、顔、手、声。そのすべてが、彼女が想像しうる理想的なものと寸分の違いもなくぴったり重なっていた。すべてが彼女の心の琴線に触れ、彼女の心の一番大事な場所に容易く侵入し、彼女の心を虜にした。
 わたしはなんて愚かだったんだろう……。こんなすばらしいお方が目の前にいたのに、ずっとそれに目を背けていたなんて……。
「愛しています……邪神様……」
「どれくらい?」
「世界で一番です! 他のものなんか問題にならないくらいに、邪神様のことを愛しています! 愛してますっ! 愛していますっ!」
 口にすれば口にするほど、タローマティへの愛慕は際限なく強まっていく。
 その感情は、かつてのようにタローマティに対して恋愛感情を抱いてたときのものとは似ていて非なる物だった。
 わたしが邪神様の恋人になれるだなんて、なんておこがましいことを考えていたのだろう! わたしは巫女、このお方は神ではないか! このお方のために祈り、崇め奉るのが使命ではないか! わたしは、この方の一部だったというのに! 今までのわたしはなんて愚かだったんだろう!
「お、お願いですっ! 邪神様のものにしてくださいぃぃぃい!」
 罪悪感に泣きむせびながら、彼女は懇願した。
 
「俺のものになるということは、闇に身を任せることだぞ? 光の神を裏切ってまでする価値のあることなのか?」
「はい! 邪神様のものになるためなら、光の神なんか捨てます! わたしの身も心も闇に染めてください!」
 闇。
 すばらしい響き。
 彼女がその言葉を口にしたとたん、彼女の中に送り込まれていた闇が活力を得る。
 闇は、月の巫女の深層に残っていた、もっとも根源的な光の力を闇が獰猛に食らい尽くしていく。母犬が子犬に乳を吸わせるように、彼女の心は嬉々としてそれを食べさせるに任せる。やがて、彼女の中に最後に残っていた光が、完全に消えた。
 彼女の中に蓄積されていた闇の気が宿主の覚醒を歓喜とともに受け入れる。
「光の神は、お前にとって何だ?」
「敵ですっ! 邪神様に仇なす許せない敵ですっ!
 光の神アールマティ。彼女にとってそれは口にするのも嫌な名前だった。邪神に敵対するそんな神をあがめる者たちを皆殺しにしてやりたいという気持ちが起る。

「俺のために、人間どもと戦えるのか?」
「喜んで戦うっ! あなたの敵は、わたしの敵ですっ!」
 ああそうだ。人間達。蟻のような愚鈍な連中、潰して遊ぶくらいしか使い道がない。邪神様にあだなす愚かな神を信仰する蒙昧な連中。1人残らず地獄の業火に灼かれるがいい。かつての自分が人間たちを守るために戦っていたことがとても馬鹿馬鹿しく思えた。
「俺が殺せと言えば、赤子でも殺せるか?」
「殺せるっ! 喜んで殺しますっ!」
 その言葉が口にされた瞬間、赤子の柔肉を切り裂く感触と沸き出す血の甘さが彼女の脳裏にまざまざと思い浮かぶ。
 ああ……。楽しい。
 人間どもを殺すのは、楽しい……。
 それが赤子や、妊婦や子供、弱い存在たちを残酷に、最大限の苦痛を与える方法で殺すのはどれほどの悦楽だろう。その危険な空想は彼女の胸を高鳴らせた。暗い殺戮衝動に胸が高鳴る。

「しかし十分強いお前のことだ。俺の物にならなくても幸福に生きられるだろう?」
「いやっ! 邪神様のものがいいですっ!」
 彼女は必死に訴える。
「邪神様に飼ってもらわないと、わたしは決して幸せになれません! わたしが邪神様にお仕えすることしか能がないんです!」
 ああ、そうだ。
 彼女は確信した。
 もしタローマティに見放されたならば、どんなことをしても決して満たされることのない暗澹とした人生が待っていると思った。想像するだけで心臓が氷付そうな恐怖が起った。
 いやだ。この方の物にならない限り、わたしという存在は死んでしまう。1秒さえ幸福な時間を体験することのない人生を、虚ろな気持ちだけを抱いて永遠に苦しみ続けるだろう。考えるだけで谷底に突きとされるような気がする。彼女の目から滂沱の涙がこぼれる。
「お願いです……わたしを邪神様のしもべとして……お仕えすることを許してください……!」

 しかし、タローマティは満足しなかった。不快そうな顔でリーゼロッテから肉棒を引き抜こうとする。
「くぁっ、あ……? ど、どうして……?」
「神を欺けると思うなよ。お前の言葉は真実から出た言葉ではない。二度とその上っ面だけの言葉を口にしてみろ。金輪際お前と口を聞こうとも思わない」
 リーゼロッテの顔に絶望が浮かぶ。
 いや。だめ。
 待って。
 彼女は四つん這いのまま後ずさり、必死に剛直を離すまいとする。
「なんでもする! なんでもするから、だから、邪神様のおそばに置いて……!」
 リーゼロッテの口から、堰を切ったように言葉が溢れる。
「ああああああああああ邪神様邪神様、わたしは邪神様の剣をくわえることしか能のない惨めな雌です。わたしを見捨てないで……! どうか、どうか、どうかご慈悲を……。お願い……だから」
 それが、本心だったのか、瀬戸際の状況のために自暴自棄に口走ってしまったことなのか、わからない。だが、今この瞬間、それを口にしたことで、リーゼロッテの中でそれはまぎれもない本当のことになった。
 彼女が口にしていた言葉が、彼女の心の中心、彼女が彼女であるゆえんになる。
 それを叫んでいくと、リーゼロッテの中に鬱積していたわだかまりがひとつひとつ昇華されていくようだった。
 身体をねじりタローマティの目を見上げる。その赤い目を見ていると彼女は安心感につつまれた。これでいいのだ、という確信がもてる。
 ああ……ほんとうだわ。邪神様の言うとおりだった。いままでのわたしは、自分ではもう邪神様のしもべだと思っていてもまだ心のどこかでつまらない意地なんかにかかずらわっていた。しもべだという自覚が足りなかった。それを邪神様は見抜いていいらしたんだわ。反省しなければ。これでは愛想をつかされてしまうのも無理はない。そう、わたしは牝犬。わたしは肉壷。わたしは奴隷。わたしの存在意義はほかにない。リーゼロッテはそのことを忘れないように自分の心に刻み付けた。
「じゃあ、どうしてほしいんだ? 言ってみろ」
 リーゼロッテは恍惚とした表情で応える。
「はい……。ご主人様の逞しく大きな剣で、わたしの卑しい卑しいおまんこを貫いてください……」
「それから?」
「ああ、それから、わたしを思うままに犯してください。虐めてください。わたしの中を引っ掻き回して、子宮をご主人様の熱い精液で満たしてください、この愚かな牝犬に存在意義を与えてください」
 言えた。
 ずっと言えなかったことが言えた。
 リーゼロッテを達成感と満足感が満たす。服従の喜びに身悶えた。しもべとしての喜びに覚醒した自分に酔いしれ、頭の中でその言葉を何度も反芻する。
 わたしは邪神様に虐めていただくために存在していたんだ。屈辱も、邪神様に対する怒りも、みんな、わたしが邪神様のものであることを理解させ手くれるために邪神様がくださった贈り物だったんだ……。
 リーゼロッテに強い感謝の気持ちが芽生える。
 リーゼロッテは強制されたわけでもないのに、自分から喜々として、タローマティに隷属を誓う言葉を繰り返していた。
「ああ、邪神様ぁ、わたしのすべてはあなたのものです、わたしの目も口も舌も鼻も耳も髪も乳房も腕も指もおまんこもお尻も腿も足も! 内臓も、子宮も! 心も、魂も、名前も! みんな邪神様のためにあります。それ以外は何の存在意義もない惨めな牝犬なんです。あ、あ、だからどうか、邪神様の奴隷になることをお許しください」
「よし……いいだろう」
「あ」
「月の巫女、お前を俺のものにしてやる」

「あ、ありがとうございます……っ! ありがとうございますっ!」
 リーゼロッテはその言葉に歓喜の震えを起こした。バックを貫かれていなければ、床に頭を擦り付けて礼を言いたかった。
「いくぞ、月の巫女」
「は、はいっ!」

 タローマティは腰の振りを再開する。
「ひきっ! …………くぁああん! あ、んはああ!」
 後背位からの攻めは、今までとは違う子宮壁の箇所にカリを擦りつけ、リーゼロッテに快感を与えた。
 充血し、熱を帯びた花筒は、タローマティの一物を離すまいとその亀頭を咥え込み、吸い付く。
 タローマティの腰の動きがますます激しくなる。そして、ストロークと並行して両手でリーゼロッテの尻や小さな乳房を揉むことも忘れない。
「ふふあぁ、は、やぁ、かはぁ、ひぃ……んはぁ……」
 リーゼロッテも犬のように喘ぎ、舌を出して、涎を垂れ流していた。
「は、はいぃぃ……あ、あ、あああ」
 積極的に腰を持ち上げ、肉棒を少しでも深くくわえ込もうとする。
 
「はぁああ!」
 タローマティの動きに応えるリーゼロッテの中には、直前の洗脳で現れた過去のリーゼロッテたちの意識が重なり合っていた。
 無数に重なったリーゼロッテの意識すべてが、その快楽を感じる。タローマティに幾度となく貫かれ性感を開発し尽くされたリーゼロッテ、まだ処女を失っていないリーゼロッテ、男女の身体の差異も知らないリーゼロッテ。それらすべての意識が重なり合い、何層にも重なった重層的な快感とひ支配感を与えた。
「ひくっ・・・! ひゃぁ・・・ひぃっ! ひぃんっ! はぁああん!」
 彼女の中のリーゼロッテすべてを動員してその快楽に応えた。
 自分という存在が、自分が歩んできた歴史が、すべてこの一点に捧げられるのがわかった。
 彼女の目から随喜の涙が絶えず流れ出す。

「ああ……ああ……」
 ビクン、と、子宮壁の手前でタローマティの一物が大きく波打つ。リーゼロッテは至福のときが訪れる時はもうすぐだと思った。
「はぅん、はひぃ、あはっ、っく、ふはぁ、ぅあぁんぁぁ!」

 彼女は幼い肢体をむち打ってタローマティの動きに応えながら、支配の証である白い液体をおねだりする。
 タローマティが腰を押せばリーゼロッテは腰を引き、タローマティが腰を引けばリーゼロッテは腰を前に押す。阿吽の呼吸で、リーゼロッテは自分の身体をタローマティのために分け与えていく。彼女の身体はやがて快楽の頂点へーー。
「月の巫女、まだだ」
「は、はっ……」
「俺が合図をするまで、決してイクことは許さない。もし誓いを破ったなら、すべてご破算だ。俺は二度とお前を抱くことはない」
「は、はい……」
 タローマティは再び彼女の頭をつかみ、暗示の言葉を流し込む。

「俺が一往復するたび、お前の感じる快感と俺への忠誠は、そのたびに倍になる」
「ふっ? ひ、ひゃあああああああああああああああ」
 限界かと思われていた快感が、さらに強くなる。彼女の身体が雷に打たれたようにビンと伸びる。
「ひっ、はあっ ひゃあ? 」
 タローマティは戸惑うリーゼロッテに構わずに突き上げを続ける。
「まだだ、まだ耐えろ」
「は、はいいいいいいいいい」
 同時に、彼女のタローマティを崇める法悦も強くなっていく。彼女は邪神の命令に即座に反応し、精神力を振り絞ってその言葉に従う。

 絶頂寸前にまで持ち上げられたたまま、リーゼロッテはそこから戻って来られなくなった。
「くふ……ひっ……はあんっ、ひゃあ?」
 恥骨がぶつかるたび、彼女の快感は感度の針を振り切り彼女の胸を発火させる。いままではほんの一瞬炸裂するだった絶頂時の快楽と同じ快感ーーいや、とっくにそんなレベルを超えているーーが今回はまるで行為の間中ずっと続くかのようだった。それでも彼女は絶頂感を得ることはできない。追い立ててくる何かから逃げるように、彼女は永遠に螺旋階段を登り続けているようだった。
 リーゼロッテはまるでこの最高点が永遠に続くのではないかと期待を感じた。期待を通り越して恐怖さえ感じた。
 それでも彼女の腰は彼女の意思とは関係なくタローマティの突き上げにあわせて激しくグラインドを続けている。
 快楽なのか苦痛なのかの区別もつかない。
 歓喜なのか絶望なのか区別もつかない。
 目から涙が、口から涎が、肌からは甘い汗が、そして結合部からは蜜がとめどなくあふれ出していた。(もっともリーゼロッテにそれを自覚できなかったが。)

「ひ、ひゃああああああああぁぁぁぁぁ」
 すでに何十回は絶頂に押し上げられてもおかしくない快感にさいなまれながらも、リーゼロッテは奇跡的に耐えた。快感と同時に増加するタローマティへの忠誠心が、彼女に奇跡的な辛抱をさせていたのだ。
「ふぁっ! ひいいいっ! んぁ! ん、ああああああああっ!」
 わたしは邪神様のしもべ。わたしは邪神様のしもべ。わたしは邪神様のしもべ。
 その言葉が永遠に彼女の中で反響を続け、彼女の魂の一片一片と共鳴する。 
 腰が突き上げられるたび、彼女の魂が粉々に破壊されては再構築されていくようだった。 彼女自身が自覚しないような精神の一切れ一切れにさえ分解され剥き出しになり、タローマティの操り人形として糸を縫い付けられる。次のひと突きはさらに細かく、次はさらに細かく。やがて彼女が覚えている文字の一文字一文字にさえタローマティへの忠誠が刻まれていく。
「ぁ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「はぁ……ぁう……あうう……」
 リーゼロッテは涎や涙を拭う気力さえなく、下半身を貫かれたまま倒れていた。
「月の巫女、聞こえるか?」
「はい……」
「今の快感を忘れるなよ」
「はい……」
「これから俺がお前を抱くとき、いつでもお前は今と同じ快感を得る」
「はい……」
「その度にお前は、叫んだ誓いを新たにするのだ」
「はい……」
「良くできた。さあ、生まれ変われ、俺の忠実なしもべ・リーゼロッテ」
 タローマティが腰を突き出すと、リーゼロッテの中に精液が放たれる。
 それが合図に他ならなかった。
 頭の中が真っ白に漂白され、リーゼロッテは幸福の波に包まれた。

「         !」

 母親にすべてを委ねる赤子のように、安らかな顔でリーゼロッテは絶頂を迎えた。声を出す必要も、腰を動かす必要もなかった。そんなことをせずとも、圧倒的な幸福感が彼女を満たしていた。いままでのいつよりも優しく甘美な絶頂だった。
 心臓が停止し、五感が弾け飛んだ。リーゼロッテの体はこの瞬間、声の出し方も、息の仕方も、感覚器の使い方さえ忘れてしまった。
およそ快感という言葉では言い表せない異様な感覚、これまで何百回と貫かれた中で一度もなかった感覚だった。今までで一度も達したことのない地点にリーゼロッテは連れ去られた。
「あ……あああああ………」
 リーゼロッテは、その絶頂感の中で、絶対なる神の一部としての自己を、今までになく明確に認識した。
 わたしの肉体はわたしの本体にあらず。いまここにあるわたしは、剣の鞘のようなもの。 わたしの本体は……ここにある。
 リーゼロッテは彼女のめしべを貫く肉棒を腹の上から撫でる。
 わたしの肉体は、ご主人様の剣を覆って差し上げるための鞘なんだ……。鞘は単品では全く無価値なものだ。だが、形さえあえば名剣とつがいになることができる。それが鞘。わたしの本質は、このお方にご奉仕すること。
 
 薄れていく意識の中、リーゼロッテの心に自然とある言葉が浮かんだ。
「あ……」
 そうか。
 そういうことだったんだ……。
 リーゼロッテは、恍惚とともにその言葉の意味を理解した。

 ご主人様……。

 「ありがとうございますご主人様……わたしを牢獄から解き放ってくれて」
 リーゼロッテはそう呟いたきり、幸福そのものの顔で眠りについた……。

 いままではわたしは『自我』という牢獄に捕われていた。そこにあった祖末なガラス玉を、貴重な宝石かなにかと勘違いしていたわたしを、この方は救い出し、ほんとうの宝石を教えてくださった。もう牢獄の中に閉じこもる必要はない、ガラス玉なんか粉々にくだいてしまえ。いまわたしは、そんなものよりもはるかに素晴らしい物をもらったんだから……。

 彼女はついに自我の檻から解き放たれる。檻の外は、彼女の想像を遥かに超え、豊潤で目も眩むような輝きに満ちた世界だった。

 

「ふふん」
 リーゼロッテはレンの宮廷内で、化粧台の前に座っていた。
 彼女はもうずいぶんとそこに陣取っている。だがそれは、気の済むまで顔を整えようとしているのではなく、鏡に映った自分の顔に見とれているのだった。彼女は、化粧や装飾具に拘らなくても、自分がこの世で一番美しい娘だと知っているのだ。
「ふふふん」
 最後に彼女は高価な香水を惜しげもなく髪に振りかけると、巫女装束の袖を翻し部屋を出た。

 彼女は回廊をふんぞり返って歩いた。この世で彼女以上に偉い者などいないとでもいうように、ない胸をそらせて闊歩した。
 次女たちは、巫女の姿を見るとみな畏まって礼をする。彼女はそれが心地よかった。
「やっぱり、これこそ高貴なわたしにふさわしい処遇だわ。あんなむさ苦しい牢屋はもうたくさん!」

 王の間に入ると玉座にタローマティが映った。
 リーゼロッテは挑戦的な目でタローマティを見上げ、髪をかきあげる。
「どう。これが巫女装束よ。あんな粗末な囚人服とは、わたしの芸術的な身体との一体感が違うわ」
「にしては少しサイズが大きくないか?」
 たしかにそうだった。袖から手がほとんど隠れており、裾は地面につきそうな有様だ。
「さっきプリムから引ん剥いてきたのよ。わたしの分は、誰かさんがビリビリにしちゃったでしょ。まったく。大聖堂でしか巫女装束は仕立てられないんだから、後のことも考えてほしいわ」
「自分を棚に上げるなよ。あのときお前は、後々こんなふうになるなんて考えていたか?」
 こんなふう。リーゼロッテは巫女装束の帯をたわめ、胸元をはだけた状態でタローマティに体を擦り付けているのだった。
「意地悪……」
 リーゼロッテは不貞腐れた顔をしながら、タローマティに抱きつく。大人の子供ほどの体格差があり、彼女の足は地面から離れる。
「思わなかったわ。わたしね、大聖堂を出るまでは、万に一つにもあなたのしもべになんかなるもんかって息巻いてたのよ。それが、今はこのざまだわ」
 彼女はそう愚痴りながらタローマティの耳に甘息を吹きこむ。
「ご主人様って罪なお方……」
「後悔しているか?」
「もちろん」
 リーゼロッテは胸に顔をすり寄せながら、タローマティを見上げる。
「だから、たっぷり可愛がっていただかないと割に合わないわ……。わたしを見捨てたら承知しないんだからね……」
 そう言って身を乗り出し、タローマティに口づけをした。

「んっ……」
 彼女はタローマティの唇の中に自分の舌を差し入れる。
 丹念に舌の粘膜を交換すると、 タローマティの身体に巫女装束ごしに彼女の幼い肢体を押し付け、上下に揺する。
 タローマティはその動きにあわせ、巫女装束の帯をするすると解き、白い肌をのぞかせていく。薄いショーツの中の密壷は、既にしっとり濡れていた。
 リーゼロッテは露出した胸にタローマティの手を押し付ける。
「わたし悪い子だから、ちゃんと可愛がってくれないと、ご主人様のしもべであることを忘れちゃうかもよ。だから、ちゃんと躾けて。ご主人様のものであることを片時も忘れないように、わたしに印を刻んで……」
 彼女は玉座の上で、甘い時間に沈んでいった。

 ご主人様……ご主人様……ご主人様……ご主人様……ご主人様……ご主人様……。
 リーゼロッテはタローマティの肉棒に貫かれながら思念する。
 わたしはご主人様の一部。このお方が大樹の幹なら、わたしは運命の気まぐれでその末枝に生えてることを許された1枚の葉っぱに過ぎなかった。それはそれは類稀な美しさを持った大葉だったけれど、狭窄な視野しか持たず自分が幹の付属物であるということに気づかなかった。そこが愚かだった。
 でも今は気づいた。教えてもらった。わたしの矜持や強さは、全部ご主人様に召し上がってもらうためにあったんだ。だってそう。葉が蓄えた養分は、すべて幹へ送られ、幹をより高くより太くするためのもの。それが葉の幸福。
 だからご主人様……わたしのすべてを吸い尽くして……。わたしの心も身体も全部……!

「はぁ……はぁ……あむ……」
 リーゼロッテは巫女装束をしどけなく羽織りながら、タローマティの肉棒を清めていた。
 彼女の白い顔と銀の髪は白濁の液にまみれていたが、それを不快に思う様子はなく、目の前に肉棒に恍惚と奉仕していた。
 こうして外界で、巫女装束を着たままでタローマティに愛されてみると、リーゼロッテは改めて自分の陥落を実感した。
 しかし、彼女はたまらなく幸福だった。精液に汚された巫女装束を見ると、やんごとんなき星辰の巫女の権威が邪神の前に屈服したことが実感できた。巫女を見事に墜としたタローマティに畏敬をますます募らせた。
 負け。わたしの完全な負け。でもうれしい。こんなうれしいのは初めて。
 
 わたしはご主人様のしもべ……。
 その言葉を思い浮かべるたび、彼女の体に喜びに痺れる。
「ご主人様……お願い」
 肉棒を清め終わると、彼女は乞い願うような顔で見上げた。
「ん?」
「わたし……人間よりもずっと長生きだけど……末永く可愛がってね」
「ああ」
「それでも……それでも、もしもわたしに飽きることがあったら、ご主人様の手でわたしを殺して。ご主人様なしの人生なんて耐えられそうにないもの」
 タローマティはその質問には答えず、黙ってリーゼロッテの頭を撫でた。
「ありがとう。……ご主人様……生涯お仕えさせていただきます」
 このお方のために一生を捧げることを誓った。その誓いは彼女を歓喜と誇らしさで満たす。
 リーゼロッテは床に深々と頭を足れ、タローマティの足の指一本一本に丁寧に口づけをしていった。

 いつの間にやら窓の外には黒い暗雲が立ちこめていた。それは、天にある太陽をいまにも覆い隠そうとしていた。
「ねえご主人様、日輪の巫女も落とすおつもりなんでしょ?」
 タローマティの足の指を舌で掃除しながら、彼女はふと尋ねた。
「ああ」
 リーゼロッテはそれを聞くと、こぼれるような笑みを浮かべた。
「わたしが手塩にかけて育てた娘なんだから、ちゃんと可愛がってね」
 彼女の目には、彼女の隣でともに邪神に奉仕する愛娘の顔がありありと想像できた。
 待ってなさいステラ=マリ。光の神なんかにかどわかされたお前を、もうじきご主人様が救ってくださるわ。いっしょにご主人様にお仕えしましょう。
 リーゼロッテがそれが楽しみで、慈しみに満ちた母の笑みを浮かべながら邪神の指に舌を這わせるのだった。

< つづく >

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