「御機嫌ですね」
「そうかい?」
明かりの一切無い暗い部屋。ビルの最上階窓からは、眠ることの無い大都市の夜景が見える。
窓際にあるデスクには、闇に溶け込みそうな格好の男が一人。
「一年ほど、そのような顔は見てませんでしたから」
同じく闇に同化する女には、暗くて見えない相手の表情が判別できるようだ。
「・・・計画は順調だよ。誰が計画したかは知らんが…優秀な作戦だ」
「もう既に被検体10名には『配布』が終了しています。手段はバラバラですが…」
「時には本、時には指輪、魔の持つ力を持つ媒体がな」
男はゆっくりとした動作で煙草を取り出し、マッチを擦る。
外を眺めながら煙を吐き出すと、部屋へと向き直った。
「・・・宍戸、ここまで一緒に来てくれて感謝しているよ」
「他に付いてこれる変わり者がいなかった、という事でしょう」
「まぁあれだ、これから大変になるがよろしく頼むよ」
「わかっています。大門様」
「学校なんてやってらんねー」
そう零しながら、頭を押さえた瑛一はソファーに寝転がっていた。
大門と名乗る男から譲られた力―――悪魔を呼び出す力。
そのデータは脳へと直接ダウンロードされたようだ。
目を閉じて意識を一点に集中すると、蓋を開くかのように知識が流れ込んでくる。
膨大な量の悪魔の情報。召喚、契約の条件。
ゼリオンという悪魔を通してしかその情報を得られないため、全てクリアに解るわけではない。
名目上テストとなっているので、ゼリオンの能力には制限があるらしい。
この制限をかけた者、大門の意図は今のところ全くわからない。
―――余計な事を詮索するな―――
眼鏡越しの瞳はまっすぐに瑛一の目を捉え、そう語っていた。
(そんな事言っても、巻き込まれて何も知らないのは危険だよな・・・・・・)
とはいえ、今できるのは自身の力を把握する事だけだ。
基本契約を行ったゼリオンの持つ力の一つ、物質操作。
物を掴めばその物質の情報が頭に入ってくる。材質、原産地、状態、その他諸々。
手をかざすと、本が開き、ガラスが割れる。
予想以上に使い勝手の良い能力だ。だが―――
「おい、物の移動はできないのか?」
『あくまで物質の変容であって、物質の空間的な移動は範囲外だ』
「ちっ」
当然の事ながら制約も結構ある。
ゼリオンが言うには、一体の悪魔の個々の能力が及ぶ範囲はそんなものらしい。
しかし、強さで言えばこの物質操作はかなり上位に入る。
情報の読み込み・書き換え。それは存在するもの自身を変える。
紙を鉄板の強度に変え、ガラスを粘土のように軟らかくする。
生物に対しても同様だが、これにはある程度制約がつく。
『生物の情報は多すぎて人間には処理しきれないだろう』
との事。つまり現時点では全ての細かい情報は読みきれない。
ならば、ある範囲に絞って読むのみ―――。
あいにく実験台になるような都合のいい女の知り合いはいない。
そもそも、失敗した時のリスクを考えれば安易に知人に使うことはできない。
加えて、読み込みの間は体のほうが全くの無防備状態になる。
漫画や小説で読むような精神世界、なんて都合の良いものは存在しないのだ。
その間にもしも攻撃されたらひとたまりもないだろう。
まぁこれは『敵』が存在すると仮定した場合であって、現時点で問題は無い。
「さて、ゼリオン。他にも色々教えてくれよ」
『何を教えろと?』
「まずは大門とかいう奴のことだ」
『最上位の悪魔を易々と譲り渡すような男だぞ。とりあえず人間ではないな』
男の醸し出す雰囲気は確かに人間のそれではなかった。
眼鏡の奥の底の見えない真っ黒な瞳が、その不気味さを語っていた。
「ESP・・・とか言ってたな。聞いたこともないが、海外の会社なのか?」
『まぁ表向きは多方面に大きな影響力を持つ会社だ。人材や、資金力の面もな』
「表向き、ってどういうことだよ」
『そのくらい察せ。俺からは以上』
そう言った後、ゼリオンは貝を閉じたように黙り込んでしまった。
元々、大門から移しかえられた悪魔だ。何らかの制約はあって当然だろう。
しかし、解けない謎が多すぎる。
まず、そもそも俺が選ばれた理由だ。
野望なら強いがそれ以外には長所は特に無い、ただの不健全な男子だ。
実は隠された才能が・・・素質が・・・なんて事はありえない事もわかっている。
ああいうのは出版社の面接に通るような優秀な主人公達だ。
つまりランダムに選考された、としか考えようが無い。
これが「テスト」と言っていた事も、何故そんな事をするのかもわからない。
考えて考えて考えて。
寝てしまった。
ピンポーン
お決まりの音に目を覚ますと、部屋の時計はもう既に2時を指していた。
「寝すぎた・・・」
実際、朝の状態では頭への負担も大きかった。今は朝に比べれば頭が働く。
こんな昼下がりに来るなんてのはおそらく宅配便程度だろう。
のそのそと起き上がり、携帯を弄りながら階段を降りる。
友人の悠からは「サボりやがって、覚えてろ」という恨みが見え隠れするメールが来ていた。
そういえば、月曜は体育―――超ハードで知られる鬼頭さんの授業だったな。
おおかたランニング20周にでもなったのだろう。恐ろしい。
「はい、どなたですか」
「あ、宅配便です~」
ドアの外には、明るい笑顔を浮かべる25才くらいの女が立っていた。
あまり女性の年齢を読むのは得意ではないので、確かには言えないが。
抱えているのは片手で持てる程度の小包。
「ここにサインをお願いします」
差し出された手に触れた瞬間、膨大な量の情報が頭に流れ込んでくる。
もはや読む、という動詞はふさわしくないかもしれない。
名前:水野光、年齢:24、身長、体重、3サイズ・・・
「24か・・・惜しい・・・・」
「どうかしました?」
気付くと、女、水野光が気になったのかこちらを見上げていた。
情報を理解する間、少し固まってしまったようだ。
生物の情報を読み込むのはこれが初めてなので、どう絞ればいいのかわからない。
そもそも、身長や体重を情報として得るとしても実用性に欠ける。
人を操作する際に実際に必要なのは心理面、特に感情の面となるのだが、こちらの操作はまだ不可能だ。
脳内の電気信号の伝達パターンを解析し、感情を読むことは可能だが、書き込みはまだできない。
(意外と不便だな・・・奴隷錯覚させることもできない・・・・錯覚・・・)
現在可能なのは、体の操作・・・ということは。
(ゼリオン、操作対象:水野光、内容は・・・・)
「はい、どうぞ」
少年が差し出した伝票を受け取った瞬間、光の指先に電流が走った。
「っ!!」
突然の事に、思わず出していた手を引っ込めてしまう。
手を払われたかのように見えたのか、少年は心配するようにこちらを見ている。
「どうしました?」
「いえ、なんでも・・・・っ」
目が離せない。
時が 止まってしまったのかのように。
心臓が早鐘のように打っている。
何、これ?
体が熱い・・・・
この瞳・・・
もっと見ていたい・・・・
「だ、大丈夫ですか?」
「はっ・・・え・・・」
気付けば、自分は元居た玄関に座り込んでしまっていた。
思わず胸を押さえた手から、心臓の激しい鼓動が伝わってくる。
息は上気し、顔が赤くなるのがわかる。
頭の中はパニック状態で、自分の体に起こっている事が把握できない。
「・・・・・大丈・・・・熱とか・・・・・・・・」
少年が何か慌てながら話しているようだが、それも何を言っているのかわからない。
頭が溶けていくように・・・次第に何も考えられなくなっていく。
そして、頭に浮かんでくる一つの言葉。
「・・・き・・・・・」
「え?」
「・・・好き・・・」
望んでいた言葉が聴けて瑛一が口元に浮かべる笑みを、光は潤んだ目で見つめていた。
それから1時間後。
瑛一は再びソファーに寝転がっていた。
1時間の間、光に調教を・・・というのは危険なので、光は返した。
もちろんその前に住所とその他の情報を聞きだしておいた。
『実際大したものだな。物質操作で精神を操るなど、今までいないぞ』
「まぁ、人形みたいに扱うのは趣味じゃないし。ご主人様~とか言われたくも無い」
力のテストの結果は上々だった。
まず、血流量に対して操作を行って心臓の動悸を激しくした。
俗に言う”釣り橋効果”と同じ状態を、能力によって引き起こしたわけだ。
これに加えて脳の活動を鈍くさせると、食後の眠さに近い状態となる。
血流量の増加・減少とその他少々の操作で、光に「好き」という感情を錯覚させる。
実際やった事はその程度だが、効果は十分だった。
自分の居住空間でテストを続けるのもよかったが、それは若干問題があった。
光に術をかけた時点での時間は2時過ぎ。叔母の帰宅時間は一定でないため、気が置けない。
それに加え光の勤める会社への連絡、その後の片付け等の必要性。
それら全てを総合すれば、家でそのまま続行というのは危険すぎる。
「時間はたっぷりあるさ。休日にでも・・・休日は遠すぎるか」
『そこまでは考えなかったのか・・・平日暇になってしまう』
「まぁ学校行けば女の子はたくさんいるし」
しかし、学校生活で使用するにはこの時間のかかる肉体操作は向いていない。
瑛一はじっと手を見つめ―――
「次の力・・・使ってみるか」
/*なかがき – 黒い人*/
「あとがき」は最期に書くものだと思うので・・・
小説について、至らない点は許して下さい。
まだエロ描写がほとんどありません。
苦手なんです。
話変わりますが、今自分は試験期間です。
このままじゃ数科目が不可に・・・。
落ち着いたらまた書くのでよろしくです。
< つづく >