Night of Double Mirror 第三話

第三話 壊れた人形

 人形を見つめていると涙が落ちる。
 理由はよくわからない。その在り方がどこか自分によく似ているからだろうか。
 人形は、誰かから望まれなければそこには居られない。でも、人形は考える事も感じる事もできないから、誰から望まれているのか、傍に誰か居るのかどうかもわからない。
 人形はずっと、一人きりの世界で生き続けている。

 がたん、だん、と音がして、眠りは中断された。
 起き上がって音のした方に目を向けると、リビングに通じるドアが開いてアイが顔を床に打ち付けていた。何があったかは想像に難しくないが、思わず額に手を当てる。かすかな熱と。僅かな鈍痛を感じた気がした。
「おふぁようございましゅ」
「――――――――ああ」
 起きあがって目を擦るアイに向けて、何とかそれだけ言葉を返した。

 リノリウムの床を蹴って、上へと上っていく。
 日々の生活は、端々において様変わりしたとは言え、大筋においては変わらない。
 昼休みと放課後における俺の定位置――屋上へと近づいて行く。
 重苦しい鉄の扉は相変わらず施錠されていない。ノブを捻って開け放つと、風が吹き込んでくる。
「うわ、すごい風ですね」
 後ろをついてきていたアイが、実体化していないにも関わらずそんな感想を漏らす。そう言えば、昨日は昼も放課後もここには来なかった。つまり、アイはここに来るのは初めてだということになる。
 聖域に誰かを踏み込ませたという感覚はない。もともとここは聖域ではないのだから。
 強い風に煽られて目を細める。薄く見渡す世界の隅には、あの黒髪の少女――御城静香が立っていた。
「――――御城」
「はい?」
 俺の呟きに反応したアイを無視して、コンクリートの冷たい地面に寝転がる。
「んーと、それじゃ私はその辺でこっそりとご飯食べてきます」
 燃費が悪いのか、単に食欲旺盛なのか、アイは本来三食きっちりと食べるらしい。俺も三食食べる主義だが、この二日まともな休息を取っていないことを思い出し、今日は寝て過ごすことにした。
 パタパタと俺だけに聞こえる足音を響かせて、アイは俺から離れていく。と言っても、指に繋がった糸の所為でそれほど遠くには行けないらしい。俺はそんなアイの事を一旦忘れて、遠くの気配の少女について考える。
 御城静香。家柄は詳しく知らないが、それなりにいい所出のお嬢様だと、去年の初めに誰かが話していた。
 が、俺には関係無い――――わけでもない事に気づく。昨日の二つのやり取り。進藤春音と。そして、伊井森由紀との。まあ、無関係ではないだけであって特別な関わりがあるわけでもない。こちらから近づかなければ、恐らく一生縁も無いだろう。
 そんな事を考えていると、一昨日のように上から声が降った。
「あの……氷原さん、ですよね?」
 控えめな声だが、この屋上にいるのは三人だけのはずだ。アイではないのなら、残る声の主は一人。
「――――何か用か?」
 静かに目を開いて、努めて抑揚のない声を出す。視線を向けると、その先には少し怯えたような表情があった。
「いえ、あの、その……ごめんなさい」
 垂直に立っていた御城は、腰を90度折って頭を下げた。両手は当然の如く膝の前。その謝罪の仕方だけで、確かに育ちがいい事は理解できる。普通の人間ならば、軽く首を折った程度で済ませるだろう。
「何故謝るんだ?」
 理由はわかっていたが、俺はあえてそれを問う。別に、それは彼女が責を負う事ではないはずだからだ。
「あの、由紀ちゃんが迷惑をかけたようなので……」
 頭が上げられて、困ったような瞳が覗く。逃れるわけではないが、俺は瞳を閉じた。
「あの……」
 困惑したような声が降る。俺は溜息を返した。悪いとは言わないが、その無意味な律儀さには少々呆れる。
「それで。また伊井森が俺に向かってきたらオマエが謝るのか?」
「え?」
 風が、バタバタと布を煽る音が聞こえる。次いで、はは、と渇いたような笑いが届いた。
「いえ。私がはっきりしないのが悪かったんです」
 ぺた、と音がして、見下ろす気配がすぐ隣に移る。目を僅かに開くと、隣に御城が座っていた。俺は短く息を吐き出して再び目を閉じる。
――――どうしてどいつもこいつも、俺の領域にズカズカ入って来れるんだろうな。
 心の中で毒を吐く。ここが潰れたのなら、この学校の中に俺の居場所は無くなってしまう。そう考えると、確かに氷原祥にとってこの屋上という場所は聖域なのかもしれない。
「空に近づけば少しでも自由になれるかな、なんて思ったんですけどね」
 あはは、なんて笑いと共に、御城はそんな事を呟いた。が、楽しそうな笑みは一瞬で苦笑のような色に変わる。
「でも、大して変わりませんね」
 目を開くと、俺の横に御城が寝転がっていた。俺は彼女とは反対に身を起こす。どうでもいい話だ。正直関わりたくないとは思うのだが。なぜかその場を離れられなかった。
「あーあ、私も一生籠の中の鳥なんですかねー!」
 青空に向けて御城は叫んだ。強風により遮られた言葉は、空まで届かずに俺の耳に届いた以外は風に流される。
 立ち上がって、その場を去ればよかった。が、アイはまだ屋上の出入り口の影にいるのだろう。そんな事を考えるが、どうせそんなもの言い訳にしかならない。心のどこかで俺はここに居たいと思っている。そう言う事だろう。俺は溜息を吐いて口を開く。
「籠の中の鳥、ね」
「――――え?」
 返答があると思っていなかったのか、御城は驚いた声を上げる。
「鳥がケイジから出て行くにはどうすればいいんだろうな」
 それだけ言って、俺は立ち上がった。視界の端にアイの姿が見えたからもある。ただ、それ以上話す事もないとも思った。
 俺は、こちらを見上げているだろう御城に背を向けて屋上を後にした。

 放課後。俺はまた屋上への階段を上っていた。
 気は進まない。だと言うのになぜか俺は、その日々の行為を繰り返している。
「……嫌なら行かなきゃいいじゃないですか」
 俺の心を読み取ったアイの呟きを無視して屋上に出る。日々の流れを崩したくないとか、そういう安っぽい理由でここに来ているわけではない。
――――強いて言うなら、御城静香に興味を持ったって所、か。
 思わず、心の中でそう呟いた。その考えに俺は自嘲してしまった。
「……祥って、ああいう大和撫子を体現したような、黒髪のお嬢様が好きなわけですか」
 俺の笑いをどう解釈したのか、棘を持った声色でアイは呟くが、無視して転がる。こいつは、俺のなにもかもを恋愛感情と結び付けたがるようだが、楽しいのだろうか。
 そこまで考えて、ズキ、と頭が痛んだ。親愛の情。そんなもの、俺は――――
「あの」
 思考が中断される。考えたくも無い問題だっただけに未練は無い。目を開くと、御城静香が風になびく髪を抑えつけながら俺を見下ろしていた。さりげなく反対側に視線を送ると、そこに居るであろうはずのアイの姿は消えていた。
「………なんだ」
 俺は出来るだけ不機嫌に聞こえそうな声を出して目を閉じる。楽しそうな笑い声が微かに聞こえて、昼の時のように気配が近づいてくる。
「私はどっちかって言うと、鳥というより人形ですかね。嘴も翼も無いですから」
 昼の話の続きだろうか。目を開くと、御城は膝を抱えながら諦観に似たものを浮かべていた。だが、俺はそんな御城の表情を気に止めない事にする。
 実際の所、俺には御城の気なんてわかってやれないし、わかってやるつもりも無い。第一、伊井森にすらわかってやれないから、こうして一人で膝を抱えているんだろう。守るだのなんだのと。そんなもの、本人が望んでいない事を誰もわかっていない。
「――――鳥なら」
 だからだろうか。俺が余計な口を開いたのは。
「え、はい?」
 御城は困惑の表情を浮かべている。どうせ誰にも理解できないと、恐らくそう思っていたんだろう。まあ、俺だって理解してやったつもりは無いが。
「オマエが鳥なら、どうやってケイジから出るんだ。人に出してもらうまで待つのか?」
 だからこうして、どうでもいい事のように話せる。無責任な事を幾らでも言える。俺の言動で御城が傷つこうが、俺には関係が無い。それこそが、他者が他者である理由でもあると俺は考えている。
「どうやって……」
 考え付かないのだろう。御城は空に向けていた視線を足元に落とす。
「狭いケイジでも飛べる範囲はゼロじゃない。金網か竹籠かは知らないが、本当に逃げ出すのなら檻を壊して逃げるんだな」
 ケイジという単語は、鳥籠の他に檻と言う意味も持っている。幾らなんでも、そんな事を知らないとは思えない。
「そう……ですね」
 表情を僅かに緩ませて、御城は答える。その表情を見ても、あまり理解しているとは感じられないが、単に感情表現が薄いだけかもしれない。と言っても、それほど関わり合いの無い俺にはわからない。
 そう言えば、初めて彼女を見たときに、人形だと思ったんだったか。人形は感情表現が乏しいのではなく、感情を表す事ができない。
――――人形……いや、壊れた人形、か。
 その人形に干渉しようとしている自分。俺もどこか壊れ出しているのかもしれないと思い、自嘲しそうになる。
「強いですね、氷原さんは」
 ポツリと、御城はそんな事を呟いた。俺の意識がその一語に吸い寄せられる。
「――――強い、ね」
 俺も呟きで返す。別に自分が強いとは思えない。改めて言葉にした所で、実感など湧くはずもない。人間誰でも弱さなど大なり小なり持っているものだ。俺が強く見えるのなら、それは俺が強いのではなく、御城が弱いだけだろう。だが、それを口にする気は無い。それに、強い弱いなど感性の問題でしかない。それを理解しているのか、理解していないのか、御城は微笑を浮かべている。
――――強い、か。
 話の流れから、心の在り方の事を言っているのだろう。しかし、本当に俺の心は強いのか。そう自問するまでも無く、俺の心はそれほど強くは無い。どうせそんな事を言ってもコイツは信じないだろうと思う。
「歩き方がわからないだけだ、オマエは」
 代わりに俺は、端的に今の状況を示してやる。歩き方と言うより、身の振り方とでも言えばいいのか。取り巻く環境を構成するのは、言葉が通じない金網ではないし、自分自身も囀る事しか出来ない鳥でもない。究極の所、自分の命を盾にしてしまえば状況は改善できるだろう。
「それだけだとは思えないですけど」
 元からマイナス思考なのか、御城はうつむいた顔を上げようとはしなかった。真剣に嫌気が差してくる。思考を変えられないのなら、助けを求めても意味が無いだろうに。
「話は終わりだ。オマエは一生そうやって燻ぶってろ」
 内面の嫌悪を、言葉として外に吐き出す。言葉の通りに立ち上がって歩き出そうとすると、御城が立ち上がって、俺の腕を掴んだ。
「あの――――」
 俺の腕を握り締めて、御城は――私を壊してください、なんて事を言った。

「何がどうなってるんですか」
――――さあな。
 マンションのエレベーターの中。壁に背を預ける俺と、直立不動の御城を見比べながら、アイは呟いた。
 正直、俺もどうなっているのかわからない。言葉の意味さえ理解できない。ただ、帰ろうとする俺の後を捨てられた子犬のようについてきただけだとも言える。だが、俺はそれに対して何も言わなかった。
 それほど間を置かずに、エレベーターは十二階で停止する。御城の方を一瞥して廊下へと出ると、彼女も俺の横に滑り出るようにしてエレベーターから降りる。
 聞くまでも無くついてくるのだろうと理解し、そのまま共同廊下を歩き出す。部屋の前まで辿り着いて、鍵を開け、ドアを開き――そこで立ち止まる。
「――――御城」
 短く名前を呼ぶと、身体を強張らせたのだろうか、鞄の金具が立てた音が聞こえた。俺は構わず言葉を続ける。
「ここまでついてきたのは勝手だが、俺にはイマイチオマエの望む事がわからないんだがな」
 扉を全開にして、そこに背を預ける。自然、覗ける範囲の室内が全て晒される事になるが、別に問題でもない。
 だが、そんな俺の言葉に御城が答える様子も無く、俯けられた頭はそのまま上がらない。
「言わなくちゃわからないのか。まあ、大して変わりはしないんだが」
 腕組みをして目を閉じる。嗅覚は特に何も感じ取ることの無い暗闇の世界で、十二階という高所に吹き付ける風の音だけが耳から届く。
「一つは。オマエの価値観を壊すという事。考え方を変えさせてやる、ただそれだけの事だ」
 実際、アイの能力――心介入を使えばそれほど難しい事でもないだろうし、別に特殊でもない言葉だけでぶち壊してやることも出来る。
「二つ目」
 目を閉じたまま、俺は更に続きを口にした。
 が、何処となく、俺には理解できていた。御城がこちらを望んでいるのだろうと。推理だなどと言うものではなく、漠然とした勘。
「精神を壊すような事をする。つまり、オマエという人間そのものを破壊するという事――それに近い事か」
 廃人にするとまでは行かないが、コイツはお嬢様だ。その思考を凡人か、それ以下に塗り替えてしまう、という事か。
「悪いがどっちも俺の趣味じゃない。そういうのは自分で何とかしてくれ」
 どちらにしろ、御城を捌け口にするほど心労が溜まっているわけでもない。
 だが、俺のその何処が面白かったのか、くす、と笑うような音が耳に届く。
「やっぱり、氷原さんは優しい人でした」
 そんな事を、御城静香は呟いた。俺は言葉の意味がわからずに小さく息を吐くだけに留める。
「氷原さんは、皆が言うような――や――なんかじゃないですね」
「――――え?」
 疑問の短い響きは、俺の口からではなく、アイの口からだった。俺はと言えば――単に、笑ってしまっただけだ。

……理解してくれたとか、そんな善意的なものではなく――単に、御城の馬鹿さ加減に。

――――は、ははは。
「しょ……う?」
 俺の心の中の笑い。そこから不吉な物を感じ取ったのか、アイが俺の名前を呼ぶ。が、それさえも僅かに意識の端で理解しているくらいだ。
「ははは、はははははは! オマエ、それを知ってて関わってきたのか!」
 抑えきれずに高笑いが響く。感情の抑制が効かなくなる。笑い声が近所に聞こえているだろうが、まさか誰も俺が出しているとは思わないだろう。すぐ傍に居るアイや御城でさえ信じられないような顔をしているし、俺が寡黙な人間だと考えているだろう隣室の人間は想像もしないに違いない。
「え、そんなに可笑しかったですか?」
 俺の『悪意』を感じ取れなかった御城は、顔を赤く染めながら狼狽えている。
「いや、近づいてきただけならまだ物好きで済んだんだがな」
――――俺の前でその言葉を口にしたら、ただの馬鹿でしかないじゃないか。
 俺はそこで初めて目を開いて、視線を御城に向ける。
「――――ぇ?」
 赤く染まっていた顔が、驚愕の色に変わる。それほど俺は愉しそうな顔をしていたのだろう。それを自覚しながら、御城の腕を掴む。
「え、嫌――――」
 叫ぼうとする御城を無理矢理引き寄せ、アイと俺の間――心触の間合いに入れる。御城に対して心触は使うなと言ってある以上、こうするより御城を範囲に引き入れる方法は無い。
「――――騒ぐな」
 俺がそう『命令』すると、御城の動きがぴたりと止まる。が、それも強制的に命令を送り込んだ瞬間だけで、御城は緩い力で俺の腕を払おうとする。正直、余裕で押さえつけられる力ではあるが、事あるごとに逃げ出そうとするのは億劫でしかない
「――――逃げることも許さない」
 再び、御城の身体が硬直する。俺はそのまま、御城の身体を家の内側へと引きずり込んだ。
 俺は靴を脱いで、リビングへと歩き出す。が、御城は玄関のコンクリートの上で直立不動で突っ立ったままだ。
「さっさと上がれよ。それとも、靴も脱げない年齢まで叩き落されたいのか、オマエは」
 俺の着飾る事の無い言葉で、御城は身体を微かに震わせる。じっと眺めていてやると、観念したように靴を脱いで上がってきた。俺は正面に向き直って、リビングへと歩いていく。ダイニングテーブルにブレザーを放り投げて、テレビの前で向き合わせになったソファーの片側へ腰を下ろす。
「座ったらどうだ?」
 既にアイの心触の範囲から抜け出しているため、俺の疑問にリアクションを返すことは無い。だが、『逃げる事を許さない』という枷が利いている所為か、御城は借りてきた猫のように俺の対面に座る。ガラステーブルを挟んで御城と向き合う。
「お望みどおり壊してやるが。さて、どうしたものかな」
 手順としては考えていないわけではない。が、御城の恐怖を増やすために、わざと思考しているフリをする。が、ふと思い立ち、横に視線を向ける。
「――――アイ。姿を見せていいぞ」
 アイを学校に連れて行かなければならない過程で、不可視化についても一通り話を聞いた。本来、アイは姿を見せているのが普通で、見えないようにしているのは多少なりともエネルギーを食うらしい。まあ、人間が普段生活しているのとは次元の違う方向にエネルギーを消費すると言う事なのだろう。
「え、でも」
「オマエの記憶だけ消せばそれでいいだろうが」
 俺のその言葉を可としたのか、アイは頷く。とは言っても、普段から見えている俺にはアイが実体化したのかどうかはわからない。
「アイ、ちょっと来い」
 俺は、姿を見せたはずのアイを呼び寄せる。そのまま、御城が見ている前で頭を引き寄せてキスをしてやる。
「ん――――!?」
「え――――!?」
 確かに見えているようで、御城からも驚愕の声が上がる。まあ、俺が触れている間だけ実体化している、という事も考えられないでもないが、今は御城に第三者の存在を知覚させられればそれでいい。
「さて。見ての通り、ここには俺とオマエの二人だけじゃないわけだが」
 唇を離して、御城の方に視線を向ける。顔を赤くして、俯いてしまっているが、視線だけはチラチラとこちらに向けられている。
「さて、じゃあ一つ目の命令だ」
 これからする内容と、御城の反応を思い浮かべると笑みが漏れる。無論、愉悦のものだが、それを見ただけで御城は死刑判決を受ける刑囚のように身を竦ませる。
「服を脱げ。出来るだけゆっくりな」
「――――っ、え?」
 呆けたような目で、御城はこちらを見つめる。そんな瞳に、俺は笑い返してやる。
「まさか、一人じゃ服の脱ぎ着も出来ない、なんて言わないよな」
「それは、出来ます、けど」
 切れ切れに、御城は言葉を吐き出す。動揺は幾らでも見て取れる。内容は、羞恥と、目的が不明だと言う困惑と言った所か。
「ストリップしろ、と言って理解できれば早いんだろうがな。『お嬢様』じゃ知らなさそうだ」
 お嬢様、と言う言葉を強調してやる。恐らく、御城が一番嫌う単語だろう。間違いではないようで、御城は俺から視線をそらせてしまう。
「……俺が善くない事を考え付かないうちに始めた方がいいぞ」
 僅かに怒気を含ませて、御城を威圧する。まあ、わからないでもない。俺だけならまだしも、俺の隣にはアイが居る。ある程度予想があっただろうとは言え、俺の他に誰か居るのは完全に予定外だろう。
「でも、そんな事……出来ません」
 蚊の鳴くような声で、御城はそれだけ呟く。が、こっちとしてもやめてやる気は無い。『命令』してやれば早いが、それでは何の意味も無い。御城が自分でやらなければ。
「着ているものを全部破り捨てて、放り出すのもいいかもな」
 思いついたように言ってから、俺は笑みを浮かべる。単純な演技だが、俺に恐怖を感じている御城には効果的だったようだ。びくと、と身体を痙攣させる。所在なさげに胸の前で組まれていた手が、制服のリボンを掴む。しゅる、と布地同士が擦れる音がしてリボンが床に落とされた。
「ふ……ん………」
 ぷちぷちと、ブレザーのボタンが外されていく度に、御城からは鼻にかかるような吐息が漏れる。ボタンが全て外れると、背中を浮かせて脱ぎ捨てられる。
「もう、許してください」
 スカートに手をかけた所で、御城は瞳に涙を浮かべながら呟いた。が、俺は鼻を鳴らす。
「オマエ自身が望んだ事だろ」
 取り合う気は無い。が、手は一向に進んでいかない。俺は溜息を吐き出した。御城一人では日が暮れてしまう。俺は、再び横に視線を向ける。
「アイ、手伝ってやれ」
「え? あ、はい」
 強制した気は無いが、アイは大人しく御城に歩み寄る。さっきのキスの所為か、頬が僅かに紅く染まっている。
「あ、あの……」
 近づいてきたアイに対して、御城は小さく声を上げる。が、アイは特に意に介さずに御城の手に両手を被せる。そのまま、軽くつぶすようにしてから、スカートのファスナーを下ろしてしまう。
「あ、あの、やめてください……」
 女同士と言う事か、騒ぐなと言う命令の所為か抵抗は薄い。それをどう思ったか知らないが、アイはブラウスに手を伸ばして、ボタンを外していく。
 正直言って、手持ち無沙汰だ。見ているのも楽しくないわけではないが、少々物足りない。間に挟まれたテーブルを乗り越えて、御城に触れる。
「御城、オマエがどう思おうと勝手だが、俺の命令には従え」
 一瞬こちらを向いた御城の瞳がブレる。それでも抵抗はするのだが、相手が自分より幼く見えるためか大袈裟に振り解こうとする様子は無い。それほど時を置かずにアイは御城の着衣を全て取り去ってしまった。役目を終えたと思ったのか、するりと御城の身体から離れる。
「う、ううう……」
 御城は、顔を真っ赤に染め上げて両手で胸と秘所を隠す。が、俺は特に意に介さず次の命令をする。
「――――手をどけろ」
「――――ぅ」
 小さく呻くが、ゆるゆると両手が身体の前から外されていく。御城の視線が、俺から外れる。出来るのは、顔を逸らせて俺が見ていないと思い込むことぐらいだという事だろう。
「ちゃんとこっちを向けよ。――――股を広げてな」
「そ、そんな恥かしい事!」
 今までよりも大きい声――と言っても隣に届くような事はないだろうが――を発する。が、言葉とは逆に、御城の目は俺のほうを見つめ、脚は徐々に開かれていく。
「……こんな、事、したくないのに」
 潤ませた瞳から涙をこぼして、御城は呟く。しかし、その程度で止まる必要はない。
「望んだのはオマエだ」
 手を伸ばして、胸を指でなぞってやる。身体的に未熟なアイと比べるまでも無いが、同年代でも大きい方だろう。御城は小さな呻き声を上げながら、広げた手でソファーの縁を握り締める。
「さて、と」
 呟いて、俺はズボンのポケットに手をつっこむ。中に押し込まれた電子機器を引っ張り出して、フリップを起こす。
「特に必要無いとは思ってたんだがな。あればあったで役立つもんだ」
 取り出したのは、ただの携帯電話。それを操作して、カメラのモードを起動する。撮影ボタンを押すと、それなりに高い音がスピーカーから発せられる。
「え、そんな、と、撮らないでください!」
 言葉を無視して、シャッターを切り続ける。携帯電話のカメラは、盗撮防止にシャッター音が鳴り響くように設定されているのだが、今は逆に御城の羞恥を煽る原因となっている。
「これで十枚、って所だな。オマエも見るか?」
 股を広げた御城が映った携帯をプラプラと振ると、御城の瞳から落ちる涙が増えた。
「どうして、こんな酷い事するんですか? 私が悪かったのなら謝りますから……」
 御城の言葉には、確かにそういう意図が篭もっている。が、俺は逆にそれが煩わしくて携帯を握り潰しそうになる。
「――――謝るとか許すとか、そう言う問題じゃない」
 俺は嫌悪の色を滲ませて、組んでいた足を御城の秘所へと持っていく。そのまま、つま先で押し潰すようにそこを弄り回す。
「あ、っ、あう」
 痛みか快感かは知ったことじゃないが、御城は呻き声を漏らした。俺は苦笑を浮かべて、何が問題なのか、それを口にする。
「自分の愚かさを呪え、って事だ。俺がどうこうって話じゃないんだよ」
 当てていた足を退けて、組みなおす。さっきまでの行為の所為か、俺のはいている靴下の先には、僅かに御城の滑りが付着していた。
「じゃあ次だ。俺の事を呼んでみろ」
「え……氷原、さん」
 短く悩んだ後、御城は普段どおりに俺の名前を呼ぶ。
「〇点だ」
 俺は、御城の胸の先端で自己主張しだしている突起を摘んで、容赦なく握り潰してやる。
「あくっ」
 そんなもので快感を得られるわけも無く、御城は痛みに顔をゆがめる。
「――――オマエの家には、メイドなんてのはいるのか?」
 俺は、指の力を抜かずに苦悶の表情を浮かべる御城に問いかける。表情は変わらないが、御城は僅かに首を上下に振った。上流階級になればメイドの一人や二人はいるだろうと言うのは、強ち妄想でもないらしい。まあ、そんな事はどうでもいい。俺は質問を続ける。
「じゃあ、そいつはオマエの父親の事をなんて呼んでる?」
「ご、ご主人様、です」
 どんな世界でも、雇い主に対する呼称は同じなのか、俺の意図した言葉が御城の口から出る。それを聞いて、俺はやっと指の力を抜いてやる。
「どう呼べばいいのか、わかっただろう」
「はい………ご主人、様」
 掠れるような声で、御城はそう呟いた。疲れきったような表情を見せているが、どこか頬が上気している気もする。
「じゃあ、御城――――いや」
 俺は、名前を呼びかけて言葉を切る。もういちいち堅苦しく呼ぶ必要も無いだろう。
「跪け、静香」
 思わず笑みが口から零れる。とは言っても、それは好意的なものではない。が、御城――静香は、あ、と小さく声を上げて、俺の足元に膝を付く。俺は、手のひらで弄んでいた携帯を再び開いて、カメラのモードを再び起動させる。そして命令――しようとして、単純な疑問に突き当たる。
「銜えろ、と言ってオマエは理解できるのか?」
「……何を、ですか?」
 涙で濡れた目が俺の目を捉える。この体勢で理解できないのなら、本当に知らないと言う事なのだろうか。まあ、そういう事を一つずつ仕込んでやるのも面白いかもしれない。俺は自分でベルトを外して、ズボンのファスナーを下ろした。幾ら相手に対しての好意が無いと言え静香の身体も女の身体に違いなく、俺のモノは正常に大きくなっている。
「あ、う」
 命令が聞いているのか、単純な興味か、短い悲鳴のようなものを上げながらも静香は俺のモノを凝視している。
「とりあえず、舐めろ」
 いきなり歯を当てられてはたまらない。俺が命令したとおりに、静香はおずおずと舌を伸ばしてくる。
「ん、ふ」
「――――っ」
 舌が届くと、背筋に電流が奔ったような気がした。が、俺は歯を噛み締める事でそれを表情に出さずに、静香を見下ろし続ける。
 静香は俺の指示通りにぴちゃぴちゃと猫のように亀頭を舐め続けている。刺激が無いとは言わないが、射精にはまだ遠い。とりあえず俺はカメラのシャッターを切ってから、空いた手を頭に手を置いてやる。
「竿の部分を握って、上下に扱くんだ」
 両手が伸びてきて、幹の部分を掴む。上下にゆっくりと手が動くと、舐められているのとは違う、通常男が自分で与えているのと同種類の感覚が生まれる。
「もっと、唾液を塗りつけるみたいに……くっ」
 先端から唾液が垂れてきて、御城の手が小さく水音を立て始める。要領を得て速度が上がってきているとは言え、その手はまだぎこちなく、与えられる刺激が一定しない。が、逆にそれが射精感へと結びつく。
「アイ、静香も気持ちよくしてやれ」
 呆けた顔で静香の行為を眺めていたアイは、我に返ったように反応する。そのまま後ろに回って胸に手を伸ばす。
「ふあ――――っ」
 急な刺激で離れた頭を押さえつけ、口の中にモノを滑り込ませる。驚いたように目を瞬かせたが、直ぐに濡れた目つきになって俺のモノを銜える。
「ん、ふ、ふ」
 歯が当たるとダメだと思ったのか、唇でしっかりと挟んで頭を上下させる。同時に、口の中で蠢く舌が出し入れする度に先端に刺激を送ってくる。下に入れるのとはまた違う感覚に、腰が浮きかける。
「なんだ、やれば出来るじゃないか」
『お嬢様である少女に自分のモノを舐めさせている』と言う征服感も手伝って、徐々に射精感が高まってくる。
「ふぁ――――んあ!」
 俺が褒めた所為か一瞬上目遣いになったが、口が離れる。頭が離れた所為で空いた隙間から、アイの手が股間に伸ばされているのが見えた。
「ずるいですよ……」
 何が気に入らないのか、アイは不平を漏らしながら静香の股間と胸を愛撫している。まあ、同じ行為をアイもやりたいと言う事なのだろうが、今はアイがメインではない。
「静香。口を離すな」
 掴んだ頭を引き寄せると、静香は自分から俺のモノを銜え込む。自分が行っている好意に集中しようとするかのように目が閉じられる。頬は上気して、俺に無理矢理やらされているようには見えない。
「はは、いい絵だな」
 俺は再び、シャッターを切る。音が気になったのか、一瞬上目遣いでこちらを見上げる。
「ん、ふ、ふん」
 段々と、表情が何かを耐えるかのようになって行き、頭の動きも速度を上げていく。自然、俺のモノに与えられる刺激も増えることになる。
「っ、静香。いいぞ」
 俺が声を上げると、静香は鼻にかかったような声を上げて答える。銜えられた口の中では、ねっとりと舌が絡みついてくる。
「っ……く」
 無理矢理射精を押さえ込むが、頭の動きは無意識な所為で容赦なく俺を攻め立てて来る。
「しず、か……出すぞ!」
 耐え切れなくなったところで、俺は頭を掴んで思い切り引き寄せる。
「ん、んうううう」
 静香の喉奥に、俺は白濁を吐き出してやる。口に俺のモノが突き刺さっている所為で、苦しげに表情を歪めているが、唇から白い色が零れてくる事はない。
「っ、は」
 射精が収まったのを感じて息を吐く。口の中から引きずり出すと、それに釣られて少量だが白濁が零れる。
「……残りは飲めよ」
 まだ微かに白さを残す頭で、そう命令する。視線が交わるが、静香は恥ずかしいのかすぐに目を閉じてしまう。しばらく待っていると、こく、と喉が鳴る。
「え、けほ、けほ」
 喉に絡まったのか、むせ返る。その所為で、多くは無いが精液が飛び散った。俺は忘れずに口の端に白濁が張り付いているその顔も保存してやる。
「はは、これ見たら学校の奴らはなんて言うのかね」
 俺は、保存していない画面を向けてプラプラと揺らす。だが、静香は手を握り締めるだけで何も言わなかった。
「ばら撒いてみるか?」
「それはダメです――――っ」
 アイの心触の範囲にいる所為か、すぐに答えが返る。俺は、静香の顎を掴んで口を開けさせてやると、硬度を保ったままのモノを突き込む。
「うぶっ」
 顔を顰め、吐き出そうとするが、後頭部に手を回して引き寄せる。
「オマエに拒否する権限は無い」
 涙目で見上げる静香の頬を軽く撫でてやる。俺のモノを口に突っ込んだまま、頭が僅かに上下した。
 モノを抜くと、唇で擦られて付着していた精液が全て拭い取られる。
「わかったなら、俺の事を呼んでみろ」
「はい……ご主人様」
 目尻の涙を指でぬぐってやると、気持ちよさそうに目が細められる。俺はずっと腰を下ろしていたテーブルから立ち上がって、足を伸ばして床に座り込む。
「跨れ静香。入れさせてやる」
 無理矢理奪ってもいいが、それでは忠誠心を示す行為にはならない。『自分で主人に捧げた』と言う事実は何よりも強い枷になる。
 銜えると言う行為を知らない以上、正常位程度しか知識はなさそうだが、何処に何を入れるのかの知識はあるのだろう。歩み寄ってきた静香は、そり立つ俺のモノの先に、自分の入り口を押し当てる。そこは既にアイが触ったお陰でとろりとした蜜が溢れ出している。
「ああ、一つ言っておく」
 俺は、腰を落とそうとする静香の腹に指を当てて、行為をいったん中断させる。
「俺がオマエの中に注ぐまで、腰を止めるなよ」
「は、い」
 了承の言葉を発しながら頷く様子を見て、俺は指を外す。そのまま後ろに倒れこんで、太股に手を添える。それを開始の合図と解釈したのか、静香は一気に腰を落とした。
「っ、ああああっ!」
 締め付けられる感触の後に何かを破るような感覚がして、モノがすべて中に滑り込む。相当な痛みがあったのか、静香は俺の胸に手を突いて上体を支えている。が、俺は太股に添えていた手を離して容赦なく尻に叩きつけてやる。
「あうっ!」
 身体が跳ねて、結合部から真っ赤な筋が流れ出る。が、俺は気にせず再び手を振るう。
「静香。腰を止めるなと言った筈だが?」
「う、あ……はい」
 ぎこちないながらも、腰が上下運動を始める。欠伸が出そうな速度だが、まあ、苦痛を感じている今はこれが限界だろう。
「ふ、あ、はあ、っ」
 息を吐き出したり、歯を噛んだりしながら静香は腰を上下させる。締め付けは悪くないが、動いているのか動いていないのかわからない程度の速度では、出そうには無い。
「アイ」
 手持ち無沙汰に俺たちを眺めていたアイを呼び寄せる。俺の脇に座り込んだアイに、予備動作もなしに右手を伸ばす。
「あんっ!」
 人差し指と中指を膣に突っ込んでやると、何の抵抗も無くずるりと中に入り込む。腰が浮いた所為で、アイはすがりつくように俺の胸に倒れこんでくる。
「アイ、オマエは人がやってるを見るのが好きなのか?」
 進藤とやっていた時も、アイは濡らしていたと言っていた。それが何処まで本当かはわからないし、注視していたわけでもないが、こうしてアイの股間は蜜を零している。
「あう、そういうわけじゃないです……」
 突っ込んだ指で中をかき回してやると、アイは口から息を吐き出して悶える。俺は指を動かしながら、ゆるゆると腰を振っている静香の方に視線を向ける。
「静香。構って欲しければもっと本気で腰を振れよ」
 それだけ言って、俺はアイの方に視線を戻してしまう。さて、行為を認めてもらえないお嬢様はどうするだろうか。
「ん、う、うううっ」
 苦悶の声を上げながらも、静香は腰を振る速度を上げ始める。結局、歯止めをかけているのは痛みと狭さだけで、濡れてしまえばそれなりの速さでは動かす事が出来るだろう。
 俺はとりあえず静香の事を意識から締め出して、鉤爪状になっている指を引き寄せる。
「は、んっ!」
 当然、引っ張られるようにアイの身体も寄ってくる。俺は左手を伸ばして人差し指に蜜を絡めてから、後ろの方の穴に突っ込んでやった。
「んあっ! そ、そっちは違いますっ!」
 違う、と言いながら、吐き出された声は鼻にかかった甘ったるい声だった。俺は特に気にすることなく、左手も右手も動かし続ける。
「んん、あう、あんっ」
 胸に添えられていただけの手が、俺の首を抱きすくめる。昨日は唇を押し付けてきたが、今日は刺激が強すぎて無理のようだ。指を動かしながら、俺は再び静香の方に視線を向ける。
「ん、うう、う」
 まだ多少は痛むのだろう。歯を噛みながら懸命に腰を振っている。アイに意識を向けていなければ既に放っていたかもしれない。
「アイ、とりあえず行かせてやる」
 俺はそう宣言して、右手の動きを早めてやる。同時に、後ろに突っ込んだ指は円を描くように動かす。
「う、あう、ダメです。気持ちよすぎて」
「ほら、後ろの穴でイけ!」
 アイの身体が痙攣しだしたのを見計らって、奥まで差し込んだ人差し指を抜き放ち、同時に膣の方は奥まで指をねじ込んでやる。
「ひうううううううっ!」
 ビクン、ビクンと身体を跳ねさせて、アイの身体から力が抜ける。三本の指を全て抜き去り、だらしなく開いた口に突っ込んでやると、呆けたままで舌を這わせていた。ある程度舐めさせてから指を抜き取り――――腰を突き上げる。
「あうっ!」
 不意を突かれた静香は、悲鳴を上げて身体を跳ねさせる。太股を掴んで、俺は腰を振り上げ続けてやる。
「あう、う、あ、あん、あうっ」
 身体も感情も麻痺しかけているのか、俺が突き上げると口を半開きにして嬌声を上げ始める。乗っかったままのアイの身体を退け、上体を起こす。
「静香、気持ちいいか?」
 腰を止めて、胸に手を這わせてやる。零れる胸を押し上げるように揉んでやると、静香は目を細めて首を縦に振った。
「はい、気持ちいいです、ご主人さまっ!」
 返答に苦笑してしまう。自然にそういう言葉が口に出るのなら、褒美をやりたくなってしまう。
 俺は静香の背に手を回して、押し倒してやった。
「静香。そろそろ注ぎ込んでやるよ」
 背中に回していた手を胸に当て、その上に上体を乗せて体重をかけて押しつぶす。多少苦しいかもしれないが、文句は言わないだろう。
「は、うう、はい」
 今度こそ、全力で腰を叩きつけてやる。気を逸らせていたとは言え、射精感は既に限界に近い。
「あう、あう、あん、あん、あ」
 腰を叩きつける度に、静香は鼻にかかったような息を吐き出す。相手の事など考えずに、ただ自分の高みに向かって腰を振り続ける。
「っ、行くぞ!」
 最後に奥まで突き込んで、俺は白濁を吐き出した。自分自身が震え、先から吐き出す感覚が明確に伝わってくる。
「あ、は、出てます……ご主人様の、が」
 目を閉じて、口を半開きにしながら静香は呟く。静香自身がイった様子が無かったのに気づき、俺は身体を離して結合部の上にある突起を摘んでやった。
「あ、はああああっ!」
 ビクビクと身体が震えて、静香の身体から力が抜ける。
 ずるりと射精が収まったものを抜き出して、放り出されていた携帯電話を掴む。パワーセーブが働いて液晶は消えていたが、ボタンを押すとカメラの待機状態に戻る。
「さあ、最後の記念写真だ」
 俺は最後に、とろとろと白濁を零す静香の膣口を写真に収めてやった。

 ソファーに背を預けて天井を見上げる。家の中には既に御城静香は存在しない。『この家の中以外では俺の事をご主人様と呼ばない』、『アイの事は、対峙しない限り思い出さない』の二つを命令して帰した。
 これであいつ自身がどう変わるかはわからない。変わったとしても、今日の事はそうそう人に話す問題でもないだろう。
 ずるりと身体を横回転させて、ソファーに寝転がる。なんだかんだで、アイが来てからここが俺の定位置となりつつある。別に、寝る事さえ出来れば問題は無いが。
 死神、疫病神。そう言ってしまえばそうなのかもしれないが、俺が招いた事では無いとも言い切れない。そんな事をぼんやり考えていると、アイが俺を覗き込んだ。
「………ご主人様」
 腕を振り上げて、頭を軽く小突く。
「あう。――――悪魔、死神」

『氷原さんは、皆が言うような悪魔や死神なんかじゃないですね』

 俺は溜息を吐いて、再びアイの額を小突いた。
「……オマエ、意味わかって言ってないだろ」
「そりゃ、わかりませんけど」
 目を泳がせて、アイは拗ねたように言う。だからか、つい本音を零してしまう。
「…………だからオマエと居ると楽なんだよ」
「ふぇ?」

 他人に関わらないように、他人に関わられないように。感情を揺れ動かさないように、心を揺り動かさないように、そうやって起伏の無い人間として生きる――それが信条だった。でも、俺は結局折り合いが付けられていないだけなのだろう。だから、そういう単語を聞くと過剰に反応してしまう。しかしまあ、そう呼ばれる理由がわかっていて寄ってくる奴も、愚かと言えば愚かなのだろうが。
 悪魔。死神。両方ともいい言葉ではない。そう呼ばれるのは、そう呼ばれるだけの理由があるのだが、アイとはまったく別物だ。コイツがどういう生き方をしてきたのかは知らないが、虫も殺せそうに見えないと思うのは勘違いでしかないのだろうか。
 死神と呼ばれているから、死神と言う存在に惹かれた、なんて事は無いだろうとは思う。だが、アイといて心がざわつく様な事はない。自分自身の事を知られていない、という理由なのかどうなのか。

――――だとしたら……結局、臆病なだけか、俺は。

 瞳を閉じて深呼吸をする。しばらくすると思考はぼやけて、次第に深い闇へと飲み込まれていった。

< つづく >

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