Night of Double Mirror 第四話

第四話 宙を舞う絆

 ここにいる理由が欲しかった。
 それも、誰かから貰うわけじゃなく、自分で掴み取らなくちゃいけない。
 誰かを守って、誰かから必要とされて。
 でも、何時か疑問に思ってしまうんだ。自分がここに『いる』のか、自分という存在がここに『ある』だけなのか。

 翌日、いつも通りに登校した。静香――御城が学校に来ているのか少し気になったが、まあ、休もうがそれはアイツの勝手だ。
 下駄箱で靴を履き替えて、教室に向かおうとする。が、そこで偶然にも御城と遇ってしまった。
「あ……氷原、さん」
 心介入による命令が利いているのか、昨日のように俺を呼ぶ事はない。俺を見止めた瞳はすぐに逸らされてしまう。俺は、そんな御城の横を通り過ぎた。足音が追ってくる事はない。
「堪えてるんだか堪えてないんだか、わからない反応ですね」
――――単にオマエが規格外なだけだろ。
 俺は、隣を歩くアイの反応に溜息を吐いた。

 フェンスに背を預けて、紙パックのコーヒーを啜る。屋上には御城の姿はない。朝の雰囲気からして顔を合わせ辛そうではあったし、当然と言えば当然だが。
――――まあ、どうでもいい事だな。
 惣菜パンの封を切って口に運ぶ。常時変わらない味は、今日もやはり変わらない。今日も屋上には風が吹き荒れている。
 そんな平常を噛み締めていると、ガン、と蹴り開けるような音を立てて屋上のドアが開いた。出てきたのは、伊井森由紀。表情は怒りか後悔か、そんなマイナスで占められているように見える。
「……氷原」
 コツコツとコンクリートの地面を蹴って、伊井森は座った俺を見下ろす。二度目だ、こうして見下ろされるのは。最初の時ほど不愉快さはないが、俺は伊井森を無視して手と口を動かす。
「立ちなさいよ!」
 胸倉を掴まれて、引きずり起こされる。そのまま、後ろのフェンスに叩きつけられた。怒りに燃える眼が、俺の瞳を覗き込む。
「静香に何したのよ――――言いなさい!」
 激昂した伊井森を、俺は感慨もなく見続ける。苦しくはないが、煩わしい。
「……御城から聞いたらどうだ」
 掴まれた胸はそのままにしておく。どうせ払った所でまた手が伸びるだけだろう。
「……やっぱり、あんたが何かしたのね」
 素人らしい解釈だった。元々そういう意図もあったのだろう。だが、乗ってしまって問題があるわけでもない。第一、そんな事を聞いてどうすると言うんだろうな、コイツは。
「だからなんだ。俺に噛み付く前に御城に問い質すのが筋だろうが」
 ゆっくりと、腕を掴む。これ以上俺の方に踏み込む意味はないだろう。まあ、あの御城が伊井森だろうが誰だろうが、昨日の事を話すとは思えないが。
 手を払って、地面に置いたままの昼食に手を伸ばす。さっきからアイもこっちを窺っているし、話す気もない伊井森と居ても何の意味もない。
「そう。そうやって逃げるの?」
 くす、と勝ち誇ったように伊井森は笑った。が、俺はその勝利感に無視で答えてやる。逃げる? ああ、そうかもしれないな。だからなんだ。
 そんな俺の態度が癇に障ったのか、伊井森は歩き出した俺の背に向かって、

「こん、の……悪魔! 静香に近づかないで!」

 悪魔、と。俺にとっての禁句を、臆面もなく、ぶちまけやがった。
「は、ははは」
 また、笑ってしまう。どうもここ二、三日、縁があるな、その言葉と。いや、俺はずっとそう陰で呼ばれ続けているはずだった。聞こえない分にはいい。どう言われようが勝手だ。知ったこっちゃない。
 だが、面と向かって言うのはただのバカだ。御城も、伊井森も。
「ああ、そう言えば本気にさせてみろって言ったな、俺は」
 振り返ると、伊井森の目が驚愕に見開かれた。それは、昨日の御城と同じ類のものだ。今の伊井森の目に、俺はどう映ってるんだろうな。怒ってるのか、嗤ってるのか。
――――なんだ。オマエも俺に幻想でも抱いてやがったのか。
 俺が一歩踏み出すと、伊井森の身体が一歩下がる。二歩、三歩……九歩ほど歩いた所で、伊井森の身体はフェンスにぶつかった。俺は、伊井森の向こうにあるフェンス――その顔の横の部分を、叩きつけるように掴む。それだけで、伊井森は追い詰められたウサギのように身を強張らせた。
「いいぜ、教えてやるよ。授業が終わったら校門で待ってろ」
 俺はそれだけ告げると、伊井森に背を向けた。後ろで、ガシャン、とフェンスが軋む音がした。

 六時限目。教師の話を聞き流しながら、昼休みの会話を思い出す。

『この悪魔!』

 言葉を思い出すのと共に、蔑む目も蘇ってくる。
――――上等だよ、伊井森由紀。オマエのその心をブチ砕いてやる。
 嘲笑が浮かんだが、それに気づいた奴が居た様子はなかった。

「――――ああ。じゃあ五時にな」
 通話を終えて携帯のホールドボタンを押す。相手の番号はまだ分類していない。ついでに、一通りの操作をしてフォルダに移す。
 誰も居ない教室。黒板の斜め上では、時計の長針がもうすぐ一二を指そうとしている。短針は四の位置。指定した時間まではあと一時間ほどある。
 窓際に寄って、正門の辺りを眺める。帰宅する生徒の流れの中に、門塀にもたれて所在なさげにしている姿を見つけた。
「さて、行くか」
「――――えと、はい」
 誰に言ったわけでもないのだが、アイが返事をした。そのまま教室のドアを開け放って外に出る。三階から二階に降り、一回への階段に足を掛け――――た所で、また視線を感じた気がした。が、無視して降りる。見たいなら見させておけばいい。それよりも愉しい事がこの先には待っているのだから。
 ゆっくりと靴を履き替えて、校舎を出る。その頃には帰宅組は学校から出て行ってしまい、帰宅する人間は一時的に居なくなる。
 そんな場所で、伊井森由紀は待っていた。いつから待っていたのか、鞄を掴む手は硬く握り締められている。
「ちゃんと待ってたようだな」
 伊井森の傍で立ち止まって声を掛ける。呆けていたのか、弾かれる様に顔が上げられる。その顔には少し赤みが差しているような気がした。その顔が何処か、進藤の顔と重なる。
――――まさか、な。
 偶然だろうと割り切る。まあ、どうでもいい事だが。
「……待つわよ。静香を助けるためなら」
 言葉を選ぶように視線を巡らせてから、伊井森はそう呟いた。
「……助ける、ねぇ」
 伊井森に気づかれないように嘲笑する。まあ、それは追々解らせてやるからいい。
 そのまま、無言で歩き続ける。とりあえずやる事は決まっている。単純に『昨日何があったか』を教えてやろう。家まで近づいた所で、俺は自分の携帯を取り出す。
「伊井森。オマエの携帯のメールアドレスを教えろ」
 なんで、と聞かれるが、答えない。単に携帯を壊されたくないだけだ。それ以外の理由などない。
 伊井森が口にしたアドレスを携帯に打ち込む。俺は、ライブラリに入っている写真を一枚一枚そのメールアドレスに送ってやった。しばらくすると、今流行のドラマに使われている曲が着メロとして流れる。何通か送ったために、メールを開く暇もなくメロディが流れ続ける。
「……写真でも送ったの?」
 それ以外に複数通送る意味はない。どうやら頭の回転は悪くないらしい。特に言う事もないので、口は開かなかった。しばらくすると溜息が聞こえ、携帯を操作する音が聞こえてくる。
「――――っ!」
 携帯を握り締めたのか、ストラップが小さな音を立てる。次いで操作音が聞こえ、呟くような、何よこれ、という声が聞こえた。送りつけたのは、裸、俺のモノを口に銜えているもの、ついでに、股から精液を垂らしているもの、計三枚。まあ、衝撃的ではあるだろうな。
「な、なんなの、これ……どうなって」
「どうも何も、そういう事だ」
 マンションのインターホンを操作して、正面ドアを開く。ドアをくぐって、俺はそのままガラス戸が開閉し続けるようにそこに立ち続ける。
「どうする、伊井森。御城を助けるんじゃないのか?」
 俺は、仕舞っていなかった携帯電話を手の中で弄ぶ。わかってはいるが、こいつの性格なら、
「……当たり前よ。そのために来たんだから」
 と答えるだろうな。
……まあ、俺の家に押しかけてどう助けるのかは解らないが、な。

 シリンダーに鍵を突っ込んで回す。技術の発達した今ではカードキーや指紋認証のようなシステムがあるが、一〇年以上前に建てられたこのマンションにそんなものはない。
 ドアを開いて伊井森を招き入れる。そのままドアが閉まり、家の中は隔絶された空間となる。その隔絶された世界を、伊井森は興味深げに眺め回している。
 俺はそんな伊井森を追い越して、リビングのソファーに腰を下ろした。しばらくして、伊井森も対面に腰を落ち着ける。
「…………」
「…………」
 沈黙が続く。伊井森の視線は俺の足元に向いている。何かを考えているのか、何も考えていないのか。どちらでもいいが、これではまったく状況が動かない。
「……伊井森。オマエは何がしたいんだ」
 身体をソファーの背もたれに預けて、俺は口端を切ってやった。そうでもしなければ、話が始まりそうにもないからな。
「……なに、って。静香を助けようと」
 伊井森が型通りにそこまで言った所で、俺はフン、と鼻を鳴らす。馬鹿か、オマエは。
「じゃあ聞くが。どうやってだ?」
 俺は携帯を机の上にわざとらしく放り出す。つまり、御城を繋ぎ止めているのがこの写真だけだと言うのなら、それを消去してしまえばそれで終わると、そう示したつもりだった。
 案の定、伊井森は携帯に手を伸ばそうとする。が、別に止める必要もない。写真のバックアップがあると言うのも一つの理由だが……まあそのうちわかるだろう。
 左腕を振って、腕時計を見る。時間は四時三十分。約束の時間まではあと三十分ある。
「返すわよ」
 飛んできた携帯をキャッチする。操作してデータフォルダを見ると、画像データは全て削除されていた。ホールドボタンを押すと、味気ない待受画面に戻る。
「気が済んだか?」
 用のなくなった携帯をテーブルの上に転がす。が、伊井森は苦い顔を向けた。
「そうやって簡単に手渡すって事は、コピーがあるって事でしょ」
「ああ」
 隠す事はしない。だが、伊井森はまだ御城が俺に脅されていると思っているらしい。まあ、どう思うかは御城次第ではあるけどな。
「じゃあ、どうすればいいの。静香とおんなじ事でもアンタにしてあげればいいの?」
 見下すような目で、俺の方を見る。が、虚勢を張っている事ぐらいわかる。
「へえ。伊井森ってそういう事出来る奴だったんだ」
 はは、と笑みを浮かべる。その反応が予想外だったのか、伊井森は視線を逸らせてしまう。
「でき、ないけど。氷原がそうしろって言うんだったら、やるしかないじゃない」
 へえ、と声を上げる。それは感心からではない。俺は別にそんな事をしろとは一言も言っていない。そう言う事を仄めかしたつもりも無い。強引な解釈になるかもしれないが、伊井森自身がそれを何処かで望んでいるのかもしれない、な。
「そうか。俺は別にそんな事頼むつもりは無かったんだけどな」
 思考に遅れて、言葉を発する。確かに、切り札はこちらにある。が、伊井森の思っている『俺の切り札』が、本当に俺の手札になるとは俺には思えないんだがね。
「へえ、じゃあどんな事考えてたのよ。どうせロクでもない事でしょ」
「…………ふん」
 俺は、鼻を鳴らす。俺の事をどう思おうが勝手だが、こいつは立場を理解してるのかね。
「伊井森。俺をあまり怒らせない方がいいんじゃないのか? それはオマエにとってプラスにならないだろうが」
「……ご親切にどうも。でもね、私はアンタに媚び諂う気は無いのよ」
 それは『虚勢でも張らないと対峙できない』と言う事だとも解釈できる。媚びる気は無いにしても、態度に尊大さが足りなさ過ぎる。どう見ても、弱虫が虚勢を張っているようにしか映らない。
「ああ、そうかよ」
 コイツのこの虚勢を砕くのも悪くは無い。だが、それにはまだ早い。
 時計を見ると、四時五十分。もうそろそろ来賓のご到着か。そう思った所で、玄関のドアが開く音がした。
「何? 家族?」
「生憎そんな奴はいないね」
 俺の事を悪魔と呼ぶのなら、その辺の事は知っているはずだが。足音が近づいて来て、その主が姿を現す。その相手を見て、伊井森は目を見開いた。
「し、しず……か?」
 私服に着替えた御城静香が立っていた。手には、紙袋を持っている。俺はそれを見て、にやりと口をゆがめた。
「――静香。言ったものは持ってきたか?」
「はい、ここに」
 答えて、紙袋の中身が取り出される。紺色の、折り畳まれた布。アレが何かわかるのは、電話でそれを指定した俺と、近くで聞いていたアイ。そして、当の御城だけだろう。
「じゃあ、着替えて来い。伊井森には見られないようにな」
 俺は、視線を伊井森に戻した。さて、御城はなんて言うかな?
「はい――――ご主人様」
 予想通りだった。しかし、俺はこの家以外で呼ぶなと言っただけで、この家の中で呼べとは言っていない――と言うのは、理屈にはならない、か。
「――――っ、え?」
 伊井森は目を瞬かせて、歩き去る御城の背を見送った。
「な、ご主、ご主人様?」
 状況も忘れて伊井森は慌てている。が、しばらくするとこっちを睨み付けて、テーブルを叩いた。
「あ、あんた、なに考えて、じゃない、何したのよ!」
 顔を真っ赤にしてテーブルから身を乗り出す伊井森。その紅潮が怒りからか恥ずかしさからかはわからないが、恐らく両方だろう。
「何をした、って? オマエはもう見てるだろ。それとも何か。事細かに説明して欲しいのか?」
 俺がそう言うと、伊井森は僅かに身を引いた。別に威圧したつもりはないが。
「そ、そんな事、して欲しいわけないじゃない……」
 想像してしまったのか、伊井森は目を背ける。が、都合がいいのか悪いのか、丁度静香が戻ってくる。
「あの……お待たせしました」
 俺は、声の方に視線を向けて、笑いを浮かべる。伊井森も弾かれたように顔を戻し、そして、再び硬直した。
「あ、あの、変ですか?」
 無理もない。静香が着ているのは――――メイド服。濃紺のロングのワンピースと白のエプロン。ご丁寧にカチューシャまでセットになっている。

『静香。オマエの家のメイド服を持って俺の家に来――――いや。来る、来ないはオマエの勝手だ。時間はそうだな――――五時だ。
――――ああ。じゃあ五時にな』

 俺がした電話の内容はそれだけだ。だが、静香はこうしてやってきている。それは紛れも無い静香の意思だ。
「あ、あ、し、静香、貴女一体何やって……」
 伊井森は錯乱状態に近いが、俺は無視して静香を招き寄せる。
「伊井森はどうか知らないが、俺は良く似合っていると思うぞ」
 俺がそう言ってやると、静香は困惑した顔をしながら頬を赤らめた。どう解釈されようと勝手だが、実際似合わないとは思わない。静香の洗練された立ち居振る舞いを、メイド服が凛としたものに変えている。このまま屋敷に立っていても、誰も息女だとは思わないだろう。
「……アイ」
 俺は思い出したようにアイに話しかける。付かず離れずそこにいるのはわかっているが、離れられないのはメリットが少ない気もする。
「……なんですか」
 声には僅かだが怒気が含まれている。まあ、ほったらかしにしておいたのは間違いないが、どうにも精神的に幼すぎる気がする。俺は、そんな感慨をひとまず放っておいて、目線で伊井森を示す。
「はいはい」
 嫌そうに答えて、アイは伊井森の所へと歩いていく。姿が見えているのかどうかは解らないが、俺も立ち上がる。
「――――っ!」
 弾かれたように伊井森も立ち上がろうとするが、アイがそれを押し留めてしまう。浮きかけた身体は、ボスンと音を立ててソファーに納まる。
「……動くな」
 腕を掴んで命令すると、瞳が揺らぐ。手を離して伊井森を解放してやるが、身じろぎをするだけで身体が大きく動く事はない。
「っ、何で、動かないのよ」
 伊井森は歯を食いしばって身体を動かそうとするが、ゆらゆらともどかしそうに身じろぐだけで、身体は大きく反応しない。
「……催眠術みたいなものらしいぞ」
 伊井森の胸元に手を伸ばして、ブレザーのボタンを外していく。別に焦らしたりする意図は無く、ただ脱がせるだけなので俺の手の動きは速い。
「ちょっと、やめなさいよ」
 反抗するのは声だけで、身体は動かない。俺は声すら聞こえないフリをして、ブラウスのボタンも全て外してしまう。前を開ききると、その下にはブラに包まれた、同年代からすれば少々控えめな胸が覗いた。
「発育が足りないな、伊井森」
 まあ、静香の胸が標準以上なのだろうとは思うが、俺はあえて落胆したような表情を浮かべる。
「わ、悪かったわね」
 伊井森は視線を逸らせてしまう。状況から考えれば怒る所だろうとは思うんだが。自覚があるのか、恥ずかしいのか。どうでも良くなって、ブラをずり上げる。
「あ、う」
 言葉にならないうめき声を上げて、伊井森は顔を更に赤くする。俺は伊井森の両腕を動かして頭の後ろで組ませてやる。次いで、腰を覆うスカートの中に手を突っ込んで、ショーツをずり下ろす。
「抵抗しないのか?」
 顔を覗き込んで言ってやると、伊井森は疲れたように視線を外す。
「どうせ出来ないし、無駄でしょ。好きにしてよ」
「そのつもりだが。顔真っ赤にして言ってもカッコよくはないぞ」
 伊井森は苦しげな声を上げたが、お言葉に甘えて、行為を続ける。股を隠す物のなくなった足を持ち上げて、開かせてやる。そのまま足をガラステーブルに乗せて開脚の姿勢にしてやると、スカートがずり落ちて伊井森の秘所が丸見えになる。
「……やっといて言うのもなんだが、いい格好だな」
 テーブルに腰を下ろして、伊井森を観察する。半脱ぎの格好だが、まあ、悪くない身体だとは思う。なにかしら運動をしている人間の持つ、引き締まった身体とでも言うのか。
「ん、ふう」
 現実から目を背けるように、伊井森は目を閉じて細い息を繰り返している。俺はおもむろに右手を上げて、人差し指と中指をその口に突っ込んでやった。
「ん、んぶっ!」
 目が見開かれ、舌が指に絡む。俺は指で舌を押さえつけるようにして、口の中を蹂躙していく。
 呼吸を押し留める形になっているために涙目になってはいるが、噛み付くような事は無い。十分に唾液が絡んだ所で、俺は指を抜いてやる。
「は、はあ、は」
 満足に呼吸が出来なかったのか、伊井森は息を荒げる。俺はそのまま、濡れた指を伊井森の足の間に持っていく。羞恥で濡れるほどではないのかそこは乾いていたが、俺は伊井森の唾液を塗りつけて湿らせていく。
「ん、はあ、んん、そこは」
 自分で触れた事がある所為か、伊井森は体を捻って逃げようとする。が、その動きは抑制されてしまい、微かに震える程度になってしまう。俺は遠慮なく、伊井森の秘所を弄り続ける。
「こっちも触ってやるよ」
 左手を伊井森の胸に伸ばして、円を描くように撫で上げてやる。先端を手のひらで押しつぶしながら、時折指を動かして握るようにしてやる。弾力は静香より伊井森のほうが上のようだ。
「ふあ、ん、あん」
 伊井森は鼻にかかったような声を上げる。俺はそれを聞くと、手を離してしまった。
「え、あ、なんで?」
 僅かに焦点の揺らいだ瞳で、伊井森は俺のほうを見つめる。が、俺はそんな視線を無視してテーブルを乗り越え、元居た位置――伊井森の対面に座りなおす。
「アイ、伊井森を好きにしていいぞ。――――ああ、イかせるのだけは禁止する」
 伊井森の後ろに立っていたアイに命令する。御城の時もそんな役回りだったが、まあ、一応契約では俺が上になっているしな。
「私は召使じゃないです」
 と言いつつも、アイは手を伸ばす。なんだかんだで、言う事を聞いた後の何かに期待しているのだろう。俺はさっきまで伊井森の秘所に這わせていた右手を開閉した。別に何があるわけでもないが。俺は顔を斜め上へと動かし、静香を視界に入れる。
「静香」
 突っ立って呆然と俺たちの行為を眺めていた静香は、それでも隙を見せずに俺の元に歩み寄る。俺はそんな静香の手を掴んで、引き倒した。
「ひゃ!」
 驚いた声を上げて、静香は俺の胸の中に納まる。目の前でフリルの付いたカチューシャがゆらゆらと揺れている。俺は腰を浮かせて、ズボンとトランクスを脱ぐ。ずり落ちて跪く格好になった静香の目の前に、俺のモノが差し出される形になった。
「銜えれば……いいんですか?」
 頬を上気させて、静香は上目遣いに俺を見上げてくる。言葉を待たずに近づこうとした静香の頭を押し留める。
「いや、胸でしてくれないか?」
 俺がそう言うと、静香は不思議そうに俺を見上げた。意味が解っていないのだろう。まあ、銜える事すら知らない少女が、胸でする事を知っている筈は無いか。
 俺は静香の首元に手を持っていって、上から一つずつボタンを外していく。後ろ開きではこうは行かないが、まさか静香の父親がこんな事をするために服を決めたわけではないだろう。
 ある程度外し終えて、俺は胸元の布地を左右に開く。すると、静香の大き目の胸が、隠されずに零れ出る。俺は一瞬呆けて、苦笑を浮かべてしまう。
「おいおい、下着つけてないのか?」
「あ、あの。はい。城崎さんが、こうした方が男の人は喜ぶ、って」
 胸の上で手を組んで、静香は言いにくそうに呟く。シロサキというメイドから服を借りたのかは知らないが、そういう事を口にする人間がいる以上、静香の家という場所を邪推してしまう。
「ああ、まあ、悪くは無いな」
 静香の胸の先端で立ち上がっている突起を軽く摘み上げてやると、静香は目を硬く押し瞑った。
「や、めて。静香にそんな事、させないで」
 アイに触られながらもこちらの様子を眺めていた伊井森が、そんな事を呟く。
「別に、無理矢理やらさせちゃいないんだがな」
 俺は伊井森を一瞥だけして、静香に視線を戻す。そこには、潤んだ目で俺を見上げる顔があった。
「だって、そんな事、静香がしたがるはず――――」
「私はしたいですよ、伊井森さん」
 伊井森の言葉を遮って、静香はハッキリとそう告げた。言われた伊井森はおろか、俺ですらしばし呆然となる。が、いち早く言葉の意味を理解した俺の口元に笑みが浮かぶ。
「は、はははは、『伊井森さん』、か!」
 笑ってしまう。確かに伊井森は静香を友人だと思っていたのかもしれない。だが、伊井森さんという呼び方が本気なら、静香は伊井森をただのクラスメイトぐらいにしか思っていない事になる。
「え、そんな、嘘……何で?」
 言葉の意味が理解出来ず、伊井森自身も意味の無い言葉を並べる。裏切られたとまでは言わないが、衝撃的ではあるだろうな。
「ご主人様だけが私を救ってくれましたから」
 毅然とした声で、静香はそう言い放つ。その言葉に偽りは無いと証明するように、静香は俺のモノを口に含む。
「ん、ちゅ」
 鳥が啄ばむように軽く銜えてから吐き出し、竿の部分を舌で舐めあげてくる。こうするのは二度目のはずだが、心境が違う所為なのか熱の入り方が違う。
「っ、く」
 情けない声を上げそうになるが、奥歯を噛んで堪える。俺が頭に手を置いてやると、ゆっくりと顔が離れていった。
「えと、胸で……どうすればいいんですか?」
「……ああ、胸で挟むんだ」
 俺がそう答えると、静香は身体を持ち上げて俺のモノを胸で包み込む。秘所とも口とも違う、柔らかく覆うような、そんな感触がする。
「動かせば、いいんですか?」
 俺が答えるよりも先に、静香は胸を上下させていた。唾液で濡れていたモノを挟んだ静香の胸は、滑るように動いて刺激してくる。唾液と、きめ細かい肌の感触が、なかなか心地いい。
「あは、なんか、私も変な気分になっちゃいます……」
 頬を紅潮させて、静香はそんな事を呟いた。無意識にか上目遣いで見上げてくる。
「ああ、俺も気持ちいいぞ静香」
 上半身だけ動かすのは難しいのか、それほど動きは早くない。だからと言ってもどかしい程でもなく、緩やかに快感を送ってくる。静香の唾液と先走りが混じって、にちゃにちゃと小さな音を立てる。
 正直悪くは無い。が、伊井森にはもっとマトモなものを見せてやらないとな。
「静香、立ち上がってスカートを捲れ」
「え……気持ちよくなかったんですか?」
 俺の言葉に、静香は困惑した顔を見せる。だが、別にそんな事は無い。
「いや。こんな事じゃあ動揺しないみたいだからな。伊井森さんに、ちゃんと教えてやらないと。静香がどういう人間なのか」
 俺は、静香の向こうにいる伊井森に目を向ける。きつく歯を噛んで顔を背けてはいるが、眼だけは時折こちらを観察するように動いている。
 静香はそちらに眼もくれずに立ち上がって、スカートを捲り上げた。上と同様、ショーツも穿いていないが、伊井森からは見えないだろう。
 伊井森の心を壊すには、壊れた静香を軽く見せれば十分だと思っていた。だがどうやら、それだけでは不十分らしい。
――――まあ、静香が望んだ……
 そこまで考えて、宙に視線を泳がせる。身体の前には、立ち上がってスカートを捲った状態で静止する静香の姿がある。
 普通に考えて、写真が俺の手元にない事を説明していない以上、静香が無理矢理やらされていると、伊井森が逃げ道を作ってもおかしくない、か。
「静香。昨日撮った写真は伊井森が全部捨てちまったぞ」
 何もしていないことをアピールするために、俺は両手を広げる。静香の身体で俺は見えないとは言え、その両側から突き出した腕は見えるだろう。
「だから、無理にこんな事はしなくてもいいんだぞ?」
 伊井森の言葉を代弁するように、俺は静香に告げる。まあ、口元には笑いしか浮かんでいないんだが、な。
「そう、よ、静香。そんな事、しないで」
 切れそうになる意識を保ちながら、伊井森も俺の言葉を補助する。コピーがあると知ってはいるはずだが、それは自分がどうにかするって事だろう。
 だが、コイツもホント自分に都合のいい解釈しか出来ないんだな。
「……え? 消えちゃったんですか? せっかくの初めての記念だったのに」
 律儀にスカートを捲ったままで、静香はそんな事を言った。伊井森からは見えないが、その顔に浮かんでいるのは悲哀の感情だ。決して安堵ではない。
「――――――――え? え?」
 伊井森は悲鳴に近い声を上げる。自分の想像と静香の言動が一致していなかったからだろう。少なくとも、俺からは離れると思ったに違いない。
「いい加減に、オマエの尺度で物事をはかるのはヤメにしたらどうだ」
 俺は静香の腕を掴んで、後ろから抱きかかえる格好にする。伊井森からは包み隠されず胸と秘所が見えているはずだ。
「私の尺度、って」
 俺は手を振って、アイに伊井森の身体を触るのをやめさせる。長い間焦らされ続けた所為で、ブラウスは肌に張り付いているし、革張りのソファーにはキラキラと光る液体が伝っている。
「静香はな。俺に『自分を壊してくれ』って言ったんだ」
 単純な事実を提示してやる。それは俺が言わせたわけではない。あの寒い屋上で、何の介入もしていない静香自身が口にした言葉だ。
「う、そ。なんなのよ、それ」
 命令もしていないのに、伊井森の瞳はゆらゆらと揺れている。伊井森の中の静香の像は、確実に砕け始めている。
「まあどういう意味だったのかは解らなかったが。本人が満足してるみたいだから別にいいんじゃないのか?」
 ワンピースのスカートの後ろ布を引っ張ってやると、静香は身体を浮かせた。そのまま俺の太股にかかっていた布を抜き去って、露出した秘所に静香の尻に当たっていた剥き出しのままのモノを、静香の秘穴に挿し込む。
「ふあああん」
 静香は嬌声を上げて瞳を瞑る。腰に当てていた手を胸に持っていき、捏ね回しながら押し上げてやる。ずるっ、とモノが抜けそうになった所で手を離すと、ずん、と静香の奥まで俺のモノが入り込む。
「あうっ!」
 あふれ出た静香の愛液が飛び散って、床を汚していくが、構わず出し入れを繰り返す。
「あふ、はう、ご主人さま、気持ちいいです」
 快感に体を揺らして、静香は嬌声を上げる。ためしに手を離してみると、静香の腰は勝手に動いていた。繋がった部分が、ぐちゃぐちゃと音を上げる。
「なんだ、昨日処女じゃなくなったばっかりなのに、もうそんなに感じてるのか」
 止まらない静香の身体を抱きとめて、一度全部モノを埋めてやる。そのまま抱き留めていると、静香はふるふると身体を揺らしだす。
「ああ、だって、ご主人様にしてもらうのは気持ちいいですから……」
 身体を動かそうとしても、俺が抱きすくめているために動く事が出来ない。もどかしげに腰を揺らしながら、静香は荒い息を繰り返している。
「伊井森、コイツは御城静香だよな?」
 同じ様に荒い息をしている伊井森に視線を向ける。
「……そうよ。当たり前じゃない」
 言葉自体は肯定を表していたが、その返答までは間があった。俺は、そんな伊井森の調子に溜息を吐く。ここまでくると、優しさではなくイメージの押し付けだ。まあ、それは押し付けられる側にしか解らないがな。
 俺は、伊井森に向けていた意識を静香の方に戻す。静香は、俺に抱きかかえられながら、まだゆるゆると身体を揺らしていた。
「ご主人様……動いてください、このままじゃ切ないです………」
 俺の腕に自分の手を重ねて、外そうとしている。望み通りに手を外してやると、静香は自分で腰を上下させ始めた。
「あふ、ふ、あん、ああ」
 思い通りに、かつ激しく身体を揺らしながら、静香は嬌声を上げる。俺はまた静香の胸を掴んで、捏ね回してやる。柔らかい双丘は、俺の愛撫で形を変え続ける。
「あん、ダメです、そんな事されたら、私の方が先に……」
 俺の手に自分の手を重ねて、動きを止めようとする。俺は手を外して、静香の腹を抱いて、動きを助けてやる事にした。
「あう、あん、んあ」
 突き入れる度に、静香は息を吐き出す。静香の中も俺を締め付けてきて、気を抜けば吐き出しそうになる。
「っ、く」
 歯を噛んで腰を振る。静香の尻と、俺の下腹部がぶつかり合って、叩くような音が響いた。
「あう、あ、ご主人さまっ! もうダメですっ!」
 背を仰け反らせて、静香は痙攣を始める。俺は結合部に手を這わせて、その上にある肉芽を撫で上げてやった。
「ひゃううう!」
 悲鳴に近い嬌声を上げて達した静香の膣に、俺も白濁をぶちまけてやった。しばらくそのまま繋がっていると、霞がかった思考も晴れ始める。そして、晴れ始めた思考がふと一つの事に集約される。
「しまった、避妊とか考えてなかった」
 すっぽりと頭から抜け落ちていた。だからと言って今更慌ててもどうしようもないために俺は落ち着いていたが、向かいの相手には核爆弾並みの衝撃があったようだ。
「っ、ちょ、ひに、って、妊し、え? え?」
 今までとはベクトルの違う方向の言葉に、伊井森は口を金魚のようにパクパクさせるだけで、意味のある言葉を吐けないでいる。
 出来ようがどうでもいい、と言うつもりは無い。が、この歳で子供ってのもな、と俺は考えて、視線を静香に振った。
 当人が俺たちの心象をどう思っているのかは解らないが、静香はそっと自分の腹に手を置いた。
「氷原さんの、子供……」
 ご主人様とは呼ばずに、静香は普段俺を呼ぶ時の呼称で言葉を発する。その声には、どこか陶酔したような響きがあった。まあ、こういう事を頼む人間だ。少なからず好意はあったと言う事だろうな。
「まあ、本人がそれでいいなら――――いや、静香。拒否ははっきりと口にしろよ」
 これで懐かれても困る。『壊す』の意図は、『自分の足で立てるようにする』と言う事だった。まあ、今更ではあるが。
「殺しちゃうのはダメですから」
 そう、はっきりと静香は自分の意思を口にした。俺は思わず、静香の背に顔を隠した。
「――――そう、だな」
 俺は何とかそれだけ吐き出す。無意識の言葉は、簡単に人の心を揺らがせる。
 静香の中から自分のモノを引きずり出して、俺はズボンを履きなおす。そのままテーブルを越えて、天板の上に腰を下ろした。
「さて、で、コイツはどうするかな」
 手を頭の後ろに回して、足を広げながら愛液を垂れ流す、と言う器用なことをやっている伊井森の顔を眺める。放置された所為で顔は上気していて、瞳も潤みきっている。
 正直、俺のする行為は逆恨みに近いのかもしれないな、なんて、揺らいだ心に一瞬浮かんだ。が、まあ。災厄に近づいたのは自業自得ではある、か。
「正直な所な、伊井森。俺がどうして機嫌が悪いのかって言うと」
 俺は人差し指を伸ばして、だらだらと蜜を零す伊井森の穴の、その下の窄まりに突っ込んでやった。
「あうっ!」
 悲鳴を無視して、指を少しずつ前後させる。既に刺激なら何でも良くなっていたのか、伊井森は荒い息を吐き始めた。
「俺がいいモノじゃないって事を知ってて、ズカズカと近づいてくる馬鹿がいる所為だ」
 悪魔だの死神だの。そうやって人を悪い物呼ばわりするなら、近づかないのが普通なはずなんだがな。少なくとも、俺なら望んで不幸にはなりたくない。
「今の俺は、無条件で人に命令を押し付けられる。だから、こんなのはどうだろうな」
 指を抜いて、眉間に触れそうな所で揺らしてみる。伊井森は、焦点の合わない瞳で指先を追っている。
「俺を嫌いにさせる。近づくだけで体調が崩れるぐらい、徹底的に」
 そう、自分という世界を守るためなら、それだけで十分だった。そうして人を遠ざけていけば、そこには俺の望む空間が出来るはずだ。実際、悪魔だと知っていても近づかなくちゃならないなら、近づけないようにしてやる。が、伊井森は俺のそんな言葉を聴くと、泣きそうな顔になった。
「いや、やだ、それはダメ」
 首を振ろうとするが、相変わらず体が動かない所為で痙攣するような動きになる。が、俺としてはその動きも、言葉も、全て単一の意味を表している事に溜息を吐いてしまう。
「もうちょっと考えて言葉を発しろよ」
 それじゃあただの告白にしかならないだろ、とは言わない。が、伊井森はその事に気づいたらしく、ピタリと全ての動きを止める。開かれたままの脚に手を当て、動いてもいい、と言うと、伊井森はそのままソファーに崩れ落ちた。長時間無理な姿勢でいた所為か、倒れこんだまま動こうとしない。それでも、顔だけはしっかりとこっちを見据えている。
「それとも何か。同情でもしてるつもりか?」
 まあ。家族構成だけ見てみれば、俺は幸薄いガキだ。あくまで表面上を見れば、だが。
 とは言え、あの学園にいる人間なら、その家族構成についてどう思っているかは知れている。その中に一人や二人、変な考えを持つ人間がいてもおかしくはない、か。
「悪いが。別に俺は何も感じちゃいない」
 ふん、と鼻を鳴らすと、伊井森の顔は苦しげな表情になった。その瞳に何が映っているのかは知らない。まあ、表情の無い俺の顔だろうけどな。そう思っていると、伊井森は首を振った。
「だったら……何でそんな辛そうな顔するのよ」
 伊井森は、苦しげに吐き出すようにそんな言葉を漏らす。一瞬、理解が遅れた。
「辛そう? …………はは」
 鸚鵡返しに言葉を返して顔に触れると、笑いがこぼれた。辛そうってなんだ。別に俺は感情の上下なんて感じちゃいないぞ。
「辛い、ねえ。そんなぐらいで辛くなるなら、こんな事は出来そうにないよなあ」
 伊井森の胸の先端を捻り潰してやる。伊井森は一瞬苦痛の表情を浮かべたが、それでも視線を俺に戻す。
「辛そうだった。初めて見た時から、ずっと。今でも」
 伊井森は痛々しげな瞳を俺に向け続ける。
 俺は無言で立ち上がると、伊井森の肩を足で踏み潰していた。表情を歪めて苦痛の声を漏らす伊井森を俺は睥睨する。
「……オマエの考えを俺に押し付けるな。俺は、オマエが思ってるような、孤独で泣き叫ぶガキじゃない」
 意識しなくても低い声が出る。恫喝するつもりは無かった。が、伊井森は何故か表情を緩ませる。
「ホントの事言われるとね、人は怒るのよ」
 つまらない台詞だ。然るべき状況で言えば格好も付くのだろうが、今の伊井森の状態では三文小説の主人公にも劣る。
「ああ、そうかよ」
 確かに、俺は怒っている。だがそれは本音がどうとかそういうもんじゃない。
 人を勝手に自分の中で決め付けるのは別にいいさ。特殊な行為じゃない。それは人が人に持つ当たり前の『印象』というものだ。だが、コイツのはそれをはるかに越えている。
 外から眺めるだけならいい。だが、コイツは土足で人の内側まで踏み込んで、それを押し付けてくる。
「――――由紀、そんなに俺が好きかよ」
 名前を呼び捨てにすると、伊井森――由紀は顔を染めて目を逸らした。
「答えろ」
 踏みつけたままの足を離し、中途半端に残った制服を掴んで、ソファーに由紀の身体を叩きつける。俺の態度に怯えたように眦に涙が浮かぶ。俺は無言で威圧し続けてやる。答えをまだ貰っちゃいない。
「好き、よ。ダメなの?」
 アイや静香は、これを悲痛だと受け取るんだろうか。だが、俺の口から漏れたのは、引き攣ったような笑いだった。
「ああ、いいぜ。好きなままでも。いや、もっと好きになっていいぞ」
 え、と由紀は目を見開く。嬉しそうな顔に変わっていく、が。俺の話はまだ終わっちゃいない。
「けどな。俺はオマエを好きになってはやらない。真っ当に扱ってやる気も無い。だが、それでもオマエは俺を嫌いになれない」
 数秒呆然として、由紀はガタガタと身体を震わせ始める。何処に反応したのかはわからないが、まあ、そんなにいい話ではないだろう。
「いや、やだ、そんなの!」
 由紀は逃げようとする、が、俺はその腕を掴んで、握り潰れそうなぐらい圧迫する。
「俺の心が理解できなくなるよりマシだろ? 好きか嫌いか眠れなくなるまで悩んで、おかしくなるよりはずっといいと思うぞ」
「でも、それでも、ヤダ、そんなのは」
 由紀は懸命に俺の腕を振り解こうとする。脚が暴れて、俺の足を蹴った。が、俺はそれでも手を離す事は無い。
「言ったよな、由紀。俺を怒らせるな、って。第一。オマエに拒否権なんてあるのか?」
 俺は、机に放り投げられたままだった携帯のサブ液晶を指で小突く。カツン、カツンとプラスチックを叩くような音がするだけだが、意図は伝わっただろう。
「………うっ、う」
 抵抗をやめた由紀は、そのまま涙を流し始める。俺はそんな由紀の顎に指を当てて、顔を持ち上げてやる。涙で歪んだ瞳が、まっすぐ俺の顔を捉える。
「由紀。俺はオマエを好きになる気は無いが、それが永久に続く保証も無い。人の心ぐらい、変わりやすいものは無いからな」
 それは、由紀にとっての逃げ道。仮定による希望。言った俺でさえそれが有るとも無いとも言い切れない。サイコロを振って八が出るような確率とは違うしな。まあ、○×の確立か、天文学の確立かもわからないが。
「………どうせ、拒否権は無いんでしょ」
 しばらく押し黙った後、由紀はそれだけを言葉にした。が、その表情からは少しだけ、沈痛なものが抜けている気もする。
「拒否権は無いが、オマエがそう望まないと意味が無いだろ?」
 笑いでも浮かべてやろうと思ったが、上手く浮かばなかった。顔の筋肉が動いた様子も無く、自分でも冷たい感じになったと思ってしまう。がまあ、どうでもいい。俺は顎に当てていた手を胸の中心へと下ろしていく。
「じゃあ、最後に。私が私じゃなくなる前に教えて」
 由紀は、目線を逸らして呟く。俺は言葉を出すのを止めて、先を促す。
「何がいけなかったの? あんな風に呼んだ事?」
 苦しげな瞳が、俺の顔に向けられる。目をさらせずに、俺は僅かに焦点をぼやけさせる。

『何がいけなかったの? あんな風に呼んだ事?』

 言葉を反芻する。
 あんな風に、と言うのは、屋上で俺の事を呼んだ時の事だろう。だが、そう呼ばれる元凶は俺にある。しかし、呼んだのは由紀自身。そういう、責任の押し付けのような、迷宮に入り込む問題だ。だから、俺は無表情のまま鼻を鳴らした。
「………知らねえよ」
 それだけ言ってやると、由紀は悲しそうに、そう、と答えて目を伏せた。

 気が抜けたのか、由紀はぐったりとソファーに身を沈めている。目は虚ろで、服は脱ぎかけ。状況がわからなければ、それなりに問題のある光景だろう。俺は、由紀の頬を軽くはたいてやる。
「おい」
 呼びかけてやると、瞳に光が戻ってくる。その瞳が俺を捉え、頬が赤く染まっていく。単純に命令しただけだが、一体どんな心境になってるんだろうな。
 しかし……私が私じゃなくなる前に、とか言っていたが。別に自分自身じゃなくなるわけじゃないだろうに。心境が違えば人が変わると言うのなら、人間は常に自分で無くなっている事になる。
「由紀。ソファーに手を突いて、尻をこっちに向けろ」
 俺がそう言うと、由紀は小さく息をしながら言われたとおりにした。俺はズボンからモノを取り出し、倒れこむように由紀のヴァギナへと突っ込む。
「あああ!」
 歓喜か苦痛かは解らないが、由紀は悲鳴をあげた。潤いきった穴は、入り込んだ体積分だけ水気を吐き出す。確かにキツいが、動かせないほどでもない。冷静に考えてみると、由紀はまだ一度も達していないはずだ。
 俺は、動きをゆっくりとしたものに変える。ゆらゆらと、撫でているような速度で腰を前後させる。
「ん、う、うう」
 由紀は、呻く様に声を上げるが、それ以上は口にしない。俺に嫌われると困ると考えて何も言えなくなっているのかもしれない。
「由紀、どうして欲しい?」
 耳元に口を近づけて、名前を呼んでやると、ピクリと体が震えた。試しにもう一度名前を呼んでやると、感極まったような吐息が吐き出る。
「動いて……もっと私で気持ちよくなって………」
 言いながら、由紀は腰を揺らす。どう考えてもそれは自分が達するための行為にしか思えないのだが、言葉はそれを示していなかった。
「由紀、俺だけがイけばいいのか?」
 胸に手を伸ばして、軽く撫でる。指が硬くなった先端を掠り、由紀は身を捩じらせる。
「あ、あう、い、一緒に。一緒にイって!」
 余裕が無いのか、由紀は身を振るわせ続ける。俺は両胸の先端を摘んで、思い切り潰してやる。
「ひうっ! ご、御免なさい、許してっ!」
 泣き叫ぶ由紀の胸から手を離してやると、由紀はぼさりとソファーに倒れ込んだ。身体が離れてずるりと抜けたモノが、外気にさらされる。
「由紀。俺は別に咎めたつもりは無いぞ」
 そう言ってやると、由紀は安心したように息を吐き出した。俺は、そんな由紀に後ろから手を回して抱き起こし、ソファーに腰を下ろす。
「自分で入れろ」
 言われたとおりに腰を持ち上げ、由紀は自分のヴァギナに俺のモノを入れようとする。が、上手く入らないらしく、先端が肌を滑る感覚だけが届いてくる。
「自分の指で開いてみたらどうだ?」
 俺がそう言ってやると、おずおずと由紀は自分の秘所に手を這わせ、人差し指と中指でそこを開く。俺のモノに手を添えて、ゆっくりと下ろしていくと、今度はしっかりと中に埋没していった。
「う、く」
 異物の侵入感に、由紀は声を上げる。俺はそんな由紀の肩に手を置いて、思い切り力を込めた。
「う、っああああ!」
 突き刺さるように、俺のモノが由紀の膣を貫く。倒れこむ身体を支え、自分にもたれかからせてやると、由紀はゆっくりと身体を上下させ始める。
 動きにくいのか、焦らされているとも思える動きだった。俺は由紀の脇に手を差し入れ、押し上げてやる。
「………あっ」
 ずる、と俺のモノが由紀の中から抜け出る。名残惜しそうにそれを眺めている由紀を一八〇度回転させて、こっち向きにしてやる。正面から抱きしめ、膣口にモノの先端を当てる。
「由紀、深呼吸しろ」
 耳元で言うと、由紀は言われたとおり深呼吸を始める。
 吸って。吐いて。一度目。二度目、吸って、吐いた所で、身体を支えていた手を外してしまった。
「はあ、ああああん!」
 吐き出して緩んでいた身体を俺のモノが貫く。仰け反る体を抱きとめて、腕の力で滅茶苦茶に上下させてやる。
「うああ、ああっ、あうっ!」
 俺の腕力の助けを借りて、由紀も身体を揺らす。愛液を流し続ける結合部が、ぐちゃぐちゃと音を立てるほど泡立つ。
 由紀の余裕など考えず、俺は自分が達するためだけに由紀の身体を動かす。
「あ、かは、あ、あ、は」
 苦しそうな呼吸を無視して、俺は腰も動かし始める。由紀の手が俺の背に回って、制服を掴む。
「だ、もう、ダメ、おかしくなっちゃ、ああっ!」
 由紀の腕に力が入り、密着感が増す。柔らかい胸が俺の胸板で押しつぶされ、シャツを通して硬くなった先端が当たっているのがわかった。
「ああ、由紀、中にぶちまけてやる」
 ぐちゃぐちゃに濡らしていたとは言え、由紀は一応処女だった。その締め付けに、俺も達しそうになる。
「ああ、頂戴、氷原の、欲しいのっ!」
 最後の瞬間、俺は思い切り由紀の奥まで抉るように、由紀を抱く手に力を入れた。
「あ、っああああああああああ!」
 長い絶叫を上げて、由紀も達する。ビクビクと身体を痙攣させながらも、しっかりと俺に掴まっている。ひゅーひゅーと酸欠になったような息を繰り返しているが、まあ、死にはしないだろう。
 俺は硬さを失ったものを抜き出し、由紀の身体をテーブルに寝かせた。まだ微かに痙攣してはいるが、意識が無いのか目は閉じられたままで微動だにしない。
 ソファーに背を預けて天井を仰ぐと、アイの顔が覗きこんできた。が、正直既に相手をする余裕も無く、俺は瞳を閉じた。
 とりあえず耳には、ぶー、とアイが不満を垂れる声が聞こえたが、無視する事にした。

 小一時時間ほどうつらうつらとしていたようだが、目を開くと状況は特に変わっていなかった。相変わらず由紀は机の上で伸びているし、静香はメイド服を着ている、と言っても、うたた寝しているようだが。
 アイもなんだかんだで、俺の肩を借りて眠っていた。服装にさえ目を瞑れば、昼の縁側か猫の集会だな、なんて暢気な事を考える。特段低血圧なわけではないが、俺も本来は抜けた人間なのだろう。隙さえ出さなければ、だれでもガチガチの人間になれる。ただそれは隙が無いわけではなく、余裕が無いだけだが。
 アイを押しのけて立ち上がると、僅かに頭痛がした。当の押しのけられた本人は、よくわからないうめき声を上げながら眠ったままだった。
 俺はそのままキッチンの脇まで歩き、風呂のスイッチを入れた。一〇分程度すれば、湯が入るはずだ。外は既に日が落ちている。下手に帰らせるのは上手くないだろう。せめて、日が上ってからの方がいい。俺はそのままの足でキッチンに向かい、グラスに水道水を注いで一気に煽った。高ぶった熱が冷まされると、頭痛が僅かに激しくなった。
「は、は。ははは」
 笑いが漏れた。ぼやけた頭では意図までは掴みきれない。自分の事だと言うのに情けない。流しにコップを置いて、そのままずるずると崩れ落ちる。
「まあ、いい。どうでもいい、だろ?」
 自分自身にそんな言葉を吐いて、俺は頭を振った。

 翌日。
 早朝に静香と由紀を追い出して、何時も通りに家を出た。登校中も、朝の学校でも、二人に会う事は無かった。特に会うような用事も無いのだが、ふと思い立って携帯のフリップを起こす。
『昼休み 屋上』。件名は無題にして、それだけを送りつける。さて、どうなるかな?

 そしてこれも何時も通り。昼食を済ませに、屋上まで来た。
 重い扉を開くと、風が校舎内に吹き込む。風圧を無視して空の下に出ると、誰もいなかった。
「……まあ、どうでもいいんだがな」
 特に落胆もしない。まあ、あれだけでは悪戯だと思えない事も無いだろう。それならそれで問題は無い。と思っていたのだが、呼び出しに応じたようで、ぎい、と重苦しい音を立てて鉄の扉が開いた。
 やってきたのは伊井森由紀。メールを送りつけた相手だ。くるくると辺りを見回して、ここに唯一居る俺の方に近寄ってくる。
「…………」
 どう話しかけようか迷うように、由紀は胸の前で手を握り締めた。俺はせせら笑いそうになるが、無表情になるように努力する。
「何の用だ、伊井森?」
 俺がそう言うと由紀は、ダン、と音を立てて一歩を踏み出す。
「アンタが呼びつけたんでしょっ!」
 怒りを顕にして、由紀は吼える。俺は、そう振舞った由紀を見て笑みを浮かべた。昨日の夜。俺の言葉に応じて、外面を使い分けろと指示したのだ。まあ、色々と面倒が起こらないようにする策だったのだが。
「合格だ、由紀。フェンスに手をついて、尻を上げろ」
 俺が『由紀』と呼んでやると、由紀は目を潤ませて指示通りにした。風がばたばたとスカートを煽る。その中に下着は無く、白い肌だけがあった。俺はその尻に指を這わせる。
「ん……」
「ちゃんと言われた通りにしたんだな」
 下ろされている脚の間に手を這わせると、指先が水気を感じた。俺はそこを重点的に往復させてやる。
「ふあ、うん。氷原の言った通りに」
 由紀が身動ぎする度に、フェンスがカシャカシャと音を上げる。が、そんな音は吹き抜ける風の音で何処にも届きはしない。
「由紀、どうして欲しい?」
 俺は指を離して、由紀の尻に手を乗せた。そのまま動かす事なく返答を待つ。
「い、入れて欲しいの……」
 目だけでこっちを見て、由紀は呟くように言った。
「わかった」
 俺は答えて、指を由紀の尻の穴に突っ込んでやった。それじゃあ、ちょっと解らないよなあ。
「ひぐうっ、ちが、違うの、そうじゃなくてっ!」
 俺は暴れる由紀から指を抜き去ってやる。まあ、どうして欲しいかは解らないでもないが、俺が自発的にやっても意味が無い。
「由紀。オマエが言える中で、一番いやらしい言葉を使って言え」
 ぺし、と尻を叩いてやると、由紀は呻き声を上げた。考え付くラインと、言えるライン。その境界で迷っているんだろう。見ていると、股から垂れている愛液の量が僅かに増えている気がする。自分が言っている姿を想像して恥ずかしくなってしまったのかもしれない。
 しばらく呻き声を発した後、口端が切られた。
「氷原の……大きな、ぺ、ペニスを、私のオマンコにぶち込んで、精液ぶちまけて――――っっっっっっっっ!」
 言ってる途中で羞恥が振り切ったのか、由紀は硬く目を閉じてしまう。まあ、聞いてるこっちも多少恥ずかしい。だが、全部言い切らないとおねだりにはならない。
「何もしなくてもいいって事か?」
 尻から手を離してやると、由紀は拒絶するように勢いよく頭を振った。
「氷原の大きなオチンチンを、私のオマンコの奥までぶち込んで、おかしくなっちゃうくらいかき混ぜて、精液注ぎこんでっ!」
 それはもう絶叫に近かった。下手をすれば、階下まで届いてしまったかもしれない。
 まあ、言っている方は必死なのだろうが、聞いている方としてはなんとも言いがたい。
「あ、あはははは」
 可笑しくて笑っちまう。言葉を知っているとか、必死さとか、そういう由紀の全てが可愛く思えてくるから不思議だ。
「あ、あ」
 それをマイナス方向に感じたのか、由紀は顔を青ざめさせた。が、俺はズボンのファスナーを開けてモノを取り出し、ねだられた通りにぶち込んでやった。
「ふあああああっ!」
 絶叫する由紀の口を思わず塞いでしまう。が、ここに近づく奴は滅多にいない。加えてこの風で、声量はほとんど削ぎ落とされるだろう。俺は、伊井森の口を解放してやる。
「あん、ああ、あうっ」
 由紀が嬌声を上げるたびに、フェンスがガシャガシャと音を立てる。俺は落ちそうになる由紀の腰を掴んで、思い切り腰を叩きつけてやる。
「由紀、俺に犯されてる気分はどうだ?」
「幸せっ、幸せなのっ! だからもっと、もっとっ!」
 由紀の声は慟哭に近い。恋慕を強化してやったからとは言え、これではいつか、後ろから刺されるかもしれない。
――――まあ、それならそれで自業自得、か。
「あう、あ、はん、はあっ。もうダメ、イっちやうよう、氷原っ!」
 言葉と同時に、由紀の膣が俺のモノを締め上げてきた。俺は無理矢理引き抜くように腰を引き、割り込むように腰を押しこむ。
「あう、あぐ、あうっ!」
 イっている所を無理に抉られて、由紀は悲鳴を上げる。昨日も苦しそうだったが、どんな無理をしても由紀は俺を嫌いにならないはずだ。でもまあ、壊れるのは困る。俺は腰の動きを止めてやった。
「はあ、はあ、氷原……」
 身体をぐったりとさせながらも、掴んだ手は離れていない。俺はまた、由紀の尻を軽く叩いてやった。
「由紀、まだぶちまけてないぞ」
「うん、もっと、もっとして……」
 それから俺が中にぶちまけるまでに、由紀は二回絶頂に達した。

 由紀のハンカチでモノをぬぐって、俺は後始末を終えた。由紀は、フェンスにもたれかかるようにして息を荒げている。俺はズボンのポケットから女物の下着、と言うか、朝取り上げておいた由紀の下着を地面に放り捨てた。
「じゃあな、伊井森」
 俺は由紀に背を向けて、手を振った。もうここに用は無い。ここに来るのはまた明日。まあ、動機はまだわからないが。
「なんで…こんな事するのよ……」
 だが、そんな俺の背中に声が届いた。それは、伊井森の言葉だったのか、『伊井森を演じる由紀』の言葉だったのか。どちらとも取れるし、どちらでも大して意味は変わらない。が、前者の意味合いが強い気がした。開きかけた口を閉じて、俺は屋上を後にした。

 どさっ、とリビングのソファーに腰を下ろす。そのまま背もたれに沿って身体を滑らせる。
 ここ数日、目まぐるしすぎた。少しは気を休めるべきだろう。と思ったのだが、視界の端を良くわからないものがよぎった。
 ごそごそ、と音がする。見られている事にすら気づいていないのか、溜息を吐いた所でやっとこっちを向いた。
「何やってるんだ、オマエは」
 制服を脱ごうとしていた手を止めて、アイは腰の前で手を揉み始める。まあ、何がしたいか想像が付かないでもないが。
「えと、まあ、色仕掛け……ですか」
 あはは、と苦しい笑いを浮かべて、アイはソファーに座り込んだ。俺は目を閉じて溜息を吐く。再び目を開くと、アイが所在無さそうにしていた。
「オマエの身体じゃ欲情しないな……」
 へ、と余裕に満ちた笑みを浮かべてやると、アイは唸り声を上げる。そりゃまあ、不服だろうな。
「って言ったらどうするつもりだったんだ」
 が別に冗談でしかないので、表情を元に戻す。そうすると、アイは制服を摘んで揺らす。
「ホントに、魅力無いんですかね」
 涙目になって抗議するが、それはどこか演技臭い。俺は躊躇無くそれを指摘してやる。
「泣き落とそうとしてます、って顔に書いてあるぞ」
 俺は溜息を吐く。アイは、バレましたか、とか呟いて表情を崩した。どうにもやる事為す事、外見と相まって子供じみて見える。
「はあ。アイ、心触切ってちょっとこっち来い」
 人差し指を動かして、アイを招き寄せる。警戒はしているものの、アイは立ち上がって近づいてきた。その腕を掴んで、引っ張り倒す。
「ひゃう」
 悲鳴を上げて、アイは俺の胸の中に納まった。そのまま抱きとめて、呼吸をする。
「あ、あの、祥?」
 ばたばたと暴れるアイの体温を感じる。神様も人肌というのかはわからないが、三七度近い温度は、確実に伝わってくる。
「不満か?」
 開放してやろうとすると、アイはふるふると首を振って顔を俺の胸に埋めた。少女を抱いているような感覚はなく、やはりどこか猫を抱いているような、そんな感じになった。
 しばらくそうしていると、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。こんな所で安心できるのか、と呆れそうになったが、アイはこうして寝ている。
 試しに頭に手を乗せてやると、嬉しそうに微笑んだ。
「…………変な奴」
 人の事は言えないが、そんな感想が漏れた。同時に、そんな感想を持ってしまう自分に溜息を吐く。
 ここ最近の俺は確かにおかしい。いや、アイと出会ってからの、か。アイの存在が俺の中の何かを埋めたのかもしれない。
「何か、ね」
 そんな埋められるようなものがあるとは思えないし、アイに埋められるとも思えない。
 しいて言うなら。こいつがガキっぽかった事か。確かに、付き纏うような奴が居なかったわけでもない。が、それは良くも悪くも好奇心から。そういう奴らと居れば、望んだとは言え、自分が何者か自覚させられる。
 だが、それを知らない奴からすれば、俺はただの単品の人間でしかない。それはそれで、気は楽だっただろう。
 折り合いがつけられていない事なんて自覚している。今更言われるまでもない。『悪魔になる』、ではなく、『悪魔でいい』。そういう考えなら、皺寄せが来て心が歪んでも仕方ないのかも――――
「――――っ」
 ぎち、と拳を握り締める。覚悟が足りない。こんなのじゃダメだ。
 俺は氷原祥である事から逃げられないし、逃げる事は許されない。
 俺はそのまま、無理矢理瞳を閉じた。

< つづく >

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