四神戦隊メイデン・フォース 第1話

第1話 メイデン・フォース

 -闇夜の埋立地。
 ビルの建設現場が立ち並び、昼間は煩いまでに槌音が響くここも、深夜はまるで死んだように、人の気配が全く無くなる場所である。
 だが今そこでは人知れず、妖魔と人類の戦いが繰り広げられていた。

「はぁっ!」
 グシャァッ
「グゲェッ!」
 闇夜に溶けるような漆黒の戦闘コスチュームに身を包んだ女性が、二刀流に構えた小太刀で、果敢に敵陣に斬りこんでは次々と妖魔達を倒してゆく。
 ステップを踏んでは、斬り、ステップを踏んでは斬る。
 時折、雲の切れ間から漏れる月明かりに照らされて浮かび上がるそれは、まるで舞踏のような、美しさを持つものであった。

 その死の舞を踊り続ける彼女の背後からその隙を狙うように、
 ブンッ
 一体の大型妖魔が丸太のような腕を振り上げて彼女に襲いかかった。
 だが、彼女がそれを避ける様子は全くない。

「ブルー、左30!」
「了解!」
 ガキィンッ!
 その妖魔の渾身の一撃は、ブルーと呼ばれた女性の盾に防がれ、弾かれる。
 ザシュゥッ!
 そこへ黒衣の女性の一撃が振り下ろされた。
 黒衣の女性とブルーと呼ばれた女性は軽く目配せすると、
「次、右80!」
「りょーかい!」
 それぞれの戦場へと散っていった。

 白い戦闘コスチュームの女性が出す的確な指示と、ブルーの防御のコンビネーションにより、あらゆる方向から繰り出される攻撃も、悉く無効化され、その間隙を縫うように、黒衣の女性が敵を薙ぎ倒していった。

 その戦いぶりを、建設現場の上から、赤い戦闘コスチュームの女性が眺めていた。
 ヘルメットから溢れた長髪が、ビル風に靡いて中空に流れる。
 眼下では依然戦いが繰り広げられているが、彼女は全く動じることはない。
 一見すれば、ただ日本刀を構えて悠然としているだけの彼女。
 だが近づけば、彼女の周りには剃刀で切りつけられるような、鋭い気が満ちていることをすぐ感じることができるだろう。
 彼女はそうして気を練りながら、自分の必殺技を繰り出す瞬間を狙っていた。

 3人の戦士の活躍により、程なく下級妖魔は全て打ち倒され、やがて残るは2体の上級妖魔のみとなった。
「メイデン・フォースめ・・・」
 2体のうち、幹部級の妖魔がそう呻きながら憎々しげに彼女達を睨み付けた。
 その一方で3人の戦士達は、白衣の女性を扇の要に徐々に妖魔との間合いを詰めてゆく。
 1m、また1m・・・
 両陣営の距離が10mほどになったところで、戦士達が動いた。

 ヒュンッ
 右翼に展開していた黒衣の女性が、前方にいる妖魔目掛けて突進した。
「とぉりゃぁぁっ!」
 それに合わせるように左翼に展開していたブルーが、盾を繰り出しプレッシャーをかける。
「グォォォ!」
 二方向から攻勢をかけられた妖魔は防戦に手一杯となり、僅かに体勢を崩した。
 ブルーはそれを見逃さず、2体の妖魔の間に割り込み、敵に決定的な隙を作り出した。

「・・・レッド、今だ!」
 妖魔を牽制しながら、ブルーが敵に正対したまま、そう叫んだ。
「わかった!・・・破ぁぁぁっっ・・・バーニング・スラッシュ!」
 レッドはそう叫びながらビルから飛び降りると、刀を正眼に構え、一直線に妖魔へと突っ込んでゆく。
 刀からは炎が溢れ出し、刀身とレッドそのものを包んでいった。
 ブラックとブルーの連携でその動きを封じられた妖魔は、そのレッドの必殺技を正面から食らい、
「ギェェェッ!」
 断末魔の叫び声を上げると、真っ二つにその身を裂かれながら、
 ドゴォンッ!
 派手な爆発音をたて、四散していった。

 それとともに、爆風で土埃が盛大に立ち、一瞬視界を遮る。
「ちっ、何も見えない!」
 残る一体に追撃をかけようとしていたレッドに一瞬の間が生じてしまった。

「おのれ、メイデン・フォースめ・・・覚えておれ!」
 その間隙を突き、妖魔達を指揮していた幹部妖魔が、そう捨て台詞を吐いて、砂塵とともに闇の中へ消えてゆく。
 砂塵が晴れた後には、元にあった静寂が残るだけだった。

「やれやれ、逃げ足だけは速いわね・・・」
 レッドがそう溜息をつきながら、頭部を覆うヘルメットを外す。
 それとともに、ふわっと長い髪が風に靡いた。

 『メイデン・フォース』は、巫女の神凪瑠璃(かんなぎるり)を後見に、朱雀、青龍、玄武、白虎、それぞれの力に守護された4人の巫女を主軸とし、対『邪』作戦を特務とする戦闘集団である。

 朱雀を守護に持つ、熱血派のメイデン・レッドこと、南原朱美(なんばらあけみ)。
 青龍を守護に持つ、冷静沈着なメイデン・ブルーこと、東河蒼乃(とうがあおの)。
 玄武を守護に持つ、一匹狼のメイデン・ブラックこと、北山沙夜子(きたやまさよこ)。
 白虎を守護に持つ、司令塔のメイデン・ホワイトこと、西道雪(さいどうゆき)。

 レッドはフォワード、ブルーはガード、ブラックは遊撃、ホワイトはバックアップと分析をそれぞれ担っている。
 瑠璃ほどではないが、彼女達はいずれも高名な退魔師一族の出であるとともに、個人的にも、優秀な退魔師としての能力を持ちあわせている。
 そしてその能力は、メイデン・フォース本部が開発した装備で大幅に増幅されているのだ。

 彼女達の敵である『邪』は、太古の昔から人間界に侵攻を図ってきた闇の勢力である。
 人を襲い、生気や肉体そのものを食らう存在は人類の脅威であり、退魔師達は社会の影で彼等を討ち払い、世界の平和を保ってきた。

 個々の能力が高く、自意識も高い妖魔は単独行動を好み、人間界に侵攻してくる時も個体か、それに従属する妖魔の小集団、というのが彼等の行動様式であった。
 だが2年ほど前、『邪淫皇』と名乗る首領を頂点に邪界が統一・組織化され、それまでとは比較にならない程、効率的かつ苛烈な侵攻を、人間界にかけてくるようになったのだ。
 このため、退魔師を統べる神凪家は、政府と国内有力財閥の支援を仰ぎ、現代科学と退魔の技を結合させた退魔専門部隊である、『メイデン・フォース』を結成したのだった。

 戦闘が終結し、朱美の周りには、メイデン・フォースの面々が集まってきていた。
 皆変身を解き、元の私服姿に戻っている。
 そんな中、朱美は遠くに沙夜子の姿を認めると、ツカツカと歩み寄っていった。

「ちょっと、沙夜子、いくらなんでも単独行動が過ぎるんじゃないの?蒼乃や雪がフォローしてくれたからいいけど、攻撃のバランスってもんがあるんだから!」
「・・・別に、私が助けを求めたわけじゃない。それに、結果はちゃんと出している」
 そう言うと沙夜子は、ぷいと横を向いて朱美から視線を逸らしてしまった。
「あんたねぇ!」
 その人を食ったような態度に、朱美は殴りかからんばかりに沙夜子に詰め寄ろうとした。

 一応のチーム・リーダーである朱美と、遊撃役の沙夜子は、チーム結成当時から、折り合いが悪かった。
 沙夜子は能力が高いものの、過度な個人プレーに走るきらいがある。
 それは彼女の過去に起因するものらしい、ということを朱美は知っていたが、正義感と義務感が強い彼女にとってそれは、許容しがたい行状であった。
 そんなこともあり、ここのところ作戦が終わる度に、このように二人はいがみ合っていたのだった。

「まあまあ朱美さん、今日は無事作戦も成功したわけですし・・・」
 そんな二人を見かねて、雪が手を広げて二人の間に割って入る。
 この光景も、このところすっかり日常化してしまった。

「雪、それじゃいけないのよ。この馬鹿女に今日という今日はっ!」
 そう雪が朱美の矛先を逸らしている間に、
「・・・ふん」
 沙夜子はその場を去ろうとした。

「ちょっと、待ちなさいよ!」
「あわわ・・・」
 朱美の剣幕に慌てる雪を振り切り、なおも沙夜子の後を追おうとした朱美の腕を、
 ガシッ
「朱美、いい加減にしなよ」
 そう言って蒼乃が掴んだ。
「蒼乃!」
 朱美はその手を振り解こうとしたが、いくら振り払おうとしても、その腕は万力で締められたように動くことはなかった。

 ブオンッ
「沙夜子!」
 朱美が蒼乃に制止させられている間に、沙夜子はバイクに跨りエンジンをふかすと、
 ブオォォン~
 そのまま振り返ることもなく走り去ってしまった。
 それを朱美は呆然と見送る。

「・・・はぁ・・・」
 暫くして、朱美は一つ深く溜息をついた。
 そして、なおも腕を掴み続ける蒼乃に向き直る。
「・・・痛い。離して、蒼乃」
 そう言われた蒼乃は、
「あ、ごめん・・・」
 慌てて朱美の腕を離した。
 見れば、朱美の手首は赤く鬱血していた。

「アンタ、馬鹿力なんだから少しは加減しなさいよ、全く。・・・いいわ、その代わりに帰り、付き合いなさいよ」
 手首をさすりながらそうジト目で要求する朱美に、
「へいへい・・・」
 蒼乃はそう言って肩をすくませると、雪と視線を合わせお互いに苦笑する。
 今日も、どうやら終電では帰れないようだ。

「邪淫皇様、申し訳御座いません・・・」

 先程の戦闘で妖魔を率いていた幹部妖魔が、その筋骨隆々の巨漢を小さく屈め、邪淫皇と呼ばれた妖魔に平伏していた。
 彼の名は『邪漢』。妖魔界では邪淫皇に次ぐ、将軍の地位を占める幹部妖魔である。

 邪淫皇はその邪漢を苦々しい表情で見つめていた。
 邪淫皇が邪界を統一してから暫くの間は、邪漢を筆頭とする武力で退魔師達を圧倒し、暴虐の限りを尽くすことができた。
 だが メイデン・フォースの登場以来、様相は一変し、最近では寧ろ、メイデン・フォースに押される有様であった。
 今日も邪漢の進言を聞き入れ出撃させたものの、メイデン・フォースに敢え無く撃退され、このような醜態を晒している。

 その時、玉座の脇に控えていた一体の妖魔がすっと、邪淫皇の眼前に歩み出た。
「次なる作戦は、私にお任せください」
「邪水晶か。何か良策があるのか?」
 『邪水晶』と呼ばれた女妖魔は、玉座の前に歩み出ると、片膝をつき、邪淫皇に臣下の礼を取った。

 邪水晶は、蝙蝠のような黒い翼とムチのようにしなやかな漆黒の尻尾を持つ、『淫魔』である。
 その豊満な胸はペニスのように肥大化した乳首を持ち、股間には、赤黒い巨根をそそり立たせていた。
 彼女が身を包む黒革のボンテージ調の衣装は、所々大きく切り開かれ、それらの性器を隠すのではなく、むしろ強調するような淫猥なデザインをしている。
 そしてその首には、邪淫皇の所有物かつ、奴隷であることを示す、鎖付の首輪が嵌め込まれていた。

 その姿を見た邪漢は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そして彼女を強く睨み付けた。
 邪水晶は、邪淫皇の性奴隷から軍師まで上り詰めた、いわば成り上がりの妖魔である。
 彼女は最近急速に発言力を増し、自分に次ぐ地位にまで上り詰めようとしていた。
 それに彼女の出自、-元は卑しい人間-、を考えると、憎悪にも似た嫌悪感が、邪漢には込み上げてくるのだった。

「邪水晶、でしゃばった真似を!」
 邪漢はそう怒鳴り、邪水晶を下がらせようとしたが、
「下がれ、邪漢」
 邪淫皇は冷たくそう言うと、逆に邪漢を下がらせた。
 邪淫皇に叱責された邪漢は無言で一礼すると、他の幹部妖魔が居並ぶ、玉座の脇へと退いた。
 それを邪水晶は横目で見ながら、口の端を僅かに緩めたのだった。

 玉座の前に控える邪水晶を邪淫皇は無言で見つめながら、顎に手をあて、思案する。
 邪水晶は自分が淫魔に堕として以来、人間時代から持ち合わせていた優秀な頭脳を駆使し、人間界侵攻のための有用な助言を、自分に与え続けている。
 邪漢の力押しが通用しない今、この女に任せてみるのも一興だろう。
 そう考えた邪淫皇は、
「・・・よかろう。邪水晶、次の作戦はお前に任せる。・・・だが、失敗は許さぬぞ」
 玉座に鷹揚に構えながら邪水晶にそう命じたのだった。

「有難き幸せ。必ずや、邪淫皇様のご期待に沿う成果をご覧に入れます」
 邪水晶はその下命を、臣下の礼と表情を崩ずに拝命する。
 だがその心中はその実、喜びで一杯であった。
『これでやっと、私の野望を叶えられる』
 そう内心に黒い野望を秘めながら、邪水晶は姦策に思いを巡らせていたのだった。

< 続く >

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