後編
「はわわわ。まさか本当にやるとは思わなかったです~」
フリルは鉄棒の上で、耳をふさいでガタガタ震えていた。
「ちょ、今さらそれはないって!」
「ありえないのです。ここはなんてバイオレンスなシティなのです。フリルは国に帰りたいです」
「ありえないのはこっちの方だよ! 僕は君にそそのかされたんだ!」
「フリルは鉄棒の妖精なのです。フリルの似合う女の子の味方なのです。強姦教唆などするはずがないのですー」
相変わらずフリルはどこまで本気で言ってるのかわからない。国に帰りたいのは僕の方だ。頭がクラクラする。
「なんてこった……こんな小悪魔の言うことを真に受けるなんて、僕は本当にバカだ……」
「フリルは小悪魔ではなく、妖精なのです。そしてお兄さんお兄さんもバカなどではありません。レイプ魔なのです」
「知ってるよ!」
「でもやっちゃったものは仕方ないのです。お兄さんお兄さんはしばらく身を隠しておいたほうがよいです。当分の間、フリルと一緒にここで仲良く暮らすです。そしてフリルを幸せにして欲しいのです」
「強姦事件を起こしたあげく、女の子を連れて学校に立てこもりなんて、どう考えても射殺エンドのフラグだよ。もういい。覚悟はしてたんだ。おとなしく家に帰るよ」
「待って下さい、お兄さんお兄さん!」
とぼとぼと家に帰ろうとする僕をフリルが引き留めた。いつになく真剣な眼だった。
彼女は、ぺこりと頭を下げた。
「お願いです。もしも警察に捕まっても、フリルのことだけは口外しないと約束して欲しいのです」
「わかったよっ!」
最悪だ。僕はエリカにとんでもないことをしてしまった。
こんなことでどうにかなるなんて、本気で考えたバカな自分が許せない。
憂鬱な気持ちで僕は自転車を漕いだ。
次の日学校に行くと、僕の机が椅子ごとなくなっていた。
いつもより登校時間が遅かったから、その間に隠されたに違いない。
そしてこれはエリカの仕業ではないだろう。こんな暗い嫌がらせするような子じゃないし、昨日の罰にしてはヌルすぎる。
見てないふりして、クラスのみんなはクスクス笑ってる。エリカは教室にいない。そのことに僕は少し安心していた。とりあえず今は机を探さなきゃ。
もうすぐHRが始まる。こんなときクラス担任は僕たちがふざけてるだけと決めつけて、僕を叱って終わりにするんだ。僕が自分の責任で机を見つけなきゃいけない。
でも、どこに?
そのとき、教室のドアが開いて、エリカが姿を現した。
「あ、エリカどこ行ってたの?」
「エリカ、見て見て。キモオのやつ、転校してったみてーだよ」
「ぎゃははは」
僕はエリカの顔を見れなかった。覚悟していたはずなのに、怖くて、恥ずかしくて、もう逃げ出したくなってる。僕は拳を握りしめて、じっとしているしかなかった。
顔を伏せている間に、ガタゴトという音がして教室が騒がしくなる。見ると教室に入ってきたエリカは、なぜか両手に机と椅子を抱えていた。
「あれ?」
「エリカ、なにそれ?」
少し顔が赤いのはみんなに注目されてるせいだろうか。エリカは真っ直ぐ僕のところにきて机を置いた。
どこで見つけてきたのか、それは間違いなく僕の机だった。
「あ、あの、あ……」
キョドる僕に一瞥もくれず、プイとエリカは自分の席に戻り、黙って座った。誰もエリカに声をかけられなかった。明らかに彼女は不機嫌だった。
みんなもどうしていいかわからないみたいだ。僕だってわからない。たぶん、この教室で一番混乱しているのは僕だ。
遅れてやってきた担任は、シーンとなった教室に首を傾げていた。
僕はドキドキしながらエリカの行動を見ていたけど、その後も彼女に動きはない。というか目も合わない。いたって彼女は普通に見える。平穏な午前だった。
でも昼休みになって弁当を広げる時間には、僕の周りにいつもの気の合う仲間が集まってくる。今日もパーティーの始まりだ。
「キモオー。今日は何弁がいいよ?」
「メガネ弁ー?」
「ぎゃははは」
僕は黙っているしかなかった。いつものことだと諦めていた。
でもそのとき、窓際で机を囲んでいる女子のグループから、よく通る声がした。
「ねー、あんたらクリームパン買ってきてー」
エリカだった。
僕を取り囲んでいた男子たちと、僕が意外そうな顔をした。
「え、あ、あれ? 俺らに言ってんの、エリカ?」
「そー。早く買ってきて」
「ほら、あんたらエリカの命令だよ。早く行ってきたら?」
エリカの周りの女子はクスクス笑ってる。
男子たちは困ったような顔してたが、やがて仕方なさそうに全員でエリカのクリームパンを買いに走っていった。全員で。
「アハハ、あいつらウケる。でもエリカ、急にどしたの?」
「別に。腹へっただけ」
窓に向かって頬杖ついてるエリカの表情はここから見えない。
僕はどうしていいのか、本当に困っていた。
ものすごい勘違いかもだけど、今朝のことといい、エリカは僕を助けてくれてないだろうか?
いや、まさかだ。でも、どうしてだ。
一体なにが……起こってんの?
「全て計算どおりです。フリルは現代の孔明なのです」
何か言い返してやろうと思ったけど、汚い言葉になっちゃいそうだからやめた。
「なんですかその男性一人暮らしのお風呂の排水溝を覗き込むような目は? 順調にエリカ様が柔っこくなってきたではないですか。全部フリルの作戦どおりなのです」
「君、昨日は僕に警察にだけは黙っててくれと哀願してたよね?」
「そんなことはどうでもよいのです。若者は前だけを見るべきなのです。さて、お兄さんお兄さんの軍師として提言いたしますが、今こそエリカ様を落とす好機です。フリルの大活躍で東南の風が吹いちゃったです」
「いや…そういうのは、もういいよ。呪文で操ったところで、彼女は僕のものにはならないよ」
僕は、ベッドの上で僕を見上げるエリカの、蕩けるような視線を思い出していた。
あのエリカはすごくきれいだったけど、本当の彼女じゃない。えむしー呪文で僕の虜にしたって、それで手に入るエリカはもう本物のエリカじゃないんだ。
彼女には、彼女らしくあって欲しいんだ。僕の好きなエリカはそれだから。
「僕はもうエリカとは関わらない。彼女のためにもその方が良いと思う。今日の彼女は、きっと昨日のショックで混乱していただけだと思うんだ」
「なんという低アンペアな想像力ー」
フリルは鉄棒の上でやれやれと肩とすくめた。
「お兄さんお兄さんはエリカ様のことを誤解してるです」
「誤解って…何を?」
「お兄さんお兄さんはずっと同じ場所を痛がっています。痛い痛いです。だけどそのせいで、他の人が同じ痛みに苦しんでいることに、気づいてあげられないのです」
「……それ、どういう意味?」
「好きな人の前で素直になれなくて苦しんでるのは、ご自分だけだとお思いなのです」
心臓が一瞬熱くなった。
「エリカ様はもう満身創痍なのです。お兄さんお兄さんのために何度も勇気を使ってへとへとなのです。いっぱいバリアを張って自分を守ってましたが、それも昨日お兄さんお兄さんに壊されてしまいました。早く楽にして欲しいのはエリカ様のほうなのです。今がお兄さんお兄さんのピンチでチャンスでピンチなのです。ここで動かないのは愚か者なのです」
確かに僕は愚か者だ。そんな可能性は考えもしなかった。
でも、まさかそんなこと。
彼女はエリカだぞ。僕はキモオだぞ。ありえるはずがないじゃないか。
「わかりました。そんなチキンでキモオなお兄さんお兄さんのためにフリルが再び立ち上がり、史上最強のえむしー呪文を授けるです。これを使ってエリカ様をメロメロキューの恋奴隷に洗脳して差し上げるです」
「いやっ、でも僕はもう呪文は―――」
困惑する僕には構わず、フリルはこめかみに指をぐりぐりして唸り始めた。
「んー、んー……ぴぴぴぴっ。きたっ。きましたよっ。ついにいらっしゃいましたっ! 最強えむしー呪文様の降臨です!」
それは、むしろ僕を自爆させる呪文だった。
顔中が真っ赤になった。
殺される。そんなことエリカに言ったら殺される。想像しただけで心臓が破裂しそうだ。
「さて、お兄さんお兄さん。突然で恐縮ですがお別れです」
いつの間にかフリルは鉄棒の上に立っていた。上品な仕草でスカートをつまんで、ちょこんと器用にお辞儀する。
「え……お別れ?」
「フリルのできることはやり尽くした感が漂うです。あとのことはお兄さんお兄さんに任せるしかないのです。ちょっぴり不安だけどもう時間がないのです」
「いや、待ってよ。何言ってんの、フリル?」
「さよならです、お兄さんお兄さん。フリルはおうちに帰って妖精さんのステッキの先っちょにお星さまを付ける作業に戻るです。お元気でなのです」
「ちょ、ちょっと待ってってば。フリルの言うことってコロコロ変わるから、僕には全然意味が……」
「だからお兄さんお兄さんも、いつまでもこんなところでウジウジしてないで、さっさとエリカ様に当たって砕けて死んでこいと申し上げているのです!」
「ッ!?」
フリルの小さな指が突きつけられる。その指はうっすらと透けていた。
何が何やら展開早すぎて追いつかない。頭の中が大混乱だ。
「フリル……僕は……」
でも、フリルが僕を見ている。その目はやっぱり彼女に似てる。僕に「逃げるな」と言っている。それが意気地のない僕に力をくれる。
そうだよ。僕は、この場所から、再び逃げてはいけないんだ。
「……わかった。砕けて死んでくる」
「あいですー」
行こう。僕はやらなきゃいけない。
彼女に言わなきゃいけないことがある。それがフリルとエリカに対するけじめだ。そしてエリカにきちんと謝ろう。
やるべきことを決めたら、不思議と心が落ち着いてきた。
「ありがとう、フリル」
「ご武運を!」
鉄棒の上で敬礼するフリルに、僕は手を振って走った。フェンスを乗り越え自転車にまたがった。
「フリル、ありがとー!」
振り返って、もう一度叫んだ。
鉄棒と、夕焼けの長い影。彼女はもうそこにはいない。
僕はペダルを踏んだ。思いっきり踏んで走った。
涙がボロボロこぼれる。でも自転車を漕ぐ。立ち上がって漕ぐ。スピードを上げる。
ありがとう。僕の小さな友だち。
さようなら。
次の日の朝、さっそく廊下でたむろするエリカ様グループを発見。
僕は真っ直ぐ彼らに近づく。ビビりだけど、絶対に逃げるもんか。
「あ? なんだよ、キモオ?」
「俺らに用でもあんのかー?」
「つーか、近寄るんじゃねーよお前。キモいって」
僕の姿に気づいたエリカが、プイッと顔を向こうに背けた。
みんなが僕を見てクスクス笑ってる。エリカだけがそっぽを向いている。心臓が一生分の働きをしている。
でも、僕には鉄棒の妖精(自称)がついている。彼女が僕の背中を押してくれている。誰が笑おうとそんなのは関係ない。
今こそ、最強のえむしー呪文を解き放つときなんだ。
やってやる。でっかい声で言ってやる。
「エリカ、好きだっ! 愛してる!」
水を打ったような沈黙。
そして、それはすぐに爆笑の渦へと変わった。
「あーはっはっはっは!」
「うははははっ、やっべー、なんだそれ!」
「マジウケる! 誰の命令だよ?」
「うわ、キモーい……ちょっと、これは引かない?」
「エリカ、かわいそー」
「オッケー、キモオ。裏サイト更新しといてやったぞ」
「早ーよ、お前っ。ぎゃははははっ」
針のむしろに包まれるような気持ちだ。冷や汗がダラダラ流れる。僕の心はさっそく折れそうだ。
でも、次の瞬間、僕たちは今までに見たことのないものを見る。
「……バ……バ、バっ……」
こんな彼女は、誰も見たことないはずだ。
顔中を真っ赤にして、わなわなしてるエリカなんて。
「バカか、テメーはッ!」
そして暴走開始。
ものすごい勢いで突進してくるエリカに、みんなはいっせいにたじろいだ。僕は観念して目を閉じた。
確かに僕はバカだ。まったくもって君の言うとおり。
どうにでもしてくれ。僕はもう人生に一片の悔いもない。フルボッコの覚悟はできている。
「こっちこい!」
「え?」
だけど、エリカのドロップキックも昇竜拳も飛んでは来なかった。
その代わり、彼女は僕の腕を掴んで走り出した。みんながあっけに取られてる間に、エリカは僕を学校の玄関まで引きずり出していた。
「早くしろ! 逃げんぞ!」
「え、え?」
さっぱり意味がわからない。逃げるってどうして? 僕とエリカが?
「チャリ出せ、チャリ! 早く!」
「え、あ、うん」
駐輪場から僕の自転車を出してくると、エリカは後ろの荷台に女の子座りして、早く出せと僕にせがむ。
「ちょ、待って。どうして急に……」
「いいから早く! あいつらが追いかけてくるだろー!」
確かに玄関あたりで、エリカ様グループが心配そうに後を追いかけてくるのが見える。でも。
「早く早く! 逃げろって!」
「う、うん。でも、どこに?」
「どこでもいいよ! あんた家は!?」
「わ、わかったっ」
僕はエリカに急かされるまま自転車を漕ぎ出した。エリカ様グループは玄関を飛び出してくる。慌てて僕もペダルを踏むが、やっぱり意味がわからない。
「あの……どうして僕らは逃げなきゃならないの?」
「バカだな、もー! あいつらに捕まったら、また冷やかされるだろー!」
ニガい思い出がよみがえる。
男子に冷やかされる僕ら。泣きながら暴れるエリカ。胸がチクリと痛む。
いや、でも待って。
この状況でイジられるのって僕だけじゃない? エリカ関係なくない?
なんでエリカが必死なの? ていうか、なんでこんなに必死なの?
「早く逃げろよ、もー! バカー!」
「う、うん」
まだ混乱してよくわからない。
たしか僕はエリカに告白した。その数秒後に僕は彼女を連れて逃げ出している。エリカを乗せて自転車漕いでいる。
なんだか全然わからない。
「つか、遅っせーよ! 代われっ! あたしが漕ぐ!」
「はい!」
全然、彼女がわからない。
だけど女王様の命令は絶対だった。
「で、でも」
「でもじゃないでしょー。キミオもあたしの見たろー、無理やりー。あたし嫌だって言ったのにー」
それを言われると、言い返しようがない。僕は観念して両手をどけた。
「うっわ、えぐい」
僕の股間に顔を近づけて、エリカは思いっきり眉根を詰めた。
まだ外は昼にもなってないっていうのに、僕はベッドの上でズボンのチャックを全開にして、彼女に股間を見せていた。
エリカは僕の足の間に座ってる。こんなところをジロジロ見られて恥ずかしくてどうしようもない。
でも、エリカのきれいな顔が僕のモノのすぐ近くにあって、それはなんだか、すごい光景のような気がして。
「え、あ、まだ、大きくなるの、これ? うわ、わわ、な、なんでぇ?」
恥ずかしいことに、触れてもいないのに僕のは反り返っていく。
エリカは、困ったような顔で僕を見上げる。
「……巨根?」
「いや、全然っ、普通っていうかっ」
「へ、へえ。これで普通なのかぁ……」
エリカは角度を変えたりしながら、ジロジロと観察する。僕はもう顔が熱くて苦しいくらいだ。
やがてエリカは、ゴクリと喉を鳴らして、深呼吸をした。
「よ、よし。それじゃあ、始めます」
「え? なに……ひゃあ!?」
エリカの細い指が僕のに添えられる。少しひんやりしてて、でも僕の手とはまるで違う柔らかい感触に、思わず震えた。
エリカが何か勘違いして「ごめんなさい」と謝るから、僕は「気持ちよかったからだ」と正直に答える。
彼女の顔が赤くなる。
「そ、そう。それでは、気を取り直して……いざ」
ちゅっ。
エリカの唇が、僕のにキスをした。
「エ、エリカ!? そ、それ、あっ、あぅっ…」
無言でエリカは口づけを繰り返す。あまりの快感に僕の全身が震える。
「ど、どうしてエリカ、そんなこと……」
「んー? ミユっているじゃん。水泳部の。あの子に教わったんだけど。こういうのがいいって」
ミユって? 同じクラスの?
あの短いツインテールをぶら下げた、どっちかと言えば子どもっぽい子が、こんなことを?
意外だ。
「ミユの彼氏がコレ大好きなんだって。毎日してあげてるんだってさ」
エリカが舌を伸ばして僕のを舐めあげる。ゾクゾクとしびれる。息が止まりそうなくらい、すごい快感が攻め上ってくる。
「ん……ちゅ、ぴちゅ、ん、ちゅ、んー」
こ、こんなことを毎日だって?
信じられない。気持ちよすぎてどうにかなってしまうだろ。
エリカが僕のを舐めている。あのエリカが僕のに口をつけている。
「ん、ちゅぽ、ん、ん、ん、んっ、んっ」
「うわ、あ……」
ぱっくりと咥えて、頭を上下に揺さぶってる。全部の感覚がそこから吸い取られていくみたいに、頭の先まで痺れた。もう開いた口も閉じれないくらい、気持ち良すぎる。
しばらくそれを続けて、エリカはようやく口を離して一息ついた。
今まで経験したことのない気持ち良さに、どうにかなっちゃいそうだった僕も、ほっとして気を抜いた。
「……ん、で、その……ど、どうなの? キミオはあたしのこれ、い、いいと思う?」
エリカは僕の足の間で、卑怯なくらい可愛い表情で僕を見上げている。もう全身全霊で頷くしかなかった。
エリカは、嬉しそうに笑った。
「そ、そっかっ。よーし! それじゃ本気出しちゃうぞっ」
もう一度エリカに深く咥えられる。
「ん、ちゅぷ、んん、んー、ふ、んん、んっ、んっ、んっ」
エリカはすぐにリズムを掴んで、強く吸い込みながら上下の運動を続ける。チラチラと僕の反応を見ながら、強く速くエリカは僕を刺激した。舌が口の中で僕のをくすぐっている。津波のように押し寄せてくる快感に、僕はすぐに我慢できなくなる。
「もう、待って、エリカ、もう……」
「ん、ぢゅぶ、んぷ、ちゅ、ちゅ、ぢゅ、ずっ、ちゅ、ん、はぁ……ん、んっ」
「あっ、エリカ、待ってっ、もういいよ、いいって」
止めようとする僕の手首を掴んで、ねじり、抵抗を奪って、舌と唇だけでエリカは僕のをしごき続ける。
強引で強烈な愛撫に、僕は歯を食いしばって堪えるしかなかった。
「んー、ぢゅぶ、ずず、ぢゅっ、ぢゅっ、ん、んー、んんー」
喉の奥に触れるまで飲み込み、エリカの眉が絞られる。
そんなに苦しいならやめればいいのに。エリカがそこまでしてくれなくてもいいのに。
でも、彼女の愛撫はますます強くなっていく。我慢の限界だ。このままじゃ本当に彼女を汚してしまう。早く止めないと。
「エリカっ、ダメだ、もう、本当に!」
「んーっ、んっ、んっ、んっ、んんーっ!」
「あっ、うわ!」
エリカが僕のを深く飲み込んで、喉の奥に先っぽが包まれた。頭が一瞬真っ白になって、気がついたら、僕はエリカの口の中に吐き出していた。
「んっ! んっ、んんっ!」
「エリカっ、ダメだよ!」
無理に飲み込もうとするエリカを止めようとしても、彼女は僕に来るなと手の平を向けて、コクリ、コクリと喉を鳴らす。
「ぷはぁ、んっ、あ、まだ……んっ、うわ、ネバる、んくっ、くー……うわー」
どんな味なのか僕自身も知らないようなものを、マズそうに顔をしかめて、それでもエリカは全部は飲み干してしまった。そして、汗で張り付いた前髪をかき分けて、疲れたように息をついた。
「ふぃー、ようやく飲めた……。や、これ毎日はきついかも。最初は2日にいっぺんとかでいい?」
僕は耳を疑った。
確かに僕はエリカに愛を告白したが、特に返事は貰ってない。貰えるものとは思ってないし、じっさいに「バカかテメーは」としか言われていない。
けど、なにこの展開?
ひょっとして、じつは僕たち付き合ってるの?
2日にいっぺんとか、そんな花に水をやるようなペースで、エリカはこんなことしてくれる気なの?
「あ……やっぱ、毎日しなきゃダメだよね?」
アホみたいに黙りこくる僕に、エリカは何か勘違いしてしまったのか、叱られた子供みたいに首をすくめる。
こんなきれいな子に、僕はあんなことをさせたのか。それって、とんでもない大事件じゃないか。今ごろになって僕はパニックを起こしそうになる。
ごくりと唾を飲んで、ようやく声を絞り出した。
「き……気が向いたときだけで……いいです」
エリカは、僕の顔をじっと見て、やがて「ぷふっ」と吹き出した。
「そ。じゃ、気が向いたときだけね」
そう言って、エリカはまた僕のに顔を沈めてくる。
「ちょっ、エリカっ?」
「気が向いたときー」
エリカの舌が僕の裏側のスジを舐める。ゾクゾクと背中が震える。
「……キミオ、ここがいいんだろ?」
顔が熱くなった。エリカは得意げな顔で何度も舌をそこに這わせる。僕のはすぐに張り詰めてくる。
「れろ、ちゅ、れろ、ふふっ、んー、なんか、これ可愛くなってきたかも。うふふっ、ちゅっ、れろ、んー、ちゅ、ちゅっ」
エリカ。
可愛いのは断然、君の方だ。
君は、世界一可愛い女の子だ。
「あの…エリカ、その、僕……」
「ん?」
エリカが欲しい。
口に出すには勇気が足りなくて言い淀む僕。
でも、エリカは空気で察したらしく、頬をボンと赤くして、僕のを握ったまましきりに頷いた。
「あ…あ、あー、うん、そ、そっか。そーだよね。う、うん。うん。あ、でも待って。ちょ、ちょっと待って!」
エリカは僕に背中を向けて、セーラー服をたくし上げる。
「ちゃんと脱がないとシワになるんだから、気をつけてよねっ」
僕はエリカが保健室でのことを言ってるんだとわかって、恥ずかしいやら申し訳ないやらだった。
「つーか、なんであたしだけ脱いでんの?」
「あっ、ごめん!」
僕たちは、ベッドの上で裸になる。
エリカはきれいだ。眩しいくらいだ。肩がすごく細い。すべすべする。髪だってさらさらだ。温かくて柔らかい。熱っぽいため息。エリカの唇。あの唇。
僕たちは、ゆっくりとお互いの顔を近づけていって、そして、見事に鼻をぶつけてしまった。
もう一度、今度はちゃんと角度を確かめながらやり直して、キスをした。
夢にまで見た、エリカとキス。
驚くくらいの感動と、気持ちよさだった。
僕たちは顔を離して目を丸くした。お互いにビックリしてた。
キスはすごい。気持ちいい。暖かい。感動する。
僕たちは言葉もなく見つめ合う。お互いの瞳が溶けていくのがわかる。僕はエリカの、エリカは僕の唇から目が離せなくなった。
キスがしたい。もっとしたい。エリカの柔らかい唇が欲しい。
彼女も同じ気持ちだった。僕たちは何度も唇をくっつけ合い、気持ちよさに震えた。
エリカが僕の首に手を回して、強く唇を押しつけてくる。僕はお返しに舌でエリカの唇を舐めた。エリカは驚いて真っ赤になったけど、すぐに僕にお返ししてきた。僕たちは互いの舌を絡め合った。夢中になってキスをした。
「ふー、ん、んん、ふ、ん、ぴちゅ、ちゅ、んー、んー…んー」
キスをしながら僕はエリカの胸を撫でた。エリカもお返しに僕のをくすぐる。
エリカが気持ち良さそうな声を出すのが嬉しくて、いろんなところを撫でて、キスをした。エリカはすごく恥ずかしがってたけど、僕は彼女のあそこにもキスをしたんだ。
さっきのお返しだ。エリカは恥ずかしがって逃げようとする。でも僕はそこへのキスを止めたくなかった。少ししょっぱくて、でも、すごく甘い気持ちになれる。最高のキスだ。
逃げられないように腰を押さえて、強引にキスを続けた。エリカの声がどんどん大きくなっていく。僕はもう、キスだけじゃ物足りなくなってきて。
「……エリカ」
「……うん」
蕩けた目のエリカが、コクンと小さく頷いてくれた。
僕はエリカの上に乗って、彼女の中に自分を沈めていった。昨日よりは柔らかいけど、やっぱりきつくて、少し強引に押さないと入っていかなかった。
「痛っ」
「だ、大丈夫?」
「ん……だいじょぶ。へ、平気…」
僕はゆっくりエリカの中で動いた。すぐにエリカは眉をしかめる。
「いたっ、あっ」
「あ、ごめん」
「んーん……こっちこそ、ごめん……」
まだエリカは痛むみたいだ。息を荒くして少し震えている。僕はもう抜こうと思ったけど、その前にエリカにギュッと首を抱き寄せられる。
「ね、キミオ……アレ言って」
「アレって?」
エリカは恥ずかしそうに僕の耳元で囁く。
「……気持ちよくなる呪文」
えむしー呪文。
ためらいはあったけど、エリカは本気だった。彼女の耳元で、僕はフリルの呪文を囁いた。
「放課後のフリル。君の痛みはなくなって快感に代わる」
「あっ?」
エリカの中がピクっと震えた。少し動かしたら、エリカはまた声を出した。今度は痛みじゃなく、別の声で。
「あっ、あっ、キミオっ、あんっ、あっ。い、いいよっ。もっと動いても、平気っ、だから……」
僕の動きと一緒にエリカが喘ぐ。僕は様子を見ながらペースを上げる。エリカが僕の腰に足を絡めてくる。気持ちよかった。昨日よりずっと良かった。僕たちはすぐにセックスの一体感に溺れていった。
「あっ、あっ、あっ、あっ、キミオ、キミオっ! あぁ!」
くちゅくちゅと音がしている。これがエリカの音。僕たちがエッチする音。
愛しい気持ちでいっぱいになる。エリカのことしか考えられない。
「放課後のフリルっ! 君は僕のモノだ! 僕だけのエリカだ! 僕以外の男には、もう一生絶対に抱かれない!」
「んっ!?」
「あっ、ご、ゴメン!」
思わず口走ってしまった、僕の醜い独占欲。顔が熱い。恥ずかしい。
でも慌てて取り消そうとする僕に、エリカが下からしがみついてくる。彼女の熱い息が僕の耳にかかる。
「いいよ、キミオ……もっと言って?」
単純な僕の脳はすぐに沸騰する。エリカで、頭がいっぱいになる。
「放課後のフリルっ、君は僕に抱かれるとすごく感じる体になる! 快感でいっぱいになる!」
「あぁっ、うん! もっと、もっと言って!」
「放課後のフリル! 君は他の男に触れられても何も感じない。僕だけだ! 僕だけが君を感じさせることができるんだ!」
「うんっ! キミオだけ! あたし、キミオだけだよっ! ねえ、言って! もっと言ってっ!」
「放課後のフリルっ! 君は僕だけのモノだ! 永遠に僕の恋人だ!」
「あぁぁっ! キミオ、あぁぁ! キミオぉ!」
僕は僕の自分勝手な独占欲をエリカに注ぎ込んでいく。エリカはそれを全部受け入れてくれる。僕は夢中になってエリカに欲望をぶつけた。
エリカが喘ぐ。僕の背中に爪を立てる。そして僕の顔を口を寄せて、震える声で囁く。
「ほ、放課後のフリル…っ、キミオはあたしだけのモノ……っ!」
それは、フリルがくれたエリカ専用のえむしー呪文だ。
エリカ以外の人に言っても効かない。そういうものだ。
「キミオも、あたしを抱いたら……すっごく、気持ち良くなるのっ! そんで、あたしと同じくらい、幸せになっちゃうのっ。離れらんなくなるのっ」
でも、効いた。
彼女の真っ直ぐな気持ちは、真っ直ぐに僕の心臓に突き刺さって、一生抜けない楔になった。
「エリカ、好きだ! 大好きだ!」
「あっ、あっ、あぁっ、キミオ! キミオぉ!」
がむしゃらに腰を動かし、エリカも僕に合わせて小刻みに腰を突き上げてくる。
僕たちはセックスの塊になった。もう互いの快感を擦り合わせることしか考えられなかった。
それでも果ては来る。ビリビリと体を貫く痺れが僕に限界を思い出させる。
できれば永遠にこの行為を続けていたいけど、もう我慢できない。でもエリカの中から抜こうとした寸前、彼女は僕の腰に足を絡めてくる。
「やだっ! ここにいてっ。ぎゅってしてて! あっ、あぁっ!」
「ダメだよ、エリカっ。もう出ちゃうっ、出すよ!」
「やだ、キミオっ! やだってば! いて! ずっとあたしの中にいて! あっ! あぁッ!?」
エリカの中がギューッて絞られて痙攣する。強烈な快感に慌てて抜こうとしても、エリカの足に力が入り、再び彼女の奥に引き戻される。エリカの一番深いところに先っぽを擦られて、僕はあっさり限界を超えてしまう。
「あっ!? あぁっ! 熱いっ、熱いよキミオ! 出てるっ、出てるの!? あぁ、あぁぁッ!」
エリカの中が何度も震えて僕を絞っていく。
脳が蕩けるような快感に僕は気を失いそうになる。
でも、大変なことをしてしまった。いきおいで僕はエリカに中出ししてしまった。顔から血の気が引いていく。
「……キミオ」
なのにエリカは、すごく幸せそうな笑みすら浮かべていて。
「愛してるよ」
――この笑顔を、最後に見たのいつだっただろう。
みっともないけど、涙が止まらなくなった。恥ずかしくてエリカの胸に顔をうずめた。そうして彼女に頭を撫でられているうちに、いつのまにか僕は眠っていた。
子どものエリカと、鉄棒に昇る夢を見ていた。
「うっひゃー。まだ残ってたんだ、ここ」
ガムを噛みながら、エリカは懐かしそうに笑った。
次の日の放課後、僕はさっそくエリカを連れて小学校の校庭にやってきた。
「鉄棒もサビサビじゃーん。ヤバくない、これー?」
もうここにフリルはいない。広く感じる校庭だった。
「よっ……はっ!」
エリカは僕の見ている前で、両足の揃った華麗な逆上がりを決めた。制服の短いスカートがひるがえる。
一周して戻ってきたエリカの顔には、いつものイタズラっぽい笑顔が浮かんでいた。
「……パンツ見てたろ?」
そんなの見るに決まってる。ピンクだった。
でも、僕が見てたのはそこだけじゃない。
「エリカ、やっぱり逆上がりできたんだね」
「あ?」
少し考えてから、エリカは「あ!?」と自分の失敗に気づいて「あー…」と気まずそうに笑って頭を掻いた。
見事な“あ”の三段活用だった。
「あはは……忘れてた」
鉄棒にもたれて髪をかき上げる彼女は、あの頃よりずっと女の子してて、しかもとびきり美少女だ。彼女がかつて“オトコオンナ”と呼ばれてたなんて言っても、もう誰も信じないだろう。
でも、僕は覚えてる。
「あのときのこと、君にちゃんと謝らないといけないと思って」
エリカも当時を思い出したのか、恥ずかしそうに手をバタバタさせる。
「いーよー。もう、あんなガキの頃のことなんて忘れたよー」
そうはいかないんだ。僕は君に告白しないといけないことがあるから。
「あの後……僕が逃げた次の日、僕は学校休んでたけど、本当は、放課後に学校行ったんだ」
誰にも見つからないように。もしもエリカがそこにいたら、すぐに謝りたいと思って。
「覚えてる? 次の日のこと」
エリカは顔を赤くして下を向いた。困ったように爪を噛んでいた。
「……僕はここに来たんだよ」
そこにエリカはいた。
女の子だった。
大きなリボンと、フリルでいっぱいのミニスカート。とても鉄棒なんかできそうもない格好でエリカはここに立ってたんだ。
「でも僕は、君に見つかる前にまた逃げた」
泣きたくないのに、ポロポロ涙が出る。情けない。
「君が可愛くて、まるでお人形さんみたいで……僕はドキドキして、声をかけられなかった。君にあんなこと言ってしまった自分が恥ずかしくて……僕は……」
もしも僕が、あのときエリカの前に立って、彼女の可愛さを目一杯褒めて、正直に謝っていたらどうなっていただろう。
きっとエリカは得意げに勝ち誇って、僕のことを簡単に許してくれたに違いない。
そして僕たちは、いつものように一緒にこの鉄棒を昇ってた。
僕が全部だいなしにしたんだ。
「ごめんなさい!」
黙って僕の告白を聞いていたエリカが、ポリポリと頭を掻いて、ニカっと笑う。
「やー、ダメダメ。ぜんっぜん思い出せないわ。夢でも見たんじゃない? もうやめようよー」
いつもならウソが上手なエリカなのに、今日は下手くそすぎた。
エリカはここで待っててくれた。僕と仲直りするために。
フリルの女の子はずっと待ってたんだ。僕らがここに帰ってくるのを。
なのにもうこの校庭に君はいない。
僕たちが大人になってしまったから。もう僕たちの前に奇跡は起こらないから。
涙があふれて止まらない。
「……ったくー。しょーがねーなー、キミオの泣き虫はー」
エリカが両手を広げて僕に抱きついてきた。
ふわりとした温かさに包まれて、僕の目の前は彼女の笑顔に埋められる。
「ちゅーしてやるから、元気だせ?」
彼女の唇は、ミントの味がした。
< 了 >