Bloody heart 七話

七話

「……えへへへ♪」
 穏やかな笑顔を浮かべ、布団の中で、佐奈が体を寄せてぴったりとくっついてくる。
「どうした、佐奈?」
 甘えてくる佐奈の頭を、やさしく撫でてやると、本当に幸せそうに目を細めた。
「あのね……あったかいの。あったかくて幸せなの♪」
「あったかいって……まあ筋肉質なほど基礎体温高くなるしなぁ」
「そうじゃなくて。
 セイ君とね、セックスすると心があったかいの……乳首からミルク出るくらいぐちゃぐちゃに胸揉まれて、この血管びくびく浮いてギンギンに勃起したおっきなチン●でケツマ●コまでズボズボ嵌めたおされて、首筋から血を吸われて、どんどん体がエッチになって、セイ君の『モノ』になっていくのがね……凄く嬉しいの。
 セイ君に感じてもらって、セイ君に染められて……セイ君の欲望にメチャクチャにされるのがいいの。
 不思議だよね……誰かに支配されていないと、私が私じゃなくなっちゃうなんて」
「……佐奈」
 そのあまりにも無防備な笑顔に、俺は戸惑いながらも……誘惑に勝てず、佐奈の体をゆっくり抱きしめた。
「あ……」
 柔らかい感触を楽しみながら、ゆっくりと尻を揉む。
 やわらかく食い込んだ指先に、むっちりと肉感的な弾力を返してくる佐奈の尻を、丁寧に揉み解してやる。
「ぁん……やぁ……お尻ぃ……」
 抱きしめた腕の中で淫らに蠢く佐奈の首筋に、牙をあてがう。
「また、もらうよ」
「……うん」
 ゆっくりと、佐奈を壊さないように。慎重に血をすすりながら、快楽と支配の『毒』を送り込む。
「ぁぁぁぁぁ……」
 腕の中でぶるっ、と達して震える佐奈の体を、丹念に愛撫してやる。
「かわいいな、佐奈は……」
 口を離し、首筋から漏れた血をなめ取る。
 そして……首筋から流れ出る血が止まったのを確認して、愛撫を止めて佐奈を放した。
「ぁ……」
 残念そうな表情を浮かべる佐奈に、俺は軽くキスをして、手を離した。
「ありがとう、美味しかったよ。ごちそうさま」
「……ね、ねぇ……」
「ん? なあに?」
 自分からがっつくのも、なんか負けたようでしゃくなので、疼いた体を持て余す佐奈を、十分に視姦することにする。
「…………ううぅ……分かってるくせに」
「うん。だからそんな佐奈を見てみたい♪」
 もじもじと恥らいながら……やがて、佐奈は胸を弄りながら、大胆に足を広げて、股間と胸に手を当てて弄りはじめた。
「いいよ。我慢なんかさせないもん……」
 手のひらから零れ落ちそうな乳房に指を食い込ませ、もう片方の乳首をもちあげて自分でしゃぶる。
「あっ、あっ……やだ……これ、違う。感じる……感じちゃう。嘘、オナニーで感じちゃうなんて……」
 じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てながら、膣口を出いりする指に絡まる粘液が、五指全てを濡らすのに、そう時間はかからなかった。
「すごい乱れ方だな。やっぱりオナニーもすごくHで大胆だね、佐奈は」
「ぁぁぁ、やぁ、違うぅ、違うのぉ!! オナニーで普段こんな感じないもん!」
 半泣きのまま、一心不乱に自らを慰める佐奈の手が、どんどん大胆に性器を弄びながら、卑猥に体をくねらせはじめる。
「セイ君が、はぁぁぁ、セイ君が見てるからだよぉ! 乳首もクリも、ビキビキ勃起しちゃってるよぉぉぉ!」
「へぇ。佐奈は、見られるとHになるんだ?」
 自慰というより、最早、雄を誘うための淫らな『舞い』を、大胆に見せつけながら体をくねらせる佐奈。
「ぁんっっ、そ、そうみたい。
 だから、ね、ねぇ見て、おっぱい、おっぱいもオマ●コも、お汁が溢れちゃってるの……もっと佐奈を見て……」
「うん。見ててあげる。だからイッてごらん……」
「ぁぁあ、い、いくっ、いく、いくぅぅう、セイ君に見られてイッちゃう! イッちゃう! いっっッッ……!!」
 びくっ、とひときわ大きく跳ね上がると同時に、プシュッと潮を吹いた佐奈の体は、そのままひきつけを起こしたかのようにガクガクと震え……やがて、荒い息に上下する胸以外、くたりと動かなくなった。

「可愛かったよ、佐奈」
 軽く愛撫すると同時に、キスをひとつ。
 そして、やさしく抱きしめてやると、佐奈は俺にしがみつくように顔を埋めてきた。
「……ヘンタイ」
「ん?」
「……セイ君のせいだ……」
「そうだよ」
 求めて、手に入れたソレは、俺の想像とはかけ離れて、あまりにも脆くて。だが、それ故に……めちゃくちゃに壊したくなる程に、愛らしい存在。
「……セイ君のせいだ……」
「ヘンタイは、嫌か?」
 やさしく抱いて、頭を撫でて。
「………………嫌じゃ……ない…………だって」
 佐奈の伸ばした手が、俺の勃起した肉竿に触れる。
「……私のオナニー見て、こんな勃起してくれたんだよね」
「そうだよ」
「……嬉しい」
 そう言って体ごと、胸をすりよせる佐奈。
「セイ君が私で発情してくれた」
 笑顔は、限りなく無垢でありながら、底なしの淫蕩さを備えた、まさに淫魔と呼ぶに相応しい笑顔だ。
「もっと私で興奮してほしい。ううん、もう……私のほうが我慢できない。
 だって……勃起したセイ君のチ●ポに……私の欲望が抑えられないの。
 これを私にねじ込んで欲しいって、体が求めてるの。前のオマ●コも、後ろのケツマ●コも……このたくましくて熱いチ●ポを嵌めて熱い精液がほしいって、疼くの」
 あくまで柔らかく、しかしツボを心得た手淫によって、自分でも信じられないほどに肉竿の硬度が増していくのが理解できる。
「だって……私の体、セイ君のチ●ポの味を知っちゃったんだもん。とくに、後ろのケツマ●コなんか……最近はウンチするよりもチ●ポ嵌めたくてしょうがないくらいなんだよ?
 ううん、このチ●ポの味を知った体だけじゃない。セイ君の欲望に触れて……私の中でも、新しい欲望が目覚めたの」
「新しい欲望?」
 くすり、と淫らに微笑む佐奈。
「私ね……マゾになったみたい。
 だって、セイ君にメチャクチャに犯されてると……凄く、感じちゃうの。
 あの欲望に暴走してる時の、冷たいセイ君の目で見られるだけで背筋がゾクゾクして……この逞しいモノで乱暴に貫かれるたびに、物凄く興奮してる自分が居るのに気づいたの」
「佐奈、それは」
 俺の動揺を見透かすように、佐奈は顔をよせてくる。
「良くも悪くも、好きな人と一緒に居て、何も『変わらない』人なんて居ないよ。
 私はセイ君と一緒に居て、変わった……ううん、『変われた』の。少なくとも……こうして、セイ君を誘惑して、Hできるなんて……考えてもいなかった。
 だから……ね♪」
 期待と、羞恥と、情欲と少々の不安の混じった、最高の笑顔。そして……
「お願い、この逞しいモノで、佐奈のはしたない牝穴を躾けて。セイ君好みのメスにして……私の大好きな……ご主人様」
 俺の理性の手綱を切る、最後の言葉を佐奈が口にした。
「……佐奈」
 ……悲しかった。だが、それよりも抑え難い欲望が、俺自身を支配するのに、そう時間はかからず。

 俺は、その佐奈の望みを叶えるために、再び牙をむいた。

「……………あー、その……」
 翌朝。
「えへへ♪」
 梅雨入りの雨の中を、一つの傘の下で寄り添いながら、俺と佐奈は学校へと足を向けていた。
「さ、佐奈。その……」
「ん?」
「まずいんじゃ、ないのか?」
 二の腕に抱きついて、強調するように胸をおしつけてくる佐奈に、俺は少々戸惑っていた。
 なんというか……痛い。
 このシチュエーションで向けられるご近所様からの目線が、ものすごく痛いのである。
「……嫌?」
「いや、そーじゃないが……その、周囲の目が」
 生暖かい、カップルを見る眼差しに怯んでしまうのは、俺が未熟だからなのだろうか?
「一度、やってみたかったんだ、こういうの。……だめ?」
「……今日一日だけだぞ」
「うん♪ ありがと」
 ……まあ、いいか。ちゃんと皆に言うつもりだったし。
 とはいえど、校門をくぐって玄関に入るまで、ぴたーっとくっついた佐奈の姿に、目を点にしたり、好機の目線を送ってきたり、生暖かい眼差しを送られたりすると、『これからの学校生活どーなるんだろーなー』などと、遠い目をして考えてしまう俺がいたり。
「ま、いっか」
 成せば成る。何より、俺が佐奈を愛しているのは、事実なんだ。相思相愛ならば何を隠すことがあろう。
 下駄箱にスニーカーを放り込み、上履きに履き替えようとしたその時だった。
「セイ君」
「!?」
 その瞬間に起こった出来事は……ああ、その。不覚、としか言い様が無い。
 気がついたときには、佐奈の顔が近くに迫り……
「じゃ、朝の仕事があるから。あとで教室でね♪」
 柔らかいキスの感触を残して、佐奈は立ち去っていった。
「……参ったな、こりゃあ」
 周囲の目線が、今度こそ点になっている中で、俺は立ち尽くしていた。

「せーいーごー!! とーとーゴールインかー!?」
「……ん、まあな」
 教室で猪上にヘッドロックをかけられながら、俺は苦笑いしつつ何人ものツレの手荒い歓迎を受け止めた。
「んー? ラヴラヴなのは結構だが、大胆な事するなー、んー?」
「あー、いや、その……まあ、反省してるから。明日からはやらない、うん」
 などと弁明してる端から、他のクラスメイトから、冷やかしやら問い詰める声やらなんやかんやが迫ってくる。
 意外だったのは、クラスの男子のうち何人かが頭を抱えたり、がっくりと肩を落としてたりする事だった。
 ……案外モテたんだな、佐奈の奴。
「んー、幸せにしろよー、んー?」
 で、振り返ると、佐奈の奴も女子たちに取り囲まれて、きゃーきゃー言われてる。
 ……こりゃあ、暫くあとを引くなぁ。
 まあ、人の噂も何とやら。外野は騒ぐだけ騒がせて、しばらく放っておけばいい。と……思っていたのだが……
「……」
「あーそのー」
 こんな状況下で、もぉ底冷えに冷えまくったクールアイを向けてくる遠藤。
 まあ、経緯からして無理からぬ話ではあるのだが……
 と、
「……幸せにしてやれよ。アイツは多分、お前じゃないとダメなんだろ」
 とん、と軽く。肩を叩かれた。
「悪い猪上。俺、今日の授業ちょっとフケる」
「お、おい、遠藤! ……珍しいな、アイツが授業フケるなんて」
「……」
 とりあえず、心の中で10回ほど土下座して、遠藤に頭を下げておく。
 と……
「遅刻遅刻遅刻遅刻ーっ!! おいーっす、おっはよー!!」
 リーンゴーンガーンゴーン♪
 転校して一週間もたってないのに、既に遅刻のデッドラインを見切ったナタリアの奴が、食パンくわえて教室に特攻。続いて、入ってくる赤井美佐。
「はい、海野さんセーフ。日直」
「起立! 礼! 着席!」
 日直の号令に従って、いつもの儀式を済ませると……
「……さて、今日より、教育実習生が入ってきます」
 告げられる、最早定番と化した厄ネタの合図に、気を取り戻す。
 ……さてさて、今度はどんな奴が来るのやら。教育実習生としての全校集会とかのイベント紹介も無しに入ってくるあたり、相当、雑な工作でねじ込んだのだろう。
 厭だなぁ……面倒だなー……本当、何とかなんないかなー、はぁ……
「皆さん、短い期間ですが……」
 と、教壇で赤井美佐が話をしている真っ最中だった。
 ドッガラガラガラガッシャーン!!!!!!!
『!!??』
 教室の廊下側のドアをぶち破った『何か』が、突き破った勢いのまま、教壇と最前列の間を水平にカッ飛んで、校庭側のガラス戸を粉砕しながら落下していった。
「今の……」
「……遠藤、くん?」
 一瞬、ちらっと見えたのは、紛れも無い遠藤の格好。それも……『犬耳姿』だった。
 そして……
「はい、みんな注目ーっ!!」
 聞き覚えのある声に、背筋が凍る。
 ……いや、まさか……まさか……
 ぶち破れた教室の扉の向こうから、教室にやってきたのは……
『あーっ!!』
 猪上と俺を含めた数人の男子が、声をそろえた叫びを無視して入ってきたのは、ロングの髪に180近いスレンダーな長身を、ピシッとスーツ姿でキメた女性だった。
 彼女は、ワシッ!とチョークを引っつかむと、黒板にガッガッガッと、刻みこむよーな勢いで『遠藤鈴鹿』と名前を書きなぐる。
 そして……
「押忍!! 今日から私が、君らの教室で国語の教育実習をさせてもらう事になった、遠藤鈴鹿(えんどうすずか)だ!
 何人かは自己紹介が要らないみたいだが……とりあえず、私から言うべき事は一つ。
 実習生とはいえ『この私が』全力で君達の指導に当たらせてもらう以上、君たちにもまた全力で答えてもらうつもりだ。
 だから、居眠りや、おしゃべりや、まして『授業をバックレようとする』輩には、分け隔てなく厳しく当たらせてもらう。
 ついでに言うなら、私は魔法使いなので、嘘やごまかしは通じないと思ったほうがいいわよ」
 教壇に仁王立ちして、ギラリと歯を剥いた笑顔。
 地上最強の『厄ネタ』を前に、俺はその場に凍りついた。
 
 遠藤鈴鹿。
 遠藤裕の姉であり……俺の……前の彼女だった女。
 それが巻き起こしてきた騒動の数々、そして……あの日の記憶が……

「遠藤せんせー、魔法使いなら、魔法見せてくださーい」
 事の成行きに呆然としていると、不意に、教室の端から、恐れを知らぬ質問が飛んできた。
 ……バカ、やめろ。アレとは関わるな。
 そんな何人かからの目線を意に介さないパンピーに絶句する、俺含めた数名。
「ふむ……OK、自己紹介代わりに、ここでイッパツ先生が、特別な魔法を見せたげよう♪」
 そう言うと、財布から五百円玉を取り出した鈴鹿姉。
「さあ、よく見てなさい……アブラカタブラ~♪」
 言うが早いか……みきゃみきゃみきゃっ!! とひん曲がって半分に折りたたまれる五百円玉。
「……せ、先生、それが魔法、ですか?」
「うん、魔法だけど何か?」
「手が少しプルプルしてますけど?」
「うん、念力を込めてるからね♪」
 臆面も無く言い放つ、自称『魔法使い』に、ドン引きするクラスの生徒たち。……恐ろしく力技な魔法もあったもんである。
「ふむ、これだけじゃ面白くないか。んじゃ追加で……アブラカタブラ~♪」
『うわぁぁぁぁ!!』
 さらに四つ折りに畳まれる五百円玉に、クラスメイトたち全員が、ドン引きとも引き込まれるともつかない声をあげる。
「と、まあここまで折ったわけだけど……これじゃジュースも買えないから元に戻しますね。はい、アブラカタブラ~♪」
 両端を摘んで、これまたみきゃみきゃと四つ折りになった五百円玉を『元に戻していく』鈴鹿姉。
 もー、これ以上無い力技な『魔法』を前にして、クラスの人間は完全に鈴鹿姉のペースに巻き込まれてしまった。
「はい、魔法はこれまで! それじゃ、今から国語の授業を始めるわねー」

 リーンゴーンガーンゴーン♪
「はい、と、いうわけで今日の授業はここまで。日直」
「起立、礼」
 礼、の言葉の後でざわつきはじめる教室の中、直立不動状態な俺含めた数名。
「ん、よろしい。じゃ、木曜日の授業で、あいましょう」
 そのまま、すたすたと鈴鹿姉が教室から出て行った後で、ようやっと正体知ってる面子の張りつめた空気が緩む。
『……最悪だ』
 休憩時間中。猪上をはじめ、何人かのクラスメイトが集まり、ため息をついていた。
「よりにもよって……」
「あの鈴鹿の姐御が、ウチのクラスで実習なんて……」
「どー、すんだよ……」
 頭を抱え込む猪上以下、鈴鹿の事を直接知っている面々が、溜息をつく。
 そして……
『伊藤、何とかならないか!?』
「無茶言うなよ!」
 あの、問答無用のパニッシャーを前に、俺に何をどーしろと?
 スナック感覚でヤクザの組事務所を『消滅』させる猛女(もうじょ)相手に、俺が出来る事などタカが知れている。
 即ち……
「実習の間の二週間、大人しくして逆鱗に触れない事を祈るしか無いな。……ふぅ、茶が旨い」
 諦めの境地で、窓の外の遥か彼方の梅雨空を眺める。もー、それ以外に手のうちようが無かった。
「っていうか、遠藤の奴、どーなった?」
「保健室でうなってたよ」
「うっわぁ……」
「容赦無さ過ぎだ……」
「いや、むしろ弟だからこそ、逆に手加減が無いと思われ……」
「ありうるなー……ハナッから帰ったらソッコー、シメるツモリだったんじゃね?」
 などと噂話をしていると……
「……そういえば、海野さんを姐御が呼び出してたけど、何があったんだろ」
「……え?」
 海野那由他……ナタリアの奴を呼び出したという言葉に、背筋が凍った。
「呼び出しって、ドコに!?」
「いや、なんか……体育館の裏に……」
 学校では猫を被って大人しくしているが、ナタリアもあの女に負けず劣らずのトラブルメーカーだ。
 そんな二人が顔を合わせて、何も起こらないワケが無いどころか、どんな事態になるか想像もつかない!
「ちょっと行ってくる」
「あ、おい、清吾!」
 僅か一時間で、ぶち壊しにされようとしている『伊藤清吾』の日常を守るために、俺は走り出し……。
「お?」
「ん?」
 教室の出入り口で、ナタリアの奴とばったり遭遇してしまった。
「よっす♪ そんなあわててどうしたの? もう次の数Ⅱ始まるよ?」
 ニコニコと妙に上機嫌な様子で、教室に入ってくるナタリア。
「おい、ナタリア。鈴鹿……あー、遠藤先生と、一体なにを話したんだ?」
「ん~? ひーみーつー♪」
 席に座ってニターリと笑うナタリアに、ものすげーヤな予感を覚える。
 ……なんだ。何を考えていやがる、こいつ。
 戦艦大和を乗り回して暴れまわる最凶の女海賊と、二足歩行型災害女との遭遇で『何も起こらなかった』と言う事実が、逆によりいっそうの恐怖を予感させて仕方がない。
「意外と話がわかる人だったわねー♪」
 ……なんだよオイ!? マジで一体こいつら、何の話をしていやがったんだ!?
 嫌な予感はするのだが、具体的にそれが見えてこない。漠然とした恐怖が、プレッシャーとなってずっしりと肩にのしかかる中、次の授業のチャイムが容赦なく鳴り響いた。

「はい、それじゃ今日はこれでおしまいにします。日直」
「起立、礼!」
 赤井美佐の言葉で、昼休み前、四時限目の英語の授業が終わる。
 ……そういえば、遠藤の奴、保健室に担ぎ込まれたっていうけど……どうなったのだろうか?
 昼飯代りのトマトジュースを飲みながら、ふと嫌な予感に狩られて俺は保健室へと足を向けた。
「入りまーす」
 トントン、とノックして……ばちっ! という強烈な静電気の感触。
 ……これって、確か……ダークストーカーが外界と隔絶させるための『結界』ってやつじゃなかったか? ってことはまさか……
「佐奈!」
 バチバチと拒絶反応を起こす結界ごと、無理矢理扉を引きあける。が……そこに居たのは……
「離っ! 離せ、この馬鹿女!! どっから這い寄ってきやがった!」
「んっふっふー、かーわいーのー♪ さぁさぁ、お姉さんに全部任せて~♪」
「誰がお姉さんだ、この貧乳つるぺたん! ぎゃあああ、さわんな、触れんな、あっちいけ!」
「えへへへ、這い寄っちゃーうぞー♪ このふかふか犬ぐるみめー♪」
 なんか触手っぽいものにベッドごと拘束されて、ダークストーカーの本性あらわしたナタリアにいいように弄られてる、上半身包帯で人狼状態の遠藤の姿だった。
「……はぁ……」
 深々と溜息をつくと、俺は高々と足を振り上げ……
 メギョス!!
 瞬間的にインスマス(ポニョ)顔に化ける程度の勢いと威力で、ナタリアの脳天にカカト落としをぶちくれて引き止める。
「っっつぁぁぁぁぁ! だっ、だっ……痛っつぁぁぁぁぁ!!」
「学校内で俺のツレ襲って何する気だ、貧乳海賊女……」
「せ、清吾、た、助かった……」
 起き上がる遠藤だが、その足元はおぼついていない。
 ……やはり、ナタリアに何かされたのだろうか。それとも……まさか……
「うー……なにするのさー」
 涙目になりながら立ち上がったナタリアが、恨めしげに俺をにらむ。
「その前に、お前は一体なにしようとしてたんだ!?」
「なにって……夜這い」
「今は昼でここは学校でこの部屋は保健室だ。やるなら家に帰ってからやれ!」
「……ちぇー。せっかく許可貰ったのに……」
「……許可?」
 果てしなくやな予感。まさか……
「遠藤君のお姉さんに、襲ってOKって許可もらったから♪ これで万事OK、無問題♪」
「っだぁぁぁぁぁ、あ、あの馬鹿姉貴ー!!」
「……っ!」
 涙目で絶叫する遠藤に、引きつって絶句する俺。
「ああ、それと……言うまでもないかもしれないけど、あの女は気をつけたほうがいいわよー。
 私は今回、ノータッチで過ごすつもりだけど……本気になった人間て、本当におっかないわ」
 ぼそっ、とつぶやいたナタリアの言葉が気にかかる。というか……既に、揃いつつある状況証拠に、嫌な予感……というか、直感が加速度的に増していく。
 ……冗談、であってくれよなぁ……
「じゃあね、裕ちゃん♪ また這い寄りに行くからー♪」
「くんな、馬鹿女!」
 ばふん、と遠藤が投げた枕が保健室の扉に当たって落ち……。
「痛……っ!!」
 顔をしかめて息を荒くする遠藤に、俺は気になって問いかけた。
「……あばら、何本?」
「二本、右胸の下から二つ目より上。満月に近いから大丈夫だけど、今夜一杯は静養しないとヤバいかも」
 呼吸の乱れと、投げる時のモーションから推察したのだが、どうやら当たりだったようだ。
 まあ、さしあたって俺にできることは……
「とりあえず、包帯と湿布、巻きなおすか?」
「……頼む……」

 リーンゴーンガーンゴーン♪
「はい、それじゃ終わりにしましょうか。日直」
「起立、礼」
 放課後。
 帰りのHRが終わり、生徒たちが部活動、もしくは帰り支度をする最中。
 机に置いた500円玉を前に、俺は真剣に考え込んでいた。
「……セイ君、何やってるの?」
 帰り支度を整えた佐奈が、考え込む俺に話しかけてきた。
「ん、ああ。朝の、鈴鹿のやった『アレ』な……」
「ああ、あれ? なかなか面白かったよね。500円玉をみきみきみきって曲げて、元に戻しちゃうの」
「……あれな。『普通の人間には』不可能なんだ」
「へ? でも、セイ君たちみたいなすごーく鍛えた人なら、わりと出来るんじゃないの?」
 根本的な事を気づかないで失念している佐奈に、俺は真剣な目で説明をはじめる。
「……佐奈。金属疲労、って言葉知ってるか?」
「へ? ……えーと……針金なんかを、同じ場所を曲げ続けると、硬くなってパキンって折れたりする、あれ?」
「そう。で、ああいう現象はな、かたい金属ほど曲げ伸ばしした時に、あっさり割れやすい傾向がある」
 あの時……鈴鹿の奴は、ひん曲げた硬貨を『無理矢理元に戻していた』のである。
「ついでに言うなら、分ってると思うが、硬貨という奴は結構硬いんだ。
 どんな国の硬貨でも、流通の過程で折れたり曲がったりしないように、ローコストの範囲で極力頑丈な合金で出来てる。銭形平次が有名だが『羅漢銭』っつって硬貨を武器にする技も実在するくらいでな」
「セイ君……それって……」
「もちろん、一連のアレが文字通りマジックだったら、そーいうもんなのかもしれない。俺は手品に詳しいわけじゃないしな。
 ただ、俺の知る限り、鈴鹿の奴は、そんな器用な女じゃなかった」
 そう言って、俺は500円玉を手に取ると、まず、半分にひん曲げた。続けて、四分の一に折り、そこから元に戻すように広げ……
 パキン。
 真っ二つになりこそしなかったものの、500円玉は致命的な音を立てて、中心部から折り曲げた線に沿って大きくひび割れた。
「やっぱりな。一度曲ったコインは、普通、元に戻ったりはしねぇんだよ」
「で、で、でも、やっぱり、手品か何かで、どっかですり替えてたんじゃないの!?」
「その可能性もあるが、あの時、鈴鹿は一度も硬貨を物陰に隠したり、しまったりはしなかった。全部、俺達の視界の中で『アレ』をやってのけてたんだ」
「……………」
「ついでにな……朝の一撃で、遠藤の奴が肋骨折られた」
「え!?」
 いや、確かにあの女は元からただ者ではないが……人間がダークストーカーに徒手空拳で打撃を与えたのである。
 いよいよ尋常ではない。
「な、何者……なの?」
「見ての通りの人物、と言いたい所だが……俺はどうも嫌な予感がしてならない。
 ナタリアの奴は完全に傍観モードに入っちまったし、赤井美佐はそもそも積極的に手出しする立場じゃない。
 遠藤の奴は朝の一件でKOされて、残るは俺と佐奈の二人っきり、ってのが、今の状況なわけだ」
 あの女がやってきてから、何かが起きて、何かが進行している。しかし、それが何なのかは分らない。
「一体、何をたくらんでいるんだ……鈴鹿の奴」
 と……
「あ、居た居た♪ おーい、そこの二人。ちょっとちょっとー♪」
 疑惑と騒動の元凶が、教室の入り口で手招きをしていた。

 職員資料室。
 書類と資料が並び、それ以外は何もない部屋であり、資料の保存と同時に、生徒にたいする説教部屋としても使われる。
 そんな部屋で、俺と佐奈。そして鈴鹿の姐御が向かい合っていた。
「……さて、と……」
 燃えちゃヤバい資料とかたくさんあるってのに、あろうことかポケットから煙草を取り出してフカす鈴鹿。
「あの、火……」
「……ん? ああ、大丈夫よ。この部屋の資料、ほとんどコピーか、意味のないガラクタだから。先月、いっぺん豪快に燃えてるはずだしね」
 どきり、と心臓が跳ね上がる。
 転生直後の事件……この部屋を丸ごと、佐奈がシュレッダーした挙句、燃やす羽目になった事を思い出す。
「んじゃあ、ちょっと二人に聞きたいんだけどさ。二人って付き合ってるの?」
「……は?」
 予想だにしなかった質問に、俺が戸惑っていると……佐奈の奴が、俺の前に回り込んできた。
「え、おい!?」
 まさか、と思った瞬間に、いきなりキスをする佐奈。
「っ!!??」
 ちるちるちるちる……などとわざと音を立てて舌を絡めながら唇を吸い……
「見ての通りのラブラブです。それがどうかしましたか?」
 ポンッ、と口を離すと、普段の無敵委員長スタイルの表情のまま、くぃっ、と眼鏡を直して淡々と鈴鹿に向きなおる佐奈。
 ……なんというか……こいつはこいつで、無敵である。多分、勝てるのは布団の中だけなんだろうなぁ……
「んー、そっかぁ……そうだよなぁ。もう何年も経ってるわけだし、取られちゃっても、しょうがないっちゃあしょうがないよなぁ」
「……なんだ? 俺と別れた事を後悔してんのか、鈴鹿姉」
 意外と言えば、意外だった。
 あの竹を豪快に割ったような性格の鈴鹿姉から、後悔の言葉が出るなんて想像の埒外だったのだ。
「そりゃそうよー。
 ちょっと大きい仕事が舞い込んで日本を留守にしてたら、弟も元彼も人間辞めてて、しかも元彼には淫魔で幼馴染の彼女まで出来てるわけだし」
 さりげない一言に、背筋が凍る。
 臨戦態勢に入りそうになった佐奈を、俺はあわてて手で止めた。
「そうピリつかないでいいよー。あんたたちの最近の話は、いろんな人たちから聞いてるんだから。
 今のところ、体は人間辞めても、心は人間辞めてない、ってのは分ってるし。ただ、ねー……」
 呑気にタバコをふかしながら、淡々と語る鈴鹿姉。
「ここ最近、二回の戦闘でハンター側……とくに一部組織の上層部が、かなり危機感を持ってるの。
 隠ぺい工作や情報戦については、ハンター側のほうが一日の長があるけど、単純な戦闘能力において、対等の同盟者と見なすには、あまりにも戦力差が開き過ぎている関係じゃない?
 で、そのへんのパワーバランス取るために、私にこんな監視役というか……『脅し役』が振られたんだけどねー」
 やたらと重要な話を、心底どーでもいー風な、だらけた口調で話す鈴鹿姉。
「はぁ、そっかー。ラブラブなのかー……あ、一応念のために聞きたいんだけど、清吾、あんたは彼女を愛してるの?」
「え……お、俺?」
「うん、あんたは、このおっぱいメガネ、どー思ってるの?」
 ……さて……困ってしまった。俺は佐奈ほどに大胆にはなれそうにない。
「あー、その……大切な相手な事は、間違いないよ」
「ん? 愛しあってんじゃないのか?」
「いや、そりゃさ……その……」
 口に出してこそ言えないが……あと5年もしたら、俺は親戚に奪われた伊藤家の財産を取り戻すために、動き始めるつもりでいる。ただ、その戦いに佐奈を巻き込めるのか、と問われれば……
「……何と言うか、確かに俺は佐奈を愛してる。キスもしたいし抱きたいとも思ってる。一生を共に生きたいと思ってる。
 でも、俺に一生ついてきてくれるかどうかは、基本的に佐奈が決める事だ」
「セイ君……」
「……ごめんな、佐奈。卑怯かもしれないけど……なんというか、こういう風に心がけてないと、どんどん堕落しそうでさ」
 ダークストーカーとしての力を用いれば、女を堕とすのは簡単だろう。他人を支配するのは楽だろう。だが、それは『他人が堕ちてる』のであって、自分が強くなっているわけではない。
 手にしていた全てを失った『あの時』のような、無様でみじめな姿を晒す事が無いように。
 裸一貫であろうが、自分が『伊藤清吾』で在り続けるためには……結局、他人を支配するより、自分を支配する以外に方法は無いのだ。
「ううん。そう言う強がりなところも含めて、全部愛してるよ、セイ君。 ……と、いうわけで遠藤先生。彼は絶対に返しません♪ 悪しからず」
 そのまま、俺の片腕をつかんで、にっこりと微笑む佐奈。ただし……その目が全然笑ってない。
「参ったねぇー。うん、参ったわ」
 溜息をつく鈴鹿姉。
 煙草のけむりを燻らせて、ふーっと遠くを見ながら吐き出した。
「……うん分った、しょうがない、諦めよう。でもその代わり清吾。一発だけ殴らせろ♪」
「え?」
 にこにこと微笑みながら、ぶんぶんと腕を回す鈴鹿姉。
「い!? ちょ、ちょっと待て!!」
 いくら俺がダークストーカーだからといっても、徒手空拳で鉄筋コンクの壁をぶち抜く鈴鹿姉の打撃の破壊力は、シャレにならない。
「だってさー『仕事』に行ってくるから待っててっつったのに、待っててくれなかった上に、こーんな可愛い彼女まで作って、挙句人間辞めて、勝手に私の敵側に回っちゃってるし。
 なんて言うの、この傷ついたデリケートな乙女心癒すためには、せめて一発くらいブン殴らせてもらわないと、割に合わないと思わない?」
「バリケードが何ぬかしてやがる。大体『すぐ戻ってくる』っつっといて、年単位で音沙汰無しで放置するのが、そもそも間違ってる気もするが?」
「そんな事ぁどうでもいい。とりあえず一発ぶん殴らせろ! それでこの件は終わりにしてやるから」
「……『殴らせろ』っつったって、お前に殴られたら、普通の人間じゃなくたって死んじゃうよ」
 ヤクザの事務所の入ったビルを『中身ごと』ぶっ壊した事もある人間に『一発殴られる』ってのは、相当な致命傷なのではないだろうか?
「そっかぁ……それが無理なら暴れるしか無いかなぁ」
 ぎらり、と笑顔を浮かべながら拳を握る鈴鹿。
 いかん! コイツが本気で暴れたら、マジで学校が消滅する!
「……本当に、終わりにしてくれるのか?」
「ああ。なんだったら、この街も離れる。元々私は協会に所属しているハンターじゃない、フリーの立場だからね」
「さすがに、そこまではしなくてもいいが……」
 とはいえ……まあ、ダークストーカーの中でも、俺って頑丈なほうみたいだから、死にはしないか。
「わかった。これ以降、ちょっかいかけてこないって誓えるのなら」
「OK。実習期間中は大人しくしてるよ。元々、工作のためにもぐりこんだだけだしね。それでいいか?」
 工作っつーか……むしろ、ここまで雑なのはちょっと無いっつーか、どうゴリ押ししたらそうなったのか知りたい。
 それはともかく。
「ちょっ、セイ君!」
「……まあ、ちょっとしたケジメだよ。大丈夫、一発殴られてくるだけだから」
 そう、死にはしない……と、思う。思いたい俺が居る。
 呼吸を整えて、魔力を循環させて、自然体の状態で最大限防御を利かせて……
「よし! 来い!」
「じゃあ……歯をくいしばってね♪」
 ……って!? あの……鈴鹿の姐御!? 『一発だけ』って話が、なんかやたら呼吸を丁寧に整えながら、両手広げておられるのは……
 果てしなく嫌な予感に狩られるが、時すでに遅し。
 ズゴォン!!
 脳天を挟むように振られた一撃が、俺の意識を瞬間的に刈りとった。

「……セイ君!! セイ君! しっかりして!」
 ……頭が痛い。ひどく……痛む。
 意識が戻って、俺の視界に映ったのは……涙を流している椎野の姿だった。
「よぉ、椎野……どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「し、椎野? え……セイ君、何を……言ってるの?」
「んーあー……アッタマ痛ってぇ。どこだよココ? っつーか、なんで椎野が居るんだ? ここイギリスじゃねーだろ?」
 見覚えのない場所だが、並んでる日本語の書類から、ここが日本だと言うことは間違いが無さそうだ。
「い、イギリス!? ちょっ、何バカ言ってるのよ。中学校なんてとっくに……」
「……っていうか、椎野よ……胸に風船でも仕込んでるのか?」
 幼馴染のとても目を引く変化に、俺は混乱しながら問いかける。
「なっ……む、胸のことはいいの! せ、セイ君。お、落ち着いて聞いて……セイ君、自分の名前は言える?」
「伊藤清吾だよ……ひょっとして、俺が記憶喪失か何かだと勘違いしてんのか? まあ確かに、格闘技やってりゃ『記憶がトぶ』くらいめずらしくもねー話だけどよ」
「あー悪かった……ごめん。で、今何歳?」
「馬鹿か? 同い年なんだから15に決まってんじゃねーか。お前と一緒の中三だよ!」
 なんか愕然とした顔してる椎野との、アホな問答を繰り返していると、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「よぉ、清吾、目が覚めたか」
 い!?
 声をかけられた先に立っていた女は……
「鈴鹿……あ、いや、これは……だな」
 気がつくと、俺は椎野に膝枕されていたのだ。
 『今の彼女』の目の前で『彼女でも何でもない』ただの幼馴染の膝の上に。
「構わんかまわん。それより、今からちょっと付き合え」
「つ、付き合え……って、まさか」
 またオヤジ狩り狩りか!? それともカップル狩り狩りか!? いや、最悪のヤクザ狩りにまた連れて行かれるのか?
「ラブホテル♪」
「え?」
「嫌か? 嫌ならまた今度にするが」
「あ、いや、行く。うん、その……行くわ」
 そう言って、痛む頭を押さえながら俺は立ち上がった。
「あーその、椎野。ありがとう、悪いな。で、その……そういうわけだから」
「な、ちょっと待って!? なんで……なんで……」
「何でって……そりゃまぁ……その……」
 正直、その……混乱はしていたのだが、それでもハッキリしている事は一つ。
「お前だって、ただの幼馴染のデートに割り込むほど、野暮じゃないだろ?」
「そう言うことだ、なあ、椎野さん♪」
 何故か……愕然とした表情を浮かべる椎野の姿に、胸が痛んだが……まあ、仕方ないとしか言いようがない。
 俺の彼女は、遠藤鈴鹿なのだから。
「……嘘……」
 座り込んだ椎野を置き去りにする心苦しさを覚えながらも、俺は見覚えのない部屋を鈴鹿と共に後にした。

< 続く >

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