野球拳で勝負だ!

「もう怒った! 今日という今日こそは、絶対に許さないんだからねっ!」

 悠麻の怒号が2年1組の教室に響き渡る。

「えー……だって、元はと言えば、悠麻が僕に相談してきたことが原因でしょ?」

 今にも噛みつかれそうな悠麻の剣幕を前にして、浩一は少し困ったような表情でため息を吐いた。

 ──事件のあらましは5分ほど前まで遡る。

「えーと……」

 教室に足を踏み入れるなり何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回していた悠麻は、隅の方でカードバトルに興じていた一人の男子生徒を発見して声をかけた。

「あ、新田!」

 てくてくと近寄ってきた悠麻に対して、新田と呼ばれた男子は小さく顔を上げる。

「ん……何?」

「さっき川島が呼んでたにゃ」

「……『にゃ』?」

 怪訝そうな表情で眉を顰めた新田の反応の直後に自分の発言に気付き、悠麻は慌てて口を押えた。
 もちろん、悠麻は普段から語尾に『にゃ』を付けるような痛い女子ではない。ただ、無意識に口が滑ってしまったのだ。

 慌てて弁解しようと両手を振る悠麻。

「ち、違うにゃ! 私が言いたいのはっ」

 ……ダメだ、焦れば焦るほどドツボにハマっていく。一度冷静にならないと。
 悠麻は一度深く深呼吸して、ゆっくりと切り出した。

「川島せんせーが、新田くんを、呼んでた」

 よし、言えた。あとは、黙ってここから立ち去るだけだ。
 だが、そんな思いとは裏腹に、悠麻の足はぴくりとも動かず、その場でうつむいたまま立ち尽くしていた。

「~~~」

 早く。今すぐにここから離れないと。
 頭では理解しているにもかかわらず、このまま黙って去ってはいけないという猛烈な使命感が悠麻の心の奥底から湧き上がっていた。

 言わないと。言っちゃだめだ。

 言わないと。言っちゃだめだ。

 言わないと。

「……にゃ」

 俯いたまま真っ赤になった悠麻の頭から、ぷしゅぅ、と音を立てて湯気が噴き出した。

「──おかげで私、男子に変な目で見られたんだからね! 全部、あんたの催眠術のせいよ!」

「そんなこと言われてもね。さっきも言ったけど、別に無理やりかけたわけじゃないよ。
 悠麻から僕に『ガサツな喋り方を治したい』って相談してきたんだし、僕が催眠療法を提案した時も『そんなもので治せるならやってみなさいよ!』って言ってきたのは悠麻の方なんだから」

「う……」

 確かに、浩一の言う通りだった。

 今までの学校生活の中で、浩一の催眠術の力は何度も目の当たりにして偽物ではないことを理解していた。
 またこの男が催眠術を使って女子たちを人前で弄んで楽しむ厄介な性癖の持ち主であることも。

 にもかかわらず、不思議なことに女子たちは皆、こぞって秘密の悩みを浩一相手に打ち明けてしまったり、浩一のちょっとした軽口についつい突っかかってしまう。
 そして、浩一から催眠術をかけられるような提案を受けるとノリノリで応じてしまったり安い挑発にいとも簡単に乗ってしまい、クラスメイト達が見ている前で恥ずかしい姿を晒してしまうのだ。

「とにかく、今回のことは悠麻の自業自得なんだから、僕に対して怒られても筋違いだよ」

「……だったら、勝負よっ! 私が勝ったら、もう女子に催眠術をかけないって約束しなさい!」

 どん、と大きな音を立てて、悠麻が両掌を浩一の机に叩きつける。

 だが、その剣幕とは裏腹に、浩一はまったく気乗りしない様子だ。

「えー……そんな一方的に言われても、そんなことをして僕に何の得があるんだよ」

「う……そ、そりゃそうだけど……」

 悠麻は言葉を詰まらせる。勢いで勝負を仕掛けてしまったものの、浩一からすれば受ける理由がないのは当然のことだった。

「大体、そもそも勝負って言っても何するのさ」

「え? えっと……」

「はぁ……もしかして、勝負の内容も考えてなかったの? 一応言っておくけど、そっちが明らかに有利な内容とかは却下だからね」

「わ、わかってるわよ!」

 浩一の指摘に悠麻はたじろぐ。
 だが、簡単に引き下がるわけにはいかない。この男の悪行を止めるためには、何とかしてこの勝負を受けさせる方法を考えなければ。

 確かに、あからさまに自分が有利になるような勝負(例えば、悠麻の得意科目である社会のテストなど)では浩一は勝負を受けないだろう。
 だからといって自分に不利な条件で勝負を仕掛ければ返り討ちにされるだけだ。

 思い悩む悠麻に、ふと一つのアイデアが閃いた。

「ねえ、浩一。要するに、互いにとって平等に勝つチャンスがあって、さらに浩一にとってメリットがあればいいのよね?」

「まあ、そうだね。そんな都合のいい勝負方法なんてあれば、の話だけど」

「だったらさ……『野球拳』、なんてどう?」

 うら若い乙女の提案としてはおよそ似つかわしくない勝負内容に、教室内が一瞬ざわめく。
 浩一も、あまりに突拍子のない提案にキョトンとしていた。

「野球拳って……あのジャンケンで戦うやつ?」

「ふふ……もちろん、ジャンケンで負ける度に着ている服を一枚ずつ脱いでいく、あの野球拳よ。知ってるでしょ?」

「そりゃもちろん、知ってるけど……」

 戸惑いがちに答えながら悠麻の制服姿にちらりと目を遣る浩一。

 ──よし、食いついた。ここまでは作戦通り。

 内心の狙いを浩一に悟られないよう、悠麻は笑い出したくなるのを堪えながら話を続ける。

「それなら、悪い条件じゃないでしょ? ジャンケンなら互いが勝つ確率は平等だし、それに……ふふ、浩一が勝ったら私の服を脱がせられるんだよ?」

 まるで誘惑するようにセーラー服の襟元を少し広げて鎖骨を覗かせつつ、浩一の反応を伺う。
 恐らくは自分の制服の下の姿を想像しているのだろう。浩一はごくりと唾をのみながら悠麻の胸元に視線を泳がせていた。

「……まあ、悠麻がそれでいいなら僕も構わないけど……」

「そうこなくっちゃ!
 後から揉め事になっても面倒だから、細かいルールも最初に決めておくよ。
 何を服とカウントするかだけど、例えば靴や靴下みたいな足に履くものとか、あとはヘアピンなんかの布製じゃないものに関しては除外ね。あくまで体に身に着けるもので、布でできているものだけ。
 それと、んー……流石に教室の真ん中で最後の一枚まで脱がせちゃうのは可哀相だし、お互いに好きな時にギブアップできるようにしましょう。それでいい?」

「あ、うん……」

「よーし、じゃあ決まりね!」

──かかった!

 心ここにあらずといった様子でうなずく浩一の反応に、悠麻は密かにガッツポーズをした。

 スケベな浩一のことだ。50%の確率で女子を脱がせられる可能性をちらつかせれば、恐らく食いついてくるであろうことは容易に予想できた。
 だが実はこれは悠麻の仕掛けた罠である。実のところ、この勝負は一見して公平でありながら、悠麻にとって極端に有利な条件であった。

 悠麻が仕掛けた罠は大きく二つ。

 一つ目は、「着ている服の枚数」。確かにジャンケンで互いが勝つ確率は半々だが、二人が着ている服の枚数には決定的な差があった。

 浩一は、制服のスラックスに、カッターシャツ。下に着ているのはパンツとタンクトップといったところだろう。即ち、一度でも負ければその時点で上下どちらかの下着を晒すことになり、3回負ければパンツ一丁だ。

 それに対して、悠麻は違う。制服はセーラー服なのだが、この構造に秘密がある。襟と両袖のカフスの部分はスナップによって取り外せるようになっているのだ。
 それに加えてスカーフも着用しているためセーラー服を脱がすだけで実質5回勝つ必要がある。順当に進めば、恐らく浩一が全裸になるまで戦ったところで、悠麻のセーラー服すら脱がすことができない計算になる。
 さらに、スカート、キャミソール、ストッキング、ブラジャー、ショーツを加えると悠麻が着ている枚数は10枚。これだけの枚数を浩一が脱がせて悠麻の裸を拝むのは、まず不可能と言っていい。

 ……とはいえ、しょせんはジャンケンである。極端に運悪く悠麻が何度も連敗する可能性もゼロではない。
 だが、仮にそのような事態に陥っても恥ずかしい姿を晒さないための保険が悠麻にはあった。それが二つ目の仕掛け──『ギブアップ』のルールである。

 浩一は、負けた場合には女子に催眠術をかけないという約束をしているため、仮にギブアップした場合それだけで悠麻の目的は達成される。

 だが、悠麻は違う。この勝負に負けたところで失うものはなにも定めていないのだ。つまり、悠麻だけがノーリスクで好きな時にギブアップすることができる。

 そう、仮に大きく負けが込んだところで、その場でギブアップさえしてしまえば悠麻は下着姿すら晒すことなくこの勝負を降りられるのだ。

 意気揚々と拳を浩一に向かって突き出し、悠麻は高らかに宣言した。

「野球拳で勝負だっ!」

 これだけ有利な条件が揃っている以上、万が一にも悠麻が負ける心配はない。

 ──催眠術にでもかかっていない限りは。

 かくして、世紀の大勝負の火蓋が切られた。

 場所は、放課後の教室。机や椅子は邪魔にならないように壁際に寄せ、教室の真ん中に悠麻と浩一が立ち、その周囲をギャラリーが囲む配置となるようにセッティングした。

 また本来、野球拳と言うものは歌や振り付けがあるようだが、この勝負では時間短縮のために簡略化する。

 手順は至ってシンプルだ。最初に「アウト! セーフ!」と掛け声を発し、「よよいのよい!」とともにジャンケンを行い、負けた方が服を一枚脱ぐ。なお、あいこの場合は決着がつくまで「よよいのよい!」を何度でも繰り返す。

「よく怖気づいて逃げなかったわね! クラス全員が見てる前で最後の一枚まで晒してやるから、覚悟してなさい!」

「そっちが逃がしてくれなかったんだろ……本当は早く帰ってクリアしたいゲームがあるんだけど……」

「あらそう? なら浩一が早く帰れるように、ストレート勝ちで終わらせてあげるわ。それじゃあ一戦目、いくよ! アウト! セーフ!」

 勢いよく悠麻が掛け声を発し、そのタイミングに合わせるように浩一も拳を振りかぶる。

「よよいのよい!」

 「よい」の掛け声と同時に、二人の右手が突き出される。

 悠麻はグー。浩一はパー。勝負の口火を切る一戦目は、浩一の勝利という形で幕を上げた。

 ギャラリーの中からちらほら、おお、という感嘆の声が漏れる。口にこそ出さないが、多くの生徒が悠麻の脱衣を期待しているのは明らかだった。

「うーっ……!」

 悠麻は幸先の悪い結果に地団太を踏んだ。もちろん、1回や2回負けた程度では大勢に影響はないと頭では理解している。
 にもかかわらず、負けたという事実に対してどうしようもなく胸の奥から悔しさがこみ上げてくるのだ。

「どうする? これ以上負けたくなければギブアップしてもいいと思うよ」

「何バカな事言ってるのよ、こんなところでギブアップする訳ないでしょ! 勝負はこれからなんだからね!」

 憤慨しながら、スカーフを乱暴に外す悠麻。浩一と違って、悠麻には見た目以上の余裕があるのだ。

「ほら、これでいいんでしょ! それじゃ2戦目行くわよ! アウト! セーフ! よよいのよい!」

 勢いよく出した悠麻はグー。それに対して、浩一はパー。またもや浩一の勝利だった。

「もう! なんでまた負けるのよ!」

 連敗を喫した悠麻は納得が行かない様子で憤慨していた。
 順当に行けば勝敗は半々になるはずなのだ。自分だけが負けるなんて間違ってる。

 とはいえ、ルールはルールである。最終的に自分が勝つのは確定しているにしても、途中経過では何枚か脱ぐことになるのは分かっていたことだ。

 悠麻がセーラー服の襟に手をかけると、教室内の男子がにわかに色めき立つ。恐らくは、セーラー服を一気に脱ぐことを期待しているのだろう。
 だが、その期待は惜しくも叶わなかった。ぱちり、とスナップボタンが外れる音と共に、悠麻がセーラー服の襟を取り外したのだ。

「はい、1枚!」

「ちょっと待てよ、そんなのありかよ!」

「ふん、最初に確認しないのが悪いんでしょ! 言っておくけど、途中で試合放棄なんてしたらギブアップと見なすからね!」

 ギャラリーからのブーイングを突っぱねる悠麻。本来ならばしてやったりという気分になるべきなのだろうが、その口調からはいら立ちが溢れていた。

 反して、対戦相手である浩一は特に驚く様子もなく涼しげな表情だ。

「別に僕は構わないよ。多少のハンデがあったところで負ける気はしないし。悠麻こそ、これ以上脱ぎたくなかったらギブアップした方がいいんじゃないの?」

「何よそれ、ムカつく! ギブアップなんてしないって言ってるでしょ! とっとと次いくよ!」

 頭に血の上った悠麻は怒りをぶつけるかのように拳を振り上げる。

「アウト、セーフ、よよいのよい!」

 3戦目。悠麻が出した手はグー。それに対して、浩一はチョキ。

「あ……!」

 勝った。

 双方の手を確認した悠麻の表情が一気に明るくなる。

「やったぁー! 勝ったっ、ばんざーい!」

 周囲の目も気にせずに子供のようにはしゃぐ悠麻。
 ここまでの連敗で溜まっていた鬱憤が一気に解消され、心の奥からこみ上げてくる喜びを全身で表現するかのように立ち上がって両腕を高く掲げる。

「やれやれ……たった1回勝っただけだっていうのに随分な喜びようだね、悠麻」

 一方で浩一は負けたにもかかわらず心なしか満足気な表情だ。

「あはは、もう後がないくせに強がっちゃって! 分かってないかもしれないから教えておくけど、残り枚数で考えれば私の圧倒的有利なんだからねっ!
 ほらほら、上と下、どっちを脱ぐか選びなさいよ。まあ、どうせ私が勝つんだからギブアップした方がいいと思うけど?」

 腰に手を当てて仁王立ちし、威勢よくまくし立てる悠麻。
 一度勝ったことで自信を付けたのか、先ほどまでの苛つきが嘘のようだ。
 だが実際に、これで浩一は上下どちらかの下着を晒さなければいけないのも事実である。

「はいはい……じゃあ上を脱ぐよ。これでいい?」

 特に迷うそぶりも見せずにカッターシャツのボタンを外して脱ぐ浩一。上下どちらか選べるとなれば当然の選択だろう。
 ごく普通の白のタンクトップに包まれた、特筆すべきこともない標準的な体つきが露わになる。ギャラリーは特に反応しない。別に男子のタンクトップ姿など見ても何も楽しくないからだ。それどころか、あからさまに落胆した表情を浮かべる男子も多い。
 あまりに露骨な扱いの差に、浩一はやれやれとばかりに首をすくめた。

「さてと……これ以上周りのギャラリーを醒めさせても悪いし、僕が脱ぐのはこれが最後にしようかな。」

「ふふん、負け惜しみのつもり? 悪いけど、それはこっちの台詞。ここから3連勝して裸にひん剥いてやるわよ!」

「くすくす……その威勢の良さ、あと何戦持つか楽しみだね。それじゃ、今度は僕からいくよ……アウト、セーフ、よよいのよい」

 4戦目。浩一の手はパー。それに対して、勢い良く振りかざした悠麻の手はグー。
 悠麻の表情が一気に曇り、乱暴に机を叩く。

「うぅぅ……なんでなのよ、私の方が上り調子のはずなのに!」

「ふふ、残念だったね悠麻。さてと……悠麻が脱ぐ番だけど、どうする?」

「っ……言っておくけど、取り外せるのが襟だけだと思ってたら大間違いだからね! ふん!」

 吐き捨てるように叫び、セーラー服の右袖を外す悠麻。多少心もとない姿になってきたが、まだまだ悠麻の有利は揺るがない。ギャラリーも半ば諦めのムードを漂わせている。

「そろそろ本気で行くわよ! アウト、セーフ、よよいのよい!」

 ジャンケンに本気も何もなさそうなものだが、そんなことは悠麻にとっては些細な問題だ。

 5戦目、気合と共に突き出した悠麻の手はグー。浩一の手はパー。通算では悠麻の1勝4敗だ。

「うーっ……! 何よこれ、いい加減にしなさいよね!」

 悔しそうに足を踏み鳴らし、誰にともなく憤慨する悠麻。

「ふふ、残念だったね。そろそろ諦めてギブアップした方が良いんじゃないの?」

「ふざけないでよっ! こっちはまだまだ余裕があるんだから!」

 左袖を取り外して浩一を睨み付ける悠麻。
 そうだ、こんな誘いに乗ってはいけない。本当に追い詰められているのは浩一の方だから、なんとか悠麻をギブアップさせて勝負を終えようとしているに過ぎない。
 今はたまたま負けが込んでいるが、長期的に見れば悠麻が勝つことは明白なのだ。

「ほら、さっさと次行くわよ! アウト、セーフ、よよいのよい!」

 6戦目。悠麻はグー。浩一はパー。

「なっ……!」

「ふふっ、どうやら三連勝させてもらったのはこっちの方みたいだね。さて、もうこれ以上セーラー服から取り外せる布は残ってないと思うけど……そろそろギブアップする?」

「し、しないわよ! まだストッキングだって穿いてるんだから!」

 悠麻はスカートの中に手を入れて、するするとストッキングを脱いでいく。ちらちらと、男子たちの視線が悠麻の下半身に集まるのを感じる。

 教室の真ん中でストッキングを脱ぐという行為が全く恥ずかしくないと言えば嘘になるが、別に下着を見られるわけでもない。
 ここでギブアップして、浩一を懲らしめるチャンスを逃す訳にはいかない。

「くっ……これでいいでしょ、続けるわよ! アウト、セーフ、よよいのよい!」

 7戦目。恥ずかしさを振り払うように勢いをつけて突き出した悠麻の手はグー。そして、浩一の手はパー。浩一の4連勝だ。

「おおおっ……!」

 男子たちの中から小さな歓声が上がった。

「ど……どういうことよ、これ! なんでこんなに勝てないのよ!」

 動揺を隠しきれない様子でわなわなと震える悠麻。
 脱がなければいけないということよりも、ジャンケンに負けてしまったことの方がショックだった。
 何せ、これで通算すれば1勝6敗だ。偶然とはいえ、運が悪いにも程がある。

「ふう……どうやら上り調子だったのは僕の方みだいだね。そろそろ脱げるものもなくなってきただろうし、もうギブアップするでしょ?」

「ちょっと待ちなさいよ! こ……こんなところでギブアップなんて、するわけないでしょ!」

 震える声で悠麻が叫ぶ。
 冗談じゃない。自分から勝負を仕掛けておいてここまで負けっぱなしで終わるなんて真似、できるはずがない。

「い、言っておくけど、こっちはまだ余裕があるんだからね!」

 ぐっと両手でセーラー服の裾を掴み、一気に引き上げる。その下の素肌とブラジャーが露わになることを一瞬期待して、思わず男子たちの視線が集まる。

 だが、残念ながら男子たちの期待通りとはいかなかった。
 セーラー服の上着を脱いだ下から現れたのは、白のキャミソール。それも、下まで隠れるロングキャミだ。

「ふ、ふん! 期待に応えられなくて残念だったわね! ほら、次行くわよ!」

 そう強がる悠麻の頬は、しかし真っ赤に染まっていた。

 何せ、勝負をけしかけた当初は、セーラー服まで脱がなくてもに勝てるだろうと高をくくっていたのだ。
 いくらブラまでは見えていないとはいえ、これだけの男子の前でキャミソール姿になるのは初めてのことである以上、恥ずかしくない筈がない。

 とはいえ、それはカッターシャツを脱いだ浩一も同じ条件だった。いや、残り枚数で言えば浩一の方が裸に近いともいえる以上、まだ余裕がある自分がここでギブアップするべきではない。

 それに、いくら何でも5連敗することは考えられない。そろそろ自分にもツキが回ってくる頃だろう。大丈夫、多少脱いだところで、最終的に勝てばいいのだ。

「さ、さっさと終わらせるわよ、ほら! アウト! セーフ! よよいのよい!」

 祈るような気持ちと共に突き出した悠麻の手はグー。だが、眼前に広がる浩一のパーは、悠麻の5連敗を意味していた。

「う、嘘でしょ……どうして、どうして勝てないのよぉ……!」

 信じられない現実に、悠麻の唇が震え、悔しさに耳まで真っ赤になる。
 おかしい。こんなにも負けばかりが続くなんて。

 何らかの仕掛けがあるのではないかと疑念がよぎったが、勝負内容がジャンケンである以上、イカサマはほぼ不可能だ。

 困惑している悠麻とは裏腹に、浩一は余裕の面持ちで訊ねる。

「あーあ、だからやめておけって言ったのに。ほら、今からでも遅くないからギブアップ──」

「ぬ、脱ぐわよっ! 脱げばいいんでしょっ!」

 遮るように、悠麻の悲痛な叫び声がこだまする。

 どうせキャミソール姿まで晒してしまった以上、スカートを脱いだところで何も変わらない。

「くっ……!」

 震える手でスカートのホックを外し、ふぁさりと教室の床にスカートが広がる。
 ごくり、とギャラリーの中から唾を呑む音が聞こえる。これで悠麻に残すところはあと3枚……ロングキャミソールと、ブラジャーと、ショーツのみ。

 周囲の全員が制服を着ている中で、自分一人がキャミソール姿というあまりにも心許ない格好を晒している状況に、悠麻は頬を真っ赤に染める。
 一体何故こうなってしまったのか。これだけ連敗すると分かっていれば、もっと早い段階でギブアップしておけばよかったと、悠麻は自分の判断を悔やむ。

 だが、もうここまで脱いでしまった以上、今更ギブアップしてしまっては単なる脱ぎ損である。
 第一、ここまでの大敗を喫して引き下がる方が、下着姿を晒すことよりも遥かに情けない。
 仮にギブアップするにしても、せめて1勝、あと1度だけでも勝たないと。

「6連敗なんてするわけない……次こそは絶対に勝つんだから……」

 気休めにもならない願望を、悠麻は藁にもすがるような気持ちで自分に言い聞かせる。

「やれやれ……ひょっとして、まだ勝てるつもりでいるの? 何度やったって、絶対に無理なのに」

「な、なんでよっ! しょせんジャンケンなんだから、2分の1の確率で勝てるに決まってるでしょ!」

「くすくす……疑うんだったら、試してみる? それじゃ……アウト、セーフ、よよいのよい!」

「あっ……!」

 突然の掛け声に反射的に悠麻が突き出した手はグー。そして、浩一の手は……グー。あいこの場合は決着するまで「よよいのよい」を繰り返すのがルールである。
 勝てこそしなかったものの、ストレートでの6連敗を阻止できたことに悠麻は少しほっとする。今度こそ勝たなければ。

「よ、よよいのよい!」

 悠麻の掛け声と共に二人の手が突き出され、またもや二つのグーが揃う。

「よよいのよい!」「よよいのよい!」「よよいのよい!」

 何度も掛け声とともに手を突き出す悠麻。だが、何度繰り返しても結果は同じだった。

 やがて、教室のギャラリーが異常な光景に気付いてざわつき始める。

 浩一は、最初にグーを出してから全く動いていなかった。ニヤニヤしながら、グーの形に握りしめた手をずっと突き出しているだけ。

 そして、そのことに悠麻は気付いていないのか、毎回掛け声を挙げては同じようにグーの手を突き出すという行為を何度も繰り返していた。

「よよいのよい!」「よよいのよい!」「よ、よよいのよいっ!」

 既にあいこの回数は10を超えていた。さすがの悠麻も何かがおかしいことに気付いたのか、表情に困惑が見え始める。それでも、グーを出す行為をやめる気配はなかった。

「よよいの、よい……!」「よ……よよいのよい……っ!」

 涙目になりながら、目の前に見えているグーに対してグーをぶつける不毛な行為を何度も繰り返す悠麻。

「よよいの……」

「ふぁー……そろそろ飽きてきちゃったし、いい加減終わりにしようか。はい」

 掛け声を悠麻が言い終わるより先に、浩一が握りしめていた手をパーの形に開く。

「あっ……よいっ!」

 突然浩一が手を変更したことに驚きつつ、悠麻は手を前に突き出す。

 二人に手が出揃うと同時に、周囲のギャラリーが驚きの声を上げる。

「おいおい、嘘だろ……」「悠麻、何考えてるの!?」

「あ……あ……何で、私……? 何これ……?」

 自分のしている行為が理解できず、真っ赤になってふるふると震える悠麻。

 目の前に見えているパーに対して、悠麻が出した手は……

 負けることが分かっている筈の、グーだった。

 まるで自らギャラリーの前で脱ぐことを望んでいるかのような行為に混乱している悠麻に対して、浩一が楽しそうに声をかける。

「あーあ、やっぱり負けちゃったね。さてと、そろそろ種明かしといこうか……悠麻、『野球拳で勝負だ』」

「え……あっ……!」

 浩一の口からその言葉を聞いた瞬間、悠麻は自分の心の奥底に閉ざされていた扉が開いたかのような感覚に襲われ、その中に厳重にしまい込まれていた、会話の記憶が蘇る。


……
………

「……まずはこんなところかな。さてと悠麻、大事なことだから自分の口から復唱してみて」

「うん……私は、浩一に対して野球拳で勝負を挑む……
 全部、私が自分で思いついたこと……とっても有利な条件だから、絶対に負けるはずがない……
 浩一がキーワードを発するまで、このことは心の奥底にしまい込んで、思い出すことはない……」

「くすくす、そうだよ……いい子だね。
 さてと……それじゃあ、いくつか追加で暗示を与えていくよ。これから僕が言うことは、悠麻の無意識の中にしっかりと刻み込まれて、必ずその通りになるんだ。

 まず一つ目。悠麻は野球拳の勝負では、絶対にグーしか出さない。他の手を出すことなんて考えもしないよ。

 そして二つ目。悠麻はジャンケンで負ける度に、とっても悔しくてたまらなくなるよ。負けが続けば続くほど、悠麻の中で悔しさがどんどん降り積もって、勝つまで絶対にギブアップしたくなくなっていくよ。

 三つ目。逆に、悠麻はジャンケンで勝つと、すっごく嬉しい。今まで負けた悔しさが溜まっていれば溜まっているほど、勝った時にその気持ちが一気に解放されてその何倍もの喜びがこみ上げる。そんな時は周りの目も気にせずに、その喜びを全身で表現してみんなと心行くまで分かち合おうね。

 四つ目。くすくす……悠麻は、僕にギブアップを促されると、どんどん反抗心が沸き上がってくる。たとえどんなに恥ずかしくても、自分が不利な状況でも、理由を付けて勝負を続けることを選択するよ。自分から着ているものを1枚脱いで、絶対にギブアップしない意思を表明しようね。

 最後に、五つ目。もし万が一、最後までギブアップしないまま負け続けて脱ぐものがなくなってしまったら……悠麻は自分を罰したくてたまらなくなってしまうよ。
 だって、そうだよね? これだけ有利な条件が揃っているのに負けちゃったんだから。悠麻はすごくみじめで間抜けな気分になって、自分で自分が許せなくなってしまうんだ。
 その時は自分への罰として……そうだね、全裸でオナニーするところをみんなに見てもらおう。自分の口から見てくださいってお願いして、恥ずかしいところまで全部曝け出して。
 みんなの前でイくまで、決して気が済まないよ。

 それじゃあ、一度自分の口から復唱してもらおうか……」

「うん……私は、絶対にグーしか出さない……他の手を出すことなんて考えもしない……
 私は、ジャンケンで負けると悔しくてたまらなくなる……」

………
……

「あ……あんた……私に、催眠術、で……っ!」

 全てを思い出し、屈辱と怒りにわなわなと震える悠麻。
 何故自分はこんなことを忘れてしまっていたのか。自信満々に野球拳などというバカげた勝負を挑んだ自分を絞め殺してしまいたい。

「その様子だと、ちゃんと思い出してくれたみたいだね。でも、僕に怒るのは筋違いだよ。
 最初に『絶対に勝てない野球拳を挑んじゃう催眠術なんかに私がかかるわけないでしょ!』って言ってきたのは悠麻なん──」

「うるさいっ!」

 浩一の発言を金切り声で遮る。
 許せない。乙女にこんないやらしい催眠術をかけて、そしらぬ顔をして私が慌てふためく様子を楽しむなんて。
 やはり、この男を野放しにしておくわけにはいかない。
 そのためにも必ずや、この野球拳でこいつを倒──

 って、違う。自分は何を考えているんだ。
 悠麻は自分の頭に過ぎった考えを振り払った。

 何か他の方法があるはずだ。例えば……例えば……

 暴力的な方法は……ダメだ。腕力で勝てるかどうか怪しい上に、どんな理由があっても人に手を挙げるのは犯罪だ。
 話し合いで解決……いや、相手が全面的に悪いのに、どこに話し合う余地があるというんだ。
 とりあえず勝負を中止して改めて……バカな。一度始めてしまった勝負を途中でやめるなんて無責任にも程がある。

 どれだけ考えてもこの場を切り抜けられる手段が思い浮かばない。

 ──いや、一つだけあった。野球拳での勝負を続けることだ。

 勝負に勝つことができれば、当初の約束通りに浩一に催眠術をやめさせることができるし、催眠術を使ったうえで負けたとなっては浩一の面目は丸つぶれだ。
 何より悠麻自身、このまま負けっぱなしで勝負を終えるのは癪だった。

 勝算がない訳ではない。確かに今まで浩一のいいように弄ばれ続けてきたが、それはあくまで自分が催眠術にかかっていたことを認識していなかったためだ。
 何も知らないままで勝負を続けていたらあのまま連敗していたかもしれないが、今の自分はどんな暗示をかけられたのかまでしっかりと把握している以上、対策の立てようはあるはずだ。
 勝負が終わらないうちにそんな大事な記憶を蘇らせてしまったこと自体、浩一が油断している証拠でもある。その隙を衝けば、あるいは勝てるかもしれない。 

 その考えがいかに根拠のない希望的観測なのか、そして、負けた場合に自分にどんなリスクがあるのかという点から、悠麻は知らず知らずのうちに目を逸らしていた。
 
 勝負を続けるにあたって、大きな問題が一つあった。
 今の自分に残された衣服はわずか3点。キャミソールに、ブラジャーに、ショーツだ。
 そして今ジャンケンで負けた以上、勝負を継続するならば1枚……具体的にはキャミソールを脱ぐ必要がある。それも、大勢の男子が見ている前で。

 いくらギブアップするのが嫌だからと言って、こんな衆人環視で下着姿になど、なれるはずがない。
 キャミソール姿になってしまったことすら普段の悠麻からは想像もつかないほど大胆な行為だというのに。

 脱がないと。いや、脱げるはずがない。
 ぐるぐると相反する二つの気持ちがぶつかったまま立ち尽くしている悠麻を見かねて、浩一が『助け舟』を出す。

「くす……ねえ悠麻、やっぱりキャミソールまで脱ぐのは恥ずかしいよね。悪いことは言わないから、もうギブアップしたら?」

 その言葉を耳にした瞬間に、悠麻は頭に一気に血が上るのを感じた。

「冗談じゃないわよっ、なんで浩一なんかにそんなこと指図されなきゃいけないの!」

 自分は何をバカな事で迷っていたんだ。これだけ連敗しておきながらおめおめとギブアップなど、できるはずがない。
 そうするくらいなら、最後まで戦って負けた方がずっと誇らしい。

「こ、こんなもの、脱いでやるわよ! 全然恥ずかしくなんて、ないんだからっ」

 勢いに任せてキャミソールの裾を掴むと、クラスメート全員が目を皿のようにしている目の前で、一気に引き上げる。
 そして、頭まで一気に引き抜くと、勢いをつけてキャミソールを脇に放り投げる。

 パステルブルーのショーツに、同じ色合いのお揃いのブラが衆目の元に晒されると、教室のあちこちから小さく感嘆の声が沸き上がる。

「く……っ! み、見たかったら、好きなだけ見なさいよ……!」

 全身に注がれる好奇の視線に自然と全身が火照り、鼓動が激しく高まる。悠麻は今更ながらキャミソールを脱ぎ捨ててしまったことを後悔したが、もう後戻りはできない。

 まずは、浩一にジャンケンで勝つことに集中しなければ。そして、勝つための材料は十分に揃っていた。

「い、行くわよ! アウト! セーフ!」

 掛け声をあげながら、悠麻は頭を回転させる。今回の勝負は今までと違い、自分に与えられた催眠暗示の内容が分かっている。
 『必ずグーを出す』という暗示が自分に仕掛けられている以上、浩一はそれに勝つためにパーを出してくるはずだ。事実、今までの負けパターンは全てそうだった。ならば、それを覆せばいい。

「よよいの……」

 即ち、裏をかいて浩一に勝つためには、パーを討ち取れる手、つまり──

「よいっ!」

 ──『グー』を出せばいいのだ!

 ……あれ?

 目の前に突き出された二つの手を見て、悠麻は愕然とする。

 浩一の手は予想通りパー。今までと全く同じである。

 そして……それに相対する悠麻自身の手は、グー。

 何回も繰り返し経験して屈辱を味わった光景が、見事に再現されていた。

「い、いや……私、違うの……本当は、グーじゃなくて……!」

 そうだ、グーなんて出すつもりはなかった。本当に出すべきだったのは……あれ?

 ──『パーに勝てる手って、何だっけ?』

「や、やだっ……そんな、何で思い出せないの……!?」

 悠麻は頭を抱えながら必死で思考を紡ごうとするが、結果は変わらない。

 パーに勝てる手は……グーじゃなくて……グー、でもなくて……グー……だから違うのに……!

 悠麻の思考は完全にパニックに陥っていた。そもそも、『グー』以外にどんな手が存在するのかも、その手をどうやって出すのかも全く思い出せないのだ。

「あ……あああ……」

「さてと……そろそろ悠麻も、身をもって理解してくれたんじゃない? 自分がこれからどんな未来を辿ることになるのか、さ」

 絶望に打ちひしがれた悠麻は、ここでようやく実感した。

 ──ああ、私は、この勝負に絶対に負けちゃうんだ。

 そして、それ以上に悠麻にとってショックだったことは……100%負けることが分かっているにもかかわらず、勝負を降りようという気持ちが微塵も沸いてこないのだ。

 現在身に着けている衣服は、ブラとショーツの2枚のみ。そして、今ジャンケンで負けた以上、ギブアップしないならばブラを脱がなければならない。

 そして、最後のジャンケンで負けた場合……

『最後に、五つ目。もし万が一、最後までギブアップしないまま負け続けて脱ぐものがなくなってしまったら……悠麻は自分を罰したくてたまらなくなってしまうよ。
 だって、そうだよね? これだけ有利な条件が揃っているのに負けちゃったんだから。悠麻はすごくみじめで間抜けな気分になって、自分で自分が許せなくなってしまうんだ。
 その時は自分への罰として……そうだね、全裸でオナニーするところをみんなに見てもらおう。自分の口から見てくださいってお願いして、恥ずかしいところまで全部曝け出して。
 みんなの前でイくまで、決して気が済まないよ。』

 嫌だ、そんなこと、絶対にしたくない。

 だが同時に、ジャンケンに負けた自分が絶対にその通りの行為をしてしまうことを、悠麻は確信していた。
 生まれたままの姿で床の上で四つん這いになり、足を大きく開いて秘所を激しく自らの手で刺激する姿を、周囲の生徒たちに見てもらうように懇願している自分自身の姿が、ありありと想像できてしまうのだ。

 にもかかわらず……信じがたいことに、そんな姿を晒すことすら、ここでギブアップすることに比べれば遥かにマシだと思えてしまうのだ。

 そんな悠麻の心情を読み取ったのか、浩一はとどめを刺すための一言を投げかける。

「覚悟は、できたみたいだね。それじゃあ、最後の勝負と行こうか。それとも──ギブアップ、する?」

 何度となく投げかけられたその言葉。
 内側から湧き上がってくる衝動に逆らうことは決して不可能だと、悠麻は身をもって理解していた。

「ぜ……絶対に、あんたなんかに、負けを認めたりなんか、しないんだから……!」

 これだけ心の底から敗北を受け入れているにもかかわらず、負けを認めることは決して許されない。
 浩一を睨み付ける目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 乙女の秘密の双丘を守る最後の砦。それを自らの意思で脱ぎ捨てるため、悠麻の両手がゆっくりと背中に回る。
 いっそ、この瞬間に教室に隕石でも落ちてくれればいいのに。だが幸か不幸か、悠麻のその祈りが天に届くことはなかった。

 クラスメイトの男子たちが固唾を飲んで見守る中、ぷち、と背中のホックを外す音が小さく響く。

「ふぅ、っ……! こっ……これで……いいんでしょ……!」

 今にも泣き崩れそうな声になりながらも、悠麻は必死で言葉を紡ぐ。

 左腕でしっかりと胸を隠しながら、右手でブラジャーを脱いで床に落とす。
 どうせ最終的には生まれたままの姿を晒してしまうことが分かっている以上胸を隠す意味があるのかどうか疑わしかったが、せめてもの抵抗の意思表示だった。

 これで残すところは、パステルブルーのショーツ1枚。だがもう残り枚数などどうでもよかった。どうせ、最終的には1枚残らず脱ぎ捨てて、自分からあられもない姿を男子たちの前で見せつけることになるのだから。

「ま、まだよ……あと1枚、残って、るんだから……! 次の勝負、行くわよ……!」

 弾丸が6発装填されているロシアンルーレットの引き金を引くかのようなその台詞が自らの口から紡がれるのを、悠麻は止めることができない。

「アウト!」

 左手で胸を隠したまま、悠麻は掛け声に合わせて右手を振り上げる。

 何とかして勝てる手を出そうという意思すら、もはや完全に失われていた。
 ごちゃごちゃ考えたところで、結局は自分の無力さを思い知ることになるだけだと分かっているからだ。
 最初から、浩一の催眠術に勝とうということ自体が無理な話だったのだ。

「セーフ!」

 性格のねじ曲がった浩一のことだ。恐らくジャンケン勝負が終わったら、口先では「可哀相だから脱がなくていいよ」とか、「決着はついたからもう服を着て帰ろう」とか、心にもない提案をしてくるのだろう。
 そして、私がその優しい言葉を跳ねのけて、罰として全裸オナニーを見てほしいと嘆願し、羞恥と快楽に表情を歪ませながら自らの手で屈辱の絶頂へと昇り詰める様を、内心でほくそ笑みながら眺めるのだろう。

「よよいのよい!」

 自らの人生を終了させる掛け声を発しながら、悠麻は諦観と自棄の入り混じった気持ちで、最後の手を出す。
 もはや、勝負の行方など確認するまでもなかった。

 浩一に向けて突き出した自分の手は、もうこの勝負でさんざん見飽きた、グー。

 そして、それに対する浩一の手は……チョキ。

「……へ?」

 思わぬ結果に、ざわつく周囲の観客。

 目を大きく見開き、ぱちくりとまばたきする悠麻。見間違いだろうと目を擦ってみたが、目の前の光景は変わらなかった。

「あー……しまった。間違えたわ」

 困ったような表情でぽりぽりと頭を掻く浩一。その言葉が事実なのかどうかは分からないが、そんなことはどうでもよかった。重要なのは、たった一つの事実。

 勝った。私が。浩一に。

「あ……やった……勝った……ば……」

 その事実を確信すると、悠麻の鼓動が一気に高まる。ここまで7回も連敗してずっと積み重なってきた鬱憤も、催眠術でいいように弄ばれてきた屈辱も、クラスメイト達の前で半裸を晒してしまった羞恥も。溜まりに溜まった全てのマイナスの感情が一気に解消され、今までの人生で一度も感じたことがないほどの喜びとなって全身を迸る。

 今にも溢れ出しそうな喜びを全身で表現するため、悠麻は立ち上がって人目も憚らず──

「──ばんざーいっ!」

 両手を大きく掲げて跳び上がった。

「勝った、勝ったっ、わーい!」

 ぷるんっ、という小気味の良い音と共に、二つの柔らかな膨らみが公衆の面前に解放され、悠麻のジャンプに合わせてリズミカルに揺れる。ピンク色にしっかりと立った二つの頂点までもが完全に衆目の下に晒されていた。

 だが、目の前の勝利にすっかり興奮している悠麻はそんなことは歯牙にもかけない。そんなことより、今の自分の喜びを周囲に共有したくてたまらなかった。

「ねえ、みんな、今のちゃんと見てたでしょ! しっかりばっちり見てくれたよね!?」

 悠麻は両手を大きく振り回しながら、ギャラリーに対してアピールする。当然、聞かれるまでもなく隅から隅までしっかりばっちりと丸見えであった。見えすぎて目のやり場に困るほどである。

 戸惑うギャラリーの反応など意にも介さず、すっかり勝利に酔いしれた悠麻は周囲と喜びを分かち合う。

 クラスメイト達一人一人を回り、「イエーイ!」とハイタッチする。

 近くにいる男子の頭を手当たり次第に掴み、自分の胸に抱き寄せる。

 何となく学校に持ち込んできていたインスタントカメラを使って、記念写真を撮影して一人一人に配る。

 ──翌日、悠麻は学校を休み、一日中自室の布団にくるまってうめき声を上げながら過ごす羽目になった。

< 終わり >

2件のコメント

  1. 読ませていただきました。

    野球拳ってシチュエーションがまずエロいですね。
    悠麻ちゃんが勝ち気な性格につけこまれて、催眠にかけられる感じがとてもよかったです。
    もともとの相手の性格を生かした感じの催眠がとてもいいですね!
    しかも最後はしっかり恥ずかしがってくれる。
    記念写真に残されたあたりは、取り返しつかない感じのラストがとてもよかったです。

  2. >ヤラナイカー様

    感想ありがとうございます!

    >野球拳ってシチュエーションがまずエロいですね。
    個人的に、「絶対に勝てない野球拳に挑ませる」っていうのは催眠術が使えたら一度はやってみたいシチュエーションです。
    定番の暗示でありながら、意外と小説では見たことないんですよね。

    >もともとの相手の性格を生かした感じの催眠がとてもいいですね!
    相手の性格に付け込んで催眠術に利用するのって、大好きです。

    >記念写真に残されたあたりは、取り返しつかない感じのラストがとてもよかったです。
    恐らくは、男子全員が悠麻の写真を家に持ち帰って、毎晩大事に見返したりするのでしょう。
    可哀そうですが催眠術にかかってしまったので仕方ないですね。

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